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CAPCOON7

青祓のネタ庫

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背比べ


夕暮れの校舎で、ひとりで泣いていた。
靴は片方しかなくて、もう片方は隠されてしまった。
これでは帰れない。上履きで帰ることも可能だけれど、
そうすればきっと神父さんは心配するだろうし修道士達も気づくはずだ。
それだけはいやだった。

雪男はこんな風にいじめられたとしても、男の子だ。
なけなしのプライドまで捨てたくはなかった。
泣いて、一息ついたら靴を探して帰ろう。
そう思ってしゃくりあげる息を止めて、呼吸を整えた。ところで、雪男の前に影が差した。
雪男にひやりとした汗が流れる。今は夕暮れ。
そう、人ならざるモノが歩き出す逢魔が時だ。
雪男はそういった人ならざるもの、悪魔が見える。
神父が言うには幼い頃に魔障を受けたことが原因らしい。
こんな怖い思いをしたくなくて、弱い自分を変えたくて。
そして大切なもの。兄を守るために、雪男は神父の手を取った。
しかし祓魔師の訓練を始めたからといって、すぐに強くなれるわけではない。
資格のない訓練生の今はあくまで対処法を学んでいるだけにすぎない。
恐怖がなくなるわけではないのだ。

今、雪男の目の前に立つ影がある。
祓魔師を目指すなら、動揺してはいけないこともわかっている。
でも、雪男は今小学生だ。頭では理解できても、心がついていかない。雪男は叫んだ。

「あ、悪魔ッこっちに来ないで!!」

雪男にかかっていた影が、動揺したかのように揺れた。
いつもなら、雪男の影の中に入って驚かしたり、
もっと怖い声をあげてくるはずなのにそれがない。
雪男は視線をあげた。そして、心の底から後悔した。

「お前の・・・くつ。あっちにあったから」

そこには兄である燐が立っていた。
クラスは違うが、帰り際に雪男のことを知ったのだろう。
泣いている自分の為に靴を探してきてくれたのだ。
それなのに、自分はなんてこと言ってしまったのだろう。
雪男は真っ青になって言った。

「ごめん、兄さん。その、僕ちょっと動揺してて・・・」
「ん?ああ気にすんなよ」

燐はぽんぽん、としゃがみこむ雪男の頭を撫でた。安心させようとしたのだろう。
兄の手はいつだって優しさであふれていた。
この手から、神父さんや自分を唸らせる料理がでてくるのだ。
この手があるから、雪男には家族がいるのだと安心できるのだ。
この手は、雪男にないものをたくさんもたらしてくれる。
でも、その優しい手は今かすかに震えていた。
そのことに雪男の心は悲鳴を上げそうになった。

悪魔の子。化け物。お前なんか死んじゃえ。
なんでここにいるんだ。悪魔だ。悪魔がいる。

兄の燐に浴びせられる言葉。
悪魔という言葉を、よりにもよって自分が言ってしまった。傷つけてしまった。

僕のせいだ。

雪男の目にまた涙がこみ上げてきた。それを見た燐が、慌てたように雪男に話しかける。

「大丈夫だって雪男、靴は見つかったんだし。
そりゃ、今は汚れちゃってて履けないかもしれねーけど。帰ったら洗えばいいだろ」
「そうだね・・・これ履いたら靴下の方が汚れちゃうや」

雪男は返ってきた自分の靴をみてため息をついた。
運動場にでも放置されていたのだろう。
砂埃でかなり汚れているが、帰って洗えばなんとかなるだろう。
体育で汚してしまったとでも言えば言い訳がたつ。
しかし、問題は帰り道をどうするかだ。
靴下を汚れることを覚悟で履けば大丈夫だが、
そうすると汚れた靴下と靴の両方を洗わなければならない。手間は二倍だ。
雪男が考えていると、燐がその場に背を向けてしゃがみこんでいる姿が見えた。
雪男は首を傾げる。

「兄さんなにしてるの?」
「なにって見りゃわかんだろ。おんぶだよ。ほら、乗れ」
「え、でもなんで兄さんが僕をおんぶするの?」
「なんでって、俺がお前の兄貴だからだろ。靴このままじゃ履けねーし。
俺がおんぶして帰れば済むことだ。ほら」

燐は雪男を急かすように腕を自分の首に回させた。
燐のランドセルは反対側に背負っているので、お腹からはランドセルが出て、
背中には雪男を背負ってというなんとも重たそうな光景になってしまう。
雪男は慌てて燐に言った。

「いいよ、自分で歩く」
「俺がいいからいーんだよ。ほら、俺って力持ちだから大丈夫だって」

燐の腕は、雪男と変わらないくらいの細さなのにこの腕のどこからそんな力が出てくるのか。
雪男とランドセルを軽々と持って燐は歩きだした。
雪男は振り落とされないように、靴を持った手をしっかりと燐の首に回して固定する。
それだけで、雪男の心は安堵に包まれた。

「兄さん・・・」

雪男は燐の背中に耳を当てた。とくとくとく、と心臓の鼓動が聞こえる。
体も雪男とそう変わらないのに燐は大人をも凌ぐ力を持っている。

知ってるよ。兄さんが力持ちなことくらい。
だって、兄さんは本当の悪魔なんだもの。

言えるわけのない言葉を飲み込んで雪男は燐の服をぎゅっと握りしめた。
兄は雪男のことを弟だからと守ってくれる。
でも、兄のことは一体誰が守るのだろう。
今は神父さんがいてくれる。でも、神父さんがいないところで兄さんに危機が迫ったら。

兄さんを守る人は誰もいなくなってしまう。
雪男は自分が弱いことを知っている。
だから、神父のように兄のようになりたいと強く願った。
自分は差し伸べられる手にいつまでも甘えていてはいけないのだ。
今度は自分が手を差し伸べられるように。

「兄さん」
「なんだよ」
「兄さんが困ってたら、絶対に僕が助けるからね」

僕は力持ちじゃないから。兄さんよりもがんばらないといけないだろう。
それでも、僕にできることがきっとあるはずだ。
同じ身長に揺られて帰る道は、いつもよりも少しだけ遅かった。

***

あれから、何年たっただろうか。
雪男は理事長室の扉を開けて、声を荒げた。

「兄さんッ」
「おや奥村先生お早いお着きで」
「それよりも、兄はどこです!?」
「そこにいますよ、お持ち帰りお願いしますね」

見れば、ソファの上に燐が横たわっていた。
腕で顔を隠している、顔色は少し青い。貧血ぎみなのかもしれない。
雪男は燐の足下を見て、その原因を突き止めた。
右足が包帯でぐるぐる巻きにされている。添え木もあることから、折れているのだろう。
任務で怪我をしたという知らせを受けて、急いで来てみればこれだ。
雪男といっしょの任務の時ならば雪男が気を配れるので燐の怪我は最小限に押さえられる。
しかし、一度離れてしまえば燐は誰かを守るためにその身を投げ出すことも厭わない。

「こんなこと、いつまでも続けないでよ」
「悪ィ・・・お前に迷惑かけて」

ほら、そうして自分のことを考えない。
そういうところが一番嫌いだ。

「そんなことより、もっと自分を大事にしてよ」

雪男は何回目かわからない台詞を吐いた。それに燐が答えることはない。
この問答はこれからも何回だって続くだろう。
雪男はため息をついて、燐を背中に背負って理事長室を後にする。
向かう先は医務室ではなく寮だ。
二人だけの空間の方が、傷も見やすいし、なにより燐も休みやすいことが理由だった。

一度、医務室に運んだときにその場にいた祓魔師に暴言を吐かれて以来行かないようにしている。
まだ、魔神の落胤を憎む輩は消えていない。
そんな奴らの心ない言葉で、兄が傷つくことが雪男は許せなかった。

いつもよりぐったりとしていることから、今回は相当血を失ったのだろう。
今はうっすらとした跡を残して消えているが、燐の体には生傷が耐えない。
傷がいくら消えてなくなろうとも、雪男は燐の傷を覚えてやるつもりだった。
蚯蚓腫れ一個だって見逃してなるものか。

「兄さんふくらはぎ、それから右手左二の腕、首にまで切り傷の跡があるよ。
それから鎖骨あたりには火傷。制服で隠れているけどまだあるでしょ」
「そうだなー。今回結構手こずったから。悪いな背負わせちまってさ」
「僕がいいからいいんだよ。ほら、僕って昔より力持ちだから大丈夫」

そういって、雪男は燐を背負いなおした。
昔はこの背中に背負われていたのに、今は逆だ。

自分は兄より背が高くなった。
自分は兄より体重が重くなった。

同じだった昔には、もう戻れない。

背負って歩けるようになるくらいだ。
身長差は日々開いていく。
これから、どんどん。
兄を守れるくらい、自分は大きくなれただろうか。
背中の重さは、年がたつにつれてどんどん軽くなった。
それは雪男に力がついたのか、燐が軽くなったのかはわからない。
そのどちらでもあったのかもしれない。

「雪男」
「なに」
「お前、俺より背中でっかくなっててむかつく」
「ようやく気づいたの」
「認めたくなかっただけ」
「腕も肩も、身長も兄さんより大きいよ」
「イヤミか」
「真実だ」
「雪男」
「なに」
「すぐ追いつくから、お前もうコレ以上でっかくなんな」
「・・・無茶言うなぁ」

伸びる身長をどう止めろというのか。
しばらくすると、背後から寝息が聞こえてきた。
きっと疲れていたのだろう。
とくとくとく、と昔聞いていた鼓動が、背中から聞こえてきてなんだかくすぐったい気持ちになる。
僕たちは変わってしまった。
でも、変わらないものもきっとある。

「絶対、兄さんを追い越してみせるからね」

兄の背はもう伸びない。
それは悪魔に覚醒した瞬間に確定してしまった事実だ。

それでも。
背よりも大きな兄を追い越すために僕は今でも足掻いている。

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弟は兄を監禁したかった事実があります

SQ最新号ネタバレ有りです!!



クラーケンの退治も終わり、奥村兄弟の不和も一応の決着を付け、
祓魔塾の生徒一同はイカ焼きそばの調理に追われていた。
イカの足は取れたてのせいかぷりぷりとしており、意外と切りにくい。それに、大きさが半端ではない。
人の力では切りにくいそれをバッサバッサと切り裂いている燐がいなければ短時間では終わらなかっただろう。
しかし、倶利伽羅は調理器具ではないと明蛇の次期党首である勝呂は思いつつも言わなかった。
戦闘で空いた腹を早く満たしたかったという理由もある。勝呂は燐のほうをみた。
切れたイカの足を、鉄板の上で焼く姿は楽しそうだ。
あの海神の島でなにがあったかはわからないが、弟である雪男との仲も少しは修復されたらしい。
その証拠に雪男は燐の作っている焼きそばをそわそわと側で見守っていた。
勝呂たちは知らないだろうが、海神の島で作った燐の料理を意地を張って雪男は食べなかった。
その空腹が今頃きているのだろう。
燐は側で待つ弟に苦笑しながら、一番に出来た焼きそばを弟の皿に山のように盛り分けた。

「おーい、欲しい奴はこっち並べよ~」

燐のかけ声で、周囲にいた塾生や祓魔師達が集まってきた。
当初は魔神の息子ということで警戒されていたが、燐の料理のうまさが浸透したらしくいそいそと並んでいる。
その様子を見て、勝呂はふと温かい気持ちになった。
燐は魔神の落胤だ。だがそれの一言では燐を語れない。
奥村燐は悪魔だけれど、そこらの人間よりもよほど人間らしさを持っている。
それが少しでも多くの人にわかってもらえたら、燐の味方が増えることに繋がるだろう。

「ほれ、勝呂は多めに盛ってやるよ」
「おおきに、お前も食べや」

鉄板の焼きそばもいい具合に量が減ってきた。
ちょうどいい頃合いだろう、燐も残りを自分の皿に盛ると、勝呂と共に浜から外れた階段に向かった。
そこには志摩や子猫丸がすでに座っており、二人に向かって手を振っていた。

「待ってましたよ~こっちです」
「奥村君お疲れさまです、この焼きそば美味しいです」
「へへ、そうか?よかった」

階段に座ってイカ焼きそばを口にかき込む。
ソースの丁度よい辛さと、イカの弾力のある歯ごたえ。たまらない。美味しい。
戦闘で疲れた腹を満たす旨さだ。
腹が膨れてきたところで、志摩が声をかけた。

「さーて、腹も膨れたところでデザートいこか」
「デザート?あったかそんなもん?」

調理担当の燐が首を傾げる。食後に頂くようなフルーツなどは材料の中にはなかったが。
志摩は燐の手をひっぱると、階段の脇を指さした。そこにあるものを見て、燐は戦慄した。

「なッ、あれは・・・!」
「でへへ、流石夏のビーチやでぇ。絶対あると思っててん」

階段下に敷かれたコンクリートの上に、エロ本が並んでいるではないか。
それも一冊や二冊ではない。かなり量がある。
表紙の写真からして間違いなく十八禁だ。お宝だ。
夏。それは人を開放的にさせる季節だ。
しかもここは近隣でも有名なビーチ。人が集まれば、男女も集まる。
男女が集まればやることは一つ。
流石に今は見回りが厳しいので砂浜でそういった行為に耽るものは少ないだろうが、ゼロではない。
それを狙った男性客は、来るべき夜に備えてエロ関係のものを持ってくる。
男子高校生には買えないものを、大人はビーチに持ち込み、捨てていく。
これは昼間の男性客の夢の残骸だ。
志摩はその夢のかけらを拾っていたのである。そう、任務そっちのけで。

「さぁ、今回はジャンルが豊富やでぇ。陵辱系から清純系、女子高生にお姉様ものに女教師に医者ものに、
特殊なものでいうと緊縛監禁まであるでぇ!ああ胸が高鳴るわ!!」
「なに考えとんのや志摩!!」
「志摩さん・・・待機時間中に必死にゴミ拾いしてはるわと思ってたら、こんな」

幼なじみたちの冷徹な視線もなんのその。こちらはエロに興味津々の奥村燐という味方がいる。
志摩は水を得た魚のように燐とあれこれ話している。

「奥村くんどういう系好き?俺お姉様系、あと医者かな」
「俺はどっちかというと清純系で」
「お?お?それは清純プラス女子高生とかいう組み合わせ?ぶふっ、胸はおっきい方やんなぁ」
「ちょ、お前なに想像してんだよ!!」
「ええやん、俺もきっつい瞳のお姉様好き~表紙が出雲ちゃんに似た感じで・・・」
「あたしがなに?」

二人が硬直した。背後をギギギ、と油を差していない機械のような堅さで振り向くと。
そこには今話に出てきた同級生が絶対零度の瞳でこちらを見ている。
出雲は二人の視線の先にあるものを見つけると、顔を青くして、また赤くしてを繰り返すと絶叫した。

「キモいのよ!こんなとこまできて何してんのよ!!!」
「出雲ちゃん、違うんやこれは男の本能で」
「あたしに近寄らないでって言ったでしょ!寄るな!!汚らわしい!!」

志摩はどうにか弁解しようとしているが、あの状態の出雲に話しかけるなど勇者以外の何者でもない。
燐は完全に言葉を失っている。出雲は志摩に話していたら埒があかないと思ったのだろう、矛先を燐に向けてきた。

「ちょっと奥村燐!!あの本燃やしなさいよ!!」
「え、ええ!?俺が!?」
「あんたもこいつと同罪よ!自分の手で自分の不始末つけなさい!
じゃないと奥村先生にあることないこと吹き込んでやる!!」
「待て出雲、それは勘弁してくれ!!」
「じゃあ燃やせ!今すぐよ!」
「あかん奥村君!!せめて中身見て脳に焼き付けてからにせな!」

二人に挟まれて、燐は怯えていた。
出雲を取れば、お宝を自分の手で焼失させなければならない。
志摩を取れば、雪男からの制裁が待っている。
ジジイ。エロの権化であったジジイ。ジジイのベッドの下のお宝は、今でも俺の聖書です。
俺は一体どうすれば。悩む出雲が背後を指さして告げた。

「あ、奥村先生」
「くっそおおおおおおおお!!!」

燐は青い炎を灯らせた。哀れ、エロ本が青い光に包まれる。
その光につられて、雪男がすごい形相で走ってきた。

「馬鹿!兄さんなに炎使っているんだ!!」
「雪男!見るな!!」

雪男をいかせまいとする燐。燐を払いのける雪男。
状況が状況なら勝呂達も止めるなり説得するなりするがが、行き着く先はエロ本である。
止める気も起きなかった。
雪男の目が驚愕に染まる。そして、つぶやいた。

「えーっと。なんで炎の中に・・・あんな本が」
「え?あれ?燃えてないやん」

雪男と志摩が疑問の中燐を見る。燐は顔を覆い隠した。
すごく恥ずかしそうだった。

「燃やし分けの技術がこんなところで」

雪男は状況が理解できたのか、深い深いため息をついた。
燐は燃やさなければならない状況でも、心が拒否すれば燃やし分けれるようだ。
まさかエロ本でこんなことがわかるとは思わなかったが。雪男が燐の頭を掴んだ。

「燃やせよ」
「雪男、俺は・・・ッ」
「そうや!こんな男子高校生の心を否定するやり方なんてあんまりや!
先生だって男やろ!俺らと同じ男やろ!それやのになんでこんなひどいことできるんや!!」
「任務で来てるんですから見逃せるわけないでしょう!!」

志摩と雪男が口論を繰り返していると、騒ぎを聞きつけたシュラがひょっこりと顔を出した。
一瞬で状況を把握したのか、シュラが缶ビール片手に笑いながら雪男を指差した。

「にゃはは!なんだよ志摩とエロ本の取り合いとかビビりも成長したな!!」
「違いますよ!失礼な!」

雪男が怒鳴りながら状況を的確に説明した。
燐の燃やし分けを聞いて、シュラはまた爆笑していたが。

「なんだよ~つまんねぇメガネ。
ほれ、あの右から二番目の緊縛監禁モノなんかお前モロ好みだろ」

特殊なプレイものを名指しで指名された雪男は、即座にそれを否定した。
しかし、シュラは尚もつらつらと雪男の性癖を暴露していく。
たぶん、酒が五本目に突入していたのも理由の一つだろう。

「言っただろ溜め過ぎなんだよお前。お前の言うこといちいち聞いてたら
燐のこと監禁しなきゃならないことくらい自分でもわかってたんだろ?
檻に入れたかったんだろ。
自分が安心するために燐を自分の目の届くところに閉じこめておきたかったんだろ?
つまり、お前は緊縛束縛監禁大好きだ。せめて自分には素直でいろよ」

ここでいう溜めていたに該当するのはストレスなのだが、別の意味にしか取れなかった。
シュラの言葉に周囲の気温が五度は下がった。
シュラは酔っぱらっている。昼間に話したことと今の状況がこんがらがっている。
しかし、昼間の会話を知らない周囲がそんなことわかるはずもない。

あの真面目な先生が、緊縛束縛監禁大好き。
しかもその相手は実の兄。特殊なプレイすぎてどう対応していいのかわからないよ。

「雪男・・・俺のこと監禁したかったなんて嘘だろ?」

その対象とされている兄、燐は引くというレベルでなく顔が真っ青だった。
しかし、事実雪男の心の中にそんな思いがあったことは間違いない。
弟の心の中には兄を監禁したかった事実がある。
雪男は答えた。

「当たり前だ。嘘に決まってるだろ」
「じゃあなんで目逸らすんだよ!お前昔から嘘つくとき俺の目見ねぇじゃん!!」
「ばれてたの!?」
「兄ちゃんなめんな!!!」

燐が怒鳴ると、緊縛監禁のエロ本が天高く燃えていった。
なるほど、自分が対象になるかもしれないエロ本を取っておく必要はないだろう。
しかし、隣にあった清純系エロ本に燃え移ってないのを見る限り見事である。
そんな騒ぐ奥村兄弟の耳に、柏手が聞こえてきた。

「天の大神酒!!!」

雪男と燐の上に、大量の神酒が降り注ぐ。
燐は炎を出していたので、多少痛がっていたが命に別状はなさそうだった。
大惨事を受けたのはエロ本の方である。酒に浸されたエロ本は見るも無惨な姿になっていた。
青い炎も神酒で鎮静化したらしい。
志摩が悲鳴をあげる間もなく、出雲の声が響いた。

「狐火」

ぼう、と本に火が灯る。それは瞬く間にエロ本を燃やし尽くしていった。
志摩が燃えていくエロ本に向かって叫んだ。

「うわああん!坊の好きな女教師モノが!俺の好きなお姉様ものに医者ものが!
奥村君の好きな女子高生清純系モノが!奥村先生の好きな緊縛監禁モノが!
子猫さんはAVとかいうより、アニマルビデオ派!みんな大好き男の為の陵辱モノがああああああ!!」

みんなそれぞれ好みが別れとって喧嘩せぇへん分け方できたのにいいいい。と志摩は叫んだ。

志摩の叫びによって自分の性癖を暴露された男性陣は全員女子に視線を合わせられなかった。
シュラはにやにやしているが、出雲はゴミ以下のものを見る目だ。
その視線が怖くて、視線を空に向けた。
エロ本が燃えていく白い煙が空へと消えていっている。

「日本酒って燃えにくいのに、出雲うまいこと燃やしたな・・・」

料理の知識が豊富な燐は出雲の燃やし方のうまさに感動するやら残念やら。
燐は見れなかったエロ本と、知りたくもなかった弟の性癖に目を反らしながらつぶやいた。
男の夢が、天高く夏の空に燃えていった。

夜とホテル3

夜は人型悪魔の姿へと変貌し、燐は青い炎を纏う。
夜の断ちと燐の炎で、ヘドロの腕はたちまち姿を消した。

「邪悪なるものの進入を禁ずる!!」

夜が叫ぶと、薄透明な膜が部屋を覆った。
本体は、扉の前で固まっている。
夜が張った結界が邪魔をして入れないのだろう。
結界は狭い場所に張るほど有利だ。
広い場所、例えば道路の真ん中で結界を張っても、
ヘドロに周囲を囲まれれば逃げ道はなくなってしまう。
その点、障害物が多くこのホテルの部屋のように仕切られた部屋ごと結界に閉じこめれば、易々と手は出せない。
燐は改めて、この場に逃げ込んだ夜の用意の良さに気づく。
悪魔は、結界に向けてなおも腕を伸ばした。
しかし、やはり腕は弾かれ、夜と燐に届きはしない。
悪魔は、しばらく考えるかのように動きを止めると、腕を一直線に伸ばしてきた。

「おわ!!」

心臓をひとつきにせんと伸ばされたそれを避け、燐はベッドに転がった。
腕が針のように伸びて、結界を鋭く貫いたのだ。
腕が戻ると、結界は空いた穴を塞ぐように修正される。一転突出型の攻撃。

「ッチ、やっぱ俺の結界じゃ強度が低い!!」

夜が刀を振るって、真空の刃をヘドロに飛ばす。
ばしゅ、という鈍い音を響かせて、ヘドロの腕が切れるが、またすぐに再生した。
その腕が、また二人に延びる。応戦して、何本かは切り落としたが、やはり全ては無理だった。
夜は剣の腹で軌道を逸らして攻撃をかわした。
その逸れたヘドロの腕が、ベッドサイドに当たる。
がしゃんという大きな音を立てて、小物を入れる引き出しが壊れてしまった。
黒い腕はなおも、燐と夜に向かってのびる。
腕には、壊れた引き出しの破片や、中身がぶら下がっていた。
特に鋭い木の破片はやっかいだ。
燐が注意深く腕の動きを見ていると、視界の端に変なものが見えた。

「ん?」

ピンク色の長細いものや、鞭、だろうか。
変な仮面に、足下に落ちてきたヌルヌルする液体。
腕は、それらをまとわりつかせて、夜と燐に攻撃を繰り広げている。
夜はそんな様子にめんどくさそうな顔を隠さない。
しかし、その変なものについては特に突っ込んでこなかった。
燐だけが、この状況のおかしさに気づいている。
一番近くに来た腕を、炎で燃やす。
すると、腕についていたいろいろなものが、床に落ちてきた。
燐はそれを見たことがある。養父藤本獅朗が隠し持っていた秘蔵の雑誌に。
これと似たようなものがあったのだ。
雑誌の裏の方や、広告で乗っていたので覚えていた。

「あ、ちょ、これ・・・えええええ!???」

目の前に転がるのは。いわゆる、大人のおもちゃである。

燐も目にするのは初めてだ。
知識としては、エロの探求者である男子高校生だから知っている。
しかし、知っているものが目の前にあったからといって。
どうすればいいかわかるかどうかは別問題だ。
なんで、こんなものがこの部屋に入ってるんだ?田舎のホテルには備え付け?
いや、ありえない。雑誌でもあった。
そうだ、備え付けでこんなものがあるホテルというのはいわゆるラブがつくホテル。
ホテルラブ。違う、ラブホテル。俺、今ラブホテルにいるのか。

頭の中に戦闘とはどうでもいいことがぐるぐると回って集中できない。
そんな油断を敵は見逃さなかった。

隙をついて、黒い腕が、燐の足に絡んだ。そのまま床に引き倒されてしまう。
かなり強い衝撃が全身を襲う。黒い腕に絡んでいた道具の一つが衝撃で割れた。
体に、ヌルヌルした液体がつく。気持ち悪い。
そのまま扉の外に引きずり出されそうになった。
扉の外には、大口を空けて燐を飲み込もうとする悪魔。
悪魔の体の先に広がるのは、巨大な虚空だ。
虚無界へと繋がる悪魔の穴。
それは春先に自分を飲み込もうとした、虚無界の門のようで。
恐怖で身がすくむ。

「くそッ!離せ!!!」

暴れる燐の前に、影が落ちる。他の黒い腕をかいくぐって
夜は燐の足を掴む腕に刃を向けた。一線が走る。

腕と共に、腕についていたなにかの形を象ったものも一刀両断されていた。

ぐお。と燐は自分のことではないのになぜか痛みを覚えた。
夜は燐を抱えると、部屋の全身鏡に向けて刃を繰り出す。
ばりんと鏡が割れて、壁ごと隣の部屋へと続く穴が空いた。
夜は知らなかっただろうが、これはマジックミラーだ。
元いた部屋からはただの鏡でしかないが、反対側から見れば部屋の様子がもろわかりという。
いわゆるのぞきアイテムである。
まさかこれが逃げ道になるとは作った当事者たちは露ほども思っていないだろう。

夜は燐を抱えてその穴をくぐると、ポケットから手榴弾を取り出し元いた部屋へと放り投げる。
直後に爆発。
悪魔の悲鳴と爆音が響く。夜は燐を部屋のベッドに放り投げると、壁に手をついた。
そこには、事前に描かれた魔法陣があった。
夜が手をおいた部分から順番に魔法陣が赤く光を帯びていく。
心なしか、夜の息が荒い。燐は夜に駆け寄った。
この陣はいったいなにをするためのものなのか。
知識のない燐にはわからないが、あまり夜にとっては好ましくないように思える。

「夜、これは」
「あいつを排除する為の特大のプレゼントだよ。
ただ、俺はどうあがいても下級悪魔でしかないからな。
自分の属性にないものを呼ぶのは骨が折れるんだ」

赤い炎がちりちりと魔法陣に灯る。
燐は炎の形を視認せずに感じた。隣の部屋の壁越しに、床に倒れた悪魔を囲むようにして現れた炎の檻。
檻を形作る炎は幾重にも重なって、悪魔の体を拘束していく。
悪魔は腕を出そうとするが、それを阻止するかのように炎は檻の形を変える。

燐はその光景を素直にすごいと思った。
夜は下級悪魔だ。自分の力の限界をいやというほど知っている。
だから、力技ではなく細かい技術を応用して敵を追いつめて絡めとる。
悪魔としての階級は燐が上だが、祓魔師としては夜の方が何倍も上であることを燐は実感した。
目の前には壁がある。
しかし、夜はその先を見ている。夜は燐につぶやいた。


「見えるだろ、燐。お前の出番だ!」


燐は夜の声に答えた。意識を集中させて、見えない敵を感じ、
感覚で視認することでターゲットに狙いを定める。
夜のおかげで動かない敵を捉えることはたやすかった。燐は一気に力を込める。

青い炎が、壁越しに悪魔の体を燃やし尽くしていく。
隣の部屋から、断末魔の声が聞こえてきた。
夜の檻と燐の炎で悪魔は燃やし尽くされる。
最後の欠片まで燃えたことを感じ取ると、炎の出力を弱めた。終わった。
燐が意識を戻すと、夜が壁を背に座り込んでいた。

「おい夜、大丈夫か!?」
「平気だ。疲れただけさ」
「なんでこんなまどろっこしいことやったんだ?
俺と夜が両方から悪魔を叩いた方が早かったんじゃ・・・」
「バカ。俺とお前は両方とも接近戦タイプだろう。
あの悪魔は近づいた奴を飲み込んで虚無界へ送るんだ。
俺はともかく、燐は絶対に接近戦は無理だ。
俺は手騎士じゃないし下級だから悪魔も呼べないけど、
あれくらいの中距離攻撃ならできるからな。もっと頭を使えよ、燐」

なにも近づいて倒すことだけが戦術ではない。
今のような接近戦ができない相手に対しても、称号に関係なく祓魔師は戦わなければならない。

いかに効率よく戦局を運べるかは、味方の負担を減らすことにもつながる。
手のひらには、炎の召還で使っただろう夜の血がべっとりとこびりついていた。
燐はまだ、夜が先ほど行ったような炎の使い方はできない。
もしも、炎をうまく使えば、もっとうまくやれたのではないだろうか。
燐は改めて、自分の戦い方について考えさせられた。

「・・・わかった、次はもうちょっと考えて戦ってみる」
「そうだ、いくら悪魔の回復力があるからって甘えるな。俺たちだって、死ぬ時は死ぬんだ」

悪魔は人間にとっては万能に見える存在かもしれないが、そんなことはない。
だから悪魔として生きていくなら覚えなくてはならないことがたくさんある。
燐は、それを今日夜から学んだ。

「なぁ夜」
「なんだ」
「お前は、死なないよな?」
「さぁどうだかな。でも、お前の前では死なないよ」
「そうか」
「そうだよ」
「死ぬなよ」
「努力するよ」
「俺も、努力する」
「そうしろ、燐」

立ち上がって時計を見れば、もう朝が近かった。
今からでも鍵を使えば学園に帰れるだろうが、燐の足下はおぼつかなかった。
緊張の糸が切れたせいで、眠いのだろう。
夜は燐から鍵を受け取って、燐の代わりに鍵穴に差そうとした。
が、できなかった。見れば、鍵の形がぐにゃりと変わっている。
夜は焦った。鍵が壊れている。

「おい燐、この鍵どうしたんだよ!」
「・・・え?って曲がってる!!・・・あ、そうかさっき悪魔に思い切り倒されたからだ、
床にぶつかって変な音してたし!!」
「・・・差せねぇぞ、これは迎えが来るまでここにいるしかないな」
「え、ここいんの?」
「言っておくが、ここから半径二十キロ以内に民家はおろか、店もないからな。
歩いても、駅まで一日でつけるかどうか・・・」
「バイクは?」
「バカ言え、今は朝が近いとはいえ夜中だぞ。事故ったらどうする。
ただでさえここらへんは悪魔が多いんだ。山道から飛び出してきたら一瞬でドカンだ」

夜と燐は、学園に帰ることを諦めて、数個離れた部屋に移った。
部屋としての外観は保たれているし、一晩くらいだったら泊まってもいいだろう。
夜は部屋に結界を張ると、コートを脱いだ。
燐は別の部屋に行こうとしたが、夜に止められる。

「おい、燐もここに泊まれ」
「なんで?部屋いっぱいあるじゃん」
「悪魔が多いってさっき言っただろ。目が覚めて、お前が浚われてたりなんかしたら、
俺の責任になるんだよ」

燐は、寝場所を確認した。ベッドがひとつだけ。ソファもない。
極めつけは、ベッドの近くの小物入れというか。
悪魔が壊したことで、中からありとあらゆる夜の七つ道具が出てきてしまった。
先ほどの部屋と、間取りが同じなのだ。きっと部屋の中にあるものも同じだろう。
あんなものの近くで寝ろというのか。
燐は花も恥じらうエロの探求者。男子高校生である。
興味があっても、知り合いの前で堂々とあの道具を観察する自信がない。
お目にかかりたいような、かかりたくないような。
そんな複雑な思春期男子心が働いている。
燐は夜に一言、問いかけた。

「夜、ここがどういう場所か知ってるか」
「ホテルだろ、それがどうした」
「・・・そうだな、うん。」

夜は純粋な悪魔だ。燐のように人間と混じった俗物的な思考はしていないようだ。
というか、ただ単純に知らないだけかもしれないが。
夜は、そわそわと落ち着きなく動く燐にさらりと告げた。

「俺と寝ればいいだろ、燐」
「・・・・・・」

その言葉を言われて、燐は返答できなかった。

***

雪男が燐がいるホテルの前に駆けつけたのは、朝になってのことだった。
勝呂は着いて行きたがったが、将来有望な優等生をあんな場所に連れていくわけにもいかない。
これから先、訓練で勝呂と燐が一緒になることだってあるだろう。
祓魔師に必要なチームワークを、こんなことで乱すわけにもいかない。
なにより、なにか事があったときに、燐が塾に居にくい状況を作るのだけは
避けなければならなかった。
雪男は、シュラの運転する車でホテルの近くまで乗り付けた。
さすがに、十五歳が車を運転するわけにもいかないので、この点ではシュラに感謝すべきだろう。
シュラは、車から降りて、ホテルを見上げて言った。

「アイツ・・・いい勉強になっただろうな」

べんきょう部屋の文字を見て想像することは一つだろう。

しみじみとつぶやくな。雪男はシュラに怒鳴りそうになった。
まだ燐がどうこうなった訳ではない。
それよりも、ここら辺はまだ悪魔の出現が高いスポットだということが気になった。
悪魔と一戦やらかして怪我をしていたら大変だ。
雪男はホテルの中に入っていった。
上の方から、かすかに何かが燃えたにおいがする。
雪男とシュラは警戒しながら上に上がっていった。
無人のホテルだとカウンターで確かめたので、遠慮はいらない。
壊れた部屋を確認し、悪魔との戦闘の痕跡を発見。
二人は燐がどこかの部屋にいるとアタリをつけて、部屋を空けていった。

「いましたか?」
「いや、こっちはだめだ。本当に悪魔と一戦やってるとはね・・・さて、どうするか」

二人が話し合っていると、かすかだが、物音が聞こえてきた。
二人は、物音を頼りに一つの部屋にたどり着く。
先陣を切ったのは、雪男だった。ドアを蹴やぶって銃を室内に向ける。そこには。

「あれ・・・雪男?」

寝ぼけて起きあがる燐の姿があった。燐の無事を確認して、雪男は銃を降ろした。
その音で、燐の隣にあった布団の膨らみから、誰かが顔を出す。

「あー、おはようございま・・・す」

夜は、全裸だった。
裸の男と、隣の寝乱れた兄の姿を見て、雪男は硬直した。
昨日の夜、二人は一緒のベッドで寝ることになったのだが、男が二人でベッドに入ると。
かなりきつい。寝返りも打ちにくい。そこで夜は考えた。元の姿。
つまり猫型の悪魔の姿に戻って寝ればいいのだと。
二人は、猫と人間が寝るような体勢で一緒に寝ていた。
だが、ひとつ誤算があった。小型の悪魔の姿に戻るということは、服を着ていないということだ。
ご丁寧に、寝相の悪い燐のせいで、夜の服はベッドの下に散乱していた。
ベッドから起きあがる、全裸の男とその隣の男子。
極めつけは、燐の首にあるかすかな傷跡。血を飲むために夜が噛んだ痕だ。
うっすらとした赤い痕は、まるで何かの後のようないらない雰囲気を出してしまっている。
めざといシュラはそれを見逃しはしない。

「よーう、燐。勉強できたか?」

シュラは、一言つぶやくと携帯電話で写真を撮った。
ぴろりーんという間抜けな音が、やけに寒く部屋に響く。
燐は考えた。昨日の夜の戦い方は自分のことを見つめ直すいい機会になった。
夜には世話になったし、まだ帰ってから剣の稽古もつけてもらいたい。
約束をしたのだから、夜は守ってくれるだろう。
燐は寝ぼけながら答えた。

「昨日の夜はいいべんきょうになったぜ」

燐のこれからを考えると、まさに、いいべんきょう部屋となったのだ。
このホテルでの出来事は。しかし、雪男とシュラがそんなことを知るはずもない。

「何を勉強したんだ!ナニを!!!」

燐の言葉に雪男が激怒したのは言うまでもない。


夜とホテル2


燐が暗い道を歩いていると、行く先を照らしてくれていた月が雲に隠れてしまった。
山の中。街灯もない。悪魔の目があるので闇夜でも問題なく歩けるが、こう暗闇に囲まれていては気が滅入ってしまう。
しかも、夜の山には下級悪魔が彷徨いているらしく、時折声が聞こえてくるのもうるさい。

誰だ。人間だ。若いぞ。でも男だ。
食べる。食べちゃだめだよ。でもおいしそうだな。
食べるって何だ。食われてたまるか。
どうせ誰もいないし、いいだろう。

燐は一呼吸おいて、青い炎を纏った。
すると、山から聞こえてきたひそひそ声が、一斉に静まる。
神の炎と呼べるそれを纏った燐に近寄れるものはそうはいない。
燐は夜道も照らせるし、一石二鳥かな。と思ってそのまま歩きだした。
夜の山奥に、鬼火のような青い光がぽつりと灯る。

燐の背後に延びた影に最初に顔を出したのは、野生のグリーンマンだった。
グリーンマンは嬉しそうに小さな足で燐の後をついていく。襲う様子はない。
ただ後ろをついていきたいだけのようだ。
その様子を見たコールタールが、自分も、と燐の後ろに続く。
ゴブリンが混ざるのに、そう時間はかからなかった。
山から下りた悪魔が、青い炎を目印に行進する光景。
百鬼夜行のような状況になっても、燐は前を向いて歩いていたので全く気がつかなかった。

燐が纏う炎は、畏怖と恐怖と、そして羨望の眼差しで讃えられる。
虚無界の暗闇を照らす、悪魔の本能に囁く青い炎。
誰もいない山奥だからこそ、その香りにつられる悪魔は五万といる。
突然燐の背後で、下級悪魔が一目散に散っていった。
代わりに残ったのは、ドス黒い塊。その黒い手が燐に向かってゆっくりと延びていく。

「ミ・・・ツケタ・・・」
「え?」

突然聞こえた声に振り向くと、そこには自分を飲み込もうと大口を開けている黒い塊が。
燐はとっさに倶利伽羅を抜いて炎の出力を上げた。
強い光源に照らされて、背後の悪魔が呻く。燐はその隙を狙って、倶利伽羅で悪魔を祓った。

青い炎に照らされて、悪魔は燃え尽きていく。
図体の割に、あっさり倒せたなと燐は若干不審に思う。
大きさのある相手は大抵中級から上級に属している。
いくら炎がすべての悪魔に有効だといっても、抵抗もなしに消えるのは珍しい。
燐は思いながらも深くは考えなかった。悪魔はもう死んでいたからだ。
道路の反対車線に悪魔の体が残ってしまったが、じきに燃え尽きて消滅するだろう。
車が通らないことはわかっているが念のため車が来てないか燐は確認する。
すると、何百メートル先だろうか。車のライトが見えた。
よかった。燐はなんとしてでもこの車に乗りたかった。
でも、今ここにこられてはまずい。
事故にでもなれば燐の責任問題だ。燐は車の方向に手を振りながらかけよった。
車の運転手は気づいたようだ。燐はさらに声をかける。

「おーい!!」
「ぎゃああああああああああああ!!!」

運転手は絶叫して、燐と燃える悪魔の横を猛スピードで突っ切って行った。
燐が話す暇もない。背後には走り去る車のもの悲しい音だけ。
なんであんな幽霊を見たかのような叫びをあげて去っていったのだろう。
燐は自分の手を見た。
青く光っている。

「・・・そうか、俺燃えてんじゃん!」

一般人から見たら全身火だるまの人間が手を振って歩いてきている光景。
そりゃ、全力で逃げるに決まってる。
この国道の怪談話にでもなりそうな出来事だ。
燐は落胆した。歩いてはや数時間。せっかく来た初めての車を見逃してしまった。
もうこれは朝まで来なくても不思議ではない。燐はとぼとぼと歩き出す。
背後の悪魔はもう燃え尽きているから大丈夫だろう。
今度は、青い炎を纏わずに歩いているので、星の明かりがぼんやりと夜道を照らすだけだ。
音もない。と思っていると。
バキ。山から音が聞こえた。
燐が視線を向けると、何かが山の斜面をすごい勢いで降りてくる。
ほぼ落下と同じスピードだ。
燐はその光景を悪魔の視力で見ることができた。
黒いバイクが、月の光を背にして燐の元へと落ちてきた。

「うわああああ!!!」

燐はそれを急いでよける。直後、山の木々の破片とともに、バイクは道路に着地した。

運転手はフルフェイスのヘルメットを被っているので顔はわからない。
しかし全身黒ずくめの男、であろうことはわかった。
体型が女性とは全く違ったからだ。
バイクを呆然と見つめていると、燐が話しかける前に男がバイクの後ろを指さした。
乗れ、ということだろうか。
ここで雪男がいたなら知らない人の車に乗ってはいけないうんぬん。
といっただろうが生憎雪男は不在だ。
燐はこのまま朝まで歩き続ける方と、バイクに乗って、危なければ飛び降りる方の二つを天秤にかけた。
自分は悪魔で頑丈だ。ちょっとやそっとのことでは大丈夫だろう。
燐はバイクに近づいた。男は燐の行動にじれたのか、腕をとって素早く背後に乗せた。
そして燐を乗せた瞬間、バイクを急発進させたのだ。

「う、わ!」

燐はあわてて振り落とされないように男の体に腕を回す。
バイクは猛スピードで国道を走っていく。
燐は知らない誰かに乗せてもらいながら、
明日の朝までには町につけなかっただろうな。とバイクが走った距離を感じて思った。男は一言も声を発しない。
けれど止まったら一言礼を言わないといけないだろう。
行く先がわからないバイクに乗りながら、燐はのんきにそう思っていた。

***

程なくして、バイクはある一件の建物に入った。
看板はよく見えなかったが、どうやら外観からホテルらしい。
そうか、この人はここに泊まる予定だったんだな。
ホテルならフロントに頼めば学園に電話くらいしてくれるかもしれない。
燐は帰る希望が見えたことが素直にうれしかった。

「ありがとうございます」

燐は律儀に男にお礼を言った。男は燐の言葉に一瞬行動を止めながらも、
燐の手をつかんでぐいぐいホテルの中へと引っ張っていった。
燐がフロントに声をかけようとするが、フロントの人がいない。
もう夜だから人がいないのだろうか。おかしいな。
男が、フロントにおざなりにお金を置いた。一晩はいれるくらいの金額だ。
お金を置くと、男は燐を再度引っ張った。お金が回収される様子はない。
大丈夫なのだろうかと不安になる。
無人であるとは露ほども思わず、燐は引っ張られるままに部屋の前まで連れて行かれた。
部屋番号は燐と雪男の住んでいる学園の寮と同じ番号だった。
鍵を使って、男は部屋の扉を開ける。
男は燐の腕を放さない。さすがの燐もこれにはあわてる。

「ま、待ってください!」

燐は声をあげた。ふつう、これだけ大声をあげれば誰かが来るだろうに。
誰も来ない。部屋のある階はしんとしている。
もしかしたら、自分たちしかこのホテルにはいないのかもしれない。
どうしよう。どうしよう。
なにがなんだかわからずにいる燐を男はぽいっと簡単に部屋の中に放り投げた。
がちゃんと鍵の閉められた音がして、燐は顔面蒼白になる。

いくらなんでもこれはおかしい。どうしよう。
でも、炎だして逃げてもいいのか?一般人相手に?
そりゃだめだろう。魔障を負わせたら責任が持てない。

頭が混乱すると、意外とやってもいいのだろうかと思って
行動を躊躇してしまうのが人間と言うものだ。
燐が戸惑っていると、男は燐の肩を押した。
背後には、ベッドが一つ。
二つではない。一つだ。
燐の体が、ベッドに押し倒される。のし掛かるのは男。
腕が筋張っていて、筋肉がある。男だ。女ではない。
男はヘルメットに手をかけて、勢いよく脱いだ。
燐が顔を確認するよりも早く、ヘルメットが燐の頭めがけて降ってくる。
どうやら脱いだ拍子に手が滑ったようだ。

「う、うそだろッ―――!!」

頭を庇おうとするも、遅かった。ごつん、という鈍い音を響かせて、燐の意識が揺れた。
いきなり部屋に連れ込まれて、ヘルメットが降ってきて、散々すぎる。
男は意識の揺れた燐を確認しつつ、燐の上着に手をかけた。
乱暴にネクタイとシャツをはだけさせられる。
顔は確認できない。しかし、男の息が首もとにかかり燐はぞくりとした感覚を覚えた。
知らない相手に、自分の体を暴かれようとしている。それは恐怖といってもいい。
燐の手を取って、男は指を絡めてきた。
燐の手を指がなぞっている。なんだよこいつ。

しかし、指は何かの意志を持って手のひらをたどっている。
燐は体が動かせない分、手のひらに意識が集中した。
そして、指が文字をなぞっていることに気づいた。

(わる・・・い・・・?)

頭で理解する前に、首筋に鋭利ななにかが突きつけられた。
冷たい何かが、燐の体に進入する。
首もとから、血が流れ出す。噛まれていた。

「い、ってぇええええ!!!!!!」

燐は暴れるが、抱きしめられて抵抗を封じられる。
男はごくりごくりと燐の血を飲んでいる。
男が口を、のどを動かすたびに、燐の首筋に男の髪の毛と唇が当たる。
男が、燐の背に腕を回してきた。背中を大きな大人の手が這い回る。
何かを探っているような、意図がある触り方だ。痛い、くすぐったい。気持ち悪い。
全部が一緒になって襲ってきている。
これには燐もキレた。
一般人だろうが容赦する必要はもうない。
これは正当防衛だろう。燐は全身に力を込めて、青い炎を宿らせた。

男がそれに気づいて、ぱっと素早く燐から離れる。
まるで、燐が炎を出すことを知っていたかのような動きだ。
燐は首もとを押さえながら、ベッドから起きあがる。
男と視線が合った。燐は唖然とする。

「よ・・・夜・・・!?」

依然雪山で出会った悪魔でありながら上一級祓魔師の資格を持つ男だ。
遭難しかけた燐を助けてくれた恩人。
どうしてこんなところで。黒いコートを身にまとった夜は、のどの方を押さえていた。
息は荒い。
相手が知り合いだとわかってから燐の行動は早かった。
急いで夜にかけよって、背中を撫でる。

「馬鹿、俺の血なんか飲むからだろ!!」
「・・・いや・・・だい・・・じょうぶだ」

夜はそこで初めて声を出した。
思えば最初から夜の声を聞けば、こんなに混乱することはなかったのだ。
燐が抗議しようとするが、夜の手が離れた首筋を見てぎょっとする。
そこには首を刈り取ろうとしたかのような、まっすぐな傷跡が残っていた。
夜は悪魔だ。ちょっとやそっとのことでは死なない。
傷跡から察するに、敵に首を切られるのと同時に、声帯もやられてしまっていた。

夜は声を出さなかったのではなく、出すことができなかったのだ。

重傷とも言っていい傷は、うっすらとした赤い線を残して徐々に消えていく。

「なぁ夜、どういうことなんだ?なんでお前がここに」
「話せば長くなる・・・準備をしながら話そう。奴が来る。・・・ひどいことして悪かったな」

夜は急いで言うと、燐の頭を撫でた。
燐は、魔神の血を引く落胤である。その血に宿る力は、炎だけではない。
燐は夜のただならぬ様子で緊急事態であることは理解できた。
申し訳なさそうな顔をするので、燐もそれ以上なにも言うことができない。
噛まれた首の傷も、血は止まっている。
うっすらとだが痕が残っているが、時間がたてば消えるだろう。

下の階で、ごつん。という音がした。部屋の電気が一瞬明滅するがすぐにつく。
肌を、ぴりぴりした感覚が襲う。
まるで、何かが迫っているような雰囲気だ。夜が言っていたのはこれのことか。

燐はベッドの脇に放り出されていた倶利伽羅を持った。
音はゆっくりと、確実に上に上がってきている。
夜は治った傷を確認するかのように、何度か咳払いをした。
声はもう大丈夫なようだ。

「今来ている奴、ヘドロみたいな黒い塊の悪魔なんだ。
産業廃棄物とか、山に不法投棄されたゴミや黒い念が集積してできた悪魔なんだけど、やっかいな能力を持っている」

夜は聖水を部屋の周囲に振りかけた。
悪魔の体にとって、聖水は毒だ。
自分と燐にかからないように満遍なく振ると、瓶を捨てる。
十字を切って結界を張るが、悪魔が張った聖なる結界がどこまで持つかはわからない。
詠唱や結界など、悪魔である身としてはどうしてもこの辺りが不得手になってしまう。
夜は燐に目配せした。電気がまた一瞬消えて、つく。
廊下の方から、ずるりずるりという音が聞こえてくる。

「俺、黒い塊みたいなのだったら、道路で祓ったぞ。もしかしてそのことか?」

炎で燃やしたが簡単にカタが付く悪魔だった。
普通、もう少し抵抗があってもいいものなのに、あの悪魔は跡形も残さずに消えていった。

「それは多分、あいつの欠片だ。本体じゃない。飲み込まれなくてよかったな。
飲まれた瞬間、お前は虚無界行きだったぞ」
「え」
「あいつのやっかいな能力ってのはな、個体は一瞬で倒せるんだけど、分裂する力がある。
しかも、その分かれた個体全てが、虚無界へ通じる穴なんだ。
飲み込まれて消えた奴も何人か居る。俺はそれを討伐しにきたんだ。
あんなところで燐に会ってびっくりしたぞ。
あいつの本体と一戦ヤった後だったから、声はでないし、お前を連れて逃げないとだし」

声が出ないから、ジェスチャーでの会話しかできなかったが、
燐はほいほいと後ろに乗ってくれて助かったと夜は言う。
しかし、次からは身知らぬ人の運転するものに乗ってはいけないということを
燐は知るべきである。と注意も忘れない。今回のことはいい教訓になっただろう。

「いきなり血吸われて、かなりびびったけどな俺」
「それは悪かった、あいつとやらかす前に。体を回復させておきたかったんだ」

燐の血は、悪魔の力を活性化させる力がある。
燐はあらゆるものがあらゆる目的で狙う魔神の落胤だ。
その血は極上と言ってもいい。召還の時に使えば、上位の悪魔が引き寄せられるような代物でもある。
それを下級悪魔である夜が飲めばどうなるか。
傷は癒え、ドーピングをしたかのような作用が現れる。
心なしか、夜の声のトーンもいつもより高い気がする。

「俺は栄養ドリンクか・・・」
「そう言うなって」

夜は自分の懐を漁ると、一本の鍵を燐に投げてよこした。
燐はそれを片手で受け取る。

「学園に繋がる鍵だ。やばくなったら俺を置いて逃げろ。なんなら今すぐでもいい」
「なんだよそれ!!」

燐は理不尽だ。と感じた。ここまで巻き込んでおきながら。
夜をおいて帰れるわけがない。
燐はそこまで薄情ではない。と夜に怒った。夜は苦笑する。

「やっぱダメか。すまない協力してくれ」
「わかりゃーいいんだよ、その代わり帰ったら俺の剣の稽古の相手しろよ」

夜は剣を構えながら言う。燐を背後に置き、扉の前に立つ様は正に騎士だ。
漆黒の騎士はからかいまじりに言う。

「仰せのままに、若君様」
「若君言うな!」

扉が突き破られた。ヘドロのような腕が、二人に伸びる。
剣を抜いたのは同時だった。


正十字学園の恋人5


勝呂は燃えていく赤い視界の中、燐の耳元に唇を寄せた。
それは、悪魔の記憶を覗き見ていた時に知った、悪魔の致死説ともいえる言葉だった。
燐はその言葉にはっとした表情を取った。
まだ、勝呂には意識がある。燐は燃える勝呂をものともせずに、抱きしめた。
勝呂の呼吸は荒い。中にいる悪魔が、カルラの炎でのたうちまわっていることがわかる。
しかし、まだ勝呂の体から離れようとしない。しつこい悪魔だ。燐は怒鳴った。

「勝呂から出ていけ!!クソ野郎!!」

悪魔は燐の放つ圧力と、カルラの炎に耐えられなかったのだろう。
半分だけ、悪魔はその実体を表した。
黒い、ドス黒い塊だ。人間の魂はここまで黒くなれるのかというくらいの漆黒の塊だった。
下級や、中級レベルではない。この悪魔は、堕ちるところまで堕ちた魂のなれの果てだ。
上級にも匹敵する黒い力を持っている。
叶わなかった恋。憎いと想う心。異常な性愛と執着。
それは、なおも勝呂の体から離れようとしない。
勝呂は、燐に向かって叫んだ。

「やれ!!奥村!!!俺に構うな!」

燐は一瞬躊躇するが、勝呂の言葉を信じ、手のひらを降り上げた。
同時に、勝呂の頬に衝撃が走る。痛い。しかし、我慢だ。
勝呂はかすれる視線で燐を見つめた。
絶対零度の青い瞳が、自分を見下ろしている。
青い瞳の中に宿る赤色の光彩がまるで燃えているかのような印象を受けた。
その振り切った右手の平の跡は、くっきりと自分の頬についているはずだ。

勝呂が感じた痛みは悪魔も感じているらしく、低くうなる声が背後から聞こえてきている。
燐は絶対零度の瞳で、背後の悪魔に向かって言った。
勝呂が伝えた、悪魔の致死説だ。

「この、浮気者」

悪魔は―――男は、生前燐に似た男子高校生に振られたことが心残りだった。
恋心はいつしかストーカーまでレベルアップし、相手に対しての執着はもはや呪いとも呼べるほどだった。
メッフィーランドで高校生にすがりついても、ほんの少しの接触も許されないほど男は嫌われていた。
だから、男は男子高校生への思いを振り切るためにあるお願いをしていたのだ。
この、浮気者。と言ってくれと。
そうすれば、男の頭の中で男と男子高校生は一度つき合っていたことになる。
妄想上の設定をなんとか壊したくなかった男は、
自分の浮気によって振られてしまったのだという新たな設定を生み出した。
そうして、振られたことで一度男子高校生との妄想に区切りをつけ、
次のターゲットを見つけようと思ったのだ。
だが、その言葉を得ることもなく男は死んでしまった。
男の妄想に区切りをつけるための言葉が、男にとっての致死説だったのだ。

勝呂の体から、黒い影が剥がれ落ちて消えていく。
カルラの炎を纏ったまま、勝呂は倒れ込んだ。
燐はそんな炎に包まれた勝呂を倒れる前に抱き止めた。

炎は少し熱かったが燐を焼いたりはしない。それよりも、勝呂のことが心配だ。
悪魔に憑依されたあげくに、カルラを使い、燐にビンタされた。疲労していないはずがない。
燐は不安げな声で勝呂に話しかけた。

勝呂の頭の中では、男の過去が浮かんでは消えていた。
もう少し落ち着けば、完全に消えるだろう。
男の視線から見た男子高校生は、確かに燐に似ていた。
勝ち気な瞳で、怯えたような表情で。それでも立ち向かっていくようなそんな姿を見ていた。
目を覚まさなければ。記憶の中の高校生ではない。
目の前にいる奥村燐を、見つけたかった。

「勝呂、大丈夫か?なぁ勝呂・・・」

声が聞こえる。自分を心配する声だ。
お前こそ大丈夫だったのか、悪魔に。
俺の姿を借りた悪魔に襲われて。怖かったんじゃないか。
勝呂は、答えるように燐の背中を抱きしめた。


「俺には、お前だけや」


呟いた言葉は、燐に届いていただろうか。
カルラの炎が消え、二人の間に沈黙が訪れる。
勝呂は目を瞑っていたが、しばらく燐が支えてくれていたおかげで体力は徐々に戻ってきたようだ。

だが妙な寒さを感じて、勝呂は目を開けた。
目の前には、鏡があった。ミラーハウスなのだから当たり前だ。しかし、問題はそこではない。

『お前達、いつまで裸のまま抱き合っているのだ?』

ぽこんと現れたカルラが、冷めた瞳で二人を見つめていた。
勝呂は呆然としていた。
視線を逸らしたくても、ここは全包囲死角なしの鏡張りだ。
裸のまま抱き合う二人が四方八方に映っている。

「う、うがあああああ!!!」

勝呂は燐の顔を手で覆い隠した。燐も状況に気づいたのか、顔を真っ赤にして震えている。
まずい、どうしてこうなった。勝呂が焦っていると、燐が慌てながら答えた。

「あ、あれだろ勝呂。お前も俺と同じで炎の扱いに慣れてなくて、
服まで燃やしちまったんだよな!ははは!」

二人は距離を保ちつつ、そのまま後ろを向いた。
正面から見るのは無理だ。余りにも動揺しすぎている。
しかも取り憑かれていたとはいえ、勝呂は燐に対して途中まで。
かなり際どいことまでやってしまっている。
視界の端に映る背中や、しっぽの生えた尾てい骨まで。その姿は勝呂の危うい理性を刺激した。
勝呂は、別にアブノーマルな趣味を持っていたわけではない。
悪魔が取り憑いたことで悪魔の視界で燐を見たことで。
きっと動揺しているのだ。と勝呂は自身を納得させようとした。
勝呂はストイックかつストイックにできているのだ。

『やれやれ、人間というのは実にまだるっこしい生き物だ。
自分の心を偽っているからこそ、悪魔に付け入る隙を作るのだぞ竜士』

カルラが勝呂の頭にのっかってつぶやいた。
燐にぶたれてじんじんと痛む頬に触れ、勝呂は思った。
どうしてこんなことになってしまったのだろうかと。
勝呂竜士はストイックかつストイックに生きてきた。
自分を律するからこそ悪魔に立ち向かえるのだとそう信じてきた。
だが、今回の結果はどうだ。

確かに自分は、奥村燐を手に入れたいと思ってしまった。
悪魔なんかに渡したくはないと。

勝呂は自分の身の内にあった自らも知らない感情を自覚した。
人は、聖人君子ではいられない。汚い心も醜い感情も人間を作る上で必要なものだ。
勝呂はそれを自覚し、受け入れたからこそ最後まで自分を律することができたのだ。
燐をこんな方法で手に入れたくはないと。強く思った。
その思いが、悪魔への抵抗力となった。

自らを縛るだけでは、人は成長しない。

勝呂は身を持って実感した。
自らを律しない悪魔に出会ったことで、勝呂は燐への想いを自覚することができた。


そこまではいい。


だが、現実問題二人は裸で全包囲鏡張りの状態だ。ラブホテルもびっくりの状況である。
ここの難問を突破しなければ今日の任務は完遂できないだろう。
勝呂が服まで燃やしてしまったのは、燐もコントロールするのに相当手間取ったあれだ。
勝呂はまだカルラと契約して間もないため、達磨のように自在にカルラを操るまではいっていない。
今回も、無我夢中で燃やしたようなものだ。従って服は燃えてしまった。もう戻ることもない。
まずは、外部に連絡を取らなければならない。
勝呂はちらりと背後を向いた。
勝呂と燐の間に、燐の携帯電話が落ちていた。
悪魔が燐に命じて床に置くように言ったものが、難を免れていたらしい。勝呂は燐に話しかけた。

「奥村、それで電話してくれへんか。誰かに服持って来てもらわなアカン」
「それもそうだな、じゃあ雪男に・・・」
「アカン!!待て!それはアカン!!!」
「え、なんで」
「なんでかわからんけどアカンねん!」

勝呂の第六感が雪男を呼んではいけないと告げている。
いくら勝呂が優等生で通っているとはいえ、この状況を作り出したのは紛れもなく勝呂だ。
燐に近づく不埒な輩。志摩と同じような扱いを受けるのだけはごめんだった。
燐は炎で燃やしてもパンツを残していたが、勝呂はパンツすら残らない全裸な分余計に性質が悪いと思われそうだ。

「ここは子猫丸辺りに頼むしかないやろ」
「でも、あいつの服借りれないだろ。小さいし」
「それ本人の前で言いなや・・・宝、も無理や論外や。残るは志摩か」
「サイズ的には借りれるぞ」
「ただ・・・暴走する気配がするわ」

うっわ、うっわ。なんですの坊と奥村君。
人のこと散々エロ魔神やなんや言うてたくせに、今一番。
いや、今年一番の破廉恥な格好してはるんは二人でっせ。
うぷぷ。どないしたりましょうか。
こっちの鏡に映ってはる二人写メして実家の方に送っておきましょうか。
みんな坊が童貞捨てた言うて、正十字乗り込んできますよ。
お赤飯が黒い猫の便でやってきますよ!うひょひょ~

究極の選択ではあるが、行動を起こす前に死ぬ気で止めれば被害は少なさそうだ。

「・・・背に腹は変えられんわ。志摩呼ぶか」
「俺もなんとなく想像ついた」

二人は少しだけ笑って、同時にくしゃみをした。
流石に長時間裸でいるのは寒い。
勝呂が燐の方を振り返ると、燐は腕をさすりながら携帯電話をいじっていた。
おそらくそう時間はかからずに助けは来るだろう。
勝呂が視線を戻すと、鏡に黒い影が映っているのが見えた。
ゴブリンだ。任務で追っていた駆除対象が、まさかミラーハウスの中まで入りこんでいるとは。
ゴブリンは何かから逃げているかのような必死の形相だ。
そのゴブリンが向かう先には燐がいる。まずい。このままいけば燐が襲われてしまう。

「稲荷の神にかしこみ申す!!!!」

牙は二人に届く前にかき消えた。
鏡の中に、黒髪の少女が映る。
ゴブリンを駆除するためにミラーハウスに入ってきた出雲だった。
勝呂は助かった。と思うと同時に。

「まったく、あんた達なにちんたらやって・・・ってきゃあああああああああ!!変態ゴリラ―――ッ!!!」
「待て、誤解やああああああああ!!!!」

燐を庇うために、勝呂は燐の上にのしかかっていた。
そう、全裸で。
ミラーハウスには全裸で同級生にのしかかる勝呂と全裸で押し倒されている燐が映し出されていた。
これはもはや視界の暴力に等しい。
出雲は喉の奥から絶叫を響かせ、半泣きで走り去っていった。
おそらく、数秒で雪男がここにたどり着くだろう。そしてこう言うのだ。

「今回は悪魔・・・フェアリーの仕業だったようですね。
知ってますかフェアリーって俗語で同性愛の男っていうんです!
いい意味じゃないのでよい子は使用しないように!!」

響く銃声まで想像できた。おそらく自分の命は持って数分だ。
勝呂の下にいる燐が、身じろぎをした。
そうだ、いつまでも下敷きにしているわけにはいかない。
勝呂が離れようとすると、燐が勝呂の手を離れないようにそっと握った。
燐は震える声でつぶやく。

「お、おれもだよ」

燐の顔は真っ赤だった。
それは全裸である恥ずかしさとは少し趣が違うようだ。

「あ?なにがや?」
「お前が言ってくれた言葉・・・ってああ!もういい!!」

勝呂は、それが燐の答えだと知った。
自分の言った言葉を思い出す。

『俺には、お前だけや』

勝呂の顔に、熱が集まる。
言葉は、確かに燐に届いていた。

明蛇の皆。おとん、おかん。
京都から離れて早数か月。
お互い全裸のミラーハウスでの告白となりましたが。


正十字学園で恋人ができました。



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