青祓のネタ庫
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
≪ 夜とホテル3 | | HOME | | 正十字学園の恋人5 ≫ |
燐が暗い道を歩いていると、行く先を照らしてくれていた月が雲に隠れてしまった。
山の中。街灯もない。悪魔の目があるので闇夜でも問題なく歩けるが、こう暗闇に囲まれていては気が滅入ってしまう。
しかも、夜の山には下級悪魔が彷徨いているらしく、時折声が聞こえてくるのもうるさい。
誰だ。人間だ。若いぞ。でも男だ。
食べる。食べちゃだめだよ。でもおいしそうだな。
食べるって何だ。食われてたまるか。
どうせ誰もいないし、いいだろう。
燐は一呼吸おいて、青い炎を纏った。
すると、山から聞こえてきたひそひそ声が、一斉に静まる。
神の炎と呼べるそれを纏った燐に近寄れるものはそうはいない。
燐は夜道も照らせるし、一石二鳥かな。と思ってそのまま歩きだした。
夜の山奥に、鬼火のような青い光がぽつりと灯る。
燐の背後に延びた影に最初に顔を出したのは、野生のグリーンマンだった。
グリーンマンは嬉しそうに小さな足で燐の後をついていく。襲う様子はない。
ただ後ろをついていきたいだけのようだ。
その様子を見たコールタールが、自分も、と燐の後ろに続く。
ゴブリンが混ざるのに、そう時間はかからなかった。
山から下りた悪魔が、青い炎を目印に行進する光景。
百鬼夜行のような状況になっても、燐は前を向いて歩いていたので全く気がつかなかった。
燐が纏う炎は、畏怖と恐怖と、そして羨望の眼差しで讃えられる。
虚無界の暗闇を照らす、悪魔の本能に囁く青い炎。
誰もいない山奥だからこそ、その香りにつられる悪魔は五万といる。
突然燐の背後で、下級悪魔が一目散に散っていった。
代わりに残ったのは、ドス黒い塊。その黒い手が燐に向かってゆっくりと延びていく。
「ミ・・・ツケタ・・・」
「え?」
突然聞こえた声に振り向くと、そこには自分を飲み込もうと大口を開けている黒い塊が。
燐はとっさに倶利伽羅を抜いて炎の出力を上げた。
強い光源に照らされて、背後の悪魔が呻く。燐はその隙を狙って、倶利伽羅で悪魔を祓った。
青い炎に照らされて、悪魔は燃え尽きていく。
図体の割に、あっさり倒せたなと燐は若干不審に思う。
大きさのある相手は大抵中級から上級に属している。
いくら炎がすべての悪魔に有効だといっても、抵抗もなしに消えるのは珍しい。
燐は思いながらも深くは考えなかった。悪魔はもう死んでいたからだ。
道路の反対車線に悪魔の体が残ってしまったが、じきに燃え尽きて消滅するだろう。
車が通らないことはわかっているが念のため車が来てないか燐は確認する。
すると、何百メートル先だろうか。車のライトが見えた。
よかった。燐はなんとしてでもこの車に乗りたかった。
でも、今ここにこられてはまずい。
事故にでもなれば燐の責任問題だ。燐は車の方向に手を振りながらかけよった。
車の運転手は気づいたようだ。燐はさらに声をかける。
「おーい!!」
「ぎゃああああああああああああ!!!」
運転手は絶叫して、燐と燃える悪魔の横を猛スピードで突っ切って行った。
燐が話す暇もない。背後には走り去る車のもの悲しい音だけ。
なんであんな幽霊を見たかのような叫びをあげて去っていったのだろう。
燐は自分の手を見た。
青く光っている。
「・・・そうか、俺燃えてんじゃん!」
一般人から見たら全身火だるまの人間が手を振って歩いてきている光景。
そりゃ、全力で逃げるに決まってる。
この国道の怪談話にでもなりそうな出来事だ。
燐は落胆した。歩いてはや数時間。せっかく来た初めての車を見逃してしまった。
もうこれは朝まで来なくても不思議ではない。燐はとぼとぼと歩き出す。
背後の悪魔はもう燃え尽きているから大丈夫だろう。
今度は、青い炎を纏わずに歩いているので、星の明かりがぼんやりと夜道を照らすだけだ。
音もない。と思っていると。
バキ。山から音が聞こえた。
燐が視線を向けると、何かが山の斜面をすごい勢いで降りてくる。
ほぼ落下と同じスピードだ。
燐はその光景を悪魔の視力で見ることができた。
黒いバイクが、月の光を背にして燐の元へと落ちてきた。
「うわああああ!!!」
燐はそれを急いでよける。直後、山の木々の破片とともに、バイクは道路に着地した。
運転手はフルフェイスのヘルメットを被っているので顔はわからない。
しかし全身黒ずくめの男、であろうことはわかった。
体型が女性とは全く違ったからだ。
バイクを呆然と見つめていると、燐が話しかける前に男がバイクの後ろを指さした。
乗れ、ということだろうか。
ここで雪男がいたなら知らない人の車に乗ってはいけないうんぬん。
といっただろうが生憎雪男は不在だ。
燐はこのまま朝まで歩き続ける方と、バイクに乗って、危なければ飛び降りる方の二つを天秤にかけた。
自分は悪魔で頑丈だ。ちょっとやそっとのことでは大丈夫だろう。
燐はバイクに近づいた。男は燐の行動にじれたのか、腕をとって素早く背後に乗せた。
そして燐を乗せた瞬間、バイクを急発進させたのだ。
「う、わ!」
燐はあわてて振り落とされないように男の体に腕を回す。
バイクは猛スピードで国道を走っていく。
燐は知らない誰かに乗せてもらいながら、
明日の朝までには町につけなかっただろうな。とバイクが走った距離を感じて思った。男は一言も声を発しない。
けれど止まったら一言礼を言わないといけないだろう。
行く先がわからないバイクに乗りながら、燐はのんきにそう思っていた。
***
程なくして、バイクはある一件の建物に入った。
看板はよく見えなかったが、どうやら外観からホテルらしい。
そうか、この人はここに泊まる予定だったんだな。
ホテルならフロントに頼めば学園に電話くらいしてくれるかもしれない。
燐は帰る希望が見えたことが素直にうれしかった。
「ありがとうございます」
燐は律儀に男にお礼を言った。男は燐の言葉に一瞬行動を止めながらも、
燐の手をつかんでぐいぐいホテルの中へと引っ張っていった。
燐がフロントに声をかけようとするが、フロントの人がいない。
もう夜だから人がいないのだろうか。おかしいな。
男が、フロントにおざなりにお金を置いた。一晩はいれるくらいの金額だ。
お金を置くと、男は燐を再度引っ張った。お金が回収される様子はない。
大丈夫なのだろうかと不安になる。
無人であるとは露ほども思わず、燐は引っ張られるままに部屋の前まで連れて行かれた。
部屋番号は燐と雪男の住んでいる学園の寮と同じ番号だった。
鍵を使って、男は部屋の扉を開ける。
男は燐の腕を放さない。さすがの燐もこれにはあわてる。
「ま、待ってください!」
燐は声をあげた。ふつう、これだけ大声をあげれば誰かが来るだろうに。
誰も来ない。部屋のある階はしんとしている。
もしかしたら、自分たちしかこのホテルにはいないのかもしれない。
どうしよう。どうしよう。
なにがなんだかわからずにいる燐を男はぽいっと簡単に部屋の中に放り投げた。
がちゃんと鍵の閉められた音がして、燐は顔面蒼白になる。
いくらなんでもこれはおかしい。どうしよう。
でも、炎だして逃げてもいいのか?一般人相手に?
そりゃだめだろう。魔障を負わせたら責任が持てない。
頭が混乱すると、意外とやってもいいのだろうかと思って
行動を躊躇してしまうのが人間と言うものだ。
燐が戸惑っていると、男は燐の肩を押した。
背後には、ベッドが一つ。
二つではない。一つだ。
燐の体が、ベッドに押し倒される。のし掛かるのは男。
腕が筋張っていて、筋肉がある。男だ。女ではない。
男はヘルメットに手をかけて、勢いよく脱いだ。
燐が顔を確認するよりも早く、ヘルメットが燐の頭めがけて降ってくる。
どうやら脱いだ拍子に手が滑ったようだ。
「う、うそだろッ―――!!」
頭を庇おうとするも、遅かった。ごつん、という鈍い音を響かせて、燐の意識が揺れた。
いきなり部屋に連れ込まれて、ヘルメットが降ってきて、散々すぎる。
男は意識の揺れた燐を確認しつつ、燐の上着に手をかけた。
乱暴にネクタイとシャツをはだけさせられる。
顔は確認できない。しかし、男の息が首もとにかかり燐はぞくりとした感覚を覚えた。
知らない相手に、自分の体を暴かれようとしている。それは恐怖といってもいい。
燐の手を取って、男は指を絡めてきた。
燐の手を指がなぞっている。なんだよこいつ。
しかし、指は何かの意志を持って手のひらをたどっている。
燐は体が動かせない分、手のひらに意識が集中した。
そして、指が文字をなぞっていることに気づいた。
(わる・・・い・・・?)
頭で理解する前に、首筋に鋭利ななにかが突きつけられた。
冷たい何かが、燐の体に進入する。
首もとから、血が流れ出す。噛まれていた。
「い、ってぇええええ!!!!!!」
燐は暴れるが、抱きしめられて抵抗を封じられる。
男はごくりごくりと燐の血を飲んでいる。
男が口を、のどを動かすたびに、燐の首筋に男の髪の毛と唇が当たる。
男が、燐の背に腕を回してきた。背中を大きな大人の手が這い回る。
何かを探っているような、意図がある触り方だ。痛い、くすぐったい。気持ち悪い。
全部が一緒になって襲ってきている。
これには燐もキレた。
一般人だろうが容赦する必要はもうない。
これは正当防衛だろう。燐は全身に力を込めて、青い炎を宿らせた。
男がそれに気づいて、ぱっと素早く燐から離れる。
まるで、燐が炎を出すことを知っていたかのような動きだ。
燐は首もとを押さえながら、ベッドから起きあがる。
男と視線が合った。燐は唖然とする。
「よ・・・夜・・・!?」
依然雪山で出会った悪魔でありながら上一級祓魔師の資格を持つ男だ。
遭難しかけた燐を助けてくれた恩人。
どうしてこんなところで。黒いコートを身にまとった夜は、のどの方を押さえていた。
息は荒い。
相手が知り合いだとわかってから燐の行動は早かった。
急いで夜にかけよって、背中を撫でる。
「馬鹿、俺の血なんか飲むからだろ!!」
「・・・いや・・・だい・・・じょうぶだ」
夜はそこで初めて声を出した。
思えば最初から夜の声を聞けば、こんなに混乱することはなかったのだ。
燐が抗議しようとするが、夜の手が離れた首筋を見てぎょっとする。
そこには首を刈り取ろうとしたかのような、まっすぐな傷跡が残っていた。
夜は悪魔だ。ちょっとやそっとのことでは死なない。
傷跡から察するに、敵に首を切られるのと同時に、声帯もやられてしまっていた。
夜は声を出さなかったのではなく、出すことができなかったのだ。
重傷とも言っていい傷は、うっすらとした赤い線を残して徐々に消えていく。
「なぁ夜、どういうことなんだ?なんでお前がここに」
「話せば長くなる・・・準備をしながら話そう。奴が来る。・・・ひどいことして悪かったな」
夜は急いで言うと、燐の頭を撫でた。
燐は、魔神の血を引く落胤である。その血に宿る力は、炎だけではない。
燐は夜のただならぬ様子で緊急事態であることは理解できた。
申し訳なさそうな顔をするので、燐もそれ以上なにも言うことができない。
噛まれた首の傷も、血は止まっている。
うっすらとだが痕が残っているが、時間がたてば消えるだろう。
下の階で、ごつん。という音がした。部屋の電気が一瞬明滅するがすぐにつく。
肌を、ぴりぴりした感覚が襲う。
まるで、何かが迫っているような雰囲気だ。夜が言っていたのはこれのことか。
燐はベッドの脇に放り出されていた倶利伽羅を持った。
音はゆっくりと、確実に上に上がってきている。
夜は治った傷を確認するかのように、何度か咳払いをした。
声はもう大丈夫なようだ。
「今来ている奴、ヘドロみたいな黒い塊の悪魔なんだ。
産業廃棄物とか、山に不法投棄されたゴミや黒い念が集積してできた悪魔なんだけど、やっかいな能力を持っている」
夜は聖水を部屋の周囲に振りかけた。
悪魔の体にとって、聖水は毒だ。
自分と燐にかからないように満遍なく振ると、瓶を捨てる。
十字を切って結界を張るが、悪魔が張った聖なる結界がどこまで持つかはわからない。
詠唱や結界など、悪魔である身としてはどうしてもこの辺りが不得手になってしまう。
夜は燐に目配せした。電気がまた一瞬消えて、つく。
廊下の方から、ずるりずるりという音が聞こえてくる。
「俺、黒い塊みたいなのだったら、道路で祓ったぞ。もしかしてそのことか?」
炎で燃やしたが簡単にカタが付く悪魔だった。
普通、もう少し抵抗があってもいいものなのに、あの悪魔は跡形も残さずに消えていった。
「それは多分、あいつの欠片だ。本体じゃない。飲み込まれなくてよかったな。
飲まれた瞬間、お前は虚無界行きだったぞ」
「え」
「あいつのやっかいな能力ってのはな、個体は一瞬で倒せるんだけど、分裂する力がある。
しかも、その分かれた個体全てが、虚無界へ通じる穴なんだ。
飲み込まれて消えた奴も何人か居る。俺はそれを討伐しにきたんだ。
あんなところで燐に会ってびっくりしたぞ。
あいつの本体と一戦ヤった後だったから、声はでないし、お前を連れて逃げないとだし」
声が出ないから、ジェスチャーでの会話しかできなかったが、
燐はほいほいと後ろに乗ってくれて助かったと夜は言う。
しかし、次からは身知らぬ人の運転するものに乗ってはいけないということを
燐は知るべきである。と注意も忘れない。今回のことはいい教訓になっただろう。
「いきなり血吸われて、かなりびびったけどな俺」
「それは悪かった、あいつとやらかす前に。体を回復させておきたかったんだ」
燐の血は、悪魔の力を活性化させる力がある。
燐はあらゆるものがあらゆる目的で狙う魔神の落胤だ。
その血は極上と言ってもいい。召還の時に使えば、上位の悪魔が引き寄せられるような代物でもある。
それを下級悪魔である夜が飲めばどうなるか。
傷は癒え、ドーピングをしたかのような作用が現れる。
心なしか、夜の声のトーンもいつもより高い気がする。
「俺は栄養ドリンクか・・・」
「そう言うなって」
夜は自分の懐を漁ると、一本の鍵を燐に投げてよこした。
燐はそれを片手で受け取る。
「学園に繋がる鍵だ。やばくなったら俺を置いて逃げろ。なんなら今すぐでもいい」
「なんだよそれ!!」
燐は理不尽だ。と感じた。ここまで巻き込んでおきながら。
夜をおいて帰れるわけがない。
燐はそこまで薄情ではない。と夜に怒った。夜は苦笑する。
「やっぱダメか。すまない協力してくれ」
「わかりゃーいいんだよ、その代わり帰ったら俺の剣の稽古の相手しろよ」
夜は剣を構えながら言う。燐を背後に置き、扉の前に立つ様は正に騎士だ。
漆黒の騎士はからかいまじりに言う。
「仰せのままに、若君様」
「若君言うな!」
扉が突き破られた。ヘドロのような腕が、二人に伸びる。
剣を抜いたのは同時だった。
≪ 夜とホテル3 | | HOME | | 正十字学園の恋人5 ≫ |