青祓のネタ庫
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好きだよ、と言われたのはいつの頃からだったか今はもう思い出せない。ただ、最初。
俺は悪魔みたいだって嫌われていて、誰も俺のそばに近寄らなかった。
それは仕方のないことだって思ってた。
俺は、ひとりの方がいいのかもしれない。
そう思って一人でブランコに座っていると、夕方になっても帰らない俺を心配してか雪男が迎えに来てくれた。
「帰ろう、父さんもみんなも待ってるよ」
僕、おなか空いた。兄さんのごはんが食べたいな。
顔をあげて、雪男の顔をみる。
俺に笑いかけてくれる、俺の家族。
そうして、何気なく言われた言葉。
僕、兄さんのこと好きだよ。
そうあいつは言ってくれた。
俺はそれがすごく嬉しくて。
俺はそれに甘えていたのかもしれない。
「好きって言われるの嫌いなの?」
雪男はベットに座る燐に話しかけた。
目の前に座る兄はさっきまで笑いながらマンガを読んでいたのに、今は俯いて表情が見えない。
「・・・んなことねーよ。なんでそう思うんだ?」
「いや、だって僕がさっき「好き」って言ってから。なんだか顔色悪いから」
「ば、お前。恥ずかしくねーのかよ」
「恥ずかしくはないかな。照れてるの?」
「うっせーな」
燐は雪男から表情を隠すようにそっぽを向いた。
照れているだけか。そう思って、制作途中だったプリントを作成する為にパソコン画面に目を向ける。
画面に映った自分の顔は、少し赤い。
まずいな、照れられるとこっちが恥ずかしいじゃないか。
雪男は動揺を隠すようにメガネを上げた。
なんてことはない会話だった。
好きな奴はいるか。と質問されて。
逆に兄に質問した。
「兄さんはいるの?」
「俺が先に聞いたんだろ」
「僕は・・・、まぁ」
「なんだよ。いるのか」
にやにやしながら、聞いてくるその顔。
まさしく悪魔みたいだ。
「別に僕のことなんて良いだろ!」
「いーや、弟の春を祝わない兄はいない!で、誰!?」
「しつこい!」
「いーじゃん!」
そうして、嘘をつかない程度の切り替えし方を思いついた。
「たった一人の家族、だし。兄さんのことは好きだよ」
なんちゃって。とか言おうかと思ったけど。
いえなかった。だって僕は本心から兄さんのことが好きだった。
告白なんてできないから、せめてそれくらい言ってもいいだろう。
家族という言葉にカモフラージュされた好きという言葉。
それを聞いて、兄の顔は曇った。
だから、動揺を押し隠して聞いた。
自分に好きと言われるのは嫌いなのかと。
もしかしたら、隠している気持ちに気づかれたのかと。
そう思った。
でも、心配は杞憂に終わる。
「まぁ、俺も兄ちゃんだからお前のことは大切に思ってるぜ」
そう言って兄は、部屋を出ていこうとした。
どこにいくの、と聞いても「外」とだけ答える声。
閉まる扉。
足早に去っていく兄の姿。
雪男はため息をついて、メガネを上げた。
燐が悪魔として目覚めてから、どことなく距離を感じるようになったのは気のせいだろうか。
照れているだけならいい。
でも、そうじゃなかったら。
そう思うと心は不安でいっぱいになる。
「兄さん」
家族だからとか、兄だからとか。
そんなのじゃないんだ。
「僕は、兄さんのこと好きだよ」
悪魔だったとしても。
だれよりも優しいことを知っている。
周囲の人間がいくら兄さんを嫌っていても。
僕は、好きだよ。
その言葉を伝えたい。
でも、もう一人の雪男はその言葉を絶対に言ってはいけないことを知っている。
だから、雪男は去っていく燐を一度も追ったりはしなかった。
燐は、学生寮の一番下のトイレに駆け込んだ。
そこで、蛇口をひねって水を流す。
こみ上げてくる、不快感。
「・・・げほ・・・ッ」
口から血を吐いた。
吐いた血は、水の流れに沿って消えていく。
何度か繰り返すうちに、呼吸も落ち着いてくる。
手のひらを見れば、吐き気を押さえた時についた血がやけに鮮やかにこびりついている。
手を洗って、血を流す。
顔も血のにおいがしなくなるまで洗った。
水を止めて、鏡を見る。
多少顔色は悪いが、すぐに元に戻るだろう。
はぁとため息をついて、燐は俯いた。
いつからこうなってしまったんだろう。
思い返せば、人間だった時にこんなことは起こらなかった。
もしかしたら悪魔特有の病気なのかもしれない。
今のところ誰にもバレてはいないが、それも時間の問題だろう。
雪男と話していると、こみ上げてくる不快感を消せない。
だから、逃げるようになった。
必然的に、雪男と距離ができてしまうのも仕方がなかった。
「・・・この力に目覚めてから、あいつと離れるばっかりだ」
先を歩いていく雪男に近づけない。
そんな思いがストレスにでもなっているのだろうか。
こうなったら、メフィストにでも相談して部屋を変えてもらおうか。
そうなると、たぶん雪男が新しい男子寮に引っ越して、旧男子寮にはクロと二人きりで暮らすことになるだろうけど。
そうなったほうが、いいのかもしれない。
このことが雪男に知られたらきっとすごくショックを受ける。
ただでさえ心配をかけているのに、これ以上かけたら雪男の頭に白髪でも生えてきそうだ。
白髪になった雪男を想像して、思わず笑った。
まだ、俺は笑える。
きっと、大丈夫だろう。
そうして、トイレを出た。
目の前に、廊下の壁に背を預ける志摩がいた。
思わず、足が止まる。
志摩の表情は暗い。
「え、お前なんでここにいんだよ」
純粋に驚いた。
一般の生徒は旧男子寮には近づかない。
志摩は新しい男子寮に住んでいる。
そこから、旧男子寮までは結構距離があるのに。
「いや・・・俺、奥村先生に渡すプリント持ってきてんけど。
部屋が何号室やったか覚えてなくてなぁ。困ってたところに奥村君おったから、聞こ思てな」
だから、トイレの前にいたわけか。
心臓が脈打つのがわかったけど、落ち着け。
自分に言い聞かせた。
きっと、気づいていないはずだ。
「なんだ、そんなことかよ。俺たちの部屋602号室だよ。俺部屋戻るし一緒にいこうぜ」
背を向けて、階段にいこうとした。
志摩が、燐の手を掴む。
「奥村君、なんかついてるで」
くるりと体を反転させられる。
向かい合わせになって、唇の端を触られた。
「ああ、昼に食べたのりでもついてたか?」
「いや、これ・・・」
志摩が、指の先を見た。
燐からしたらなにもついていないように思えたけれど。
「なぁ、血やでこれ。もしかして先生と喧嘩でもしたん?」
言われて、凍り付いた。
急いで、口を拭く。袖口には確かに血がこびり付いた。
心臓が嵐のように音を立てている。
大丈夫だ、誤魔化せる。落ち着け。
「雪男とじゃねーよ、ちょっと色々あって・・・」
言おうとして、口からこみ上げてくるものがあった。
まずい、落ち着いたと思ったのに。咄嗟に口を押さえた。
志摩は怪訝そうな顔を向けてくるが、答えれそうにもない。
口を開けば、ここで吐いてしまう。
だが、喉からせり上がってくる鉄錆の味は我慢できそうもなかった。
口元を押さえた手から、紅い筋が零れ落ちてくる。
その光景に志摩の顔が青ざめる。
「奥村君!どうしたん!?」
志摩が肩を掴んだ、そのままトイレの洗面台へ連れて行かれる。
そこで俺はようやく血を吐き出した。
「・・・げほ・・・ッ・・・」
「この血の量はおかしいわ・・・」
洗面台を盛大に汚した血を、志摩は青ざめたまま見つめた。
燐は蛇口を捻って血を流そうとしたが、志摩に止められる。
「あかん、これこのままにしとこ。そんで、奥村先生に言おう。
どれだけ血を吐いたんかとか確認する意味でも残しといた方がええ」
志摩の目は真剣だった。
確かに、状態確認は治療の基本だ。
このまま残して、治療する者に確認してもらうのがいいだろう。
だが、その役目が雪男だというなら話は別だ。
「・・・じゃあ流すわ」
「あー!!」
燐は蛇口を捻って、血を洗い流した。
志摩が止める暇もなく、あっという間に流れていった。
燐は、口元をゆすいで口を拭う。
目の前の鏡で確認したが、血はついていなかった。
次からはちゃんと細かく確認しよう。そう考えて横を見る。
鏡の横で不機嫌そうな顔を向ける志摩と目があった。
「・・・納得いかへん」
「いいだろ、別に」
「よくない」
「俺はいいの」
「それで、秘密にするつもりなん?」
「大丈夫だって、俺すぐ治るし!心配性だよなぁ」
明るく言ったけど、志摩は怒ったように言い返す。
「治るからいいってもんでもないやろ!
奥村君の様子を見ると、なんか慣れとるように見えるわ。
今回だけやない。もしかして、今までもあったんとちゃうんか」
鏡ごしに会話をする。
志摩の瞳は真剣で、泣きそうに見えた。
それは、雪男が俺に向ける瞳と同じ。
ああ。だから、俺は知られたくなんかなかったんだ。
そんな瞳で俺を見る奴を増やしたくなんかなかったんだ。
俺のことを心配なんかしないでくれ。
言ったら、志摩は傷ついたように目を伏せた。
知られたくないやっかいなことは。
本当に、知られたくない奴にほど知られるものだ。
「俺、奥村君のこと好きやのに。関係ないって遠ざけるんや」
「・・・え」
好き、と言われて驚いた。
同時に、雪男に言われて感じたような不快感はない。
そうして俺は、自分が何の言葉に反応しているのかを悟ってしまった。
「・・・これ・・・って・・・」
「奥村君、あかんよ。病院行こう。見てもらおう。なぁお願いや」
志摩の泣きそうな声。言われた言葉。
雪男と同じで、でも違う。
認めたくなかったけど。
もしかして、これは。
「なぁ、お前詠唱騎士目指してた・・・よな」
「え、いきなり何言うて・・・」
「もう一回、さっきの言葉言ってくれ」
振り返らないまま、志摩に体を預けた。
鏡越しで見る志摩の顔色が悪い。
詠唱騎士、そして言葉。
考えられる要素はあった。
「俺、奥村君のこと好きやで」
何も起きなかった。
これではっきりした。
「なぁ志摩。俺の致死節わかっちまったわ」
俺の死は。
俺が『好きな奴』から贈られる『好き』っていう言葉だったんだ。
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