青祓のネタ庫
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兄さん。
雪男に呼ばれれば、燐はいつだって駆けつけた。
小さな頃いじめられていた弟。助けるのは自分だった。
雪男は燐にできないことができた。
頭が良くて、将来はお医者さんになる。
そんな弟の夢を燐は誇らしかった。誰かを救える人に、雪男ならきっとなれるだろう。
だから雪男が困っていたら、燐はいつだって駆けつけてやりたい。
でも、それが邪魔になるのだと気づいたのは一体いつからだっただろうか。
雪男の手から流れていた血。燐が傷つけてしまった弟。
成長してからの燐は、雪男の邪魔ばかりしている。
優等生の弟の行く先に、自分はいないほうがいいと気づいてしまった。
燐は、やさしくなりたかった。
でも、いつだってそれは空回りして、誰かを傷つけてしまう。
不良の後をついていくと、学校にたどり着いた。話していたとおり、廃校のようだ。
燐も幼い頃、何度かこの学校の制服の生徒を見たことがある。
廃校になった原因はなんだったのか。
おそらく新聞などには出ていただろうが、燐は知らない。
校門を乗り越えて、校舎の中に入る。
誰もいない学校は、寒気がするくらい静かだ。
そして、燐が感じていた視線が一層強くなる。
燐のことを余すことなく見つめる視線。
燐が自分の縄張りに入ってきたことに、歓喜しているようだ。
程なくして、寂れた教室にたどり着いた。
そこで、燐は不良から体を拘束されそうになった。
不良が手に持っていたのは、頑丈な鉄製の手錠と、黒い布だ。
「ちょっとおとなしくしてて貰うぞ」
不良の手が、燐に伸びる。
燐は、敵のリーダーを倒すために来た。
だから、ここで拘束されてしまってはかなわない。
時計を見た。あれからかなり時間がたっている。
倒れていた雪男も修道院に戻っただろう。
おそらく、神父にも連絡はいっているはずだ。
不良の話を、雪男は聞いていた。家の周りを警戒してくれているはず。
放火の罪は重い。警察が動いてくれているのを祈った。
燐は覚悟を決めて、不良に殴りかかろうとした。
その時、教室のスピーカーから声が響く。
『動くな、奥村燐。今お前の家の前に俺の仲間がいる。人質がいることを忘れるな』
「・・・ッ!」
教室に設置されていたスピーカーごしの放送。
相手は、見えない。姿を現さない。しかし見られている。
殴りかかる手を燐は止める。
不良は、拳を納めた燐を恭しく抱き止めた。
おもしろくてしょうがない、といった風だった。
教室に響く声。不良はリーダーだよ。と燐の耳元でつぶやいた。
おそらく、燐を見つめる目の持ち主だろう。
気持ちが悪い。しかし、逆らうことはできない。
燐は手に手錠をはめられた。そして、視界も黒い布で覆われる。
突き飛ばされて、教室の床に転がされた。
腕を上げられて、何かを床に打ちつける音が聞こえる。
程なくして、燐は完全に床に縫いつけられているような体勢になった。
手錠の鎖を床に打ちつけたようだ。
動くのは、足だけだった。
そして、不良はなにも言わずに、教室から出ていった。
がらりと扉が開く音が聞こえて、閉まる。
静寂の中、燐の呼吸音だけが唯一の音だ。
誰もいない、でも燐の行動は見られている。と感じた。
先ほどの放送の声。あれは本当に人間の声なのだろうか。
暗くて、じめっとしていて。見えていないはずのものを見ている。そんな感覚だ。
足を動かしてみるが、なにもない。
学校にある机やイスも、教室の隅に置かれているようだ。
燐は、拘束されたまま静かに呼吸をした。
そうしないと不安でいっぱいになってしまう。
雪男。神父さん。大丈夫だろうか。
自分はここから逃げ出してあの家に帰ることができるのだろうか。
もし、このまま誰も来なかったら。
家族が死んでしまったらどうしよう。
そう考えると恐怖で身がすくむ。
教室の隅で音が聞こえた。かたん。
なんだろう、なんの音だろう。見えないから、なにをされるのかもわからない。
目隠しされていることがこんなにも恐怖心を煽るものだとは知らなかった。
また、音が聞こえた。かたん。
それは燐のすぐ足下で聞こえてきた。なにかが、燐の体の上に跨った。
なにをする気だ。燐は足をあげようとした。
しかしそんな抵抗などお見通しといった風に、なにかが足を掴む。
はあ。と荒い息が燐の顔に吹きかかる。生暖かい。
それに、どうしてだろうか。興奮しているような印象を受ける呼吸音だ。
足の間に、なにかが入り込む。燐の上着がぐい、と首もとまで上げられた。
「まっ・・・何すんだよ!!!」
がしゃんがしゃんと燐は手錠を鳴らすが、相手は何も答えない。
それどころか行為はエスカレートしていった。
燐の上着だけでは飽きたらず、アンダーの黒いシャツまでたくし上げられた。
燐の肌を、なにかが這い回る。べとべとしていて気持ちが悪い。
なにを探しているのか。それは、燐の体にあるものだろうか。
燐には検討がつかない。べとべとしたものは、腹から胸まで何度も辿った。
舐められいるようだ。
ぞくりとした感覚が燐の肌の上を滑る。
経験したことのない気持ち悪さに燐は体を強ばらせた。
上半身を一頻り弄ったなにかは、今度は燐のズボンに手をかけた。
ファスナーを下ろそうとしている。燐は激高した。
「やめろッ!この、変態野郎!!!」
燐は暴れたが、拘束された状態では抵抗のしようもない。
くつろげられたズボンから、腰の方に手が入ってくる。
それは明確な意志を持って何かを探っているようだった。
やがて、燐の体の。腰から下。
そして胸元までなにかが這う感触がして、一旦ぬめりのあるなにかは離れた。
そのなにかが離れる感覚に燐はひどく安堵した。
自分の体を、好き勝手にいじられるなど屈辱以外の何物でもない。
不意に、顔の当たりに何かが来た。
手、だろうか。燐の顔や首元を撫でまわしている。
そして、燐の首に手がかけられた。
手は、明確な殺意を持って燐の息の根を止めようと動く。
「・・・あ、ぐ・・・!」
耳から聞こえる音は荒い呼吸音だけなのに。
それは頭の中で声になる。
ちがうちがうちがうちがう。
何が違うのかわからない。
ないないないないないない。
何がないんだ。わからない。
にんげんにんげんにんげん。
人間、俺は。そうだ、人間だ。
人間。と聞こえて、燐はふと家族の姿を思い出した。
雪男、大丈夫だっただろうか。
俺のせいで怪我させてしまった。
ここで殺されたら、もう謝ることだってできない。
雪男、ごめんな。
怪我させてごめん。
どこにいるかもわからない弟に向けて燐はつぶやく。
息が、つまる。
呼吸ができない。
そして、声が耳元にかかる。
「若君様」
若君。一体誰のことを言っている。
片手が離れて、相手が何かを向けてきたことがわかった。
なんだろう、嫌な予感がする。
がらり、という扉が開く音が聞こえてきた。
誰か来た。しかし、それが誰かまではわからない。
ばちん。何かの音がして。
燐の意識は、闇色に染まった。
雪男が路地裏から立ち上がると、血はだいぶ止まっていた。
持っていたハンカチで止血したことがよかったようだ。
ふらふらと立ち上がって、前を見た。
そこにはもう自分の兄の姿はない。
舌打ちをして、雪男は、ポケットから携帯電話を取り出した。
藤本に、神父に連絡しなければ。
悪魔堕ちした輩に兄の誘拐を許してしまうなど失態以外の何物でもない。
兄さんが、僕のせいでいなくなったらどうしよう。
そうなったら雪男は自分が許せない。
この苛立ちも、聞き分けのない兄への不満が半分。
もう半分は自分に向けられている。
苛立ちながら通話ボタンを押すと、着信音が鳴った。
すぐ近くだ。雪男は音の方向を振り返った。
そこには神父が立っていた。
雪男の姿を見るやいなや、藤本は駆け寄ってくる。
「雪男!お前血が・・・!」
「かすり傷だよ、神父さん。でもなんでここがわかったの」
「ああ、さっき祓ったコールタールが空に吹きあがっていただろう。
あれが俺のいる通りから見えたんだ。お前だろうって思ってな」
「合流できてよかったよ。兄さんを浚った奴なんだけど、仲間がいるらしいんだ。
修道院に放火するかもしれない・・・兄さん。僕らを殺すって脅されてて手が出せなかったんだ」
「そうか・・・あいつ。やっぱり・・・
大丈夫だ。修道院には俺から連絡を取る。あいつらもプロだ。隙は作らんさ」
神父は雪男の手を見ると、素早く持っていた聖水と消毒液をかけた。
傷口が焼けるようにしみる。
しかし、処置としては正しい。
悪魔と遭遇した時にできた傷は、どんなものであれ聖水で消毒しておくと
魔障にかかりにくくなるのだ。
魔障はまだ未知のものもあるため、念には念をいれておくに限る。
「応急処置ですまないが、いけるか?」
「うん、兄さんはこの先の廃校舎に連れて行かれたみたいだ・・・
ごめん、神父さん。僕がいながら」
雪男の心中がわかったのか、藤本が雪男の肩を叩く。
雪男は一瞬だけ顔を下に向けて、前を向いた。
落ち込んでなんかいられない。まだ間に合う。
兄を、悪魔の手から奪い返さないと。
藤本が来たことで落ち着きを取り戻した雪男は、懐に手を入れた。
取り出したのは、愛用の拳銃だ。
何かあったときの為に、持ってきてはいたが、完全に悪魔堕ちしていない人間相手に
撃つわけにはいかなかった。それに、燐がいる前で銃を撃つことは躊躇われた。
燐にとって自分はあくまで優等生の弟だ。
こんな悪魔祓いをする側面を持っていることを燐は知らない。
しかし、もうそんな細かいことに捕らわれている場合ではない。
雪男は覚悟を決めて銃の安全装置を外した。
藤本は雪男に問いかけた。
「覚悟、できたな?」
「うん。行こう神父さん」
路地裏を二人は駆けた。こうして悪魔祓いに親子で取り組むことは初めてではない。
雪男がまだ祓魔師の免許を取る前から、雪男は藤本の元でエクソシズムを学んでいる。
兄を悪魔から守る為に、雪男は強さを。知識を学んだ。
そして、この強さが守るだけではなく、
おそらく別の意味を持つことも雪男は察していた。
兄が、悪魔の力に目覚めて万が一暴走することになったら。
それを止める為の力でもある。
兄を守る為に身につけた力は、同時にその兄を殺す側面を持つ。
矛盾しているのかもしれない。
そして、その矛盾を藤本も抱えている。
藤本と雪男は持っている力の根底が似たもの同士だ。
守りたいものを殺す力。
守りたいものを守るためについている嘘。
それを抱えて、生きている。
家族が笑って過ごす日常を守るために。
走って走って、たどり着いたのは廃校だった。
以前新聞に廃校になったという記事があったのを雪男は覚えていた。
この学校の生徒を道で見かけたこともあったのに、
なぜ廃校になったのかは詳しくは知らない。
藤本は、校舎に向かってつぶやいた。
「イヤな感じだな、ここ。確か表向きは学区整理による廃校なんだけど、
実際は悪魔が出没するってことで人がいられなくて廃校になったんだ」
「祓魔師でも祓いきれない悪魔がいたってこと?」
「下っ端の悪魔自体は祓えるんだけど、どうにもその親玉が見つからなかったらしい。
出入り禁止にして、結界で封じておいたらしいが・・・この門の辺りを見る限り。
不良のたまり場になってたみたいだな」
門の付近には、たばこやお菓子のゴミなどが散乱していた。
人のいない校舎は、不良にとって格好の遊び場だっただろう。
人が入り、場が汚されたことで結界が破られた。
自由になった悪魔は、そこにいた不良に取り憑いて町を出歩く。
推測だが筋は通る。
二人は門を飛び越えて、校舎の中に入る。
長く続く暗い廊下を見て、二手に分かれようと提案したのは藤本だった。
「お前は燐を探せ。俺は親玉を探す。こいつを叩かない限り、恐らく何度でも続くはずだ」
「・・・わかった神父さん。気をつけて。そういえば動きがぎこちないけど、どこか怪我でもしたの?」
雪男が心配そうな声を出すと、藤本も真剣に返した。
「走った上に。門を飛び越えるっていう体力のいる仕事をしたせいか腰が痛い。
俺も年だな」
「・・・そう、帰ったら兄さんに湿布貼って貰うといいよ」
「そりゃいい提案だ」
にゃはは、と藤本は笑い、二人は別れた。
雪男は神父の後ろ姿を横目で見送る。
小さな頃に比べて、今の神父の背中はたまに小さく思える時がある。
自分が大きくなったせいもあるだろうが。やはり神父も年だ。
雪男はなおさら自分がしっかりしなければと思い直した。
早く兄を見つけて、三人で家に帰ろう。
雪男は校舎の教室を扉を開けた。
なぜだろう。
兄が呼んでいるような。そんな気がした。
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