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CAPCOON7

青祓のネタ庫

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二律背反の父親

この想いを偽りだとは言わせない。
例えば同じ祓魔師の奴らに糾弾されても俺は全然平気で笑って見せる。
例えば敵である悪魔に憎しみの瞳で見られても、
俺はそいつらに汚い言葉の数々を浴びせて八つ裂きにでもしてやろう。

お前達を守るためなら俺はなんだってしてみせる。


「ご機嫌よう嘘つきの神父」
「ご機嫌よう年増のピエロ」

お互いに失礼な言葉を浴びせるが、お互い全く怯まない。神父こと藤本は病院の
ベットの上から窓を見ていた。ピエロことメフィストはその窓に腰掛けて病室を
眺めていた。
「不法侵入者め、ナースコールを押すぞ」
「白衣の天使にどうこうされる私だとでも?」
「彼女達は凄いぞ。病院抜け出した俺を探し出して
ここに縛りつけてるんだからな」
「…子育て聖騎士のあなたよりよっぽど使える方達ですね。
スカウトを考えてみましょうか」
「…子育てを全面的に押し付けたのはどこのどいつだ」
「私ですねそうでした」
藤本が病院を抜け出したのは、その養い子達が心配で
様子を見に修道院へ戻っていたからだ。
藤本が怪我をしたのは他でもない、双子の兄、燐の手によるものだった。幼稚園
で暴れる燐を落ち着かせるために、藤本の肋骨は数本ほど犠牲になった。
「で、奥村燐くんはどうだったんですか?」
「…どうもこうもねぇよ。燐だって普通の子供とおんなじだ。
あれくらいのガキなら癇癪くらい起こすさ」
「…おや、昔に比べて丸くなったものですね。
悪魔だからと無差別虐殺を繰り返していた頃とは大違いだ。
…殺さないんですか?」
「俺は、あいつらの父親だ!」
「…義理の、でしょう」
「だからどうした!」
藤本はメフィストの物言いに苛立ちを隠せない。
確かに自分と子供達は血が繋がっていない。
血筋を考えれば目の前にいるメフィストの方が近しい存在だ。
だからこそ腹が立つ。
「お前が、あいつ等を害そうとするなら俺は黙ってないぞ」
メフィストの表情は動かない。
背後に青い月が浮かんでいる。
青い夜―――あの日子供達を育てると決めた。
青い焔を受け継いだ燐を魔神と戦う武器とするために。

「あなた、武器を作りたいって言ってましたよね」
「・・・」
「その想いは今も変わっていませんか?」
「・・・ああ」
「その言葉を聞いて安心しましたよ」

武器を作る、それは魔神の焔を継いだ燐を腕に抱いた時に感じた甘美な誘惑だった。
悪魔の甘言に乗ったともいえる。
最初の想いは悪魔への憎しみと復讐の心からきた。
だが、子供を育てていくうちに、俺の中のなにかが変わってきた。
父さんと呼ぶその声が。
握り返してくるその手のぬくもりが。
俺の冷たいなにかを壊し、温かいものに変えていく。
俺は、悪魔の――燐の父親でありたいと思いながら。
同時に燐を武器にしようとしている。

「ですが、奥村燐君がこの先悪魔として暴走した時、今の貴方では彼を殺せそうにないですね」
「そんなことにはならない」
「何故そう言いきれます」
「俺が、そうさせないからだ」

メフィストはため息をついて、口を開こうとした。

「父親ってのはそういうもんだ」

藤本がメフィストの言葉を遮る。
メフィストは言葉を飲み込み、にやりと口角を上げて藤本を見た。
そこには不安を抱えながらも決意を秘めた父親の顔があった。

「今夜はここらへんで失礼しますよ。身体、お大事に」

窓の縁を軽く蹴って、青い月夜の闇の中にメフィストは消えていった。
藤本はベットに寝転がり、木目が見える天井を見つめる。
耳元に、遮ったメフィストの言葉が聞こえる気がした。


貴方のその想いこそが子供達を害するのではありませんか?
それに気づいていながら子供を愛してやまない。
人間とはなんとも矛盾した存在だ。


ああそうさメフィスト。
俺は矛盾している。
でも、この想いを偽りだとは言わせない。
魔神の子を育てていたことが周囲にばれても。
例えば同じ祓魔師の奴らに糾弾されても俺は全然平気で笑って見せる。
例えば敵である悪魔に憎しみの瞳で見られても、俺はそいつらに汚い言葉の数々を浴びせて
八つ裂きにでもしてやろう。

あのこ達を守るためなら俺はなんだってしてみせる。

病院から抜け出して、修道院の窓から覗き見た。
燐と雪男の表情が忘れられない。
二人は泣きはらした顔をして手を握って眠っていた。
とうさん、と呟く声が聞こえた。
祈るように怪我をした自分の胸に手を置いた。
「・・・いてぇ」
傷ではない。心が痛んだ。

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そんな二人の関係性


「奥村君らって兄弟喧嘩とかせぇへんの?」
「喧嘩?」

志摩が腰を抑えて、泣きそうな声で呟いた。
朝、食堂で兄に飛び蹴りされたところがまだ痛い。
たいてい、男兄弟はスキンシップが暴力に変わる。
志摩は男兄弟の末っ子のため、小さな頃から
日々兄達に弄られ、蹴り飛ばされ、殴られてきた。
そのぶん志摩も好き勝手に反撃したりもしたが、そんな騒がしい暴力が日常的だった。
雪男と燐は兄弟で双子だ。
そういう男兄弟にありがちなことで共通点はないのだろうか。

「うーん、口げんかは雪男にいっつも言いくるめられてたな」
「奥村先生そういうの得意そうやね」
「そうなんだよ!あいつすっげぇ陰湿なんだぜ!まったく思い出しても腹たつ!」
「殴る蹴るのほうは?」
「うんそれはあんまり。だって俺本気出したら人殺すし」
「あー、馬鹿力やしねー」
「うっせ」

つまり、ちゃんと弟に遠慮はしていたわけか。
兄としては弟を傷つけないように気をつけていたわけだ。
「本気で喧嘩したこと無いん?」
「・・・いや、春先に一回本気で喧嘩した」
神父の死。祓魔師を目指すために塾に来て、銃を向けられたあの時のこと。
あれも、喧嘩といえはそうだ。
「どうやった?」
「銃向けられた」
「こっわ!!!!奥村先生こわ!」
「まぁ俺は弟に剣は向けなかったけどな!兄として!」
誇らしげに燐は語る。
悪魔である燐に祓魔師である雪男が銃を向けた。
それだけで深刻なものだと悟れるものだが、燐はそれを笑って語る。
そのときの雪男の葛藤はどれほどのものだっただろう。
いや、それよりも。

「・・・・・・・なんや意外と大切にされてるんやな奥村先生」

呟いた途端、携帯電話の着信音が聞こえた。
志摩は若干の嫌な予感を感じる。
そんな志摩に気づくことなく燐が携帯を取り出し、電話に出た。
「雪男?どうした?」
(ほらなああああああ!あの先生どっかから見てるんちゃうんかああ)
燐の意識はそのまま携帯電話の向こうに取られてしまった。
先ほどまで、志摩に向けられていたものが横からかすめ取られる感覚。

「あ?ちゃんと大人しくしてるっての」
「いちいちお前に言われなくてもできてるよ!」
「うっせーな!そっちはどうなんだよ!」

はたから見れば、燐が雪男を頼っているように見える。
だが、この兄弟はそうではない。
お互いがお互いに依存しているのだ。

(・・・ぞっとする関係やな)

二人の間には溝がある。悪魔と人間という決定的な壁だ。
その溝を埋めるようにお互いの存在に依存して互いの存在を見つめている。



「ちょおごめんな奥村くーん!」
「どうわあああ!!」
飛び蹴りをした。朝の志摩と同じように燐が廊下をごろごろ転がっていく。
燐の手から零れ落ちた携帯電話を空中で掴み取る。

『ちょ、兄さん!?なにがあったの!?』
「こけただけやから心配せんでええよ奥村先生」
『え、なんで志摩くんが兄さんの携帯に出・・・』

ブチリと二人の繋がりを断つ。
この兄弟はもう少し世界を変えてみるべきだ。

そう言い訳をして志摩は気づかない。
そんな二人の関係性を不愉快に思う自分に。

不真面目な歯型



真面目すぎることは嫌いや。
やっぱり人生は楽しく生きないと損やと思う。
子猫さんにしても、坊にしても、結局考えすぎるから
眉間に皺寄せて難しそうな顔しとる。
気楽に考えればええやん。


「おまえも俺のべんとうがくえないのかー」
向かい合わせで距離をとって座っていたのに、志摩は燐に迫られていた。
志摩は石の上に座っているので、燐に覗き込まれるように顔を見られている。
その手には弁当箱。燐は食べ終わったようなので、中身は空っぽだ。
そもそも志摩用の弁当は今手の中に持っている。
燐の顔は赤く、近くに寄られたおかげでわかるが酒臭い。
自分の言動も理解していない酔っ払いだ。
「いや、もう喰うてるよ奥村君!それ空やから!」
「うる、へー。だいたいおめーかっこわりーぞ志・・・摩」
いきなり燐の体がこてんと倒れてきた。
志摩は弁当を膝の上において、倒れてきた身体を抱きとめた。
「奥村くーん・・・」
呼びかけても返事は無い。肩口に顔がもたれ掛るようになっているので、
彼の寝息が耳に当たる。
「くすぐったいんやけど・・・」
返事は無い。起きる気配も無い。
あかん、酔っ払いの世話せなあかんとか自分貧乏くじひいたなぁ。
はぁとため息をつくと、燐の尻尾が視界に入った。
普段は元気に動く尻尾を何回か見たけど、寝ているせいかそれは
大人しく地面に垂れている。

「やっぱり人間じゃないんやなぁ。奥村君」

首を捻って、顔を覗いてみた。顔は酒のせいで紅くなっているが、
安らかな顔つきだ。
うん、奥村君てやっぱり顔はええな。
俺の次くらいに。
いつまでもそうしているわけにもいかないので、膝の上の弁当を石の上に
移動させる。燐の身体を抱えて腕を肩のほうに回させた。
二人三脚をするときの姿勢、という風だ。
「肩は貸したるから歩きやー、奥村君」
「うーん・・・うるへー」
夢と現を行き来しているらしい燐の意識は定まらない。
メンドクサイが、このまま部屋まで運ぶしかない。
背後で猫のにゃおにゃおという鳴き声が聞こえた。
振り返れば、普通の猫ではない猫が、こちらにむけて何かを訴えていた。

「・・・そういえば前、使い魔にしたとかいってたような・・・」
メッフィーランドでの任務の時だ。あの時は冗談だと思っていたが。
猫と視線があう。
「なあ、俺の弁当もってついてこれる?俺奥村君部屋まで連れてかなあかんの。できる?」
石の上においた弁当にはまだ中身が残っている。このまま置いておくのもなんなので、
できればもってきて欲しい。志摩の腕は燐のせいで塞がっている。
説明すると、猫は承知したのか、頭の上に志摩の弁当を乗せてついてきた。
普通使い魔とは、主意外の命令は聞かない。しかし、志摩が燐の為になることをしていることは理解しているらしい。言うことを聞いたのは燐の為になることをしている
志摩へのお礼の意味でもあるのだろう。
「賢い子やねー、奥村君とは大違いやなー」
「にゃー」
「うっせーぞクロー」
燐が寝言で呟く。使い魔の猫の名前はクロというのか。
「君、クロいうん?」
志摩は聞いてみた。
「にゃお」
クロは応える。
そのまま二人と一匹は旅館の中へ消えていった。

燐に与えられた部屋は、皆が寝ている大部屋とは違い離れの一角にある。
大方、悪魔である燐を隔離するための思惑があるのだろう。
人間が大勢いる部屋とは分けられている。
悪魔だからという理由で。
「はー、疲れたわー!」
布団の上に燐の身体を投げ出し、畳の上に座る。
大の字になって眠りこける燐の顔を見て少し腹が立った。
「人に運んでもらっておきながらのんきやなー」
頬をぶにっとひっぱってみたけれど起きる気配はない。
障子の格子の影が燐の寝顔にかかって、月の淡い光がぼんやりとその身体を照らす。
青く、光っているように見えた。
「・・・」
青い焔を使う姿を思い出した。
あの時確かに感じた恐怖は嘘なんかじゃない。
でも、目の前の光景にあの時の恐怖は感じなかった。
「奥村君ー・・・」
燐が寝返りをうった。
「・・・奥村君ねとーるー?」
返事は無い。
「おくむらくーん」
聞こえるのは寝息だけ。

「悪戯するでー」

志摩は燐の体の上に伸し掛かった。
無防備に晒される首元。

「――――ッ」
燐の体がピクリと反射を返す。
志摩は身体を離し、燐の首元を見た。
血は出ていない。ほんのいたずらのような歯形をそこに残した。
少しは痛かっただろうが。
しかし歯形の痕は、眺めているうちに先ほどより痕が薄くなってくる。
つけた歯型は皮膚に付けられた傷と同じだ。治癒、しているのだろうか。
人間とは違う速度で。
「・・・やっぱり人間じゃないんやな。奥村君」
その痕が朝まで残っていたら燐をからかうネタができたのに。
人間とは違う速度で生きる燐の姿。


志摩はその事実にほんの少しのさみしさを覚えた。


部屋を出ると、クロが待っていた。
律儀に待っていたらしい。
弁当箱を受け取ると、ひと言呟く。
「おおきに」
「にゃー」
そうして部屋を後にした。






翌朝、食堂にいる燐に志摩は普通に話しかけた。
「奥村君オハヨー、昨日ちゃんと部屋戻れた?」
「・・・覚えてねー」
「あっはっはやっぱりなー。一応俺飲まんとって正解やったわー」
ちらりと視線を燐の首元に向けた。痕は少しも残っていない。
「なんか首のほうがちくちくするんだよなー」
燐が昨夜、痕をつけたところを摩る。
「寝違えたんちゃう?」
「そうかもなー」
背後に視線を感じて振り返る。
子猫丸がはらはらとした顔でこちらをみている。
大方燐と話す志摩の身を案じてるのだろう。



真面目すぎることは嫌いや。
やっぱり人生は楽しく生きないと損やと思う。
子猫さんにしても、坊にしても、結局考えすぎるから
眉間に皺寄せて難しそうな顔しとる。
気楽に考えればええやん。



だって、奥村君ええひとやん。
子猫さんだって、坊だってわかってはるんやろう。
だから、自分の思ったとおりにすればええんや。


――――むしろ、燐の首に噛み付いておきながら
いけしゃあしゃあと本人の前で嘘をつく。
俺のほうがよっぽど悪い人間やんな。

茨の道を

燐が任務から帰ってこない。という話を聞いたのは、
雪男が自分の任務を終えて帰還した時のことだった。上層部は、まさか逃亡か。
という疑いを持っているらしく、一刻も早い発見を。
と雪男に命令が下った時には、既に燐が消息をたって3日たっていた。


・・・なんで誰も兄のことを心配しないんだ


雪男は歯痒い思いを抱きながら、燐が消息を絶った森を探索していた。

燐に下されていた命令は、この森の主に取り付いた上級悪魔の退治だった。
祓魔師はいつの世も人材不足だ。普通なら候補生がやる任務ではないのだが、
上層部は人材不足を理由に他の祓魔師を同行させることなく燐一人で任務に就かせた。

森に入った時から感じる威圧感からすると、この森の主というのは神に近い存在なのかもしれない。
そんな力の強い主に取り憑く悪魔を、一人で退治しろとは無茶もいいとこだ。

目の前の草むらをかき分けて進んでいくと、小さな古ぼけた社にたどり着いた。
社は老朽化が進んでいるらしく、所々穴が空いているのが見える。
社の近くまで進むと、血と、争った形跡があることが伺えた。



サタンの落胤



その言葉が雪男に重く伸し掛かる。
上層部は燐を捨て駒としてしか見ていない。
死ねばサタンの落胤がいなくなったということで喜ばれる。
もしも、生きて戻れば厄介な悪魔が退治できたと喜ばれる。
どちらにしてもそこに燐の身を心配する気配はない。
どう転んでも上層部に利点があるようにできている。

兄が進んだ道は茨の道だ。

点々と落ちている血の後を辿って行くと、紅い鳥居が見えた。
その鳥居の傍に、人影を見つけた。

「兄さん!!」

雪男は急いで鳥居の方へと駈けていく。
姿が確認できた。
鳥居に背を預けている燐がいる。

「雪男か」
「雪男か。じゃないよ!心配したんだから!!3日も消息が・・・」
激しい剣幕の雪男を見ても燐の反応は薄かった。
肩に剣を立てかけたまま燐は立とうとしない。
様子がおかしいことに気づいた雪男が燐を問い詰める。


「・・・なにかあったの?」
「なんでもねーよ」
「嘘だ。兄さん何かあるときは絶対なんでもないっていうじゃないか」


雪男は座っている燐に視線を合わせた。
お互いに座って、見詰め合う。そのうちにぽつりぽつりと燐が話し始めた。


「上層部の説明どおり、森の主には悪魔がついていたよ。
しかもその悪魔がタチの悪い奴で、何回やっても森の主から離れないんだ。
寄生タイプっていうのかな。
森の主は小さい女の子の姿しててさ。何回も助けて、助けてって言ってた」


俯いているため燐の表情は伺えなかった。
剣を持つ手だけが震えていた。


「助けようとしたんだ」



燐はぎゅっと拳を握った。
「でも悪魔に不意を突かれてさ。俺・・・」
「もういいよ、兄さん」

殺すしかなかった。その森の主ごと。
降魔剣でその女の子の胸を刺し貫いたのだ。
小さな女の子の姿をしていたとしても、人間と神は違う。
何百年も神として存在していただろう。
姿と中身はまた違っていただろう。
でも。



「最期にさ、その子死にたくないって言って消えていったんだ・・・」



その子が残した言葉が楔となって燐の心に突き刺さった。
助けれなかった。
それが例え人ではなかったとしても。
助けたかったのに。

自分はこんなにも無力だ。
その想いが燐をこの鳥居の傍から動けなくさせていた。

「・・・兄さんは悪くないよ」

雪男は燐の方を抱いた。
身体を見れば、制服には血がこびり付いていたし、切り裂かれた痕もある。
傷口はないようだった。ここから動けない間に治ったのだろう。
でも、心に負った傷は塞がっていない。


「ねぇ兄さん。兄さんは悪くないよ。こんな結果を望んだわけじゃないだろう」


燐は黙ったままだ。
お互いに無言のまま時間だけが過ぎた。

しばらくそうしていると、燐がゆっくりと立ち上がった。
背を向けているため表情は見えない。
先に歩き出す燐の後を雪男はゆっくりとついていく。

燐が選んだのは茨の道だ。
自分が望まなかった結果も受け入れて進むしかない。

「なぁ、雪男」
「何?」

「・・・迎えにきてくれたのがお前でよかった」


なぁ雪男。
あの女の子殺した時。
女の子の胸を貫いて、溢れる血を浴びた時、確かに感じたんだ。
楽しいって。
俺は本当にこの結末を望んでなかったのかな。


続く言葉を飲み込んで燐は歩き出した。
塾のクラスメイトの言葉が思い出される。


なんでサタンの子供がここにおるんや!

どうして笑うの?なんにもおかしくなんかない!


迎えに来てくれた弟に、ひと言だけ感謝の言葉を呟いて。
後は無言のまま二人は帰路に着いた。




迎えにきてくれたのがお前でよかった。
お前の姿を見るたびに俺は確認できる。

悪魔として生まれた自分。落ちこぼれの自分。
かたや人間として生まれた弟。優秀で誰からも認められた弟。

お前の姿を見るたびに俺は自分がどれだけ異常なのかを確認できる。
それで、少しだけ正気に戻れるんだ。

話の通じない大人

小さな器の中にちょこんと鎮座する物体を見て、燐は嫌そうにうっとひと言呟いた。

「どうしたの?兄さん」

聖十字学園の食堂で、雪男と燐は並んで昼食をとっていた。
メニューに特に変わったものは無い。
聖十字学園はお金持ちが通うセレブ高校だ。当然昼食の値段も庶民のものとは格段に違う。

しかし、いつもいつもフルコースのメニューというわけではない。
高級なものを毎日食べているとカロリーオーバーにもなるし、
寮生活を送る生徒には母の手料理が恋しくなるものもいる。
学園側はそういった事情にも配慮して、高級メニューの日と普通の食堂で出されるような、オムライスやお味噌汁といったものも日替わりで用意していた。
その日替わりランチは、使われている材料も普通の家庭料理と変わらないものだ。
当然値段も安くなる。

金銭的な問題で普段食堂を使えない燐と雪男にとって、この日替わりランチの日は狙い目だ。

「いや、別になんでもない・・・」

おかずやご飯はあらかた食べ終わっているが、デザートに出た柏餅を燐は嫌そうに見つめている。
甘いものは嫌いではない。むしろ好きなはずなのに。どうしてかそれを食べる気にはなれなかった。

「どうしたの、甘いもの嫌いになった?」
「いや、そうじゃないけど・・・食欲がわかないというか・・・」
「好き嫌いはだめだよ兄さん」
「わかってるって」

燐は箸で柏餅をつついて、柏の葉をはがした。
しかし、一向に食べようとしない燐に雪男が言った。

「僕が食べようか?」
「うーん、でもなぁ・・・なんで今日に限って食べたくないんだろうな」

甘いものを食べたい自分と、それを拒否する自分。
どうやらふたつの想いが燐の中でせめぎあっているらしい。
雪男は時計を見る。まだ時間はあるが、昼休憩も無限ではない。
もう僕が食べるよ、と箸を伸ばそうとしたところで。



机の上に剣が突き刺さった。



しかも、ピンポイントで燐の目の前。
食器の隙間を狙った、絶妙の刺さり加減だった。
この剣には見覚えがある。


「俺の名前はアーサー=オーギュスト=エンジェル!後でテストに出すからな!」


燐の背後に降り立った、金髪長髪白服の男。
まぶしいほどの白を携えて、男は自己紹介をした。
「・・・ええ、知っています」
テストってなんだ。講師でもないくせに。
雪男の眉間に皺がよる。
いまさら自己紹介されなくても知っている。大嫌いな男だ。
神父を史上最低の聖騎士と言い、兄を殺そうとした。好きになれる要素がない。
アーサーはカリバーンを机から引き抜いて、肩に担いだ。
カリバーンの切っ先には赤い液体がついている。


「い・・・てぇ」


燐は机に突っ伏して何かを堪えていた。
それに気づいた雪男が急いで机の下を見る。
机に突き立てられたカリバーンは机を貫通し、燐の太腿に刺さっていたのだ。
太腿からは血が出て、机の下に滴っていた。
これが一般生徒のいる時だったら騒ぎになっていただろう。
しかし今回は違った。
昼休憩の時間も後半に差し掛かっていたので、生徒はそろそろ教室に戻る時間だ。
食堂にはもう人はいなくなっていた。それを見越した上でこの男は仕掛けてきたのか。

「いきなりなにをするんです!」

雪男は一気に頭に血が上った。兄を目の前で傷つけられた。怒らずにはいられない。


「ははは、食べ物を粗末にしてはダメだと言おうと思ってな」
「口で言ってください」
「今言ったぞ!」
「兄に剣を刺さないで下さい!」
「もう刺した後だ!」


こいつ、話が通じない。自分のペースで生きている。
この点も雪男が嫌いなところだ。


「いやあ、悪魔の仔。
しかもサタンの落胤ともあろうものが随分と気楽に生きているものだと思ってな。
食堂で食事とはいかにも人間らしいふるまいだ。
しかも好き嫌い?よくも言えたものだ。人間もどきが」

「てめぇさっきから聞いてりゃゴチャゴチャと・・・!」

動けるようになった燐が背後の男に殴りかかる。
アーサーはそれを難なく交わすと、足を引っ掛けて燐を転ばせた。

「はは、よく吼える犬だ。いや、悪魔か」
「てめぇなにが目的だ!」
「いや、悪魔が人間の食べ物を嫌うのは当然か。とからかいに来ただけだ。お前の好物って人肉だもんな」
「喰わねぇよそんなもん!」
「じゃあなんで柏餅食べないんだ?」
「今から喰おうとしてたんだよ!」
「じゃあ喰えよ」
「今すぐ喰ってやる!」

話がおかしな方向になってきた。
雪男は不穏な気配を感じて燐を止めようとするが、燐のほうが早かった。
燐は柏餅を掴んで食べた。
飲み込んだ。
と、同時に青い顔をしてその場に倒れこむ。

「兄さん!」
「ははは、本当に喰ったぞ。おかしな奴だ」

アーサーは心底おかしそうに燐を指差して笑っている。
こいつ、何か仕掛けたのか。雪男はアーサーを怒鳴りつける。

「兄に何をした!」
「俺は何も。喰ったのはあいつの意思だろう」
「何を仕掛けたと聞いている!!」
「別に、人間には害はない。CCC濃度の聖水を使って炊いたもち米と
清めた柏の葉。それにこどもの日、といえばわかるかな」

こどもの日に柏餅を食べる。餅は古来より神が食べる神聖なものとして供え物に利用されてきた。
柏の木は神聖な木とされ、その葉もまた神聖なものとされる。餅と柏の葉が合わさった柏餅。
子供の日の柏餅は邪気をはらう厄除けの役割を果たしているのだ。燐が食べたくないと感じたのも頷ける。
しかも今回はアーサーの策略で更に神聖さが増している。


それを悪魔である燐が食べれば、倒れるのは当然だ。



「ああ、そういえばお前もサタンの仔だったな奥村雪男。
こいつと同じ双子でアレ喰っても平気なんて、お前も相当気持ちが悪い存在だな」



倒れている燐。
ユカイそうに笑う聖騎士の男。
不愉快だ。
日常を壊した男を憎しみの篭もった瞳で雪男は睨み返す。



「わざわざ僕らに嫌がらせするためにここまでやるとは、あんたも相当気持ちが悪いな」



雪男は言った。
アーサーはきょとんとした顔で言い返す。


「サタンの仔に気持ちが悪いといわれるとは、貴重な体験だ。
悪魔が気持ちが悪い、ということは人間にとっていいことが多いな。
聖水も悪魔は嫌がるが、人間にとっては悪魔を近づけさせない、いいものだ。
おお、そうか。それは最高の褒め言葉をとっておこうか」


雪男は燐を抱き起こしながら思った。
こいつ、話が通じないにもほどがある。



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