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CAPCOON7

青祓のネタ庫

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夜を歩く


もしも俺が寝ている間に君が死ぬことになったら、
きっと俺は眠れない夜を歩き続けることになるだろう。





「見つけたぞ、奥村燐」


振り向いた瞬間に見えたのは白い祓魔師の制服だった。




夜明け前の空はまだ薄暗い。
それなのに、なんでこんな時間にここにいるのか。
志摩は寝巻きの上にダウンジャケットを着て、歩いていた。
正十字学園の男子寮は朝ごはんの時間、就寝時の時間等は正確に決められているが
基本的に自由行動が可能だ。
坊も早起きしてランニングをしているが、あれはどっちかというと
変態的だ。規則正しく、規律正しく生活を送っている高校生なんて信じられない。
普通こんな時間に志摩は起きない。

だが今日はなんだか眠れなくて、こうして朝が来るまで歩いている。
足は特に目的もなく歩き出す。
物音は自分の足音以外しない。町はまだ眠ったままだ。
街頭がぼんやりと歩く道を照らす。


分かれ道に差し掛かる。
右に行けば、遠回りだけど寮に戻る道。
左の道をこのまま行くと、旧男子寮が見えてくる。

どちらにいこうか。

志摩は少し考える。この時間だと、あの兄弟も寝ているはずだ。
そもそも会いに行きたいわけでもない。
なんとなく眠れなくて、なんとなく歩いて、なんとなく旧男子寮に行く。
志摩のスタンスは適当だ。
気が向いたし男子寮に向かうかなぁ、うん。そうしよ。
志摩は特に何も考えずに左の道を選んで歩いた。



道を歩いていると、紅い点々が散っているのが見えた。
先に進めば進むほど、点々は多く道にこびり付いている。
しゃがんで見てみる。
街頭の薄暗い光だけではわかりにくいが、これは。
「・・・血、やろうか」
身震いして、方向転換。この学園は中級以上の悪魔は入れない。
だが、それ以下の悪魔は入れるわけだ。
いくらレベルが低いとはいえ、悪魔に遭遇したくは無い。
もし悪魔じゃなかったとしても、こんな血が続く先にいる人間にも
遭遇したくは無い。
殺人鬼とかやったらどうしよ。
志摩は来た道を帰ろうとした。
でも、一度だけ振り返ってしまった。
それがいけなかったのかもしれない。


血が続く茂みの向こう。
人の足が見えた。


誰かいる。

振り返るんじゃなかったなぁ。
でも見てしまった以上は放っておけない。

「・・・・」

緊張した面持ちで、志摩は茂みに近づく。
街頭は茂みの暗闇までは照らしてくれない。
この距離では見えない。
足音を立てないように気をつけ、そっと茂みを覗いた。
風が吹く。
空にかかっていた雲が動いたのか、月明りがうっすらと茂みを照らした。

木に寄りかかる人物。
正十字学園の学生服が見えた。
そんな、嘘だろう。

「ちょ、大丈夫なん奥村君!?」

志摩は茂みをかき分けて、燐に声をかける。
燐の制服には黒い影がこびり付いている。
暗くてよく見えないが血だろうか。
こんなにたくさん。
「・・・志摩か」
「奥村君、なんでこんな・・・」
肩から下。斜めに切り裂かれている。
どうみても重傷だ。ここで止血くらいはできるだろうか。
志摩は燐の上着をはだけさせた。

傷ひとつなかった。

燐はおっくうそうに志摩の手を払う。
ぱしんとした乾いた音が響いた。
「・・・悪い」
「ううん、ええよ」
傷は治るのだ。奥村燐は悪魔だから。
普通の人間とは違って重傷を負ってもすぐに治ってしまう。
手を払ったのはそんな自分を見て欲しくなかったからだろうか。

「奥村君」
「なんだ」
「誰にやられたん」
「あー、あれだ。大嫌いな白い男」
「白い男?」
「今聖騎士やってるやつ」
「・・・確か、アーサー=オーギュスト=エンジェル・・・?」
「うん、それ。あいつ事あるごとに俺に嫌がらせしてくんの。
それも、殺す寸前で止めるから毎回困ってんだよな」

殺さないのは上層部が燐を祓魔試験までは生かすという方針をとっているからだ。
燐の言葉を聞いて、志摩は腸が煮えくり返る想いがした。
アーサーには勿論。目の前で倒れる燐にもだ。
「なぁ。毎回って、これがはじめてじゃないん?」
「・・・あー、まぁそうだな」
「なんでなん」
「なにが?」
「奥村君のことやからどうせ誰にも言ってないんやろ。ひどいわ。初めて知った」
「・・・雪男にも言ってないしな」

言わないのは傷が治るからだろうか。
でも、あの弟は兄がこういう目にあっていると知ったらどうするだろう。
志摩は携帯電話を取り出した。
燐はそれを止める。
「連絡しないでくれ」
「なんで?納得いく言葉でいってくれな俺は止めんよ」
燐は志摩の瞳を見て言った。


「負けた・・・こんなかっこ悪い姿見せたくねーんだよ。
いつか、あいつに勝つまで俺は絶対に言いたくない」


お互いに目を逸らさなかった。
燐の目は本気だった。
志摩はため息をついて手の平をそっと上に上げた。
思いっきり燐の頬をブチ叩いた。

「いってええええええええええ!!」
「アホか!こんな怪我して変な意地はるな!!いくら俺でも怒るで奥村君!」
「もう怒ってんじゃねーか!!」
「当たり前やドアホ!!言うてやろー先生に言うてやろー」
「うわ、馬鹿やめろ!」

燐は志摩に飛び掛った、だが出血のせいで貧血なのだろう。
結果的には志摩に倒れ掛かっただけ。二人で地面に転がる羽目になった。
志摩の上に血まみれの燐がもたれかかる。
起き上がろうとするが、その前に志摩は燐の体に腕を回して固定する。

「なぁ、奥村君どうしても奥村先生に言いたくない?」

兄としての意地なのか。男としての意地なのか。
弟に心配をかけたくないのか。アーサーに勝ちたいからなのか。
ごちゃまぜになった想いが燐を捉えて離さない。
それでも。
「うん、俺は言いたくない」
「じゃあ俺と取引しよ、奥村君」
志摩は自分の上に乗る燐と目を合わせた。


「次、奥村君が怪我したら俺が迎えにいったる。
 だから俺だけにはこのこと言って」


「やだ」
そうしたら、志摩に迷惑がかかる。
燐はそんな表情だ。
「じゃあ奥村先生に言うで」
「それは駄目だ」
煮え切らない燐の態度に腹が立って唇にキスしてやった。
燐は完全に油断していたのか唇が離れるまで大人しかった。
尻尾だけが動揺してかパタパタと揺れている。
そういえば悪魔との契約は身体的接触によって成り立つって
授業で言っていた気がする。

「うん、取引成立やで奥村君」

よしよしと燐の頭を撫でた。燐は不服そうだ。
「なんだよ従わないと雪男に言うぞってことだろ。ただの脅しじゃねーか」
「ええやん。奥村君だって動けんまま朝を迎えたくないやろ」
「それはそうだけどさ」

志摩は燐を背中に負ぶって歩き出す。
出血が酷くて貧血で動けない身体。なんだか酷く軽い気がする。
空を見上げたら、朝日が昇ろうとしていた。


「眠いわー、なんか今日授業受けれる気せぇへん」
「俺にかまうからだろーが」



夜一人で散歩した道を夜明けには二人で歩くことになった。



眠れない夜を歩いたら、傷だらけの同級生を拾った。
そいつは意地っ張りで、一人ぼっちで動けなくなっていた。
このことを誰にも言いたくないというならいいだろう。
今度から俺が迎えにいってやる。
相手が意地を張るなら、こっちだって意地を貫き通してやる。
そうして思い知らせてやるのだ。

君が傷ついて心配する人間が弟以外にいるということに。

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ファントム・トレインの助言


貴方は自覚が無さ過ぎるようですね。
そんな頭の悪い子には御仕置きが必要です。
自分の立場をきちんと自覚しなさい。



目が覚めると空は暗闇で雲は紫色をしていた。
どういうことだ。
燐は寝ていた身体を起こして、辺りを見回した。
目の前には電車のホーム。自分が寝ていたのは駅にあるベンチだったらしい。
正十字学園駅で待ち合わせをしていた。
いや、でも誰と待ち合わせをしていた?
燐は頭を抱える。
待ち合わせをしていた事実は覚えているのに、それが誰なのか思い出せない。
眠る前の記憶を辿る。
目の前を変な電車が通過した時、急に眠気がきたのは覚えている。
駅の構内に人気はない。もしかしたら今は夜中なのかもしれない。
それだったら、駅の天井から覗く暗闇の空に説明がつく。
時間を確認してみる為、携帯電話を開いた。

「・・・おい、どういうことだ」

時間は12時半。夜ではない。昼の12時半だ。
おかしい。
燐は立ち上がって、駅の改札のほうへ向かった。
身体がとても軽いのは寝たからだろうか。
改札に駅員はいない。燐は思い切って改札を飛び越える。
それを咎める人はいない。
駅の外を見る。目の前の光景に愕然とした。
昼間なのに暗闇の空に紫色の雲。町並みは同じなのに、そこにいるモノが違う。
角を生やした人間が道を歩き、羽根が生えた犬がゴミを漁っている。
悪魔の住処。
まさか。自分がいる場所は。
悟った瞬間背筋が凍った。
燐は道を歩く悪魔に見つからないように、駅の柱に身を隠した。
駅の名前を見て確信する。


虚無界入口前


「・・・嘘だ」
燐は肩にかけていた降魔剣を降ろして握り締める。

記憶を辿る。目の前を変な電車が通過した時、急に眠気がきたのは覚えている。
電車。燐は気づいた。
あれは初任務の時に遭遇した悪魔。
『幽霊列車』
列車に憑依している悪魔で、別名人喰い列車とも呼ばれている。
人気のない駅のホームで列車を待っているとどこからともなく現れて
魂を奪い走り去る。
問題はここからだ。
列車はそのまま魂を『虚無界』へと連れ去ってしまう。

手を握ってから体を触ってみる。見たところ自分は生きている。
喰われてここに連れてこられたわけではないらしい。
燐が悪魔だからだろうか。
それにしてもまずい。非常にまずい。
考え込んでいると声をかけられた。

「おい、おめぇこんなとこで何してんだよ」
「え」
顔を上げると、魍魎に群がられている角を生やした学生がいた。
「あれ、お前どこかで・・・」
言う前に相手が感激した声で叫んだ。
「若君!どうされたのです!このようなところで!」
「・・・うわわわわ!!!」

見覚えがあると思ったら、こいつは人生ではじめて遭遇した悪魔だ。
学生に取り憑いて、燐を魔神の元へ連れて行こうとした。
青い炎が目覚めるきっかけを作った奴。
「自ら虚無界へ来られるとは、連絡を下されば我らお迎えにあがりましたものを」
「いや、違ぇし!っていうかお前神父に祓われたんじゃなかったのか?」
「それは大丈夫です。祓うといってもあくまで物質界にいられなくなる
だけですから。ああこの姿はむこうにいたときの借物の姿を模しているだけですよ。人型のほうが便利なもので」
そういうと、腕を形作っていた魍魎がばらけた。
有象無象の魍魎の集合体というわけだ。
それにしても気持ち悪い。

「では、魔神様の下へ参りましょうか」
悪魔はぐいっと手を引っ張って燐を連れて行こうとする。
「待て待て待て!どこ行くんだ!」
「どこって魔神様の下へ。ここはまだ虚無界の入り口の入り口です。
どちらかというと物質界に近いので。虚無界はもっと下層にあってですね。」
「無理ーーーーー!!!」
動揺しすぎて思わず炎が出た。悪魔の腕が焼け落ちる。
燐は逃げ出した、もう泣きそうだった。
「若君どうされたのですー?!」
「どうしたもこうしたもあるかー!!!」


目が覚めたら虚無界だったなんて冗談じゃない。
どうにかして向こうへ帰らないと。
幽霊列車に拉致されるとかなにがどうしてこうなった。
雪男、ごめん。お前の言うとおりだったな。
普段から警戒感が無さ過ぎる。
そういってお前は何度も注意してくれてたのに!


改札を飛び越えて、ホームに入った。
駅の電光掲示板を見る。
幽霊列車は人間を虚無界へと連れ去っていく列車だ。
だが、人間を連れ去るには物質界へ行かなければならない。
列車は一方通行ではないはずだ。
つまり、行きがあるなら帰りがあるのではないか。
燐は掲示板を確認する。


正十字学園駅→虚無界入口前

虚無界入口前→虚無界

虚無界入口前→虚無界血の池地獄行

違う、これじゃない。

ホームを走る。
一番線、二番線、三番線。どれも虚無界へ向かう列車だ。
四番線。ここが最後の線だ。


虚無界入口前→正十字学園駅


あった。これに乗れば帰れるかもしれない。
燐が4番線に向かおうとする。
背後から、襲われた。駅の柱に叩きつけられる。
「ぐ・・・・!!」
体と首に蔦のようなものが巻きついて、柱に固定される。
目の前には先ほどとは違った悪魔がいる。
『おめぇさっき炎だしてたなぁ!どういうことだ』
「・・・なんのこ・・・と」
蔦の締め付けが増してくる。息が苦しい。
反撃したいが、腕が蔦に挟まれて、降魔剣が抜けない。
目の前の悪魔は背中に羽根が生えており、口が大きく裂けていた。
額から角が生えているので鬼に連なる種族なのかもしれない。
鬼は蔦を燐の体に這わせる。
気持ち悪い。燐は思わず炎を出した。
蔦が焼ける、だが鬼は動じない。新たな蔦を出して拘束を緩めない。

『すげぇ、本当に魔神様の炎だ!若様は生きておられた!』
「てめぇいい加減離せ!」
プルルルルルル。電車の音が聞こえる。
4番線に幽霊列車が入ってきた。
まずい、あの4番線の列車において行かれたら帰れない。
『若様だ!若様だ!』
鬼の声に惹かれたのか、駅にいた悪魔が集まってくる。
『どうした』
『若様がご帰還されたらしい』
『お付の者はいるのか』
『いやいないぞ』
『チャンスだ』
『若様との間に血を作れば、我ら種族は魔神に連なることになる』
『血を』
『若様の血を』

上着が破られて、白いシャツが露になった。
こいつらなにをいっているんだ。
血?魔神に連なるとか、血を作るってまさか。
二重の意味で襲われるという状況、その事実に燐は戦慄した。
「やめろ!」
青い炎を出す。降魔剣さえ抜けばなんとかなるのに。
蔦を剥がそうとするが、燃やしてもまた生えてくる。
蔦が制服を剥がそうと蠢く。

「嫌だ!!」

「若君!!」
悪魔の蔦が切断される。魍魎の集合体の悪魔は燐を背後に庇って
悪魔達に一喝する。
「無礼者どもめ!」
『お付の者だ』
『ちくしょう』
『逃げろ』
集まっていた悪魔が散る。
燐は蔦を抜け出した。
悪魔達が散って空いた隙間を縫ってそのまま4番線に走った。
驚いたのは魍魎の悪魔だ。
「若君ー!」
「わりぃ!助かった!じゃあな!!」
燐は振り返らない。そのまま幽霊列車に乗り込んだ。
追いかけてきた魍魎の悪魔はドアの前で蹴り飛ばした。
列車のドアが閉まる。走り出した。
魍魎の悪魔はホームを走ってなにかを叫んでいた。
もう追いつけはしないだろう、燐は窓を開けて叫ぶ。
庇ってくれたお礼だけはしようと思った。
「若君!今はお逃げになっても我らはきっと、きっとお迎えにあがります!」
ありがたくない言葉が聞こえたので、そのまま窓を閉めた。
駅が遠く遠く離れていく。
幽霊列車の行き先を確認する。

虚無界入口前→正十字学園駅

一息ため息をついて、席に着いた。
帰れるだろうか。燐の意識が遠のいていく。




「兄さん、兄さん!」
呼びかける声が聞こえて、燐は目を覚ました。
少し肌寒い、身震いして目の前を見る。
「・・・雪男?」
「ここ正十字学園駅だよ!なんでベンチで寝てるの!丸一日どこいってたのさ!」
辺りを見回す。
駅のホーム。改札には駅員。人、人、人。よかった、戻ってこれた。
目の前には普通の列車がある。
「お前、幽霊列車祓ったのか?」
「うん、兄さんが起きる前に」
「そうか」
雪男がコートを燐の体にかけた。
そういえば、服が破れている。
蔦に締め付けられたからあざもついてるかもしれない。

「兄さん、なにがあったのさ」

雪男が燐に問いかける。
そんなの燐にもわからない。
正十字学園駅で待ち合わせをしていた。
気がつけば虚無界にいた。
わけがわからないにもほどがある。

燐の携帯電話がメールの受信を告げる。
携帯電話を取り出して、メールを開く。


おかえりなさい


送信者はメフィスト・フェレス。
それだけで全てを理解した。
待ち合わせの記憶がないのもメフィストならどうとでもできるはずだ。

「雪男」
「なに」
「俺の行方不明の原因がわかった。いまからメフィスト殴りに行くぞ」
「僕も行くよ」

道すがら、今日あったことを雪男に話そう。
きっと雪男は喜んで協力してくれるだろう。
燐はメフィストに対しての警戒値が飛躍的に上がった。




「やれやれ、今回のことで自覚くらいはしましたかね」

メフィストは携帯電話を閉じて、ドアの扉を開ける。
あの双子が来る前に退散するとしようか。
彼は虚無界に行って自覚したことだろう。
自分が悪魔に狙われる存在だということに。


自分の立場をきちんと自覚しなさい。

でなきゃ、悪魔にペロリと食べられてしまいますよ?

左手の誰か



おかしいな。
二人だった頃が思い出せない。


修道院にいたとき、二人だけで過ごした日は割と多い。
父さんは任務で忙しかったし、修道院にいる人達もあまり僕らに関わろうとしなかったから。
僕達は二人きりだった。
だからひとりじゃなかった。
雪が降る寒い日は、二人で手を握って父さんの帰りを待った。
迷子になった時も、二人で手を握って歩いた。
僕の右手は、いつも兄さんの左手を握っていた。


寒い。血色の悪くなった手をさすりながら、
燐は寮の部屋の扉を開けた。
部屋の中は暗く、雪男はまだ任務から帰っていないことがわかる。
間に合ったか、と燐は思う。
突然頭上が、ふわりと温かいものに包まれた。
「うわ!」
温かいものに触れる。暗くてわかりにくいが、
この感触はタオルだろうか。
「ごめん、兄さんがそんなに驚くとは思わなくて」
背後に雪男が立っていた。
燐をタオルで包んだ犯人だ。
燐は手探りで電気のスイッチを探してつけた。
目の前が明るくなる。帰ってたのか、と言おうとして燐は固まる。
雪男の表情は暗い。

「どうしたんだよ雪男・・・?」
「こんな夜遅くに雪まみれで帰ってきて、風邪引いたらどうするの」

雪男は燐を包んでいるタオルを取って、燐の頭を拭きだした。
心配をかけたのか。そう感じ取った燐は大人しくされるがままになっている。
時計を見てみたら、もう12時を回りそうになっていた。
「お前、いつ任務から帰ってきたんだよ」
「11時・・・半くらいかな」
「ついさっきじゃん」
「兄さんもう寝てるかと思って帰ってきたら、部屋にいないし。心配したんだよ」
雪男がタオルを取る。頭と、肩に積もっていた雪も拭えたので、先ほどよりずっと
身体が温かくなった。
「・・・悪かったよ。ってかさっき帰ってきたんならお前も身体冷えてんじゃねぇ?」
燐が雪男の手に触れた。

雪男ははっとした顔をしたが、すぐにその表情を隠す。

燐はそんな雪男に気づいていない。
雪男の手を握って、さすっている。
「ほら、お前もこんなに冷えてんじゃん。風邪ひくぞ」
「・・・さっきの兄さんよりましだよ」
「大丈夫だって、俺よりお前のほうが身体弱いだろ」
「昔と一緒にしないでよ」
「・・・はは、それもそうか」
燐の手が離れる。
雪男の手はさっきよりずっとあたたかい。
でも、雪男は気づいていた。


兄さんの手、左手だけ温かった。


その事実に心は冷え切っている。
昔は二人きりで過ごすことも多かった誕生日。
今日、兄は深夜にどこかへ行っていた。
帰ってきたとき、聞くことが出来なかった疑問。

兄さん、誰と会ってたの?

冷え切っていた身体とは違い、温かった左手。
昔、僕が握っていた兄さんの左手。
僕の右手は、いつも兄さんの左手を握っていた。
今は、別の誰かが。


「雪男、どうした?」
燐が心配そうな顔で雪男を見ている。
「なんでもない」
「でも、おまえ・・・」
雪男は燐を抱きしめた。
冷え切った身体が、心が、少しだけ温かくなった気がした。

「すげぇ、寂しそうな顔してるぞ」

雪男は、燐の右手を握った。
左手と違って、右手はとても冷たい。
だからこそ、雪男がこの手を暖めたかった。


「兄さん・・・誕生日おめでとう」
「お前もな、雪男」


この手を握るだけで、なにもかも繋ぎとめておくことができたらいいのに。


時計の鐘が12時を告げる。
僕達の誕生日が終わった。

雪と蝋燭

雪が降っている。
それは視界を覆いつくすように空から舞い降りてきて、志摩の身体を冷やした。
日が暮れる頃から降り出してきた雪は、深夜の今うっすらと地面に積もっている。
志摩が歩くたびにそこには薄い足跡がつく。
視線が雪の上を辿る。
志摩より先に残された足跡。
その足跡を追いかけるように志摩はゆっくりと歩き出した。

雪に埋もれていてわかりにくいが、視界の端にメリーゴーランドがあるのが見えた。
その横にはジェットコースター。季節はずれだがアイスクリーム屋の看板も見える。
メッフィーランドのマスコットキャラも雪に埋もれている。
はぁ、と吐いた息が白い。
聖十字学園の中に設置されている遊園地は、雪の為閉園している。
人の侵入を拒む柵を越えて、誰もいない遊園地をわざわざ歩く。
理由は簡単。呼ばれたからだ。
足跡の終わりが見えた。

「奥村君どうしたん」

ベンチに座って空を見上げる燐を見つけた。
肩には雪が降り積もっていて長時間そこに留まっていることがわかる。
志摩はポケットから携帯電話を取り出して、画面を燐に向けた。
画面のライトが暗闇を緑に照らす。

「呼ばれたから来てみた。探すの苦労したんやでー」

画面には燐から届いたメール。『今日夜空いてる?』のひと言だけ。
燐は雪雲に覆われた空から視線を外し、志摩を見る。
「・・・来るとは思わなかった」
「呼んだの奥村君やんか」
志摩は燐の隣に座る。ベンチには雪が積もっていたのでそれを手で振り払ってから座った。
するとベンチの真ん中辺り、なにか冷たくて固いものに触れた。
円柱。というか、雪を円状に固めたもので、円の上には小さな雪玉がいくつも乗っている。
暗闇で見えにくいが、この形には見覚えがある。
「ケーキ?」
「うん、当たり」
手先が器用な燐のことだ。明るいところで見たらちゃんとしたケーキに見えるのだろう。
だが、暗闇で見るそれは子供が雪玉をかき集めて作ったような歪な形に見える。
色もなく白い。触ってみたら、やっぱり冷たくてただのケーキの形をした雪だ。
雪のケーキを間に挟んで、ベンチの上で二人は隣り合って座っている。
目の前は暗くて、寒い。
燐はポケットからろうそくを取り出して、その雪のケーキの上に差した。
燐がろうそくに指をかざすと、ろうそくの上に青い焔が灯る。
青い焔がケーキの上に書かれた文字を照らす。
『Happy Birthday』
これは、誕生日のケーキだ。

「奥村君」
「なに」
「今日、誕生日?」
「うん」
「ごめん気づかんかった」
「・・・今日雪男が任務でいなくてさ。一人で祝うのもあれかと思って」
「うん」
「雪男の誕生日」
「え、奥村君もやん。双子なんやし」
「・・・・・・ああ、そういやそうか」
「奥村君、そういうの奥村先生にいうたら怒られるで」
「う、そうかな」
「そうやな」

青い焔が雪の中でゆらめく。

今日は奥村君の誕生日で、奥村先生の誕生日。
そして、俺のじいさんと一番上の兄貴の命日。

「メールしてごめんな」
「なんで?」
「今日、お前んち法事なんじゃねぇの」
「だいじょうぶや、俺の家な大家族やから。俺くらいおらんくても気づいてへんから」

じいちゃんと一番上の兄の記憶ははっきり言ってない。
なぜなら俺が赤ん坊の頃の話だから。
家族が死んだのは事実。
だけど、これくらいのことしたくらいでバチは当たらないだろう。
ごめんな、じいちゃん。兄貴。
正月には墓参りにいくから堪忍してや。
燐の冷たくなった手を握る。




「奥村君、誕生日おめでとう」




ケーキの上の焔が消えた。

星間距離の縮め方


「あ、流れ星」
「え?どこ?」

志摩と燐は二人で夜空を見上げた。
しかし、星が落ちた形跡はもう見えない。
空に浮かぶ満点の星空があるだけだ。
「流れ星すぐ消えるから、気づいたときって大体見えないよな」
「そうそう、願い事三回もいえへんよね」
「前見た時は白かったけど、今回のは青く光って消えてたぞ」
「へー、ええなー俺も見たかったわー」
旅館の縁側に座って喋る。二人の間には切ったスイカが置いてある。
志摩はそれを一つ取って、食べた。
しゃく、とスイカを咀嚼する音が夏の庭に響く。
「うーん、ちょおっと乾いてて残念」
「これ、昨日切った奴だからな」
「なんで食べへんかったん?」
「なんかお前らの身内が言い争ってたから言いにくかった。
っていうかみんなで分けるために切ったんだよ」
「・・・あーうん。ごめんな」
「一人じゃ食えねーし。乾いたのしえみ達に食わせるには可哀想だし。
子猫丸と勝呂とは仲直りできてない。そこでお前だ」
「ひどい奥村君。俺は残飯処理係なん!?」
「いいじゃん。べつにまずいわけじゃねーだろ」
「そらそうやけど・・・」
「ほれ、食え喰え」
燐が手をひらひらと動かして、志摩にスイカを促した。
志摩はそれを横目で見て、また空に視線を向ける。
静かな虫の音色を聞きながら、星を見た。

「奥村君これ誰にもろたん?坊のおかみさんか誰か?」
「それは秘密」

燐はスイカを食べながら星を見上げた。
黄色に輝く星が見える。

「あの黄色の星なんだろ」
「金星ちゃう?」
「ああ宇宙人がいるのか」
「・・・奥村君、仮にも祓魔師目指しとるんやからそれはないやろ」
「なにが?」
「金星っていうたらルシファーの象徴。
で、そのルシファーいうたらサタンと同一視されとる存在やん」
「なんてこった、あの星は俺の親戚か」
「・・・うん、あながち間違った解釈でもないけどあってもないな」
奥村燐は何も知らない。祓魔師の家で育った志摩とは
大分違った環境で育ったらしい。
反応も何もかもそこらの一般人と変わらなくて、でもその存在は悪魔で。
なんともおかしな奴だと志摩は思っている。


「じゃあ、金星が奥村君やったら地球は奥村先生なんかな」
「なんで?」
「知らん?金星と地球って兄弟星って言われとるんよ」
「へー」
金星と地球はほぼ同じ大きさでできている。
地球も、生命の誕生がなければ金星のようになっていたのではないかという
仮説があるくらい近しい存在なのだ。
ただし地球とは違い、金星には二酸化炭素が充満し高温に熱せられた地表が
星を覆い尽くしているという死の星だ。
地球と似た存在なのに、決して交わらない。
生命の星と死の星。
人間と悪魔。
似通っているところが多くて、思わず志摩は笑った。自分の考えは意外と的を突いている。
「いきなり笑うなよきもちわりぃ」
「ごめんなー」
おそらく燐はこういった知識もないだろう。
中学校の授業もよくサボっていたと聞いている。


「じゃあ、俺と雪男の距離ってすっげぇ離れてんのかな」


ぽつりと燐が呟いた。
星と星の間は遠い。それこそ何億光年と離れているものもある。
地球から見て近くにあると思っていても実際その星同士の距離はとてもとても遠い。
こうして地球から眺めている時にはわからない。

「奥村先生となんかあったん?」
「別に、俺はやくアイツに追いつきてーって思ってるだけ」
「・・・ふうん」

やっぱりこの二人は星のようだ。と志摩は思う。
地球と金星はお互いに眺めたらとても遠い場所にある。
きっと、燐からしたら弟の方が先の方を歩いているように見えるのだろう。
だが志摩は知っている。
雪男だって燐の背中を追っていることに。
こうして二人を客観的に見れるからこそわかるのだろう。
この二人、お互い遠くにいると思っている割に外から見たら意外と近いところにいるというのに。
それこそ、地球と金星だって遠い遠い星から見たらこの夜空の星みたく
案外近くに見えているのかもしれない。
それと同じことだ。
主観をどこにとるか。客観的な視点をどこにとるかで
距離はこんなにも違って見える。
でも、それを横にいる燐に伝えようとは思わない。
「なぁ奥村君」
「なに」
スイカを口に含んだ。水っぽさと甘い汁が喉を潤す。


「地球が奥村先生で、金星が奥村君やったら
 俺流れ星になって奥村君に会いに行くわ」


地球はどうあがいても金星に近寄れない。
だったら俺は流れ星になって会いにいきたい。

だが、燐の反応は意外と薄かった。
「えー来んな」
「ひどい!なんで!」
燐が最後に残ったスイカを取って食べた。



「だって、星と星がぶつかったらお互い砕けて終わりだろ」
「あ、そっか」



どうやら星になっても距離のある関係のほうがいいらしい。

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