青祓のネタ庫
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藤本は、教室の探索は行わず、一階にある職員室に向かった。
ここは廃校にはなったが、おそらく校舎の地図くらいは残っているはずだと踏んだのだ。
この学校が廃校になったのは、そんなに昔の話ではない。
おそらく使えるものもいくつか残っているだろう。
藤本が職員室。と書かれた扉を開けると、そこにはがらんとした空間が広がっていた。
人のいない机と椅子。壁には職員連絡用の黒板もある。
中に入って、机の引き出しを漁った。
職員用にはない。じゃあ、もっと上の。校長か、もしくは教頭用の机か。
藤本が他とは離れた場所にある机に行き、中を探る。
こつん、とした冷たい感触。学校によくあるようにラミネート加工されているようだ。
紙に描かれていたら黄ばんでよくわからなかったかもしれない。ラッキーだ。
藤本は神に感謝した。
そこには、確かに校内の見取り図が描かれていた。
どこかから、声が聞こえてきた。
校内には何の音もしないせいか、その放送の内容は遠く離れた藤本の耳にもよく届く。
チッと舌打ちをして藤本は動き出した。
「俺の息子達に手を出した奴に、お仕置きが必要なようだな」
兄弟がよく知る温厚な父の顔はそこにはない。
獰猛な、若かりし頃の面影がゆらりと揺れている。
雪男が教室を当たっていると、気になることがあった。
それは、別に物音がしたとかそういうことではない。
なぜだろう、あの辺りがものすごく気になる。
雪男は開けていた教室の扉を閉めた。
もやもやとした感触は消えない。
藤本は、祓魔師の免許を取った雪男に言った言葉がある。
とりあえず、気になったことは片っ端から当たれ。
意外と頭で考えるより正解だったりするぞ。
頭で物事を考える雪男にとってはその感覚がどういうものなのか理解できなかった。
もしかしたら、このもやもやがそうなのかもしれない。
雪男は間にあった空き教室を調べることをやめた。
そして、一直線に気になった教室へと足を運ぶ。
暗いせいで、中の様子は見えない。
雪男は銃を構えて、教室の扉に手をかける。
何か、中から音が聞こえる。
他の教室では聞こえなかった音、そして何かの声。
雪男は扉を蹴破った。
暗闇の中、雪男の目に浮かんできた光景。
だらりと足を伸ばして倒れる兄の姿。
その兄に、馬乗りになっている男の姿だった。
雪男は、銃を撃った。放たれたそれを間一髪で避けて、男は燐から離れる。
男が退いたことで、燐の姿がよく確認できた。
服を乱され、手錠で抵抗できないように拘束されている。
おまけに、目隠し。意識はないようだ、眠っているのとは違う。完全に気絶してる。
なにが、兄をここまで追いつめた。
男が、見つめている。
雪男ではない。倒れている兄に向かっている視線。視線。視線。
視線の先を追う。男がにやりと笑った。
あいつ。許せない。
雪男は男に再度発砲する。しかし、弾が教室の中を跳ねるだけ。
くそ、ここは狭い。跳弾して燐に当たらないとも限らない。
雪男は懐から瓶を取り出し、男に向かって投げた。
男の足に当たった聖水が、肉を焦がすようなにおいを充満させる。
悪魔にとって聖水は毒だ。
男から、黒い塊が噴出する。
しかし、一旦離れたそれが再度男の体にまとわりついた。
黒い影に覆われて、隙間から男の顔がのぞく。
それは、燐を拉致した不良の顔だった。
「・・・あ・・・がぐ・・・」
不良は意味不明な言葉しか発しない。
黒い影も、男の体に入っては出てを繰り返している。
その度に男の口から泡が出て大量の唾液が溢れていた。
目も左右に動いており焦点が合わない。どう見ても、正気とは思えなかった。
先ほどは、会話もできていたのに。まさか。
「完全に取り憑けていない、のか?」
普通悪魔に憑かれたら角や牙など悪魔特有の特徴が出るはずだ。
しかしかいま見えた不良の状態を察するに、その特徴は出ていない。
もしかしたら、この悪魔のことを憑依対象者が受け入れられていないのかもしれない。
この場合、憑依対象者にあまり長く悪魔を憑かせているのは危険だ。
一刻も早く引き離さなければ、命に係わる。
影は、不良の周りを行ったり来たりしている。
動きがぎこちないので、慣れない体がもどかしいのだろう。
影は、方向からして燐を捕らえたいようだった。
しかし、黒い影が燐に伸びる前に、雪男が立ちふさがる。
懐から瓶を五つ取り出し、それを悪魔に向けて投げた。
そのどれも、影は弾きとばす。ぱりんぱりんという音が教室に五回響いた。
聖水のかかった影は、音を立てて消失するが、すぐにまた再生される。
影が笑っている気がした。
雪男は再度瓶を出して、自分の足下に落とした。
ぱりん。これで、雪男の手持ちの聖水はすべてなくなった。
影が、雪男の息の根を止めようと動き出す。
雪男は言葉を発した。
「邪悪なる者の行動を禁ずる!」
ばし、と雪男の前で影が、悪魔が縛られたように動けなくなる。
雪男が自分の正面にできた聖水の水たまりに足を置く。
これは、他の五点とは繋がっていない。
中心点の設定。同時に、教室全体が青白い光に包まれた。
位置は五つ。点を辿れば線になる。
五点を基準にした星が教室に宿る。雪男は十字を切った。
「邪悪なる者の進入を禁ずる!!!」
影ごと悪魔の体は教室の外へと吹き飛ばされた。
ドアを突き破り、廊下の先まで転がり落ちていく。
高濃度の聖水を使って、結界を張ったのだ。
雪男は竜騎士だ。どちらかと言えば中距離からの攻撃の方が得意だった。
戦いながら結界を張るのは、手騎士の資格を持つ者の方が格段にうまい。
今回は手騎士の資格のないままやったので自信はなかったが、うまくいってよかった。
これでしばらくは時間が稼げる。
まずは、動けない燐をここから連れ出さないことには身動きがとれない。
雪男は一息ついて、燐の方へと駆け寄った。
手錠がかなり頑丈に床に打ちつけられていた。鎖に向けて、銃を放つ。
鎖はあっけなく砕け、燐の手は自由になった。
きっと暴れたのだろう、手首には赤い痣ができていた。
それに、服も乱れている。見れば、体にべとべとした液体がついていた。
雪男は思わず、息を飲む。しかし、どこも体に傷はついていない。
脳裏をよぎった最悪の予感は外れたようだ。
応急処置用の布で、燐の体を丁寧に拭いていく。
乱れた服を直せば、ひとまず安心だ。
ふいに首を見れば、手で絞められた痕がくっきりと残っていた。
その横の方には、黒い火傷のような痕が。雪男はそれを見て不審に思う。
こんな傷、どうやればできるんだ?
答えを出す前に、教室の壁が突き破られた。
黒い影が体当たりしてきたようだ。
しかし、中に進入しようとすれば結界が阻む。
雪男は燐を庇うように、立ち上がった。
どうやら、不良に取り憑いているのは高位の悪魔のようだ。
これくらいの反撃では止められない。
銃弾を装填して、構える。ここで、殺すしかない。
戦闘はより激しさを増すだろう。
背後の燐が起きたらどうしようか。
覚悟を決めたはずなのに、いざその時になったら自分は平静でいられるだろうか。
目を覚ました兄に、うそつきだと言われてしまうかもしれない。
不安もあるが、今はそれどころではない。
雪男が反撃する前に、目の前の悪魔は黒い何かを取り出した。
なにをする気だ。雪男は発砲する。影が銃弾を弾いた。
くそ、あの影が邪魔だ。不良の意志というよりオートで攻撃を防ぐ盾のようなそれ。
空中に散らばれば、それは無数のコールタールになる。小さな点ほど狙いにくい物はない。
広範囲に対応できる銃火機もここにはない。
悪魔は黒いなにかを、雪男に投げつけるのではなく地面に向ける。
悪魔はにやりと笑って、スイッチを押した。
ばちんッと音を立てて、雪男が敷いた結界の上を火花が走る。
嫌な音を立てて、水が。聖水が効力を無くしていった。
張られていた結界が音もなく崩れていく。
悪魔が一歩を踏み出した。
悪魔が持っていたもの。それは燐を気絶させた代物。
スタンガンだった。水は電気を通す。
燐の首に残っていた痕はスタンガンの火傷だったのだ。
電気を通したことで、聖水は効力を失ってしまった。
こんな結界の解除方法は初めてだ。
雪男は目を疑った。しかし、悪魔はゆっくりと教室の中へと侵入してくる。
阻むものはなにもない。
雪男は銃を構える。ここで殺す。
兄には触れさせない。
雪男が悪魔の興味を引こうと、銃で威嚇しながら悪魔に話しかけた。
「まさか結界をスタンガンで消されるとは思わなかった。お前、ただの悪魔じゃないな」
「・・・うる・・・さい、祓魔師・・・だ。消えろ・・・」
「消えるのはお前だ」
雪男は銃を撃つ。しかし、不良の前には黒い影。コールタールの集合体が。
それが邪魔をして本体にたどり着けない。
暗い教室の中で、雪男は頭をフル回転させる。
ああくそ、目の前が見えにくい。
夜の暗闇に、黒い敵。最悪だ。せめて電気がつけば。
瞬間。影が、雪男の足下をすくった。しまった。影の中に紛れ込んだのか。
雪男の腕が、影によって切り裂かれる。
この部分は燐が雪男をつきとばしてできた傷もあった。
応急処置で巻いていた包帯が宙を舞う。血が、そこかしこに飛び散った。
痛い。しかし、我慢だ。
雪男は倒れず踏ん張った。床に銃を撃って距離を保つ。
影も離れていった。
どくんどくんと心臓が脈を打つ度に痛みが走る。
この腕では銃は持てない。片手でやるしかないか。その為の両利きだ。
目の前の悪魔は笑っている。
いつでもお前なんか殺せるぞ。そう言っているようで癇に障った。
「兄さんは・・・渡さない・・・!」
雪男が呟いたそのとき、悪魔が目を見開いた。
雪男を見ているのではない。雪男の背後。
振り返った。そこには燐が立っていた。
冷たい瞳だ。その瞳にはなにも写っていないように思えた。
燐の口から言葉が漏れる。
「・・・・・・ゆき、お・・・?」
燐の頬には、雪男が流した血がべっとりとこびり付いていた。
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