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CAPCOON7

青祓のネタ庫

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青い焔に包まれて

門から、物凄い勢いで青い焔が出てきた。
サタンの焔。いや、違う。この焔は。

「避けろ!雪男!!」

シュラが叫んだ。
門から噴出する瘴気と青い焔。
その勢いに飲まれて、雪男の身体は吹き飛ばされる。
飛ばされた中でもハッキリ見えた。
門が、青い焔に焼き尽くされて消えていく様を。

(そんな、嘘だろう)

間をおいて、地面に叩きつけられる。
一瞬息が詰まった。咳き込んで、一呼吸置く。
辺りを見回せば、森の中だった。
シュラやメフィストと引き離されてしまったらしい。
空き地から随分飛ばされてしまった。
戻らないと。
起き上がろうとすると、目の前に人が立っていた。
黒い服、尖った髪型。兄を連れ去った張本人。


「いきなり大当たりー」
「アマイモン・・・!」


反射的に銃を取ろうとするが、その手を素早く踏みつけられた。
手から鈍い音がした。
「君がいると、奥村燐がこちらにこないんですよね。邪魔なんですよ」
「は、よく言うよ。邪魔なのはそっちだ。兄さんを連れ去っておいて」
手の痛みは激しいが、そんなのに構っていられない。
憎い相手を目の前にして、黙っていられるか。雪男は憎しみを宿らせた瞳で睨みつける。


「来たのは奥村燐の方ですよ」
「そうするように仕向けたのはお前らだろう」
「決めたのは奥村燐でしょう。君達が弱いから、彼はこちらに来た。違いますか?」
燐は皆を守るために虚無界に堕ちた。
その原因は自分達が弱かったからだ。
でも、それでも。


「兄さんを諦めるのに、弱さを言い訳にしてたまるか。
 僕は何年、何十年かかっても、きっと取り返してやる。諦めてたまるか!」
雪男のセリフにイラついたのか、アマイモンは雪男の手を再度踏みつけた。痛い。
激痛と言ってもいいだろう。
だが、目だけは逸らさない。


「君、やっぱり邪魔です」
「奇遇だな、僕もだよ」


アマイモンが、手を振り下ろす。
殺されるだろうか。兄に会えないまま。
そんなのは嫌だ。
ここでは死ねない。ここで死ねば、兄は本当にこちらに帰ってこなくなるかもしれない。


だが、雪男の身体を刺し貫こうとする手は止まらない。
反射的に目を瞑ってしまう。
死ぬ寸前の光景が暗闇とは、なんとも滑稽だ。
せめて、最期の瞬間までアマイモンから目を逸らさずにいたかった。
死ねば本当の暗闇が待っている。


ドスッという肉が引き裂かれる音。
身体を刺しぬく腕。
血飛沫が辺りに撒き散らされる。
頬に温かい血が飛んできた。


ここでは死ねない。死んでたまるか。











いや、違う。
なんで僕は生きているんだ?


雪男は目を開ける。

「はは、君は本当に面白いです」
「・・・うる、せぇ・・・・・・」
雪男とアマイモンの間に立ち塞がる姿。
それはずっと望んでいた、探していた姿だった。


「にい、さん」


でも、こんなのおかしい。こんなのは違う。
兄の体が、アマイモンによって貫かれている。
そうなるのは僕だったはずなのに。
アマイモンが腕を引き抜こうとする。
それを、兄は左腕で止めた。
右手一本で倶利伽羅の切っ先をアマイモンに向ける。
アマイモンを逃がさないために、腕を掴んだのか。
動いたせいか血が、先ほどとは比べ物にならないくらい兄の体から溢れ出てきた。大量の血が地面に落ち、倒れている雪男の顔に滴り落ちる。

熱かった。
焼けるようなこの熱さは、兄の命が流れ出ているからだ。

燐はぽつりと呟いた。

「てめぇは俺を怒らせた」



倶利伽羅の切っ先がアマイモンの身体に突き刺さる。
同時に、青い焔が湧き上がった。
地の底から湧き上がる、怒りの焔だ。
大切なものを殺そうとした者への怒りが、燐を駆り立てる。
アマイモンと、そして燐の身体を青い焔が包み込む。



燐は一度だけ後ろを振り返った。雪男が呆然とした表情で見ている。
孤独な世界でも生きてこれたのは、雪男の声が聞こえたからだ。
門が開いて、物質界へ戻れると思ったとき嬉しかったんだ。
また皆に会えると思ったから。
でも、アマイモンはその皆を殺そうとした。
本当なら虚無界で門が出現した時に、門を壊せばよかったんだ。
そうすれば止められたかもしれない。
アマイモンを虚無界で引き付けて、また一人で戦えばこんなことにはならなかった。
できなかった。
帰れると思ったら、できなかったんだ。
焔で門を壊したけど、同時に門をくぐってしまった。
そのせいでアマイモンがこちらにきてしまった。

これはきっと俺のエゴへの代償なんだろう。


でも、雪男は生きている。
皆も生きている。
よかった。



あとは、俺がこいつを殺せばいい。


焔の勢いが増すほど、燐の体から血が溢れ出てきた。
こんなに失血したまま戦うのは虚無界にいたころでもなかった。
それでも、この行為を止めようとは思わなかった。
悪魔の回復能力があるとはいえ、それも万能ではない。
悪魔は人間よりも死ににくいというだけで、不死というわけではないのだ。

「馬鹿ですね、このままだと君も死にますよ」
「上等だ。てめぇは俺と地獄に堕ちろ」
「はは、そういうの嫌いじゃないですよ」

青い焔に包まれて、雪男の顔も見えなくなった。
雪男、ごめん。
最期まで俺はダメな兄貴だった。



お前を、ひとりにしちまうな。



雪男の目の前で、青い焔は燃え続けた。
アマイモンと、燐の身体を包んだまま。

いつまでも燃え続けていた。

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戻る為の決意

アマイモンとやり合って気づいたことだが、あいつはいつも俺を倒した後
同じ方向に帰っていく。そこには住処があるのかもしれないが、なぜだかそれは「違う」と直感が告げていた。
アマイモンは出会った当初から物質界に馴染んでいた様子だった。
と、すれば以前から頻繁に物質界に行っていたのだろう。
虚無界に堕ちてからもアマイモンは唐突に現れたかと思えば、ふとその姿を消して何日も来ないこともあった。物質界に行く道が、その先にあるのかもしれない。


燐は近づいてきた悪魔を焔でなぎ払って、森の先を見た。

「・・・森の中に入っていったなアイツ」

学園に向かっていた悪魔は、ほとんど殺しつくした。
いつからか数が減り、いまや向かってくるのは虚無界に元からいたやつらばかりだ。

なぜその違いがわかるかというと、強さが違うからだ。
学園、つまり物質界から来た悪魔と虚無界の悪魔のレベルは全く違う。
そんな違いがわかるようになったのは成長したということなのだろうが、なんだか複雑だ。
焔はどんどん手に、剣に馴染んでくる。まるでこれが本来の姿なのだというように。



いや、違う。そうなりたいわけじゃない。



「しっかりしろ、俺は、帰らないといけないんだ」
剣を握りなおして森の奥へ入る。
根城にしている修道院からは随分離れた場所だ。
ここにも悪魔は住んでいるようだが、燐の気配を察してか襲ってくるものはあまりいなかった。悪魔は上のレベルの相手にはそうそう手を出さない。燐自身が強くなった証拠でもあった。
茂みの間から出ると、木や森が避けているかのようにぽっかりと空いた空き地があった。
腰を低くして様子を伺う。悪魔の気配はなかった。
円状に空いた空き地の中央には、ひずみ、というべき裂け目があった。
言うならば、空中が破れている。裂け目からは紫色の空間が覗いていた。
異様としか言いようがない。
周囲にアマイモンの気配はない。
燐はひずみに近づいていく。懐かしい感覚がした。
虚無界とは違う、物質界の空気ともいうべき匂いがする。
久々に、肌がざわつく。心が逸る。

「ここから、帰れるかもしれない」
「させませんよー」



背後から、身体を捕まえられた。
しまった。気が緩んだせいで。気配に気づけなかったなんて。
背後から伸びた腕、鋭く尖った爪が喉元に食い込んでくる。少しだけ血が出た。何度も聞いた声が、耳元で囁く。

「君、まだ諦めてなかったんですね。往生際の悪い」
「うっせぇ。」

アマイモンは、燐を拘束しながら囁いた。拘束といっても、後ろから抱きしめている形だ。
だが、腕はしっかりと燐の急所を押さえているため、燐は身動きが取れない。唯一動く口でアマイモンに反撃する。


「諦めの悪さだけは誰にも負けねぇ。人間はしぶといんだよ」
「君は悪魔でしょう。虚無界に堕ちて平気な人間などいない」
「じゃあ俺がその最初の一人ってのはどうだよ」


話している間に隙ができないかを伺ったのだが、相手も手ごわい。
爪を強くたてられる。少量の流れ出た血を背後から舐め取られた。
身を捩って逃げようとするが、引き寄せられる。
舌が喉元を這いまわって気持ちが悪い。
「君が物質界に戻りたいのは、そこに帰る場所があるからですよね」
「・・・何がいいたい」


「君が帰る場所を無くせば、帰るなんていう概念はなくなるんじゃないですか?」


ぴくりと燐の体が反応する。こいつは何を言っている。
帰る場所をなくす。意味することなんていくらでも浮かんだ。
「そもそも学園を攻撃したのだって君の帰る場所をなくせばいいと思ったからやったんですよね。
その前に君がこっちに来たからできなかっただけで。今なら簡単なんじゃないかな」
「おい、てめぇ・・・」


「いくらでもいるなぁ。あの赤い髪の女に、グリーンマンを連れたピンクの女。坊主の3人組に、巫女の女。ああ、そうだ。君の弟なんか」


「あいつらに手ぇ出すな!!」


燐の怒りに呼応して焔が噴出す。アマイモンは素早く距離を置いた。
離れてもよく見える。青い焔を纏って、怒りに燃える姿。
人間などとよくも言う。
まるで悪魔じゃないか。
「それでよく人間だと言えますね」
「黙れ」
「まぁ、君が悪魔なことは変わらないですし、邪魔ものは排除するに限る」
「黙れ!!」
アマイモンはひずみの前に立った。
目的ができた。物質界に行こう。邪魔者を排除しなければ。
いつものように次元の境目をこじ開ければいい、そう思っていたが。

辺りの空気が変わる。

燐も気配の違いに気づく。まるで物質界からこちらへ何かが来るようだ。
ひずみが空気に反応する。
突然、ひずみを中心にいくつもの魔方陣が展開して、門を形作っていった。メフィストが使用している術式だ。


「兄上・・・の術ですか。物質界から虚無界への扉を開けるとは・・・」
アマイモンの言葉に燐は戦慄した。
まさか。物質界からこちらにアプローチがあるなんて思っても見なかった。
帰れるかもしれない。その思いは燐を強く惹きつける。
だが今はまずい。
アマイモンが物質界に行けば、皆が殺されてしまう。
考えあぐねているうちに、門が完成に近づいていく。
アマイモンはその扉を見た後、燐の方に振り返った。


「自分で開ける手間が省けました。兄上には感謝しないといけませんね。
 よく言うでしょう、ゴミはゴミ箱にって。コレを期にしがらみなんか捨てればいいんですよ」


門が完成してしまった。簡易版ゲヘナゲート。
まだ扉はは閉ざされている。

ゴンッ

アマイモンは扉を叩く。少しだけ空いた。
その隙間から懐かしい物質界の空気が入ってきた。

ゴンッ

アマイモンはもう一度扉を叩く。

もう開きそうだ。
帰り道が、開く。
待ち望んでいた、ずっと探していた。
目の前にある。
だけど。
燐は覚悟を決め、焔を纏った。
剣を構えて門に向かって走る。
このままこいつを行かせれば、皆死んでしまう。

ゴンッ

扉が開いた。

(兄さん、僕と一緒に帰ろう)

雪男の声が聞こえた気がした。
近くにいるんだろうか。懐かしい声だ。
泣きそうになるほどに。

(ああ、帰りたいな)

みんなのいる場所に帰りたい。


燐は剣を振り下ろした。
門が、焔に包まれる。

引き金を引く覚悟

クロが示したのは、悪魔が住む森の深淵だ。
悪魔と言っても森の入り口付近は下級しかいないのでまだいい。
問題は奥だ。森が深くなるに連れて中級、上級と悪魔の階級が違ってくる。
上級とかち合うのはできれば避けたい。
こちらのメンバーは雪男、メフィスト、シュラの3人だ。
シュラならば上級にも対処ができるが、メフィストを守りながら戦うとなると不利だ。
人型の時ならどうとでもなるが、今のメフィストは犬なのだから。


「まったく、足手まといがいると苦労する」
「協力しているのにその言い草は心外です」
「すみません。でもフェレス卿がいなければ成立しない作戦なんです」
「ふん、強引に連れてきておきながらよく言いますね先生。奥村君のこととなると貴方は思い切った行動取りすぎです」
「だって家族の事ですから」

雪男は悪びれた様子もなく言った。普段ならあまり強引なことは好まないが、兄の命がかかっているのだ。燐が消えた後、嘘みたいに学園の悪魔も去っていった。


シュラの聞いた言葉を信じれば、それらはすべて燐が引き受けている。
学園が平穏を保っていられるのも、燐が悪魔を殺しているからだ。
孤独な世界で怪我をして、死にそうになりながら。
燐を放って、その平和を享受することもできるだろう。
だが、そんなこと到底できなかった。


シュラを先頭に置いて、その傍に道案内のクロ。クロの背後に犬メフィストを抱えた雪男が着くというパーティだ。森の性質上、中央に行くに連れて悪魔の階級が上がってくる。そのため一番実力のあるシュラを先頭に着かせた。
本来なら殿にもう一人欲しいところだが、そうも言ってられない。
この作戦は完全に正十字騎士団の方針とは異なるため、この森に来たことだって極秘だ。助けはこない。それを踏まえたうえで戦わなければならない。クロが尻尾を立てて反応を示した。近くに悪魔の気配がするらしい。



「隠れろ、茂みのなかに入って頭を低く」



シュラの命令どおり、すぐ茂みに入る。頭上から悪魔の雄たけびが聞こえた。しばらくすると、その声も遠くに離れて言った。
茂みから出て、頭上を見上げた。星が出始めている。本来なら悪魔の活動時間である夜に森に入るべきではないが、仕方が無い。魔の気配が濃くなっている。

「やれやれ、たどり着くまで大変だ。汗で胸が蒸れる」
「・・・たどり着いてからも大変そうですけどね」

シュラの言いようはあえて無視する。
そんな中、雪男の腕に抱えられたメフィストが、ぽつりと呟いた。

「まずいです。急ぎましょう」
「何かあったんですか?」

普段のおちゃらけた様子とは違い、メフィストは焦っているようだ。



「先ほどの悪魔は森の伝令役です。森に伝えていました。『門が反応している。近づくな』」
「!?」


門とは、アマイモンが使った虚無界に行くための手段のことだろう。
虚無界と物質界の境目が曖昧な場所。
この森の中にある虚無界へのひずみ、もしくは穴は、悪魔達には門と呼ばれるのか。

「でも、『門』に近づくなっていうのはどういうことなんです?」
「簡単ですよ、『門』から出てくる虚無界の悪魔なんて上級以上がほとんどです。大概上級は暇つぶしに同族殺しもしますから、かちあって死にたくなければいくなってことですよ」
「・・・チャンスですね」


雪男は前を見据えた。門が反応しているならこちらからこじ開けることも可能かもしれない。
しかも、厄介だった森の上級悪魔は門から離れてくれる。
「お前も無鉄砲だよなぁ雪男、燐そっくりだ」
「兄さんはもっと過激ですよ」
「え、引き返さないんですか!行くんですか!?」
嫌がるメフィストを抱えて、走る。
頭上から、遠くの空から悪魔達の声が聞こえた。
が、皆雪男達が向かっている方向とは逆方向に行っているようだ。

門は近い。




走るスピードを上げる。
程なくしてクロが声を上げた。そこでいったん止まる。
茂みの向こうには、木や森が避けているかのようにぽっかりと空いた空き地があった。腰を低くして様子を伺う。悪魔の気配はなかった。
円状に空いた空き地の中央には、ひずみ、というべき裂け目があった。
言うならば、空中が破れている。裂け目からは紫色の空間が覗いていた。
異様としか言いようがない。

「あそこが『門』だろうな。俺が周囲を警戒してるからお前らは行け」
「はい、お願いしますシュラさん」
辺りの様子を伺いながら茂みから出る。
ひずみの前に、メフィストを置いた。後ろに雪男が着く。
シュラはいつ悪魔が出てもいいように剣を構えている。
「ここまで時空が歪んでいれば、恐らく術を使うだけでいけますね」
「お願いしますフェレス卿」
雪男も銃を構える。
ここが正念場だ。

「上級悪魔が出現しても私は責任取りませんよ」
「構いません、責任を持って僕が殺してみせます」
「おい一人で気張るなよ雪男、私もやってやるさ。獅朗もきっとアイツが帰ってくることを望んでるだろうからな」


「さぁ、何がでるかは運次第」


メフィストは術式を展開した。
この前使ったのは杯と聖水、血を使った。今回は既に門を開く原型があるので術式のみの展開だ。
ひずみの中心に魔方陣が展開される。
幾重にも重なった円が形を作っていく。
その形は、正に『門』だった。
サタンが物質界に出現するときに使う、ゲヘナゲートの簡易版といったところだろうか。
門の扉が出現したところで。




ゴンッ

閉ざされた扉の中から音がした。
まるで向こうからこじ開けようとするかのような、音。
三人は身構えた。

ゴンッ

2回目の音で、門が少し開いた。
一気に魔の気配が強くなる。

ゴンッ


門が、開いた。
瘴気が中からあふれ出してくる。
門の向こうから、何かが来る気配がした。
雪男はその何かに銃を構える。
上級悪魔なら、世に出る前に殺さなければならない。
本来なら、虚無界への道を開くなどあってはならないことだ。
今回の作戦は、物質界へ悪魔を招くことと同義。
ここから出た悪魔が、他の人間を手にかければそれは雪男の責任といえる。

雪男の理性は、今回の作戦を否定する。
だが、本能は、それをやれと訴えた。

危険を冒してでも、取り返したいものがあった。


(兄さん、僕と一緒に帰ろう)


雪男は引き金を引いた。

道を辿って帰ろうか

誰かに頭を撫でられた感触がした。
驚いて起きてみた。けど、目の前には壊れた十字架があるだけ。
周囲には人の気配も、悪魔の気配もしなかった。
「・・・なんだったんだ」
頭を触ってみる。なんだかまだ感触が残っている感じがしたからだ。
気絶している時に見た。過去の記憶。
人間死にそうな時になるとそれまでの人生が走馬灯のように頭の中を駆け巡るという。
あれはそういう類のものだったんだろうか。

三人で見た星空。
とても、温かい記憶。

燐は、倒れていた床から起き上がった。
折れていた足は治っている。
少しだけふらついたけれど、大丈夫だ。
「俺は、まだ戦える」
もう一度頭を触ってみた。
倒れている間、雪男が傍にいてくれたような気がした。


兄さん、ここにいるの


声が聞こえた気がしたんだ、雪男。
俺は、ひとりじゃない。
孤独な世界に堕ちたけど、俺はひとりぼっちじゃない。
それだけで俺は戦える。

「ああ、俺はここにいるよ」

聖堂の外で悪魔達が集まる気配がした。
倶利伽羅を持って、外を見据える。
俺は戦う。むこうの世界に帰るために。







雪男は祓魔師が使用する退魔図書館で資料を調べていた。
ここには退魔に関する資料が保管されており、術式を調べるのに適している。
大量の古書、術書が机に散乱しており、それを貪るように見る顔は鬼気迫っている。

「おい、雪男いきなり消えたから逃げたかと思ったじゃねぇか」

シュラがようやく見つけた、という表情で部屋に入ってくる。
理事長室を後にし修道院に行き、今度は図書館。
せわしなく移動を繰り返したのでシュラも見つけられなかったのだろう。
雪男はシュラを一度見て、また資料に目を戻す。

「僕は逃げません」

兄を迎えに行くと決めたのだ。
血まみれで一人横たわる姿。
あんな光景を見せられて平気でいられるわけではない。
動揺がなかったといえば嘘になるが、諦める理由になるわけがない。
寧ろ、火がついたといってもいいだろう。



逃げてたまるか。
僕はもう、兄さんの後ろで怯えて守られるだけの存在じゃない。



「じゃあ、なにか思いついたってことか?」
「ええ」
雪男は地図と資料を広げてシュラに見せた。

「バミューダトライアングルって知ってますか?」
「ああ、船や飛行機が突然その海域に入ると失踪するとかいう場所のことだろ?迷信だけど」
「だけどそういうところには決まって悪魔が出たとか。幽霊がでた、とかいう話がありますよね。
 異界に続く道がある。とも」

シュラは頭を捻る。そういう話はよくあることだ。

「幽霊や悪魔が出現しやすいスポットっていうのは確かにあるだろう。そのバミューダトライアングルなんていう外国の話じゃなくてもいいさ。
日本だと恐山や富士の樹海なんかがそれにあたるな」

「つまりそういう所って、物質界と虚無界の境目が曖昧なんですよ」
「それは私も考えなかったわけじゃないが、境目が曖昧なだけじゃアプローチもできないだろう」


雪男は、地図と資料を閉じて机の端に置く。
一呼吸置いて、話し始めた。
言葉に説得力がなければ作戦は実行できない。
シュラに自分の考えを伝え、尚且つ納得させなければならない。


「兄さんがいなくなった時、門番の人が目撃しているんですよ。奥村燐と黒い服を着たとんがり頭の男が学園を出て行ったって」
「・・・アマイモンだろうな」
雪男が頷く。さんざん苦労を強いられた相手だ。
特徴を聞いただけでわかるくらいには因縁がある。

「兄さんは虚無界に行きました。それはアマイモンの手引きがあったからでしょう。
でも、アマイモンと兄さんはどうやって虚無界に行ったんですか?
ここは物質界だ。どうやってアマイモンは虚無界にアプローチをかけたんですか?」



シュラは、ため息をついて雪男を見た。
そもそもこいつは一介の祓魔師と悪魔の王の力の差をわかっているのだろうか。
いや、わかった上で言っているのか。

「つまり、アマイモンが虚無界に行くために使った場所に、行くと?」
「そうです。そこに行くにはクロを使います。兄さんの匂いを辿ればいけるはずです」
「で、そこから虚無界にアプローチをかける、と?」
「そうです」
「正直、もう虚無界に行く道は閉じてるんじゃないか?
 あいつらだって馬鹿じゃない。道を閉じるくらいするだろう」


「理事長がヒントをくれました。虚無界を見るときに使った術がありましたよね。
『こちらから虚無界にアプローチをかけることは世界の均衡を保つ上で良いとはいえませんから』っていってましたけど」


アマイモンが使った虚無界へ続く道。
閉じていたとしても物質界と虚無界の境目が曖昧な場所だ。
そこにメフィストの使った術を使うことで、虚無界と物質界へのつながりを作る。
世界の均衡を崩すかもしれないが。
雪男はにっこりと笑いを返した。

「虚無界へ続く道ができれば、それに越したことはありませんよね。」
「・・・メフィストが悲鳴をあげそうな作戦だなそれは」
ただでさえ力が封印されている状態なのだ。
雪男は途中で退室したから知らないだろうが、あの術を使っただけで犬メフィストはへばって動けなくなっていた。


「でも、俺達は虚無界へはいけないだろう。それでもいいのか?」


どうあがいても人間が虚無界へいくことはできない。
それでもこの作戦を強行する意味はあるのか、とシュラは問うた。
雪男は窓の外を見上げる。空っぽの空に青い月だけが輝いている。



「兄は、きっとこちらに帰るための帰り道を探していると思うんです。
 その帰り道を作ってあげたいんですよ。
一人じゃ帰れないならその道を照らすことくらいはしてあげないと」



虚無界への道を物質界から作れば、虚無界から物質界への道も開くということだ。
その道を辿って、会いにいくのではない。
こちらに帰ってきてもらうために、道を作るのだ。

声も電波も届かない

題名:兄さんへ

ちゃんとご飯食べてる?兄さんがいないから
勝呂君やしえみさんも心配しています。
兄さんが帰ってこれそうになかったら僕が迎えに行くから
迷子にならないようにそこにいて。
必ず迎えに行くよ。
だから――――


携帯電話を開く。
返信は無い。きっとメールも電話も届いてないんだろう。
電波が届かないから、声だって届かない。
この世界は不自由だ。




祓魔屋で買った銀弾と、薬草を持って寮の部屋に雪男は戻った。
大荷物で両手が塞がっていたから、扉を開けるのに苦労した。
足でドアを蹴りながら中に入る。
「にゃー」
クロが嬉しそうに寄ってきた。
雪男は荷物を置いてクロにあいさつする。クロは雪男の後ろを確認して
その場でうろうろと様子を伺った。
そこで、雪男は気づく。

「ごめんクロ、まだ兄さん帰ってきてないんだ」

雪男の言葉を聞いたクロはピンと立っていた尻尾を下げて、残念そうな声で鳴いた。
クロの言葉を雪男は理解できない。でも、悲しいんだということはわかった。部屋を見れば、兄が出て行ったままの状態になっている。
祓魔師になってからも学校の学生寮で二人で暮らしていた。

ベットが二つと机が二つ。
その一つはまだ埋まらない。

ベットの上には兄が脱ぎ捨てたパジャマがそのまま置いてある。
兄がいなくなってから、クロはその上で丸くなって寝るようになった。
兄の匂いが残っているのかもしれない。それに素直に縋れるクロが少しだけ羨ましい気がした。

「クロ、兄さんは帰ってくるよ大丈夫」

クロはにゃーと雪男に応えた。
それは、自分自身にも言い聞かせるような言葉だった。







「なんとも難しいですねぇ」
「おい諦めるな犬。こんな時くらい役に立とうとは思わねぇのか」
「先生・・・ヒドイ」

本性がチラリと覗いた雪男は、咳払いをひとつして犬に向き合う。
犬、もといメフィストは理事長室の机の上にお座りした状態でシュラと雪男に睨まれていた。

「ひどい言い様ですね。私がこんな姿になってまで頑張っているというのに」
「だからもっと頑張れって言ってんだ!」
シュラはいい加減切れてメフィストの頭を掴んだ。もどかしい返答を聞きたいわけではないのだ。

「だから、言ってるでしょう。正十字騎士団本部の連中に奥村君を隠していたことがバレて、ペナルティとして力を封じられてしまったんですよ。まぁそこを悪魔側に突かれたせいでこの前の大戦争に繋がった訳ですが。
本部の連中は極東ごときの支部などトカゲの尻尾斬りくらいしか思ってなかったんでしょう。
まだ学園に結界張ってる私を褒めてくれてもいいくらいです」


「質問に答えてくださいフェレス卿。こちらから虚無界に行く方法はないんですか」

メフィストはうーんと悩んで、ため息をついた。
そもそも、虚無界のことを人間は理解していない。
虚無界とは悪魔の住む世界だ。
世界が分かれているのには理由があるのだ。
悪魔は物質界にあるものに「憑依」する形で物質界にアプローチをかけている。
悪魔は安定した身体を持っていない。
虚無界と物質界を行き来できるのは超上級、サタンの子供であるメフィストの兄弟達くらいだ。
そもそも姿かたちが安定していない生き物だからこそ物質界の生き物への「憑依」が成立するのだ。

では、逆はどうか。

カタチが定まっている人間がカタチないものにどうアプローチするのか。
答えは「不可能」
「そもそも並みの人間が虚無界なんかに堕ちて平気でいられるわけないでしょう。精神も身体も壊れて、人間としての残りかすを悪魔に貪られるのがオチです。奥村君なんかは異例中の異例ですよ。
堕ちてもカタチを保っているのはサタンの焔を宿している特殊な体だからです」


「じゃあ、一体どうすればいいんですか。虚無界へは行けない。
 兄が怪我しているのか、無事なのか。どうしているかもわからない状況のままなんて・・・」


雪男は拳を握り締めた。兄を迎えに行くこともできないのか。
同じ双子として生まれたのに、兄とは違う自分がもどかしい。
どうして自分はただの人間なんだ。

雪男の様子を見て、またメフィストはため息をついた。
「確かに、奥村君の様子は私も気になるところです」
「なぁ、お前が犬のまま虚無界に突撃する選択肢はないのか。ちょっと見てこいよ」
「ああなるほど」
「ちょ、できるわけないでしょう!力封じられた状態なんですから!」
「その封印は解けないんですか」
「解けてたらとっくにしてますよ」
「・・・おしい」
「ですが、様子を見るくらいはできるでしょう」
「本当ですか!!?」

雪男はメフィストの身体を掴んで揺さぶった。
虚無界の様子が、兄が無事か確認できるのか。
なんの手がかりも無い今の状況から言えば、それは願ってもみないことだ。

揺さぶる雪男の腕から逃げ出し、メフィストは椅子の上に乗っかった。
「ただし、回数には限度があります。こちらから虚無界にアプローチをかけることは世界の均衡を保つ上で良いとはいえませんから」
「お願いします」
雪男はメフィストに頭を下げる。
メフィストはそんな雪男に忠告をする。


「・・・見ないほうがいいこともありますよ奥村先生」
「見なければ、対策も立てられないでしょう」


雪男の意思を確認して、メフィストは虚無界へのアプローチの準備に入った。机の上に、大きな杯を用意する。直径が1メートルはあるだろうか。
そこに聖水を並々と注ぎ、メフィストの血を一滴垂らす。
「奥村先生の血も一滴垂らして下さい。奥村君と双子である先生の血なら、奥村君を捕捉する目印になります」
「わかりました」
雪男も血を垂らした。血が聖水についた瞬間、聖水の中がどす黒い渦に包まれる。渦の回転がどんどん速くなる。黒と、紫の渦が交互に渦を巻いてきたところで、中央にぼんやりとした風景が写された。
教会かどこかの、聖堂のようだった。

「もう一度いいますよ先生。見ないほうがいいこともありますよ」
「いえ、僕は逃げません」

逃げたりしない。

杯の中に、虚無界の様子が映し出された。





雪男は、南十字男子修道院に来ていた。
修道院の顔なじみたちは雪男の帰還に驚いたが、そんなのには構っていられない。修道院と繋がる教会の聖堂へ続く扉を開いた。
窓から青い月の光が零れている。月の光は祭壇の後ろに設置されている十字架を照らしていた。
紅い絨毯が敷かれた、祭壇に行く途中の場所。

そこに、血まみれの兄が倒れていた。

勿論、虚無界での話だ。
しかし、物質界と虚無界は表裏一体。
鏡一枚隔てた世界の裏、この場所で兄は死にかけていた。
足が折れていたので、腕で張って移動したのだろう。
床を張った後に血の痕が残っていた。
顔に血の気はなかった。それでも倶利伽羅を握り締めて離さない手。
それが、むこうでの戦いの凄まじさを物語っていた。
虚無界の様子を映し出した杯は、無残な様子を映し出していた。

見ないほうがいいこともある。あの忠告はその通りだった。
雪男は床に膝を着いて、その場所をそっと撫でる。
そこはただの冷たい床だ。
血の匂いも、兄のぬくもりも感じられない、ただの床だ。

「兄さん、ここにいるの?」

呼びかけたけれど、応えはなかった。



この世界は不自由だ。
声も電波も、鏡一枚が邪魔して届かない。

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