青祓のネタ庫
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「若君」
気がつけば、目の前に男が立っていた。
白髪に目つきの悪い瞳。春に燐と喧嘩した不良。白鳥零二と同じ風貌だ。
燐は、呼ばれてもすぐに反応できなかった。
なんでここにいるのだろうか。
白鳥は燐のことを若君などと呼んだりしない。
燐のことを若君と呼ぶのは悪魔だけだ。
つまり、こいつは悪魔の。八候王の一人アスタロトだろうか。
アスタロトは固まる燐に構わずに持っていた桶を足元に置いた。
そして、ベットの縁に座っていた燐の足を持ち上げる。
「失礼します」
「え・・・」
周りをよく見れば、学園の寮とは似ても似つかない場所にいた。
燐が腰掛けるベットは、大量生産された固いベットでもないし。
床も古い木の板張りでもなかった。
黒い天蓋つきのベットだ。枕も、布団も全てが黒一色で染められている。
床は絨毯が敷いてあるのか、ふかふかと柔らかい。絨毯だけは紫色をしていた。
アスタロトは燐の足を持ってきた桶の中に入れる。
そして、ベットの脇に置かれていた大きな銀色のティーポットを手に取った。
それを桶の中に注げば、温かい湯が燐の足を浸した。
アスタロトは何度かお湯をかけて燐の足を暖める。
そして、燐の足を丁寧に手で包み込んだ。洗っているのだろう。
かなり気持ち良いが、今起こっている事態が燐は全く飲み込めない。
「な、なんでお前俺の足洗ってんだよ!!気持ち悪ぃな!!!」
とりあえず、足をこのまま斬られるのではないかと思った。
怖いので背後の黒いベットに逃げ込んだ。水滴が滴り落ちて、黒いベットに染みを作る。
普段なら布団を濡らすことにかなり抵抗を覚えるのだが、意味のわからない状況では
それに構ってられない。アスタロトは不思議そうな顔を燐に向けた。
「いつもしていますが・・・どうされたのですか?」
「いつも?」
「はい、私は若君にお仕えしてもう15年ほどになりますが・・・なにかおかしかったでしょうか?」
「う、嘘だ!だってここ学園の寮・・・とは・・・違うよな?あれ?」
「寝ぼけていらっしゃるのでしょうか。学園などというのは人間が通う場所でしょう。
ここは虚無界の城ですよ。物質界の夢でも見られていたのですか?」
アスタロトは混乱する燐に説明した。
ここが、虚無界の最下層でアスタロトの根城であること。
燐が成長するまで世話役を任されたアスタロトが、燐とともに15年住んでいる家であること。
勿論、人間が住める様な場所ではない。
雪男も、シュラも、勿論友達のしえみや勝呂達もいない。
いるはずがない。
「ゆ、雪男・・・みんな」
部屋の周囲を見回すが、誰もいない。呼んでも、答えるのはアスタロトだけだ。
「物質界のことはお忘れください。悪い夢でも見たのでしょう」
燐は呆然として、ベットに横たわった。夢、今までのことが?信じられない。
友達がいて、みんながいて。雪男がいて。そんな幸せな夢を見ていたなんて。
アスタロトは投げ出された燐の足をとって、タオルでやさしく包み込んだ。
そしてタオルを床に投げ出すと、今度は燐の服に手をかける。
「うわ、ちょ。なにすんだよ!」
「お着替えを、お手伝いいたします。どうされたのですか?」
「どうかしてるのはそっちだろ!!」
燐にはこの世界が信じられない。
15年ここにいたというのなら、何故アスタロトは先ほど物質界のことは忘れろといったのか。
生まれてからずっとここで過ごしていたのなら、物質界のことを知っているはずがない。
燐は自分の記憶を信じている。
養父と雪男と過ごした時間を。仲間と過ごした時間を夢だという世界。
こんな世界を燐は認めない。
燐は青い炎を纏った。背後の黒色が、一層青色を鮮やかに魅せる。
アスタロトは目を見張った。
「美しい、黒も貴方にお似合いです」
「いちいち気色悪ぃこと言ってんじゃねーよ!ここから出せ!俺は帰る!」
「・・・仕方ありません、若君のお世話が少しでもできたのでよしとしましょう」
貴方を悲しませることは、本意ではありませんので。
そういってアスタロトが指を鳴らすと、黒と紫の世界は音を立てて崩れていった。
黒の向こうに消えていくアスタロトは満足そうな顔をしていた。
次に目を開くと、学園の寮、自分のベットの縁に燐は座っていた。
燐の体はうっすらと青い炎で覆われている。
部屋の隅に黒い影が動いたのを感じて、視線をそちらに向けた。
そこには、影の中に消えていくコールタールがいた。
コールタールは腐の眷属だ。
コールタールを介して、アスタロトは燐の意識の中に入り込んだのだろう。
青い炎を纏ったことで、コールタールは去っていった。
燐はほっと一息つく。
時刻を見れば、夜の2時だ。
燐は青い炎を消すと、またあの世界に行ってしまうのではないかと怖くなった。
しばらく炎を纏っていると、部屋の明るさに気づいたのか。
向いで眠っていた雪男が目を覚ました。燐は急いで炎を消した。
「悪い、起こしたか?」
「兄さん。どうしたの?炎があったような・・・」
「いや、なんでもない」
「夢見でも悪かったの?」
「うんそんなとこだ」
燐はそういって、話を切るようにベットに横になった。
雪男も眠かったのか、それ以上追及してこなかった。
やがて、雪男の寝息が聞こえてくると、燐はこっそりと布団に包まったまま雪男のそばに来た。
雪男のベットに背を預けて、その場に座り込む。
足で木の床の感触を確かめる。冷たい夜の空気が足先を冷やす。
アスタロトの手の感触を思い出した。
燐の足を洗うその指が、包み込む手が。
燐を捕らえているように感じた。
アスタロトは、燐のことを慕っている。
しかし、燐はそんな悪魔にどう対応したらいいのかわからない。
虚無界へと招かれるのはゴメンだ。
この燐がいれるやさしい世界を否定されるのは我慢できない。
だから、何度呼ばれても、燐は何度だって悪魔のささやきを否定する。
俺の居場所は、ここだ。ここにいたい。
怖い夢を見た時、他人の寝息は心を落ち着けるのに最適だった。
少し寒いが、ここなら怖い夢は見ない気がする。
燐も目を閉じた。完全に眠りに落ちる前、温かい腕に包まれる。
それに酷く安心して、燐は笑った。
「素直じゃないなぁ」
雪男は、ベットの傍に座っていた燐を自分の布団の中に引き込んだ。
兄としての意地があるのか、燐は雪男に甘えようとはしない。
それでも、こっそりと傍に寄ってきてくれたのは嬉しかった。
ここに二人で寝るのは狭いが、たまにはいいだろう。
「初夢は、いい夢が見たいもんね」
初夢は、その年の運命を占うことに使われる。
そうして、雪男も目を閉じた。
兄が、やさしい夢が見れるように祈りながら。
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