忍者ブログ

CAPCOON7

青祓のネタ庫

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

逆様鏡6


燐が仕事を始めてから早数か月。最初の内は手探りだった仕事も徐々に軌道に乗ってきた。

最初に仕事をした学校では予想通り、やはり悪魔が関係していた。
幽霊はその学校の七不思議と呼ばれるものに属していたが、その実態は悪魔が
思春期の子供を拐し力を得ていたという類のものだった。

被害者の子は皆原因不明の衰弱に陥っており、一歩間違えれば死んでいたかもしれない。

燐が悪魔を祓うと、被害者の子は目に見えて回復していった。
依頼主の女の子は、病院で親友が目を覚ましたと聞いて号泣していた。
本当に心配していたのだろう。

しかし、大人は悪魔や幽霊などどいったものは信じておらず、子供たちが何を言っても聞かなかった。
子供だけがこの学校に蔓延る異常に気付いていた。
被害者の子の中にも、原因を突き止めようとして逆に被害にあった子達もいたらしい。
依頼主はだからこそ。藁にもすがる思いで燐に助けを求めたのだ。

友達を、自分たちを助けて欲しいと。

燐はその期待に応えることができてよかったと思う。
被害に遭った子達は、力を奪い取られていただけで傷は負っていなかった。
魔障を受けた子がいなかったのが不幸中の幸いだ。

「これで被害は無くなると思うけど、もう危ないことはすんなよ」

燐は依頼主にそう声をかけた。依頼主も燐が戦っていた姿を見ているので、
どれだけ相手が人知を超えたものだったかは姿が見えていなくても理解はしたらしい。

依頼主は燐にお礼を言うと、もうこういった案件には関わらないことを約束した。
一般人には一般人の生きる道がある。
例え友達を救うためだったとしても、自分が傷つけば友達はそのことを気に病む。
それを繰り返さない為にも、自分の身を守る大事さも教えた。
燐が雪男から口を酸っぱくして言われたことを、まさか他人に言うことになるなんて
思いもよらなかったが。

「何か困ったことがあれば、また言えよ。力になるから」

依頼主はこくりと頷いた。依頼主とはもう会うこともないだろう。
依頼を終えて学校を去るころには、もう朝日が出ていた。

燐は初めての仕事を終えて手に入れた一万円を朝日に照らした。
依頼主の心からの、ありがとう。という一言が胸にしみる。
お金も、言葉も。全て自分の力で得たものだ。

燐は騎士團で働いていた頃、ふとした瞬間に自分はやはり兵器なんだと感じていた。
それは自分を遠巻きに眺める同僚だったり、心無い一言や陰口を聞いたときにいつも衝動的に
訪れていたものだった。
なによりそんなもの達から必死に自分を遠ざけようとしていた雪男の姿を見て、
自分よりも怒っていた雪男を見て、俺はまだ大丈夫だと、耐えれると思っていた。
燐は雪男にも自分にも言い聞かせるようによく言っていた。

おれはへいきだよ。しんぱいするな。

その度に雪男は辛そうな顔をするんだ。
そんな顔をさせたいわけじゃなかったのに、俺たちはうまくいかない。
最後まで、うまくいかなかった。どうしてだろう。

青い炎を知る人は、必ずあの青い夜のことと繋げて燐を見ていた。
燐は、悪魔だ。祓魔師は人間だ。どうしようもない隔たりがあったし、実際に差別もあった。
そこから解放されて、夢を奪われて、絶望を知って。
それでも人と接することを諦めることができなかった。
燐は寂しかったのだ。誰とも繋がれない、一人に戻るのはもういやだった。

助けてくれてありがとう。

その依頼主の一言が、どれだけ燐を救っただろうか。
依頼主は燐のことを何も知らない。悪魔を祓ったのも、倶梨伽羅を抜かずに
青い炎だけを操って消失させたことが原因だったかもしれない。
燐を悪魔と知らずにいたから、よかったのかもしれない。
だけど、何も知らない人からの言葉こそが燐を救ったのだ。
騎士團にいたころには味わえなかったこの思いは、燐の支えになるだろう。

燐はアスタロトのいる家に帰ってきた。
帰った、というのは語弊があるかもしれない。ここはアスタロトの憑りついた人間の住まいだから。
燐の家ではない。それでも扉を開けた先にいたアスタロトは燐に声をかけた。

「お疲れ様です。お帰りをお待ちしておりました」

燐は一言、ただいま。と声をかける。
今だけはこの場に、この状況に甘えていたかった。
全てを無くしてもなお、燐を支えてくれるものはある。
それを糧に、燐は生きていこうと思った。


***


何度目かの任務を終えた後、燐の携帯が着信を告げた。

それはアスタロトからの転送メールだった。パソコンから受けたメールを自動的に燐の持つ携帯に転送し、
そのまま次の任務先へ行けるというものだった。
もちろん、受ける受けないは燐の自由意思によるものだ。
胡散臭いものはそのまま流して、次に送られてくるメールを待つ。ということもできる。
いわゆる自由業だ。燐はこの職業は性に合っていると思った。
がちがちの組織の中で働くよりは、自分の力を役立てるにはよほどいい使い道だと思う。

燐が携帯を開くと、示された場所はここからすぐ近くの神社だった。
依頼主は悪魔の誘惑に困っており、なんとか解決して欲しいとの依頼だった。
依頼主に悪魔が見えているため、実際に会って祓って欲しいらしい。
悪魔に取り憑かれているわりには緊迫感の無いメールで、
アスタロトからは一言、お止めになった方がいいかと思います。という文章までメールに書かれていた。

燐は携帯を閉じて少し悩む。悪魔に取り憑かれているのなら祓った方がいいだろう。
でも、悪魔が見えて、憑りつかれているのならなぜ騎士團の方に助けを求めなかったのだろうか。
この依頼主は悪魔関係のことを人に隠そうという気がない。それが疑問だ。
開き直っているならば、騎士團に相談する糸はいくらでも掴めるだろうにそうしない行動への疑問。

燐の仕事はいわばモグリだ。正式な手続きさえ踏めば騎士團も助けてくれるだろうに。
騎士團には言えないようなことでもあるのか。それとも。悩んで、燐は諦めた。

「あー、やめだやめ!考えても始まらねぇなら会えばいいんだよな!」

少しでも怪しい依頼、所謂アダルトな依頼だと感じれば逃げればいいだけのこと。
燐はフードを被って頭を覆った。これなら悪魔になったときでも耳や角が隠せるし、
体型が隠せるので年齢もばれにくい。なにより、あまり顔を人に知られたくなかった。
黒髪に青い瞳、それに赤い虹彩となれば知り合いにばれれば一発である。
燐はあくまで人に知られないように生きなければならないのだ。
だから依頼主とも必要最低限のことしかしゃべらないようにしている。

燐がビルの合間をぬって飛んでいくと、待ち合わせの神社が見えた。
鳥居の向こうには暗闇が広がっている。あまり人気のない神社らしい。
燐は注意深く周囲を伺ったが、依頼主はまだ来ていないようだった。
依頼主にはフードを被った人物が目印だと伝えているので、程なく会えるだろう。
そう思っていたのがいけなかった。
暗がりから突然、誰かが燐に向かって飛びかかってきた。

「ッ!?」

燐は咄嗟に身を屈めて襲撃者を避けた。少し遠くでぶお、と襲撃者のくぐもった声が聞こえてくるので
顔でも打ったらしい。燐は急いで逃げようとした。すると、覚えのある感覚が燐を襲う。

「夜魔徳くん!捕まえてや!!」

ぼう、と暗闇から湧き上がる黒い炎。覚えのある気配。当然だ。
夜魔徳を使役できる人物など一人しかいない、上に聞き覚えのある声。
最悪だ。燐は声を出さずに呟いた。目の前にはピンクの頭をした優男が笑っている。

手加減はしてられないようだ。

燐はフードがずれないように押さえながら、夜魔徳に向き合った。
夜魔徳の炎から流れるように身を翻して逃げ、燐は志摩に向かう。
召喚者を叩くのは戦術の基本だ。夜魔徳は自分の炎が避けられたことに驚愕する。
そのまま主の元に向かう敵の前に黒い炎を灯した。
黒い炎は悪魔を害し、人に使えばその魂を焼き尽くす。
勿論、殺すつもりはないので手加減はしているがそれでも人にとっては十分脅威なはず。
しかし、敵なる人物。燐はその黒い炎に身一つで突っ込んでいった。

「なッ!?」

志摩も驚く。黒い炎を超えて、敵が来た。殴られると思った瞬間には錫杖で攻撃をいなして躱す。
夜魔徳は黒い炎に触れたことで人物が何者かを察知することができた。
急いで主に危険を告げる。

『主よ、相手が悪い。退かねばやられるぞ!!』

悪魔の中では階級が全てだ。自分より上の相手となると手加減はできない。
主の望む生け捕りが難しいとなれば殺し合いしかない。
若しくは主の安全を考えるなら逃げるのがいいだろう。

夜魔徳が警戒し、フードを目深に被り、正体を隠す謎の人物。

志摩は当初あのサイトは完全にアダルトなものだと思っていた。
最初に飛びついたのも、冗談のつもりだったのだけれど目の前の相手は志摩の襲撃を避けた。
悪魔探偵と名がつくからには、悪魔に関する知識もあるだろうと夜魔徳も呼び出した。
明王クラスの悪魔を呼び出せば普通驚いて動けなくなる。
それを狙ったのだけれど相手はあろうことか夜魔徳に向かってきた。

攻撃を躱した上に、黒い炎をものともしない。
これは自分の予想が当たっていれば、なんという大物を引いてしまったのだろうか。
志摩は鳥肌が立つのを押さえられなかった。

彼がいなくなって、志摩の知っている彼らは随分と動揺していた。
八方手を尽くして探しても足取りも掴めなかった。
騎士團からは彼を探すことは禁止されていたけれど、誰も諦められなかった。
自分たちの前から姿を消した友を、皆ずっと探している。
これを逃せば、志摩はたぶん彼らに殺されるだろう。
今ここで善戦するしか志摩に道は残されていない。

「夜魔徳くん、悪いけど頑張ってもらわなあかんみたいやで。
奴さん逃したら俺の生死に関わるわ」

志摩は錫杖を向けた。フードを被った相手は逃げる機会を伺っているようだが、
夜魔徳の黒い炎がそれを阻止する。夜魔徳にはもう手加減は一切不要だと告げた。
それでもどのくらい持つかはわからない。
味方にすると頼もしいけれど、敵にするととてつもなく厄介だ。

けれど、こちらにもアドバンテージはある。もし相手が志摩の想像する相手だとしたら、
彼は間違いなく志摩を殺そうとはしないだろう。
付け入る隙があるとすればそこしかない。

だけど、と志摩は考える。
彼ではない可能性も否定はできない。
体のラインを隠す服を着ているので男女の区別もつきにくい。
そうだ、女子ならば気絶させればあんなことやこんなことができるかもしれない。
勿論志摩とて紳士の端くれなので最後まではしないけれど、エロいことすれすれまではできるかもしれない。
仮に女の子だった場合を考えて、志摩は戦闘に向けて布石をうった。

「悪魔高校生探偵りんちゃんに告ぐ!俺が勝ったらパンツ見せたって!!!」

志摩はそのまま夜魔徳の炎を持って突っ込んでいく。
夜の神社に燃え盛る黒い炎と青い炎が交差した。


PR

逆様鏡5


あなたのお悩み解決します。
悪魔で困ったことがあれば是非ご連絡ください。

パソコン画面にそう打ち込むと、後はクリックして
アップロードするだけだ。
程なくして、パソコンの画面にあるサイトが映し出される。
そこには悪魔高校生探偵という文字がでかでかと乗っていた。
タイトルの横には著作権フリーのかわいらしい女子高生の画像を貼るのを忘れない。

「できました若君!」
「できましたじゃねぇよ!どこのエロサイトだッ!!」

祓魔師として活動できる場がないかとアスタロトに相談した所、
それならばWEBが一番であると紹介を受けたのが事の発端だった。
結局アスタロトはあの後一歩も譲らず、とうとう燐が根負けする形で同居が始まった。
燐が担当するのはこの家の家事全般である。
アスタロトが取り憑いている男は金持ちの子息なだけあって金には困っていないようだ。
一応父親の会社の役員として仕事はないが、たまに出勤してはいるようでアスタロトもそれに合わせて外出をしている。

残った燐は町中の些細な悪魔絡みの事件を見つけては解決してみたものの、
誰かに依頼されたわけではないので報酬はゼロ。たまに助けた人がくれるお菓子くらいが収入だ。
これではいけない、と燐は思った。
はじめはアルバイトでもしようかとも考えたが、身元がバレることは燐の立場上よくないだろう。
履歴書を偽ると、犯罪を犯していることになる。
祓魔の世界ならば、ある程度のグレーゾーンは許されるとはいえ、ここは一般社会。
節度はわきまえなければならない。

だからこそ、正式に祓魔の依頼人を募る必要があった。
相談相手のアスタロトは仕事から帰ってくるなりパソコンをいじり、あっと言う間にサイトを立ち上げた。
いかにもいかがわしい作りにしたのは、仕様である。

「そもそも、名前をもろに『りん』にするんじゃねーよ!
なに考えてんだ!女子高生がやってるって勘違いするじゃねぇか!」
「最初の内はエロサイトの広告やそれ関係の依頼でしょうけど、大丈夫ですよ」

アスタロトは自信満々だった。すべてわざとやっていることであると燐に説明する。
こんな、男受けするようなサイトにすることで何のメリットがあるというのだろうか。
燐は素直に疑問を口にした。アスタロトはそれに答える。

「まず、祓魔のこと。つまりは我々悪魔関係のことですが、
人に知られたくないというのが人の心情です。人は見えないものに理解はない。
その依頼人だけが見える悪魔の存在を理解できる人はまず、一般社会にはいないでしょう。
だからこそ、誰にも知られないように調べようとします。
そこでWEBという不特定多数の検索に引っかかるようにしたのです。
また、悪魔がらみのものは闇と関わりが深い。検索ワードもその類のものが多いので、
こういったいかがわしい仕様にしたほうが、よりサイトが引っかかりやすくなるでしょう。
女性画像をトップに載せたのは、男性の気安さを誘発すると共に、女性にある程度の気持ちのゆるみを生みます」
「どういうことだ?」
「考えてもみてください。見ず知らずの女性が、見ず知らずの男性に助けてください。
なんてよっぽどのことが無い限り言いませんよ。女性は同じ女性の方が安心するんですよ」
「俺男だぞ」
「大丈夫です。依頼を受けるのは「悪魔高校生探偵りん」という架空のキャラクターですからね。
若君はさしずめ執行人といったところでしょうか。誤魔化しはどうとでも利きますよ。
それに、若君ならば外見年齢が十五歳のままですから、
仮に依頼主の女性を助けに行ったとしても怪しまれることもありません」

悲しいかな。それは燐が男性としてみられることがないと断言しているようなものだ。
確かに未だに補導されそうになっている身としては反論ができない。

「じゃあなんで俺の名前だけは載せたんだよ。これ、騎士團側にばれたらどうすんだよ」

アスタロトはそれも大丈夫です。と答える。

「騎士團といっても所詮は人の組織です。膨大なWEBの情報の中から、
いかがわしいサイトをくぐり抜けてここにたどり着ける者はわずかでしょう。
その時は閉鎖すればいいだけの話ですしね。それに、偽名はなるべく使わないほうがいい。
依頼人と直接会った時に名前を呼ばれてすぐに反応できた方が信頼も増します。
嘘を通すには、ほんのひとさじの本当を混ぜることで、人間は簡単に騙されるんですよ」

その言葉を聞いて、燐は冷や汗をかいた。流石は悪魔だ。人の闇の傍に寄り添い、
生きてきた年月は燐とは比べものにならないくらい長い。
アスタロトの言うことは間違ってはいない。方法としてはあまり納得はできないけれど。
それは裏の世界を生きていくには必要な知識だった。
メールボックスには次々とメールが届いた。その中の大半は如何わしいサイトへの誘導メールだったけれど、
それはアスタロトが専用のシステムで除去していく。残ったメールはほんのわずかだった。
しかし、その中に一つ気になる内容があった。

「これ、ここの近くだな。それも学校絡みか」
「思春期の子供は感受性が強いですからね。惹かれて何かが現れていてもおかしくはない」

メールの内容は、学校に現れる幽霊を退治して欲しい。というものだった。
依頼主は怯えているらしく、文章自体もたどたどしい。
恐らくはこの学校に通っている生徒だろう。
悪魔が見えてはいないようなのでまだ魔障は負っていないだろうが、
本当に悪魔が絡んでいた場合は解決を急がなければならない。
魔障は人の一生を狂わせる。ある日突然悪魔が見えるようになっても、自分以外の人間には見えないとなれば
どれだけその人の心を傷つけるかはわからない。
周囲に理解のある大人がいればいいが、祓魔師の職業もあまり深いところまで知られていないのが現状だ。
一人でも多くの人を、悪魔から救わなければならない。
魔障を受ける人が減れば、祓魔と関係を持つ人が減れば。
あの学園、騎士團に所属する人も、きっと少なくなるはずだ。
燐の記憶の中の声が答えた。

僕は、生まれた時から悪魔が見えた。
兄さんから魔障を受けたからだよ。

燐はその声を振り払った。
悪魔から受ける被害を少しでも減らしたい。
燐が願うのは、ただそれだけだ。
アスタロトが燐に声をかける。依頼を受けるかどうかを聞いているようだ。
メールのピックアップまではするが、最終的な判断は燐に任せるらしい。

「どうしますか、正直嘘をつく人間がいるのも本当です。
受けるか、蹴るかは若君の判断にお任せします」

燐はメールの内容をチェックした。
すると、メールの一番下にこう書かれてあった。

たすけてください。

燐は頷いた。助けてくれ、それだけで燐が動く理由には十分だ。

「返事してくれ、俺が出る」
「わかりました」

アスタロトは返信メールにこう書いた。
依頼料:一件につき百万円
送信ボタンを押そうとしたところで、燐が止めた。
ぎりぎりのところだった。折角受けようとした依頼が流れるところだ。

「お前依頼一件につき百万とかどういう感覚してんだ!
どう考えても納得しねぇだろ!!誰も払えねぇよ!」
「一件につき百万とか安くないですか?若君が向かわれるという時点で
金などには代えられないくらいの価値があるのですけれど、人間はそれを理解していません。
最低賃金です。これでも譲歩してますよ」
「最低賃金百万とか馬鹿言ってんじゃねぇ!払える金額じゃねぇと人も寄りつかないだろ!」
「でも安すぎるのも問題です」

お互いに散々言い合って、なんとか落ち着いた値段を送信した。
この依頼主は学生のようなので、どうにか払える金額として一万円を提示した。
勿論これは場合によっては上がることを伝えた。やっかいな相手だった場合は労力がかかるからだ。
依頼主によっては上の金額を提示するのもありかもしれない。
最低限の金額も決まり、燐はアスタロトにお礼を伝えた。

「ありがとな、いろいろと」
「いいえ当然のことをしたまでです。私は若君の僕ですから」

アスタロトに出会わなければ、燐はまだあの寒空の下にいただろう。
それでも、人に憑りついているということを考えれば燐はやはり全面的に甘えるわけにはいかなかった。
人には、人の人生がある。悪魔にそれを邪魔されるなどあってはならないことだ。
アスタロトの憑依が解ければ、燐がここにいることもないだろう。
この人と燐は何も関係がないのだから。

燐は一抹の罪悪感を抱えながらパソコンの画面を見た。
あとは依頼主が決めるだろう。返信を待つだけだ。
アスタロトは燐の表情を見て、徐に懐から一万円札を取り出した。
燐は首を傾げる。

「なんだよ」
「返信までは時間がありますし。最初の依頼は、私からでどうでしょう?」

燐は俺にして欲しいことでもあるのか、と問いかけた。

「悪魔高校生探偵『りん』の初めてを頂くこと自体既に興奮の対象なのですが、
口汚い言葉で私のことを罵っていただくお仕事をお願いします。それが何よりのご褒美―――」

最後まで言い終える前に燐がアスタロトを蹴り飛ばした。
もちろん壁にぶつけるようなヘマはしない。
修理費がかからないように、その場で一回転するように鮮やかに蹴り飛ばしたのだった。

「アダルトな依頼はお断りだ」

十分ご褒美と取れる冷たい視線を送りながら、燐はやっぱり早くひとり立ちしようと決意するのだった。


***

パソコンを弄っていると、ふと気になるサイトを見つけた。
膨大なページを見ていたのでいい加減目が疲れていたのだけれど、妙に気になる。
自分の第六感を信じてクリックしてみると、そこには可愛らしい女子高生が表示されたページが。
内容を見てみると、どうやら自分のやっている仕事と被るところがあるようだ。
インターネットなので、本当に依頼を受けているかどうかはわからない。
こういった釣りページを作って、依頼主の住所や番号を聞き出して売るような業者もあるくらいだ。
何故知っているのかというと、実際そういう業者に自分の住所を盗まれたことがあるからだった。
それ以降、何度も何度もアダルトグッズのチラシやダイレクトメールが届くようになってポストが
実に卑猥なことになった経験がある。当時付き合っていた女の子にもそれが原因で振られてしまった。
屈辱の経験である。

「にしても、かわいらしい子やなぁりんちゃん」

連絡とってみようかなぁ。
そう呟いて志摩は画面の向こう側の女の子(フリー素材)をそっと指で突いた。

逆様鏡4

燐が痛みで目を覚ますと、そこには天井があった。
天井のある日など、寮で過ごした最後の日以来である。
あのころは天井があって、天露がしのげることがどれだけありがたいかを
わかってはいなかった。
それに、寒くもない。燐は安心したように深呼吸をした。
そこで、自分の寝ているベッドから他人の香りがすることに気づく。
落ち着いている場合ではない。意識を失う前の記憶が一気に甦ってくる。
燐は急いで飛び起きた。しかし、途端に体に激痛が走る。

「いってッ!!」

燐はお腹を押さえて転がった。上半身は裸だった。腹に巻かれた包帯からは
動いたせいか血が滲んでいる。悪魔から負った傷だからだろうか。治りが遅い。
そうだ、おかしい。ここにいること自体がおかしなことだ。
燐は悪魔に。アスタロトに捕まってしまった。
周囲を確認すれば、そこは普通の一人暮らしの男の部屋。と呼べる場所だった。
ベッドとソファが一つ。テレビも一つ。パソコンと椅子。
唯一、ロフトと呼べる場所に繋がる梯子が壁に掛かっていた。
アスタロトはどこに行ったのだろう。
いや、いないのならば好都合だ。ここからすぐに逃げ出さなければならない。
燐は痛む傷を押さえて、恐る恐るベッドから抜け出そうとした。

しかし、それを阻害する音が部屋に響く。ガシャン。金属音だった。
見れば、足には枷と呼ばれるものがついていた。
その枷には鎖が着いており、鎖はそのままベッドの支柱に繋がれていた。
燐は戦慄した。なんというおぞましい行為だろうか。監禁だ。

中世ならまだしも現代のこの世に枷を付けるとか正気の沙汰ではない。
悪魔に常識を求めるのも間違っているかもしればいが。
燐は急いで枷を外そうともがいた。
カシャンカシャンと音が響く。
ここで失敗したのは、青い炎で物理的に鎖を焼き切ろうとしなかったことである。
空中を漂っていた魍魎と視線があった。
後は、簡単な事である。動けない燐に変わって魍魎は主に燐の状態を伝えに行った。
間髪入れずに、扉が開く。
燐はアスタロトが入ってきた瞬間に、青い炎を自身に宿した。
容易に触れられないようにするためだ。アスタロトは腐の王。
燐の抵抗を防ごうと思えば燐の負った傷を腐らせることくらいはしそうである。
腐った傷程治りにくいものはない。そんなことはごめんだった。
アスタロトは燐の寝ているベッドの近くにパソコン台にあった椅子を引き寄せて座り込んだ。
そこには強者が浮かべる笑みがあった。
間違いなく。この部屋の中で支配者と呼べるものはアスタロトだった。

「御加減は如何でしょう?」
「テメェのせいで最悪だ」

燐は炎を宿したままアスタロトと対峙する。
悪魔との言葉は、できることなら交わすべきではない。
言質を取られればそれは契約となり、強引に悪魔が対価を求めてくることもある。
こういった難しい交渉のやりとりは雪男の役目ではあったが、それはもうできない。
燐は一人。だから降りかかる火の粉は全て自身で受け止めるなり払わなければならないのだ。
誰かに甘えるようなことは、考えてはいけない。
燐は脳裏に過ぎったすべての人との思い出を振り払った。
そうでなければ、この難局を乗り切ることは難しそうだ。

「俺が一人になった途端に現れたな。狙ってたのか」
「違います、といえば嘘になりますね。最も、知ったのは少し前のことです。
学園に忍ばせていた魍魎に探らせたのですよ。若君が外の世界に出られたことを知って、
私は心が躍りました」

そのぞくぞくと体を震わせる姿を見て、悪趣味な奴だと燐は感じた。
なぜなら、探らせたということは燐がどのような経緯であの町を出たのか。
追い出されたのかを知っているのだ。
燐が今まで信じていた全てに裏切られたのだということも。

「若君があの町へ復讐する姿を今か今かとお待ちしておりましたのに、
そのような傾向もなく、町から町へと転々とされておりましたね。
それも、外で寝るなどとそのような危ないことをされてはなりませんよ。
若君は虚無界の王族とも呼べる存在であることを自覚して頂かなければと思い、
見かねてお迎えにあがった次第であります」
「御託はいんだよ、丁寧な言い方もよせ。俺に何がしたい。何が欲しいんだ」

アスタロトは流石、御察しがいい。とにやりと笑った。
その笑った表情はまさしく悪魔だった。闇を舐める悪魔は恍惚の表情を浮かべて言った。

「若君を私の元に引き留めたい、それだけです」
「は?」

引き留めるとはアスタロトの元に。この部屋にいろ、ということだろうか。
周囲を見回すが、至って普通の人間の部屋にしか見えない。
だからこそ思う。この部屋は、アスタロトが憑りついている人間のものであって
アスタロトのものではない。だからこそ燐のものでもない。
燐はふざけるな。と言った。足の枷がカシャンと音を鳴らす。

「そんなくだらないことの為にこんなことしてるなら、今すぐ離せ!」
「くだらないことでしょうか」
「そうだ、お前が取り憑いているその人は俺たちには関係ないはずだろう。今すぐその人間を解放しろ」
「それは無理なご相談だ、私が物質界に留まるためには必要な措置ですから。
それに彼に取り憑いているならば、言わば私は社会的には彼自身に成り代わっているという
ことになりますから、問題はないでしょう。後は良心の問題の話では?」

そもそも、悪魔に取り憑かれるような人間には碌な奴がいませんよ。とアスタロトは言う。
燐もアスタロトに憑かれている人間が自分の記憶にある限り同一の人物であることは理解していた。
人が変わらなければ、悪魔に付け入られる。付け入られるスキや心の闇を抱えたのは
まず間違いなくこの人間の責任でもある。
それでも、悪魔に取り憑かれたままでいいはずもない。燐は反論した。

「だから俺は納得がいかねーって話だ!」
「ではこれでどうでしょう。『盗んでない、借りてるだけ』ですよ」
「借りてなんかねぇよ、奪っているだけだ」

物質界に来ている悪魔は借り暮らしをしているようなものだとアスタロトは言うが、
燐はそうは思わない。人のものは人のものだ。
悪魔を小人に例えるなど悪趣味である。アスタロトはにやにやとこちらを見て口を開いた。

「私の解釈の話になりますが、人とは所属する生き物であると私は考えます」

アスタロトは魍魎を二匹呼び出すと、そのうちの一匹だけを白く変色させた。
白と黒の二匹を指先で突いて、空中に並べる。

「例えばの話です。大きな括りでいえば白い方を物質界。黒い方を虚無界としましょう。
その中に国があり町があり、学校があり、家があり、家族があり、人がいる。
住んでいるものが悪魔と人という若干の違いはあれど、この世の全ては何かに属しているのです。
悪魔ならば私の眷属である「腐」、その他に火や水や時や地、氣もありますね。
人ならばどこの学校の何年何組の、誰。祓魔師ならば、日本支部所属の誰。
会社ならば、どこの部署の誰。でしょうか。誰かに自己紹介をするときには必ずと言っていいほど
その人物なり悪魔なりの『所属』を口にします」

アスタロトはそこまでいうと、では質問です。と燐に向けて指を差した。

「若君―――いえ、奥村燐は「人」ですか「悪魔」ですか?」

二人の間にはモノクロの魍魎が浮かんでいる。
どちらかを選ばなければならない日がくるだろう。
不浄王を倒したその時に、悪魔から問いかけられた。どちらなのかと。
燐は選んだ。選んだはずだった。魔神を倒したその日に。

「俺は「人」を、選んだ」

だから魔神を倒して人の側に立って戦っていた。そのはずだった。
アスタロトは笑みを絶やさなかった。反対に燐は不安そうな顔を隠せない。

「奥村燐は人を選んだ。でもおかしいですね。疑問が沸きます。
では、今ここにいる貴方は「人」のどこに所属しているといえますか」

今の燐には何もない。あるのは自分というただ一人だけだ。
家もない。友達もいない。家族もいない。何もない。
燐の手には何も残らなかった。
人か悪魔か。選んだ末の結末がこれだった。
燐は人を選んだけれど。人が燐を選ばなかったのだ。

「あの町から追い出されたのに、まだそんなことを言うのですか。
人という括りからはじき出されたのに、まだそんな未練があるのですか。
私には理解できません。あの町は、人は、師は、友は、そして家族は、貴方を捨てたのに。
貴方はまだ貴方を捨てたものに縋り付くのですか」
「言うな!!黙れッ!!」

燐は枷を青い炎で焼き切った。そのままアスタロトの胸倉を掴む。
燐の瞳は揺れていた。図星だったからだ。
燐を追い出したのは、一人にしたのは、雪男だ。
アスタロトは震える燐をそっと腕に閉じ込めた。
燐は離れようともがくが、アスタロトはそれを許さない。

「ここが嫌というのならそれでもいいでしょう。しかし、少なくともここが、私が。
若君が帰る場所の一つにはなります。好きなだけここにいて、嫌なら出ていくといい。
貴方は一人だ。何処にも行く宛がないのなら、せめて生きる為にそれくらいはしてもいいのではありませんか」

悪魔の甘言だった。
仕方がないのだと囁いてくる。
燐はそれに縋りたくはなかった。けれど行く宛がないことも事実だった。

目的を持たなければならない。
なにか、生きていくための目的が。

燐の視界に先程の白と黒の魍魎が過ぎった。そこで、閃いた。
間髪入れずに、燐の体から青い炎が巻き上がった。
アスタロトは自身を焼きかねない炎からすぐに距離を取る。燐は笑っていた。

「残念、すぐに祓わせてはくんねーな」
「お戯れを」

アスタロトは炎を纏う燐の姿に鳥肌が隠せなかった。
甘い言葉で自分を誘う悪魔を焼き尽くそうとしたその容赦の無さに震えあがると共に歓喜する。
やはり、私の言葉には屈しないというのですね。素晴らしい。
燐はアスタロトに向けて言った。

「俺は、もう一度祓魔師になる」

正十字騎士團からは除名されたとはいえ、祓魔の技術が無くなったわけではない。
燐には青い炎もある。この力と知識を使って祓魔師になろう。
いわば、何処にも属さないフリーの祓魔師というわけだ。
誰かの許可などいらない。燐がやりたいからやるのだ。
悪魔を祓う悪魔。騎士團からの仕事を奪い取るくらい、やってやる。
自分のやった行いを認めさせてやりたい。
その行動の先で、神父の行いの正しさがきっと証明されるだろう。
それが今の燐の生きる目的だ。

「手始めに、お前から祓ってやるよアスタロト」

だがこの悪魔のしつこさは知っている。一筋縄ではいかないだろう。
難問だが仕方ない。燐はアスタロトに向き直る。
アスタロトは叫んだ。

「私を祓うということは、監視するということですね。
つまりはその間は私と共にあるということですね。
私と共にあるということは、ここに住まわれるということですね。
それがいいです、全力で私は若君に祓われないように抵抗します。
若君も全力で私を祓いに来てください。全力で抗います。
その間、私は若君との二人暮らしを謳歌します!」
「え、なんで俺お前と住むことになってんだよ」
「ならば、手始めにこのマンションの住民を腐らせることから始めましょうか」
「ちょ!!やめろそんなの許さねぇからな!」

本気でやりかねないアスタロトを止めるため、燐はここに居ざるをえなくなった。
それでも外での暮らしよりも数段ましな生活を送れるようになったのは事実だろう。
アスタロトの思惑に乗っかったようで、なんだか癪ではあるけれど。

こうして燐と悪魔との奇妙な共同生活が、幕を開けた。

逆様鏡3

肌寒さに震えて、目が覚めた。
ぼんやりと目を開けてみるとそこには見慣れた寮の天井はない。
木のにおいも、古ぼけた埃の匂いもしなかった。
燐は痛む背中をさすりながら起き上った。
そこには、空が広がっていた。空はまだ日が昇る前で薄暗い。
体にかけていた新聞紙ががさりと揺れる。
燐は枕にしていた荷物を肩にかけた。自分の体温が残っていて少しだけあたたかい。

寮を、学園を、あの町を追い出されてどれくらいの日数が経っただろうか。
燐には携帯電話もないので、時々食糧調達のために立ち寄る店にかかっている
カレンダーで確認できるくらいだった。
燐には居場所がない。帰る場所もない。
当然、家が無いのだから泊まるところもあるわけがなかった。
漫画喫茶などに泊まることも考えなかったわけではないが、
祓魔師としての収入が途絶えた今となっては少しのお金も惜しい。
貯金は多少していたから、まだ大丈夫だけれどそれも何時まで持つかはわからない。

燐は体にかけていた新聞紙を丸めて、荷物の中にしまう。
サバイバルの技術として新聞紙をかけて寝ると温かいと聞いていたが、その通りで驚いている。
今日は公園のベンチで寝れたけれど、いつまでもここにいては警察を呼ばれかねない。
燐の容姿は悪魔であるせいで、十五歳の時から変わっていない。
いくら成人していると言っても、警察に信じて貰えず祓魔師免許で証明していたことも記憶に新しい。
それも今となってはできないのだけれど。

「車の免許くらい、取っておけばよかったなぁ」

燐には身元が証明できるものがない。そのうえ、外見は十代で止まっている。
人間社会では非常に生きにくい。だからこそ、あの世界で生きていたというのに。
そのことを誰よりもわかっていたのは、雪男だったのに。
雪男の姿を思い出して、胸が痛くなった。もう会うことはない。

会うつもりも、なかった。

燐は公園を後にする。今日はどこへ行こうか。
歩いて、歩いて、歩いて。
燐はあの町ではない何処かに行こうとしていた。
目的もない。目標もない。心の支えにしていたものは皆あの町に置いてきてしまった。
捨てざるをえなかった。
この空っぽの心を抱えて、燐は生きていくのだ。

「・・・何処に、行こうか」

何処で、生きていこうか。
それを決めるのは、まだとても難しいことに思える。

***

放浪を続けて、外で寝て。銭湯を見つければそこで疲れを癒した。
あの町を出て世間を見て回れば、皆日々働いて生きているということだった。
そこには悪魔の世界も、殺し合いの世界もない。
子供は笑っているし、大人は仕事をしている。
昔は当たり前のように見ていた光景がとても新鮮だった。
一度死線をくぐったからだろうか。その光景がうらやましい、とは思わなかった。
平和でよかったとそう思える。

だが、その光を揺るがす闇は確実に潜んでいる。
人には見えないものが、燐には見える。それは路地裏だったり、夕闇の影の中だったり。
人の悪口に潜んでいたり。と事欠かなかった。
光があるところに闇はある。だから祓魔師はその光を守るために、闇を祓っていた。
もう燐がその任務に就くことはない。一生許されることはない。
一生、養父の名誉を回復させることはできないのだ。
燐の心が揺れた。それに呼応したかのように、周囲の空気が乱れた。

今は逢魔が時だ。下手に気配を察知されてこちらに来られてはたまらない。
燐は着ていたパーカーのフードを被った。気休めだが無いよりはいいだろう。
町に人の気配はしない。家路につくもの、誰かと出かけるもの。様々だ。
その中に紛れて、燐も今日の寝床を探そうとした。
一度、公園の茂みで寝ようとするといきなり男に声をかけられた時は驚いた。
いくらで買える、と凄まれたので怖くなって男を突き飛ばして逃げたけれど、
そういう場所。というのも世の中にはあるらしい。
以来燐はきちんと下調べしてから寝床にするようにしている。
だからこそ、寝られる場所は限られるので日々難儀しているのだが。
今日はどこにしようかな。と歩いていると、声をかけられた。

「おいお前、ちょっといいか」

燐は自分に声をかけたのだとは思わず、そのまま歩き出そうとした。
すると、背後にいた人物が焦れたのか燐の肩を掴んだ。
見ればその人物には悪魔が憑りついている気配がした。
目が殺気を帯びている。どうやらリーダー格の男に声をかけられたらしい。
後ろには子分とみられる男が二人いた。

「ここいらじゃ見ない顔だなどこから来た」

不良、と呼ばれる奴らだろう。厄介な奴らに目をつけられてしまった。
それも一人は悪魔憑きだ。悪魔の目からも騎士團の目からも隠れるようにしてきたというのに。
燐はリーダーの男の手を振り払った。そのまま無言で逃げ出す。
案の定、待ちやがれと言って追いかけてきた。人通りが多いところで目立った行動はできない。
燐はそのまま路地裏に入って行った。今日の寝床にしようかと思っていた候補地だったのだが、
この際しょうがない。燐は突き当りまで来ると、後ろを振り返った。
細い路地裏をリーダー格の男が先頭で走ってきている。その顔はもはや悪魔そのものだった。

「恨むなよ」

燐はそう声をかけると、男に向かって走った。
男は急に立ち止ることもできず、燐と正面からぶつかるように対峙した。
燐は自身でつけた勢いと合わせて、男の顔面に掌底をぶつける。
勢いがあったせいだろうか。男の体が後ろに一回転して倒れ込んだ。
背後にいた子分は何が起きたかわかっていないらしい。
燐はそのまま勢いを殺さず、路地の壁に足をつけてジャンプし、斜め向かいから男の顔を蹴り飛ばした。
そのまま空中で一回転して、その後ろにいた男も勢いを殺さないまま蹴りつける。
人が面白いように宙に舞った。念のため言っておくと、着地場所はゴミ捨て場だ。
ゴミ袋がクッションになるので、重症にはならないだろう。

しかし、悪魔憑きの男は急所狙いで完全に伸びてしまっているので手は早く打たなければならない。
燐は倒れているリーダー格の男を睨み付ける。
正確には、その裏側。内部と呼んでもいいだろう。その暗闇に潜む影を、あぶり出す。

「見つけた」

言うや否や、視線で男の体を燃やした。青い光が一瞬光って消える。
男から悪魔の気配は消えていた。
以前の様に、大規模な炎は使わない。誰が見ているかわからないので、勝負を決める時は一瞬だ。
その姿を見られてはいけないので、子分の方も両方とも寝ていてもらっている。
燐は今一人だ。何かあっても誰が助けてくれるわけでもない。
誰も助けてはくれない。だから、何があっても自分一人で生きていかなければならないのだ。
燐はリーダー格の男のポケットを探って携帯電話を取り出した。

「あの、喧嘩みたいです。男の人が三人倒れてて・・・一人は顔がっ」

いかにも今来たような一般人を装う。転がっていた男の携帯からかけていることを伝えて、
名前を聞かれても偽名を答えることを忘れない。
119番を押して、この場所を伝えると燐は携帯を男に向けて放り投げた。
せっかく寝床になりそうな場所だったというのに。
今から救急車や警察が来てはおちおち眠ってもいられない。
こういうとき、身分が不安定な者というのは真っ先に狙われる。
まったく、生きにくい世の中だ。燐はため息をついて路地裏から出ようとした。
すると、路地の先に人が立っていることに気づいた。

「・・・?」

その人物は先程まではいなかった。燐は気配には敏感だ。
何処に何がいて、それがどういう者なのか。
それは今までの戦闘で見に着いてきた知識と、経験による勘だった。

やばい奴に見つかってしまった。
燐は舌打ちをする。

気配を隠すことがうまい奴は、よほどの低級が、上級。
今回は上級に当たってしまったようだ。それも、人型。最悪である。
燐は思わず腰に手をやった。そして、そこにいつもの相棒がいないことに気づいてはっとする。
倶梨伽羅は刀だ。日本では銃刀法違反という法律があるので、街中を刀を持って歩くわけにはいかない。
だからこそ、養父の形見である神隠しの鍵でいつもは倶梨伽羅を隠していた。
周囲を見ても、刀を取り出せるような鍵穴はない。
歩兵戦と、少しの炎で切り抜けられるだろうか。

顔は見えなかった。
それでも、敵は素早く燐に向けて悪意を飛ばしてきた。
魍魎の群れが燐の視界を遮る。それを全て燃やすと、魍魎の影から男が下から腕を突き出してきた。
燐はそれを身体を傾けることで避ける。
頬を少しかすったけれど、なんてことはない。
燐は男の腕を掴んで、懐に入る。そのまま投げ飛ばそうとした。
けれど、背負う前に男の体が動かなくなる。

足元を見れば、影に潜んだ魍魎が燐と男の足を地面に固定していた。
これでは男を背後に招いたようなものだ。燐は魍魎を燃やして急いでその場から離れようとする。
しかし、男の方が早かった。
燐に掴まれていた腕を振りほどき、逆に燐の腕を掴んで上に引っ張った。
身長差があるせいで、燐の体は宙に浮きそうになる。引っ張られているせいで千切れそうなくらい腕が痛い。
男は開いている手で燐の体を首から腹にかけて撫でる。
その仕草が嫌に粘着質で、思わず鳥肌が立った。

「気持ち悪ィんだよッ!離せ!!」

男は燐の声を聞いて、一瞬動きを止める。
腹を撫でていた手がそのまま首筋まで這い回って、燐の頭を覆っていたフードにかかった。
燐が止める間もなく、フードが外される。
男は露わになった燐の項に顔をうずめた。匂いを確かめるように嗅いでいる。
べろりと首を舐められた時には思わず悲鳴を上げてしまった。
変質者だ。危ない人だ。
おまわりさん。こっちです。
そう叫べたらどんなによかっただろうか。
残念なことに、都会で救急車やパトカーがたどり着くまでにはそれなりに時間がかかる。
燐が呼んだそれらも、まだ到着してはいなかった。

「若君お探ししておりました」

燐は背後を振り返る。今度は至近距離なのでよくわかった。わかりたくもなかったが。
忘れもしない。その白髪に、燐のことを若君と呼ぶその態度。

「アスタロト、お前なんでここにッ」

このまま虚無界に連れていかれてはたまらない。
燐は全身に青い炎を宿して、抵抗しようとした。それよりも先にアスタロトが動く。
燐の腹に、熱い何かが刺さった。
見れば、ナイフが刺さっていた。痛い。かなり痛い。
何の躊躇もなく、ナイフはその全身を燐の体の中に埋められている。
血が溢れ出して、口からこぼれる。
出血と痛みから、意識が遠のいていった。

やべぇ、痛い。かなり痛い。

背後から悪魔の笑い声が聞こえてきたけれど、どんどんそれも遠くなっていった。
脳裏には、別れた友達の姿と、修道院の人たち、弟の姿がよぎった。
でもその人たちは今燐の周囲にいない。誰もいない。
そして思い知る。俺は、死ぬときは一人なのだと。
自分の身元を辿れるようなものは持っていないから、どこの誰かはわからないだろう。
奥村燐の死は誰の目にも止まることもない。
友達にも、雪男にも。皆は俺が死んだことを知らずに生きていくんだろう。
それは、とても悲しいことに思えた。

誰か。血と共に口から言葉がこぼれ出た。
助けて、とは最後まで言わなかった。

倒れ込むように燐は前のめりに傾いたが、その体は背後からアスタロトが支えた。
意識のない燐を見て、アスタロトはようやく安心したようにつぶやく。

「共に参りましょう、若君。あの憎きサマエルの結界から解き放たれる時を
ずっとずっとお待ちしていたのですよ」

その声には、ナイフで燐を刺し貫いた冷酷さは感じられなかった。
反対に、恍惚とした表情が浮かんでいる。
アスタロトは血塗れの燐を横抱きに抱えると、そのまま夜の闇の中に消えていった。
遠くからは、救急車とパトカーのサイレンの音が響いている。


現場に残されていた血の量を見て、救急隊員は顔を青くした。
その血は現場に残されていた誰の血でもなく、明らかに致命傷と呼ばれるような出血量だったからだ。
話題はニュースで少しだけ取り上げられたが、

世間は不良同士の喧嘩だろうとそれほどその事件に関心を寄せたりはしなかった。
どこの誰とも知らない相手のことなど、世間ではその程度にしか見てはいないのだ。

その光を奪う者



周囲にいる人に目を向けた。
そこには人がいることがわかるのに、なぜかその人たちの顔は霞が
掛かっているかのように見えない。
燐は学校の椅子に座っているようだった。
その周囲を取り囲むように、正十字学園の制服を着た人たちが
自分に向けて何かを話しかけている。

でも顔が見えないから声も聞こえない。
仕草で、話しかけているんだろうな。ということは察することが出来たが。
燐にはそれ以上どうすることもできなかった。
筆談という手段はどうだろうか。そう思ったけれど机の上にも、中にも
あるはずのノートや筆記用具はなかった。

空っぽだ。

何故燐は自分がここにいるのかわからない。
なぁ、お前たちは一体誰なんだ。
とても親しくて忘れたくなかった人たちのはずなのに。
燐には思い出すことができない。
ふいに、背後から声をかけられた。聞き慣れた声だった。

「奥村燐君」

そこにはメフィストがいた。
けれど、そこにいつもの余裕はなかった。メフィストはどこでつけたのか。
怪我をしていたし、いつもは白い服もボロボロだ。
所々、血が飛び散っている。戦いをしていたことは明白だった。
メフィストは燐に手を伸ばした。
でもその手は燐に届くことはない。それでもわかっていてやっているようだった。

「必ず、迎えに行きます。だから待っていてください」

おかしなことを言う奴だ。
それではまるで、俺がどこかに行ってしまった様じゃないか―――

燐の記憶はそこで途切れた。


燐が目を覚ますと、豪華な天井が見えた。
天井画、というのだろうか。オリーブの木々が描かれている。
何故オリーブなのだろうか、西洋の画風だし詳しい意味まではわからない。
料理で使うこともあるので知っていたというくらいのことだった。
起き上がって周囲を見渡せば、青色の調度品が部屋の中にはそろっていた。
ベッドは天蓋付で、真っ白のシーツで覆われている。
窓もある。燐はふらふらと窓の脇に立った。
時刻は夜。空には青白い月が浮かんでいる。夜風に当たりたい。
何気なしにそう思って、窓に手をかけた。
途端に、手がばちん。という音を立てて窓から弾かれてしまった。
よく見れば、薄く光っている。もしかして結界の類だろうか。

そうだ。ここからは出られないんだっけ。
燐は思い出した。
外には深い森が広がっていて、周囲に町も村もない。
森の中に建てられた古城。そこで燐は生まれた時から過ごしている。
古城の中でも、この部屋の中くらいしか燐は知らない。
外の世界のことは知らないはずなのに。
燐は頭にそっと手をやった。
何故夢の中に出てきた人たちの格好が、正十字学園の制服だとわかったのだろうか。
外に出たことがないなら、本で見たのだろうか。
それも怪しい。部屋の中には燐が退屈しないようにと本が置いてあるけれども、
あまり読んだことはなかったからだ。
そもそも、本を読んだりすることも好んではいなかったし。

燐は部屋の中を少し歩くと、姿見があった。
そこで初めて自分の姿を確認する。首を傾げるような格好だった。
青色の羽織に、金色の装飾。なんだこれ。どこの高貴な身分の服装だ。
自分が持っているといえば精々Tシャツにジャージのズボンくらいだろう。
燐の意識と、目の前に広がる光景に齟齬がありすぎる。
燐は首を傾げる。しかし、何かを思い出そうとすれば頭の奥で
まばゆい光がチカチカと光って邪魔をするのだ。
燐がふらつきながらベッドに座ると、丁度ノックが聞こえてくる。
燐の返事を待たずに、扉は開いて外から誰かが入ってくる。

燐は頭痛のせいで俯いていたが、その人物を確かめるために顔を上げなかった。
いや、正確には上げることが出来なかった。

「体調はどうですか、燐」

肌をピリピリと刺激するこの威圧感。燐はごくりと喉を鳴らした。
問いかけられているので、答えたくなくても答えなければならない。

「ルシフェルが心配することじゃ・・・」

言って、燐は首を掴まれてベッドに押し付けられた。
といっても抑える腕や力自体は、とても軽いものだ。ルシフェルは身体が弱い。
元々悪魔は体を持たない生き物だ。物質界に来ようと思ったら憑依体を見つけなければならない。
だが、虚無界の第一権力者の力に耐えられる器など、数千年に一人くらいだろう。

だからルシフェルは最初に憑りついた人間の体を今もなお使用している。
人の体とは脆いものだ。むしろ今までよく持ったといえるだろう。
現に、燐を抑える手からじわじわと血が滲んできている。
仮面の奥は、どんな顔をしているのだろうか。
燐はルシフェルの顔を直視することができなかった。
それは、力の差による恐怖そのものだった。
怯える燐に言い聞かせるようにルシフェルは燐に呟いた。

「燐、我らの末の弟よ。長兄をそんな風に呼び捨てにするなどいけない子だ」
「に、兄様でも・・・」
「そうです、慣れないでしょうが。使っていくうちに慣れますよ」

いい子です。と頭を撫でられたけれど少しも嬉しくはない。
むしろ嫌悪感ばかりが沸いてくる。気持ちが悪い。
こいつの良いようにされている自分が許せない。
それを知ってか知らずか。ルシフェルは燐の顔を覗き込むように見てきた。
視線を無理やりに合わせられる。

「私が、怖いですか?」

仮面の隙間から、血が滴り落ちてきた。
皮膚も、形を保っていることが限界なのだろう。
燐の頬に血がすべり落ちていく。とても、甘いにおいがした。
燐はルシフェルが怖い。でもそのまま答えることは癪だ。

「離れてください」

体に障りますよ、と言って顔を逸らした。
ルシフェルは満足はしていないようだったが、納得はしたらしい。
燐の頬についた自分の血を戯れに指で伸ばす。
そのまま指を燐の首にすべり落としていくと、燐の顔が青くなった。

「い、いやです。やめてください」

燐はルシフェルの手を握った。本当ならばこの男を突き飛ばして今すぐここから逃げ出したい。
逃げ出して―――あの場所に帰りたい。
燐の記憶に囁く声が甦った。

『必ず、迎えに行きます。だから待っていてください』

メフィスト。
いや、違う。あの悪魔の名前は何だっただろうか。
燐が抵抗の手を止めると、ルシフェルがにやりと笑った。

「兄に食事をさせないなど、悪い弟だ―――」

そう言って、ルシフェルは燐の首に噛みついた。
悪魔の牙が燐の首を犯して、その血液を奪い取っていく。

「うぁ、止め!いたい、痛いッ!」
「すみません燐、ですがどうか我慢を―――」

口ではそう言っておきながらルシフェルは燐の血を啜ることを止めようとしなかった。
身をよじって逃げる燐を追って、何度もその首に噛みついた。
お互いの血が混じり合って、飛び散りあい。ベッドは血塗れになっていた。
悪魔の交わりのような、光景だった。そんな恐ろしい食事風景でありながら、
紳士の様に振る舞うルシフェルが逆に恐ろしい。
温かい血を受けて、ルシフェルの体は徐々に回復していった。
反対に燐の顔色はどんどん青くなっていく。
普通の悪魔なら消滅しているだろうが、耐えているのはひとえに魔神の落胤であり
青い炎を継いでいるという特殊な体質だからだろうか。
力を奪われて燐の手はくたりとベッドに落ちた。失血によるショックで意識を失ってしまったらしい。
ルシフェルはそっと燐の首を舐めて、最後の一滴まで味わうと唇を離した。
崩壊しそうであった皮膚は原型を保っているし、失った血も補給できた。
ルシフェルの体は、これでしばらくは持つだろう。
燐はぐったりと体をベッドに沈めていた。
気まぐれに奪った次男のおもちゃだが、想像以上に使えるようだ。

「貴方はいつも、私が持っていないものを持っていますねサマエル」

だからこそ、私と貴方は相容れないのだけれど。
独り言をつぶやいて、燐から離れた。失血の為、しばらくは目を覚まさないだろう。
燐がこの古城に閉じ込められているのは、そのせいだった。
ルシフェルの体を保たせるための、食事。
魔神の血筋であり、回復力も高い。なによりその血は悪魔の喉を潤した。
今では燐はルシフェルに欠かせない存在となっている。

「しかし、あのサマエルがムキになるなど珍しい」

お気に入りのおもちゃが盗られて、そんなに悔しかったのでしょうかね。
兄としては、弟に悪いことをしてしまいました。
そう思いながらも、ルシフェルは反省などしていない。
寝ている燐の髪を撫でて、その頭を掴んだ。
途端に光が湧き上がって燐の頭を包み込む。何度も行っている、燐の記憶の改竄だった。
下手に思い出してここから出て行かれては叶わない。
記憶を奪い、血を抜いて無理やりに一所に縛り付けている。
兄に弄ばれる弟の姿に、ルシフェルは同情したような声で囁いた。

「サマエルに囲われて、私に捕らわれて。我らの末の弟はまるで哀れな小鳥のようだ」

その身に秘めるは全てを焼き尽くす業火だ。
その火をどれだけ抑え込めるだろうか。いつか私を焼くだろうか。
それもまた一興。とルシフェルは燐の部屋を後にした。
指を鳴らして、燐の部屋を取り囲むように光の檻を作り出す。
その日を、楽しみにしていようか。


燐は目を開けた。ぼんやりとした風景。また学校の椅子に座っているようだった。
その周囲を取り囲むように、正十字学園の制服を着た人たちが
自分に向けて何かを話しかけている。
相変わらず顔は見えない。
その中の一人の手をおもむろに握った。
その手の平には、銃を撃つことで出来るタコが何個もあった。
固い皮膚だ。その手を握って燐は無性に泣きたくなった。
皆の手を一人一人握っては確かめた。
これは、俺の知っている人だ。会いたい。皆に会いたい。
ここから出たい。
燐は後ろを振り返って。けれどそこにはメフィストの姿はなかった。
ここは燐の夢だから全てが思い通りにできるはずなのに、メフィストはいくら望んでも
姿を現してくれなかった。迎えにいきます。その言葉だけを残して彼は去っていった。
もしかして、夢を渡ってきてくれたのかもしれない。
燐はふと、あのオリーブの天井画を思い出した。目覚めて初めに見るものがあれしかないからだ。
後何夜、あの天井画を見ることになるのだろうか。それは誰にもわからなかった。
天井に描かれたオリーブ。旧約聖書によれば、平和と友愛の象徴とされている。
全く持って、皮肉な絵だった。


「頼むから早く、来いよ」


何度も何度も燐は血を抜かれて力を奪われている。いくら回復するからと言っても
限界はあるのだ。体は日に日に衰弱していっている。
誰かの名前を呼ぶことも許されず。燐は幽閉されていた。
光は、どんどん奪われていく。家族の名前も、友達の名前も思い出せない。
唯一覚えているのが、あの悪魔であることが癪だけど。
唯一縋れる名前を、夢の中で何度も呼んだ。

「    」

呟いた言葉は、言葉にならなかった。
メフィストから聞いた彼の本名は、やはり思い出すことはできなかった。

TemplateDesign by KARMA7

忍者ブログ [PR]