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CAPCOON7

青祓のネタ庫

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雨宿りの恋


急に降り出した雨を避けるため、寮の入り口で雨宿りをした。
ふと視線をあげると、どしゃぶりの雨の中をこちらに向かって走ってくる姿。
さっきまでの自分と同じ。
彼は、こちらに気がつくと驚いた表情をした。
「志摩、なんでここにいるんだ?」
びしょ濡れのシャツから透ける肌色。
いつも跳ねてる髪も、肌にまとわりついていて。

「雨のせいやな」

思ったことを口には出さず、それだけ言った。




燐は、扉を開けるとその中に志摩を招き入れた。
ここは、旧男子寮。雪男と燐が二人だけで住む古びた建物だ。
以前、合宿できたことがあったけど相変わらず埃っぽい。
人が住んでいるとはいえ、この大きな建物を二人だけで管理するのは無理だろう。
二人のいない部屋や廊下は必然的に廃れていく。
「足とか濡れてるけど、この際いいだろ」
「しゃーないやんな。おじゃましまーす」
廊下を濡れた靴のまま歩いた。
志摩は階段をあがろうとしたが、燐だけが方向転換してそのまま廊下を歩いていく。

「どこいくん奥村君?」

てっきり志摩はこのまま燐の住む602号室に招かれるのだろうと思っていた。
タオルの一枚でも借りれれば、あとは雨があがるのを待つなりしようと。
しかし、燐はそうではなかったらしい。

「え、風呂入りにいくんだけど」

風呂。そうか、このまま直行のコースか。
じゃあ自分はどうしよう。このまま燐が出てくるのを待っていようか。
でも、それじゃあこっちが風邪を引く。
立ち止まる志摩にじれたのか、燐が志摩の手を引っ張った。
そのまま廊下を歩き出す。

「え、あれ。どこいくん奥村君?」
「さっきも言っただろ、風呂いくんだよ」
「俺も一緒に?」
「当たり前だろ。風邪引くぞ」

言われて、くしゃみをひとつした。
燐はほらな、とつぶやく。

「確かに、このままやと熱出そうやわ」
「だろ。遠慮すんなよ」
「うわぁ・・・ええんかなあ」
「かまわねーよ。どうせ雪男と二人しかはいらねーんだ」

と、いうか。その雪男が怖いからこうして聞いているんだけれど。
志摩は言うに言えない言葉を飲み込んだ。
「今日、奥村先生は?」
「任務で遅くなるんだってよ。さっきメール来てた」
これは雨が巡り会わせた奇跡の時間だろうか。
志摩は動揺を隠せない。
奥村君と一緒にお風呂。
敵は不在。これはチャンスじゃないだろうか。
しかも、相手は自分の心配をしてくれている。
これは脈ありと考えてもよさそうだ。
「奥村君ありがとう。雨宿りついでにお風呂まで」
「気にすんな。それに、このまま部屋入ると確実に雪男に怒られるんだよ」
訂正。自分に対しての心配というより、弟の怒りの方が怖い割合が大きい。
望みは若干。薄そうだ。
多少のがっかり感を胸に秘めて。濡れたまま、風呂場に向かった。



「あー、気持ちいい」
「だなぁ・・・」
熱いお湯が冷えた体を癒してくれる。
志摩と燐は大浴場の湯船に隣あって座っている。
熱い湯と煙が充満する浴槽。

隣には好きな子。
まさにこの世の春やんなぁ。

「なにぼさっとしてんだよ。のぼせたか?」
燐に、手でお湯をかけられた。
こちらをのぞき込む視線と、湯に浸かって赤くなった頬。
志摩は思わず、身を乗り出した。
顔が近づく、そう思ったとき。
「だあああ!いてぇ!」
「え」
身を乗り出したとき、浴槽の底に手をついた。
むぎゅっと何か芯のある柔らかいものを踏んだ感触。
不思議に思って、それを掴んで湯から引き上げた。
「だから触んなああ!!」
「え、あ。そうか。これ奥村君のしっぽか!」
相手は裸でこっちも裸。
ついでに悪魔の弱点であったことも頭から抜けていた。
「ごめん奥村く・・・」
「う・・・志摩、頼むから・・・離せ」
はぁと息を吐いて苦しそうに眉を寄せる。
それを見て、邪な思いが心に浮かぶ。


そうか、ここか。ここがええんか。


言ったら怒られそうだ。
このまましっぽをイジることも考えなかったわけではないが、怒られるのも嫌なので素直に従う。
志摩が手を離すとしっぽはちゃぷんと湯船に沈んでいった。

それから燐は急に大人しくなり、志摩から距離を置こうと浴槽の端に移動した。
弱点をイジられたことで警戒心が生まれたのだろうか。
だが、獲物を逃す志摩ではない。
父も、母に対するねばり強さで5男2女を成し遂げたと言っていた。
志摩もそれにならって移動する。
ぴったりと横に張り付くように。

「なんでついてくんだよ」
「偶然偶然」

笑う志摩を見て、燐はまた移動を始める。
今度は壁際まで移動して、そこに腰掛けた。
志摩も、その隣に平然と腰掛ける。
熱い湯に肩まで浸かって一息ついた。
燐は体でしっぽを隠して、志摩に対しての警戒心を忘れない。

「・・・なぁ。ここの風呂って広いよな」
「うん。新男子寮に比べれば狭いけど二人で使うには十分な広さやで」
「なんでお前隣にいんだよ」
「偶然」
「じゃねーだろ。二回も偶然で隣あわねーよ」
「じゃあ必然?」

そうなるべくしてなったのだ。そう、主に志摩がそうしたかったから。
ただそれだけのことだ。
燐は浴槽の角に移動して、落ち着いた。
行き止まりで、それ以上移動できなかったという理由もある。
志摩とは少し離れてて。でも近くには、いる距離。
志摩は燐の様子に苦笑する。

わかりやすくておもしろい。

目の前の湯から沸き立つ煙を追って、視線を天窓に向けた。
雨上がりの雲の隙間から、青い月が見える。
雨で暗くなっていたからわからなかったけど、もう宵の口に差し掛かっていたのか。
雨雲が去ったおかげか。今日は明るいなぁと思っていると。


灯りが消えた。


急に目の前が真っ暗になって、視線の先には明るい月。
そして、明かりのついた建物も見える。
たぶん、この寮だけ明かりが消えた。
「・・・停電?」
志摩は立ち上がって、燐のいた方向に足を進める。
途端、あたたかい肌が自分にぶつかる感触がした。
よろけた相手を支えるように、思わず腰を掴んでしまう。
そうして、その肌の感触を感じて。
そういえば自分たちは裸だったと思い出す。
「・・・なんかしっぽの生えた腰って新鮮やわぁ」
「おい、お前どさくさまぎれにどこ触ってんだ」
「奥村君に触ってんだ!」
「えばるな!」
暗闇に慣れない目でも、殴られれば火花が見えるのか。
燐にしたら抑え気味の力加減だったが、志摩にとっては十分痛かった。

「いたいー、ひどいわ奥村君」
「へ、変なとこ触るお前が悪いんだろ!」
「・・・へーぇ俺変なとこ触っとった?
ごめんなぁ。俺暗闇で目見えへんから。全然わからん」

目の前にいる相手が、また志摩と距離をとったのがわかった。
警戒されればされるほどちょっかいをかけたくなるこの衝動に、燐は気づかない。
志摩は暗闇の中に向けて、手をのばした。


「なぁ奥村君、俺なんも見えへんから。手、つないでくれへん?」


ひらひらと手を振れば、闇の中の相手が反応したのがわかった。
先ほどのこともあって。躊躇しているのか。
しかし、ちょっとよろけるように体を倒せば、支えるように反射的に握り返してくれた。
触れた手は冷たい。けど、心は熱くなった。
「お前、なにも見えてねーんだな」
「奥村君は見えてるん?」
「まぁな。昔から夜目は利いた方だし」
悪魔に覚醒してからは、夜の方が見えやすくなったらしい。
志摩にとっては暗闇でも燐にとっては薄暗闇程度のことなのかもしれない。
志摩は燐の優しさに甘えた。
暗闇で手を伸ばすものを、燐は絶対に見捨てない。
それが友達ならなおさらだ。

「しょーがねぇ。危ねぇから俺が掴んでてやるよ」
「おおきに」

手を引っ張られて、浴槽の縁までたどり着く。
燐が、先に浴槽から出たのがわかった。
志摩もそれに続く。
ぺたりぺたりと、ひんやりとしたタイルの感触が足裏にあたった。
風呂を出ようとしているのか。
確かに停電した風呂にいるのは危ない。
以前、合宿の時屍が出たのもこんな風に停電して。
しかも、風呂場で出現していた。
思い出して当時のぞっとた感覚が蘇る。
「なぁ奥村君。前ここで屍出たよな」
「そうだな」
「怖いわ・・・」
「いや、今は大ジョブだろ」
「怖いわぁ」
そう言って、さらに近づいた。
燐は先ほどと違って距離をとらない。
それに、志摩はつけこんでいる。
つないだ手を握り返せば、ちゃんと返してくれる。
例えその友達が、燐に対して邪なことを考えていたとしても。
燐はきっと志摩の手を離さない。


「なあ奥村く・・・」


志摩が行動を起こそうとしたとき、急に前に引っ張られた。
手をつないだ相手が倒れる。
顔に何かあたった。痛い。
しゃぼんの香りがした。
石鹸か。
石鹸、倒れる。

(え!奥村君せっけん踏んで転ぶとかどこのコントや!?)

暗闇に慣れていて、見えていたとしても。
本人のドジがあればこける。
当然、志摩も一緒にこけた。燐が手を離さなかったからだ。
「どわ!!!」
「いだー!!」
二人はもつれ合って、風呂場のタイルに転げ落ちる。
タイルは冷たくて、肌に触れる人肌が暖かい。
感触でわかった。
燐を下敷きにして、上にのしかかるように志摩が覆い被さっている。
そうまるで押し倒しているような体制。

「悪い志摩、こけた」

そう言って立とうとする燐を止めた。
肩を掴んで、向かい合わせになるようにする。
閉じた足の間に入るように。

「・・・志摩?怒ってんのか?」

燐から不安そうな声が聞こえた。
普通ならこけた瞬間に相手から文句が出るのに、
その相手は無言のまま燐の体を触ってくる。
どう対応していいのかわからなかった。
ふいに、顔に手が触れた。
志摩は暗闇で見えないはずなのに、燐と目を合わせるように顔を上げさせる。

視線が合った。
熱をもったその視線。

燐は、急に怖くなった。
以前のように屍に襲われた時のような恐怖。
自分のなにかを奪ってやろうという視線。
それを目の前の志摩から感じた。

「奥村君」
「ま、まて・・・志摩」
「タイルで体冷えたやろ」

冷たい手のひらが燐の体に触れた。
その温度差に体が反射を返す。
志摩が笑った気がした。


「なぁ奥村君。もっと、ここであったまらん?」


吐息が近づく。
燐は目を閉じた。
目の前が真っ暗になった。
合わせて、声が聞こえてきた。



ぴんぽんぱんぽーん

「えー、兄さん。兄さん。どこかにいたら至急602号室まで帰ってきてください。
今、帰ったよー。食堂にいるなら、今日のおかずは鮎の塩焼きがいいです」


ぴんぽんぱんぽーん


放送と同時に、電気がついた。

「うわー!目があああああ!!」

志摩が叫んだ。
自分たちの体制に気づいて、燐はさっと志摩の体の下から抜け出した。
急な明るさに慣れていないのか、志摩が目を痛そうにこすっている。
ほっとする自分がいた。
急な明るさにも、暗闇にも対応できる悪魔の眼の性能の良さに感謝した。
志摩は、さっきまでの体制を見てはいない。
暗闇で見えなかったはずだ。
あんな恥ずかしい格好見られたら生きていけない。

「電気ついたってことは、多分雪男が分電盤いじったんだろうな。
電気ついてよかった・・・」

9割の安心感と、残り一割の残念には蓋をして。
見てみない振りをする。志摩に対してそんな気持ちは断じてない。はず。
燐は、目をつむる志摩の手をひっぱった。
「ほら、風呂あがるぞ」
「あーごめん奥村君。俺まじ目が開かん、堪忍な」
「いいよ。さっきはこけて悪かったな。行くぞ。雪男帰って来ちまったし」
「・・・ほんま先生ってタイミング悪いわ。館内放送とかどないやねん」
「俺たちしかいないし。携帯繋がらない時とか、寮にいるときだけだけど、
俺も館内放送使ってるぞ?」
「はああ、そうですか・・・」

邪魔物は館内放送と共に。
せっかくいいとこまでいったのに、お預けだ。
光に慣れた目をあけると、脱衣所で着替えをしている燐の姿があった。
体についた湯をタオルで拭い。
下着をはいていく姿。
少し火照った体。
うむ、眼福だ。
一応、おいしいところは頂けたとしようか。
そうして、自分もタオルを使う。
背後で、燐がくしゃみをした。

「風邪?」
言った志摩もつられたように、くしゃみをする。
「お前もじゃね?さっき冷えたからかな」
そう言って、薄く桃色に染まった頬で笑った。
その笑顔に、どうしようもなく心がかき乱される。


「あかん。俺熱出そうや」


志摩の頬が赤くなった。
燐は風邪か?早く服着ろよ。という見当違いな返答をして
志摩の額に手をかざす。
たまらなくなって、抱きしめた。

「ぎゃああ!お前、濡れてんのに抱きつくな!」
「ごめん奥村君、そんなところも大好きやー!」
「何わけわかんねーこといってんだ馬鹿!ってかお前全裸全裸ああああ!!」

そのまま二人で、兄を探しにきた雪男が来るまでじゃれていた。


雨宿りをして、お風呂を借りた。
なんてことはない。たった数時間の遭遇だ。
だけど、その数時間の為に、寮の前でわざと雨宿りしたことは秘密。
そんな雨の日の出来事。

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