青祓のネタ庫
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
夜中にふと喉が渇いて目が覚めた。
燐は布団から起き上がって、机の上を確認する。
時計が示す時間は午前2時。
隣の寝台を見れば、珍しく雪男は深い眠りについていた。
起きる気配は無い。
このまま外に設置されている自動販売機に行くのもいいだろう。
普通外に出ようとすると雪男が起きてきて「どこに何しに行くのか」を問いただされる。
お前は俺のお母さんかと突っ込みたくなるが、心配されているのだろう。
それに、今日はあまり外に出る気もしなかった。
冷蔵庫になにかなかったかな、と思っていると。
雪男の机の上に、水差しがあるのが見えた。
窓から差し込む月明りに照らされて、青白く光る水。
丁度いい、と思って、水差しからそのまま水を飲んだ。
「・・・なんか妙にシュワっとする水だな・・・」
口の中には炭酸を飲んだような感覚が残った。
水を振ってみたが、別に炭酸水というわけではないようだ。
変なの、と思って水差しを机に戻す。
寝台に戻ろうとすると、視界が揺れた。
立ちくらみの様なものだ。
「・・・眠いからか?」
特に気にすることも無く、布団の中にもぐりこむ。
少しだけだが、胃の辺りが熱い気がする。
雪男の方を見てみた。
ぐっすりと眠っているようだ。
雪男には体調の変化があればすぐに言うように言われている。
悪魔になってから、なにがどう作用するかわからないからだ。
でも、寝ている雪男を起こすのはなんだか憚られた。
「ま、ただの水だろ・・・」
そのまま目を閉じれば、すぐ睡魔に飲み込まれた。
朝起きて、何かあれば言えばいいだろう。
朝起きた時、雪男はもうすでにいなかった。
急な任務でも入ったのだろうか。
机の上を確認すれば、昨日水差しがあったところにメモが置いてあった。
『兄さんへ、ちょっと軽い任務があるから出かけてきます。
寝ぼけず、遅刻しないように学校にいってね 雪男』
せわしない奴だ、と思いつつ着替えのためにクローゼットの方へ行こうとした。足がもつれてこけた。
「・・・寝ぼけてるのか」
ちょっと恥ずかしかった。雪男に言い当てられてるみたいでなんだか癪に障る。特に気にすることもなく、起き上がって着替えをはじめた。
ボタンを留めるのがいつもより手間取った。まるで手がいうことをきかないみたいだ。
「あー!めんどくせぇな!!」
シャツのボタンを2,3個留めたところで、適当に上着を羽織って燐は部屋を出た。
足がもつれてこけた。
まるでどこぞのドジっ子ヒロインのような朝に、自己嫌悪でいっぱいになった。
結局、授業の開始時間に遅れるし、散々な始まりだ。
だからこそ、昨日飲んだ水のことなど燐はすっかり忘れていた。
「僕は・・・間違ってなかったよね?」
雪男は修道院の横に設置された共同墓地にいた。
墓石の十字架の前で、雪男は呟く。
花屋で買った花束をそっと墓地の前に置く。
墓地は少し汚れていた。
それを丁寧に拭って、水で洗い流す。
結果的に兄は人間としての死を迎えた。
それは、「人間」としての死である。「悪魔」としても当てはまる「奥村燐」自身の死には直結しない。
青い焔に包まれた後、奥村燐は目覚めた。
しかし、身体の中に焔を取り込んだことで悪魔としての力は更に増してしまったのだ。戻ってきた代償ともいうように、焔は人間としての奥村燐を焼き尽くした。
虚無界での相次ぐ戦いで焔に馴染みすぎていたという原因もある。
息を吹き返した燐は、もう倶利伽羅だけでは焔を押さえることはできなかった。
「だからね、神父さん。僕も兄さんの背負ってるものを背負おうと思ったんだ」
遠くから雪男、と呼ぶ声が聞こえた。
「兄さん」
雪男は呼びかける。燐は歩いて、墓地の前に立った。
その姿は以前となんら変わらないように見える。
燐は雪男がしたように花束をそっと墓地の前に置いた。
かがんだ時に、銀の鎖に通された青いロザリオが首元から覗いた。
「兄さん、ロザリオには変わりない?」
「今のところないな。でも、こんなロザリオどっから手に入れたんだ?」
「覚えてないの?それ、神父さんが僕らに誕生日プレゼントにってくれたやつじゃないか」
その証拠に、ロザリオの裏側には「Polaris-1227.24time」と文字が彫ってある。
12月27日24時に見た北極星。
星空、北極星、ロザリオ。神父から贈られたものが今の兄弟を生かす糧になっている。
雪男は半ばあきれた声を出した。それに対し燐は首を傾げる。
「そうだっけ?・・・ああ、そうか半分こしたからだよ。俺が鎖で、お前がロザリオの方持ってたからだ」
「本当にそう?忘れてただけじゃない?」
「うっせーぞ眼鏡!」
「はいはい、あんまり怒らないでよ。焔が出るよ」
「・・・・・・悪い」
燐は顔を逸らした。焔が出れば、それは雪男の負担に繋がる。
燐にはそれがたまらなく嫌だった。
雪男は燐の逸らした顔を自分の方に向きなおさせる。
「兄さん、僕はひとかけらも後悔してないよ。
後悔しているといえば、兄さんを失うかもしれなかったことだけ」
焔を押さえるために、倶利伽羅だけではなく聖具―――ロザリオを用いた封印を使用した。
そして、その封印の要を果たしているのが雪男だ。
メフィストがこの封印に一役買っている。
焔を押さえるためのブレーキ役に雪男の身体に流れる血を使ったのだ。
雪男と燐は兄弟だ。身体には同じくサタンの血が流れている。
古来から呪術、封印を用いる際に血液は使用されてきた。
巫女や神官などの力持つものの血はそれだけで強力な力を持つ。
サタンの血縁ともなれば、その血がもつ力は他と比べ物にならないくらい強い。
燐の身体に必要以上の焔が宿れば、聖具――ロザリオがそれを阻止する。
それ以上の焔がくれば、今度は雪男の血をもって阻止する。
二重三重にも施された封印。そうでなければ人間としての形を保っていられない。
燐が人間として生きていくために。
雪男はそれを選択し、結果燐は人間として生きている。
サタンの血を引く双子だからこそ、できる役割。
「お前は、それでいいのか?」
「いいんだよ。兄さん。一人で背負えないなら、二人で背負えばいいんだ」
そして、周りを頼ればいい。
二人を呼ぶ声が聞こえた。あの声はシュラの声だ。その姿は遠目からでもわかる。
しえみもいる、続けて勝呂、志摩、子猫丸、神木。
足元の方にはクロがいるのが見えた。
こちらに向かっているようだ。
燐は手を振って皆に応えた。
「なぁ雪男」
「なに」
「こういったら、怒られるかもしんねーけど」
「大丈夫だよ兄さん。誰も、怒ったりしないよ」
これからも不安は止まないだろう。いつ焔が暴走してしまうかもわからない。
突然、人間じゃなくなるかもしれない。
でも、それでも。
「俺、すっげーしあわせだ」
「それでいいんだよ」
もう孤独じゃない。
もう一人じゃない。
道が分かれたなら、遠回りして会いに行こう。
離れ離れになったら迎えにいくよ。
迷子になったら空を見て、星を探そう。
そして、北極星に背を向けて、またここに帰ってくるんだ。
二人で一緒に。
墓地に一陣の風が吹いた。
しあわせになれよ、と父の声が聞こえた気がした。
三人で星を見た後、冷えた身体を暖めるために兄弟は同じ布団に入った。
燐は、雪男を傷つけるかもしれないと最初は嫌がった。
しかし、雪男に強請られれば燐は弱い。
結果として雪男が勝利した形になった。
最初は冷たかった布団も、二人の体温で徐々に温かくなってくる。
目を閉じても星空の美しさが瞼に焼き付いてなかなか寝られない。
「ゆきお、起きてるか」
「うん。起きてるよ」
二人で布団の中で顔を見合わせる。
「兄さん、父さんが教えてくれたことちゃんと覚えてる?」
「えーっと、カシなんとか座と・・・北斗の間?」
「おしい、カシオペヤ座と北斗七星の間」
「北極星だな!」
「うん、これを知ってればここに帰ってこれるんだって」
「迷子になっても大丈夫だな。北極星に背を向ければいいんだよな」
「でも、兄さんちゃんと北極星見つけられる?」
北極星を見つけられなければ、帰り道がわからない。
雪男は少し心配になって兄に問いかけた。
「・・・わからなかったら、お前が俺に教えてくれよ」
迷子になるときも二人一緒なんだろうか。
でも、一人でいるよりずっといい。
離れ離れになるのは絶対に嫌だった。
「そうだね、僕がちゃんと教えるよ。父さんとも約束したし」
「じゃあ、俺とも約束しろ」
「うん、約束するよ。兄さん」
「ありがとな、雪男」
指きりをしたまま、二人で顔を合わせて目を閉じた。
瞼の裏に焼きついている満天の星空。
迷子になっても、きっとここに帰ってこよう。
温かいこの場所に。
神父はそっと子供部屋のドアを開ける。
二人で顔を並べて寝る姿を見て、思わず顔がにやけてしまう。
音を立てないように部屋の中に入った。
「誕生日おめでとう、って言う前に寝ちまったか」
12月27日24時。屋根の上に上がった時に言おうとも思ったが、いつの間にか二人は星の話に夢中になっていた。
いつか大人になったときに北極星の話を思い出してくれればいい。
「そして、またここに帰ってきてくれ」
神父は懐から包装紙に包まれた箱を取り出した。
それをこっそりと、二人の枕元に置いておく。
朝起きてきた時の顔が楽しみだ。
もう一度、二人の寝顔を振り返る。
父としての願いを込めて、二人に贈った。
「二人とも、幸せになれよ」
そして、静かに扉を閉めた。
それから、どうやって空き地にたどり着いたのかは覚えていない。
冷たくなった兄の身体を背負ったまま、立っていた。
シュラとメフィストの視線が雪男の心に突き刺さる。
「雪男・・・」
「兄さんが・・・」
「雪男、燐を降ろせ」
シュラが雪男の肩を叩いた。
燐の様子を見て気づいたのだろう。
「・・・兄さんが」
「雪男」
「もう死んでる」
その言葉を聞いて、地面に膝を着いた。
シュラが背中にいた燐を地面に横たわらせる。
腕にかけていた倶利伽羅を、燐の体の傍に置いた。
雪男は、横たわった燐の顔を見る。
血がついている。
それを手で拭った。
兄は起きなかった。
「兄さん、死んじゃったんですね・・・」
家族が死んでしまった。
心にぽっかりと穴が空いてしまったようだ。
虚無界と物質界で離れ離れになっていた時のような寂しさとは違う。
本当の孤独だ。
シュラは雪男の背を支える。そして、燐に向き直った。
「馬鹿だな、燐。虚無界に行くのも、何もかも自分ひとりで決めちまいやがって」
「・・・・・・」
「死ぬところまで、獅朗に似なくてもよかったじゃねぇか」
雪男は何も言えなかった。シュラも寂しそうな表情をしている。
当然だ。燐に剣を教えたのはシュラ。いわば師弟のような関係だった。
生き残るために剣を教えたのに、その教え子が死んでしまってはどうしようもない。
それが守りたいものを守るために選んだ道だとしても。
「お前は、もっと周りを頼ってもよかったんだよ。本当、そこだけは死んでも直らなかったな」
頬に触れるシュラの指、冷たい温度しか伝えないそこを何度も撫でた。
燐の目は開かない。
メフィストも燐の傍に近寄って、顔を見た。
次に足元まで来て、確認をする。
そして思いもよらない言葉をかけた。
「まだ、間に合います」
弾かれたように、雪男はメフィストの方を向く。
間に合う?一体どういうことだ。
「先ほど開けた虚無界への門は奥村君の焔で燃やされてしまったのですが、まだ倶利伽羅がある。
彼を引き戻せるかもしれない」
「おい、どういうことだ説明しろ!」
シュラがメフィストに向かって叫ぶ。
メフィストはたんたんと話を続けた。
「虚無界にアプローチをかけたときに見た光景を覚えていますか?」
「忘れませんよ。兄さんが・・・足を折られて、血まみれになって倒れてました・・・なんの関係が?」
「彼の足を見てください。治っているでしょう。普通なら全治3ヶ月は下らない傷も跡形も無くなくなっている。悪魔の再生速度は人間のそれとは比べ物にならないくらい速い。
ですが特に、虚無界にいるとそれが顕著に現れます。
虚無界とは悪魔の住む世界です。悪魔のための世界と言ってもいい。
しかも、サタンの直系で青い焔を継いでいる。彼の感情としては受け入れがたいでしょうが。
虚無界ほど彼に味方する世界は無い。その力を借りるんです」
メフィストは倶利伽羅を銜えて雪男の前に置いた。
「抜いて御覧なさい」
雪男は縋るような思いで剣の柄を掴み、引き抜いた。
剣から青い焔が出る。しかし、焔に勢いは無くどこか弱々しい。
「倶利伽羅の刃の部分は虚無界に繋がる小さな入り口になっているんです。鞘はその扉の役割をしている。奥村君は「焔」は虚無界に「身体」は物質界に存在している」
「理屈はいいです、どうすれば!どうすれば兄さんは助かるんですか!」
雪男はメフィストに訴える。剣に宿った焔の勢いがどんどん弱くなっていた。
それが、雪男の不安を掻き立てる。
「その剣を奥村君の心臓に刺しなさい」
雪男の顔がこわばる。その表情を青い焔がゆらりと揺れて照らした。
「焔は、奥村君の生命力と考えてください。倶利伽羅は虚無界と繋がっている。虚無界の焔・・・「生命力」を物質界の「身体」に送り込むことで、生命力を活性化させるのです。もしかしたら」
「助かるかもしれない・・・?」
雪男とシュラの顔に希望が出てきた。しかし、メフィストの表情は浮かない顔のままだ。
「失敗すれば、彼の身体は焔に焼き尽くされて消滅しますよ」
メフィストの言葉は、深く雪男の胸に突き刺さった。
消滅する。つまり、死体も残らない。言い方を変えれば、止めを刺すのと同じ行為なのではないか。
神父がサタンに憑依されて死んだ時、身体は残っていた。
死に近づく燐の身体は焔を許容できないかもしれない。
そうすれば、焔は逆に燐の身体を蝕む刃と化す。
焼き尽くされて、身体すら残らない。
それを、雪男は選択しなければならない。
「倶利伽羅の焔が消えれば、奥村燐の命は終わる。それまでに決めてください」
雪男は倶利伽羅を見た。刃から焔が淡く揺れている。
シュラが雪男に問いかけた。
「雪男、私が代わりにやってもいいんだぞ?」
「いえ、これは僕が背負うべきことです・・・」
「まったく、お前も燐も。周囲に甘えたりはしないんだな」
「そうでしょうか」
「でも、お前が背負うと決めたなら私は止めないさ。どんな選択の結果でも見届けてやるよ」
「・・・ありがとうございます」
もう一度、倶利伽羅を見た。
この焔は兄の命の証でもあり、同時にこの世から兄を奪うものでもある。
雪男は空を見上げて、星を見た。
帰り道を指し示す星の輝き。
北極星がみつけられなかったら、僕が教えてあげる約束だったよね。
剣を構える。
燐の心臓の上に切っ先を合わせた。
迷うな。
迷うな。
殺すためじゃない。
生かすために。
雪男は剣を突き刺した。
焔が燐の身体を包む。
青く、青く、燃えて逝く。
雪男は燃えて逝く焔を見続けていた。
いつまでも。
火の粉が舞って空に消えていく。
燃え逝く焔は空に輝く青い北極星の輝きにも似ていた。
何度も何度も叫んだけれど、青い焔は何も言わぬまま燃え続けた。
どうしてだよ。
なんで自分はこんなに無力なんだ。
「にいさん・・・・・・」
焔が消えた時、アマイモンの姿はどこにもなかった。
青い焔に焼かれて燃え尽きたのかもしれない。
燐の身体だけが、焼け跡に倒れていた。
青い焔は燐の身体を焼いたりはしない。
しかし、焔を使ったことで残り少ない命を縮めたのは確かだろう。
雪男はふらつく身体を起こして燐の傍に近寄った。
まだ、血が出ている。燐はピクリとも動かない。
急いで、止血をする。
傷口を見て、雪男は言葉を失った。
助かるとか、そういうレベルの話ではない。
死が、迫っている。
兄を連れて行こうとしている。
このまま死ぬなんて、そんなこと許せるはずはなかった。
倒れている燐の身体を背負う。
アマイモンにやられた傷が痛むが、そんなことに構っていられない。
この状態の燐を動かすのは危険かもしれない。
だが傷の状態を見れば、一人じゃどうすることもできない。
シュラは医工騎士の資格も持っている。それにメフィストもいる。
「兄さん、死んじゃダメだ・・・」
助けないと。このまま死ぬなんて許さない。
燐を背負って歩き出す。
空を見上げると、星が輝いていた。
メフィスト達の元に戻るのに方角を確かめる必要があった。
北極星を探す。
あの空き地は北極星とは反対方向にあったはずだ。
雪男は北極星に背を向けて歩き出した。
「ゆ、きお・・・」
「しゃべらないで兄さん」
一歩一歩と進むうちにどんどん兄の体が重くなっていった。
人間は、死とともに体の力がなくなっていく。
生きている人間を抱えるのと、死んでいる人間を抱える違いとは重さにある。
生きている人間は自身で身体を支えている。
死んでいる人間は自身で身体を支えていない。そのため、重さに違いが出てくるのだ。
死が近づくとともに重さが増しているのは、死ぬ人間が自分の重さを支えきれなくなるからだ。
「大丈夫だよ、絶対に助けるから」
「・・・ごめん」
「なんで謝るの、僕が聞きたいのはそんな言葉じゃない!」
燐の血が、雪男の背中を伝う感覚がわかった。
止血はしたけど、血が止まらない。命を留める血が流れ出て、雪男に付着していく。
突然、携帯電話の着信音が聞こえた。
雪男の携帯の音ではない。燐は、動かない手を動かして、携帯電話を取り出した。
題名:兄さんへ
ちゃんとご飯食べてる?兄さんがいないから
勝呂君やしえみさんも心配しています。
兄さんが帰ってこれそうになかったら僕が迎えに行くから
迷子にならないようにそこにいて。
必ず迎えに行くよ。
だから――――
「お前、メールとか・・・電話とか・・・いっぱいしてくれてたん、だな」
「当たり前だろ、僕だけじゃない。しえみさんだって、勝呂君だって、皆・・・ずっと・・・」
局で止められていたメールが次々に燐の携帯電話に届いた。
物質界に帰ってきたことで、電波が繋がったのだ。
燐の携帯電話は鳴り止まなかった。
勝呂、神木、志摩、子猫丸、しえみ、シュラからもきている。そして、雪男が一番多い。
電波は届かなくても、皆ちゃんと伝えていた。
「おれは、ひとりじゃ・・・なかったんだな」
「当たり前じゃないか!」
画面を見て、燐は嬉しそうに笑った。
俺は支えられていたんだ。孤独な世界でも、周りに皆がいなくても。
おれは、ひとりなんかじゃない。
それが、どうしようもなく嬉しかった。
「雪男・・・ごめん」
「聞きたくない」
「おれ、最期まで・・・ダメな兄貴だった・・・」
「黙ってて」
「お前を、ひとりに・・・しちまう・・・」
「謝るくらいなら、しないでよ」
「ゴメン・・・頑張ったん、だけど・・・な」
「兄さんは、馬鹿だよ、一人で頑張って・・・本当に馬鹿だ!」
カシャン
返事の代わりに携帯電話が、燐の腕から落ちた。
雪男は歩みを止めた。
背中から聞こえていた鼓動が止まっている。
身体が重い。
そして、あんなに熱く感じていた血が、今は冷たい。
雪男は空を見上げた。
三人で見上げた星空を思わす、満点の星空だ。
「最期まで聞いてよ・・・・」
忘れもしない。
あの日、神父が教えてくれたカシオペヤ座と北斗七星の間。
Polaris-1227.24time
12月27日。僕らの誕生日だった日、24時にみた北極星。
三人で見た星空。
星は変わらず輝きを放っているのに。
あの頃の温かさは、皆雪男の手から離れていく。
「だから、兄さんの背負っていたものを、僕にも分けて欲しかった。
一人で頑張るんじゃなくて、背負わせて欲しかった・・・」
「そう、思ってたんだ・・・」
雪男は落ちた携帯電話を拾って画面を見た。
題名:兄さんへ
ちゃんとご飯食べてる?兄さんがいないから
勝呂君やしえみさんも心配しています。
兄さんが帰ってこれそうになかったら僕が迎えに行くから
迷子にならないようにそこにいて。
必ず迎えに行くよ。
だから――――
生きて。
画面に、涙が伝った。
生きていて欲しかった。
ただそれだけでよかったのに。