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CAPCOON7

青祓のネタ庫

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注意書き&青の祓魔師ss

ここはkonbuが運営する青の祓魔師のssネタ倉庫です。
出版社、作者様とは一切関係ありません。
腐向けやCPといったものが苦手な方は注意してください。
基本スタンスは燐中心のss。
CPで言うならば燐受け傾向。

※なお、最新、更新した記事はトップに表示されるようになっております※



●更新履歴●
4月27日 中編部屋に「亡国のプリズム11」更新
5月11日 中編部屋に「亡国のプリズム12」更新
5月25日 短編部屋に「今晩で百二十一回目です」更新
      亡国のプリズムを長編部屋に移動。
5月31日 短編部屋に「奥村燐の経験回数を答えてください」更新
8月23日 8/24インテ参加、オフライン更新
8月26日 インテ新刊書店通販開始しました。
8月31日 短編部屋に「奥村燐、ものになる」更新
9月7日 中編部屋に「トイレの神様」更新
9月10日 中編部屋に「トイレの神様2」更新
※指定が入る為、支部のみの公開となります。ご了承ください。
9月29日 中編部屋に「トイレの神様3」更新
10月5日 中編部屋に「トイレの神様4」更新
※指定が入る為、支部のみの公開となります。ご了承ください。
10月13日 中編部屋に「トイレの神様5」更新
※指定が入る為、支部のみの公開となります。ご了承ください。
10月19日 中編部屋に「トイレの神様6」更新
11月23日 中編部屋に「トイレの神様7」更新
12月2日 短編部屋に「うらぎりものめ」更新
※指定が入る為、支部のみの公開となります。ご了承ください。
12月24日 短編部屋に「うらぎりものめ2」更新
※指定が入る為、支部のみの公開となります。ご了承ください。
12月27日 短編部屋に「無理矢理、ダメ。絶対」更新
12月31日 短編部屋に「うらぎりものめ3」更新
※指定が入る為、支部のみの公開となります。ご了承ください。
1月6日 短編部屋に「うらぎりものめ4」更新
※完結編指定はありませんが、支部のみの公開となります。ご了承ください。
1月18日 短編部屋に「そんな幻にキスをする」更新
1月25日 短編部屋に「奥村雪男さんじゅうごさい」更新
※指定が入る為、支部のみの公開となります。ご了承ください。
2月1日 短編部屋に「月に一度のお便りです」更新
3月16日 短編部屋に「三枚刃の剃刀」更新
※指定が入る為、支部のみの公開となります。ご了承ください。

2016年3月12日 春コミ本新刊情報UP
2016年8月19日 インテコピー本情報UP


長編部屋
連載中のお話・完結済みのシリーズを収納しています。

中編・短編部屋
中編・短編を収納しています。

リクエスト部屋
リクエストされたものを収納しています。



よかった。と思うものがあればどうぞ。 ↓



現在お礼は8種類です。
先生のツイッターネタ注意。



●青祓の感想
SQネタバレ有り。単行本派は注意してください。
1話目 2話目 3話目 4話目 5話目 6話目



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月に一度のお便りです


「じゃあ兄さん僕行ってくるけど、
くれぐれも戸締まりには気をつけてね」
「わかってるって、平気だよ」
「心配してるんだよ」
「こっちの台詞だよ、俺の飯じゃないからって抜くんじゃねぇぞ」
「・・・わかってるよ、いってきます」

雪男はそう言うと荷物を持って玄関を出ていった。
今回は二泊三日の出張で、遠方の土地で祓魔の仕事があるようだ。
日本支部に着いてから鍵を使って移動をするらしい。

全部雪男から聞いた聞ける範囲の情報でしかないので、
燐は雪男が出張でいない、ということくらいしか知ることができない。

例えばそれがどんなに危険な任務だとか、
人手が足りないかもしれないといった情報を得ることはできない。

そんな時、まだ祓魔師試験に合格していない自分がもどかしく思う。
早く祓魔師になって、雪男と肩を並べられるようになりたい。
追い越してやりたい。
そうすれば、雪男が危険な目にあった時に飛んでいって助けてやれるだろうに。

「・・・今考えてもしょうがない、か」

燐はため息をついて、雪男がいなくなった寮の階段を上がる。
燐と雪男の二人だけが住んでいるこの寮は広く、
一人で過ごすには持て余してしまう。

課題も雪男がいるうちにと全部強制的に消化させられてしまったので、
やることといえばご飯を作ることと洗濯をすることくらいだろうか。
二人分の洗濯物といっても知れているので、手間はかからない。

まずは洗濯から取りかかるかと思い燐は廊下を歩いた。
突然、廊下の線がぐらりと揺れる。
燐は慌てて壁に手をついて体を支える。
けれどその立ちくらみは一瞬で、
なぜそんなことが起きたのかは全くわからなかった。

燐は首を傾げる。
この寮には悪魔除けの結界だったり、悪魔に害のあるものは置いていないはずだ。
あれば雪男が気づいて燐に近づかないように注意するはずだし、
感覚的にそういった類のものではないように思う。

「なんだ・・・?まぁいっか」

燐は気にせずに脱衣所に向かう。
脱衣所には洗濯機が設置されているので、
脱いだ服をそのまま洗濯機に突っ込めるのがいい。

昨晩風呂場で使用したタオルやシャツが入っていることを確認してから、燐は洗濯機を回した。
終わるまで風呂場の掃除をしようか、そう思っていると体に寒気が走った。

ぞくぞくと背筋を這うような感覚に燐は一瞬飛び跳ねる。

背中を確認してみるが、例えば天井から滴が落ちて背中を這ったような痕跡はない。
むしろ、体の中から沸き上がってきたという状態だろうか。
燐は首を傾げる。
さっきから自分に一体何が起こっているのだろうか。
考えるが、よくわからない。

生まれてこの方、燐は風邪すら引いたことがない。

悪魔という生まれが関係しているのだろうが、
そのせいで燐は自分の体調の変化に極端に気づかない。
これが俗に言う熱が出る前兆だとは全く思わなかった。
雪男がいれば自身の体験から気づいたかもしれないが、今ここに雪男はいない。

燐も雪男の看病をしているのでどういう状況で熱が出るかという順序は知っているが、
体験していない状態でそれを察するというのは無理があった。

「ま、大丈夫だろ。風呂掃除しよ」

燐は冷たい風の吹く広々とした風呂場をこれまた薄着で掃除し始めた。
風呂掃除が終わり洗濯物を干し終わる頃になると、
燐はいよいよ立っていられなくなってしまった。


寒い寒い寒い。
なんだこれ寒い。

自分の部屋に戻って、急いで布団にくるまった。
部屋は事前にストーブを焚いていたので、外よりも寒いということはあり得ない。
そのはずなのに燐の体はどんどん寒気を覚えて震えている。
布団にくるまって温まっているはずなのに、一向に体は温まる気配を見せない。
それに、意識がぼんやりとしてきている。
頭の回転がいいとはいえないが、
それにしたってまともなことが考えられなくなってきていた。

「え、ちょ・・・どう、したんだ・・・ろ」

ベッドの中でなんとか楽な姿勢はないだろうかと蠢くがどうにもならない。
ついには天井が回って見えるようになってきた。

燐はただ、いつもの日常を過ごしていただけだ。

変わったことは一切していない。
最近任務が少なくて、家にいることが多くなったなと思ったが、別に普通のことだろう。
自分に何が起きているのか、この状態をなんと呼べばいいのか。
燐には答えが見つからない。

「そ、そうだ。ゆきおに・・・れんらく・・・」

燐は呂律の回らない舌と頭を使って、
机の上に置いてあった携帯を手に取った。
ベッドから這い出て、机の上にある充電器に刺さった携帯を取るまでに、実に三十分かかった。
永遠ともいえる距離を移動したつもりの燐は、
息も絶え絶えに連絡を取った。

雪男に連絡をすれば、何かわかるかもしれない。

雪男が出かけてから既に六時間は経過していた。
燐の頭の中には雪男に電話するという目的しかなく、
六時間も立っていれば任務も始まっているという事実にまで頭が回らない。

何度連絡をすれども、留守電に繋がるだけだった。
ワン切りもしてみたけれど、折り返しの連絡もない。
誰に電話すれば、いいんだ。
っていうか何で俺電話してんだっけ。

気持ちが悪くなり、口を押さえる。
近くにあったコンビニの袋の中に吐いてしまう。
ご飯を食べていなかったせいか、水くらいしか吐く物はなかった。
それをゴミ箱に避難させる。
当然のことながらこれを片づける元気も体力もない。

足はがくがく震えるし、意識は朦朧としている。
けれどここで意識を失えば、最悪の事態になることだけは理解していた。

雪男は最低でも二日と半日は出張で戻らない。
連絡も通じない。普段この寮を訪れる者は皆無だ。
燐はなんとかして外部と連絡を取らなければ、
ここで丸二日倒れたまま動けないことになる可能性が高い。

「だ、だれか・・・」

腕が震える。
でも、雪男以外に誰に連絡をすれば。
燐の頭は全く回っていない。

爺はいない。修道院の皆、だめだ。忙しいよな。
塾の皆は、迷惑になるだろうし呼べない。

ここで迷惑になるかもと思ってしまうのは、
体が弱っている者特有の鬱状態と言えるだろうか。
家族ならば遠慮はしないが、全くの他人に頼るのは気が引ける。

ぐるぐるぐるぐる。

悩み続けて、熱は更に跳ね上がる。
もう寒気も感じない。これが一番まずい状態だ。
体温は測っていないけれど、
もし計れたのならば四十度を越していただろう。
このまま放置しておけば、間違いなく命の危険がある。

燐は意識を失いかけながら携帯を操作した。
ボタンを一つ押して、倒れ込む。
少ない電話帳の中から選択された連絡先は、無意識に押したものだった。
それでも画面に表示された名前に向かって必死に訴えた。
彼は、気づいてくれるだろうか。


***


「おや、奥村君から連絡とは珍しい」

メフィストは仕事中でありながら数コールの後に出た。
決済など電話をしながらでもできる。
滅多に連絡をしてこない末弟からの連絡だ。
何かおもしろいことでも起きたのだろうか。
それとも小遣いがなくなったから、追加でくれという催促だろうか。

けれど通話ボタンを押した先に出るだろう、燐の声は聞こえなかった。
頭に疑問符を浮かべながらメフィストは電話に話しかける。

もしもし、どうしたんですか。
イタ電ですか?切りますよー。

反応はなかった。
電話番号を確認してみる。
間違いなく、登録してある奥村燐の携帯からかかってきているようだ。
無言電話だと思って切ることはたやすい。
けれどそんないたずらをするようなタイプの子ではないとメフィストは知っている。

なにかあったのではないか。

メフィストは最後の書類にサインをすると、椅子から立ち上がった。
GPS機能を使うより、気配を察知する方が早い。
メフィストが燐の気配を探ろうとしたところで、
無言電話の先から音が聞こえてくる。
メフィストは耳を澄ませた。


『メフィ・・・スト・・・』
「燐くん?どうしたんですか、いったい何が」
『からだ、辛い。いたい・・・』
「痛い!?我慢強い貴方がどうしたんですか、
いきなり連絡してきて全然状況がわからないんですけど!!」
『うう・・・雪、男に連絡しても・・・繋がらなくて。
でも頭まわんないし。俺、もうどうしたらいいのか、わかんねぇよ・・・』
「わかりました!ええと、わからないんですけど
困っているのはわかりましたから、今どこにいるんですか?!」
『天井がまわるー・・・ぐすっ』
「ちょ、泣いているんですか!!」


メフィストは燐の位置を特定すると、スリーカウントで移動した。
こんなとき空間転移ができる能力があってよかったと思う。
部屋で倒れ込んで、うんうんと携帯に訴える燐の姿がそこにあった。
血みどろでも、敵に襲われて瀕死の重傷になっているとかそういう訳ではなかったらしい。
ひとまずほっとしてメフィストは燐の体を抱き起こした。

「あー、よかった命に関わるようなこと・・・
ですね!?こんな高熱出してどうしたんですか!!」

メフィストは燐の体に触れたことでようやく異常事態に気づく。
体が燃えるように熱く、燐の意識も朦朧としている。
燐は未だかつて体調を崩したことはない。
探ってみたが、祓魔の術などを受けた痕跡はなかった。
そうなると、燐の体に何かが起きたと考えるのが普通だろう。
弟の雪男は今任務でいない。
今回はそれがよかったかもしれない。
人間ではこの状態の燐を治すことなど不可能だっただろう。

メフィストは燐を抱き上げると、一瞬で自身の屋敷に戻った。
指を鳴らして屋敷に張っていた結界を更に強化する。
燐の体はどんどん熱くなっていく。

そう、まるで燃えるように。熱い。

メフィストはベリアルを呼び出すと、客用の寝室を急いで整えさせた。
ベリアルは準備を終えるとすぐに部屋を出て廊下に待機する。
寝室に足を踏み入れると同時に更に結界を厚くした。
これで足りるだろうか。

「まったく、やっかいな子だとは思っていましたがここまでとはね」

ベッドに寝かせた燐の体からはベリアルですら近づけないような膨大な魔力が宿っている。
けれどそれが外に出ることはなく、燐の体の中で暴れ回っているような状態だ。
この高熱の原因は、燐の力が暴走しているからに他ならない。

メフィストはここ最近の燐の任務を思い出していた。
ゴースト退治に、バリヨンの収集。
しばらくの間燐は簡単な任務しかこなしていないことがわかる。
そう、青い炎を使うような任務をここ一ヶ月全くしていないことがわかった。

「燐くん、聞こえますか?貴方一番直近で炎を使った記憶はありますか?」
「うー、ほの、お・・・?」
「そうです、気をしっかり持って。
持って行かれてはいけませんよ。思い出してください」
「わかんない、前から使ってない・・・気が、する」

意識が朦朧としている。
メフィストは舌打ちをした。
燐は悪魔としてまだまだ赤子も同然だ。
自分で魔力や力をコントロールするような器用なことができるタイプではない。
つまり、力を使うことでガス抜きの代わりになっていたのに
力を使うような任務がなかったことで、自分の体の中に炎をため込みすぎたのだ。

通常の悪魔ならばため込んだ魔力を体の維持に回したり、
敵との戦いに使用したりもするが、燐は「人間の体」を持っている。
メフィストやアマイモン等、上級悪魔が人間の死体に憑依するような、
そんな面倒なことをする必要性がない。
生きている悪魔は、魔力を使って死体―――憑依体の維持をする必要がない。
それに気づかなかった。
当たり前に自分がしていることが、燐にも当てはまると考えてはならないのだ。

メフィストも、適度に燐が力を振るえるように気を配ってやればよかったのだが。

メフィストは燐の様子を伺った。
苦しそうに息を吐いており、意識は朦朧としている。
炎に飲み込まれそうな燐を、メフィストはこちら側に引き戻す義務がある。

「燐君、手荒な真似をしますが我慢してくださいね」

燐の着ていた服をはぎ取り、体の上に跨った。
燐の体は熱い。それこそメフィストの肌が火傷してしまいそうなほどに。
手っとり早く熱を放つには、これが一番いいだろう。
体内に宿った炎は、きっかけがあれば爆発する。
そう、例えば身の危険を感じるような何かを。
メフィストはそれを作るだけだ。
ぐい、と燐の顔を乱暴に掴むとメフィストは顔を近づける。

どう、犯してやろうか。

乱暴な思いが渦巻く中、他人の体温を感じたのか。
燐の唇がそっと動いた。



とうさん



熱に浮かされながらつぶやいた、父を呼ぶ声。
メフィストではない。もういない男を呼ぶか細い声。

この状況で、絶対に助けに来ない者の名を呼ぶなんて。
メフィストはその声をあざ笑った。


「燐君、藤本は貴方にこんなことをしましたか?」


唇を塞ぎ、呼吸を奪う。
体の線を手でなぞり、手のひらを絡めて押さえつける。
足の間に体を忍ばせて、これからする行為を悟らせた。

知るがいい。
目の前にいる男が、君を庇護する者ではないことを。


「ここにいるのは、誰ですか?」


メフィストの鋭い爪が、燐の心臓を狙う。
途端に、燐の体から爆発するように青い炎が巻き起こった。
それは幾重にも重ねた結界を次々に壊していき、
メフィストも炎の勢いに飲まれながらも炎を囲い込むように空間の力を使い、消滅させていく。
とんだじゃじゃ馬だ。メフィストは燐を押さえ込もうと更に力を出して炎を取り囲む。


爆発した炎は二晩にも渡り、メフィストの屋敷と部屋を焼き付くした。


けれどそれは決して外に漏れることはなく、町は半径数百キロに渡り消滅することを免れた。
すべてが終わった後、時計の針を巻き戻すかのように。
屋敷は何事もなかったかのように修復されていく。


***


「俺・・・どうしてこんなとこいるんだ・・・?」


燐は目を覚ました。
実に二日と半日、このベッドで寝ていたのだがそんな自覚は全くない。
隣をみればぐったりとしたメフィストが、ベッドに倒れ込むようにして寝ている。

状況的にメフィストの屋敷にいるのだろう。
男子寮にこんな天蓋付きのベッドは存在しない。

見ればピンク色のパジャマを着せられ、額には冷たいタオルが乗せられていた。
看病してくれた、のだろうか。

メフィストは心底疲れた顔をしており、如何に燐の看病が大変だったのかが伺える。

思い返せば前後不覚に陥った自分は泣きながらメフィストに助けを求めていたようで、
今更ながらに自分の行動が恥ずかしい。

体はすっきりとしており、あんな高熱にうなされていたのが嘘のようだった。

まさか、この悪魔に看病してもらうなんて想像もつかなかった。
それでも、こうして回復したということは、
助けを求める先としては間違っていなかったのだろう。


夢の中で、今は亡き父に会えたような気がしたが。
それはきっと高熱が見せた幻だ。


小さな頃、雪男が熱を出した時。
父にそばにいてほしいと言っていた理由がわかった気がする。
燐はメフィストを起こさないようにそっと顔を近づけた。


「慣れないことさせてごめんな、ありがとう」


二人の距離が少しだけ、近くなった。



その後、メフィストに高熱の原因を教えられた上で、燐はこっぴどく叱られた。

ちゃんと自分の力をコントロールできていなかったのだから、そこは反論の仕様もない。
メフィストに今回のようなことが二度とないように約束をさせられて、
燐はようやく寮に戻ることが許された。
当然、燐の高熱のことは雪男に伝わっており戻った先で更に雪男にも叱られてしまった。

「体調が悪かったなら言ってくれたらよかったじゃないか!
携帯にかけても通じないし、何かあったんじゃないかってここ数日生きた心地がしなかったよ!」
「まぁ何かあったのは事実だし・・・俺もそれどころじゃなかったんだって」
「・・・ごめん、兄さんのこと。看病できなくて」
「いいよ、仕事だったんだし」

雪男はしばらくむくれていたが、燐は本題を忘れていたと説明を始めた。

「雪男。今回はよかったんだけど、
俺任務がない時は月に一回メフィストの所に行かないといけないんだって」
「どうして?今回で終わりじゃないってこと?」

今回は燐が炎をため込み過ぎたことが原因だ。
つまり定期的に炎を発散させてやらなければならない。
そうでなければ今回のようなことがまた起きてしまいかねない。

メフィストがいたからよかったようなものの、
燐は一歩間違えば町を一つ破壊しかねなかったのだ。
燐はまじめな表情で説明した。



「メフィストが俺に生理があるからだって、言ってた」


曰く。
魔力が溜まっていくのは悪魔にとっての生理現象みたいなものですから。
君は気にしなくていいんですよ。
それよりもまず自分の力をコントロールすることを覚えなさい。
困ったなら、月に一度私の所に来るといい。
私の結界内ならば例え炎が暴発しても大丈夫ですからね。

メフィストはそういっていた。
燐は全部覚えきれなかったので、かいつまんで雪男に説明をしただけだ。
高熱を出したせいで、燐の頭は更に回転が悪くなっている。


「なにそれ意味がわからない!!」


雪男がメフィストの屋敷に殴り込みをかけるまで、五秒もかからなかった。

そんな幻にキスをする


うん、そうだね。
ここからそう遠くない場所にあるんだ。
だから今回も早く終わると思うよ。


電車の中、睡魔に揺られていた男は声がした方向に視線を向けた。
今は昼間で通勤ラッシュの時刻はとうに過ぎている。

男は夜勤明けだった為、帰宅途中であった。
声を発したのもやはり男だった。
けれど全身黒ずくめで一目で普通の職には就いていない男だろうということが伺える。

電車の中で電話をするなど不謹慎な。

男はそう思ったが注意する勇気はなかった。
それでも男がどういう行動をしているのかは興味があった。
男の仕草を注視して、おかしなことに気づく。
黒ずくめの男は携帯電話を持ってはいなかった。

ならば、いったいどこに向かって話をしていたというのだろう。

男は背筋に冷たい汗をかく。
まともそうな人が一番やばいというパターンかもしれない。

男は怪しい黒ずくめの男の言動を見なかった振りをして瞼を閉じる。
夜勤明けのせいですぐにうとうと眠りの波がやってきた。

ちょうど次の駅に電車が着いたところで、黒ずくめの男は降りていった。
見送る背中には、赤い布で包まれた棒状の何かがあった。
高校時代、剣道部の友人が竹刀を入れた袋を背負っていた。
それに似ている。

剣道部の者が持つような健全な物にはとても見えなかったけれど。
その駅は寂れた、なにもない場所だ。

男はそんな物を持って、いったい何をしに降りたのだろう。

疑問は浮かぶが、赤の他人の行動に口を出すような暇人でもない。
気づいた少しの人に見送られ、黒ずくめの男は世の中の空白に消えていく。


***


「聖騎士の到着まで持ちこたえろ!なんとしてもここだけは死守するんだ!!」

祓魔師の男が叫ぶ。
深い深い森の中。悪魔との戦闘が続いていた。
魔神が祓われてから数年の後、悪魔は数を減らしてきている。

それでも祓魔師の仕事がなくなるかと言えばそうはならない。
悪魔のささやきは人をいつだって闇に落とす。

悪魔に取り憑かれた人は、祓
魔師の詠唱や攻撃を物ともせず深い森の奥から人里へと足を進めていた。
周囲の森は悪魔の放つ瘴気で腐り、枯れ落ちていく。
祓魔師達は手騎士の召還したサラマンダーで汚染された木々を燃やしていくが、
それも決定的な解決にはならない。

取り憑いている悪魔は腐の眷属のようだ。
無限に増殖する属性を持つ悪魔にはもっと、圧倒的な火力が必要となる。
部隊の指揮を取る部隊長は、無線で部下に指示を与えた。
悪魔を取り囲むようにサラマンダーの炎を敷くが、足止めは持って数分だろう。

指示を与えながら、部隊長はせき込んだ。わずかながら咳の中に血が混じり初めている。
人間にとって悪魔の瘴気は毒でしかない。

このままいけば、自分達は全滅だ。

なんとか部下だけでも逃がしてやりたいが、
一般人への被害を考えればここで引くわけにもいかない。

男が嫌な汗をかいていたところで、数十メートル先の林が一瞬で腐り落ちる光景が見えた。
悪魔がきたのだ。男は側にいた部下に後方に引くように指示を与える。
部下は部隊長を残して引くことに異を唱えたが一喝して退かせる。
火炎放射器を構えて、悪魔に向けて放つ。
悪魔はもうすぐそこまで来ていた。
ざくりと死の足音が聞こえる。だめか。部隊長が目を閉じる。


「敵を目の前にして目を閉じるなと教えたはずですよ、佐々木君」


よく通る、教師のような声が聞こえた。佐々木と呼ばれた部隊長は目を開ける。
目の前には赤い竹刀袋を背負った、祓魔師の男がいた。
涙が出る。ああ、自分はまだ生きていられるのだ。
一瞬の安堵の後に気を引き締める。


「奥村聖騎士、状況を報告致します」


佐々木は手短に悪魔の特性と作戦、部下の位置を伝える。
雪男は頷くと即座に最適な作戦を考え、銃弾を装填。
悪魔の進行を止めるように一発の弾丸を放った。
剣を背負っているが、使う武器は銃。
一見するとよくわからない戦闘スタイルだが、
聖騎士は全ての称号を取得したものがなる祓魔師の最高峰。

背中の剣も、銃が使えなくなった時の為の切り札なのだと噂されていた。
けれど、銃での戦闘で圧倒的な実力を誇っていた為、未だ剣を使うところを見た者はいない。


「これでいけるかな・・・ん?後方に気配?わかった」


雪男は独り言をつぶやくと佐々木に指示をとばし、その場から自身も離れる。
間髪入れずに悪魔の猛攻により地面が抉られ、
人間がその場に残っていればひとたまりもなかっただろう惨状が広がった。

佐々木は部下を周囲に全て集めると、雪男にそれを伝える。
よくできたと生徒を誉めるような言葉をかけると佐々木が苦笑いを浮かべた。

「いつまでも祓魔塾の生徒のような扱いはやめてくださいよ奥村先生」
「すまない、君は随分出来が悪かったからね。一人前になった今でもつい構ってしまうんだ」
「・・・もういいです、次はどうしますか」

聖騎士一人が戦闘に加わっただけで、
こんなにもモチベーションが違うものかと戦闘に加わった祓魔師は思った。

自分達は生きて帰れるのだという希望。
その希望は悪魔を祓う原動力となる。
あと一踏ん張りだ。雪男はそう声をかけると、青い銃弾を装填する。


「悪魔の位置は掴めた。
君たちには事後処理を頼むことになるから覚悟しておくように」


うげ、という言葉が思わず佐々木から漏れる。
雪男は苦笑しながらも行動にためらいはなかった。
銃口を悪魔がいる方向に向ける。
佐々木は同時に部下に声をかけた。
総員結界内に避難、自分の身を守れ。
全員が逃げたことを確認してから雪男は引き金を引く。


「兄さん、僕に力を」


銃弾が悪魔を貫いた瞬間に膨大な青い光が巻き起こる。
それは瞬く間に森の汚染された地域に広がっていった。
光は瘴気に当たると青い炎に変わっていく。
不思議なことに生きた木々に当たってもそれは燃え広がったりはしなかった。

汚染された地域には青い浄化の火を。
木々には穏やかな青い光を。

悪魔だけを燃やし分けるその力は、神の如き所行。

聖騎士の力を見たことがないもの達は、その圧倒的な力に歓喜の声を上げた。
人間である聖騎士がこのような力を持てるのか。
自分達と同じ存在がその力を持っているという事実に人は安心感を持つ。

そんな人々を雪男が冷めた瞳で見つめていることに、人は気づかない。


雪男は瘴気が消え去ったのを確認すると、挨拶もそこそこにその場を去ろうとした。
佐々木は慌てて雪男の背に声をかける。

「奥村聖騎士、お手を煩わせました」
「教え子が死ぬのは見たくないよ、
次はもっと地べたを這い蹲ってでも生き抜こうという気概を見せるように」
「すみません・・・先生、あと先生のお兄さんも。本当にありがとうございました」


深々と頭を下げる教え子は、この場にいない人の名前を呼んだ。


そうか、この子は知っていたんだった。
僕に兄がいたことを。


少しの間教え子と言葉を交わし、雪男は森を後にした。
程なくしてまた携帯に任務を告げるメールが届く。
今晩の休息の後、国外か。雪男はため息をついた。

けれどもそうも言っていられない。
今回のように聖騎士でなければ処理できない案件が山ほどあるのだ。
文句もいっていられないし、立ち止まってもいられない。
雪男には目的があるからだ。
背中の剣を背負い直すと、歩きだした。
背後から、声が聞こえてくる。


『ごめんな、雪男。俺重くないか?』


それは兄の声だった。
もう触れることもできない。
あたたかい体温を感じることもできない。
それでも雪男にそっと寄り添ってくれている、雪男のたった一人の兄。

「大丈夫だよ、むしろ軽いくらいさ」

片手では重く、背負うには軽すぎるその重さを。
雪男はいつだって背負ってきたのだから。


***


「兄さん、ねぇお願い目を開けて!」

雪男は倒れ込んだ燐を抱き起こして必死に声をかける。
燐の瞼はかろうじて開いているが、今にも閉じてしまいそうな薄さだ。
そして一度閉じてしまえばもう二度と目覚めないことも、雪男は本能でわかってしまっていた。

魔神を倒した代償に兄の命が失われる。

考えなかったわけじゃない。
でも、兄さんがあんまりにも大丈夫だって言うから。
僕はその言葉を信じてしまったんだ。
兄さんは僕との約束を破ったりしないと信じていたから。

雪男は大粒の涙を浮かべて、ぼろぼろと燐の頬に滴を落とす。
燐は雪男の涙を拭いてやろうと、頬にそっと手のひらを当てる。
冷たい手のひら。
青い炎の輝きも徐々に失われていっている。

「雪・・・男、ごめんな。最後まで泣かせちまって」
「なら、生きてよ。大丈夫だって言ってよ!」
「・・・なぁ俺がんばっただろ、神父さんの敵も討ったんだ・・・
神父さんと同じところにいけるかは、わからないけど。それでも」
「嫌だ!!いやだいやだ!行かせないよ!兄さんは絶対に、行かせない!!」

子供のように駄々をこねた。
こうやってわがままを言えば、燐はいつだって雪男の願いを叶えてくれた。

生きてよ、と訴えた。

でもその願いは叶わなかった。

燐が最期に少しだけ笑った。
お別れの挨拶にしようというのか。
瞼が閉じていく。


僕を置いていかないで。
一人にしないで。


「兄さん、僕と生きて!」


兄さんがもう会えない眠りに連れていかれてしまうくらいなら。

雪男は倶利伽羅を掴んだ。
それを本能のままに燐の胸に突き立てる。
青い炎がわき起こり、燐の体が燃えていく。

やめてくれ。

燐が叫ぶ。雪男は聞かなかった。
倶利伽羅と青い炎に苛まれる兄の体を抱いた。
抵抗を押し込めるように封印の呪文を口にして、唇を奪う。
炎の熱が、唇に伝わる。熱い。
まるで兄さんが生きているみたいだ。
身体と魂を切り離すように、雪男は呪文を続ける。
まるで、呪いのような言葉だった。


我が僕となりて、その身を封じん。
倶利伽羅よ、魂の依代となれ。


青い鬼火のような光が燐の体からそっと離れ、倶利伽羅の中に消える。
雪男はそれを見届けて、ゆっくりと鞘を閉じる。
もう二度と開かないように、厳重に札を巻いた。


燐の体はどこにもない。
あとには、ただ一人。
雪男だけが残された。


手のひらの中には、燐が最期まで握っていた倶利伽羅が残されている。


『雪男』


もういない兄の声が、倶利伽羅を通して聞こえてきた。
雪男は倶利伽羅を抱きしめる。

自分の目論見が成功したことに雪男は震えた。

本当ならこのまま見送ってやるべきだったのだ。
でもそれはできなかった。
どんな形でもいい、そばにいて欲しかった。


「ごめんね」


貴方を、見送ることはできないよ。

あきらめたように呟けば燐はもうなにも言わなかった。
言えなかったのかもしれない。
その日から、雪男の側には常に倶利伽羅がある。
青い炎を従える聖騎士として雪男は今日も戦い続けている。



***



休息の為に訪れた場所は、寂れたラブホテルだった。
森の奥深くで行われた任務の後だ。泊まれる場所は限られている。
一人で寝るには大きすぎるベッドは二人で寝ればちょうどいいサイズだ。

雪男は背負っていた倶利伽羅をそっとベッドの片側に寝かせる。
カーテンの閉められた窓を開けて、月の光を室内に入れる。
青白い月の光が倶利伽羅に宿ると、ぼんやりとした光が形をなしていった。

うっすらと透けるような肌をした燐が暗闇の中に現れる。

儚げな姿の燐はベッドにもたれ掛かるような体勢で雪男を見ていた。
現れた燐の姿に満足して、雪男は声をかける。

「シャワー浴びてくるから、ここにいて」

言われずとも燐はここから動くことができない。
それでも燐は雪男の言葉に黙って頷いた。
時間を持て余さないようにとつけられたテレビを静かに燐は見ている。
風呂場からはシャワーを浴びる音が聞こえてきた。
燐は手をリモコンに伸ばし、チャンネルを変えようと試みた。

けれどその手はするりと通り抜けて、リモコンに触れることはできない。

少しだけ悲しそうな顔をして、
燐は雪男の戻りをベッドに身を投げ出して待った。

ほどなくして部屋に戻ると、ベッドの上で瞼を閉じている燐の姿を雪男は見つける。
兄さんはここにいてくれる。
雪男はそっと燐の隣に寝そべると声をかけた。


「兄さん」


呼べば、燐は瞳をあける。
きらきらと輝く青い瞳の向こうは透けていた。
雪男はほほえむ。

「今日はありがとう」
『いいよ、お前のこと守れるなら俺のこと好きに使って』
「使うなんて言わないで、兄さんは僕に力を貸してくれているんだ。
きっといつか兄さんを元の姿に戻す方法が見つかるはずだから。僕、がんばるから」
『雪男、でも俺は・・・』
「言わないで、お願い」


雪男は透明な燐の唇に触れた。
温かい体温も、少しかさついた唇の感覚もなにもない。
あるのはただ、幻に触れた感触だけ。


そこには何もないのだと、思い知らされる。


それでも雪男は笑った。
寝かせた倶利伽羅の鞘に指を這わせる。
燐は雪男の指の感触を感じて、薄く声を漏らした。
顔がほんのりと赤い。きっと僕の指を感じたのだ。


「兄さん、かわいい」


鞘に触れただけでこれなのだ。
刀身を舐めたりしたら、いったいどんな声をあげるのだろう。

決して刀を抜いたりはしないと思いながらも、想像して身が震える。

そのまま雪男は倶利伽羅にキスをした。
冷たいはずなのに、どこか温かい。
耳をすませばどくんどくんと兄さんの心臓の音が聞こえる気がする。

片手では重く、背負うには軽すぎるその重さが悲しい。
一緒に成長した体も、触れれば恥ずかしがる肌も。
かつて背負えばしっかりとした鼓動が聞こえた貴方の体は僕が燃やした。


「好きだよ、兄さん」


そう呟けば俺も、と声を返してくれる。

僕は、そんな幻にキスをする。


無理矢理、ダメ。絶対


なお、警察は教育委員会と連携しながら調査を進めております。
未明に通報があり発覚しましたが、
この部屋に住んでいる男子高校生は数日前から中年の男に言い寄られていたという情報が
同居している家族の証言から得られており、その男は男子高校生に性的な―――


雪男はテレビを消した。
唯一音を発していたものがなくなれば部屋の中はしんと静まりかえる。
テーブルの上には用意された豪華なごちそう。
けれど雪男の前に座る人はいない。

雪男は一人でこの部屋にいる。
クリスマスには任務が入っていた。
巷では行事に浮かれる人たちと、その輪に混ざれずに負の感情を蓄積される人の二種類に別れる。
毎年のことだが、この負の感情を持つものたちの暴走が祓魔師たちを悩ませていた。
なにしろ普段ならば全く問題なく過ごしている、いわば普通の人たちが悪魔に取り憑かれてしまうのだ。
数も尋常ではない。日本支部は総出で祓魔に励んで、いつの間にかクリスマスは終わっている。
それが常だった。それは兄も理解しているだろう。
けれど、これは雪男の落ち度だった。
辛く苦しいクリスマスが終わったことで浮かれていたのもある。

「兄さん、クリスマスは無理だったけど
せっかくだから誕生日は二人でゆっくりすごしたいよね」

クリスマスは燐を含む塾生も任務に追われてまともな休みが取れなかった。
これから年末に入ることもあり、ゆっくりと過ごせる休みは残り少ない。
慌ただしい日常の中、せめて誕生日くらい家族で過ごしたかった。
そんな雪男の望みを燐は了承してくれた。はりきって料理も腕によりをかけて作ると約束もしてくれた。

「仕事忙しいかもしれねぇけど、早く帰って来いよ」
「うん、頑張るよ」

が、雪男はその約束を破ってしまった。
クリスマスが終わった二十六日。
塾生達を返した後でまさかクリスマスの亡霊ともいうべき第二段の怨霊が現れた。

それは、正月を孤独に過ごす人たちの怨念でできた
年明けの孤独という質の悪いものであった。

クリスマスを一人で過ごすものは、別に珍しくはないだろう。
クリスマスは祝日でも何でもないので仕事をしていたら終わっていたという人は多い。
なによりクリスマスは日本では商業的に利用されているため、人手が足りない。
仕事をしていれば孤独は紛れる。
けれど、正月はそうではない。
正月は日本伝統の行事の為、店は休みになるし当然ながら一部サービス業を除き仕事は休みになる。
長期の休みになり、仕事という繋がりも絶たれた者に待つ末路。
帰省する先もなく。一緒に過ごす家族もいない。

寂しい。寂しい。

パソコンを開けばそこに人がいるかのように錯覚をするが、
所詮目の前に広がるのは冷たい画面だ。

隣に暖かい人の温もりがあるわけではない。

普段は気づかない、ただ一人きりの孤独。
そういった負の感情の連鎖が人々を狂わせ悪魔は調子に乗る。それが師走の風物詩であった。
その師走に現れる悪魔が、あろうことか二十六日に現れた。雪男と燐の誕生日の前日である。

雪男は頑張った。頑張って頑張って戦った。

早く帰るために銃弾は惜しみなく使ったし、少しの容赦もせずに悪魔を次から次に退治していった。
あまりにも容赦がなさすぎて同僚が引くくらい、その当時の雪男は迫力がすさまじかった。
ただ、それがいけなかったのかもしれない。
雪男は燐と双子の兄弟である。
燐だけでなく雪男も一つのことに集中するとそこに捕らわれてしまうという節がある。


つまり、雪男は燐に任務が入ったことも。
帰る時間が遅くなることも。
それが伸びに伸びて二十八日になることも一言も連絡をしなかったのである。


気づいたのは、玄関の扉を開く前だった。

雪男は冷や汗をかいた。
携帯を最後に開いたのはいつだっただろうか。少なくとも丸一日以上は放置している。
ここまでくれば、携帯を確認するより前に土下座をした方が早いだろう。
雪男は覚悟を決めて扉を開けた。

響くのは兄の怒号だと思っていた。

しかしそれはなく、部屋は静かなものだった。
おそるおそる進んでいくと、リビングのテーブルの上には料理がおかれていた。
きれいに一人分だけ食べられており、雪男のものだろうそれには一口も手がつけられていない。
それはそうだろう。その日雪男は帰らなかったのだから。
だから、いつ燐がこの部屋を出て帰ってきていないのか。
それすらも雪男は知らないのだ。

「・・・兄さん、電話にも出ない」

やらかしてしまった。
雪男は自分の行動をそれはそれは後悔していた。
守れない約束ならするなと言われてもしょうがないし、
ここで兄が誰かと遊んで帰ってきても文句を言う資格は自分にはない。

いや、遊んで帰ってきたならまだましだ。
一人きりにさせてしまったなら罪悪感で押しつぶされてしまう。
雪男は慌てて燐の連絡先を知っている人物に片っ端から連絡をかける。
塾生達、違う。修道院の人たち、違う。
ならば学校の友達だろうか。
密かに収集しておいた燐と関わりのある人たちのネットワークを虱潰しにあたった。
わかったことは燐はその誰とも会っていないらしい。

雪男は通話を切った。
脳裏には最悪の状況が思い浮かぶ。


買い物に出かけた兄。
その兄に気づいた悪魔が兄のことを背後から殴り倒す。
そのまま見知らぬ土地に連れていかれ、
あまつさえそこが虚無界の門を開いたと噂のイルミナティに繋がっていて。
そこで兄が抵抗するも空しく虚無界に浚われていたりなんかした日には。


雪男は連絡の取れない兄のことをそれはもう胃に穴が開くほどに心配をしていた。
こんなに長いこと連絡も取れないまま離れていたことがない。
監視役失格だ。
雪男はせめてもと思い、メールだけは送っておいた。


どこにいるの。
ごめんね、約束破っちゃって。
僕が悪かったよ兄さん。
お願いだから返事をください。


雪男は普段滅多に燐に謝ることはない。
けれどそれはここぞと言うときに謝罪をすれば
兄は普段と違う自分の真摯な姿を見て白旗をあげるに違いないという打算もあった。

雪男は小さな頃から大人に囲まれて育った子供だ。
上の者に対する処世術は誰よりも長けていた。
それを兄に対して遺憾なく発揮すれば、弟に甘い燐はすぐにでも許してくれるだろう。

そこには燐に対しての無意識の甘えがあるのだが、雪男はそれには気づいていなかった。
お互いに気づかずうまくいっているなら、それに越したことはないのだ。

雪男が日付を越えてもリビングで待っていると、
ようやく玄関から待ち人が帰宅する音が聞こえてくる。
雪男は安堵し、思わず遅いじゃないかと声をかけそうになる。
いや、悪いのは自分だ。
雪男はリビングに姿を現した兄に、一番に謝罪した。


「兄さん。ごめん!一言連絡を入れるべきだったのに、こんなことになって!!」


それはもう自分に非がありますという全面降伏であった。
雪男は燐の出方を伺った。
さて、怒られるか怒鳴られるかはたまた殴られるのか。
数分後の自分はどんな目にあっているだろう。
どきどきと緊張しながら待っていると、
燐はああ、うん。というなんとも素っ気ない返事を雪男に返す。

これは、なんというか。予想外だ。

怒るでも、殴るでもない。ほぼ無視に近い返しだ。
兄のテンションが異常に低い。
なにこれ、聞いてない。これは相当に怒っているぞ。
それもかつてないくらいに。
雪男は自分のしでかした事のでかさに怯えた。
ここで溝を埋めておかなければ、口を聞いてもらえなくなってしまう。
せっかくの年に一度の誕生日。
過ぎてしまったけれど、口を聞かないまま終わらせたくなんてなかった。

「兄さん、どこに行っていたの」

雪男は恐る恐る聞いた。
まずは話題を作らなければ、フォローもできない。
燐は不機嫌そうな表情で雪男に告げる。

「メフィストのところ」
「そ、そう・・・一人じゃなくてよかった。ゲームでもしてきたの?」

いや、僕が悪いんだけど。一人じゃなくてよかったとかどういう台詞だ。
なにしろ自分が全面的に悪いとわかっている。
言葉がぎこちなさすぎて自分で自分が情けない。
燐は次に雪男の度肝を抜く言葉を言った。

「寝てきた」

寝てきたの。そう。泊まってきたんだね。
ベッドで、うん。フェレス卿のベッドで、え。

一緒に寝たの。

いや寝ていたって睡眠だけなのかそれとも性的な行為も含めてのことなのか。
雪男の思考はフリーズした。
固まる雪男を見て、燐はざまあみろと心の中で舌を出した。


***


「雪男が帰って来ない!お前が任務を振るからだろ!」

燐は青い炎でメフィストの執務室を爆破した。
メフィストは事前に結界を張っていた為、青い炎で部屋が燃えることはない。
燐もそれをわかっているので全力で部屋を燃やす。
いわば悪魔同士の戯れと燐のストレス発散である。
メフィストはため息をついて、荒ぶる燐を諫めた。

「静まりたまえ、魔神の跡取りともあろうものが何故そのように荒ぶるのか」
「タタリ神と一緒にするな!」
「おや、君もいける口ですね・・・ってそうですか。
奥村先生が帰って来ないから一人寂しくテレビ見てたんですね。誕生日なのにね」
「・・・そうだよ」
「彼が仕事だということは理解しているでしょう。私と仕事どっちが大事なのとかまで言いますか?」
「そんなこと言わねぇ。けど、帰ってくるって言ってたのに。連絡もないし」
「それだけ忙しいんでしょう。私よりも、あなたの方がよくわかっているのでは?」
「わかってる。けどさ」

燐は雪男のことをよく理解しているつもりだ。
だから連絡がないことも、仕事が忙しいからだとわかっているし、
それをどうこう言いたくはない。
けれど胸の奥に潜むむかつきが収まるかと言えば否だ。

「なるほど、奥村先生に思い知らせてやりたいというところですか。
ところでケーキ食べますか奥村君」
「食べる」
「紅茶もどうぞ。誕生日おめでとうございます。なら、いい考えがありますよ」
「ありがとな。クリームがうまい。何だよそれ」

メフィストはにやりと笑う。
とても、悪魔らしい笑顔だった。

「簡単です、二人の誕生日の夜に私と寝たと嘘をつけばいいんです」
「言ってどうなるんだよ、怒るじゃん」
「怒らせればいいんですよ、思い知らせるとはそういうことでしょう」
「けどさぁ」

「後に禍根を残さないようにするなら、嘘でしたと言ってベッドになだれ込めばいいでしょう。
もしかして別の男に寝取られているのではないかという嫉妬心から、
二人の夜が燃え上がること間違いなし。
更に言えば普段と違って燐君から足を開けば、誤解は更に増すでしょう」

「おい。見てきたかのように言うなよ。しかもそれ誤解を残すって最悪じゃんか」
「私を引き合いに出すんですから、それくらいいいじゃないですか。
まぁ後は貴方に任せますけどね。フルーツ食べますか燐くん」
「食べる・・・うーん、そうだなぁ。
雪男が帰ってきたら考える。ゲームしていい?」
「どうぞ、二人でオールナイトしますかねぇ」
「ゲームとマンガでな」


そんなわけで燐は今とてつもなく眠かった。
メフィストと一晩を過ごしたのは事実だが、寝てはいない。軽い嘘くらいいいだろう。
開口一番に謝ってくれたのはよかったし、寝て起きたら全部許すつもりだった。
とにかく燐は眠かった。もう、今すぐにでも寝たかった。

固まる雪男をおいて、燐は食事はテーブルにあるから
適当に食ってくれと言ってベッドに行こうとした。
雪男は燐の手を掴んでそれを止める。


「寝たってどんな風に?教えて」


雪男は淡々としていた。意外なことに。
そして昨晩はどんな行為をしたのかを聞いてくる。
ひどいセクハラだな。
いや、嘘をついたのは燐の方だからここは答えるべきなのだろうか。
もちろんメフィストとは寝ていないので、うまく嘘をつかなければならない。

「オールナイトセックスだった」
「それじゃあわからないよ、どこに。何をされたの兄さん」

雪男が燐を壁際に押しつける。
密着する二人の体。雪男の目は真剣だ。
燐は眠すぎて抵抗する気も起きなかった。

その上、昨晩メフィストの部屋にあった薄い本の内容が燐の頭に浮かんでは消える。
あの薄い本は大変にエロい内容であった。
その本の内容を燐はそのまま口にする。
口からでる言葉はすべてでまかせだ。

「メフィストに、部屋に連れ込まれて。
無理矢理喉の奥までくわえ込まされた。口は開かされたまま、で。飲まされた・・・」
「そう、それから?」

雪男が冷たい目で燐を見ている。指が燐の唇に触れてくる。
この口でメフィストを受け入れ、慰めたのだと確かめているのだろう。

「服を全部脱がされて、足。開かされた」
「続けて」
「濡れてないからって、舐められて。
腰がおかしくなるんじゃないかってくらい。いかさ・・・れた。」

想像して腰が重くなる。
熱が顔と、それから下半身に集まるのがわかった。
雪男の瞳にも、燐と同じものを感じる。
雪男は燐の告白に、雄としての本能を刺激されているようだ。
眠気が覚めるような熱が、燐を饒舌にさせる。

「ふうん、じゃあ」
「くたくたになったところで、メフィストが太股を掴んで。
それから、メフィストのものが一気に俺の中に・・・」

雪男が燐の腰を掴む。
燐の体が跳ねる。雪男は燐の耳元にふう、と囁いた。

「出されたの、僕以外の男に。中に、出された?」
「されたッ。腹壊すんじゃないかってくらい。奥に。すごくたくさん・・・!」

どろどろにされたんだ。と燐は言った。

「誕生日に、僕以外の別の男に犯されて。兄さんは、どんな気分だった?」

はぁ、と熱い息が吐き出される。

「ゆきおに・・・雪男に会いたかったッ」
「うん、僕も」

二人の瞳にはもう、情欲が宿っている。
雪男は気づいているだろう。そんなことを燐はされてなどいないことに。
けれど、この嘘に乗ってきている。燐も既にノリノリだ。
雪男は燐の体を突き飛ばし、ベッドの上に転がした。
すかさず、雪男は燐の体の上に乗り上げる。

「なら、僕が同じことしてもいいよね」

雪男は燐の羽織っていたシャツを乱暴に破った。
燐も雪男のノリに合わせて、いやだと叫ぶ。

そのまま、獣のようにセックスした。

まさに、オールナイトセックスになった。


***


雪男は隣で寝ている兄を横目で見ながら、携帯をいじっていた。
昨日の晩はすごかった。
兄の口から聞いた行為を、そのままその通りに施してやった。
兄は泣いて嫌がっていたけれど、それがまたいい。

最終的には二人とも盛り上がったので、よしとしよう。
嘘だということは二人ともわかった上での行為だ。
仲直りもできた。


「あとは、まぁ。通報するだけだよね」


兄さんに過激な本見せておきながらお咎めなしは教育者としてはないだろう。

性教育では済まされない。
無理矢理、ダメ。絶対。

自分がしていることを棚に上げて、雪男は警察に連絡した。
その日、正十字学園の理事長は教え子に手を出したとしてニュースに載ったという。



トイレの神様7


心の内を家族に話したことで、燐の周囲の環境は驚くほどに変わっていった。
神父だと思っていた父は祓魔師という悪魔を祓う職業を生業としており、
雪男もその免許を取得しているという。
悪魔のことを。燐を殺す技術を磨いていることに、
ショックを受けなかったといえば嘘になる。

けれど、悪魔として目覚めた燐が
この世界で生き残るためには必要な知識であることも理解はできた。
雪男は、燐を守ろうとしてくれていた。
かつて自分が雪男を守っていたのと同じように。
燐は悪魔の、魔神の落胤として唯一青い炎を継いでいる。
虚無界を統べる力を持っている燐を悪魔は見逃しはしないだろう。
あらゆる方法で、燐を物質界から浚おうとするはずだ。
藤本も雪男も、燐の知らないところで燐を守るために動いてくれていたのだと、
燐はようやく知ることができた。
そして、自分も強くならなければならないことを知った。

「俺も、祓魔師になりたい。そうすれば雪男やジジイに迷惑かけなくて済むだろ」
「僕は反対だ、兄さんに危険なことさせられるわけないだろ!!」
「なんだよお前はよくて俺はダメなのか!!
雪男は医者目指してるんだから、祓魔師なんて危ない職業したらダメだろ!」
「それを言うなら兄さんの方が危険だ!
現場に出て悪魔に誘拐されたらどうするんだ!僕は認めないよ!」

そんな兄弟の喧嘩はあれど、藤本が仲裁することで燐は祓魔師の道を進むことになった。
どのみち、燐も悪魔に対抗する術を身につけなければその身が危ない。
燐は藤本と雪男に祓魔師としての勉強をみてもらいながら、時折男のことを思い出した。
不思議なことに、されたことは覚えているのに顔は靄がかかっているかのように思い出せなかった。
ただ、あの男の声。あれだけは忘れることができない。
燐の耳元で、燐の背後で、燐の目の前で。
燐のことを陥れた、神様の声。
あいつを探さなければならない。

祓魔師を目指したのは、自分の身と家族を守りたいと思ったから。
けれどその一方で燐を陵辱したあいつを探しだしこの手で決着をつけなければならない。
そうしなければ、燐は本当の意味で前に進めない。
そんな気がしていた。


***


紆余曲折を経て燐が祓魔師の免許を取得した後、支部長に挨拶に行くことになった。
雪男に導かれて、初めて理事長室に足を踏み入れた。
祓魔塾にいた頃も、卒業する時も、
上の判断が必要な時であっても理事長は忙しいという理由ですべて聖騎士である藤本が取り仕切っていた。
そのため、燐は祓魔塾生時代一度も支部長に会ったことはない。
今回の挨拶が初めての邂逅となる。
いわば雪男や燐の上司に当たる人物だ。
緊張していないといえば嘘になる。

けれど、こんなところで立ち止まっているわけにはいかない。
弟である雪男も心配そうにしていたが、挨拶くらい大丈夫だろう。
そう思って扉を開けた。
けれど、その判断は間違いであった。

「ようこそいらっしゃいました、奥村燐君」

男の声を聞いて、燐は全身の血の気が引いていくのがわかった。
忘れられない、あの夜の声が。
昼間の暖かい日差しの溢れる支部長室の中から聞こえてきている。
燐は視線をあげた。そこには男がいた。
男は執務室の真ん中にあるデスクに座っていた。
燐に気づいて立ち上がると、男は長身でピエロのような奇抜な格好をしていることがわかる。
燐がなにも言えないままでいても、男の方が勝手にしゃべり始めた。

「こんにちは、私は正十字学園の理事長兼、
正十字騎士團日本支部長のメフィスト=フェレスと申します。
この度は祓魔師免許の取得おめでとうございます。
奥村先生には及ばないとは言え、
その年で、魔神の落胤であるというハンディを抱えたまま合格するとは非常に将来が有望だ」


貴方のここは、こんなにも私を求めて締め付けているというのに。
どの口がイヤだと言っているのでしょうね。


メフィストの言葉とともに、あの夜の出来事が思い起こされる。
燐の呼吸が荒くなる。
目の前にいるメフィストに、近寄って欲しくなかった。
メフィストは握手を求めて燐の前に手を出した。


「これからよろしくお願いいたします」


ああ、この手が泣き叫ぶ燐を犯したのだ。
誰にも触れられたことのない場所に指を突き立てられ、メフィストのものをくわえ込まされた。
開かされた足を閉じることは許されず、
時を忘れるほどにベッドの上で交わりを強要され続けて。
瞼も、口も、耳も、胸も、腹も、足も。燐のすべてを犯された。
記憶がフラッシュバックして、燐は口元を抑えてうずくまってしまう。
雪男は様子のおかしい兄に駆け寄り、メフィストも心配そうに燐の体を支えようと手を伸ばす。
燐はメフィストの手が触れる前に、拒んだ。

「―――触るなッ!」

そう叫んで、メフィストから距離を取ろうとして後ずさりした。
位置的に背後にいる雪男にぶつかりそうになり、燐は慌てて振り返る。
けれど、おかしなことが起きた。
雪男が動かないのだ。
燐に駆け寄ろうとする動作のまま止まっている。
どうして。
燐は雪男に話しかけた。雪男は動かない。
それに部屋の中のすべての音が消えている。
物音一つしない静寂の中。メフィストの声だけが聞こえてきた。

「私の力で時を止めました。貴方と話をする為に必要でしょう?」
「てめぇと話すことなんかあるか!!」

見つける時を、待っていた。
燐は倶利伽羅を抜刀する。
青い炎が刀身から全身に沸き上がりメフィストに向かって襲いかかる。
メフィストは青い炎を指を向けるだけで弾き飛ばす。
一瞬で攻撃が防がれたことに驚くが、猛撃を緩めるつもりはなかった。
候補生時代に上級の敵と遭遇しなかったわけではない。
青い炎が通用しない相手だっていた。
その経験から、燐は的を絞ることにした。
刀を構えるとただ一点だけを狙い、足を踏み出す。
狙うは首元のみ。一撃で相手を殺す必要がある時に使う方法。
槍撃のような、青い筋の刃が空間に走る。
メフィストはその追撃を止めようとした。
けれどできなかった。
青い炎を纏った切っ先がメフィストの前に展開していた防御用の結界を貫く。

燐は、本気でメフィストを殺そうとしている。
彼は、ただ、メフィストだけを見ている。
まるであの夜のような一時ではないか。

ああ、このまま時を止めてしまいたい。

けれど残念なことにそれはできない。
メフィストは時を止めたまま燐と対峙している。
メフィストの首もとまで迫った刃を防ぐのに、時を止める方法は使えない。
ならば。
メフィストは笑って燐の刃を手で掴んだ。
刃と炎がメフィストの手を切り裂いて、血しぶきが飛び散る。
けれど手が燃え尽きることはなく、
向かってきた刃をそのまま後ろに引いて、燐を自分の元へと引き寄せた。
燐の目が驚きで見開かれる。
一撃で首を落とせなかった。それで勝敗は決まってしまっている。


「残念。いい線いってたんですけどね。
もう少し経験を積んでからまた試してみるといい」


メフィストはそう言うと、引き寄せた勢いそのままに燐の唇を奪った。
噛みつくようなキスと、咥内に進入してくる熱い舌先。
燐の舌を絡め取り、逃げようとする燐の頭を手で固定してしまう。
血塗れの手で、燐の体を抱いて腕に閉じこめた。
悪魔の力で拘束されてしまえば、燐は逃げ出す術がない。

乱暴に咥内を荒らされている間には息継ぎも許されなかった。
しばらくメフィストの好き勝手に燐を弄んでいると、
限界を迎えたのか燐の体から力が抜けていった。
これではもう抵抗することもできないだろう。
メフィストは燐の口を解放してやると、燐はせき込みながら床に倒れ込んだ。
それでもなお、涙目でメフィストを睨みつけてくる姿を見て、
また悪魔的な思考が浮かんでくる。

「そんな瞳で見つめて、また犯されたいんですか?」
「この悪魔ッ!!誰があんなことするか!!」

燐は口元を乱暴に拭ってメフィストから距離を取った。
けれど自分の手に倶利伽羅がないことに気づくと、顔面を蒼白にした。それもそうだろう。
燐の命ともいえる悪魔の心臓は倶利伽羅の中に入っている。
その命を、あろうことかメフィストが握っているのだから。

「無防備ですねぇ、尻尾に関しては私が散々躾たので隠しているのでしょうけど。
急所をモロ出しなんて貴方露出狂の嗜好でもあるんですか」
「それ、か・・・返せよ!!」

怯えた声で詰め寄った。そんなことをしてもかわいいだけだというのに。
メフィストは倶利伽羅の刀身をゆっくりと舌で味わうように舐める。
燐に見せつけるように。
途端に燐の体は電気が走ったようにしびれて、その場にへたりこんでしまった。
ぞくぞくと走る痺れは覚えがあった。
下半身に熱が籠もって、身動きが取れなくなる。

「可愛らしいことだ、ちょっと急所に悪戯をしただけだというのにね。
あの夜のことを、体が思い出したんでしょう?」

燐は首を横に振って必死に否定した。
けれどその感覚を忘れることができなかったのは事実だった。
悪魔を討伐した時。初めて試験に合格した日。
任務で傷を負ってしまい、眠れない夜。
燐の体はその度にあの夜を思い出して、心は自己嫌悪に陥った。
自分一人の手では、もう満足ができない体になってしまっていることを思い知る。

メフィストを殺せば、あの夜のことも。
この体のことも忘れて、前に進めると思ったのに。

燐は瞼に涙をためて、悔しそうにポロポロとこぼしていった。
メフィストはため息をついた。
憎むような視線を向けてくれたらいいのに。
これではまるで、この子はただの人間ではないか。

「どうしますか?まだやりますか?」

メフィストは倶利伽羅を燐の元に投げると、燐はそれをあわてて受け取った。
倶利伽羅を鞘に戻したことで、燐の炎は収束していく。
もうメフィストと戦う気はないだろう。
燐は涙を拭うと、ぽつりぽつりと話し始めた。

「どうして、俺にあんなことしたんだよ」

意味がわからなかった。
暗い日常に訪れた突然の衝撃。
家族と打ち解けるきっかけにもなったけれど、燐の心に暗い影をもたらした。

「貴方に、自分を知ってもらいたかったからです」

メフィストはそう言った。
燐が自分の正体を知ることで、変わったことがたくさんあった。
遠巻きにしかつき合えていなかった家族と打ち解けた。
不安でしょうがなかった自分の力と向き合えた。
ぐちゃぐちゃだった心が、力が、一つの向かうべき方向を見つけた。

自分をこんな目にあわせた、
トイレの神様を探さなければならない。

燐はあの夜のことをこれまで何度も思い出した。
けれどあの夜を境に、燐の人生はいい方向へと変わっていったといってもいい。
目の前にいるメフィストは悪魔だろう。
神様だと偽って、燐を騙した悪魔。
そんなひどいやつのはずなのに。


「どうして、俺を気遣うようなこと言うんだよ。お前のやってること。
俺を陥れたいのか、助けようとしてるのかわかんねぇよ」


メフィストは目を見張った。
燐の言葉は予想外のものだった。
燐に嫌われるようなことしかしていないというのに。
この子は気づいていたのだろうか。
燐の心の不穏が、悪魔に憑りつかれていた人間を引き寄せていたことを。
そんな燐を追いつめることで、家族に心の内を打ち明けるようにメフィストが仕向けたことを。


「・・・貴方に私の魔力を注ぐことで早期に覚醒を促せば。
そうですね、例えば。藤本が魔神に乗っ取られて死ぬことも、
貴方が悪魔に見つかって窮地に陥ることも―――なかったのではないかと思いましてね」


メフィストがぽつりと本心を呟いた。
そう、行動には結果が伴う。
過去には未来がつきものだ。
このままいけば燐がどうなるか。
そんな未来を、メフィストは知っていた。ただ、それだけのこと。


「どういう意味だ。ジジイは死んでねぇだろ。縁起でもないこと言うな」
「ええ、そうですね。けれどそういう未来も、あったかもしれないということですよ。
私はそれを止めたかったのかもしれない」

メフィストはそう燐に語った。
燐は首を傾げる。あったかもしれない未来を言われてもわからない。
燐は今、そんな世界を生きてはいないからだ。
メフィストは時を止める力を持っている。
もしかしたら、あったかもしれない未来を知っているのかもしれない。

けれど、それが何だ。
燐はメフィストの前に立つ。
拳を握ると、己の腕力のみでメフィストの顔をブチ殴った。
油断していたのか、メフィストは部屋の端まで飛んでいってしまった。


「それでお前がやったことを水に流すと思うなよ!!!この強姦悪魔!!!」


初体験がトイレなだけに、と言えば益々燐は怒っただろう。
無言のまま無惨に倒れ込むメフィストにこの外道がと燐が吐き捨てる。
それはそうだろう。
燐にとってはあのトイレで、連れ去られた先のベッドで犯されたことがすべてだ。
まだ何も知らない燐を、メフィストは散々楽しそうに好き勝手に嬲ったのだ。
お前、絶対に楽しんでいただろう。
燐はメフィストの本性を見抜いている。
メフィストは確実に折れた首を修復しながら立ち上がった。
そして改めて燐に向き直る。

メフィストに一矢報いたからだろうか。
燐の瞳には青い炎が揺らめいており、先ほどまでの怯えた様子はない。
燐はもう、悪魔に立ち向かえるだけの力も心構えもできている。
メフィストは指を鳴らして時を進めた。


「自分の手で選び取る。それこそ、私が見たかった貴方の姿だ。
またのお越しをお待ちしておりますよ、奥村燐君」


二度と来るかと吐き捨てて、燐は乱暴に理事長室を出ていった。
雪男は何が起きたのかわからず、慌ててメフィストに謝罪をする。
時が止まっていた間の出来事を人間は感知できない。
今までの全ては、メフィストと燐の秘密だ。
二人は今日初めて出会った上司と部下の関係。そう周囲には思わせておかなければならない。

すみません、兄がとんだご迷惑を。
慌てる雪男を諫めて、メフィストは笑った。
彼は、思った以上におもしろい。
いつか力をつけた彼に、青い炎で殺されてもいいだろう。
そう思うくらいに、燐のことを気に入ってしまっている自分に笑う。

雪男が兄を追いかける為に、理事長室を出ていった。
閉まった扉に向けて、メフィストは呟く。

「悪魔は快楽の求道者にして、
人は中道にして病みやすい・・・貴方は、どんな闇がお好みですか?」

そこにいるはずのない燐に向かってメフィストは囁いた。



***



「もう、最初から上司と騒動起こすなんて兄さんは何考えているのさ!」

騒ぐ雪男の言葉を右から左に聞き流して、燐は廊下を歩いていく。
まさか雪男にメフィストとの関係を言えるわけもない。

バレた瞬間に、父である藤本と共にメフィストの屋敷に火を放つ雪男の姿が思い浮かんだ。
家族を犯罪者にしたくはないので、燐はこの先も誰にもあのことを言うつもりはない。

けれど一矢報いたとはいえ、まだむかつきは収まっていない。
早く寮に帰ろうと思い、ポケットの中にある鍵を探った。
手早くドアに差し込もうと取り出した鍵の中に、見覚えのない鍵が一本。


ピンク色をしたそれは、あの悪魔を思い出すのには十分であった。


お待ちしておりますよ。
脳裏に悪魔の囁く声が聞こえる。
燐の熱は、決して収まったわけではない。
ただ、見ないふりをしていただけだ。
燐がごくりと喉を鳴らした。じわりと耳元にメフィストの、男の声が甦る。

足を止めた燐に、雪男が声をかける。

「兄さん、どうしたの?」

屋敷を出ようとドアを開けた雪男に向かって燐は言う。


「悪い、ちょっと。トイレに行ってくる」


そこには、燐だけの神様が待っている。

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