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CAPCOON7

青祓のネタ庫

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そんな幻にキスをする


うん、そうだね。
ここからそう遠くない場所にあるんだ。
だから今回も早く終わると思うよ。


電車の中、睡魔に揺られていた男は声がした方向に視線を向けた。
今は昼間で通勤ラッシュの時刻はとうに過ぎている。

男は夜勤明けだった為、帰宅途中であった。
声を発したのもやはり男だった。
けれど全身黒ずくめで一目で普通の職には就いていない男だろうということが伺える。

電車の中で電話をするなど不謹慎な。

男はそう思ったが注意する勇気はなかった。
それでも男がどういう行動をしているのかは興味があった。
男の仕草を注視して、おかしなことに気づく。
黒ずくめの男は携帯電話を持ってはいなかった。

ならば、いったいどこに向かって話をしていたというのだろう。

男は背筋に冷たい汗をかく。
まともそうな人が一番やばいというパターンかもしれない。

男は怪しい黒ずくめの男の言動を見なかった振りをして瞼を閉じる。
夜勤明けのせいですぐにうとうと眠りの波がやってきた。

ちょうど次の駅に電車が着いたところで、黒ずくめの男は降りていった。
見送る背中には、赤い布で包まれた棒状の何かがあった。
高校時代、剣道部の友人が竹刀を入れた袋を背負っていた。
それに似ている。

剣道部の者が持つような健全な物にはとても見えなかったけれど。
その駅は寂れた、なにもない場所だ。

男はそんな物を持って、いったい何をしに降りたのだろう。

疑問は浮かぶが、赤の他人の行動に口を出すような暇人でもない。
気づいた少しの人に見送られ、黒ずくめの男は世の中の空白に消えていく。


***


「聖騎士の到着まで持ちこたえろ!なんとしてもここだけは死守するんだ!!」

祓魔師の男が叫ぶ。
深い深い森の中。悪魔との戦闘が続いていた。
魔神が祓われてから数年の後、悪魔は数を減らしてきている。

それでも祓魔師の仕事がなくなるかと言えばそうはならない。
悪魔のささやきは人をいつだって闇に落とす。

悪魔に取り憑かれた人は、祓
魔師の詠唱や攻撃を物ともせず深い森の奥から人里へと足を進めていた。
周囲の森は悪魔の放つ瘴気で腐り、枯れ落ちていく。
祓魔師達は手騎士の召還したサラマンダーで汚染された木々を燃やしていくが、
それも決定的な解決にはならない。

取り憑いている悪魔は腐の眷属のようだ。
無限に増殖する属性を持つ悪魔にはもっと、圧倒的な火力が必要となる。
部隊の指揮を取る部隊長は、無線で部下に指示を与えた。
悪魔を取り囲むようにサラマンダーの炎を敷くが、足止めは持って数分だろう。

指示を与えながら、部隊長はせき込んだ。わずかながら咳の中に血が混じり初めている。
人間にとって悪魔の瘴気は毒でしかない。

このままいけば、自分達は全滅だ。

なんとか部下だけでも逃がしてやりたいが、
一般人への被害を考えればここで引くわけにもいかない。

男が嫌な汗をかいていたところで、数十メートル先の林が一瞬で腐り落ちる光景が見えた。
悪魔がきたのだ。男は側にいた部下に後方に引くように指示を与える。
部下は部隊長を残して引くことに異を唱えたが一喝して退かせる。
火炎放射器を構えて、悪魔に向けて放つ。
悪魔はもうすぐそこまで来ていた。
ざくりと死の足音が聞こえる。だめか。部隊長が目を閉じる。


「敵を目の前にして目を閉じるなと教えたはずですよ、佐々木君」


よく通る、教師のような声が聞こえた。佐々木と呼ばれた部隊長は目を開ける。
目の前には赤い竹刀袋を背負った、祓魔師の男がいた。
涙が出る。ああ、自分はまだ生きていられるのだ。
一瞬の安堵の後に気を引き締める。


「奥村聖騎士、状況を報告致します」


佐々木は手短に悪魔の特性と作戦、部下の位置を伝える。
雪男は頷くと即座に最適な作戦を考え、銃弾を装填。
悪魔の進行を止めるように一発の弾丸を放った。
剣を背負っているが、使う武器は銃。
一見するとよくわからない戦闘スタイルだが、
聖騎士は全ての称号を取得したものがなる祓魔師の最高峰。

背中の剣も、銃が使えなくなった時の為の切り札なのだと噂されていた。
けれど、銃での戦闘で圧倒的な実力を誇っていた為、未だ剣を使うところを見た者はいない。


「これでいけるかな・・・ん?後方に気配?わかった」


雪男は独り言をつぶやくと佐々木に指示をとばし、その場から自身も離れる。
間髪入れずに悪魔の猛攻により地面が抉られ、
人間がその場に残っていればひとたまりもなかっただろう惨状が広がった。

佐々木は部下を周囲に全て集めると、雪男にそれを伝える。
よくできたと生徒を誉めるような言葉をかけると佐々木が苦笑いを浮かべた。

「いつまでも祓魔塾の生徒のような扱いはやめてくださいよ奥村先生」
「すまない、君は随分出来が悪かったからね。一人前になった今でもつい構ってしまうんだ」
「・・・もういいです、次はどうしますか」

聖騎士一人が戦闘に加わっただけで、
こんなにもモチベーションが違うものかと戦闘に加わった祓魔師は思った。

自分達は生きて帰れるのだという希望。
その希望は悪魔を祓う原動力となる。
あと一踏ん張りだ。雪男はそう声をかけると、青い銃弾を装填する。


「悪魔の位置は掴めた。
君たちには事後処理を頼むことになるから覚悟しておくように」


うげ、という言葉が思わず佐々木から漏れる。
雪男は苦笑しながらも行動にためらいはなかった。
銃口を悪魔がいる方向に向ける。
佐々木は同時に部下に声をかけた。
総員結界内に避難、自分の身を守れ。
全員が逃げたことを確認してから雪男は引き金を引く。


「兄さん、僕に力を」


銃弾が悪魔を貫いた瞬間に膨大な青い光が巻き起こる。
それは瞬く間に森の汚染された地域に広がっていった。
光は瘴気に当たると青い炎に変わっていく。
不思議なことに生きた木々に当たってもそれは燃え広がったりはしなかった。

汚染された地域には青い浄化の火を。
木々には穏やかな青い光を。

悪魔だけを燃やし分けるその力は、神の如き所行。

聖騎士の力を見たことがないもの達は、その圧倒的な力に歓喜の声を上げた。
人間である聖騎士がこのような力を持てるのか。
自分達と同じ存在がその力を持っているという事実に人は安心感を持つ。

そんな人々を雪男が冷めた瞳で見つめていることに、人は気づかない。


雪男は瘴気が消え去ったのを確認すると、挨拶もそこそこにその場を去ろうとした。
佐々木は慌てて雪男の背に声をかける。

「奥村聖騎士、お手を煩わせました」
「教え子が死ぬのは見たくないよ、
次はもっと地べたを這い蹲ってでも生き抜こうという気概を見せるように」
「すみません・・・先生、あと先生のお兄さんも。本当にありがとうございました」


深々と頭を下げる教え子は、この場にいない人の名前を呼んだ。


そうか、この子は知っていたんだった。
僕に兄がいたことを。


少しの間教え子と言葉を交わし、雪男は森を後にした。
程なくしてまた携帯に任務を告げるメールが届く。
今晩の休息の後、国外か。雪男はため息をついた。

けれどもそうも言っていられない。
今回のように聖騎士でなければ処理できない案件が山ほどあるのだ。
文句もいっていられないし、立ち止まってもいられない。
雪男には目的があるからだ。
背中の剣を背負い直すと、歩きだした。
背後から、声が聞こえてくる。


『ごめんな、雪男。俺重くないか?』


それは兄の声だった。
もう触れることもできない。
あたたかい体温を感じることもできない。
それでも雪男にそっと寄り添ってくれている、雪男のたった一人の兄。

「大丈夫だよ、むしろ軽いくらいさ」

片手では重く、背負うには軽すぎるその重さを。
雪男はいつだって背負ってきたのだから。


***


「兄さん、ねぇお願い目を開けて!」

雪男は倒れ込んだ燐を抱き起こして必死に声をかける。
燐の瞼はかろうじて開いているが、今にも閉じてしまいそうな薄さだ。
そして一度閉じてしまえばもう二度と目覚めないことも、雪男は本能でわかってしまっていた。

魔神を倒した代償に兄の命が失われる。

考えなかったわけじゃない。
でも、兄さんがあんまりにも大丈夫だって言うから。
僕はその言葉を信じてしまったんだ。
兄さんは僕との約束を破ったりしないと信じていたから。

雪男は大粒の涙を浮かべて、ぼろぼろと燐の頬に滴を落とす。
燐は雪男の涙を拭いてやろうと、頬にそっと手のひらを当てる。
冷たい手のひら。
青い炎の輝きも徐々に失われていっている。

「雪・・・男、ごめんな。最後まで泣かせちまって」
「なら、生きてよ。大丈夫だって言ってよ!」
「・・・なぁ俺がんばっただろ、神父さんの敵も討ったんだ・・・
神父さんと同じところにいけるかは、わからないけど。それでも」
「嫌だ!!いやだいやだ!行かせないよ!兄さんは絶対に、行かせない!!」

子供のように駄々をこねた。
こうやってわがままを言えば、燐はいつだって雪男の願いを叶えてくれた。

生きてよ、と訴えた。

でもその願いは叶わなかった。

燐が最期に少しだけ笑った。
お別れの挨拶にしようというのか。
瞼が閉じていく。


僕を置いていかないで。
一人にしないで。


「兄さん、僕と生きて!」


兄さんがもう会えない眠りに連れていかれてしまうくらいなら。

雪男は倶利伽羅を掴んだ。
それを本能のままに燐の胸に突き立てる。
青い炎がわき起こり、燐の体が燃えていく。

やめてくれ。

燐が叫ぶ。雪男は聞かなかった。
倶利伽羅と青い炎に苛まれる兄の体を抱いた。
抵抗を押し込めるように封印の呪文を口にして、唇を奪う。
炎の熱が、唇に伝わる。熱い。
まるで兄さんが生きているみたいだ。
身体と魂を切り離すように、雪男は呪文を続ける。
まるで、呪いのような言葉だった。


我が僕となりて、その身を封じん。
倶利伽羅よ、魂の依代となれ。


青い鬼火のような光が燐の体からそっと離れ、倶利伽羅の中に消える。
雪男はそれを見届けて、ゆっくりと鞘を閉じる。
もう二度と開かないように、厳重に札を巻いた。


燐の体はどこにもない。
あとには、ただ一人。
雪男だけが残された。


手のひらの中には、燐が最期まで握っていた倶利伽羅が残されている。


『雪男』


もういない兄の声が、倶利伽羅を通して聞こえてきた。
雪男は倶利伽羅を抱きしめる。

自分の目論見が成功したことに雪男は震えた。

本当ならこのまま見送ってやるべきだったのだ。
でもそれはできなかった。
どんな形でもいい、そばにいて欲しかった。


「ごめんね」


貴方を、見送ることはできないよ。

あきらめたように呟けば燐はもうなにも言わなかった。
言えなかったのかもしれない。
その日から、雪男の側には常に倶利伽羅がある。
青い炎を従える聖騎士として雪男は今日も戦い続けている。



***



休息の為に訪れた場所は、寂れたラブホテルだった。
森の奥深くで行われた任務の後だ。泊まれる場所は限られている。
一人で寝るには大きすぎるベッドは二人で寝ればちょうどいいサイズだ。

雪男は背負っていた倶利伽羅をそっとベッドの片側に寝かせる。
カーテンの閉められた窓を開けて、月の光を室内に入れる。
青白い月の光が倶利伽羅に宿ると、ぼんやりとした光が形をなしていった。

うっすらと透けるような肌をした燐が暗闇の中に現れる。

儚げな姿の燐はベッドにもたれ掛かるような体勢で雪男を見ていた。
現れた燐の姿に満足して、雪男は声をかける。

「シャワー浴びてくるから、ここにいて」

言われずとも燐はここから動くことができない。
それでも燐は雪男の言葉に黙って頷いた。
時間を持て余さないようにとつけられたテレビを静かに燐は見ている。
風呂場からはシャワーを浴びる音が聞こえてきた。
燐は手をリモコンに伸ばし、チャンネルを変えようと試みた。

けれどその手はするりと通り抜けて、リモコンに触れることはできない。

少しだけ悲しそうな顔をして、
燐は雪男の戻りをベッドに身を投げ出して待った。

ほどなくして部屋に戻ると、ベッドの上で瞼を閉じている燐の姿を雪男は見つける。
兄さんはここにいてくれる。
雪男はそっと燐の隣に寝そべると声をかけた。


「兄さん」


呼べば、燐は瞳をあける。
きらきらと輝く青い瞳の向こうは透けていた。
雪男はほほえむ。

「今日はありがとう」
『いいよ、お前のこと守れるなら俺のこと好きに使って』
「使うなんて言わないで、兄さんは僕に力を貸してくれているんだ。
きっといつか兄さんを元の姿に戻す方法が見つかるはずだから。僕、がんばるから」
『雪男、でも俺は・・・』
「言わないで、お願い」


雪男は透明な燐の唇に触れた。
温かい体温も、少しかさついた唇の感覚もなにもない。
あるのはただ、幻に触れた感触だけ。


そこには何もないのだと、思い知らされる。


それでも雪男は笑った。
寝かせた倶利伽羅の鞘に指を這わせる。
燐は雪男の指の感触を感じて、薄く声を漏らした。
顔がほんのりと赤い。きっと僕の指を感じたのだ。


「兄さん、かわいい」


鞘に触れただけでこれなのだ。
刀身を舐めたりしたら、いったいどんな声をあげるのだろう。

決して刀を抜いたりはしないと思いながらも、想像して身が震える。

そのまま雪男は倶利伽羅にキスをした。
冷たいはずなのに、どこか温かい。
耳をすませばどくんどくんと兄さんの心臓の音が聞こえる気がする。

片手では重く、背負うには軽すぎるその重さが悲しい。
一緒に成長した体も、触れれば恥ずかしがる肌も。
かつて背負えばしっかりとした鼓動が聞こえた貴方の体は僕が燃やした。


「好きだよ、兄さん」


そう呟けば俺も、と声を返してくれる。

僕は、そんな幻にキスをする。


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