青祓のネタ庫
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もしも俺が寝ている間に君が死ぬことになったら、
きっと俺は眠れない夜を歩き続けることになるだろう。
「見つけたぞ、奥村燐」
振り向いた瞬間に見えたのは白い祓魔師の制服だった。
夜明け前の空はまだ薄暗い。
それなのに、なんでこんな時間にここにいるのか。
志摩は寝巻きの上にダウンジャケットを着て、歩いていた。
正十字学園の男子寮は朝ごはんの時間、就寝時の時間等は正確に決められているが
基本的に自由行動が可能だ。
坊も早起きしてランニングをしているが、あれはどっちかというと
変態的だ。規則正しく、規律正しく生活を送っている高校生なんて信じられない。
普通こんな時間に志摩は起きない。
だが今日はなんだか眠れなくて、こうして朝が来るまで歩いている。
足は特に目的もなく歩き出す。
物音は自分の足音以外しない。町はまだ眠ったままだ。
街頭がぼんやりと歩く道を照らす。
分かれ道に差し掛かる。
右に行けば、遠回りだけど寮に戻る道。
左の道をこのまま行くと、旧男子寮が見えてくる。
どちらにいこうか。
志摩は少し考える。この時間だと、あの兄弟も寝ているはずだ。
そもそも会いに行きたいわけでもない。
なんとなく眠れなくて、なんとなく歩いて、なんとなく旧男子寮に行く。
志摩のスタンスは適当だ。
気が向いたし男子寮に向かうかなぁ、うん。そうしよ。
志摩は特に何も考えずに左の道を選んで歩いた。
道を歩いていると、紅い点々が散っているのが見えた。
先に進めば進むほど、点々は多く道にこびり付いている。
しゃがんで見てみる。
街頭の薄暗い光だけではわかりにくいが、これは。
「・・・血、やろうか」
身震いして、方向転換。この学園は中級以上の悪魔は入れない。
だが、それ以下の悪魔は入れるわけだ。
いくらレベルが低いとはいえ、悪魔に遭遇したくは無い。
もし悪魔じゃなかったとしても、こんな血が続く先にいる人間にも
遭遇したくは無い。
殺人鬼とかやったらどうしよ。
志摩は来た道を帰ろうとした。
でも、一度だけ振り返ってしまった。
それがいけなかったのかもしれない。
血が続く茂みの向こう。
人の足が見えた。
誰かいる。
振り返るんじゃなかったなぁ。
でも見てしまった以上は放っておけない。
「・・・・」
緊張した面持ちで、志摩は茂みに近づく。
街頭は茂みの暗闇までは照らしてくれない。
この距離では見えない。
足音を立てないように気をつけ、そっと茂みを覗いた。
風が吹く。
空にかかっていた雲が動いたのか、月明りがうっすらと茂みを照らした。
木に寄りかかる人物。
正十字学園の学生服が見えた。
そんな、嘘だろう。
「ちょ、大丈夫なん奥村君!?」
志摩は茂みをかき分けて、燐に声をかける。
燐の制服には黒い影がこびり付いている。
暗くてよく見えないが血だろうか。
こんなにたくさん。
「・・・志摩か」
「奥村君、なんでこんな・・・」
肩から下。斜めに切り裂かれている。
どうみても重傷だ。ここで止血くらいはできるだろうか。
志摩は燐の上着をはだけさせた。
傷ひとつなかった。
燐はおっくうそうに志摩の手を払う。
ぱしんとした乾いた音が響いた。
「・・・悪い」
「ううん、ええよ」
傷は治るのだ。奥村燐は悪魔だから。
普通の人間とは違って重傷を負ってもすぐに治ってしまう。
手を払ったのはそんな自分を見て欲しくなかったからだろうか。
「奥村君」
「なんだ」
「誰にやられたん」
「あー、あれだ。大嫌いな白い男」
「白い男?」
「今聖騎士やってるやつ」
「・・・確か、アーサー=オーギュスト=エンジェル・・・?」
「うん、それ。あいつ事あるごとに俺に嫌がらせしてくんの。
それも、殺す寸前で止めるから毎回困ってんだよな」
殺さないのは上層部が燐を祓魔試験までは生かすという方針をとっているからだ。
燐の言葉を聞いて、志摩は腸が煮えくり返る想いがした。
アーサーには勿論。目の前で倒れる燐にもだ。
「なぁ。毎回って、これがはじめてじゃないん?」
「・・・あー、まぁそうだな」
「なんでなん」
「なにが?」
「奥村君のことやからどうせ誰にも言ってないんやろ。ひどいわ。初めて知った」
「・・・雪男にも言ってないしな」
言わないのは傷が治るからだろうか。
でも、あの弟は兄がこういう目にあっていると知ったらどうするだろう。
志摩は携帯電話を取り出した。
燐はそれを止める。
「連絡しないでくれ」
「なんで?納得いく言葉でいってくれな俺は止めんよ」
燐は志摩の瞳を見て言った。
「負けた・・・こんなかっこ悪い姿見せたくねーんだよ。
いつか、あいつに勝つまで俺は絶対に言いたくない」
お互いに目を逸らさなかった。
燐の目は本気だった。
志摩はため息をついて手の平をそっと上に上げた。
思いっきり燐の頬をブチ叩いた。
「いってええええええええええ!!」
「アホか!こんな怪我して変な意地はるな!!いくら俺でも怒るで奥村君!」
「もう怒ってんじゃねーか!!」
「当たり前やドアホ!!言うてやろー先生に言うてやろー」
「うわ、馬鹿やめろ!」
燐は志摩に飛び掛った、だが出血のせいで貧血なのだろう。
結果的には志摩に倒れ掛かっただけ。二人で地面に転がる羽目になった。
志摩の上に血まみれの燐がもたれかかる。
起き上がろうとするが、その前に志摩は燐の体に腕を回して固定する。
「なぁ、奥村君どうしても奥村先生に言いたくない?」
兄としての意地なのか。男としての意地なのか。
弟に心配をかけたくないのか。アーサーに勝ちたいからなのか。
ごちゃまぜになった想いが燐を捉えて離さない。
それでも。
「うん、俺は言いたくない」
「じゃあ俺と取引しよ、奥村君」
志摩は自分の上に乗る燐と目を合わせた。
「次、奥村君が怪我したら俺が迎えにいったる。
だから俺だけにはこのこと言って」
「やだ」
そうしたら、志摩に迷惑がかかる。
燐はそんな表情だ。
「じゃあ奥村先生に言うで」
「それは駄目だ」
煮え切らない燐の態度に腹が立って唇にキスしてやった。
燐は完全に油断していたのか唇が離れるまで大人しかった。
尻尾だけが動揺してかパタパタと揺れている。
そういえば悪魔との契約は身体的接触によって成り立つって
授業で言っていた気がする。
「うん、取引成立やで奥村君」
よしよしと燐の頭を撫でた。燐は不服そうだ。
「なんだよ従わないと雪男に言うぞってことだろ。ただの脅しじゃねーか」
「ええやん。奥村君だって動けんまま朝を迎えたくないやろ」
「それはそうだけどさ」
志摩は燐を背中に負ぶって歩き出す。
出血が酷くて貧血で動けない身体。なんだか酷く軽い気がする。
空を見上げたら、朝日が昇ろうとしていた。
「眠いわー、なんか今日授業受けれる気せぇへん」
「俺にかまうからだろーが」
夜一人で散歩した道を夜明けには二人で歩くことになった。
眠れない夜を歩いたら、傷だらけの同級生を拾った。
そいつは意地っ張りで、一人ぼっちで動けなくなっていた。
このことを誰にも言いたくないというならいいだろう。
今度から俺が迎えにいってやる。
相手が意地を張るなら、こっちだって意地を貫き通してやる。
そうして思い知らせてやるのだ。
君が傷ついて心配する人間が弟以外にいるということに。
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