青祓のネタ庫
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悪魔の力を得るならば、同等の対価が必要だ。
高等部の午後の授業ほど、眠くなるものはないと思う。
燐は机に立てた教科書の裏でこっそりとあくびをした。
黒板には数学のなにやら訳のわからない数式が羅列されている。
教師に当てられた同級生が、その数式の答えを導き出す。
それは正解だったらしく、授業はまた教師の一方的な話になっていく。
正十字学園は進学校だ。雪男の通う特進科ほど厳しくないにしろ
授業内容は普通の高等学校よりレベルは高い。
燐は、祓魔師になるためにこの学園に来た。
そのため、高等学校の高度な授業など最初から放棄している。
追試や赤点は取らないようにしたいけれど、
そもそも中学をまともに通っていない自分が高校の授業についていけるなど
到底思わなかった。
「えー、次。この問題を・・・奥村君わかるかい?」
「・・・え、俺?」
びっくりした。まさか当てられるとは思わなかった。
授業中にぼうっとしているのがばれたのだろうか。
雪男が言っていたが、教卓の方にいるといくら隠れていても、どの生徒が
何をしているかくらい教師にはモロわかりらしい。くそう。
冷や汗をかくが、目の前の黒板を見て答える。
「・・・2です」
教師は、驚いたように目を見張った。
「正解だ。なんだ、わかっているじゃないか」
また教師は黒板の方を向く。
クラスメイトも燐が正解したことに驚いているらしい。
当然だ、燐だって答えがわかっていたわけではない。
春から授業に出ていて思ったことだが、この数学の授業。
だいたい答えがマイナス2~零を含むプラス2までの間に答えが集中している。
この大体の幅さえわかれば、あとは勘で答えればいい。
当たればもうけものだし、当たらなければそれでいい。
これが燐が高等部の授業を乗り切るためにつけた知恵だった。
ちなみに、数式を全て書いて正解となるテストにはこの勘は使えない。
だからいつも点が悪い。たぶん、マークシートならどうにかなると思うのだが。
燐は、窓の外を見た。木漏れ日が溢れる穏やかな日だ。
対して教室はいつもと比べて若干暗い気がした。
燐の目の前に、コールタールが漂ってきた。それを指先でぷちりと潰す。
前々から思っていたのだが、こいつらを潰す時に出るぷちりという音がなんとも
たまらない時がある。なんだろう、この梱包材を潰しているかのような感触。
教室のほうに目を向けると、コールタールがいつもよりも大目に漂っているのが見えた。
(・・・こいつら、大丈夫なのか?集合体になると性質が悪ぃし・・・)
どこかにコールタールの発生場所になっているようなモノがあるのだろうか。
動物の死骸や、ゴミにもたむろする悪魔なので、学校にいてもそう珍しいものでもない。
しかし。以前現れた悪魔のように、人に憑依するようになってから対処するのでは遅いだろうし。
燐は手を上げた。
「すみません、少し体調が悪いので保健室に行ってきます」
別に、授業が暇だったから抜け出したかったわけではない。
そう、断じてそうではない。燐は心の中で言い訳しつつ、教室を抜け出した。
誰もいないトイレに入り、携帯電話を取り出す。
電話をかけようとして、止める。今は授業中だ。
雪男にかけてもダメだろう。メールを打って送信しておいた。
トイレの窓を開けて、外を見た。
コールタールはやはり先ほどよりも多くなってきている。
コールタールの流れていく方向を辿ると、どうやら旧校舎の一角から流れ出てきているようだ。
この旧校舎というのは、取り壊し途中の建物らしい。
古い建物を残しておくと、悪魔の住処にされる恐れがある。
そのため、立ち退きが終わった時点ですぐに取り壊すように理事長であるメフィストから直々にお達しがきているのだ。
勿論生徒の立ち入りは禁止されている。
燐が入学した春頃から徐々に解体を始めて行ったらしく、残すところあと一棟だけだ。
その一棟の建物の一角から、コールタールが溢れてきている。
そこにあるのは、動物の死骸か。それとも。
なんにせよ、言って確かめることが先決だ。
トイレのドアを開けると、目の前が真っ暗になった。
「・・・う、わ!」
コールタールの軍団だ。廊下中に溢れかえっている。
空気中には、うっすらと瘴気まで出てきているではないか。
きっとこのままでは一般の生徒にも被害が出る。
燐は、急いで外に出ようとした。
が、ドアの前で人にぶつかってしまう。
「あだ!」
しりもちをついた。起き上がろうとすると目の前の人物が手を差し出してきた。
顔を上げると、見たことも無い人物だった。
服装は、救急車に乗っている隊員が身に着けている医療用の青い服だ。
顔を覆う大きなマスクと防護眼鏡が、人物の顔を覆い隠している。
しかし、何故ここに救急隊員が。
「すまない、大丈夫かね」
「はい、でもなんで救急隊員の人がここに?」
「学園から体調不良の生徒が続出しているという連絡がきてね。
今学園内を見回っているんだ」
きっとコールタールのせいだろう。
一般人がいてもどうにもならないだろうが、
おそらく瘴気によって体調不良を起こした生徒はこの場にいないほうがいい。
救急車で病院に運んだ方がいいのだろう。
遠くの方から救急車のサイレンが聞こえてきた。
だいぶ、まずい事態になってきているようだ。
「俺は大丈夫なので、他の人のところへ行ってください」
「そうか、わかった」
燐は一刻も早く旧校舎のほうへ行きたかった。
元凶を見つければ、どうにかなると思ったのだ。
その救急隊員を押しのけて、ドアの方へ向かった。
だからこそ、気づかなかった。
「まぁ君は、大丈夫だろうね。なにせ悪魔だから」
燐が反応するより早く、その人物は燐の口元を液体が染みこんだ布で押さえた。
呼吸をすると、ぐらりと意識が揺らぐ。
同時に、腕にちくりとした痛みが走る。
注射器で、体内に入っていく透明な液体。
反射的に人物を突き飛ばして、青い炎を出した。
しかし、炎の勢いはすぐに収まってしまう。
体内から、激しい激痛が生まれたせいだ。
思わず胸を押さえて蹲る。さっきの液体のせいだろうか。
ろくに立つことすら出来ない。吐き気とめまい。全身を襲う激痛。
「・・・う・・・ぐッ・・・」
「苦しいかい?まぁトリプルC濃度の聖水を直接体内に入れられたら、
いくら君でもまともじゃいられないか」
燐はその人物の顔を見ようとしたが、目の前がぼやけてよく見えない。
しかし、見たことある奴だ。こいつは―――
燐は、もう一度布で口元を覆われた。意識は、そこで途切れてしまった。
「・・・やれやれ、しぶとい子だ。流石は魔神の仔、といったところかな」
人物は倒れた燐を担いで、廊下に出た。
廊下には、体調不良の生徒で溢れかえっている。
その隙間を縫うように、救急隊員がめまぐるしく動いている。
そのうちの一人に、声を荒げて詰め寄った。
「すまない、タンカを貸してくれ!!この少年の症状はかなり重篤だ!」
救急隊員は、担がれている燐の顔色を見てすぐにその症状を悟ったようだ。
持っていたストレッチャーを差し出して、そこに燐を乗せる。
毛布を体全体にかけて、ベルトで固定した。燐はその間もピクリとも動かなかった。
「意識が混濁していますね、これはひどい」
「後は、私が受け持とう。君は、他の生徒を見てくれ」
「わかりました。失礼ですが、他の隊の方ですか?
自分は南十字の方から応援できたので、できればお名前をお伺いしたいのですが」
ストレッチャーを引いて急ぐ人物に、隊員は問いただした。
その人物は、マスクを外して、言った。
「私の名前は藤堂だ。君と同じく、応援できている。後は頼んだよ」
わかりました、と隊員は言って、自分の仕事に戻っていった。
藤堂は、マスクを付け直して燐の乗ったストレッチャーを急いで押していく。
燐の顔を見せないように、かけた毛布で顔を覆って、押さえることも忘れない。
途中、祓魔師のコートを纏った人物と何人かすれ違った。
しかし、誰も気づかない。
周囲にいる瘴気にやられた生徒達の対処で精一杯なのだ。
相変わらず、祓魔師は人員不足だな、と元いた職場ながらつくづくそう思う。
だからこそ、こんな誘拐行為が成立するのだけれど。
藤堂は、久しぶりに気分が高揚していた。
京都の時もそうだったが、欲しかったものを手に入れるのは、やはりいつだって楽しい。
「さて、君の炎の味は、どんなものだろうね。奥村燐君」
伽樓羅の炎を身に宿した男が呟いた言葉にも、燐は反応を示さなかった。
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