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CAPCOON7

青祓のネタ庫

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災いは上階で起こる



最初に気づいたのは誰だったのか。
目の前に黒いものが飛んでいる。
羽虫のようなそれは目の前を飛んでいき、消えていく。
そして、また別方向からそれがやってきては、視界を掠めていく。

こいつら邪魔だなぁ。

それが第一印象。
その黒いものこそ、菌類に付着する悪魔、コールタールだ。
こんなもの魔障を受けたら一番はじめに見る初歩悪魔。
入門悪魔といっても良いレベル。
志摩はあくびをしながら黒板を見た。
今は高校の授業中だ。周囲にいるのは完全なる一般人。
下手な行動はとれない。
志摩は改めて黒板を見た。
うむ、黒板の文字が、コールタールのせいでさっぱり見えない。
これは、授業を放棄しても良いレベルだ。
受ける気など毛頭なかったが、理由ができたことはなによりだ。

しかし、今日の彼らはおおすぎやしないだろうか。
志摩は、ポケットから携帯を取り出した。
もちろん、机の下に隠すことも忘れない。
メールを送ろうと思ったら、すでに何通かきている。
出会い系で遊んだから、また迷惑メールでもきているのだろうか。


送信者 坊
題名 まずいぞ
コールタールが教室の中にかなり入ってきとる。
今のところこっそり経で祓っとるけど、時間の問題かもしれん。そっちはどうや?


送信者 子猫さん
題名 僕もです
こっちも坊の方と対して変わらんと思います。
クラスの女の子の顔色がどんどん悪くなってきてます。
これ、奥村先生知ってはるんでしょうか。
志摩さんのとこはどうですか?


自分のクラスだけではなかった。
目を細めて確認すれば、窓の隙間から。扉の隙間から。
次々にコールタールが入ってきているではないか。
そして、これがほかのクラスでも起きている。

志摩はぞっとした。
何かが起きている。この数は尋常ではない。
あ、まずい。
コールタールが、このクラスで一番の狙い目美人にたかろうとしていた。

(あかん!)

志摩は、口元を教科書で隠して経を唱えた。
一瞬膨らんで、爆発するようにコールタールは霧散していく。
しかし、コールタールの勢いが止まることはない。
これは、大元を叩くしかないのかもしれない。
こいつらが好むものは、死体やゴミだ。
それを聖水で清めれば或いは。
志摩は、急いでメールを打った。


送信者 志摩 れんぞーの方
題名 こっちもまずいですわ!
今、経で祓ったんですけど、数が多すぎです。
一旦集まりましょう。まずい気がします。


程なくして、勝呂と子猫丸から了承の返事がきた。
志摩は、体調が悪いと言って教師の許可を得て教室を出る。
何人か、顔色の悪い生徒がいた。
たぶん、志摩が出たことで保健室に行く生徒が何人か続くだろう。
我慢はせんほうがええで、と思いつつ教室を後にした。
コールタールの数は、さっきよりも多くなっている。
廊下に広がるコールタールを避けながら、志摩は待ち合わせ場所に指定した階段の踊り場に向かった。


途中、誰かが男子トイレに入っていく姿が見えた。
どうも、見かけたことがあるような雰囲気の生徒だ。
しかし、コールタールの集団に遮られて、顔がよく見えない。
志摩は、階段を下りながら、雪男と燐に連絡を取ろうと思った。
あの二人には伝えておいたほうがいいだろう。

「志摩!」
「志摩さん!」

階段の踊り場には、先に勝呂と子猫丸が着いていた。

「お二人とも、大丈夫でした?」

志摩は、合流した二人に奥村兄弟に連絡を取ろうと言った。
しかし、勝呂がそれに首を振る。

「アカンかった。この少しの間に電波通じんくなっとる。試してみ」
「え、嘘!?」

志摩は、携帯の電波を確認する。もう圏外になっていた。

「場所によってはまだ通じると思うが、瘴気のせいやろう。
一応、俺と先生は特進科で階が一緒やから、先生のクラスの前通っといた。
たぶん、先生なら気づく」

階段の方も、空気が悪くなってきた。
紫色の瘴気が充満してきている。これを吸い込むのは、やはりよくない。
勝呂は口元を押さえて踊り場に設置されている窓を開けた。
こちらの方角の空気はまだ汚染されていないらしい。新鮮な空気が流れてきた。
三人は窓から顔を出して、空気を吸う。
階段でこうなのだ。密閉されている教室の中を想像してぞっとした。
後ろから階段を降りる音が聞こえた。

「三人とも、大丈夫ですか!」
「奥村先生!」

三人が振り返ると雪男がいた。
学校にいるからだろう、いつもの祓魔師のコートを着てはいなかった。
手に携帯電話を持っていることから、連絡を取ろうとはしていたらしい。
先ほど勝呂が去った方向を見ていた雪男は、急いで教室を出てきたらしい。
雪男は、三人にポケットから取り出したマスクを渡した。

「この魔除けのマスクをつけてください。瘴気の中でも少しは動ける」

外から、サイレンの音が聞こえてきた。

「救急車?」
「ええ、学園内で瘴気が充満していることで、倒れる人が続出しているんです。
症状が軽ければこの場所から離れるだけで良くなることもある。
三人には、魔障症状のある生徒の学園内からの退去を手伝ってください。
重傷者は、担架で運んで。一般の救急隊員の人も救助に来てくれます。
指示の優先はその場にいる医工騎士が第一、第二は救急隊員。
優先順位をつけるように」

「誰もいないときは?」

「独自の判断で。しかし、その場合は必ず正規の祓魔師を探すようにしてください」

雪男は、症状の重い者の手当と同時に、原因の究明が任務としてあると言った。

「原因はなんなんでしょう?」
「わかりません、しかし、一般的な死体やゴミから発生する量とは明らかに違う。
誰かが意図的にやっているのかもしれない」

誰かが意図的に学園に仕掛けた。
一般人を巻き込んだ無差別な攻撃方法だ。
勝呂は胸くそ悪ぃとつぶやいた。
みんな、心中は同じだろう。

「あのぉ出雲ちゃん達は大丈夫なんですか?」
「神木さん達は一足先に救急テントで手伝ってもらっています。大丈夫ですよ」

聞くと、塾を辞めたが悪魔の見える朴も応援で手伝っているそうだ。
そうなると、残りは。

「奥村君は?」
「兄さんは・・・」

階段をばたばたと駆けあがる救急隊員が4人の前を通った。

「君達、大丈夫かい!?」

雪男は階級証を見せて言う。

「僕は祓魔師です、この3人は祓魔塾の生徒です。
今回の事態についての対処は心得ております。一般人の保護をお願いします」

上の階から悲鳴が聞こえてきた。
事態はまずい方向に動いているようだ。
廊下の方にも、ストレッチャーを持った隊員が動いていた。
雪男と話していた救急隊員も「気をつけて」と言い残し急いで現場へと向かう。
上の階からまた別の声が聞こえた。

すまない、タンカを貸してくれ!!この少年の症状はかなり重篤だ!
その声に、ストレッチャーを持った救急隊員が応えている。

4人は表情を険しくした。被害が出ているようだ。
雪男は携帯電話を見た。圏外だ。

「兄とは、連絡がまだついていないんです。誰か兄からの連絡ありましたか?」

三人は首を横に振る。
志摩は、雪男に提案した。

「もしかしたら、もう誰か連絡来てるかもしれませんよ。
今圏外やし。なんやったら窓の外に携帯かざしてみませんか?」

4人は携帯を正気の少ない窓の外に向ける。
すると、雪男の携帯に着信があった。
時間的に、少し前に送られたようだ。
雪男の携帯が既に圏外だったため、受信ができていなかった。


送信者 奥村 燐(兄さん)
題名 なんかおかしいぞ
教室にコールタールがいっぱいいる。
トイレから見たけど、
コールタールが発生してる場所がわかった。
誰かがひょういされてからじゃ遅いし、先に行ってる。
たぶん、旧校舎のほうだ。


「「あんのバカ!!!」」

メールを見た雪男と勝呂は、そろって激高した。
志摩は、奥村君って変わらんなぁと身を震わせる。
きっと、見つかったら二人からこってりと絞られるだろう。
そうして、志摩が見たトイレに入っていった人物が燐ではないかと気づいた。

「仕方ありません。僕は急いで旧校舎に向かいます。
君たちは、さっき言ったように魔障者の搬送を」
「先生、奥村見つけたら俺も言いたいことがあります」
「ええ、そのときは勝呂君にもつきあってもらいましょうか」


そうして、それぞれに解散した。
志摩は気になって、一応トイレも確認したけれど、燐は既にいなかった。
途中で、全身を毛布で包まれたストレッチャーに乗った人ともすれ違った。
だいぶ、症状が重い人も出ているらしい。
廊下にも、生徒が何人かぐったりと倒れている。


志摩は、覚悟を決めた。
よし。まずは、女子生徒からの救出だ。


姿の見えない燐のことも心配だったが、燐は、悪魔だし。
瘴気の中でもきっと大丈夫だろう。
それが、みんなの共通の認識だった。


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悪魔への対価


悪魔の力を得るならば、同等の対価が必要だ。



高等部の午後の授業ほど、眠くなるものはないと思う。
燐は机に立てた教科書の裏でこっそりとあくびをした。
黒板には数学のなにやら訳のわからない数式が羅列されている。
教師に当てられた同級生が、その数式の答えを導き出す。
それは正解だったらしく、授業はまた教師の一方的な話になっていく。
正十字学園は進学校だ。雪男の通う特進科ほど厳しくないにしろ
授業内容は普通の高等学校よりレベルは高い。

燐は、祓魔師になるためにこの学園に来た。

そのため、高等学校の高度な授業など最初から放棄している。
追試や赤点は取らないようにしたいけれど、
そもそも中学をまともに通っていない自分が高校の授業についていけるなど
到底思わなかった。

「えー、次。この問題を・・・奥村君わかるかい?」
「・・・え、俺?」

びっくりした。まさか当てられるとは思わなかった。
授業中にぼうっとしているのがばれたのだろうか。
雪男が言っていたが、教卓の方にいるといくら隠れていても、どの生徒が
何をしているかくらい教師にはモロわかりらしい。くそう。
冷や汗をかくが、目の前の黒板を見て答える。

「・・・2です」

教師は、驚いたように目を見張った。

「正解だ。なんだ、わかっているじゃないか」

また教師は黒板の方を向く。
クラスメイトも燐が正解したことに驚いているらしい。
当然だ、燐だって答えがわかっていたわけではない。
春から授業に出ていて思ったことだが、この数学の授業。
だいたい答えがマイナス2~零を含むプラス2までの間に答えが集中している。
この大体の幅さえわかれば、あとは勘で答えればいい。
当たればもうけものだし、当たらなければそれでいい。
これが燐が高等部の授業を乗り切るためにつけた知恵だった。
ちなみに、数式を全て書いて正解となるテストにはこの勘は使えない。
だからいつも点が悪い。たぶん、マークシートならどうにかなると思うのだが。


燐は、窓の外を見た。木漏れ日が溢れる穏やかな日だ。
対して教室はいつもと比べて若干暗い気がした。
燐の目の前に、コールタールが漂ってきた。それを指先でぷちりと潰す。
前々から思っていたのだが、こいつらを潰す時に出るぷちりという音がなんとも
たまらない時がある。なんだろう、この梱包材を潰しているかのような感触。
教室のほうに目を向けると、コールタールがいつもよりも大目に漂っているのが見えた。

(・・・こいつら、大丈夫なのか?集合体になると性質が悪ぃし・・・)

どこかにコールタールの発生場所になっているようなモノがあるのだろうか。
動物の死骸や、ゴミにもたむろする悪魔なので、学校にいてもそう珍しいものでもない。
しかし。以前現れた悪魔のように、人に憑依するようになってから対処するのでは遅いだろうし。
燐は手を上げた。

「すみません、少し体調が悪いので保健室に行ってきます」

別に、授業が暇だったから抜け出したかったわけではない。
そう、断じてそうではない。燐は心の中で言い訳しつつ、教室を抜け出した。



誰もいないトイレに入り、携帯電話を取り出す。
電話をかけようとして、止める。今は授業中だ。
雪男にかけてもダメだろう。メールを打って送信しておいた。
トイレの窓を開けて、外を見た。

コールタールはやはり先ほどよりも多くなってきている。

コールタールの流れていく方向を辿ると、どうやら旧校舎の一角から流れ出てきているようだ。
この旧校舎というのは、取り壊し途中の建物らしい。
古い建物を残しておくと、悪魔の住処にされる恐れがある。
そのため、立ち退きが終わった時点ですぐに取り壊すように理事長であるメフィストから直々にお達しがきているのだ。
勿論生徒の立ち入りは禁止されている。

燐が入学した春頃から徐々に解体を始めて行ったらしく、残すところあと一棟だけだ。
その一棟の建物の一角から、コールタールが溢れてきている。
そこにあるのは、動物の死骸か。それとも。

なんにせよ、言って確かめることが先決だ。
トイレのドアを開けると、目の前が真っ暗になった。
「・・・う、わ!」
コールタールの軍団だ。廊下中に溢れかえっている。
空気中には、うっすらと瘴気まで出てきているではないか。
きっとこのままでは一般の生徒にも被害が出る。
燐は、急いで外に出ようとした。
が、ドアの前で人にぶつかってしまう。

「あだ!」

しりもちをついた。起き上がろうとすると目の前の人物が手を差し出してきた。
顔を上げると、見たことも無い人物だった。
服装は、救急車に乗っている隊員が身に着けている医療用の青い服だ。
顔を覆う大きなマスクと防護眼鏡が、人物の顔を覆い隠している。
しかし、何故ここに救急隊員が。

「すまない、大丈夫かね」
「はい、でもなんで救急隊員の人がここに?」
「学園から体調不良の生徒が続出しているという連絡がきてね。
今学園内を見回っているんだ」

きっとコールタールのせいだろう。
一般人がいてもどうにもならないだろうが、
おそらく瘴気によって体調不良を起こした生徒はこの場にいないほうがいい。
救急車で病院に運んだ方がいいのだろう。
遠くの方から救急車のサイレンが聞こえてきた。
だいぶ、まずい事態になってきているようだ。

「俺は大丈夫なので、他の人のところへ行ってください」
「そうか、わかった」

燐は一刻も早く旧校舎のほうへ行きたかった。
元凶を見つければ、どうにかなると思ったのだ。
その救急隊員を押しのけて、ドアの方へ向かった。
だからこそ、気づかなかった。


「まぁ君は、大丈夫だろうね。なにせ悪魔だから」


燐が反応するより早く、その人物は燐の口元を液体が染みこんだ布で押さえた。
呼吸をすると、ぐらりと意識が揺らぐ。
同時に、腕にちくりとした痛みが走る。
注射器で、体内に入っていく透明な液体。
反射的に人物を突き飛ばして、青い炎を出した。

しかし、炎の勢いはすぐに収まってしまう。
体内から、激しい激痛が生まれたせいだ。

思わず胸を押さえて蹲る。さっきの液体のせいだろうか。
ろくに立つことすら出来ない。吐き気とめまい。全身を襲う激痛。

「・・・う・・・ぐッ・・・」
「苦しいかい?まぁトリプルC濃度の聖水を直接体内に入れられたら、
いくら君でもまともじゃいられないか」

燐はその人物の顔を見ようとしたが、目の前がぼやけてよく見えない。
しかし、見たことある奴だ。こいつは―――
燐は、もう一度布で口元を覆われた。意識は、そこで途切れてしまった。


「・・・やれやれ、しぶとい子だ。流石は魔神の仔、といったところかな」


人物は倒れた燐を担いで、廊下に出た。
廊下には、体調不良の生徒で溢れかえっている。
その隙間を縫うように、救急隊員がめまぐるしく動いている。
そのうちの一人に、声を荒げて詰め寄った。

「すまない、タンカを貸してくれ!!この少年の症状はかなり重篤だ!」

救急隊員は、担がれている燐の顔色を見てすぐにその症状を悟ったようだ。
持っていたストレッチャーを差し出して、そこに燐を乗せる。
毛布を体全体にかけて、ベルトで固定した。燐はその間もピクリとも動かなかった。

「意識が混濁していますね、これはひどい」
「後は、私が受け持とう。君は、他の生徒を見てくれ」
「わかりました。失礼ですが、他の隊の方ですか?
自分は南十字の方から応援できたので、できればお名前をお伺いしたいのですが」

ストレッチャーを引いて急ぐ人物に、隊員は問いただした。
その人物は、マスクを外して、言った。


「私の名前は藤堂だ。君と同じく、応援できている。後は頼んだよ」


わかりました、と隊員は言って、自分の仕事に戻っていった。
藤堂は、マスクを付け直して燐の乗ったストレッチャーを急いで押していく。
燐の顔を見せないように、かけた毛布で顔を覆って、押さえることも忘れない。
途中、祓魔師のコートを纏った人物と何人かすれ違った。

しかし、誰も気づかない。

周囲にいる瘴気にやられた生徒達の対処で精一杯なのだ。
相変わらず、祓魔師は人員不足だな、と元いた職場ながらつくづくそう思う。
だからこそ、こんな誘拐行為が成立するのだけれど。
藤堂は、久しぶりに気分が高揚していた。
京都の時もそうだったが、欲しかったものを手に入れるのは、やはりいつだって楽しい。



「さて、君の炎の味は、どんなものだろうね。奥村燐君」



伽樓羅の炎を身に宿した男が呟いた言葉にも、燐は反応を示さなかった。

僕が守るよ



「大人しくしていれば綺麗なものだろう?」

アーサーは目の前にある青い水晶を撫でた。
そこには無機質な感触しかなく、中に入るものが宿している炎の温度など感じない。
水晶は青い火の粉までも閉じ込めており、光が反射するたびに青く光った。
アーサーは水晶を叩いた。
こんこん、という堅い音しかしない。
中に入るものが目覚める様子はなかった。

「お気に召さないのか?奥村雪男」
「・・・当たり前だろう」

薄暗い地下牢のような場所で、アーサーと雪男は対峙していた。
雪男はアーサーの言葉に返事を返したものの、視界になど入れていなかった。
腹の底が焼けるようだ。
喉の奥から恨み言を吐き出したい。
この目の前の男に、この不快な思いをぶつけて罵ってやりたかった。
アーサーの後ろに浮かぶ、青色の水晶のなかには傷だらけの燐がいた。
ぴくりとも動かない。
燐は、水晶に閉じ込められて外からの呼びかけに何の反応も返さなかった。

「死んでいるみたいだな」

アーサーの愉快な声はやまない。
黙れ、そんな不吉なこと言うな。
その口を閉じろ。
僕の家族を帰せ。返せ!
雪男の目は家族を奪われた憎しみで染まっている。
その燐と同じ瞳を見て、アーサーはため息をついた。

「人間とはいえ、同じだな。魔神の息子め」
「そうさせているのは貴方だ」
「そうか?私は剣を向け、この悪魔を閉じ込める檻に入れた。
お前は暴走したこいつを止めるために銃を向けた。
私も、お前も、この悪魔を止めるためにしたことは同じではないのか?」
「違う」
「違わないさ。結局守るとかほざいているが、お前だって傷つけることでしかこいつを止めることはできない」
「・・・僕は兄さんを守るために力を手に入れた」
「が、結果はどうだ?お前はなにも守っていない」
「ここで貴方を殺して兄さんを取り戻せば、僕は兄さんを守ったことにはなりませんか」
「無理だな。お前では俺は倒せない。俺に殺されて終わりだ。
結局お前は自身すら守れない。負け犬になるだけさ」

アーサーは水晶に魔剣の切っ先を向けた。
水晶の中に魔剣が沈み込んでいく、剣が燐の体に僅かに突き刺さった。

「なにを・・・!」

雪男は焦った。燐の体は既に傷ついていると言うのに、アーサーは更に傷つけようとする。
反射的に銃で魔剣を狙い撃つが、水晶に弾かれてそれも叶わない。
アーサーの魔剣には水晶を貫通する術式でも施されているのだろうか。
魔剣が抜かれると、水晶に入った切れ込みは綺麗に修復されていく。
血だ。血が出ている
体が傷つけられたというのに、中にいる燐は苦悶の表情もなにも浮かべない。
血が燐の体を染め上げる。
腹を伝い、つま先から落ちていく。
水晶の先端に血溜まりができた。
傷が癒えるまで、血は流れ続け、そこに溜まって落ちていく。

「このまま何度か繰り返せば、いつか水晶の中は血でいっぱいになるな、紅水晶の出来上がりだ」
「悪趣味な・・・!」
「まぁそんな面倒なことはしないさ、こいつの血はな、利用価値があることがわかった」
「価値・・・だと?」

アーサーが水晶の先端を切断した。
血溜まりは床に広がり落ちていく。周囲の暗闇から、鋭い眼光がいくつも宿った。
ゴブリンだ。唸り声を上げながらアーサーと雪男に飛び掛ってきた。
雪男は冷静に銃で打ち抜いていくが、ゴブリンの一匹が雪男の傍を通り抜ける。
『グルアアアアアアアアア!』
その瞳は狂喜で満ちていた。必死に、欲する。欲、本能。
床に流れ落ちている血にゴブリンは我先にと群がっていく。
それも、一匹や二匹ではない。
ゴブリンは人間になど目もくれず次々に燐の血を求めて塊になっていく。

「な?簡単だろう?」

塊に魔剣を突き刺し、殺していくアーサー。
まるで野菜でも切るかのように剣を上下に動かすだけでゴブリンは死んでいった。
反撃はない。それよりも目の前にある血に固執している。
自身の死よりも優先されるべき血。
悪魔を狂わせる。魔神の血だ。

「こうやって悪魔をおびき寄せることにも使えるし、
手騎士が使えば召還のリスクを押さえることができるようだ。
こいつの血を使えば、手騎士のランクに囚われずに上位の悪魔を召還することもできるようだ」
「・・・こんな実験動物みたいな扱い、許されるわけないだろう!」
「三賢者が命じたことだ。許すも許さないも。それこそ、神の御心のままに」

十字を切ってお辞儀をするアーサー。
そこには何の悪意もない。善意のみの瞳。
だからこそ、悪魔染みている。
雪男の瞳は正しく、殺意で染められる。

「では聞くが、こいつが外に出て、何かが変わるのか?」

アーサーは心底面倒臭そうな顔で言った。

「こいつが外に出る。こいつはそれこそどこにだって行くだろう。
家族を。友人を。傷つける敵がいるなら駆けつける。自分の大切なものを守るために。
しかし、元を辿れば原因はこいつ自身にある。魔神の仔など、存在するだけで疎まれ蔑まれ。
殺される。こいつは厄病神だ。何を起こすかわからない。何を引き寄せるかわからない。
だったら、最初から閉じ込めておけばいい。簡単だろう?
お前も、監視をしている時に思っただろう?
どうしてコイツは大人しくしていないんだろう。
大人しく部屋にいてくれれば、あとは自分がカタをつけて戻ればいいのに。
そう思っていたんだろう?」

「そんなこと・・・!」

「思っていないとは言わせないぞ、いつもお前はこいつに対して思っていた。
自分が守る、自分が兄を守るのだと。それに対してこいつは反論しただろう。
しかし、お前は反論を許さなかった。
こいつを守ると言う名目で閉じ込めることも、麻酔で眠らせて大人しくさせることもした!
何が違う奥村雪男。
こいつを大人しくさせたかったのは紛れも無いお前自身も望んでいたことだ。
俺がやることとお前がやることにそう、大差はないさ」

「違う!」

どうして大人しくしておいてくれなかった。
その言葉は幾度となく雪男が燐に呟いた言葉だ。
燐にも主張すべきことはあった。そして雪男と山ほど対立した。
しかし、今彼は反論するべき意思をもたない。
彼は、それこそアーサーの。雪男の意のままにできる状態だ。
それを、望まなかったと言えるのか?
アーサーは雪男に問いかけた。
「共通することは、こいつの意思を無視していることだがな」
「お前とは違う!僕は、そんなこと望んでなんかいない・・・!」
アーサーは首をかしげた。
心底訳がわからない、といった表情だ。


「じゃあどうしてお前は―――笑っているんだ?」


薄暗い地下牢のような場所で、アーサーと雪男は対峙していた。
アーサーの後ろに浮かぶ、青色の水晶のなかには傷だらけの燐がいた。



正しくいうなら、ここには―――悪魔が、三人いたのだ。

テンカウント

「質問です。キスとはどういうものでしょう?」
「はい、口と口がくっつく動作だと思います」
「なるほど、正解です」
「ありがとうございます」
「では、先ほどの俺と奥村君がした口と口がくっつく動作はキスですね?」
「違います」

「何がちゃうねん!」

志摩は怒って、教科書で燐の頭を叩く。
いてぇ、という声と共に燐は椅子から転がり落ちた。

「あんなもんノーカンだ!ノーカン!!」

燐は赤くなった額を抑えて志摩に訴えた。
夕暮れの教室の中、二人はいがみ合っている。
それというのも、高校の授業の移動教室で燐と志摩がたまたま遭遇したのが原因だ。
今まで高校の授業の時には遭遇しなかったし、
丁度いいから二人で一緒に祓魔塾に行こうという話になった。
しかし、二人が誰もいなくなった教室で暇を潰していた時。
事件は起こった。

「奥村君、もう少し右」
「ちょ、動かすなよ」

二人で、掃除用具入れの上に雑誌があることに気づいた。
普通の雑誌なら、わざわざあんなわかりにくいところに置いたりはしないだろう。
用具入れと天井の間に出来ている隙間と影に絶妙に隠されている。
二人の意見は一瞬で一致した。

これは
エロ本に違いないと。

二人は雑誌を取る為に奮闘した。
志摩が燐の乗る椅子を抑え、燐が手を伸ばす。
お金持ち学校なだけあって無駄にでかく高い掃除用具入れは、
燐が椅子に乗って手を伸ばすことでようやく上に背が届く。
背の高い志摩にさせなかったのは、志摩はエロ本を手に入れた瞬間に
どこかに行きそうだと踏んだから。

奥に手を伸ばし、届け俺のエロスと心で叫ぶ。
ぎりぎりで奥に手が届いた。

「とれた!」

雑誌を取った勢いで、思わず後ろにのけぞった。
バランスを崩して、そのまま後頭部から床に倒れかける。
「奥村君!」
志摩は、燐の背を支えようと腕を伸ばす。
が、いきなり倒れこんでくる相手を掴むのは至難の業だ。
二人でもつれ合ううちに、志摩が強引に燐の手を引っ張って自分の方へと
引き寄せる。
そのまま、二人で床に倒れこんだ。
同時に、ガシャン。と燐の乗っていた椅子が床に落ちる。
志摩は必死だったので。
それこそなりふり構わずに燐を抱きしめていた。
その時に、そう。ほんの少し唇同士が触れあった。
感触はお互いに感じあっている。

これをキスとするか、しないか。両者の意見はまっぷたつに割れた。

「唇触れたらキスやろ!」
「違う!あれは、その。事故だ!
俺のファーストキスはこんな事故で亡くなってしまう命じゃないんだ!」
「え、はじめてやったん・・・?」

ぽかんとした顔の志摩。燐はしまったと思うがもう遅い。
経験なしを自己申告してしまうなんて。
燐は青くなったり赤くなったりと明らかに動揺している。

「なし!今の発言なし!」
「うん、俺はそれでもいいけど・・・」
「あ!なんだよその目!俺のことを哀れむように見るのはやめろおお!」
「あかん。奥村君それは被害妄想や」
「じゃあななん、なんだよその俺を見る目!」
「えーっと濡れた瞳?で君を見つめているだけや」
「やめてくれ」
「ごめん、それは無理。俺ドライアイやねん。
君を見つめて俺の瞳を濡らす治療をやな・・・」
「変な口説き方すんなよおおおお!」

背を見せて震える燐の肩を掴んで、志摩は優しく宥めた。
「奥村君、奥村君」
よしよし、大丈夫やで。さっきのは口がすべったんやろ?
俺もちゃんとわかってるって。
ほら、慌ててるとろくなことにならんし。
こっちむいて。ちょっと落ち着こうな?

燐は動揺しすぎて警戒心を忘れ、言われるままに振り向いた。


「いただきます」


そのときの志摩の顔はまさに獣だった。
燐の顔を掴んで、情緒のかけらもなく唇に噛みついた。
反抗される前に足払いをかけて、その場にもろとも倒れ込む。
もう、喧嘩としかいいようのない荒ぶるキスシーン。

「んー!!むぐーー!」

志摩に唇を奪われたまま、燐は叫ぶ。
だが、志摩も譲れない一線と言うものがある。
どや、これで事故では済まされへんぞ。
これが既成事実という奴や。

「ん・・・!う・・・・・!!!」

燐のもがきが段々と小さくなってきた。
結構苦しそうに床をバンバンと叩く。
手がぱたりと床に倒れた。やがて、燐は動かなくなった。
酸欠だ。
志摩は、ようやく口を離して倒れる燐の顔と、
近くに転がるエロ雑誌を見てつぶやく。

「俺の勝利や・・・!」

志摩は戦利品のエロ雑誌を服の中にしまって、
もう一度燐の唇を触って確かめる。

「これでツーカウントや、なかったことにはさせへんで?」

時計をみれば、塾開始30分前。
これは、丁度いい時間。
志摩は、倒れる燐に何度も口付ける。

繰り返して、9回目。

そこで、強制的な人工呼吸で目覚めさせられた燐が言った。

「ぎ、ギブアップ・・・」

志摩の口を手で押し退けて、もう無理だと訴える。
志摩は、その手にもキスをして。悪い顔をして言った。


「残念やったな奥村君。君の瀕死のファーストキスは、
テンカウント目であの世行きや」


もう一度押さえ込んでキスしたら、殴られた。
強引に奪ったキス。半泣きの燐。
不覚にも胸がときめいた。
殴られた瞬間に見えた映像。

死んだじいちゃんと兄貴が手を振っていた。

謝罪のいろは


「志摩のところって兄弟喧嘩したときどうしてる?」
「え?先生と喧嘩でもしたん?奥村君」

塾が終わった後の帰り道で燐は志摩に質問した。

別に喧嘩をした訳ではない。
ただ、最近雪男と喧嘩をする時はお互いにムキになりすぎて
結果、喧嘩が長引く事が多々あった。

雪男は陰湿な一面がある。

塾の宿題を燐だけ増やしたり、授業中に当てるのは勿論。
燐がとっておいたゴリゴリ君を誘拐したりと犯行が
次第にエスカレートしていくのだ。
兄としては悔しいが、毎回雪男にやられる嫌がらせも勘弁して貰いたい。

だからこそその前に手を打ちたい、というわけだ。

「喧嘩はしてないけど、喧嘩を長引かせない喧嘩の仕方ってあんのかなーって
思ってさ。ほらお前の所兄弟多いじゃん?」
「あー、確かに。喧嘩長引くと嫌やんなあ。得に先生ねちっこそうやし」
「だろー!やっぱり志摩はわかってくれるか!」
「頭いいとそういう所にも頭回るしな。柔兄がそうやったわー」

志摩は何か過去の出来事を思い出したのか、涙が止まらなくなっていた。
成る程、志摩も苦労したらしい。

「で、方法ある?」
「うん、あるにはある。発案者は金兄やけどな。
あ、でも使い所は間違ったらあかんよ?」
「なんで?」
「火に油注ぐ結果になったこともあったからな」

そうして志摩は、燐にこっそりその方法を伝授した。



志摩と別れた後。
部屋に戻ろうとドアノブに手をかけたら、中から悲鳴が聞こえてきた。

『やめてー!』
「こら大人しくして」
『やー!おれのたいせつなものなのー!
りんー!りんー!』
「こら、ヌルヌル動かないの」
『やー!』
「…何やってんだお前ら」

燐がドアを開けると、ベットの上でヌルヌル動くクロと
そのクロを押さえる雪男がいた。
一体何事かと思っていると、雪男の手に爪切りがあるのが見えた。
成る程、クロの抵抗も頷ける。
燐を無視して、雪男とクロはお互いに譲る気配を見せず、
戦いはヒートアップしていく。

「あいた!ひっかくなよクロ!」
『ゆきおがわるい!やなことするからー!』
「ちょっとは爪切らないと僕らの服が穴だらけになるだろう!」
「いや、落ちつけよお前ら!」

見兼ねた燐が雪男の持っていた爪切りを取り上げた。

「なにするのさ!」

燐を見上げる雪男の形相はかなり怖い。
燐は必死すぎる雪男に若干引きつつ、とにかく宥めることにする。

「何があったんだよ…」
「どうもこうもないよ、
帰ってきたら僕の祓魔師のコートでクロが爪とぎしてたんだよ。見てよこの穴!」

見れば、確かに複数の穴がコートに空いていた。
とはいっても小さな穴だ。

「…気にしすぎじゃね?」
「違うよ、その横」

横に視線をずらすと、
臍の辺りに切れこみが入っていた。
確かにこれは深い。
布がめくれているので、これは見方によっては…

「臍出しコートか?」
「わかってくれた?まあ上半身裸でコートは着ないけどさ…」
「え?でもこの前裸コートだったよな?」
「あれは誰かさんが炎で服燃やしたからだろ」
「…うっ」

そこをつかれると、燐には何も言えない。
雪男がクロの爪切りを再開しようとすると、今度はクロが口を開いた。

『あれはおれじゃない!りんがやったんだろー!』
「…え」

クロが言うにはこうだ。
朝起きて、燐が腕を回していると丁度かけてあったコートに
燐の手が当たったらしい。

すぱっとコートが切れていたとクロは訴える。

燐は自分の手をみた。

おお、なんてことだ。
爪が伸びている。

燐の爪は悪魔の爪だ。
それこそ祓魔師のコートだって軽く裂けるだろう。
嫌な汗が一気に噴き上げてきた。
燐は何も言わず、部屋から逃げようとした。
雪男はそれに足払いをかけて阻止する。

燐が床に倒れこんだ。

「雪男。お、俺はなにも…」
「怪しいな。クロの言葉はわからないけど兄さんは怪しいな」

クロを離した雪男は、今度は燐ににじり寄ってきた。
クロは開放された瞬間に全力でドアから逃げていった。
もう言い訳の仕様もない。
怒れる雪男は爪切りをカチッカチッと鳴らしながら
仰向けに転がる燐の上に跨がった。

正直怖い。怖すぎる。

雪男は燐の手を取って、コートの切れ目と燐の爪を照らし合わせた。

ピッタリだ。

「…で、何か反論は?」

冷めた笑顔の雪男を見て、燐は志摩の言葉を思い出す。
使い所は、そう。
今かもしれない。

燐は意を決して言った。



「そ…某が悪うございました!」



「…は?」

呆然とする雪男に燐は更に言葉を続けた。

「何分、右も左も解らぬ若輩者故、貴殿のお怒りもごもっともで御座ろう。
しかし、だかしかし!某にも悪気があった訳ではございませぬ!
不慮の事故なので御座る!許してくれとは申せませぬが、せめて。
嗚呼せめて御慈悲を!雪男様!お代官様!代官山様!」

「誰が代官山だ!」

ばし、と頭を叩かれた。
燐は痛む頭で考える。くそ、使い所を間違えたか。

志摩家では、喧嘩が始まる前に阿呆みたいな言葉を言い合うことで、
喧嘩を回避すると言っていた。
その口調は多岐に渡り、オネェ言葉。時代劇口調からネット用語まで対応可能らしい。

しかし悲しいことに、これを笑って済ませる関西のノリが泣ければ
この謝り方は成立しないのである。

燐と雪男は南十字の修道院育ちであった。


「くそ、オネェ口調の方がよかったか…」
「とりあえず、謝る気があるのかはっきりして貰おうか」
「ごめんなさい」
「よし。謝罪は受け入れよう。じゃあ次はお仕置きだ」
「な、なんだってー!」
「もないでしょう。人のコート駄目にしといて」

雪男は手を伸ばして、燐の手を取った。伸びた爪をパチリと爪切りで切った。

そう、深爪ギリギリの深さだった。

「い、嫌だやめろ!お前の切り方怖い!」
「どのくらいで血が出るだろうね?」
「やめろー!」
「冗談だって。まあお仕置きだしね。両手両足ともやってあげるから覚悟して」
そして、雪男は思いついたかのように燐に言った。


「大人しくしておれば、悪いようにはせぬわ…」
「…お、お戯れを……!」

その後しばらく、602号室からは燐の悲鳴が聞こえてきたという。

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