青祓のネタ庫
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「この豆腐ハンバーグ最高ですね。
大根おろしの甘辛さと醤油が相まって私の舌を絡め取る!
ああ、このつくねのお吸物は薄味ですが上品な香りとコクのある鳥の味がたまらない。
サラダにかかっているソースって手作りですか?やりますね。
市販のものとは全く違う!
これ製産ラインに乗せたら主婦にバカ受けすること間違いなし!
あ、すみません。ごはん追加」
「・・・へいへい」
燐はメフィストから空の茶碗を受け取り、しゃもじでご飯をよそった。
茶碗の端にご飯を擦りつける邪道なことはせず、上にほっこりと盛り上げて渡す。
ご飯の香りと湯気が鼻孔をくすぐり、メフィストのお腹がまたうなる。
「ごはんのよそい方一つとっても、貴方完璧ですよね」
「あったりまえだろ!」
「料理は誉められますけど。その他が足りなさすぎですけどね。
主に学力・頭脳・頭の部分が」
「んだとゴラァ!おかわり打ち止めすんぞ!」
「ほほーう?いいんですか?おこづかいいらないんですか?」
「う・・・卑怯だぞ!」
「誉め言葉ですね」
燐はエプロンを握りしめて訴えたが、メフィストは食事に夢中になっている。
ため息をついて、メフィストが食べ終わった食器を片づけた。
ここは理事長室。
メフィストが住むだけあって無駄に豪華な絨毯やカーテンが敷き詰められている。
食器を落としたら大変だ。燐は想像をしてぞっとした。
そうなればきっと弁償だなんだと言われて、
無理難題をふっかけられるに決まっている。
現に今もメッフィーランドのメフィスト像の首を飛ばしたのが燐であることがバレて、
こうして弁償の代わりにメフィストの給仕をさせられている。
給仕をすること事態はある程度納得している。
だが、当初はメフィストが「満足するまで」給仕をしろと言ってきたことについてはおおいに反論した。
満足したかしてないかなんて曖昧な基準では、
どうせ難癖付けてずるずると長時間労働させられるに決まっている。
珍しく気づいた不利な状況を正すため、燐は散々訴え続けた。
そして、メフィストもある程度の妥協を許したのだ。
最終的な契約はこうだ。食事の用意をし、
メフィストに「ごちそうさま」を言わせれば終了。
当初の「満足するまで」と似たようなものだと思われるかもしれないが。
燐には小さな頃から藤本から言われ続けた言葉がある。
「燐、雪男。食べ終わったらちゃんと感謝の意味を込めて「ごちそうさま」を言うんだそ!」
食事の基本。いただきます。とごちそうさま。
口を酸っぱくして躾られてきたので、
燐も雪男も食事に関してのマナーはきっちりと守っている。
つまり、そのマナーを守らなければ
燐はいくらでもメフィストの給仕をやらされることになるのだが、
本人は露ほども気づいていない。
「いただきます」と「ごちそうさま」を言わないなんてことは
燐の中では考えられなかったからだ。
「奥村君、そこの卵焼き取ってください」
「へいへい」
「ついでにアーンして食べさせてください」
「誰がするか」
「冗談です」
「に聞こえねーよ・・・」
がっくりと燐は肩を落とす。料理を作ることは疲れないが、
メフィストとの会話が疲れるのだ。
燐はいい加減部屋に戻りたかった。
こういうことには口やかましい雪男にはさっさと任務を与えて
燐の側から離れさせている辺り、恐ろしい男だ。
「うう、肝心な時にいねぇんだからよ・・・」
「おや?奥村先生が恋しくなりました?」
「違ぇよ!っていうか、早く帰らせてくれよ」
「何か用事でも?」
「お前と一緒にいるのがイヤだ」
「なんともつれない返事だ。あ、デザートは?」
「・・・」
「べーんしょう!べーんしょう!」
「うっせーな!わかったよ!!」
燐はエプロンを翻して、理事長室に備え付けのキッチンに向かった。
冷蔵庫の扉を開き、中を探る。
料理の時に一緒に作ったプリンを冷蔵庫で冷やしておいた。
これを与えれば大人しくなるだろう。そしてさっさと帰りたい。
ここにいればまたメフィストの玩具になる理由を増やすだけだ。
しかし、取り出そうとしたトレイがやけに軽いことに気づく。
「・・・中身がない」
「おやつに頂きました☆」
「てめぇえええ!」
「さーてデザートがないですねぇ。これでは食事の締めにならない。つまり食事が終わらない。どうしましょう?」
「お前のせいだろ!」
「でざーと、でざーと!」
「あー、もうちょっと待ってろ!」
確かに食後のデザートまで揃えてこそ真の意味での食事の終わり。
ごちそうさまを言ってもらえるまで燐は決して妥協をしない。
しかし冷蔵庫の中身を見ても果物もないし、菓子づくりに必要なチョコの類もない。
団子でも作ろうかと思ったが、白玉粉もない。
簡易キッチンにあるものを、全力でメインに使ってしまったのは失敗だったか。
燐は頭をフル回転させる。
そして、戸棚の中の砂糖を手に取った。
「ほらよ」
「おや?これは・・・」
目の前に置かれたのは皿に載った黄金色の星だ。
メフィストはそれを一つ取ると、口の中に含んだ。
甘い。舌で転がして、がりっとかみ砕く。
「べっこう飴ですか?」
「おう、砂糖と水で作れるデザートっつたらこれだな」
実の所メフィストは燐を部屋に帰す気など最初からなかった。
だからこそ冷蔵庫にあるプリンを食べたのだ。
もちろん、食材も最小限のものしかおいてなかったのも業とだ。
デザートがないと駄々をこねれば契約を続行させることも可能だと踏んでいた。
律儀な燐は契約をふいにしたりは決してしない。
このままいけば、メフィストの計画通りになるはずだった。
しかし予想に反して、燐はメフィストの要望通りにデザートを用意してみせた。
形が星型になっているのも工夫があっていい。
きっと台所にあったクッキーの型に流し込んで成形したのだろう。
星形の飴を割らないまま取り出すなんて、やはり彼の腕は確かだ。
「・・・なんというか貴方はいつも予想を裏切ってくれますよね」
「なんだよそれ」
「誉めているんです。これ、美味しいですよ」
「それならいいけどよ」
メフィストは一つ二つと飴を口に放り込む。
その様子を見て満足したのか、燐はキッチンの片づけを始めた。
鍋に水を溜めて、その水を使いつつ皿を洗う。しかし、すすぐのはきちんと綺麗な水で。
節水の仕方も洗い方も完璧だ。片づけまでしてこそ、真の料理人。
最後の飴を口に含んで、メフィストは燐の後ろ姿を眺めた。
学生服に、エプロンをつけて炊事をする姿。
その隙間から黒い悪魔のしっぽがゆらゆらと動いている。
ふと、メフィストは思った。あのしっぽさえなければ、悪魔としての覚醒がなければ。
彼は今頃「普通」の人間変わらない人生を歩んだのだろうか、と。
そして藤本が望んでいたのは、彼のそういう人生だったのだろう。
悪魔もない、魔神もない。
だだ普通の人生。今はもう望めないけれど。
がりっと飴を噛んで、メフィストは燐の後ろに立った。
振り向こうとする燐を止めて、背後から耳元に囁いた。
「美味しかったですよ」
「そうか?」
「ええ」
「味付けはじじいに教わったのもあるんだぜ」
「そうですか」
声の感じが嬉しそうだ。
「まぁきっと。これが俺と雪男の家族の味ってやつなんだろうな」
燐の言葉を聞いて、ある衝動が生まれた。
その衝動のままに警戒心のない燐の首にそのまま噛みついた。
「いてぇえええ!!」
暴れる燐の体を抱いて、皮膚に牙を突き立てた。
がり、と飴を噛むような音がして咥内に血の味が広がる。
べっこう飴のような、甘い味。
腹の底を燃やすような、熱い熱い熱を含んだ血液。
彼の血はこんなにも喉を潤すものなのか。
知らなかった。
そのままごくりと飲み込んで、味わうように首を舐めて離れた。
「デザート、美味しかったですよ。ごちそうさまでした。奥村燐くん」
燐は首を押さえて、信じられねぇ!と叫んで部屋を出ていった。
片付けはちゃんと終わらせている辺り流石だ。
そうして思わず言った一言に、気づく。
「残念。契約は終了ですね」
唇についた血を舌で舐めとって、先ほど燐が言った言葉を思い出す。
手料理を味わうのとはまた違う。
末の弟燐の血の味は、甘くメフィストの喉を潤した。
「そういえば。これも家族の味・・・ですかね?」
ああ癖になりそうだ。
藤本が望んだ普通の人間とは違う。
悪魔の食卓にふさわしい味だった。
好きだよ、と言われたのはいつの頃からだったか今はもう思い出せない。ただ、最初。
俺は悪魔みたいだって嫌われていて、誰も俺のそばに近寄らなかった。
それは仕方のないことだって思ってた。
俺は、ひとりの方がいいのかもしれない。
そう思って一人でブランコに座っていると、夕方になっても帰らない俺を心配してか雪男が迎えに来てくれた。
「帰ろう、父さんもみんなも待ってるよ」
僕、おなか空いた。兄さんのごはんが食べたいな。
顔をあげて、雪男の顔をみる。
俺に笑いかけてくれる、俺の家族。
そうして、何気なく言われた言葉。
僕、兄さんのこと好きだよ。
そうあいつは言ってくれた。
俺はそれがすごく嬉しくて。
俺はそれに甘えていたのかもしれない。
「好きって言われるの嫌いなの?」
雪男はベットに座る燐に話しかけた。
目の前に座る兄はさっきまで笑いながらマンガを読んでいたのに、今は俯いて表情が見えない。
「・・・んなことねーよ。なんでそう思うんだ?」
「いや、だって僕がさっき「好き」って言ってから。なんだか顔色悪いから」
「ば、お前。恥ずかしくねーのかよ」
「恥ずかしくはないかな。照れてるの?」
「うっせーな」
燐は雪男から表情を隠すようにそっぽを向いた。
照れているだけか。そう思って、制作途中だったプリントを作成する為にパソコン画面に目を向ける。
画面に映った自分の顔は、少し赤い。
まずいな、照れられるとこっちが恥ずかしいじゃないか。
雪男は動揺を隠すようにメガネを上げた。
なんてことはない会話だった。
好きな奴はいるか。と質問されて。
逆に兄に質問した。
「兄さんはいるの?」
「俺が先に聞いたんだろ」
「僕は・・・、まぁ」
「なんだよ。いるのか」
にやにやしながら、聞いてくるその顔。
まさしく悪魔みたいだ。
「別に僕のことなんて良いだろ!」
「いーや、弟の春を祝わない兄はいない!で、誰!?」
「しつこい!」
「いーじゃん!」
そうして、嘘をつかない程度の切り替えし方を思いついた。
「たった一人の家族、だし。兄さんのことは好きだよ」
なんちゃって。とか言おうかと思ったけど。
いえなかった。だって僕は本心から兄さんのことが好きだった。
告白なんてできないから、せめてそれくらい言ってもいいだろう。
家族という言葉にカモフラージュされた好きという言葉。
それを聞いて、兄の顔は曇った。
だから、動揺を押し隠して聞いた。
自分に好きと言われるのは嫌いなのかと。
もしかしたら、隠している気持ちに気づかれたのかと。
そう思った。
でも、心配は杞憂に終わる。
「まぁ、俺も兄ちゃんだからお前のことは大切に思ってるぜ」
そう言って兄は、部屋を出ていこうとした。
どこにいくの、と聞いても「外」とだけ答える声。
閉まる扉。
足早に去っていく兄の姿。
雪男はため息をついて、メガネを上げた。
燐が悪魔として目覚めてから、どことなく距離を感じるようになったのは気のせいだろうか。
照れているだけならいい。
でも、そうじゃなかったら。
そう思うと心は不安でいっぱいになる。
「兄さん」
家族だからとか、兄だからとか。
そんなのじゃないんだ。
「僕は、兄さんのこと好きだよ」
悪魔だったとしても。
だれよりも優しいことを知っている。
周囲の人間がいくら兄さんを嫌っていても。
僕は、好きだよ。
その言葉を伝えたい。
でも、もう一人の雪男はその言葉を絶対に言ってはいけないことを知っている。
だから、雪男は去っていく燐を一度も追ったりはしなかった。
燐は、学生寮の一番下のトイレに駆け込んだ。
そこで、蛇口をひねって水を流す。
こみ上げてくる、不快感。
「・・・げほ・・・ッ」
口から血を吐いた。
吐いた血は、水の流れに沿って消えていく。
何度か繰り返すうちに、呼吸も落ち着いてくる。
手のひらを見れば、吐き気を押さえた時についた血がやけに鮮やかにこびりついている。
手を洗って、血を流す。
顔も血のにおいがしなくなるまで洗った。
水を止めて、鏡を見る。
多少顔色は悪いが、すぐに元に戻るだろう。
はぁとため息をついて、燐は俯いた。
いつからこうなってしまったんだろう。
思い返せば、人間だった時にこんなことは起こらなかった。
もしかしたら悪魔特有の病気なのかもしれない。
今のところ誰にもバレてはいないが、それも時間の問題だろう。
雪男と話していると、こみ上げてくる不快感を消せない。
だから、逃げるようになった。
必然的に、雪男と距離ができてしまうのも仕方がなかった。
「・・・この力に目覚めてから、あいつと離れるばっかりだ」
先を歩いていく雪男に近づけない。
そんな思いがストレスにでもなっているのだろうか。
こうなったら、メフィストにでも相談して部屋を変えてもらおうか。
そうなると、たぶん雪男が新しい男子寮に引っ越して、旧男子寮にはクロと二人きりで暮らすことになるだろうけど。
そうなったほうが、いいのかもしれない。
このことが雪男に知られたらきっとすごくショックを受ける。
ただでさえ心配をかけているのに、これ以上かけたら雪男の頭に白髪でも生えてきそうだ。
白髪になった雪男を想像して、思わず笑った。
まだ、俺は笑える。
きっと、大丈夫だろう。
そうして、トイレを出た。
目の前に、廊下の壁に背を預ける志摩がいた。
思わず、足が止まる。
志摩の表情は暗い。
「え、お前なんでここにいんだよ」
純粋に驚いた。
一般の生徒は旧男子寮には近づかない。
志摩は新しい男子寮に住んでいる。
そこから、旧男子寮までは結構距離があるのに。
「いや・・・俺、奥村先生に渡すプリント持ってきてんけど。
部屋が何号室やったか覚えてなくてなぁ。困ってたところに奥村君おったから、聞こ思てな」
だから、トイレの前にいたわけか。
心臓が脈打つのがわかったけど、落ち着け。
自分に言い聞かせた。
きっと、気づいていないはずだ。
「なんだ、そんなことかよ。俺たちの部屋602号室だよ。俺部屋戻るし一緒にいこうぜ」
背を向けて、階段にいこうとした。
志摩が、燐の手を掴む。
「奥村君、なんかついてるで」
くるりと体を反転させられる。
向かい合わせになって、唇の端を触られた。
「ああ、昼に食べたのりでもついてたか?」
「いや、これ・・・」
志摩が、指の先を見た。
燐からしたらなにもついていないように思えたけれど。
「なぁ、血やでこれ。もしかして先生と喧嘩でもしたん?」
言われて、凍り付いた。
急いで、口を拭く。袖口には確かに血がこびり付いた。
心臓が嵐のように音を立てている。
大丈夫だ、誤魔化せる。落ち着け。
「雪男とじゃねーよ、ちょっと色々あって・・・」
言おうとして、口からこみ上げてくるものがあった。
まずい、落ち着いたと思ったのに。咄嗟に口を押さえた。
志摩は怪訝そうな顔を向けてくるが、答えれそうにもない。
口を開けば、ここで吐いてしまう。
だが、喉からせり上がってくる鉄錆の味は我慢できそうもなかった。
口元を押さえた手から、紅い筋が零れ落ちてくる。
その光景に志摩の顔が青ざめる。
「奥村君!どうしたん!?」
志摩が肩を掴んだ、そのままトイレの洗面台へ連れて行かれる。
そこで俺はようやく血を吐き出した。
「・・・げほ・・・ッ・・・」
「この血の量はおかしいわ・・・」
洗面台を盛大に汚した血を、志摩は青ざめたまま見つめた。
燐は蛇口を捻って血を流そうとしたが、志摩に止められる。
「あかん、これこのままにしとこ。そんで、奥村先生に言おう。
どれだけ血を吐いたんかとか確認する意味でも残しといた方がええ」
志摩の目は真剣だった。
確かに、状態確認は治療の基本だ。
このまま残して、治療する者に確認してもらうのがいいだろう。
だが、その役目が雪男だというなら話は別だ。
「・・・じゃあ流すわ」
「あー!!」
燐は蛇口を捻って、血を洗い流した。
志摩が止める暇もなく、あっという間に流れていった。
燐は、口元をゆすいで口を拭う。
目の前の鏡で確認したが、血はついていなかった。
次からはちゃんと細かく確認しよう。そう考えて横を見る。
鏡の横で不機嫌そうな顔を向ける志摩と目があった。
「・・・納得いかへん」
「いいだろ、別に」
「よくない」
「俺はいいの」
「それで、秘密にするつもりなん?」
「大丈夫だって、俺すぐ治るし!心配性だよなぁ」
明るく言ったけど、志摩は怒ったように言い返す。
「治るからいいってもんでもないやろ!
奥村君の様子を見ると、なんか慣れとるように見えるわ。
今回だけやない。もしかして、今までもあったんとちゃうんか」
鏡ごしに会話をする。
志摩の瞳は真剣で、泣きそうに見えた。
それは、雪男が俺に向ける瞳と同じ。
ああ。だから、俺は知られたくなんかなかったんだ。
そんな瞳で俺を見る奴を増やしたくなんかなかったんだ。
俺のことを心配なんかしないでくれ。
言ったら、志摩は傷ついたように目を伏せた。
知られたくないやっかいなことは。
本当に、知られたくない奴にほど知られるものだ。
「俺、奥村君のこと好きやのに。関係ないって遠ざけるんや」
「・・・え」
好き、と言われて驚いた。
同時に、雪男に言われて感じたような不快感はない。
そうして俺は、自分が何の言葉に反応しているのかを悟ってしまった。
「・・・これ・・・って・・・」
「奥村君、あかんよ。病院行こう。見てもらおう。なぁお願いや」
志摩の泣きそうな声。言われた言葉。
雪男と同じで、でも違う。
認めたくなかったけど。
もしかして、これは。
「なぁ、お前詠唱騎士目指してた・・・よな」
「え、いきなり何言うて・・・」
「もう一回、さっきの言葉言ってくれ」
振り返らないまま、志摩に体を預けた。
鏡越しで見る志摩の顔色が悪い。
詠唱騎士、そして言葉。
考えられる要素はあった。
「俺、奥村君のこと好きやで」
何も起きなかった。
これではっきりした。
「なぁ志摩。俺の致死節わかっちまったわ」
俺の死は。
俺が『好きな奴』から贈られる『好き』っていう言葉だったんだ。
潮のにおいと、汗のにおい。
茹だるような暑さがすぎて、夜の風が肌を撫でる。
慣れた寮のベットの感触ではなく、畳の肌触りで目が覚めた。
どうやら、布団からはみ出していたらしい。
起きあがって、部屋をみた。
そばに、あたたかい感触。
畳と、布団と、隣に眠る祓魔塾のクラスメイト。
奥村燐。
ぎょっとして、周囲を見回した。
窓の外には海が見える。
夜の海は月明かりに照らされて、静かな波音を立てている。
そうして、ようやく思い出した。
そうか、ここは正十字学園じゃない。
今回、講師の先生の手伝いの為に海まできたのだ。
海の悪魔、クラーケンが現れた事件が解決して、明日には学園に帰るところだ。
人騒がせな魔物だったが、実害もなく少年の父も帰ってきた。
退治はできなかったが、こういう終わりがあってもいいだろう。
クラーケンは、遭難した少年の父を送ってくれた。
そう考えると悪魔も悪い奴ばかりではないのかもしれない。
寝ぼけた頭をかいて、隣に眠る燐を見る。
なぜ人の布団に侵攻してくるのか。
侵入者の頬をつつくと、その指から逃げるようにごろりと転がった。
よりにもよって、志摩の方に。
追い出された。寝るスペースが完全になくなった。
近寄ろうとすると、彼は足を振りあげて大の字になった。
「寝相悪すぎやで・・・奥村君」
奥村燐の侵攻を避ける為、体が無意識に布団から逃げたのか。
おかげで、頬やら腕に畳の痕がついてしまったじゃないか。
寝る燐の体を押して、布団の半分まで寄せた。
その半分空いたスペースに寝転がる。
足下には燐の布団があったけど、そこまで運ぶ気にはなれなかった。
めんどくさかったから。
右耳から、寝息が。左耳から波の音が聞こえる。
寝ようと思って目を閉じたら、よけいに気になった。
昼間、志摩と元気に呼ぶ声が、今は密やかに呼吸するだけの音を出す。
呼吸音が聞こえる方に、体を向けた。
向かい合わせになった。
かすかに香る潮の香り。
目の前で眠る、燐から香る汗のにおい。
それが混じって、志摩の感覚を刺激した。
「・・・たまってるんかなぁ」
額を合わせた。
暑いせいか、彼の肌も熱い。
目の前にある顔は、非常に綺麗だ。
男だけど、そう思う。
黒髪に、今は見えない青い瞳もいい。
弟の雪男はモテるから羨ましいと昼間にグチっていたけれど、
彼も十分モテるだろうに。
ふと、眠る燐のズボンに足をかけた。
そういえば、今回泳ぎに来ていたのに自分達は一度も海に出れなかった。
彼の海パンは何色だったのだろう。
中学の時の名前入りのスクール水着だったら、からかってやろうと思っていた。
それができなかったので、今ここでズボンをずらして朝まで放置してやろうか。
足の指が、燐のズボンに掛かる。
足の間に、足を突っ込んでやった。
ぐい、と敏感な部分に足を当てられて、寝ている彼は眉を顰めた。
面白かった。
だけど、むずがるような仕草を見せたので、慌てて足を抜いて狸寝入りする。
彼は起きない。よかった。
犯人は志摩だとばれてはいけない。
これはあくまで彼自身の寝相が生み出したものとして処理しなければ、からかえないではないか。
目を開けて、様子を伺う。
起きる気配はなかったけど、足を閉じて。なおかつ曲げてガードしてしまっていた。
これでは、ズボンに手が、というか足が出せない。
ち、おしい。寝ているのにガードが堅い。
気を取り直して、今度は彼の黒髪に触った。
夜の闇の中、隣に眠るクラスメイト。
夢なのか現実なのか。
寝ぼけた頭では、はっきり区別がつきにくい。
もう一度、彼の髪に触れる。
ふいに、彼が笑った。
「 」
彼の唇から、声が漏れる。
志摩は、衝動的にその唇を塞いだ。
顔を押さえて、触れて空いた隙間から舌をねじ込んだ。
それ以上の言葉を漏らさないように。
「奥村君」
「・・・ぁ」
「奥村君」
「ん・・・」
「奥村君」
はぁと、息をついで彼を見た。
起きる気配はない。
そのままごろんと背を向けて、寝る体勢を取る。
背中から聞こえる、先ほどとは違う寝息。
乱れた息を無意識に整えているのか。
「・・・ん」
彼の声が、艶を帯びる。
それにほくそ笑んで、目を閉じた。
衝動的なイタズラは、彼の記憶には残らない。
そしてこのまま寝たら、自分もそうなる気がした。
潮の香りと、汗の香り。
波の音と、彼の寝息。
夜と朝の間の時間に、彼の息を奪った。
彼の口から、漏れる言葉止める為に。
手で口を塞ぐこともできたけど。
それをしなかったのは。
「ただの・・・気まぐれ、や」
背後から、声が聞こえた。
彼の弟の名前を呼ぶ声が。
その言葉を、志摩は聞かなかったことにした。
そうしてもう一度、目を閉じる。
ズボンのガードが固くて、キスしても起きない。
あげく、呼ぶ名があった。
「なぁ、もしかして。先生にも俺みたいな悪戯されたん?」
返事は無い。
だから、今夜のことは夢だろう。
目が覚めたら、朝になっていればいいと思った。
そうして、何食わぬ顔で彼に言うのだ。
「奥村君、寝相悪いなぁ」
悪戯の仕返しの様に、背中を蹴られた。
やっぱり、彼の寝相は最悪だ。
急に降り出した雨を避けるため、寮の入り口で雨宿りをした。
ふと視線をあげると、どしゃぶりの雨の中をこちらに向かって走ってくる姿。
さっきまでの自分と同じ。
彼は、こちらに気がつくと驚いた表情をした。
「志摩、なんでここにいるんだ?」
びしょ濡れのシャツから透ける肌色。
いつも跳ねてる髪も、肌にまとわりついていて。
「雨のせいやな」
思ったことを口には出さず、それだけ言った。
燐は、扉を開けるとその中に志摩を招き入れた。
ここは、旧男子寮。雪男と燐が二人だけで住む古びた建物だ。
以前、合宿できたことがあったけど相変わらず埃っぽい。
人が住んでいるとはいえ、この大きな建物を二人だけで管理するのは無理だろう。
二人のいない部屋や廊下は必然的に廃れていく。
「足とか濡れてるけど、この際いいだろ」
「しゃーないやんな。おじゃましまーす」
廊下を濡れた靴のまま歩いた。
志摩は階段をあがろうとしたが、燐だけが方向転換してそのまま廊下を歩いていく。
「どこいくん奥村君?」
てっきり志摩はこのまま燐の住む602号室に招かれるのだろうと思っていた。
タオルの一枚でも借りれれば、あとは雨があがるのを待つなりしようと。
しかし、燐はそうではなかったらしい。
「え、風呂入りにいくんだけど」
風呂。そうか、このまま直行のコースか。
じゃあ自分はどうしよう。このまま燐が出てくるのを待っていようか。
でも、それじゃあこっちが風邪を引く。
立ち止まる志摩にじれたのか、燐が志摩の手を引っ張った。
そのまま廊下を歩き出す。
「え、あれ。どこいくん奥村君?」
「さっきも言っただろ、風呂いくんだよ」
「俺も一緒に?」
「当たり前だろ。風邪引くぞ」
言われて、くしゃみをひとつした。
燐はほらな、とつぶやく。
「確かに、このままやと熱出そうやわ」
「だろ。遠慮すんなよ」
「うわぁ・・・ええんかなあ」
「かまわねーよ。どうせ雪男と二人しかはいらねーんだ」
と、いうか。その雪男が怖いからこうして聞いているんだけれど。
志摩は言うに言えない言葉を飲み込んだ。
「今日、奥村先生は?」
「任務で遅くなるんだってよ。さっきメール来てた」
これは雨が巡り会わせた奇跡の時間だろうか。
志摩は動揺を隠せない。
奥村君と一緒にお風呂。
敵は不在。これはチャンスじゃないだろうか。
しかも、相手は自分の心配をしてくれている。
これは脈ありと考えてもよさそうだ。
「奥村君ありがとう。雨宿りついでにお風呂まで」
「気にすんな。それに、このまま部屋入ると確実に雪男に怒られるんだよ」
訂正。自分に対しての心配というより、弟の怒りの方が怖い割合が大きい。
望みは若干。薄そうだ。
多少のがっかり感を胸に秘めて。濡れたまま、風呂場に向かった。
「あー、気持ちいい」
「だなぁ・・・」
熱いお湯が冷えた体を癒してくれる。
志摩と燐は大浴場の湯船に隣あって座っている。
熱い湯と煙が充満する浴槽。
隣には好きな子。
まさにこの世の春やんなぁ。
「なにぼさっとしてんだよ。のぼせたか?」
燐に、手でお湯をかけられた。
こちらをのぞき込む視線と、湯に浸かって赤くなった頬。
志摩は思わず、身を乗り出した。
顔が近づく、そう思ったとき。
「だあああ!いてぇ!」
「え」
身を乗り出したとき、浴槽の底に手をついた。
むぎゅっと何か芯のある柔らかいものを踏んだ感触。
不思議に思って、それを掴んで湯から引き上げた。
「だから触んなああ!!」
「え、あ。そうか。これ奥村君のしっぽか!」
相手は裸でこっちも裸。
ついでに悪魔の弱点であったことも頭から抜けていた。
「ごめん奥村く・・・」
「う・・・志摩、頼むから・・・離せ」
はぁと息を吐いて苦しそうに眉を寄せる。
それを見て、邪な思いが心に浮かぶ。
そうか、ここか。ここがええんか。
言ったら怒られそうだ。
このまましっぽをイジることも考えなかったわけではないが、怒られるのも嫌なので素直に従う。
志摩が手を離すとしっぽはちゃぷんと湯船に沈んでいった。
それから燐は急に大人しくなり、志摩から距離を置こうと浴槽の端に移動した。
弱点をイジられたことで警戒心が生まれたのだろうか。
だが、獲物を逃す志摩ではない。
父も、母に対するねばり強さで5男2女を成し遂げたと言っていた。
志摩もそれにならって移動する。
ぴったりと横に張り付くように。
「なんでついてくんだよ」
「偶然偶然」
笑う志摩を見て、燐はまた移動を始める。
今度は壁際まで移動して、そこに腰掛けた。
志摩も、その隣に平然と腰掛ける。
熱い湯に肩まで浸かって一息ついた。
燐は体でしっぽを隠して、志摩に対しての警戒心を忘れない。
「・・・なぁ。ここの風呂って広いよな」
「うん。新男子寮に比べれば狭いけど二人で使うには十分な広さやで」
「なんでお前隣にいんだよ」
「偶然」
「じゃねーだろ。二回も偶然で隣あわねーよ」
「じゃあ必然?」
そうなるべくしてなったのだ。そう、主に志摩がそうしたかったから。
ただそれだけのことだ。
燐は浴槽の角に移動して、落ち着いた。
行き止まりで、それ以上移動できなかったという理由もある。
志摩とは少し離れてて。でも近くには、いる距離。
志摩は燐の様子に苦笑する。
わかりやすくておもしろい。
目の前の湯から沸き立つ煙を追って、視線を天窓に向けた。
雨上がりの雲の隙間から、青い月が見える。
雨で暗くなっていたからわからなかったけど、もう宵の口に差し掛かっていたのか。
雨雲が去ったおかげか。今日は明るいなぁと思っていると。
灯りが消えた。
急に目の前が真っ暗になって、視線の先には明るい月。
そして、明かりのついた建物も見える。
たぶん、この寮だけ明かりが消えた。
「・・・停電?」
志摩は立ち上がって、燐のいた方向に足を進める。
途端、あたたかい肌が自分にぶつかる感触がした。
よろけた相手を支えるように、思わず腰を掴んでしまう。
そうして、その肌の感触を感じて。
そういえば自分たちは裸だったと思い出す。
「・・・なんかしっぽの生えた腰って新鮮やわぁ」
「おい、お前どさくさまぎれにどこ触ってんだ」
「奥村君に触ってんだ!」
「えばるな!」
暗闇に慣れない目でも、殴られれば火花が見えるのか。
燐にしたら抑え気味の力加減だったが、志摩にとっては十分痛かった。
「いたいー、ひどいわ奥村君」
「へ、変なとこ触るお前が悪いんだろ!」
「・・・へーぇ俺変なとこ触っとった?
ごめんなぁ。俺暗闇で目見えへんから。全然わからん」
目の前にいる相手が、また志摩と距離をとったのがわかった。
警戒されればされるほどちょっかいをかけたくなるこの衝動に、燐は気づかない。
志摩は暗闇の中に向けて、手をのばした。
「なぁ奥村君、俺なんも見えへんから。手、つないでくれへん?」
ひらひらと手を振れば、闇の中の相手が反応したのがわかった。
先ほどのこともあって。躊躇しているのか。
しかし、ちょっとよろけるように体を倒せば、支えるように反射的に握り返してくれた。
触れた手は冷たい。けど、心は熱くなった。
「お前、なにも見えてねーんだな」
「奥村君は見えてるん?」
「まぁな。昔から夜目は利いた方だし」
悪魔に覚醒してからは、夜の方が見えやすくなったらしい。
志摩にとっては暗闇でも燐にとっては薄暗闇程度のことなのかもしれない。
志摩は燐の優しさに甘えた。
暗闇で手を伸ばすものを、燐は絶対に見捨てない。
それが友達ならなおさらだ。
「しょーがねぇ。危ねぇから俺が掴んでてやるよ」
「おおきに」
手を引っ張られて、浴槽の縁までたどり着く。
燐が、先に浴槽から出たのがわかった。
志摩もそれに続く。
ぺたりぺたりと、ひんやりとしたタイルの感触が足裏にあたった。
風呂を出ようとしているのか。
確かに停電した風呂にいるのは危ない。
以前、合宿の時屍が出たのもこんな風に停電して。
しかも、風呂場で出現していた。
思い出して当時のぞっとた感覚が蘇る。
「なぁ奥村君。前ここで屍出たよな」
「そうだな」
「怖いわ・・・」
「いや、今は大ジョブだろ」
「怖いわぁ」
そう言って、さらに近づいた。
燐は先ほどと違って距離をとらない。
それに、志摩はつけこんでいる。
つないだ手を握り返せば、ちゃんと返してくれる。
例えその友達が、燐に対して邪なことを考えていたとしても。
燐はきっと志摩の手を離さない。
「なあ奥村く・・・」
志摩が行動を起こそうとしたとき、急に前に引っ張られた。
手をつないだ相手が倒れる。
顔に何かあたった。痛い。
しゃぼんの香りがした。
石鹸か。
石鹸、倒れる。
(え!奥村君せっけん踏んで転ぶとかどこのコントや!?)
暗闇に慣れていて、見えていたとしても。
本人のドジがあればこける。
当然、志摩も一緒にこけた。燐が手を離さなかったからだ。
「どわ!!!」
「いだー!!」
二人はもつれ合って、風呂場のタイルに転げ落ちる。
タイルは冷たくて、肌に触れる人肌が暖かい。
感触でわかった。
燐を下敷きにして、上にのしかかるように志摩が覆い被さっている。
そうまるで押し倒しているような体制。
「悪い志摩、こけた」
そう言って立とうとする燐を止めた。
肩を掴んで、向かい合わせになるようにする。
閉じた足の間に入るように。
「・・・志摩?怒ってんのか?」
燐から不安そうな声が聞こえた。
普通ならこけた瞬間に相手から文句が出るのに、
その相手は無言のまま燐の体を触ってくる。
どう対応していいのかわからなかった。
ふいに、顔に手が触れた。
志摩は暗闇で見えないはずなのに、燐と目を合わせるように顔を上げさせる。
視線が合った。
熱をもったその視線。
燐は、急に怖くなった。
以前のように屍に襲われた時のような恐怖。
自分のなにかを奪ってやろうという視線。
それを目の前の志摩から感じた。
「奥村君」
「ま、まて・・・志摩」
「タイルで体冷えたやろ」
冷たい手のひらが燐の体に触れた。
その温度差に体が反射を返す。
志摩が笑った気がした。
「なぁ奥村君。もっと、ここであったまらん?」
吐息が近づく。
燐は目を閉じた。
目の前が真っ暗になった。
合わせて、声が聞こえてきた。
ぴんぽんぱんぽーん
「えー、兄さん。兄さん。どこかにいたら至急602号室まで帰ってきてください。
今、帰ったよー。食堂にいるなら、今日のおかずは鮎の塩焼きがいいです」
ぴんぽんぱんぽーん
放送と同時に、電気がついた。
「うわー!目があああああ!!」
志摩が叫んだ。
自分たちの体制に気づいて、燐はさっと志摩の体の下から抜け出した。
急な明るさに慣れていないのか、志摩が目を痛そうにこすっている。
ほっとする自分がいた。
急な明るさにも、暗闇にも対応できる悪魔の眼の性能の良さに感謝した。
志摩は、さっきまでの体制を見てはいない。
暗闇で見えなかったはずだ。
あんな恥ずかしい格好見られたら生きていけない。
「電気ついたってことは、多分雪男が分電盤いじったんだろうな。
電気ついてよかった・・・」
9割の安心感と、残り一割の残念には蓋をして。
見てみない振りをする。志摩に対してそんな気持ちは断じてない。はず。
燐は、目をつむる志摩の手をひっぱった。
「ほら、風呂あがるぞ」
「あーごめん奥村君。俺まじ目が開かん、堪忍な」
「いいよ。さっきはこけて悪かったな。行くぞ。雪男帰って来ちまったし」
「・・・ほんま先生ってタイミング悪いわ。館内放送とかどないやねん」
「俺たちしかいないし。携帯繋がらない時とか、寮にいるときだけだけど、
俺も館内放送使ってるぞ?」
「はああ、そうですか・・・」
邪魔物は館内放送と共に。
せっかくいいとこまでいったのに、お預けだ。
光に慣れた目をあけると、脱衣所で着替えをしている燐の姿があった。
体についた湯をタオルで拭い。
下着をはいていく姿。
少し火照った体。
うむ、眼福だ。
一応、おいしいところは頂けたとしようか。
そうして、自分もタオルを使う。
背後で、燐がくしゃみをした。
「風邪?」
言った志摩もつられたように、くしゃみをする。
「お前もじゃね?さっき冷えたからかな」
そう言って、薄く桃色に染まった頬で笑った。
その笑顔に、どうしようもなく心がかき乱される。
「あかん。俺熱出そうや」
志摩の頬が赤くなった。
燐は風邪か?早く服着ろよ。という見当違いな返答をして
志摩の額に手をかざす。
たまらなくなって、抱きしめた。
「ぎゃああ!お前、濡れてんのに抱きつくな!」
「ごめん奥村君、そんなところも大好きやー!」
「何わけわかんねーこといってんだ馬鹿!ってかお前全裸全裸ああああ!!」
そのまま二人で、兄を探しにきた雪男が来るまでじゃれていた。
雨宿りをして、お風呂を借りた。
なんてことはない。たった数時間の遭遇だ。
だけど、その数時間の為に、寮の前でわざと雨宿りしたことは秘密。
そんな雨の日の出来事。
「夏には魔物が棲んでるわ」
「まもの?そんな気配ねーけど・・・」
きょとんとした顔で辺りを見回す燐に、隣に座っている志摩は苦笑した。
木陰のベンチに座って、二人は任務後の休憩をとっている所だ。
「ちゃうちゃう、前見てみ」
志摩に言われて、前を向く。
そこには先日衣替えをしたばかりの正十字学園の生徒達が歩く姿があった。
女生徒の服は、普段よりも露出が多くしかも暑さのせいかガードが緩い。
駆け足で走っていく女生徒のスカートの裾も、冬場よりは2センチは短い。
そう、あとちょっとイタズラな風が吹けば、
その裾がめくれるという期待をしたいくらいの絶妙の丈。
燐と志摩の視線は釘づけだ。
しかし、今は夏。そんな滅多なことで良い風は吹かない。
女生徒のスカートはガードされたまま、目の前を素通りしていった。
「・・・ああ。確かに」
「やろ。奥村君と俺ほんまに通じあってて感動するわ。
見えなくて残念・・・って奥村君も思てるやろ?」
「た、多分な」
燐は顔を背けた。心なしか顔が赤い。
「そっけない。本心みせあいっこしよー」
「お前が本心語ることなんかあんのかよ?」
「あるちゃう?多分」
志摩は、ベンチの背に頭を預けた。
木に宿る新緑が目に入る。
木の葉の隙間から太陽の光が透けて、綺麗だ。
目線をそのまま光の射し示す方向に向ける。
燐の顔に射す、夏の光。
小さな風が吹いて、木陰が揺れる。
その揺れにあわせて、光が揺れる。
その光に包まれる燐の姿。
「なんや、きらきらしてて綺麗やな」
思わず口をついて出た。
燐はまた不思議そうな顔をしてこちらを見る。
「今度はなんだ?」
「いや、奥村君から青い炎が出て、それがきらきらと・・・」
「え!?まじかよ!どこから出てた?!」
「・・・ごめん嘘や。びっくりした?」
「呼吸をするように嘘をつくな!」
「俺、嘘してないと息とうんこができへんねん」
「うんこはつかなくてもできるだろ」
「あ、呼吸のことは否定してくれへんの?」
「呼吸する嘘つきとはお前のことだ」
「それ、ただの嘘つきちゃう?」
「う、うるせーな!ビビらすなよ!」
「ごめん、そないに動揺するとは思わんくて」
燐は頭や背中を叩いて、炎が出てないかを確認した。
その様子があまりにも鬼気迫るものだったので、
とっさにでた言葉とはいえ志摩も悪いことをした、と思った。
燐は炎に飲まれることを恐れている。
この炎に飲まれたら、自分が自分でいれなくなるのではないかという恐怖。
強すぎる力に苛まれていることは知っていたはずなのに。
志摩は、燐の肩を抱き寄せた。
「ごめんな、今の俺が悪かったわ」
「なんだよ急にしおらしくなって。つーか暑い。離れろ」
「イヤや」
「なんで」
「奥村君、もしも炎が出てて俺が傷ついたら嫌やなー思てるから俺は離れへん」
「志摩・・・」
燐は、人なつっこいが人とは距離を置く。
それは、その人を例えば自分の強すぎる力だったり、
炎だったりが傷つけないようにする為の予防線だ。
理由はわかるが、志摩はその予防線の外にはいたくなかった。
ぎゅうぎゅうしがみついてくる志摩に、燐は諦めて志摩の肩に頭を預けた。
心地よい風が、二人の間を通り抜ける。
暑さが、少し和らいだ。
「なんでわかったんだ」
「俺と奥村君は通じあってるしな。だからわかる」
「嘘くせーの」
「でも、嫌じゃないって思てる」
「ちょっと黙れ」
風がまた吹いて、木陰が揺れた。
木漏れ日が二人の体をきらきら照らす。
そうして、思った。
「なんか、きらきらしてて綺麗だな」
「さっき俺もそう思った」
「えー、本当か?」
「これはほんま」
肩に回していた手をはずして、手を握った。
風が通り抜けて、木陰は涼しいはずなのに。
また、体温があがっている気がする。
志摩は、燐の耳元で囁いた。
「奥村君、きらきらしてて綺麗やで」
途端、燐の顔に熱が籠もった。
視線を志摩からそらして、そわそわしている。
「暑さで、頭やられたか?」
「多分そうや」
志摩は、視線を燐の全てに向けた。
足の先は靴で覆われているけど、靴下はくるぶしまでの夏仕様。
暑さのせいか、制服のズボンをたくしあげているから足首が露出している。
膝、太股と視線をあげてそのままベルトを見た。
ベルトもしっかり閉めていないから、ちょっと触れば簡単にはずれそうだ。
上はシャツ一枚。ボタンは下2つを止めていない。
ズボンとシャツの間で肌色が少しだけ覗いている。
そのまま腹、胸と辿り、首もとに汗が伝うのが見えた。
そこに顔をよせて、汗をなめとる。
うわ、という色気のない声が聞こえた。
「しょっぱいな」
「い、いきなりなにすんだよ」
燐は離れようとするけど、そのまま体を強引に寄せて、ベンチの端まで追い立てた。
少し動けば落ちる。
そのことに気をとられれば、結果逃げるのが遅れる。
ベンチの端で、キスをした。
触れて、そっと離れて。また触れる。
そうして、燐の額にこつんと額を寄せた。
熱かった。
「なぁ奥村君。夏に魔物がおるって知ってた?」
囁いて、燐の腰に手を回す。
見つめた志摩の瞳に宿る、焔のような何か。
それを悟って、諦めた。
志摩の手に、燐の手が絡む。
「今、俺の目の前にいるよ」
暑さに狂った、夏の魔物がな。