青祓のネタ庫
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「若君」
気がつけば、目の前に男が立っていた。
白髪に目つきの悪い瞳。春に燐と喧嘩した不良。白鳥零二と同じ風貌だ。
燐は、呼ばれてもすぐに反応できなかった。
なんでここにいるのだろうか。
白鳥は燐のことを若君などと呼んだりしない。
燐のことを若君と呼ぶのは悪魔だけだ。
つまり、こいつは悪魔の。八候王の一人アスタロトだろうか。
アスタロトは固まる燐に構わずに持っていた桶を足元に置いた。
そして、ベットの縁に座っていた燐の足を持ち上げる。
「失礼します」
「え・・・」
周りをよく見れば、学園の寮とは似ても似つかない場所にいた。
燐が腰掛けるベットは、大量生産された固いベットでもないし。
床も古い木の板張りでもなかった。
黒い天蓋つきのベットだ。枕も、布団も全てが黒一色で染められている。
床は絨毯が敷いてあるのか、ふかふかと柔らかい。絨毯だけは紫色をしていた。
アスタロトは燐の足を持ってきた桶の中に入れる。
そして、ベットの脇に置かれていた大きな銀色のティーポットを手に取った。
それを桶の中に注げば、温かい湯が燐の足を浸した。
アスタロトは何度かお湯をかけて燐の足を暖める。
そして、燐の足を丁寧に手で包み込んだ。洗っているのだろう。
かなり気持ち良いが、今起こっている事態が燐は全く飲み込めない。
「な、なんでお前俺の足洗ってんだよ!!気持ち悪ぃな!!!」
とりあえず、足をこのまま斬られるのではないかと思った。
怖いので背後の黒いベットに逃げ込んだ。水滴が滴り落ちて、黒いベットに染みを作る。
普段なら布団を濡らすことにかなり抵抗を覚えるのだが、意味のわからない状況では
それに構ってられない。アスタロトは不思議そうな顔を燐に向けた。
「いつもしていますが・・・どうされたのですか?」
「いつも?」
「はい、私は若君にお仕えしてもう15年ほどになりますが・・・なにかおかしかったでしょうか?」
「う、嘘だ!だってここ学園の寮・・・とは・・・違うよな?あれ?」
「寝ぼけていらっしゃるのでしょうか。学園などというのは人間が通う場所でしょう。
ここは虚無界の城ですよ。物質界の夢でも見られていたのですか?」
アスタロトは混乱する燐に説明した。
ここが、虚無界の最下層でアスタロトの根城であること。
燐が成長するまで世話役を任されたアスタロトが、燐とともに15年住んでいる家であること。
勿論、人間が住める様な場所ではない。
雪男も、シュラも、勿論友達のしえみや勝呂達もいない。
いるはずがない。
「ゆ、雪男・・・みんな」
部屋の周囲を見回すが、誰もいない。呼んでも、答えるのはアスタロトだけだ。
「物質界のことはお忘れください。悪い夢でも見たのでしょう」
燐は呆然として、ベットに横たわった。夢、今までのことが?信じられない。
友達がいて、みんながいて。雪男がいて。そんな幸せな夢を見ていたなんて。
アスタロトは投げ出された燐の足をとって、タオルでやさしく包み込んだ。
そしてタオルを床に投げ出すと、今度は燐の服に手をかける。
「うわ、ちょ。なにすんだよ!」
「お着替えを、お手伝いいたします。どうされたのですか?」
「どうかしてるのはそっちだろ!!」
燐にはこの世界が信じられない。
15年ここにいたというのなら、何故アスタロトは先ほど物質界のことは忘れろといったのか。
生まれてからずっとここで過ごしていたのなら、物質界のことを知っているはずがない。
燐は自分の記憶を信じている。
養父と雪男と過ごした時間を。仲間と過ごした時間を夢だという世界。
こんな世界を燐は認めない。
燐は青い炎を纏った。背後の黒色が、一層青色を鮮やかに魅せる。
アスタロトは目を見張った。
「美しい、黒も貴方にお似合いです」
「いちいち気色悪ぃこと言ってんじゃねーよ!ここから出せ!俺は帰る!」
「・・・仕方ありません、若君のお世話が少しでもできたのでよしとしましょう」
貴方を悲しませることは、本意ではありませんので。
そういってアスタロトが指を鳴らすと、黒と紫の世界は音を立てて崩れていった。
黒の向こうに消えていくアスタロトは満足そうな顔をしていた。
次に目を開くと、学園の寮、自分のベットの縁に燐は座っていた。
燐の体はうっすらと青い炎で覆われている。
部屋の隅に黒い影が動いたのを感じて、視線をそちらに向けた。
そこには、影の中に消えていくコールタールがいた。
コールタールは腐の眷属だ。
コールタールを介して、アスタロトは燐の意識の中に入り込んだのだろう。
青い炎を纏ったことで、コールタールは去っていった。
燐はほっと一息つく。
時刻を見れば、夜の2時だ。
燐は青い炎を消すと、またあの世界に行ってしまうのではないかと怖くなった。
しばらく炎を纏っていると、部屋の明るさに気づいたのか。
向いで眠っていた雪男が目を覚ました。燐は急いで炎を消した。
「悪い、起こしたか?」
「兄さん。どうしたの?炎があったような・・・」
「いや、なんでもない」
「夢見でも悪かったの?」
「うんそんなとこだ」
燐はそういって、話を切るようにベットに横になった。
雪男も眠かったのか、それ以上追及してこなかった。
やがて、雪男の寝息が聞こえてくると、燐はこっそりと布団に包まったまま雪男のそばに来た。
雪男のベットに背を預けて、その場に座り込む。
足で木の床の感触を確かめる。冷たい夜の空気が足先を冷やす。
アスタロトの手の感触を思い出した。
燐の足を洗うその指が、包み込む手が。
燐を捕らえているように感じた。
アスタロトは、燐のことを慕っている。
しかし、燐はそんな悪魔にどう対応したらいいのかわからない。
虚無界へと招かれるのはゴメンだ。
この燐がいれるやさしい世界を否定されるのは我慢できない。
だから、何度呼ばれても、燐は何度だって悪魔のささやきを否定する。
俺の居場所は、ここだ。ここにいたい。
怖い夢を見た時、他人の寝息は心を落ち着けるのに最適だった。
少し寒いが、ここなら怖い夢は見ない気がする。
燐も目を閉じた。完全に眠りに落ちる前、温かい腕に包まれる。
それに酷く安心して、燐は笑った。
「素直じゃないなぁ」
雪男は、ベットの傍に座っていた燐を自分の布団の中に引き込んだ。
兄としての意地があるのか、燐は雪男に甘えようとはしない。
それでも、こっそりと傍に寄ってきてくれたのは嬉しかった。
ここに二人で寝るのは狭いが、たまにはいいだろう。
「初夢は、いい夢が見たいもんね」
初夢は、その年の運命を占うことに使われる。
そうして、雪男も目を閉じた。
兄が、やさしい夢が見れるように祈りながら。
目を覚ませば、満天の星空が天井に広がっていた。
肌寒い。そう思いながら目を覚ます。
いや、超寒い。俺は布団を蹴り飛ばして寝てしまったのだろうか。
燐は、むくりと起き上がった。
そして、布団の在り処を探すために床の方を見た。
そこにはまた星空が広がっている。
いや、上下ともに星空?おかしいな。
俺は夢でも見ているのだろうか。
よくよく見てみれば、下に広がる星は家々から漏れる光のようだった。
すごい、こんなに地面が遠く見える。
「お目覚めのようですね?」
「うわわ!」
地面から、物凄く離れたところにいることに気づいた燐は、思わず声がした方に縋ってしまった。
こんな場所から落ちたら、いくら悪魔でも死んでしまう。
本能的に感じた恐怖に身がすくむ。震えたことがわかったのか。
燐の腰に腕が廻る感触が。ぎゅうっと抱き寄せられる。
「意外と積極的ですね奥村君」
声の主が誰か理解した燐は、べりっとその腕を引き剥がした。
メフィストは、残念だ。と言葉とは裏腹に感情の察せられない声で燐に言う。
燐は、メフィスと距離を取るために後ずさった。
二人は、メフィストの出したピンクのソファにいるようだ。
端と端。限界まで離れても、ソファの長さ以上に離れることができない。
下には、星空と間違うほどに離れた地上の風景。
燐は、ソファの背をしっかりと持つ。まだ、死にたくは無い。
メフィストの気まぐれでソファを動かされれば振り落とされかねない。
眠気などすっかりと消えてしまった。
メフィストは、指を鳴らして紅茶のセットを呼び出した。
紅茶をカップに注ぎ、そのまま燐に差し出す。
カップはふよふよと中身を零さないように、空中を漂っている。
「飲むといいですよ、体が温まります」
「いらねーよ!お前の出すものは信用できん!」
メフィストは、燐のことを驚愕のまなざしで見つめる。
「貴方、警戒心なんてあったんですか。知りませんでした」
「馬鹿にすんな。俺だってそれくらい・・・」
「はい、あーんして」
思わず開いた燐の口に、紅茶が投入される。
あ、美味しい。そう思ったら喉が自然と紅茶を飲み込んでいた。
燐は、口元を押さえて蹲る。騙された。
でも、実に美味しかった。
「ちょっとは体が温まったでしょう」
「・・・まぁな」
燐は、ソファに座りなおす。上も下も、闇と星で埋め尽くされている。
隣には、怪しげな男が一人。
確か、自分は寮のベッドで寝ていたはずだ。
朝から雪男もシュラも、勿論塾の友達の姿も見えなくて、
携帯で連絡しても不在ばかり。燐はそれが寂しかった。
いつもなら、誰かしら連絡が取れるのに。
しかし、それも仕方がないか。とも思う。
勝呂達にとっては家族の命日で。祓魔師にとっては屈辱の出来事。
不貞腐れた燐は、寮のベッドで寝て。気がつけばこの空の上にいる。
「なんで俺はここにいるんだよ」
「いえね、貴方を監禁するという話があったんですよ」
「は?」
メフィストは、驚く燐を放置して淡々と話を進めた。
「本当は、クリスマスにしようかという話もあったんですが。
ヴァチカンも忙しかったのでお流れになったのです。でも、ここ数日で流れが変わりまして。
青い夜に関わるものを排除しようという形になったんですよ。
本日27日に奥村燐を監禁せよという話になりました。だから貴方はここにいます」
「俺、監禁されてんの?」
「ええ、空中の檻の中にね。ここから落ちたらいくら貴方でも死ぬでしょう」
「それ、皆は・・・」
「多分、今頃下は大騒ぎなんじゃないですか?貴方が消え、監禁するという話だけが歩き出している」
雪男や、皆にとっては寝耳に水だろう。寮にいるはずの自分は消え、どこにいるかもわからない。
携帯も、寮に置いたままだ。
燐は、眉間に皺を寄せた雪男の顔を思い出す。心配させているかもしれない。
戻らないと。燐は、身を起こした。
上空何百メートルだろう。ここから飛び降りたら。想像して寒気がした。
メフィストは下を見る燐が気に入らなかったのか、指を鳴らした。
燐の視界が煙に包まれる。気がつけば、メフィストの膝の上に跨っていた。
メフィストと視線が絡む。メフィストは、燐のネクタイを引っ張って顔を近づける。
「逃げるのですか」
「戻るだけだ」
燐はメフィストから距離を取ろうとする。そんな燐の態度がメフィストは気に入らない。
メフィストは燐の肩を後ろに押した。このままだと燐は背中から空中に真っ逆さまだ。
夜の風が冷たい。
「命令が聞けないんですか」
「なんか、お前の言うことは信用できねーんだよな」
燐は、メフィストの話の不自然さに気づいている。いきなりそういう話になることも
燐の身の上を考えればないわけでもない。
だが、今回の話は実に内容が曖昧だ。
監禁する話になれば、それこそ京都の時みたく
強力な使い魔に燐を監禁させればいいのに、メフィストはそうしない。
燐の体はいまやネクタイ一本で支えられている。メフィストがネクタイを放せば。
「地面に真っ赤な花が咲きますね」
メフィストは言葉を続ける。
「選んでください」
落ちるか、もしくは監禁されるか。
実に理不尽な二択だ。
燐は答える。
「帰るに決まってるだろ」
メフィストは笑いながらネクタイを手放した。
燐は真っ逆さまに落ちていった。
ぼふん、という音がして、燐は布団の上に落ちた。
柔らかい。この感触は地面に激突した感触ではない。
混乱していると、頭上から声が聞こえてきた。
「兄さん!?どこ行ってたんだよ!」
「え?あれ?俺・・・空から落ちたんだけど」
「寝ぼけてるの?ほら、行こう」
「え?どこに」
「僕らの誕生日のパーティだよ。塾の皆が開いてくれるって話だったでしょ。
ほら、服着替えて!制服でいいから」
燐は雪男にされるがままに着替えされられ、祓魔塾の教室に入った。
そこには兄弟を出迎える塾のみんなが。そしてメフィストがいた。
「誕生日おめでとう!!」
口々に祝われて、燐はほっと安心した。
メフィストも燐のことなど我関せずといった態度だ。
あれは夢だったのだろう。あの空は寒かった。
こんなにあたたかいところに入れる自分は幸せだ。
ケーキを食べて、皆で笑いあう。
燐の背後から、声が聞こえてきた。
「あれだけ引っ張ってもほどけないなんて、ネクタイ結ぶのお上手ですね」
メフィストは燐のネクタイにそっとキスを贈る。
あ、まずい。
と思ってとっさに隠れた。
扉から、人が入ってくる。
「おや?誰かいたような・・・」
メフィストは自分の執務室に入り、扉を閉めた。
どうも、自分の机の前に置かれている応接用の机の前に、
誰かがいたような気がしたのだが。
メフィストは急いで、その机の前に置かれているものに手を伸ばす。
これを誰かに見られては大変だ。
それを自分の懐にしまおうとして気づく。
位置が、変わっている。
メフィストは、ソファの後ろに向けて声をかける。
「出てきなさい、いるんでしょう?」
「・・・にゃはーバレたか」
ソファの影からにょっきりと顔を出したのは、シュラだった。
人の部屋に勝手に入っておきながら、彼女は悪びれる様子もなく
どかっとそのソファに座る。
「悪い悪い、用があったんだけど留守だったもんで」
「・・・だからって勝手に入るのは淑女としてどうかと」
「いいじゃんよー、それは置いといてー。っていうかお前。それなんだよ?」
シュラが指し示した物。メフィストはまずい、といった表情を隠さない。
机の上に広げられているのは、冊子に閉じられたなにか。
シュラは、一冊を既に手にとっている。
目にも留まらぬ早業だ。メフィストが止めるまもなくシュラはそれを開く。
「・・・誰この金髪少女」
「ちょ!勝手に見ないでくださいよ!!」
「お前いい年してこんな女の子に手を出そうとしてるのか・・・!?
犯罪者!悪魔!!」
「私が悪魔なことくらい知ってるでしょう!誰がいつ手を出すといいました!?
違いますよ!失礼な!」
メフィストがシュラから冊子を奪い返す。
なぜこんな少女の写真をメフィストは持っているのだろうか。
いい年したおっさんが持ってていいものでもないだろうに。
ピロリーン。
愉快な電子音が部屋に響く。
シュラは、携帯で写真をとっていた。
携帯電話には、少女の写る写真を持ったメフィストの姿が。
メフィストは携帯に向けてピンクの傘を向けようとした。
シュラは、携帯を天空に向けて突き上げ、決定ボタンに親指を乗せている。
「動くな、証拠は頂いた。ヴァチカンから日本支部まで、
あることないこと吹き込まれたくなければ話しな」
上一級祓魔師の反射神経ならば、メフィストの魔術が発動するより早く
決定ボタンを押すだろう。
「・・・くっ、貴女年々藤本に似てきましたね」
「ほめ言葉だな」
メフィストは机を挟んで向かいのイスに腰掛けた。
机には、美少女の写真入りの冊子。
お互いに座ってそれを見つめる。
シュラは、携帯を手放さない。
メフィストは、重い口を開いた。
「・・・そもそもこれは少女ではありません」
「なに?合成なわけ?お前の好きな二次元?引くわー」
「・・・二次元の崇高な趣味を理解して貰わなくて結構。
これは、貴女もよく知る人物です」
「はぁ?こんな美少女知らねーよ」
こんな美人、一度見たら忘れられない。
シュラは、優秀な祓魔師なだけあって記憶力もいい。
自分の記憶に間違いがあるとは思えなかった。
「・・・アーサーです」
「は?」
「だから、この少女・・・と言っては語弊がありますが。
この写真は、貴女の上司。アーサー=オーギュスト=エンジェルです」
「は・・・はあああああああああ!!???」
シュラはもう一度写真を見た。
さらさらの金髪、澄んだ瞳。
極めつけの優しい微笑み。
あ、でも服は相変わらず全身白い。
この少女・・・いや美少年が数年後には
あの残念なイケメンに変わるのかと思うと、実に時の流れは無情である。
しかし、アーサーは今といい昔といい顔だけは一級だな。
と上司に対して大変失礼なことをシュラは思った。
「で、なんでお前があいつの写真持ってるんだ?まさか・・・」
シュラの携帯を持つ指がかち、かち。と揺れている。
くそ、この女。顔がにやついている。
おもしろいことを見つけたという表情だ。
悔しい、こんな上から目線でいい顔するのはメフィストの特権のはずなのに。
メフィストは、こうなったらこいつも巻き込んでやろうと腹を括った。
「これは、ヴァチカンのお偉いさんの持ち物ですよ」
「え?」
「貴女も聞いたことありませんか。なんといいますか、こう。
上層部に少年を愛するおじさんがいるという事実を」
シュラは、こいつ以外にもそんな少年趣味の変態いるんだなぁと感心した。
世の中には、まぁそういう趣味の人がいることも知っている。
しかし貴族的な位置の者ほどそういった禁忌の愛に目覚めてしまうのだろうか。
自分の上司が、そういう目で見られていたことを知って
なんともいえない気分になった。
「昔のアーサーは、それはもうすごかったらしいんですよ」
「美形っぷりが?」
「そうです、振りまく可憐な仕草に洗練されたマナー。
純粋培養とはよくいったものですよね。
お偉いさんは、その頃のアーサーが忘れられないそうなんですよ。
今や彼はそこらの悪魔なんか目じゃないくらいの豪傑ですしね。
時の流れとは恐ろしい、と涙を流している方もいました」
「ああああああ」
知りたくなかったなぁああとシュラは思った。
次ヴァチカンに戻ったとき、どんな顔して上の者と会えばいいのだろう。
お前か?お前なのか?
と犯人探しをしてしまいそうで怖い。
その時、自分は笑わずにいられるだろうか。恐ろしい。
「こんなに写真があるなんて、あいつほんとに顔だけが取り柄・・・」
シュラが机にあった冊子の一冊を手にとって、中を見た。
そして、おもいっきり冊子を閉じた。
今、非常にまずいものを見てしまった。
自分の目を疑うものを。
「おい・・・これ」
「・・・ええ、彼らの次のターゲットです」
そこには、アーサーの写真に混じって、奥村燐の写真があった。
なぜここに燐の写真が。
あいつはアーサーと違って純粋培養ではないし、不良だし。
ヴァチカンが憎む魔神の落胤なのに。
「顔か」
「そして、魔神の落胤という部分も禁忌好きの心をくすぐるらしくて・・・」
「あの二人の共通点って、本当に・・・あれか、頭が残念だと顔がよくなるのか?」
「しかも、燐君の場合悪魔ですから、
おそらく今後成長は緩やかなものになるでしょう。彼らの理想なんですよ」
「永遠の15歳?」
「少なくともお偉いさんが生きている間はね」
あれか、これはヴァチカンのくだらないタイプの密命か。
メフィストはヴァチカンのお偉いさんの美しいものを愛でる趣味を満たすために、
写真の斡旋を頼まれているのだ。
シュラは、本題を聞いた。
「で、いくらだ?」
メフィストは、シュラに向けて指を立てた。
その金額にシュラは驚愕する。
なんてことだ、あの馬鹿弟子。
こんなに金になるなんて。
さすがヴァチカンの金持ちは規格外だ。
「じゃあ、私の携帯の写真も混ぜるか?解像度いいぞ」
「お、貴女もいける口ですね。こうなれば一蓮托生です、儲けは山分けで」
「お前も悪よのう」
「いえいえお代官様ほどでは。それに、秘蔵の写真は渡しませんしね。
ここにあるのはそれこそランク外写真ばかりでして・・・」
大人二人の悪い話がまとまろうとしたところで。
しゃらん、という刀を抜く音がシュラの背後から聞こえた。
しかも、青い光が見える気がする。
シュラの向かいに座るメフィストは、もろにその姿を見てしまった。
青い炎を纏い、こちらに向けて倶利伽羅を振りおろそうとするその姿。
「おーまーえーらああああ!!!!!」
「ぎゃあああ!燐君どうしてここに!!」
「にゃああ!!燐、違うんだこれは!!」
実のところ、燐はシュラがくる前からメフィストの部屋に用があってきていた。
シュラが入ってきたことで、思わず隠れ、
更にシュラがメフィストが来たから隠れた。
燐がいるとは知らない二人は、やりたい放題だった。
交わされようとしていた自分を売る会話という名の商談。許せるはずもない。
「てめぇら写真だせ!!全部燃やしてやる!!」
メフィストの部屋が、青い炎に包まれた。
もちろん、写真は一切合切燃やされて、
画像データすら残すことも許されなかったという。
「アーサー、あの子を見て」
「あの子?」
カリバーンに言われた視線の先には、憎き魔神の落胤。
奥村燐がいた。
先ほどまで、森の中にいた悪魔と一戦交えていたようだ。
周囲には奥村燐とチームを組んでいた祓魔師の姿もある。
だが、仲が良いとはいえないようだ。
奥村燐は、位はまだ候補生。
今回の任務では候補生は後方支援となっているが、奥村燐の戦闘能力はそこらの祓魔師よりも数段上だ。
だから、人手の足りない任務には大抵かり出されることになる。
任務事態は簡単だ。この森に潜む、悪魔を狩ること。
悪魔自体は、ゴブリン族なので大したことはない。
ただ、数が尋常ではないのだ。
なんでも、森の環境がゴブリンが育つには最適の環境だったらしく正十字騎士団が気づいた時には
有象無象のゴブリンの都のごとくなっていたらしい。
ゴブリン、といえば地の王の眷属だ。
地の王、アマイモンもゴブリンの中でも上級に位置するヘビモスを連れている。
アマイモンはさすがに現れないだろうが、森のゴブリンの中にヘビモスが混ざっていればやっかいなことになる。
そのため、上級の祓魔師。
聖騎士のアーサーが任務に同行することになった。
実の所ヘビモスについては、あくまで周囲への建前だ。
魔神の落胤が暴走した場合に排除できる存在。
それが、必要だったということ。
奥村燐の監視役のシュラと雪男は、別の隊を率いてこちらと同じようにゴブリンを排除している。
つまり、ここには奥村燐の味方と呼べる存在はいない。
アーサーは、特に気にすることもなく別の祓魔師に声をかけた。
ここの浄化作業はおおむね方がついた。
もっと深部へと足を進めよう。
そういって、アーサーは祓魔師とともに森の奥に入っていく。
ちらりと見た奥村燐は、後ろから遅れながらついてきているようだった。
その足取りは、重い。
アーサーはため息をついてつぶやいた。
「やせ我慢がいつまで続くかな」
「どうかされましたか?」
部下に話しかけられたが、答えるつもりもなく。
なんでも。とだけ言って、先を行く。
ほどなくして、またゴブリンの群に出会った。
予想通りというか。想定していた最悪の事態が起きる。
ゴブリンの中に、ヘビモスが混ざっていたのだ。
そのヘビモスは、森に潜む群のボスのようだった。
これを叩けば、統率のなくなったゴブリンを排除することはたやすい。
アーサーは、ヘビモスに刃を向ける。
同じく燐も、倶利伽羅をふりかざした。周囲の祓魔師が怖じ気付く。
仕方ないことだ。魔神の炎とはそれほどまでに恐ろしいものなのだ。
「ちょこまかと面倒な奴だ!」
「ちょ、危ねぇ!そこどけ!金髪ハゲ!」
「黙れ、俺はハゲてなどいない!貴様こそ邪魔だ!」
背後から、竜騎士と手騎士の援護を受けて、二人はヘビモスに手傷を負わせていく。
そして、聖騎士と魔神の落胤に追いかけられて、ヘビモスは追いつめられた。
二人に挟まれ、逃げ場はない。
あとは、タイミングを見て切り込むだけだ。
そんなとき、いきなり燐が地面に膝をついた。
「え?」
燐自身も想定外というか。想像していなかったらしい。
自分の体に驚いている、という風だ。
ヘビモスは、空いた隙を、逃げ場を逃さなかった。
燐に向けて牙を向けて襲いかかってくる。
燐は迎撃しようとするが、体に力が入らないようだ。
倶利伽羅で防ぐことは間に合わない。
せめてもの防御だろうか。青い炎が燐の体を守るように包み込む。
アーサーは舌打ちをして、剣をヘビモスへと向けた。
「兄さん、大丈夫かな」
雪男は、燐がいる隊とようやく合流することができた。
燐と同じ部隊の竜騎士から話を聞けばアーサーと燐はヘビモスを追って森の奥へ行ったという。
近づくなら、注意したほうがいいという竜騎士の助言を受けながら雪男は足を進めていった。
今回の任務では、シュラと雪男が燐と引き離されるような組分けになっている。
何者かの悪意を感じるようなそれを、燐は特に気にしていないようだった。
しかし、燐の隊には悪魔を毛嫌いしているアーサー=オーギュスト=エンジェルがいる。
なにかあってからでは遅いのだ。
雪男は、燐のことが心配で足早に燐達の後を追いかけた。
視線の先。森の奥。
そこには、白い祓魔師のコートと正十字学園の制服を着た人物の影が見えた。
雪男は、声をかけようとした。
しかし、その前に。
制服を着た人物が倒れ込む姿が見えた。
「・・・え」
雪男が駆け寄った現場には。
惨殺されたヘビモス。
そして、腹を刃物で斬られて倒れる兄の姿があった。
傍に立っていたアーサーがカリバーンの刀身についた血を払い鞘に納めている。
アーサーの足下には、銀弾のようなものが転がっていた。
援護射撃をしていた竜騎士が放ったものだろうか。
戦闘の現場ではよくあることだ。森の中には至る所に転がっている。
しかし、そんなことよりも。
雪男は燐に駆け寄った。
そして、アーサーと燐の間に自分の体を滑り込ませる。
アーサーを、これ以上燐に近寄らせたくなかった。
「なにをしているんですか!!!」
「なに?おかしなことを言うな奥村雪男。祓魔対象を処分した。それだけだろう?」
「・・・祓魔対象は、ヘビモスだけだろう!!兄になにをした!!!」
「別に、ヘビモスが奥村燐を標的にしていたから、斬っただけだ・・・
これに懲りたら次回から俺の手をわずらわせないことだな。任務は終わりだ。
その荷物の世話くらいお前が見るといい」
つまり、アーサーはヘビモスもろとも燐を斬ったということだ。
味方であるはずの者に、燐は斬られたのだ。
「貴様・・・!!」
雪男は、反射的に腰のホルスターに手が伸びそうになる。
撃ってやりたい。家族を傷つけた奴が許せない。
しかしそれを止めたのは、傷ついた燐の手だった。
「雪男、やめろ」
「兄さん・・・!大丈夫なの!?」
「ああ、ちょっとふらつくけど。もう治ってる。心配いらねーよ」
「でも!」
見れば、もうアーサーはいなくなっていた。
森の中、見える範囲には人影はもうない。
祓魔師達を率いて別の場所に向かったようだ。
雪男は、燐の腹の傷を見る。傷は塞がっていたが、制服に飛び散った血が生々しい。
雪男の痛々しい表情を見て、燐は大丈夫だよ。と雪男に声をかけた。
「心配すんなって。むしろ、さっきより調子いいんだ。ほら、戻ろうぜ」
「・・・なに?どういうこと」
「さあな」
「言ってよ兄さん」
「あいつには礼を言う必要はないってことだ。痛かったし」
「当たり前でしょ!なんでお礼なんだよ!軽くて文句、重くて同じ目にあわせてやろうか!くらいは言いたいよ!」
「いや、同じ目にあったら、あいつ一応人間だから死ぬんじゃね・・・?」
つまり、遠回しに死ね。といいたいのだろうか。
燐は、腹をさすりながら歩きだした。
足取りは軽い。歩きながら、地面に落ちていた銀弾を石ころのように蹴りとばす。
そして、雪男に聞こえないようになるほどな。とつぶやいた。
「アーサー、あの子を見て」
「あの子?」
カリバーンに言われた視線の先には、憎き魔神の落胤。
奥村燐がいた。
「あの子、様子がおかしいわ。どうも、お腹の中になにかあるみたい」
「なんだ、妊娠か?」
「ちがうわ」
「冗談だ」
「あの子・・・お腹の中に銃弾、あるみたい。だから調子が悪そうなのね」
カリバーンは魔剣だ。同じく魔に属する者として悪魔のことがわかる。
アーサーはいつもはカリバーンのこの力を悪魔の探索に使っていた。
この力で奥村燐のことについてわかるとは想定外だったが。
「大方、援護射撃・・・だろうな。ふ、あいつにとっては援護とは言い難いか」
援護射撃の中に混ざっていた。悪意ある一弾。
誰がやったかなど、アーサーには興味はない。
同じ隊の者かもしれないし、そうではないかもしれない。
それでいい。
青い夜で、家族を失った祓魔師は多い。
その悪意が、魔神の落胤である奥村燐に向かったとしてもなんらおかしいことではない。
奥村雪男が燐を傷つけられて感じたことを、誰かが腹の底で思っていた。
そういうことだろう。
奥村燐が決めた、悪魔が祓魔師を目指すという道は茨の道だ。
その悪意の牙が降り懸かった。それだけのこと。
「でも、いいの?アーサー。やり方は乱暴だったけど、あの子のこと助けてあげたんでしょう?」
「俺にとってはどうでもいいことだ」
「そう、ならいいわ」
ヘビモスが奥村燐に向かったのは偶然だ。
ヘビモスごと燐を斬って、腹の中にあった銀弾を摘出した。
悪魔の治癒能力は高い。
銀弾が体内に残ったままだったので、燐は体調が悪かったのだ。
そして、燐は撃たれたことを周囲に黙っていた。
言えなかった、という事情もあったのだろうが。
助けを叫べないのなら、助けがいらないくらい強くならなければならない。
それができないなら、潔く俺に殺されろ。
「お前が警戒するのは、前に立ちふさがる悪魔ではない・・・背後に庇う人間だ」
アーサーのつぶやきは、誰の耳にも届かずに森の奥へと消えていった。
黒猫に道を横切られると不吉の前触れ。
黒猫には、迷信が付きまとうというか。
良いイメージのものもあれば、悪いイメージのものもある。
特に、海外では魔女のお供としてのイメージがあるためか悪評の方が有名である。
そんなこんなで、聖騎士ことアーサー=オーギュスト=エンジェルは
目の前にいる黒猫にどう対応するべきか悩んでいた。
この猫は不吉というべきなのだろうか。
『あ、おまえまえにりんにひどいことしたやつだな!!』
「・・・確か、奥村燐の使い魔か」
クロとアーサーは正十字学園の中庭で対峙していた。
学園内といっても、正十字学園の校内はかなり広い。
それに、学園と正十字騎士団の内部は至る所で繋がっている。
今いる中庭も、どちらかといえば騎士団側の土地に近い。
アーサーは日本支部に定期的に訪れている。
なぜならここには警戒してやまない人類の敵。魔神の落胤こと奥村燐がいるからだ。
今日も今日とてアーサーは燐に嫌がらせをしようと、鍵を使って日本支部にお邪魔してきたのだ。
アーサーが燐にたどり着く前にクロが発見したことは、
過去に門番をやっていた経歴のおかげだろうか。
今の主人である燐に酷いことをされてはたまらない。とクロはアーサーを威嚇した。
アーサーはクロに視線を合わせるようにしゃがみこむ。
クロはびくりとしっぽを震わせた。
アーサーは聖騎士とはいえ、藤本とは考え方が根本的に違う。
悪魔を憎み、悪魔を殺す聖騎士
アーサー=オーギュスト=エンジェル
冷徹な瞳が怖くないと言えば嘘になるが、クロは必死に恐怖を耐えて、アーサーを睨み返した。
『り、りんにひどいことしたらゆるさないんだからな!!』
「・・・」
アーサーはくるりとクロを見回した。
そして、感慨深そうに言った。
「貴様、オスか」
『やー!!えっち!』
「・・・にゃーにゃーとよくわからんことを言う奴だ。発情でもしているのか」
アーサーがクロの言葉がわからずに首をかしげていると、アーサーの腰から声がした。
アーサーの持つ魔剣。カリバーンだ。
カリバーンは、困っているアーサーを助けようとクロの言葉を翻訳してアーサーに伝えた。
「えっちって言っているわアーサー」
「エッチ?なんだ、貴様やはり発情期か。メス猫を探してうろついていたんだろう。
はしたない奴め。色狂いの色情狂のようだな」
「違うわアーサー。アーサーがこの子のお尻を確認したから、そのことについて言っているのよ」
「なんだ、陰部丸出しで歩いている癖に、確認したら怒るのか。意味がわからん」
「アーサー、それは猫に対する冒涜だわ。獣とはそういうものでしょう」
クロは、やはりフーッとアーサーに向けて威嚇した。
カリバーンとアーサーの言っている意味は全てはわからなかったが、なんだか馬鹿にされているようで不愉快だ。
燐のことを傷つけるし、意味のわからないことをいうし。
クロはアーサーが嫌いだと思った。
アーサーはふと考えて、自分の服の裾を握った。
「なんだか怒っているな」
「そりゃあ怒るわよ。猫として」
「・・・では、猫。お詫びとして俺のも見るか?」
「どうしてそうなるのかしらアーサー」
「コイツは自分の陰部を見られて怒っているのだろう?ならば俺も見せれば痛みわけではないのか?」
「意味がわからないわアーサー」
カリバーンの言葉が冷静なことが逆に怖かった。
カリバーンはアーサーと昔から一緒にいるので、アーサーの奇行を一番見てきている。
今更、この純粋培養がなにをしようが、カリバーンは動揺しない。
むしろ、アーサーを止めようとするのがカリバーンだ。
しかし、カリバーンには悲しいかなアーサーを物理的に止める手段がない。
なぜなら手と足がない、剣だからだ。
「とりあえず、今日は暑いから、ズボンも履いてない。だから大丈夫だ」
『ずぼんはいてないのに、なにがだいじょうぶなんだ?』
つまり、アーサーは今コート一枚。つまり下はスカート状態なわけだ。
アーサーはコートの端を掴んで、広げた。
クロの眼前に、カーテンが開いて閉じたような光景が広がった。
クロはきょとんとした顔をしていた。
クロの視線はアーサーを見ていなかった。アーサーの背後。
そこに向けてクロは嬉しそうに走り出す。
丁度アーサーを避けるようにして斜めに駆け寄ってきたため。
背後にいる相手にはクロが横切ったように見えたかもしれない。
クロを追って、アーサーは振り返った。
声が聞こえた。
「クロ、どこ行ってたんだ心配し・・・」
背後に現れた少年。奥村燐とアーサーの視線が絡んだ。
燐の視線はアーサーの顔を見た後。下の方に向かっていった。
おおそこには眼前に広がるコートが。
「ぎゃあああああああ!!変態ーーーーーーーーーー!!」
「な、貴様!奥村燐!!!!」
アーサーは急いでコートの裾を手放したが遅かった。
自分で見せておきながらおかしな話だが。
まるで、スカートめくりをされた女子のような反応だった。
燐は顔を真っ青にして駆け寄ってきたクロを抱きしめた。
見たくないものを見てしまった。
燐は目を固く閉ざしている。
見せるつもりのないものに見せてしまった。
アーサーは覚悟を決めた。
「こうなっては仕方ない」
アーサーは、カリバーンを持って燐に言い放つ。
「貴様のも見せろ!傷みわけだ!!」
「嫌に決まってるだろ馬鹿野郎!!」
その後、聖騎士と魔神の落胤の本気のズボン争奪戦が始まり、
中庭が消滅したことは日本支部の恥ずべき黒歴史となった。
黒猫に道を横切られると不吉の前触れと言う。
ただし、クロには白い毛もあるので単純には黒猫とはいえないかもしれない。
燐にとっての不吉の象徴はむしろ金色毛色のアーサーなのかもしれない。