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CAPCOON7

青祓のネタ庫

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弟の駆け引き


藤本は、教室の探索は行わず、一階にある職員室に向かった。
ここは廃校にはなったが、おそらく校舎の地図くらいは残っているはずだと踏んだのだ。
この学校が廃校になったのは、そんなに昔の話ではない。
おそらく使えるものもいくつか残っているだろう。
藤本が職員室。と書かれた扉を開けると、そこにはがらんとした空間が広がっていた。

人のいない机と椅子。壁には職員連絡用の黒板もある。
中に入って、机の引き出しを漁った。
職員用にはない。じゃあ、もっと上の。校長か、もしくは教頭用の机か。
藤本が他とは離れた場所にある机に行き、中を探る。
こつん、とした冷たい感触。学校によくあるようにラミネート加工されているようだ。
紙に描かれていたら黄ばんでよくわからなかったかもしれない。ラッキーだ。
藤本は神に感謝した。
そこには、確かに校内の見取り図が描かれていた。
どこかから、声が聞こえてきた。
校内には何の音もしないせいか、その放送の内容は遠く離れた藤本の耳にもよく届く。
チッと舌打ちをして藤本は動き出した。

「俺の息子達に手を出した奴に、お仕置きが必要なようだな」

兄弟がよく知る温厚な父の顔はそこにはない。
獰猛な、若かりし頃の面影がゆらりと揺れている。




雪男が教室を当たっていると、気になることがあった。
それは、別に物音がしたとかそういうことではない。
なぜだろう、あの辺りがものすごく気になる。
雪男は開けていた教室の扉を閉めた。
もやもやとした感触は消えない。
藤本は、祓魔師の免許を取った雪男に言った言葉がある。
とりあえず、気になったことは片っ端から当たれ。
意外と頭で考えるより正解だったりするぞ。
頭で物事を考える雪男にとってはその感覚がどういうものなのか理解できなかった。

もしかしたら、このもやもやがそうなのかもしれない。
雪男は間にあった空き教室を調べることをやめた。
そして、一直線に気になった教室へと足を運ぶ。
暗いせいで、中の様子は見えない。
雪男は銃を構えて、教室の扉に手をかける。
何か、中から音が聞こえる。
他の教室では聞こえなかった音、そして何かの声。
雪男は扉を蹴破った。

暗闇の中、雪男の目に浮かんできた光景。
だらりと足を伸ばして倒れる兄の姿。
その兄に、馬乗りになっている男の姿だった。
雪男は、銃を撃った。放たれたそれを間一髪で避けて、男は燐から離れる。
男が退いたことで、燐の姿がよく確認できた。
服を乱され、手錠で抵抗できないように拘束されている。
おまけに、目隠し。意識はないようだ、眠っているのとは違う。完全に気絶してる。

なにが、兄をここまで追いつめた。

男が、見つめている。
雪男ではない。倒れている兄に向かっている視線。視線。視線。
視線の先を追う。男がにやりと笑った。

あいつ。許せない。

雪男は男に再度発砲する。しかし、弾が教室の中を跳ねるだけ。
くそ、ここは狭い。跳弾して燐に当たらないとも限らない。
雪男は懐から瓶を取り出し、男に向かって投げた。
男の足に当たった聖水が、肉を焦がすようなにおいを充満させる。
悪魔にとって聖水は毒だ。
男から、黒い塊が噴出する。
しかし、一旦離れたそれが再度男の体にまとわりついた。
黒い影に覆われて、隙間から男の顔がのぞく。
それは、燐を拉致した不良の顔だった。

「・・・あ・・・がぐ・・・」

不良は意味不明な言葉しか発しない。
黒い影も、男の体に入っては出てを繰り返している。
その度に男の口から泡が出て大量の唾液が溢れていた。
目も左右に動いており焦点が合わない。どう見ても、正気とは思えなかった。
先ほどは、会話もできていたのに。まさか。

「完全に取り憑けていない、のか?」

普通悪魔に憑かれたら角や牙など悪魔特有の特徴が出るはずだ。
しかしかいま見えた不良の状態を察するに、その特徴は出ていない。
もしかしたら、この悪魔のことを憑依対象者が受け入れられていないのかもしれない。
この場合、憑依対象者にあまり長く悪魔を憑かせているのは危険だ。
一刻も早く引き離さなければ、命に係わる。
影は、不良の周りを行ったり来たりしている。
動きがぎこちないので、慣れない体がもどかしいのだろう。
影は、方向からして燐を捕らえたいようだった。

しかし、黒い影が燐に伸びる前に、雪男が立ちふさがる。
懐から瓶を五つ取り出し、それを悪魔に向けて投げた。
そのどれも、影は弾きとばす。ぱりんぱりんという音が教室に五回響いた。
聖水のかかった影は、音を立てて消失するが、すぐにまた再生される。
影が笑っている気がした。
雪男は再度瓶を出して、自分の足下に落とした。
ぱりん。これで、雪男の手持ちの聖水はすべてなくなった。
影が、雪男の息の根を止めようと動き出す。
雪男は言葉を発した。

「邪悪なる者の行動を禁ずる!」

ばし、と雪男の前で影が、悪魔が縛られたように動けなくなる。
雪男が自分の正面にできた聖水の水たまりに足を置く。
これは、他の五点とは繋がっていない。
中心点の設定。同時に、教室全体が青白い光に包まれた。
位置は五つ。点を辿れば線になる。
五点を基準にした星が教室に宿る。雪男は十字を切った。

「邪悪なる者の進入を禁ずる!!!」

影ごと悪魔の体は教室の外へと吹き飛ばされた。
ドアを突き破り、廊下の先まで転がり落ちていく。

高濃度の聖水を使って、結界を張ったのだ。
雪男は竜騎士だ。どちらかと言えば中距離からの攻撃の方が得意だった。
戦いながら結界を張るのは、手騎士の資格を持つ者の方が格段にうまい。
今回は手騎士の資格のないままやったので自信はなかったが、うまくいってよかった。

これでしばらくは時間が稼げる。
まずは、動けない燐をここから連れ出さないことには身動きがとれない。
雪男は一息ついて、燐の方へと駆け寄った。
手錠がかなり頑丈に床に打ちつけられていた。鎖に向けて、銃を放つ。
鎖はあっけなく砕け、燐の手は自由になった。
きっと暴れたのだろう、手首には赤い痣ができていた。
それに、服も乱れている。見れば、体にべとべとした液体がついていた。
雪男は思わず、息を飲む。しかし、どこも体に傷はついていない。
脳裏をよぎった最悪の予感は外れたようだ。
応急処置用の布で、燐の体を丁寧に拭いていく。
乱れた服を直せば、ひとまず安心だ。
ふいに首を見れば、手で絞められた痕がくっきりと残っていた。
その横の方には、黒い火傷のような痕が。雪男はそれを見て不審に思う。
こんな傷、どうやればできるんだ?
答えを出す前に、教室の壁が突き破られた。
黒い影が体当たりしてきたようだ。
しかし、中に進入しようとすれば結界が阻む。
雪男は燐を庇うように、立ち上がった。
どうやら、不良に取り憑いているのは高位の悪魔のようだ。
これくらいの反撃では止められない。
銃弾を装填して、構える。ここで、殺すしかない。
戦闘はより激しさを増すだろう。
背後の燐が起きたらどうしようか。
覚悟を決めたはずなのに、いざその時になったら自分は平静でいられるだろうか。
目を覚ました兄に、うそつきだと言われてしまうかもしれない。
不安もあるが、今はそれどころではない。

雪男が反撃する前に、目の前の悪魔は黒い何かを取り出した。
なにをする気だ。雪男は発砲する。影が銃弾を弾いた。
くそ、あの影が邪魔だ。不良の意志というよりオートで攻撃を防ぐ盾のようなそれ。
空中に散らばれば、それは無数のコールタールになる。小さな点ほど狙いにくい物はない。
広範囲に対応できる銃火機もここにはない。
悪魔は黒いなにかを、雪男に投げつけるのではなく地面に向ける。
悪魔はにやりと笑って、スイッチを押した。
ばちんッと音を立てて、雪男が敷いた結界の上を火花が走る。
嫌な音を立てて、水が。聖水が効力を無くしていった。

張られていた結界が音もなく崩れていく。
悪魔が一歩を踏み出した。
悪魔が持っていたもの。それは燐を気絶させた代物。
スタンガンだった。水は電気を通す。
燐の首に残っていた痕はスタンガンの火傷だったのだ。
電気を通したことで、聖水は効力を失ってしまった。
こんな結界の解除方法は初めてだ。
雪男は目を疑った。しかし、悪魔はゆっくりと教室の中へと侵入してくる。
阻むものはなにもない。
雪男は銃を構える。ここで殺す。
兄には触れさせない。
雪男が悪魔の興味を引こうと、銃で威嚇しながら悪魔に話しかけた。

「まさか結界をスタンガンで消されるとは思わなかった。お前、ただの悪魔じゃないな」
「・・・うる・・・さい、祓魔師・・・だ。消えろ・・・」
「消えるのはお前だ」

雪男は銃を撃つ。しかし、不良の前には黒い影。コールタールの集合体が。
それが邪魔をして本体にたどり着けない。
暗い教室の中で、雪男は頭をフル回転させる。
ああくそ、目の前が見えにくい。
夜の暗闇に、黒い敵。最悪だ。せめて電気がつけば。

瞬間。影が、雪男の足下をすくった。しまった。影の中に紛れ込んだのか。
雪男の腕が、影によって切り裂かれる。
この部分は燐が雪男をつきとばしてできた傷もあった。
応急処置で巻いていた包帯が宙を舞う。血が、そこかしこに飛び散った。
痛い。しかし、我慢だ。
雪男は倒れず踏ん張った。床に銃を撃って距離を保つ。
影も離れていった。
どくんどくんと心臓が脈を打つ度に痛みが走る。
この腕では銃は持てない。片手でやるしかないか。その為の両利きだ。
目の前の悪魔は笑っている。
いつでもお前なんか殺せるぞ。そう言っているようで癇に障った。

「兄さんは・・・渡さない・・・!」

雪男が呟いたそのとき、悪魔が目を見開いた。
雪男を見ているのではない。雪男の背後。
振り返った。そこには燐が立っていた。
冷たい瞳だ。その瞳にはなにも写っていないように思えた。
燐の口から言葉が漏れる。

「・・・・・・ゆき、お・・・?」

燐の頬には、雪男が流した血がべっとりとこびり付いていた。

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親子は走る


兄さん。

雪男に呼ばれれば、燐はいつだって駆けつけた。
小さな頃いじめられていた弟。助けるのは自分だった。
雪男は燐にできないことができた。
頭が良くて、将来はお医者さんになる。
そんな弟の夢を燐は誇らしかった。誰かを救える人に、雪男ならきっとなれるだろう。
だから雪男が困っていたら、燐はいつだって駆けつけてやりたい。
でも、それが邪魔になるのだと気づいたのは一体いつからだっただろうか。
雪男の手から流れていた血。燐が傷つけてしまった弟。
成長してからの燐は、雪男の邪魔ばかりしている。
優等生の弟の行く先に、自分はいないほうがいいと気づいてしまった。
燐は、やさしくなりたかった。
でも、いつだってそれは空回りして、誰かを傷つけてしまう。

不良の後をついていくと、学校にたどり着いた。話していたとおり、廃校のようだ。
燐も幼い頃、何度かこの学校の制服の生徒を見たことがある。
廃校になった原因はなんだったのか。
おそらく新聞などには出ていただろうが、燐は知らない。
校門を乗り越えて、校舎の中に入る。
誰もいない学校は、寒気がするくらい静かだ。
そして、燐が感じていた視線が一層強くなる。
燐のことを余すことなく見つめる視線。
燐が自分の縄張りに入ってきたことに、歓喜しているようだ。
程なくして、寂れた教室にたどり着いた。
そこで、燐は不良から体を拘束されそうになった。
不良が手に持っていたのは、頑丈な鉄製の手錠と、黒い布だ。

「ちょっとおとなしくしてて貰うぞ」

不良の手が、燐に伸びる。
燐は、敵のリーダーを倒すために来た。
だから、ここで拘束されてしまってはかなわない。
時計を見た。あれからかなり時間がたっている。
倒れていた雪男も修道院に戻っただろう。
おそらく、神父にも連絡はいっているはずだ。
不良の話を、雪男は聞いていた。家の周りを警戒してくれているはず。
放火の罪は重い。警察が動いてくれているのを祈った。
燐は覚悟を決めて、不良に殴りかかろうとした。

その時、教室のスピーカーから声が響く。

『動くな、奥村燐。今お前の家の前に俺の仲間がいる。人質がいることを忘れるな』
「・・・ッ!」

教室に設置されていたスピーカーごしの放送。
相手は、見えない。姿を現さない。しかし見られている。

殴りかかる手を燐は止める。

不良は、拳を納めた燐を恭しく抱き止めた。
おもしろくてしょうがない、といった風だった。
教室に響く声。不良はリーダーだよ。と燐の耳元でつぶやいた。
おそらく、燐を見つめる目の持ち主だろう。
気持ちが悪い。しかし、逆らうことはできない。
燐は手に手錠をはめられた。そして、視界も黒い布で覆われる。
突き飛ばされて、教室の床に転がされた。
腕を上げられて、何かを床に打ちつける音が聞こえる。
程なくして、燐は完全に床に縫いつけられているような体勢になった。
手錠の鎖を床に打ちつけたようだ。
動くのは、足だけだった。
そして、不良はなにも言わずに、教室から出ていった。
がらりと扉が開く音が聞こえて、閉まる。
静寂の中、燐の呼吸音だけが唯一の音だ。

誰もいない、でも燐の行動は見られている。と感じた。
先ほどの放送の声。あれは本当に人間の声なのだろうか。
暗くて、じめっとしていて。見えていないはずのものを見ている。そんな感覚だ。
足を動かしてみるが、なにもない。
学校にある机やイスも、教室の隅に置かれているようだ。
燐は、拘束されたまま静かに呼吸をした。
そうしないと不安でいっぱいになってしまう。

雪男。神父さん。大丈夫だろうか。

自分はここから逃げ出してあの家に帰ることができるのだろうか。
もし、このまま誰も来なかったら。
家族が死んでしまったらどうしよう。

そう考えると恐怖で身がすくむ。
教室の隅で音が聞こえた。かたん。
なんだろう、なんの音だろう。見えないから、なにをされるのかもわからない。

目隠しされていることがこんなにも恐怖心を煽るものだとは知らなかった。
また、音が聞こえた。かたん。
それは燐のすぐ足下で聞こえてきた。なにかが、燐の体の上に跨った。
なにをする気だ。燐は足をあげようとした。
しかしそんな抵抗などお見通しといった風に、なにかが足を掴む。
はあ。と荒い息が燐の顔に吹きかかる。生暖かい。
それに、どうしてだろうか。興奮しているような印象を受ける呼吸音だ。
足の間に、なにかが入り込む。燐の上着がぐい、と首もとまで上げられた。

「まっ・・・何すんだよ!!!」

がしゃんがしゃんと燐は手錠を鳴らすが、相手は何も答えない。
それどころか行為はエスカレートしていった。
燐の上着だけでは飽きたらず、アンダーの黒いシャツまでたくし上げられた。
燐の肌を、なにかが這い回る。べとべとしていて気持ちが悪い。
なにを探しているのか。それは、燐の体にあるものだろうか。
燐には検討がつかない。べとべとしたものは、腹から胸まで何度も辿った。
舐められいるようだ。
ぞくりとした感覚が燐の肌の上を滑る。
経験したことのない気持ち悪さに燐は体を強ばらせた。
上半身を一頻り弄ったなにかは、今度は燐のズボンに手をかけた。
ファスナーを下ろそうとしている。燐は激高した。

「やめろッ!この、変態野郎!!!」

燐は暴れたが、拘束された状態では抵抗のしようもない。
くつろげられたズボンから、腰の方に手が入ってくる。
それは明確な意志を持って何かを探っているようだった。
やがて、燐の体の。腰から下。
そして胸元までなにかが這う感触がして、一旦ぬめりのあるなにかは離れた。
そのなにかが離れる感覚に燐はひどく安堵した。

自分の体を、好き勝手にいじられるなど屈辱以外の何物でもない。
不意に、顔の当たりに何かが来た。
手、だろうか。燐の顔や首元を撫でまわしている。
そして、燐の首に手がかけられた。
手は、明確な殺意を持って燐の息の根を止めようと動く。

「・・・あ、ぐ・・・!」

耳から聞こえる音は荒い呼吸音だけなのに。
それは頭の中で声になる。

ちがうちがうちがうちがう。
何が違うのかわからない。

ないないないないないない。
何がないんだ。わからない。

にんげんにんげんにんげん。
人間、俺は。そうだ、人間だ。

人間。と聞こえて、燐はふと家族の姿を思い出した。
雪男、大丈夫だっただろうか。
俺のせいで怪我させてしまった。
ここで殺されたら、もう謝ることだってできない。

雪男、ごめんな。
怪我させてごめん。

どこにいるかもわからない弟に向けて燐はつぶやく。
息が、つまる。
呼吸ができない。
そして、声が耳元にかかる。

「若君様」

若君。一体誰のことを言っている。
片手が離れて、相手が何かを向けてきたことがわかった。
なんだろう、嫌な予感がする。
がらり、という扉が開く音が聞こえてきた。
誰か来た。しかし、それが誰かまではわからない。
ばちん。何かの音がして。
燐の意識は、闇色に染まった。




雪男が路地裏から立ち上がると、血はだいぶ止まっていた。
持っていたハンカチで止血したことがよかったようだ。
ふらふらと立ち上がって、前を見た。
そこにはもう自分の兄の姿はない。
舌打ちをして、雪男は、ポケットから携帯電話を取り出した。
藤本に、神父に連絡しなければ。
悪魔堕ちした輩に兄の誘拐を許してしまうなど失態以外の何物でもない。

兄さんが、僕のせいでいなくなったらどうしよう。

そうなったら雪男は自分が許せない。
この苛立ちも、聞き分けのない兄への不満が半分。
もう半分は自分に向けられている。
苛立ちながら通話ボタンを押すと、着信音が鳴った。
すぐ近くだ。雪男は音の方向を振り返った。
そこには神父が立っていた。
雪男の姿を見るやいなや、藤本は駆け寄ってくる。

「雪男!お前血が・・・!」
「かすり傷だよ、神父さん。でもなんでここがわかったの」
「ああ、さっき祓ったコールタールが空に吹きあがっていただろう。
あれが俺のいる通りから見えたんだ。お前だろうって思ってな」
「合流できてよかったよ。兄さんを浚った奴なんだけど、仲間がいるらしいんだ。
修道院に放火するかもしれない・・・兄さん。僕らを殺すって脅されてて手が出せなかったんだ」
「そうか・・・あいつ。やっぱり・・・
大丈夫だ。修道院には俺から連絡を取る。あいつらもプロだ。隙は作らんさ」

神父は雪男の手を見ると、素早く持っていた聖水と消毒液をかけた。
傷口が焼けるようにしみる。
しかし、処置としては正しい。
悪魔と遭遇した時にできた傷は、どんなものであれ聖水で消毒しておくと
魔障にかかりにくくなるのだ。
魔障はまだ未知のものもあるため、念には念をいれておくに限る。

「応急処置ですまないが、いけるか?」
「うん、兄さんはこの先の廃校舎に連れて行かれたみたいだ・・・
ごめん、神父さん。僕がいながら」

雪男の心中がわかったのか、藤本が雪男の肩を叩く。
雪男は一瞬だけ顔を下に向けて、前を向いた。
落ち込んでなんかいられない。まだ間に合う。
兄を、悪魔の手から奪い返さないと。
藤本が来たことで落ち着きを取り戻した雪男は、懐に手を入れた。
取り出したのは、愛用の拳銃だ。
何かあったときの為に、持ってきてはいたが、完全に悪魔堕ちしていない人間相手に
撃つわけにはいかなかった。それに、燐がいる前で銃を撃つことは躊躇われた。

燐にとって自分はあくまで優等生の弟だ。

こんな悪魔祓いをする側面を持っていることを燐は知らない。
しかし、もうそんな細かいことに捕らわれている場合ではない。
雪男は覚悟を決めて銃の安全装置を外した。
藤本は雪男に問いかけた。

「覚悟、できたな?」
「うん。行こう神父さん」

路地裏を二人は駆けた。こうして悪魔祓いに親子で取り組むことは初めてではない。
雪男がまだ祓魔師の免許を取る前から、雪男は藤本の元でエクソシズムを学んでいる。

兄を悪魔から守る為に、雪男は強さを。知識を学んだ。
そして、この強さが守るだけではなく、
おそらく別の意味を持つことも雪男は察していた。
兄が、悪魔の力に目覚めて万が一暴走することになったら。
それを止める為の力でもある。
兄を守る為に身につけた力は、同時にその兄を殺す側面を持つ。

矛盾しているのかもしれない。
そして、その矛盾を藤本も抱えている。

藤本と雪男は持っている力の根底が似たもの同士だ。
守りたいものを殺す力。
守りたいものを守るためについている嘘。
それを抱えて、生きている。
家族が笑って過ごす日常を守るために。


走って走って、たどり着いたのは廃校だった。
以前新聞に廃校になったという記事があったのを雪男は覚えていた。
この学校の生徒を道で見かけたこともあったのに、
なぜ廃校になったのかは詳しくは知らない。
藤本は、校舎に向かってつぶやいた。

「イヤな感じだな、ここ。確か表向きは学区整理による廃校なんだけど、
実際は悪魔が出没するってことで人がいられなくて廃校になったんだ」
「祓魔師でも祓いきれない悪魔がいたってこと?」
「下っ端の悪魔自体は祓えるんだけど、どうにもその親玉が見つからなかったらしい。

出入り禁止にして、結界で封じておいたらしいが・・・この門の辺りを見る限り。
不良のたまり場になってたみたいだな」

門の付近には、たばこやお菓子のゴミなどが散乱していた。
人のいない校舎は、不良にとって格好の遊び場だっただろう。
人が入り、場が汚されたことで結界が破られた。
自由になった悪魔は、そこにいた不良に取り憑いて町を出歩く。
推測だが筋は通る。
二人は門を飛び越えて、校舎の中に入る。
長く続く暗い廊下を見て、二手に分かれようと提案したのは藤本だった。

「お前は燐を探せ。俺は親玉を探す。こいつを叩かない限り、恐らく何度でも続くはずだ」
「・・・わかった神父さん。気をつけて。そういえば動きがぎこちないけど、どこか怪我でもしたの?」

雪男が心配そうな声を出すと、藤本も真剣に返した。

「走った上に。門を飛び越えるっていう体力のいる仕事をしたせいか腰が痛い。
俺も年だな」
「・・・そう、帰ったら兄さんに湿布貼って貰うといいよ」
「そりゃいい提案だ」

にゃはは、と藤本は笑い、二人は別れた。
雪男は神父の後ろ姿を横目で見送る。
小さな頃に比べて、今の神父の背中はたまに小さく思える時がある。
自分が大きくなったせいもあるだろうが。やはり神父も年だ。
雪男はなおさら自分がしっかりしなければと思い直した。

早く兄を見つけて、三人で家に帰ろう。

雪男は校舎の教室を扉を開けた。
なぜだろう。
兄が呼んでいるような。そんな気がした。

兄弟は譲らない

兄さん、待って。

そんな雪男の言葉を聞かなかったことにして、燐は駆けだした。
事の発端は路地裏で、不良に絡まれていた燐を見つけ、雪男が間に入ってきたことから始まる。

燐は、よく中学をサボっていた。
授業には出ずに、神社や町をさまよって、時間を潰す。それが燐の日課だった。
学校に行っても、不良だ悪魔だと噂され、燐は一人で過ごすだけ。
燐は、自分がそんな風に言われることは慣れていた。

我慢ができないのは、雪男のことを悪く言われることだ。
あんな兄がいて、弟もどんなやつかわからない。
そんな風に言われることがイヤだ。
雪男は努力家だ。
小さな頃は燐の後ろに張り付いて泣いていた弟は、
今や勉強もスポーツもできる優秀な学生へと変貌していた。燐は、そんな雪男が誇らしかった。
周りは才能だなんだというけれど、その結果は雪男が努力をして得たものだ。

だからこそ、兄である自分がそんな弟の名誉を傷つける存在でありたくなかった。
小学校までは一緒に通っていた通学路も、今や別々に通う日々だ。
雪男も忙しいらしく、兄弟が会う時間と言えば修道院に帰った後くらしかない。

しかし燐は今、修道院にも帰っていなかった。

性質の悪い連中に、燐が付け狙われ始めたからだ。
最初は喧嘩の延長戦の恨み目的で狙われているのかと思ったが、どうやら違うらしい。
燐の行く先に潜み、じっと燐を見つめている。そんな気持ちの悪い視線を燐は感じていた。
このまま修道院に帰って、自分の家の場所を知られてしまってはまずい気がした。
家族に手を出されたらどうしよう。そんな不安から、燐はここ数日家に帰っていなかった。
一応、ポストに手紙だけ入れておいたから、大丈夫だと思っていたのだ。

燐はそのまま視線から隠れるように町に潜んだ。
寝る場所は、公園でも神社の裏でも平気だ。
不思議と、神社の中では視線を感じることもなかった。
燐は神社の裏を拠点にして相手が出るのを待った。

「・・・来るならこい」

視線の相手に向けて、燐はつぶやいた。
燐が消えて、二日たった朝の出来事だ。



しかし、そんな燐の手紙を見て藤本と雪男が動かないわけがない。
藤本と雪男は、燐の手紙をテーブルの上に置いて深刻な顔をしていた。

「・・・しばらく帰らない。心配するな、か。あいつ、今どこにいやがる」
「いつもなら、朝には帰って来てたのに。どうしよう神父さん。兄さん、何かに巻き込まれたんじゃ」

雪男は不安そうな顔を隠さない。燐が帰らないことは今までもあった。
だが手紙を残して消えるなんてことはなかった。
燐は二人を心配させまいと手紙を残したのだが、これでは余計な心配をかけるだけだ。
藤本は、他の修道士にも声をかけ、燐の捜索をすでに開始している。

だが、未だ燐は見つかっていない。

燐は、本人が気づかないところで狙われている。
魔神の落胤。魔神の血を引く悪魔。燐にはまだ秘密にしているが、
燐の存在はあらゆるものを引き寄せる。
もし、藤本や雪男のいない間に、悪魔に浚われでもしたら。

「・・・兄さん、バカなこと考えてなきゃいいけど」

商店街や、行きそうな場所を雪男は虱潰しに探した。
見つけなければ、燐は帰ってこない気がした。
そんなこと許さない。兄さんがいなくなるなんて。
雪男は唇を噛みしめる。
雪男が商店街を通っていると、路地裏から声が聞こえてきた。
喧嘩特有の、そんな喧噪が漏れ出ている。
雪男は一瞬躊躇したが、声のしたほうへ足を向けた。
別に、喧嘩くらいなら雪男が祓魔師になったときに習った護身術でなんとかなる。
問題は、そこに燐がいた場合にどうするかだ。雪男が祓魔師であることは燐には秘密にしている。
弟が出てきて、喧嘩に割り込んだら燐はどう思うだろうか。
駆けている間に悩んだが、とにかく燐を連れて逃げれればいいか。と思い直す。

なるようにしかならない。
今は、とにかく見つけて連れ戻す。それだけだ。

雪男は路地の先にたどり着いた。
ゴミが当たりに散乱していてにおいがひどい。近くには割れたガラスも落ちていた。
視線の先には、不良に絡まれている燐がいた。

「・・・まずいッ!」

しかも、不良の周囲には燐には見えていないだろうが、コールタールが群がっている。
悪魔に取り憑かれる寸前の状態だ。やはり、付け狙われていたのか。

「おいおい奥村くんよぉ、いい加減俺らと来てくれねぇ?」
「ちょっとだけでいいんだよ。そうすりゃ、家族には手を出さねーでやるからさ」
「てめぇ!あいつ等に手出したら許さねーぞ!」
「だから、一緒に来てって行ってるんだよ。しばらく家帰ってなかったんだってな?
大方家族を巻き込みたくなかったんだろうが。お前の家見つけるくらい、簡単なんだよ」
「俺らのリーダーがお前を呼んでる。場所は、ここからすぐ。去年廃校になった学校だ。
来なきゃ、いつまでたっても終わらねーぞ。お前の家に放火するくらいすぐだからな」
「・・・くそッ」

燐は両サイドを不良に挟まれて、しかも家族を人質に脅されていた。
雪男は唇を噛んだ。喧嘩なら燐は負けを知らない。ここで不良を伸すことなど簡単だ。
だが家族を見捨てることなど燐にはできない。
燐の帰る場所はあそこしかないのだ。燐はそれを全力で守ろうとしている。
雪男はそんな燐のことを正直イライラした視線で見ていた。
消える前に家族に相談することくらい、できたはずだ。でも燐はそれをしなかった。
そんな燐の態度が雪男は許せない。
お前なんか関係ないと言われているみたいで腹が立つ。
雪男は路地から飛び出して、不良の背後から声をかけた。

「兄さんになにしてるんだ!」

いかにも、今ここに来ました。といった風を装って。
不良は怪訝そうな顔を。燐は驚いた表情を雪男に向ける。

「なんだよ、ご家族のお出ましか、愛されてんなー」
「ちょうどいいぜ、こいつ脅せば奥村も一緒に来るだろ」

不良の言葉に驚いたのは燐だ。
家族を巻き込まないようにしていたのに、雪男が狙われている。
燐は叫んだ。

「弟は関係ないだろ!」

燐の言葉に怒ったのは雪男だ。

「関係ないわけないだろ!家族なんだから!!」

雪男はポケットから取り出した瓶を不良の一人に投げつけた。
ぱりんと音を立てて、中の液体が不良の頭上に降り注ぐ。
不良の一人は、叫び声をあげて倒れた。
祓われたコールタールが天高く舞い上がって消えていく。
中身は、聖水だった。悪魔に取り憑かれる前ならばこれで祓うことができる。
雪男は続けて、聖水を投げようとした。しかし、それを燐は止めた。

「やめろ、雪男!お前が手を出すことなんてない!」
「兄さん、だって・・・!」

不良の一人が、携帯を手に取っていた。それを見て、雪男は舌打ちする。
燐ならばまだしも、雪男が不良相手に喧嘩しているところを撮られれば、雪男も只では済まない。
受験を控えている雪男はちょっとの喧嘩が内申点に響かないとも限らないのだ。
燐はそれがわかっていたからこそ、雪男を止めた。
汚れ役は自分だけでいい、燐はそういう考えだ。
しかし、雪男はやめなかった。
燐には見えていないだろうが、あの不良は取り憑かれる寸前の状態だ。
燐が魔神の落胤だと気づかれれば、この日常は終わる。
兄がいなくなってしまう。
それは雪男にとって自分の将来のことよりもよっぽど怖かった。
燐は、不良と雪男の間に立ちふさがった。雪男は燐に怒鳴る。

「どけよ!!」
「いやだ!」

こうしてみると、まるで兄弟喧嘩だ。
小さな頃は喧嘩をすれば燐が折れることが多かった。
なんだかんだ言って、燐は雪男に甘い。だが、今回は燐も譲らない。
大切な家族の将来を傷つけるわけにはいかない。
燐はそのために家を離れ、雪男からも離れたのだ。

燐も雪男も譲れないものがある。

動いたのは、雪男が先だった。不良に向かおうとする弟。
燐はそれを止めた。
そして、そのまま雪男を路地へと突き飛ばした。
がしゃん、と雪男の倒れる音が聞こえる。
咄嗟の事だったので思ったよりも強く突き飛ばしてしまったようだ。
燐は真っ青になった。見れば、雪男の手から血が流れていた。
運悪く落ちていたガラスで切ってしまったようだ。
雪男は手を押さえて、路地にうずくまっている。

「・・・あ」
「あーあ、なんだよせっかく優等生君の喧嘩シーン撮れるかと思ったのに。
兄弟喧嘩の果てに、弟君傷つけるとかひどい兄ちゃんだよな」
ニヤつく不良の言葉に怒ったのは雪男だった。
「黙れ・・・!」

突き飛ばされたせいで、胸を打って痛い。すぐに立ち上がるのは難しそうだった。
そんな雪男を見て、燐は泣きそうな顔をしている。
雪男を、家族を守ろうとしてがんばっていたのに。
その自分が雪男を傷つけてしまった。
燐は雪男に背を向けた。そして不良に声をかける。

「・・・俺が行けばいいんだろ。案内しろ。
その代わり、雪男は見逃せ。家にも放火する必要はないだろ」
「物わかりがよくて嬉しいぜ。そうだな・・・お兄ちゃんの頑張りに免じて。
仲間の一人をダウンさせたオトシマエはお兄ちゃんに取ってもらおうか」

燐の腰を引き寄せて、不良は笑った。
燐は手を振り払うが、どっちの立場が上かわかってんだろ。
そう言われればもう燐にはなにもできない。
不良が歩き、燐がその後をついていく。
雪男は止められなかった。
燐には見えていないが、雪男には見えていたもの。
群がっていたコールタールが不良の体と融合してしまっている。
その姿は、もう完全に悪魔に取り憑かれていた。
燐は雪男から遠ざかる。

「兄さん、待って」

そんな雪男の言葉を聞かなかったことにして、燐は駆けだした。
雪男の手からは赤い血が流れていた。

デバガメするよ



視線を感じる。
思って、勝呂はその方向へ顔を向けた。
店員と目があって、愛想笑いをお互いにした。
気のせいだろうか。誰かに見られていたような気がしたのだが。

背後の試着室から、人が出てくる気配はまだない。
時折、あいた。とか、ぶつかるような音が聞こえてくるので、苦戦しているのだろう。
ここは、正十字町にある、ショッピングセンターの一角だ。服や小物。
本や雑貨と多種多様な店がそろっている。
二人で店を冷やかしに来たのはいいが、それだけではおもしろくない。
提案したのは燐だった。

「勝呂、勝負して負けた方が自分に一番に合わない服を試着するっていうのはどうだ?」
「ええな、それ。受けてたつわ」

高校生、というものは社会に慣れていないということもあり。やはりどこか初な面がある。
いい服や好みの服装のものがあっても、それを店の中で試着することは一種の苦行にも等しい。
試着をすれば、店員に見られる。
如何でしたか。
こちらのお洋服は素材がウールでできておりましてうんぬん。
それに、こちらの小物と合わせたらより締まりがでて、うんぬん。

一番きついのは店員と応対した後、試着した服を買わずに店を出ることだ。
これは、遊び慣れていない勝呂と燐にとっては実にハードルの高い罰ゲームだった。
当然、その提案をした燐は端から自分が負けるとは思っていなかった。
通りがかりで見つけたゲームセンター。
そこの、ボクシングゲームで勝敗を決めることにした。もちろん燐の策略だ。

「このゲームで、一位を取ったら勝ち。
もし一位をとれなくても、順位が上の奴が勝ちってことにしようぜ」
「・・・なんや、お前自信あるんやな。やったことあるんか?」
「いや、ねーよ」

燐がこのゲームを知っていたのは、春先に襲われた不良集団を見かけた時に、
丁度そんな遊びをしていたからだ。
ぎゃはは、奥村くーん!お前の顔をゲームと同じくサンドバックにしてやろうか!
と白髪のリーダー格にいちゃもんまで同時につけられたが。

とにかく、力勝負のゲームであることを燐は知っている。
力なら、負けることはないだろう。と踏んでの勝負だった。
まずは、勝呂がお金を入れて、拳を構える。
目の前のサンドバックががこんと起きあがってきた。
勝呂は勢いをつけて、殴りかかった。ばしん、というきれいな音が響く。
画面には計測中、と表示され。しばらくしてからファンファーレが鳴り響いた。

「ッチ・・・二位かいな」
「すげー!勝呂かっこいいな!殴り方もかっこいい!」
「ええから、次お前やで」

燐はお金を入れなかった。ゲームは二回勝負だ。
つまり一回の値段で二回分殴れるわけで、お互いに一回ずつやればその分お金は節約できる。
燐は腕を鳴らしながら、起きあがったサンドバックを見た。
これなら、俺だって勝てる。
燐は力を右手に込めて、おもいっきりサンドバックを殴った。
ばしん。という生やさしい音ではない。
べきぃという金属がつぶれる音がした。画面は、計測中。と出たまま、固まり。
サンドバックは二度と起きあがってはこなかった。

「・・・壊した?」
「あかん、逃げるで!!!」

呆然とした燐の首根っこを掴んで、勝呂は急いでゲームセンターを後にした。
まさか、壊すとは思わなかった燐は大いに反省した。
そして、計測できなかったということは、二位である勝呂に負けたということだ。
順位が上のやつが勝ちにしよう。と最初にルールを決めたのは燐だ。
反論はできなかった。

燐は今、二人が絶対に入らないであろう服屋で試着をしている。
ゴシックスタイルに囲まれた服屋を見ながら。勝呂も思った。
これ、どうやって着るんだろうか。
ベルトが多いし、ファスナーも多い。頭から被って着るのは無理だ。
勝呂が燐を置いてここから出るのもおもしろいな。とささやかないたずらを
思いついたところで、試着室から声がかかる。

「どうよこれ!!」

カーテンが開いて、燐が出てきた。
ズボンは黒。体のラインがわかる細見のものだ。
上着もベルトと銀のチェーンで飾られており、一言で表すならそう。
スタイリッシュな王子様スタイル。というものだった。
勝呂は上から下まで眺めて、思った。
服は悪くない。でも、それを着ているのは燐。

「ちんちくりん・・・お、ぶふッッ!!」
「わ、笑うな!!!てめー!!!」

そう、弟の雪男が着ればまた印象が違っただろうが。
燐の普段の姿を知るモノとしては、笑うしかない。
大人っぽい服のせいか。服に着られている感が否めない。
勝呂はひとしきり笑った後、店内にいるコールタールがざわめき出したことに気づいた。
コールタールはどこにでもいる悪魔だ。店内にいてもおかしくはない。
しかし、ふよふよと試着室の鏡の方に近寄ってきている。
一匹や二匹ではない。影のように形になってきた。
勝呂は燐の腕をとって試着室から出した。燐の背後に集まるコールタールがざわめく。

「・・・なんだよ?」
「コールタールがおる。一応、集まる前に祓っといた方がええかもしれん」

勝呂が詠唱をしようとしたところで、鏡にぴしりとヒビが入った。
燐も不穏な気配を感じたのか、警戒態勢をとった。
次の瞬間。鏡に一面コールタールが張り付いて、一瞬で退いた。
鏡には、赤い血で文字が書かれていた。

『よく、お似合いです』

間髪入れずに、鏡に青い焔が灯った。
一瞬だ。ぼう、と燃えて跡形もなく血文字が消えた。
あとに残されたのは、ヒビの入った鏡だけ。コールタールも焔に怯えて即座に姿を消した。
詠唱の体勢を取っていた勝呂は、絶対零度の瞳で試着室を見る燐を呆然と見つめた。
修行の成果だろうか。燐は今や視認したものを自分の意志で燃やすことができるようになっている。
しかし、こんな脊髄反射で燃やしたのを見たのは初めてだ。
幸い、試着室の中は店内から見えないようになっているので青い焔が人に見られた心配はない。
燐は、鏡に向かって冷たく言い放つ。

「俺、あいつ嫌い」
「・・・そうか」

勝呂は思った。たぶん、コールタールを操るモノといえば奴だろう。
勝呂もあまりあいつのことは好きではないので、別によかった。
燐はここは覗かれているみたいで嫌だと別の試着室に入って服を着替えた。
店員も特に話しかけて来なかったので、二人でそろそろと店を出た。
覗き、と燐に言われて、勝呂はもう一度周囲を見た。
視線の正体は、奴だったのだろうか。疑問に思う勝呂を尻目に
燐がクレープ屋を見つけたらしく、嬉しそうに戻ってきた。

「ほら勝呂、クレープ!すごいぞ、クレープなのに学割してくれた!」
「たまに、そういう店あるねん。制服でよかったな。ありがとう。後で代金払うわ」
「半分こしようぜ、そっちもくれ」
「へいへい、おいクリームつけるなや」

勝呂が何気なく、燐のほほについている生クリームを指摘した。
別に、ついてるぞ。と指を指そうとしただけなのに。
背後からがたん、と何かが倒れる音がした。勝呂は嫌な予感がした。
今度は、燐の耳元に顔を寄せた。
また、背後の。今度は別の方向からがたたん。と何かが倒れる音がした。
勝呂は、指で二方向を指し示すと、燐にやれ。と呟いた。
途端に、二方向から火柱が湧き上がる。一瞬で消える程度の火力だ。
燃えたのは、帽子だった。ピンク色の経路が植え込みから覗いた。

「あっつううう!!・・・くない?」

植え込みから路上に飛び出してきたピンクの頭を撫でて、ほっと一息ついた志摩に。
今度は鬼の形相の勝呂が迫る。
燐の焔は人を害しない。しかもすぐに消えるものだ。
しかし、勝呂の怒りの炎はすぐに収まるものではない。
志摩は、勝呂を見るなり。その場に五体投地で身を捧げた。

「ごめんなさい後をつけたのは出来心なんですううう!!!
二人のおぼこい遊び方が面白そうだったんですうううううう!!」

「お前、言い訳せん潔さはええけど、別に後つけることないやろ!!!」
「っていうか、それなら最初から一緒に遊べばよかったんじゃね?」

いやいや、デバガメするのがおもしろいねん。
とはさすがに志摩も言わなかった。
勝呂は、こっぴどく志摩を叱り飛ばした。
面白おかしく隠し見られたのでは、プライバシーもあったものではない。
道端の人間が叱り飛ばす勝呂を何事かと思って見てきたことで、勝呂は我に返った。
とりあえず、時間を見ればもう寮の門限も近くなっていた。
ここらでいったんお開きにしよう。と勝呂は燐に言う。
志摩を絞るのはこれからだ。
燐も時計を確認してあわてる。
「うお、そういやもうタイムセールの時間だ!あっという間だったな!」
「今日はここまでやな。行ってき。俺らも門限あるし」
「また遊ぼうな、今日は楽しかったぜ!」
「おう、またな。連絡するわ」
「・・・かゆい。二人の会話がかゆい」
腕をさすりながら引きずられて帰る志摩を疑問に思いながら、燐は勝呂と別れた。
途中で何度か振り返ると、勝呂と視線があう。
それがうれしくて、手を振った。向こうも振り返してくれた。
夕暮れの道を、友達と別れて帰る帰り道。
初めてだった。
今度はみんなで遊びに来たらもっと面白いかもしれない。


友達がいるっていいな。
一人ではないことは、こんなにもうれしい。


燐が、スーパーで買い物をして寮に帰ると、珍しく雪男が迎えてくれた。
いつもは燐が雪男を迎えるのでなんだか新鮮だった。
「おかえり、兄さん」
「お前一日寮ににいたのか。なんだかんだ言って俺の監視見逃してくれたんだなー」
「さぁなんのことだか。それより帰ったなら勉強してよ」
「わかってるって、照れるなよー」
燐が友達と遊びに行くのに、雪男がついてくるのは別に問題はない。
しかし今回大事だったのは、燐に自由行動が許されたのだということ。
それがうれしかった。
燐は、雪男を見て、首をかしげてつぶやいた。
なにかが、違う気がする。なんだろうか。
朝とは、ちょっとだけ違う弟。
そうして、ふと燐は思い当たる。
燐は、視認して焔を燃やすことができる。
勝呂の合図で火柱は二本上がった。
一方は覗いていた志摩の帽子を目印に。
そして、もう一方は。隙間から見えた黒いなにかを目印に。

「なあ雪男、お前メガネどうした?」
「・・・割った」

弟よ、お前もか。
雪男のメガネから、火柱が上がった。

遊びにいくよ


「わかった、じゃあ明日9時に学園前で」

燐は携帯を切って、枕元に置いた。
風呂にも入ったし、ご飯も食べた。
あとは、眠るだけだ。燐はあくびをして、枕に顔を埋めようとする。
視線が、机に座っている雪男と合う。

「誰?」
「誰でもいいじゃん」

燐は眠かった。もう寝ようとしたところだったのだ。
別に、雪男に言わなくてもいいだろう。そう考えて燐は目を閉じる。
ぎし、とベットが揺れて体に重みが。
燐が目を開けると、雪男が燐の上に乗っかっていた。
重い。ベットも男二人分の体重を受けて悲鳴を上げている。
寮自体が古いのだから、もちろんこのベットも古いものだろう。
老朽化したベットに無理をさせるなよ。
燐が抗議する前に、雪男が燐のほほをひっぱった。

「誰と、どこに行くのかって聞いてんの」
「いたいいたい!」

燐が腕を振ると、雪男は素直に手を放した。
燐はのしかかる雪男を睨み付けた。
雪男は燐の言おうとしていることを悟り、先に言葉を放つ。

「あのね、僕だって聞きたくないよ。でも監視役が監視対象から目を離しちゃだめでしょ」
「めんどくせぇ」
「兄さん、今ごろになって監視の意味がわかったの?」

雪男はメガネを押さえてため息をつく。
監視といっても、不浄王を倒した一件で燐の処遇は以前に比べて随分と緩くなった。
しかし、半年後の祓魔師の試験に合格しなければ処刑という決定に変更はない。
雪男としては、寝ようとしている今この時にも教科書を読んで一文でも覚えてほしい。
こうして予定を聞くだけに留めていることを褒めてもいいくらいだ。
雪男の機嫌の悪さを悟ったのか、燐は素直に口にする。

「勝呂と、遊びにいく」
「へぇ、珍しいね。志摩君たちは?」
「いや、明日は勝呂と俺だけ。二人は予定あるんだってさ」

へぇぇと雪男は素直に驚いた。
燐と、あの勝呂が二人で遊びに行く。
不浄王を倒す前からいうと、考えられないくらい仲良くなっているらしい。
二人で協力して、命を懸けて悪魔を倒した経験というのはやはり特別なのか。
いつもの三人と一人という関係とは違って、ここはここで仲を深めるのはいいことだ。
祓魔師は一人では戦えない。
祓魔塾の。チームの連携を考えれば、プライベートで関わりをもつのも推奨すべきか。
塾講師としての打算も働きつつも、雪男はそんなそぶりを見せず。
一言だけそう。とだけ言った。
燐は納得した雪男を見て、さっさと寝てしまった。
雪男は仕事に戻ろうと、椅子に座った。
燐はもう寝ている。
パソコン画面を見て、雪男はぽつりとつぶやいた。

「明日の9時に。学園前・・・ね」




休日。朝の正十字学園前には、当然ながら生徒の姿はない。
グラウンドに、ちらほらと運動部の生徒がいるくらいだ。
校門の前に、勝呂は立っていた。時計をちらちらと見てため息をつく。
9時―――5分前だ。
基本的に30分前行動をする勝呂はいつも待つ側だった。
志摩や子猫丸は、そんな勝呂のことを知っているので、
9時に集合といえば大体遅れても待合せの15分前には来ていた。
しかし、今回の待ち合わせの相手は燐だ。
当然ながら高校から知り合った燐がそんなこと知るはずもない。
勝呂はそわそわしながら燐を待った。
あいつ、寝坊しとるんやないやろか。
勝呂が携帯を取り出すべきか悩んでいると、声が聞こえてきた。
携帯の時計は9時ちょうど。待ち合わせには間に合っている。
少し笑って、声のした方向に顔を向けた。
燐が駆け足でこちらに向かって来ている。

「悪い、待ったか?」
「いや、大丈夫や」
「嘘つくなよ。顔赤いぞ、寒かったんじゃねーの?」
「へいきや」

そんなやりとりをして、二人は歩き出す。
格好は、二人とも制服のままだった。
これは、勝呂の指定だった。

「一応聞くけど。お前、生徒手帳もっとるか?」
「生徒手帳?なにそれ?」
「・・・やっぱりな、うん。ええわ。制服やから学割してくれるやろ」

勝呂の予想通り、燐は生徒手帳の存在をすっぽりと忘れている。
それが予想できたからこそ、制服で来いと指定したのだ。
町に出れば、学割という学生ならではの特権が使える。
しかも、正十字学園は優等生の通う学校と周囲に知れ渡っている。
世の中に差別というものはないとされているが。
この制服を着ているからこそ受けられるサービスというものも、やはりある。
燐と勝呂は私服を着ていれば、まず間違いなく学園の生徒には見られない。
どこぞの路地裏のヤンキーの二人連れになってしまうのだ。
不良に絡まれても実力的にはどうとでもできるが、せっかくの休日だ。
そんな騒動は遠慮したい。
二人がスムーズに休日を楽しめる方法として考えたのが、制服だった。
それに、学割という割引を使わない手はない。
二人とも、実家の資金的な意味であまりお金を使いたくなかった。

「まず、どこ行く?」
「そうやなぁ、お前中学の頃はなにして遊んどった?」

勝呂は、まず燐のやりたいことを聞こうと思っていた。
二人で遊びに行くだけだ。あとは、歩きながら考えればいいと考えていた。
燐は、きょとんとした表情のまま。答える。

「俺、友達と遊んだことない」
「え」

予想外の返答だった。
勝呂は硬直する。遊んだことがない?
勝呂は自分が同年代の子供に比べてストイックな趣味を持っていることは知っている。
しかし、遊んだことくらいはある。
燐の返答が予想外すぎて、どう対応していいのかわからなかった。
勝呂の様子に気づいたのか、燐はあわてて付け加える。

「俺さ、友達いなかったんだよ。自分が悪魔だって知らなくて、力の制御ができなくて。
それで、中学にもまともに行ってなかった。だから、友達と遊んだことなくて・・・
それにお金もなかったし。いつも神社で暇つぶししてたくらいで・・・」
「・・・っく」

勝呂は思わず燐から顔をそらした。
燐は、余計自分が墓穴を掘ったことに気づかない。
魔神の落胤というのも、やはり相応の苦労はあったのだと勝呂は気づかされた。
燐の不毛な中学時代を聞いて、胸が痛んだ。
ここは、自分がリードしてやるべきだ。勝呂の生来の世話焼き根性に火がついた。
遊びに行く。遊び、と考えて勝呂は思いついた。

「カラオケ行くか」
「おお、行ったことない!」
「お前、普段音楽何聞くんや」
「音楽聞いたことねーな!お前普段何聞くんだ?」
「ランニングの時は般若心経やな。覚えとるから何も見んでもいけるけど」
「すげえ。俺讃美歌しか歌えねーよ」

そもそも、般若心経と讃美歌が入っているカラオケがあるかどうか。
二人はそれにすら気づかない。
勝呂は、燐に同情したが。勝呂も正直同世代の遊びについては疎い。
志摩からの誘いで遊びに行ったことはあるが、基本的にお経。ランニング。勉強。暗記。
と休日も自分を追いつめてひたすら鍛錬を重ねていた中学時代だった。

「カラオケもいいけど、町にも行きたいな」
「買い物するか」
「金ねーけど。あれかウインドウズショッピング?」
「なんでパソコン買うねん、ウィンドウショッピングやろ」
「服見たいなー」
「ええな、服。お前変な柄のTシャツばっかやもんな。たまには違うの着てみろや」
「変な柄いうな。あのTシャツ、手作りなんだぜ」
「誰の」
「雪男の」
「・・・独特のセンスやな」
「冗談だよ」
「冗談かい!」
「Tシャツは雪男のおさがりなんだけど、それに加工を施したのは俺だ」
「お前、裁縫もできたんか・・・」
「炊事洗濯。家事全部できるぞ。一回シュラにつまみ作ってやったら、
本気で『アタシが稼ぐから、嫁に来い』って言われた。
なんでも、魔神の落胤じゃなけりゃー、独身女性には魅力的な物件とかなんとか」
「・・・お前、それヒモになれって言われとるんちゃうんか」
「ヒモじゃねーし!主夫だし!」

二人は話ながら、町の方へと歩いていく。
そして、遊びに疎い二人の行きつく先を、見守る影があったことに。
話に夢中な二人はまだ気づかない。

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