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CAPCOON7

青祓のネタ庫

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もういっかい



「兄さんは真面目に祓魔師になる気はあるの?」

雪男は女の子に声をかけている兄を見つけてため息をついた。
眉間にしわがよっているのがわかる。明らかに不機嫌だった。
燐は去っていく女の子を寂しそうに見送っている。
燐の肩を叩いて、雪男は詰め寄った。
いくら処刑が保留になったとはいえ、いつそれが撤回されるか
わかったものではない。
真面目に勉強している気配もない今、兄の言葉が雪男には信じられなかった。
祓魔師になるためには、血のにじむような努力が必要だ。
雪男がそうであったように。塾の仲間がそうであるように。
兄はなぜもっと真面目にできないのだろうか。

「だって、高校一年生の学園祭は一回だけだろ」
「志摩君の受け売り?勘弁してよ」
「音楽フェス行きたいてぇな。お前は行かねぇの?」
「行くわけないだろ。女の子に誘われたりはしたけど、僕は興味ない」
「うわ、それ嫌味か最悪だな、こんな奴のどこがいいんだか」

燐は雪男をうらやましいと言って肩を小突く。
雪男にしたら、三か月後の祓魔師試験の方が大事だった。
いくら年一回あると言っても、燐には何回チャンスが残されているのかわからない。
だから生き残るためのチャンスを無駄にして欲しくなかった。
雪男のそんな思いを燐は考えてはくれない。
雪男のいらつきは増していく。

「音楽フェスなんて、来年行けばいいだろ」

祓魔師の試験に合格してから。そうすれば心の底から学園祭だって楽しめるだろう。
来年なら、雪男だって兄と一緒に楽しめたかもしれない。
燐は雪男の言葉を受け止めて、頷いた。

「わかったよ」

言葉では了承したといえども、諦めがつかなかったようで。
その後も隙を見て女の子に声をかけたらしいが、断られている様子を雪男はたびたび目撃した。
結局しえみの返事もいいものではなかったらしい。何と言われたのかは知らないが。

そして寂しく、学園祭最後のキャンプファイヤーの会場に来ている。
雪男は燐の監視の意味を込めて隣にいる。
男二人でキャンプファイヤー眺めるなんてあまり面白くはなかったけれど。
背後では人の喧騒と、かすかな音楽が聞こえてきた。
燐が行きたがっていた音楽フェスだろう。
中には入れなかったけれど、かすかな音だけは楽しむことができる。
皆音楽フェスに夢中になっているらしく、キャンプファイヤーの火を囲む者はほんのわずかだ。
それも暗闇で顔がよくわからないから、人がいるのかいないのかわからないような視界だった。
声が聞こえてきた。

「お前行かなくてよかったのか?」
「兄さんの監視があるからいいよ」
「真面目だな、少しは高校生活を楽しめよ」
「イイよ別に」

そのまましばらく火の粉が暗い空に消えていく様子を見ていた。
静かな夜だった。兄の背中を見て雪男は声をかける。

「来年行こうよ」

燐は雪男の言葉に答えなかった。
もしかしたら、予感があったのかもしれないと雪男は今になって思う。



キャンプファイヤーの火を見ながら雪男は考え事をしていた。
背後から声をかけられて、珍しく驚いてしまった。
振り返れば出雲がそこに立っていた。

「先生が驚くなんて珍しいですね」
「考え事をしてまして」

そのまま出雲は雪男の隣に立った。女子の視線も暗闇ではわからない。
お互いの顔がわからないという状況はありがたかった。
背後からは音楽が聞こえてくる。去年、燐が行きたいと言っていた音楽フェスが今年も開かれている。
雪男や出雲達は高校二年生になった。
祓魔師の試験が今年もあと三か月後に迫っている。
二人はもう試験に合格しているので焦らなくてもいい立ち位置だ。

だからこうして落ち着いて話をしていられるのだろう。
二人はしばらく無言のままキャンプファイヤーの火を眺めた。
薪が燃えていく姿は人をリラックスさせるらしい。
出雲はぽつりとつぶやいた。

「こんなことになるなら、一緒にいけばよかったかなって。今は思います」

出雲は去年、燐に音楽フェスに行こうと誘われていた。断ったのは祓魔師試験が迫っていたからだ。
燐は祓魔師試験に合格すると同時にヴァチカンへの配属になった。
配属という形は後付けの説明ともいえるだろう。
高校卒業を待つことなく、ヴァチカンは強引に燐を拉致していったのだ。
今ではアーサーの元で使い魔のようにこき使われているらしい。
監視役だった雪男もお役御免というわけだ。
今では燐がどう過ごしているかもわからない。
メフィストを問いただしてたまに近況を知れるくらいだ。
今どこでどんな空を見上げているのか。それすらもわからない。
一年前からは想像もつかなかった状況が今ここにある。

兄は雪男の隣から消えた。高校生活も一緒に送ることはない。
燐と過ごした旧男子寮も半ば強引に追い出されて、今では新男子寮で暮らしている。
雪男はごく普通の高校生活を送っている。
燐が聞けばきっとうらやましいと言われるくらいだろう。

出雲が呟いた言葉は、そのまま雪男が抱えている後悔とつながった。


「僕も、来年行こうなんて言わなければよかったって。今は思います」


燐には来年がなかった。
自分たちには来年があった。それだけの違いがこんなにも大きく心に響く。
お互いの顔は見えない。
二人はただ燃えて、暗い空に消えていく火の粉を眺めていた。
この炎が青かったらよかったのに。
そう思うのは都合のいい考えだろうか。

誰かが雪男の前に立っている。たぶん学園の生徒の誰かだろう。
去年いた背中はもう見ることはない。
高校二年生の奥村燐はどこにもいない。

それでも兄はこの世界のどこかで生きている。

キャンプファイヤーの火の影から、去年の僕が僕を見ている気がした。
高校一年生の学園祭がもう一回あれば。
できないからこそ、誰もが望むだろうやり直し。
もしも、もう一回送れるのなら今度は笑って兄の望みを叶えてやりたかった。

炎の幻影を見ながら、今もどこかで生きている兄の姿を思い出す。


***


燐は夜空を見上げて呟いた。今しがた燃やした悪魔から出た青い炎の火の粉が空へと消えていく。
それが去年見た学園祭のキャンプファイヤーみたいで、少し笑えた。
周囲には夥しい数の悪魔の死体がある。
仲間や家族から引き離されてもう一年近くたつ。
今の時期なら学園祭だろう。皆楽しんでいるだろうか。あの音楽フェスは今年も行われているのだろうか。
今の燐には確かめる術がない。それでも、生き残るためにここで足掻いている。

「何している、行くぞ」

アーサーに呼ばれて、燐は振り返った。半ば強引に拉致された挙句に使い魔のようにこき使われている。
厭味ったらしい上司に燐はため息しか出ない。それでも、出会った時よりはましな扱いだ。
他の祓魔師だったら未だに声をかけてくれる人もいない。
燐は一人だった。だから温かい思い出は前に進める勇気をくれる。

こんなことになる予感は、以前からあった。
誰かに話すことはなかったけれど、漠然と抱えていた将来への不安。
不安はやはり現実のものとなった。
だからこそ、あの学園での生活は間違いなく燐の支えになっている。
楽しく遊べる時間がどれだけ大事か。雪男も今俺の分まで遊んでくれていればいい。
あ、でも女の子と羽目を外して遊ぶのだけは許せないかもしれない。
できなかった燐からしたら、うらやましくてしょうがないからだ。
燐は少しだけ笑った。
雪男はまだ高校二年生だ。雪男にもそんな楽しい思い出が増えればいいと思っている。
それでも。

「もういっかいあればよかったのになぁ」

無くした高校二年生を、思わずにはいられない。

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若旦那の使い魔 後


「どういうつもりや奥村」

勝呂は周囲に人がいないことを確認して、燐を階段下の暗がりに連れ込んだ。
本来なら自分一人で来るはずだった場所だ。途中までは一緒に来たとしても、
燐が中に入ることまでは想定外だ。ここは京都の術師の集まり。
青い夜の被害にあった家だって、あるだろう。
そんな場所にのこのこ魔神の落胤が来ているなど知られれば、
燐がどんな目にあわされるかわかったものではない。

ここは古狸達の集まりだ。若い勝呂の手に負える相手ではないのかもしれない。
それでも家のためにここへ来た。
老人達とのやりとりに集中したいというのに。

「今からでも遅くない。帰れ奥村」

何かあってからでは遅い。だからその前に。
顔には面が着けられており、表情はわからない。
燐は勝呂の頬にそっと手を添えた。あたたかかった。

「イヤだね。勝呂を置いて帰るなんて」
「状況わかっとんのか。俺は目立てる立場やない。
それなのにこんな派手な使い魔連れて行けいうんか?」

燐の手首を掴んで、壁に押しつけた。美しい青い布地だ。
燐にとてもよく似合っている。こんな状況でなければ他人に見せびらかしてみるのも悪くなかったかもしれない。
勝呂が若旦那というならば、燐は若君。とでも呼べるような服装。
一体どこの坊ちゃん二人組だろうか。
今から海千山千の老人達と渡り合わなければならないというのに、笑えない。

「もっと仲間を信頼しろって言ったの勝呂だろ。
勝呂の家の問題なのかもしんねぇけど。
ここにいれるのは悪魔である俺しかいないじゃん。一人になんかにしねぇよ」

面の隙間から見える青い瞳が勝呂を射抜く。
手首から伝わる相手の体温。自分の手は珍しく冷たかった。
緊張していたのだろうか。
一人ではないと言ってくれる相手がいてくれる。
それはなによりの励ましになるだろう。

「・・・何かあったら言うんやで」

ここは術師の集まる場所。結界や退魔の術が施されている部屋だってあるだろう。
使い魔の正式な契約がなされていれば結界が無効化される術も存在する。
勝呂と燐は正式な使い魔としての契約を交わしているわけではない。
それが燐の体に悪影響を与えねばいいのだが。
勝呂の眉間に寄った皺を察したのか、燐が軽くデコピンをした。

「そうカリカリしなさんな若旦那」
「誰のせいやと思っとる」

それでも勝呂の緊張は不思議と取れていた。

***

会合は畳が五十はあるかと思われる部屋で行われた。
部屋に明かりはなく、薄暗い。所々ろうそくを灯す台があるがそれに火はなかった。
顔を見られないようにという配慮だろうか。面をつけた上に暗闇で行われるとは。
よほどお互いのことを信用していないのだろう。一寸先は敵の集まりだ。
縁側に一列。襖に一列。そして上座には御簾のかかった暗がりに誰かがいる。
きっとこの会合を取り仕切る頭領と思わしき者だろう。
下座に控える勝呂は傍らに燐を控えさせて頭を下げていた。
表を上げろ、との言葉に顔を上げることを許される。

「勝呂家跡取り、勝呂竜士と申します。本日はお招き頂き誠に有り難うございます。
本来ならここに来るべき家柄ではないことは重々承知しております」
「お前がカルラを率いておることは周知のこと。また下手な謙遜を」
「とんでもございません」

めんどくさい。という言葉が口に出そうになるが我慢だ。
周囲の視線が勝呂に集中していることがわかる。あれが達磨の倅か。
あのカルラを呼べると聞いているぞ。上級を従えられるのか。嘘ではないのか。
勝手なことをひそひそと呟いている。達磨が勝呂をここに来させたくなかったという言葉が頭に響く。
それでも、勝呂は家の名に恥じない振る舞いをしなければならない。
どこの誰かもわからない者が、カルラを見せてみろ。と言ってきた。
周囲もそれに同調して言ってくる。
言われてしまえば仕方ない。
勝呂は指を軽く噛んで出血させると、手のひらに円を描いた。一言呟く。

「来い、カルラ」

途端に薄暗い部屋にまばゆい明かりが出現する。
部屋にあったろうそくに火が灯り、赤い火の粉が舞う。
美しい赤い火の鳥。カルラが舞い降りた。
周囲の者が息を飲んだ声が聞こえる。本当だったのか。と呟く者もいた。
そして、向けられるのは嫉妬の眼差しだ。

「本来ある力を隠して申告していたとは。不敬にも当たるぞ勝呂の倅よ」
「申し訳ありません。カルラは人の疑心等の薄暗い芥を喰らう悪魔です。
契約上、父も祖父も。先祖代々家族にすら言うことはできなかったと聞いております」
「勝呂達磨は不浄王との戦でカルラを解放したな。それでも勝呂家に従っているのは何故だ」
「あの戦いで勝呂家との契約は破棄されました。
しかし父との個人的な契約であの場に残ったと聞いております。
重傷を負った父との契約を引継できるのが、あの場では血の繋がりのある自分だけでした。
ですから今は自分と共にあります。
まだ若輩である故、意のままに操るなどという器用なことはとてもできませんが」

修行は日々行っております。と勝呂は言葉を切った。
カルラは暗闇の中ふよふよと漂っている。
小さな鳥の姿で周囲を見回して、ふ。と小さく笑った。

『ふん、ここには我の糧となる疑念が満ち満ちている。
なんとも笑える会合だ。つまらぬことで私を呼ぶな』

余計なこと言うなや。と思ったが、勝呂は止めなかった。
周囲もカルラの言葉にかちんと来たのか、声を荒げた。
無礼な。勝呂家は落ちぶれておるくせに。生意気な。
そんな口さがない言葉が呟かれていた。

もうよい。という御簾の向こうから声が聞こえてきた。
勝呂はすぐに手のひらの円を消した。カルラは最後まで人を馬鹿にしたように見回して、姿を消した。
ろうそくの灯りもカルラが消えたことで消失する。
暗闇と沈黙が辺りを包み込む。御簾の向こうの人物が扇子で勝呂を指した。

「カルラの件は不問に処す。悪魔との契約上必要なこともあるだろう」
「あ、ありがとうございます!」

勝呂は頭を下げた。よかった。これで当初の任務は達成できた。
周囲はまだ何かを言いたそうにしていたが、頭領が許しているので文句も言えないのだろう。
勝呂はそのまま下がろうとした。
しかし、それはうまくいかなかった。


「して、そなたの後ろに控えている青い悪魔は一体何だ」


意表を突かれた。まさか燐のことについて聞かれるとは。
それでも勝呂は動揺を押し隠して事前に用意していた言葉を告げる。

「皆様に紹介する者でもございません。
私の側にいてくれるだけのしがない使い魔でございます」
「興味がある、近くへ来させよ」

強制的な言葉に従わざるをえなかった。
勝呂は背後を見て、少しだけ頭を下げた。燐も察したのか、立ち上がる。
そのまま部屋の中央まで歩き、立ち止まった。
御簾の向こうで扇子が開かれる音が聞こえると、暗かった部屋にまた明かりが灯った。
部屋に灯りが灯ったことで、今まで勝呂の背後に控えて見えなかった燐の姿が晒された。

青い着物に金の装飾。
目元を覆った面のせいで顔は見えないが、人目を引く姿をしていることは間違いない。

「勝呂の坊ちゃんは若いのに大層な御稚児趣味があると見える」

周囲の誰かが呟いた。途端に笑いが起こる。
綺麗に着飾った人型の使い魔。下種な輩はそういった夜の共に使い魔を使用することもあると言う。
自分のことはいい。だが燐のことを馬鹿にされたことは許せない。
勝呂は違うと怒鳴り散らしてやりたかったが我慢した。
今は一刻も早く燐を連れてこの場を脱出することを考えなければならない。

「ですから、皆様にご紹介する者でもございませんと申したのです。
後ろへ控えさせてもよろしいでしょうか」

燐がじろじろと老人たちの好奇の目に晒されることを阻止したかったのに。
御簾の向こうの御仁はそれを許さない。

「そうだな。そなたはもう良い。下がってよいぞ」
「では、お言葉に甘えさせて頂きます」

勝呂は燐を呼ぼうとした。それを止めたのは、入り口付近に控えていた護衛の者だった。
両側を護衛の者に挟まれ、勝呂は冷や汗をかいた。
よくないことが起ころうとしている気がした。
扇子がまた鳴った。

「下がるのはお前だけだ、勝呂の倅よ。なに、一晩か二晩か。期間はわからぬが、
この青色の使い魔の具合を確かめさせてもらうとしよう」
「なッ!?なにをおっしゃっているのですか!!」

抗議しようと膝を上げると、目の前にあった襖を閉められた。
両腕は護衛に捕まり、勝呂は身動きが取れない。
そのまま廊下の方へと連れ出された。
離せと叫んだが、護衛は気の毒そうな視線を向けて呟いた。

「残念だが諦めろ、あの使い魔はもう戻らぬ」

そう言うということは、これまでも何度かあったことなのだろう。
というこはこの会合自体が仕組まれたものであった可能性もある。
当初の狙いはカルラだったのだろう。使える使い魔を持つものは少ない。
だが騒動を起こしてはこれからの家の存続が危ぶまれる。

これまでどれだけの家が使い魔を奪われてきたのだろうか。

腸が煮えくり返った。
老害が、馬鹿にすんなや。手のひらに円を描く。

「来い!カルラ!!」

勝呂の体が赤い炎に包まれる。
自分のものを奪われて、黙っていられるほど大人ではない。


***


勝呂と引き離されて、燐はただ一人部屋に佇んでいた。
周囲は術師達が召還した悪魔に取り囲まれている。
逃がさないという意味だろう。
勝呂などという家にいるよりは余程良い待遇を約束するぞ。と意味のわからないことを言われている。
燐は勝呂に迷惑をかけないようにと大人しくしていたのに。ため息が出てしまう。
視線が一気に燐に集中した。

「貴様、無礼だぞ!」

周囲の術師の誰かが呟いた。自分の使い魔を差し向けようとしている。
燐は視線を御簾の向こうへ集中させた。
少しだけならいいとメフィストにも言われている。

ろうそくの明かりが消えて、一瞬のうちに青い炎へ変わった。
周囲の者がざわつき始める。動揺した術師が使い魔を燐に向けた。
襲いかかってくる悪魔を燐は一睨みで黙らせた。

悪魔は燐の正体を察したのだろう。怯えてその場にうずくまっている。
その様子を見た使い魔達が、次々に燐に頭を垂れた。
部屋を支配する青い光に、従属する悪魔の姿。
それはあの青い夜を引き起こした魔神を彷彿させるには十分な素材だった。
術師達も怯えた目で燐を見ている。

「生憎だが、俺は勝呂の若旦那以外に従う気はない。
勝呂家や若旦那に手を出してみろ、思い知らせてやる」

御簾の向こうに向かってにやりと笑って無礼者が、と呟いた。


***


廊下に出てみると、そこにはこんがりと焼かれた護衛が何人も転がっていた。
見れば勝呂が最後の一人を伸しているところだった。
勝呂の姿を見つけた燐はうれしそうに駆け寄った。

「勝呂!大丈夫だったかー?!」
「奥村!?」

駆け寄ると、勝呂は思いきり燐を抱きしめた。
突然のことだったのでかなり動揺して燐はされるがままだった。
ぺたぺたと触られて、どこも異常がないかと何度も確認されてしまった。
燐は先ほどの出来事を軽く脚色して勝呂に伝えた。
あいつら、もう勝呂の家にも俺にも何もしないって言ってたぞ。と。
それでも勝呂にはお見通しだったらしい。

「脅したんか?」
「割と。台詞はメフィストに考えてもらった!」
「まったく、それで怪我はないんか?」
「平気だって」
「・・・心配さすなや。やっぱり連れてくるんやなかったわ」
「ごめん」

騒動を起こしてしまった自覚はある。
やっぱり来ない方が勝呂のためだっただろうか。
燐は落ち込んだ。どうして自分はトラブルを呼び込んでしまうのだろうか。
勝呂は落ち込む燐の頭を撫でると、そうやない。と照れくさそうに呟いた。

「こんな姿のお前をあいつ等に見られたことがあかんと思ったんや。はよ帰るで」

勝呂は鍵を取り出すと、近くにあった扉に差した。
任務から帰る分に使用するのはかまわないだろう。
そのまま燐の手を引いた。


「一緒に来てくれて、ありがとうな奥村」


照れくさそうな勝呂に燐が恥ずかしそうにうなずいた。
学園に向かって一歩を踏み出せば、隠遁の術が解ける。
制服姿に戻った二人が、笑いあう。

「やっぱりこっちのがいいな」

着物が似合ってかっこいい、若旦那の使い魔も悪くはないけれど。
対等な関係の方が、二人にとってはちょうどいい。

若旦那の使い魔 前

ふと靴箱の中を見れば、手紙が入っていた。
勝呂はまたか。と気を重くする。
先日も女子生徒から告白を受けたのだが、丁重にお断りしたら大泣きされてしまった。
自分の何がまずかったのかと勝呂は自己嫌悪に陥る。
今自分は色恋にかかわずらっている場合ではない。
年に一度の祓魔師認定試験が近づいているのだ。

ここで勉強しておかなければいつ勉強するというのだろうか。
自分には魔神を倒すという野望がある。
一歩でも多く、少しでも早く。
祓魔師になって経験を積まなければ。
だから女の子の一世一代の告白も申し訳ないが断るしかない。
でも、女の子を泣かせたという事実に落ち込むのは普通の男子高校生の反応だ。
勝呂は大人っぽいといってもまだ十五歳。動揺するのも無理はない。
重い気分で手紙を開けた。中身を見て驚いた。

「竜士様 

学園生活は如何お過ごしでしょうか。折り入ってお話したいことがございます。
どうぞ理事長室にて詳しいお話をお伺い頂きますようお願いいたします。
元気しとるか?  勝呂達磨」

美しい字で綴られた手紙の相手は、父だった。

「アホか!!なんで息子のげた箱にいれとんねん!」

悩んだ自分が馬鹿みたいではないか。
志摩に見られたらもてる男は考えることがちゃいますなぁとか言ってからかわれるに決まっている。
燐に見つかれば、勝呂ってかっけーな。とかまた訳のわからない憧れを抱かれてしまう。
勝呂は手紙を乱暴にポケットにしまうと、教室に向かった。今は高校の時間だ。
放課後にでも向かうことにしよう。本当に緊急の用事なら、携帯に連絡が来るはずだ。
勝呂はこんな所でもまじめな高校生だった。

***

ノックをして、返事を受けてから扉を開ける。
理事長室は相変わらずファンシーな仕様だった。
いい年した大人。というか悪魔がするようなことだろうか。
思っていても口にはしない。勝呂はメフィストに父からの手紙の件を話した。

「ええ伺っております。京都出張所からの依頼という形で処理させて頂こうかと。
息子である貴方をご指名のようです」
「それで、どんな内容なんでしょうか」
「どうやら貴方のお家に関係あることで、京都での会合に参加して欲しいとのことです」

普通なら達磨自身が行くべきなのだが、今回の会合は勝手が違うらしい。
なんでも京都に席を置く悪魔の使役者が集まる会とのことだ。
勝呂家は数百年の長きに渡って上級悪魔のカルラを使役してきた。
これまではカルラとの契約上、契約悪魔の存在を公にすることはできなかった。
実際に達磨が使役しているところを見なければ息子である勝呂自身も信じてはいなかっただろう。

落ちぶれた貧乏寺の坊主が上級悪魔を使役していた事実は、不浄王との戦いで公にされた。

京都では勝呂家以外にも歴史ある祓魔の家系が五万とある。
宗教的意味を持つ京都ではお互いの顔合わせと、持っている力を見せ合う会合が行われてきた。
それによってお互いの衝突を避けようという意味合いがあったのだ。
力持つものは、その力に溺れて魔の道に魅せられないとも限らない。
歴代、京都では呪殺による血が流れなかったことはない。
現代ではそれを阻止するために、表面上顔合わせの会合という形で交流を計ってきたのだ。

「これまで嘗めていた相手が、自分達よりも上級の悪魔を使役していたという事実。
そのことに京都のやんごとなき方々のプライドはさぞかし傷ついたでしょうね」
「父ではなく、自分が行く理由はなんでしょうか」

そのようなややこしい会合は、これまで達磨が一手に引き受けて来たのだろう。
のらりくらりと父は生きてきたのだとこれまでは思っていたが、
不浄王戦でそれは間違いだと気づいた。自分はずっと守られてきた。それを自覚した。
たぶん、これまでなら勝呂に話を持っていくこともしなかったはずだ。

「簡単です。カルラの使役権はもう貴方に移っているから、
勝呂達磨氏はその会合に参加することができないのですよ」

今までなら達磨が処理していた案件がカルラを継いだことで今度は勝呂に回ってきた。

「どうします?貴方はまだ学生だ。京都出張所内での案件は正十字騎士團の管轄内での出来事。
こちらが手騎士の名代を立てて取り次ぐこともできますよ」

だから勝呂を直接通さずに騎士團に話を持ちかけたのか。と勝呂は納得した。
達磨は本心では勝呂に行って欲しくなかったのだろう。
しかし、由緒ある土地柄の為不参加という道は避けられない。

全く、あの戦いの時といい。つくづく息子に甘い親だ。
それでも、選ぶ道を残してくれた事実には感謝したい。

「いえこれは俺の家の問題です。俺が行きます」
「よろしい、任務の快諾ありがとうございます☆」

勝呂は答えを出した。カルラを継いだ時から家の面倒もなにも全部背負う気でいた。
それが来ただけだ。覚悟を決めていけばいい。
勝呂は会合の時間と場所を確認した。
これは候補生勝呂に与えられた騎士團からの任務という形で行われる。
何かあれば騎士團からの助力も得られるという形である。
勝呂は任務に備えるために部屋に戻ろうとした。
背後からメフィストに声をかけられる。

「お一人で行かせるのも何なのでね。助っ人をつけましょう☆」

メフィストは悪魔の微笑を浮かべて勝呂を見送った。


***


「って言うから誰が来るのかと思えばお前かい奥村ァ!!!」
「え、何で怒ってんの勝呂」

勝呂と燐は会合が行われるという館に向かっていた。山道は険しく、人が通るというより獣道に近い。
鍵を使って助っ人との待ち合わせ場所に向かえばそこにいたのは燐だった。
燐自身、メフィストから任務の話を受けてここに来ただけだ。
なぜ勝呂は怒っているのだろう。メフィストからは勝呂君を助けてあげなさいと言われている。
ならば自分がここに来ることは間違っていないはずである。

「なぁ疲れてるんなら背負ってやろうか?」
「余計なお世話やアホが!」

息切れしている勝呂に燐がよかれと思って声をかけた。
勝呂は余裕がないのか、怒鳴った後も黙ったままだ。
燐はしょんぼりとしたが黙って歩いた。クロを連れてくればよかったなぁと思う。
そのまま黙々と歩いていくと、開けた場所に出た。
旅館のような建物と、それを取り囲む塀。
木で出来た門の前には目元を面で隠した門番がいた。
服は京都での会合というだけあって和服だ。

「勝呂達磨の息子、勝呂竜士や。会合に参加するために来た」

門番に声をかけると、興味深そうな顔をされた。
今までこの会に参加するような立場の家ではなかった為か、侮った視線も感じられる。
通された門の先には魔法陣があった。
そのまま入れということは、害のあるものでもないだろう。
勝呂が足を踏み入れると、一瞬光に包まれた。
見れば、服装が和服になっていた。
ここまでは山道であることもあって動きやすい正十字学園の制服だったのに。
いきなり変わった服装に動揺を隠せない。
極めつけは目元につけられた面だろうか。顔が一目ではわからないようにできている。

「ここは術師の会合。顔と服装が普段のままでは身元や面が割れやすい。
いらぬ者に顔や特徴を覚えられると呪殺の対象となられても文句は言えぬ。
いくら泰平の世となろうとも、人の妬みや嫉妬は買わぬが良いぞ勝呂の坊ちゃん」

カルラを飼っておったと聞いているので、無理な話だとは思うが。と門番は鼻で笑った。
流石腹黒い者達の集まりだ。胸くそ悪い。
しかし勝呂家の代表として来ているのだからここは我慢だ。
着物の生地を見ると、いかにも高そうなものだったが落ち着いた色合いをしている。
勝呂によく似合っており、高校生とは思えない風格を醸し出している。
後ろの方で燐がこちらに入ってこようとした。
勝呂は人間だが燐は悪魔である。もしこの魔法陣が悪魔である燐に変な作用を起こしたとしたら。
勝呂は燐を止めようとしたが、門番がそれよりも先に止める。

「待て、ここから先は付き添い人も立ち入り禁止だ。
以前志摩家の者が来たが、ここで待機して貰っている。
悪いがお前は入れぬぞ」
「俺は付き添いじゃねぇ」

燐は門番に抗議していた。勝呂は燐がここまで来てくれただけでよかった。
というかそもそもなぜ燐がここまでついて来たのかがわからない。
ここは腹黒い大人が策略を巡らせる場所。
何かあってはいけないので、早く学園に帰って貰いたかった。

「俺は勝呂の若旦那の使い魔だ。使い魔なら入れるって聞いたぞ」
「成る程、貴様悪魔か」

門番が道を開けた。が、聞こえてきた言葉が信じられない。
誰がいつお前を使い魔にした。それに若旦那って何だ。
恥ずかしい。そんなこと聞いていない。
勝呂が反論する前に燐が陣の中に足を踏み入れた。
勝呂と同じく光に包まれると、制服から和服へと変わっていた。
門番と勝呂は目を開いた。
一言で言えば、豪華絢爛。と言ったらいいだろうか。
青い着物に、オレンジや赤様々な色を使った装飾が施されている。
見たことのない生地だが、それがよく似合っていた。
足下はブーツなので、完全な和装というよりモダンな雰囲気だ。

「おー、かっけー!」
「似合っとるけど派手やなぁ」

きちんと面もつけている。ここまで派手だと誰も奥村燐だとは気づかないだろう。
身元を隠すという意味では成功している。
燐も足を踏み入れてしまった。今更帰れとも言えない雰囲気だ。
しかし、若旦那といい使い魔といい二人っきりで問いたださなければならないことが山積みだ。
勝呂は行くで、と声をかけた。使い魔よろしく燐もうれしそうに後をついていく。
門番は二人の去った後を見つめていた。

「この陣は、持っている者の力に呼応して隠遁の術をかける。
勝呂の坊ちゃんはカルラを使役しているだけあって流石、あの年で見事な衣装に身を包んでいた。
しかし、使い魔の青い着物・・・」

あんな華美な装飾見たことがない。
歴代、土地神を連れて来た者でさえあんなことにはならなかった。
勝呂家はどうやってあの使い魔を手に入れたのだろう。
嫉妬や妬みは買わぬが良いと忠告しておいたが、あれではきっと無理だろう。


あの使い魔は目立ち過ぎる。
どこぞの術師に奪われねばいいがな。


そう思うが肝心の彼らはとっくの昔に座敷へと消えていった。
それをどうにかするのも当主としての腕の見せ所。
門番は見て見ぬふりをした。

さよならブルートレイン


「若君、ここはお逃げください!早く!」

部下に背中を押されて、燐は前に踏み出した。背後からは怒号と銃声が鳴り響いている。
路地裏に残った部下の安否が心配だ。部下達は悪魔だから簡単にはやられたりはしないだろう。
でも、ここは物質界。祓魔師に祓われれば消滅してしまう。
自分の世話をずっとしてくれた。ずっとそばにいてくれた者たち。
それを置いて逃げろと、部下は叫ぶ。

「我らのことは構いません。若君さえ無事ならばそれでいいのです」

彼らは口々にそう呟いた。そう、自分の気持ちなど考えてはくれない。
自分が無事に生きて逃げること。それだけを考えて、死地に向かっているのだ。
自分の無力さを噛み締めながらも、走るしかない。逃げるしかない。
今ここで捕まるわけにはいかない。
捕まれば殺される。そうなれば、部下たちの犠牲は何のためにあったのだ。
路地の先を走る。背後で部下が笑ったような気がした。

そうです。それでいいのです。

剣の稽古や炎の扱いがうまくできた時に褒めてくれた言葉。
それを振り切って駆けた。
物質界に来るのは初めてではないが、こんな目に合ったのは初めてだ。
ずっと虚無界で過ごしてきた身にとって、物質界は憧れの土地でもあった。
生まれはこちらだと聞いているので、やはり惹かれるものがあるのだろう。
自分一人で行かせるわけには。と部下が着いてくるのが恒例だった。
それでも、これまでは無事に過ごして来たのだ。

どこから情報が漏れたのだろう。

祓魔師は、自分たちがいることを最初から知っていたかのように待ち伏せをしていた。
一人、また一人と部下が残って戦ってくれている。
自分一人を逃がすために。だから殺されるわけにはいかない。
なんとしても、生き伸びなければ。

路地の先には、開けた場所があった。ビルとビルの隙間にあるぽつんとした四角形の場所。
土地を整備し、建物を計画的に建てたとしても、どうしてもデッドスペースと呼ばれる場所が
できてしまう。ここはそういう場所だろう。
地面はコンクリートで固められており、上を見上げれば空が四角い。
所々コンクリートを突き破って生えている雑草だけが、ここにいる生き物と言えるものだ。

ここなら、誰にも迷惑はかけないはず。

先程の襲撃の際に負傷した腕を伸ばした。
普通の傷ならばすぐに塞がるが、この傷口はまだ完全に塞がっていない。
きっと聖水か何かで清められたもので攻撃されたのだ。
まったく、祓魔師とは嫌な戦い方をしてくる奴らだ。

腕に少し力を入れると、案の定血が流れてきた。
それを地面に垂らす。ぽたりぽたりと落ちていく自分の血液。
それで小さな円を描く。あとは、いつもの通り召喚の呪文を唱えればいい。
向こうとこちらが繋がる虚無界の門があれば。
呪文を唱えようとしたところで、殺気を感じた。
銃弾が飛んでくる、それを間一髪で避けて地面に転がった。

危なかった。足元を狙うそれ。確実に動きを封じるための手段だ。
銃弾が飛んできた方向を睨み付ける。
路地の先から、こつん、こつん。と不気味な足音が響いていた。
現れたのは、男だった。恐らく二十代だろう。黒い祓魔師のコートと、眼鏡。
顔にある黒子が特徴的だった。武器は拳銃。先程の攻撃はこいつか。
二丁拳銃を持つのは珍しい。両利き。やっかいな相手だ。
男は自分に銃口を向けながら、言葉を投げた。

「・・・悪趣味な姿だな」

自分の格好の何が気に入らないのだろうか。
物質界では人間に化けるために人間と同じ格好をしている。
ズボンに、紺色のパーカー。それとスニーカーだ。
尖っている耳と八重歯を隠せば悪魔とわかる者はいないだろう。
尻尾は部下から隠すようにきつく言われているので、出すような真似もしていない。
男の言葉を疑問に思いながらも、時間を稼ぐために会話に乗った。

「普通の格好だと思うけど?」
「僕にとっては最高に不快だってだけだ」

言ってすぐに銃弾が飛んできた。こいつ容赦ないな。
部下たちの安否が気になった。無事に合流すると皆約束してくれた。
皆は若君がそうおっしゃるのなら仕方ないですね。と笑ってくれた。
だから、きっとここにも来るはずだ。
そして無事にあちらへ帰るのだ。そのためならなんだってしてやる。

「増援でも期待しているのか?あいにくだが、あの悪魔達は・・・」
「あいつらがお前ら祓魔師なんかにやられてたまるか!!」

男はため息をついて、銃弾を足に打ちこんできた。
痛い。かなり痛い。きっと聖銀弾だ。足の肉が焼けるように痛む。
その場に倒れ込んで足を押さえた。ちくしょう、超いてぇ。
男はその傷口をあろうことか足で踏みつけてきやがった。最悪だった。
口から声が漏れる。

「無様だね」

銃口が額に向けられる。ここで死ぬのか。くそ、それならせめてあいつらを。
部下だけでも逃げさせればよかった。胸に宿る後悔。
トリガーにかけられる指。目をつむった。悔しかった。撃たれて、死ぬ。
でも、それは現実の物とはならなかった。

「若君!!!」

四角い空から、悪魔が降ってきた。それはいつも自分の傍にいてくれた悪魔だった。
自分と男の間に割って入り、男はその場から退いた。
自分を守るように立ちふさがる悪魔の名を呼んだ。

「アスタロト・・・!」
「申し訳ありません、私がいながらこのような事に」

アスタロトは燐の打ち抜かれた足を見て、自分の無力さを嘆いた。
アスタロトは上級悪魔だ。物質界に残るには人に宿るしかない。
その人に憑りついている場合、使える力は半分以下になってしまう。
出せぬ力がもどかしいのだろう。きっと燐の為にと残った悪魔たちもそう感じていたに違いない。
燐は虚無界にいながらにして、肉体を持つ唯一の悪魔だ。
他の悪魔にはない力を物質界で発揮することができる。

「アスタロト、やっぱり俺がやらないと」
「なりません。それを阻止するために私がいるのです」

アスタロトは傷ついた身体で魍魎を呼び寄せた。それを男に向かって大量に向かわせる。
黒い奔流は、男の視界を遮って足止めくらいはさせるだろう。
アスタロトは叫んだ。

「若君!お逃げください!貴方御一人ならあちらに帰れるはず!」
「いやだ!皆は、お前らはどうするんだよ!」
「我らは貴方の盾であり、矛です!役に立たぬ武器は捨てよと申し上げたはずです!」

切り捨てて切り捨てて、自分に生き延びろと叫ぶ悪魔の声。
残酷な言葉だ。でも、それは悪魔達の偽らざる本心だった。

「うるさいな」

邪魔だと言わんばかりに魍魎が祓われた。致死説を使われたか。
男が構えた銃口の先から。銃弾が雨のように二人に向かってくる。
アスタロトはその銃弾の前に立ちふさがった。倒れないように足を踏ん張って。
盾になっている。男はアスタロトの息の根を止めようとしている。

目の前で撃たれている、自分を慕う悪魔の姿。

本来の姿でなら、祓魔師に負けるはずなんてないのに。
ここが物質界だから、悪魔は力を使うことができない。
俺が物質界に行きたいなんてことを言わなければこんなことには。
覚悟を決めた。抑えていた力を解放する。
身体の隅々に行き渡る青い光。
男がアスタロトに止めを刺そうとしている。
光が解き放たれた。

「やめろ――――ッ!!」

アスタロトを守るように発せられた青い炎は銃弾を焼き尽くしていく。
祓魔師の男は目を見張っていた。当然だ。
青い炎は魔神しか持たないと言われていた力だ。
それを持つ悪魔がいるということは、祓魔師にとっては脅威だろう。
青い炎によって、アスタロトは焼かれた。
アスタロトは最後まで若君、お止め下さい。と叫んでいた。
青い炎は何も滅するだけではない、悪魔を虚無界へと帰還させる送り火ともなるのだ。
もっとも、肉体がない悪魔だからこそできる技であり、肉体を持つ自身には使えない。
残った部下たちの気配を探って、同様に送り出した。

これで、残ったのは自分だけ。

目の前にいる祓魔師の男は震えた手で銃口を下した。
びびったのか、ざまあみろ。
笑ったけれど、言葉にはならなかった。
込み上げてくる嘔吐感、感覚のまま吐き出した。咳が止まらない。
口の中に広がる血の味。吐血だ。
まったく、青い炎はやっかいた。使えば自分の体を焼いていく。
自分の力のはずなのに、いつからこんなにも使いにくいものになってしまったのか。
地面に血を吐いて倒れ込んだ。

部下は自分さえ生きていればと言っていたが、やっぱり自分にはそんな生き方向いていない。
誰かを犠牲に生き残るなんて後味が悪すぎる。
自分は祓魔師の男に殺されるだろう。
かつて起こった青い夜のせいで悪魔や魔神を憎む者は五万といる。
ここで殺されるなら、それはきっと自分の運命だ。
雨のような弾丸に貫かれて死ぬ。そう覚悟を決めていたのに。
一向にその気配はなかった。倒れたまま視線を上げると、祓魔師の男がじっとこちらを見ていた。
なんだよ、このまま失血死するの見てるってか。

「趣味悪ぃ、奴・・・」

そのまま意識は闇に堕ちた。
死ぬ最後の光景が暗闇っていうのは、寂しいものだ。

ここから先は、自分が知らない間のこと。
祓魔師の男は傍に座り込むと、息を飲んで頬に触れた。

「兄さん、なの?」

男がつぶやいた言葉を、知ることはなかった。


***


「名前はないのかい」

祓魔師の男、こと奥村雪男は魔神の落胤である少年にそう問いかけた。
悪魔にとって名前は身を縛る言霊になりかねない。だから隠している者が多い。
もっとも、真名を知られたとしても上級悪魔を従えることができる祓魔師は少ないが。

「あったとしても、お前なんかに教えるもんか」

部下である悪魔や、アスタロトをひどい目に合わせた敵に送る名などない。
そうつっぱねると雪男はひどく悲しそうな顔をした。
その表情があの戦いの中で見せた鋭い顔とのギャップを感じて、なんだか悪いことをした気になった。
いや、駄目だ。そうだ。この雪男はひどい奴なのだ。

「じゃあ、名無しじゃ呼びにくいから燐って呼んでもいい?」

その言葉に心臓が跳ねた。少年、こと燐は動揺した心を隠して雪男に返答する。

「いいけど・・・なんでその名前なんだ?」
「なんとなくだよ」

あ、嘘ついているな。と燐は思った。
切り返しが早いということはあらかじめ頭の中で用意していた
言葉なのだろう。ますます燐は雪男のことが信用ならないと感じた。
こちらを心配するような視線を向けるなら、まずはこの拘束をなんとかしろ。
燐は今、雪男が用意した部屋に監禁されている。
ある一面だけガラスが張られているが、真っ白な部屋だ。真っ白に見えるのは見かけだけで、
実はびっしりと退魔の魔方陣が刻まれている。
燐自身も呪符と封魔の言葉が刻まれた青い羽織を着せられている。
極めつけは、燐の座っている椅子だった。
豪華な宝石が散りばめられているが、全て魔石と拘束用の呪具でできている。
結構な警戒具合だ。自分を決して逃がさないようにという意思が見て取れた。
そこまでしなくても、燐には逃げる力などない。
青い炎を持ってはいるが、使えば体がやられてしまうので結局助けがなければ逃げることもできない。
まったく、不自由なものだ。
燐は立ったままこちらを見つめる雪男を睨み付けた。

「なんだよ?」

不機嫌そうに言えば、雪男は視線を伏せて申し訳なさそうにした。

「酷いことして、ごめんね」

今更だな。と思った。ただ、その姿がどうしようもなく頼りなさそうに見えて
燐は罵る言葉を引っ込める。

「だったら、俺のこと離せばいいじゃないか」

そんな辛そうな顔するくらいなら。そう思ったけれど、雪男はそれだけはできない。と強く言い返してきた。
変な奴だ。上司に魔神の落胤を拘束しろとでも言われているのだろうか。
燐はため息をついた。失血したので眠い。呪具や封魔の効果が出ているのも原因の一つだろう。
うとうとしていると、雪男が最後に答えて。と問いかけてきた。

「燐に十年前の記憶はあるかい?」

十年前というとどのくらいの頃だろう。
生まれてこの方、虚無界で暮らして来たので物質界での基準の十年前、というのがよくわからない。
燐は気が付いたら虚無界で悪魔たちに囲まれて過ごしていた。
皆燐のことを若君と呼んで慕って、仕えてくれていた。
鏡を見て自分を確認したらもうこの姿だった。

人間でいう見た目十五歳くらいなので多分自分もそのくらいなのだろうな。というくらいの感覚だ。
悪魔にとって十五歳とは赤ん坊も赤ん坊だ。
周囲は自分のことが心配でたまらないらしく、甘やかされた自覚はあった。
十五歳、から十を引くと五歳か。十年前の記憶などなくて当然だろう。
そもそも、悪魔に幼児期などがあるのかも不明だ。
生まれは物質界だけど、生まれたての自分の姿を知るものなどいないだろう。

「ねーよ、気が付いたら虚無界で過ごしてた。悪魔ってそんなもんだろ」

雪男はそれを聞くと、何も言わずに部屋を立ち去った。
お気に召す返答ではなかったようだ。燐はため息をついてそっと目を閉じる。
扉が閉まれば、あとは燐一人だけの空間だ。
瞼の裏に、心配そうにしているアスタロトや部下の姿が浮かんだ。
こんなことになって、悪いことをしたな。そう思いながら眠りに落ちた。
部下たちがまた自分の為に無茶をしなければいいと祈りながら。


部屋を出た雪男の前に、勝呂がいた。
二人のやりとりをガラス張りになった部屋の向こう側からずっと見ていたのだ。
マジックミラーになっていることに燐は気づいていたのか、どうかはわからない。
それでも思った。

「先生、あいつは。奥村は」
「僕もそう思います。あれは、兄さんだ」

十年前に魔神を倒して死んだ。奥村燐に間違いない。
二人はそう結論を出した。


***


目の前で倒れていく仲間の前に立ちふさがることは間違ってなんかない。
燐は雪男の銃口の前に立ち塞がった。
雪男は動揺した瞳で燐を見つめている。

「どけるんだ!!」
「嫌だ!仲間が殺られるところなんだぞ、黙ってられるか!」

燐はそう言うと、雪男の銃弾に倒れた悪魔に駆け寄った。
悪魔は燐にお逃げください。と必死に訴えていた。

「ここは俺に任せて、お前は虚無界へ帰れ」

燐がそう言うと、悪魔は青い炎に導かれて消えて行った。
雪男が駆け寄る。燐はまた吐血していた。
青い炎を使えば、その反動は燐の体を蝕む。

「どうして自分の体を傷つけてまで、こんなことを!」

雪男は燐を責める。でも、それを雪男に言われる筋合いはない。
燐は悪魔だ。そして雪男は人間だ。見えている世界が違う。
守りたいものが違う。根本が違うのに、それを雪男は理解しようとしない。

「俺は魔神の落胤だ。悪魔の味方して、何が悪いんだよ」

雪男が燐の頬を打った。その痛みに、燐が震える。
どうしてだよ。なんでだよ。お互いにそんな思いが浮かんで止まない。
燐は言った。


「最初にお前が俺にしたこと、忘れたわけじゃないだろ。
お前は俺を、俺の仲間を。部下を殺そうとした。
あいつらは言ったよ。俺が生きてさえいればいいって。俺を逃がすためにお前と戦った。
若君、貴方さえいればいいって言って。それで大勢の悪魔が死んだ。俺のせいで死んだよ。
祓魔師は、人間を殺したって俺たちを殺すだろ。お前たちだって俺たちを殺してるじゃないか。
何が違うんだよ。お前たちと俺たち、何が違うんだよ!!」


人は自分たちと違うものを徹底的に排除する。
それでも燐は人に歩み寄りたくて、物質界に足を踏み入れた。
人と悪魔は近くにいれるのではないか。そう思ったのに。
結果として両者は対立している。

上に立つものは責任が伴う。望んでいない結果も受け入れて前に進むしかない。
燐は気が付いた時から悪魔の頂点にいた。
だから、周囲の悪魔は燐を生かすためになんでもしてきた。
そんな悪魔を殺す祓魔師に飼い殺されているような現状。
燐はよくても、周囲の悪魔がそれを許さない。
燐を助けようと、何度でも死のうとするだろう。
それが燐には耐えられない。

「もう帰らせてくれよ」

それは燐の本心だった。自分が去れば事は納まるはずなのに。
燐が呟いた言葉を雪男は許さない。


「帰る場所って、なんだよ」


兄さんの帰る場所は、ここだろ。そう記憶のない兄に言ってやりたかった。

悪戯コレクションルーム3


朝目が覚めると、隣で寝ていたはずのリュウがいなかった。
燐は目をこすりながらその場から起きようとするが、体に力が入らない。
腕を見れば、呪符が巻き付いていた。そうだ。と思い出す。
自分たちがここに連れてこられてから丸一日たっている。
燐の体には状態を保つための呪符が巻きつけられていたのだ。
これがあることで動くことができない。
でも、外せばトイレのないこの部屋で激しい尿意に襲われて。
そう考えるとやっぱりこの呪符を外す気にはなれなかった。

「おーい、いるか?」

燐は声をかけてみる。すると、部屋の奥の方から人の気配が近づいてきた。
窓からは明るい朝の日差しが差し込んでいる。
燐の顔に、影が差す。リュウが燐の顔を覗き込んでいた。

「起きるのが遅い」
「日差しがまだやわらかいじゃん。早起きだって」
「・・・まったく、たるんでいる」

リュウはため息をついた。お前の弟の苦労が忍ばれる。と言われてしまい、
返す言葉がなかった。雪男も燐の寝汚さにはため息をついていた。
でも、体力回復は重要だと思う。こんな時だからこそ必要だろ。とあまり
説得力のない言葉で燐はわずかに反論しておいた。
この部屋に時計はない。一応部屋にあった荷物の中に銀時計はあったけれど正確な
時間を示しているかは不明だ。
外の日差しから、今は午前中だろうと検討はつくのでまだましだろうが。
二人がここに来て確実に時間がたっている。

「いなくなったことに誰かが気づいてはいるだろうが・・・」
「ここが見つけられるかってのが問題だよな」

燐はリュウに視線で起こしてくれ、と強請った。今の燐は自力では起きれない。
リュウは燐の腕を掴むと、そのまま体を持ちあげて抱える。
まるで荷物のように運ばれてしまっているが、抵抗する気もなかった。
リュウに抱えられて連れてこられたのは、窓際だった。
外の景色を眺めて見る。相当に高い建物にいることは理解できた。
遠くに見える街並み。木々。そして見覚えのある校舎。

「・・・正十字学園町から出てないのか?」
「そうらしいな、この光景が悪魔が見せている幻影でもない限りは」

そうなれば誰かがすぐに見つけてくれるのではないか。
希望が湧いてきた。しかしリュウの面持は険しい。
そのまま窓際から部屋の奥へと連れて行かれた。昨日の夜にはわからなかったが、
どうやらもうひとつ部屋があったようだ。
その部屋は薄暗かった。中に入ると青白い光に照らされた何かが壁際にずらりと並んでいる。
その光景にどきりと心臓が跳ねた。
ガラスケースの中には、燐と同じ呪符を巻かれた剣や、植物等種類を問わない数々の物が
並べられている。悪魔と思しきものもいる。それらが壁一面にずらりと並べられている。
そして中央に設置されている大きめのガラスケースが一つ。
それにはちょうど人が一人入れるくらいの大きさだ。
燐にもわかる。そこに何が入れられようとしているのかが。

「おい冗談だろ」
「このままでは冗談で済まなさそうだけどな」

この場で呪符を巻きつけられていたのは燐だけだ。
燐はここに保管される予定。ということだろう。寒気がする。
物と同じ扱いだ。

「なんなら、今ここであそこに入れてやろうか?」
「性質の悪い冗談やめろよ!」

燐はじたばたと暴れたいけれども体が動かない。
リュウも流石にそんなことはしなかったが、このままではまずいことにはなるだろう。
燐を部屋の外に連れてくると、元いたところへ座らせた。
燐の顔色はよくない。監禁まがいの状態で、更にひどい状況が待ち受けていたのだから。

二人をここに閉じ込めた者の正体はわからない。
騎士團の者、悪魔、若しくは第三勢力。思い当たるところはたくさんあるが、リュウは不思議に思っていた。
どうして自分たち二人だったのだろうか。と。

燐ならばいくらでも捕まえる理由にはなるだろう。なにせ魔神の落胤だ。
欲しがる組織や、邪なことに使いたがる者は五万といる。
リュウ家は古代から続く由緒ある祓魔師の家系ではあるが、魔神の落胤と比べるのもお門違いだろう。
一般人よりは希少性はあるがそこまでだ。

そして、場所自体もおかしい。第三勢力だった場合、正十字学園町からすぐに出るはずだ。
敵陣のど真ん中にこんな建物を持っているはずもない。
そうすると、騎士團関係者が濃厚か。味方と呼ばれるものにこんな扱い、趣味が悪い。
燐は保管されそうになっているし、リュウ自身もまずいことになっている。

一日程なので今は大丈夫だが、リュウは人間だ。
食糧や水と呼べるものもないこの部屋に閉じ込められれば精々三日が限度。
それ以降は命の危険がある。燐はまだいけるが、確実にリュウにはタイムリミットが迫っている。
まったく、台湾支部に帰ろうとしただけなのに。とんだ災難だ。

「さて、自分たちの危機を正確に把握したところで質問だ」

リュウが燐に向けて問いかける。
燐はリュウに視線を合わせた。ここは力を合わせて窮地を脱するところだ。
協力しなければならない。燐としてもあんなガラスケースに閉じ込められるなんてごめんだ。

「お前の炎を使えばここにいることくらいは知らせられるだろう」

青い炎は目立つ。騎士團の者ならば一目で燐がここにいることを悟らせることができる。
ならば選択肢は一つだけ。リュウの視線は真剣だった。

「この場で漏らせ」
「え?」

燐は問いかけた。空耳だろうか。何を言っているのか。
リュウは再度燐に言い聞かせるように言った。

「その呪符を外して、炎を使えということだ。外せばお前は激しい尿意に襲われるだろう。
しかし、それがなんだ。見ているのは俺だけだ。俺がいることはこの際無視しろ。そして解き放て」

この場合の解き放つは炎と両方の意味をかけているのだろう。
でも、でも。待ってほしい。リュウの目の前でしろというのか。
それは勘弁して欲しかった。燐だって今現在危機が迫っているのはわかっている。
でも幼気な十代の思春期男子の思考回路を考えてもらいたい。
十代でも、もう十五歳である。漏らすことなど、小学校低学年以来のことだろう。
しかも今回はおねしょとは違う。おねしょは無意識だが、強要されているのは意識ある状態での解放。

解放できるか?

燐は自分に問いただす。リュウの方をちらりと見た。視線がきつい。
こんなきつい男の前で。俺の恥部を晒すのか。リュウは気にしないと言っている。
リュウは三十代の成人男性だから、常識のある男だ。
多分燐が漏らしたことなど、少しすれば忘れてくれ―――、いやムリだ。
忘れないだろう。多分覚えている。ずっと覚えているはずだ。
リュウは優秀な祓魔師だから、記憶力も人一倍抜群といってもいい。
そんな男の脳裏に残るようなことをこの場でできるか奥村燐。
燐は頭を抱えた。

「無理だッ!」
「ッチ、ならば仕様がない」

リュウは燐のズボンに手をかけた。


***

雪男は思考を巡らせていた。
リュウと燐が同時に行方不明となっている。
おかしな話だ。最初はリュウが兄をどこかへ連れていったのかもしれないと考えたが、
あの男は合理的な考え方をしているのでそんな意味のないことはしないだろう。
リュウがいなくなったことで、騎士團から何かの招集が掛かることが今この場では一番まずい。
燐がいないことが気づかれては終わりだからだ。

今、日本支部でおかしなことが起きていることは間違いない。

先程の講師から話を聞けば、最近騎士團内でよく物がなくなっているらしい。
無くしたのかと思えば、そうでもない。いつの間にかその場から消えている。
悪魔を対象にした職業なので、悪戯好きのピクシーや精霊が持っていったとしてもおかしくはない。

でも、それならば気づくはずだ。悪魔特有の気配というものがあるので、それに気づかない祓魔師ではない。
ならば何故物が無くなっているのかというと、原因はわからなかった。
今の所私物で済んでいるので大きく取り上げてはいないが、警戒はしているらしい。
無くなった物のリストをもらい、雪男は共通項を探した。

「銀時計、ネックレス、宝石。剣、絵画。かと思えばおもちゃやフィギュア。
お菓子のパッケージなんてものもある・・・」

数が多い。しかし、その一部に夜のいけない道具が混ざっていた。
おい、誰だ仕事場にこんなもの持ってきてるの。破廉恥極まりない。講師としてというより大人としてどうだろう。
ちらちらと気になるのは思春期なので勘弁して頂きたい。
燐も同じ理由でドキドキしていたことを雪男は知らない。双子は離れていても双子であった。

「共通点は・・・めずらしさ、かな?」

リュウと同じ観点にたどり着いた。しかし問題は誰が何の目的でそれを回収しているか、だ。
燐がいなくなったことと何か関係があるのかもしれない。
雪男は一度、寮に戻った。そして部屋の片隅に置かれていた倶梨伽羅に目を向ける。
兄が、倶梨伽羅を手放すはずはない。倶梨伽羅を持つ暇もなく浚われてしまったのだろう。
そして、雪男の手元に残った倶梨伽羅には燐の悪魔の心臓が宿っている。
誰かの手に渡れば、燐の命はない。
だが、このまま燐が見つからなければ騎士團から疑われてしまう。
こうなれば一か八かだ。
雪男は倶梨伽羅を部屋の中央に置いた。
調べた結果燐が部屋を出た形跡はなかった。そうなれば、現場はこの部屋の中。
犯人はここに侵入したはずだ。絶対にもう一回来るはずだ。
燐になくてはならない、倶梨伽羅を回収するために。
雪男は息を潜めて、その時を待った。

しばらくすると、影がこそりと動いた。雪男は目を凝らす。
何かいる。こそりこそりと倶梨伽羅に近づく影。
雪男は手を合わせて、床に叩きつける。
途端に青色の魔方陣が床に浮かび上がった。
影が魔方陣に拘束される。雪男は腕を思いっきり振り上げた。
影だったものが、引っ張られるように表へ引きずり出される。
姿がはっきりと視認できた。鬼、だろうか。
ゴブリンよりも手足が長いが、角と牙が特徴的なのでわかった。
雪男はその姿に眉をひそめる。
脳裏に浮かぶのは、特別任務として塾生に与えられていた七不思議事件。
その中の一つ。

「・・・これ、蒐集鬼じゃないのか?」

六番目に当たる七不思議の原因だ。
手の中にしっかりと倶梨伽羅を握っている鬼が、床に転がっている。
それを雪男は足で蹴り飛ばした。
そうなると、犯人は絞られる。雪男の額に青筋が浮かんだ。

***

メフィストは雪男に銃を突き付けられながら、気配を探った。
学園内、その中でも自分のプライベートスペースと呼ぶべき場所だ。
自分のプライベートな結界内は捜索の範囲外としていたので想定外だった。
メフィストの領域には、メフィストの許可がなければ立ち入ることはできない。
それが盲点だったようだ。
弱弱しいながら、確かに青い光が一つ。
メフィストは笑いながら答えた。

「いましたネ☆」
「じゃないですよ!!あなたが原因じゃないですか!
使い魔の躾くらいちゃんとしてください!」
「私だってこんなことになるなんて思わなかったんですよ」

縛り付けられた蒐集鬼はメフィストの机の上に転がされている。
キーキーと訴えている言葉はメフィストにしかわからない。
使い魔はかわいそうに、主の言葉を正確に実行しようとしたにすぎない。
メフィストはつぶやいていた。

祭りの後は、もの悲しいですね。
なにか、珍しいものでも落ちていないでしょうか、と。

その言葉を聞いて、使い魔は収集を始めた。
以前から珍しいものを集めてはいたのだが、もっともっと珍しいものを回収すれば
主は喜ぶかもしれない。
そんな思いの矛先は、現在行方不明中の二人に向かった。
リュウは台湾支部に戻る寸前に、燐は部屋を出る直前に回収されてしまったのだ。
ちなみにリュウを連れていった理由は、やはり古代からの血筋が珍しかったという点だった。

「連れていってください、貴方のコレクションルームとやらに」

悪魔嫌いのリュウと、兄が二人っきりで夜を明かしたことに気が気ではないのだろう。
撲殺されていなければいいが、保証はできない。
今にも発砲しそうな雪男の様子に、メフィストは指を鳴らした。
個人的な部屋によそ者を招き入れるのは不本意だが仕方ない。
ここで頭を吹き飛ばされるのはもっと不本意である。

ピンクの扉が出現して、そこに雪男がかけよった。

「兄さん!!」

開けた扉の先には、大量の他人から回収された物品と。そして。
リュウに押し倒されて、ズボンを奪い取られている兄の姿。
リュウの手には、ズボンの他に呪符が握られていた。
燐は下半身を抑えて、赤く震えている。

「駄目だッ・・・!出る!」
「出せばいいだろう、俺は気にしない」


燐の息が荒い。え、ちょ。これどういうこと。
何が起きているの。いや、これってどう見ても。
そういうことの想像しかつかなくて、雪男は戦慄した。
間の悪いことに、回収された品物がかちゃんと音を立てて床に落ちた。
それは、いわゆる大人のおもちゃと呼ばれるもの。
燐が顔を真っ赤にして、リュウがその上に乗っかっていて。
撲殺よりももっとひどい状況が目の前に広がっている。

「おお、なんということでしょう。
私のコレクションルームで悪戯が過ぎますね☆」

メフィストが愉快そうに笑うので、もう確定だ。
最悪な事態が起きた。雪男が部屋に踏み入ると、燐がこちらに気づいたようだ。
メフィストと雪男の二人を同時に見ている。

燐の頭がフル回転した。
燐の膀胱は限界を訴えている。この場で頼るべきはどちらだ。
メフィストなら、トイレにスリーカウントで一発で飛ばしてくれるだろうか。
いや、説明をしている暇はない。
そして、万が一を考えた時、その場をメフィストに見られてはならない。
末代まで語られて、恥を晒されるに決まっている。
ならば、選ぶならおねしょ時代も知っている家族しかない。

燐は叫んだ。絶叫した。
これはもう経験した者にしかわからない痛みと叫びと慟哭だった。


「雪男おおおおおおおおおお!!!トイレに行きてぇよおおおおおおおお!!!」


そして、燐の脳裏にうさ麻呂の姿が思い出された。
あの優しい悪魔に、これほどまで記憶を食って欲しいと願ったことはなかった。
優しい悪魔は、みんな食ってやるぞ。と返してくれることだろう。
たぶん、同情した眼差しで。

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