青祓のネタ庫
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視線を感じる。
思って、勝呂はその方向へ顔を向けた。
店員と目があって、愛想笑いをお互いにした。
気のせいだろうか。誰かに見られていたような気がしたのだが。
背後の試着室から、人が出てくる気配はまだない。
時折、あいた。とか、ぶつかるような音が聞こえてくるので、苦戦しているのだろう。
ここは、正十字町にある、ショッピングセンターの一角だ。服や小物。
本や雑貨と多種多様な店がそろっている。
二人で店を冷やかしに来たのはいいが、それだけではおもしろくない。
提案したのは燐だった。
「勝呂、勝負して負けた方が自分に一番に合わない服を試着するっていうのはどうだ?」
「ええな、それ。受けてたつわ」
高校生、というものは社会に慣れていないということもあり。やはりどこか初な面がある。
いい服や好みの服装のものがあっても、それを店の中で試着することは一種の苦行にも等しい。
試着をすれば、店員に見られる。
如何でしたか。
こちらのお洋服は素材がウールでできておりましてうんぬん。
それに、こちらの小物と合わせたらより締まりがでて、うんぬん。
一番きついのは店員と応対した後、試着した服を買わずに店を出ることだ。
これは、遊び慣れていない勝呂と燐にとっては実にハードルの高い罰ゲームだった。
当然、その提案をした燐は端から自分が負けるとは思っていなかった。
通りがかりで見つけたゲームセンター。
そこの、ボクシングゲームで勝敗を決めることにした。もちろん燐の策略だ。
「このゲームで、一位を取ったら勝ち。
もし一位をとれなくても、順位が上の奴が勝ちってことにしようぜ」
「・・・なんや、お前自信あるんやな。やったことあるんか?」
「いや、ねーよ」
燐がこのゲームを知っていたのは、春先に襲われた不良集団を見かけた時に、
丁度そんな遊びをしていたからだ。
ぎゃはは、奥村くーん!お前の顔をゲームと同じくサンドバックにしてやろうか!
と白髪のリーダー格にいちゃもんまで同時につけられたが。
とにかく、力勝負のゲームであることを燐は知っている。
力なら、負けることはないだろう。と踏んでの勝負だった。
まずは、勝呂がお金を入れて、拳を構える。
目の前のサンドバックががこんと起きあがってきた。
勝呂は勢いをつけて、殴りかかった。ばしん、というきれいな音が響く。
画面には計測中、と表示され。しばらくしてからファンファーレが鳴り響いた。
「ッチ・・・二位かいな」
「すげー!勝呂かっこいいな!殴り方もかっこいい!」
「ええから、次お前やで」
燐はお金を入れなかった。ゲームは二回勝負だ。
つまり一回の値段で二回分殴れるわけで、お互いに一回ずつやればその分お金は節約できる。
燐は腕を鳴らしながら、起きあがったサンドバックを見た。
これなら、俺だって勝てる。
燐は力を右手に込めて、おもいっきりサンドバックを殴った。
ばしん。という生やさしい音ではない。
べきぃという金属がつぶれる音がした。画面は、計測中。と出たまま、固まり。
サンドバックは二度と起きあがってはこなかった。
「・・・壊した?」
「あかん、逃げるで!!!」
呆然とした燐の首根っこを掴んで、勝呂は急いでゲームセンターを後にした。
まさか、壊すとは思わなかった燐は大いに反省した。
そして、計測できなかったということは、二位である勝呂に負けたということだ。
順位が上のやつが勝ちにしよう。と最初にルールを決めたのは燐だ。
反論はできなかった。
燐は今、二人が絶対に入らないであろう服屋で試着をしている。
ゴシックスタイルに囲まれた服屋を見ながら。勝呂も思った。
これ、どうやって着るんだろうか。
ベルトが多いし、ファスナーも多い。頭から被って着るのは無理だ。
勝呂が燐を置いてここから出るのもおもしろいな。とささやかないたずらを
思いついたところで、試着室から声がかかる。
「どうよこれ!!」
カーテンが開いて、燐が出てきた。
ズボンは黒。体のラインがわかる細見のものだ。
上着もベルトと銀のチェーンで飾られており、一言で表すならそう。
スタイリッシュな王子様スタイル。というものだった。
勝呂は上から下まで眺めて、思った。
服は悪くない。でも、それを着ているのは燐。
「ちんちくりん・・・お、ぶふッッ!!」
「わ、笑うな!!!てめー!!!」
そう、弟の雪男が着ればまた印象が違っただろうが。
燐の普段の姿を知るモノとしては、笑うしかない。
大人っぽい服のせいか。服に着られている感が否めない。
勝呂はひとしきり笑った後、店内にいるコールタールがざわめき出したことに気づいた。
コールタールはどこにでもいる悪魔だ。店内にいてもおかしくはない。
しかし、ふよふよと試着室の鏡の方に近寄ってきている。
一匹や二匹ではない。影のように形になってきた。
勝呂は燐の腕をとって試着室から出した。燐の背後に集まるコールタールがざわめく。
「・・・なんだよ?」
「コールタールがおる。一応、集まる前に祓っといた方がええかもしれん」
勝呂が詠唱をしようとしたところで、鏡にぴしりとヒビが入った。
燐も不穏な気配を感じたのか、警戒態勢をとった。
次の瞬間。鏡に一面コールタールが張り付いて、一瞬で退いた。
鏡には、赤い血で文字が書かれていた。
『よく、お似合いです』
間髪入れずに、鏡に青い焔が灯った。
一瞬だ。ぼう、と燃えて跡形もなく血文字が消えた。
あとに残されたのは、ヒビの入った鏡だけ。コールタールも焔に怯えて即座に姿を消した。
詠唱の体勢を取っていた勝呂は、絶対零度の瞳で試着室を見る燐を呆然と見つめた。
修行の成果だろうか。燐は今や視認したものを自分の意志で燃やすことができるようになっている。
しかし、こんな脊髄反射で燃やしたのを見たのは初めてだ。
幸い、試着室の中は店内から見えないようになっているので青い焔が人に見られた心配はない。
燐は、鏡に向かって冷たく言い放つ。
「俺、あいつ嫌い」
「・・・そうか」
勝呂は思った。たぶん、コールタールを操るモノといえば奴だろう。
勝呂もあまりあいつのことは好きではないので、別によかった。
燐はここは覗かれているみたいで嫌だと別の試着室に入って服を着替えた。
店員も特に話しかけて来なかったので、二人でそろそろと店を出た。
覗き、と燐に言われて、勝呂はもう一度周囲を見た。
視線の正体は、奴だったのだろうか。疑問に思う勝呂を尻目に
燐がクレープ屋を見つけたらしく、嬉しそうに戻ってきた。
「ほら勝呂、クレープ!すごいぞ、クレープなのに学割してくれた!」
「たまに、そういう店あるねん。制服でよかったな。ありがとう。後で代金払うわ」
「半分こしようぜ、そっちもくれ」
「へいへい、おいクリームつけるなや」
勝呂が何気なく、燐のほほについている生クリームを指摘した。
別に、ついてるぞ。と指を指そうとしただけなのに。
背後からがたん、と何かが倒れる音がした。勝呂は嫌な予感がした。
今度は、燐の耳元に顔を寄せた。
また、背後の。今度は別の方向からがたたん。と何かが倒れる音がした。
勝呂は、指で二方向を指し示すと、燐にやれ。と呟いた。
途端に、二方向から火柱が湧き上がる。一瞬で消える程度の火力だ。
燃えたのは、帽子だった。ピンク色の経路が植え込みから覗いた。
「あっつううう!!・・・くない?」
植え込みから路上に飛び出してきたピンクの頭を撫でて、ほっと一息ついた志摩に。
今度は鬼の形相の勝呂が迫る。
燐の焔は人を害しない。しかもすぐに消えるものだ。
しかし、勝呂の怒りの炎はすぐに収まるものではない。
志摩は、勝呂を見るなり。その場に五体投地で身を捧げた。
「ごめんなさい後をつけたのは出来心なんですううう!!!
二人のおぼこい遊び方が面白そうだったんですうううううう!!」
「お前、言い訳せん潔さはええけど、別に後つけることないやろ!!!」
「っていうか、それなら最初から一緒に遊べばよかったんじゃね?」
いやいや、デバガメするのがおもしろいねん。
とはさすがに志摩も言わなかった。
勝呂は、こっぴどく志摩を叱り飛ばした。
面白おかしく隠し見られたのでは、プライバシーもあったものではない。
道端の人間が叱り飛ばす勝呂を何事かと思って見てきたことで、勝呂は我に返った。
とりあえず、時間を見ればもう寮の門限も近くなっていた。
ここらでいったんお開きにしよう。と勝呂は燐に言う。
志摩を絞るのはこれからだ。
燐も時計を確認してあわてる。
「うお、そういやもうタイムセールの時間だ!あっという間だったな!」
「今日はここまでやな。行ってき。俺らも門限あるし」
「また遊ぼうな、今日は楽しかったぜ!」
「おう、またな。連絡するわ」
「・・・かゆい。二人の会話がかゆい」
腕をさすりながら引きずられて帰る志摩を疑問に思いながら、燐は勝呂と別れた。
途中で何度か振り返ると、勝呂と視線があう。
それがうれしくて、手を振った。向こうも振り返してくれた。
夕暮れの道を、友達と別れて帰る帰り道。
初めてだった。
今度はみんなで遊びに来たらもっと面白いかもしれない。
友達がいるっていいな。
一人ではないことは、こんなにもうれしい。
燐が、スーパーで買い物をして寮に帰ると、珍しく雪男が迎えてくれた。
いつもは燐が雪男を迎えるのでなんだか新鮮だった。
「おかえり、兄さん」
「お前一日寮ににいたのか。なんだかんだ言って俺の監視見逃してくれたんだなー」
「さぁなんのことだか。それより帰ったなら勉強してよ」
「わかってるって、照れるなよー」
燐が友達と遊びに行くのに、雪男がついてくるのは別に問題はない。
しかし今回大事だったのは、燐に自由行動が許されたのだということ。
それがうれしかった。
燐は、雪男を見て、首をかしげてつぶやいた。
なにかが、違う気がする。なんだろうか。
朝とは、ちょっとだけ違う弟。
そうして、ふと燐は思い当たる。
燐は、視認して焔を燃やすことができる。
勝呂の合図で火柱は二本上がった。
一方は覗いていた志摩の帽子を目印に。
そして、もう一方は。隙間から見えた黒いなにかを目印に。
「なあ雪男、お前メガネどうした?」
「・・・割った」
弟よ、お前もか。
雪男のメガネから、火柱が上がった。
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