忍者ブログ

CAPCOON7

青祓のネタ庫

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

ムショ暮らしのメフィスト=フェレス

被告人は前へ、という言葉にメフィストは意識を浮上させた。
はて、自分は今まで執務室で仕事をさぼってゲームをしてはいなかっただろうか。
それがどうしてまた、法廷に呼ばれているのだろうか。
メフィストの脳裏に一瞬だけ疑問が浮かぶが、すぐにどうでもよくなった。

ちょうどよく、先ほどまで行っていたゲームは裁判物がテーマだ。
早速覚えた決め台詞を使うのもいいだろう。
メフィストは基本的に享楽主義者だ。
いかに疑わしい状況となろうとも、持ち前の演技力と言葉を使い、巧みに相手を騙してしまう。
今回もおもしろいことになればいいくらいにしか考えていなかった。
メフィストは裁判官の言う通り、中央に設置されている台の上に立った。
台の手すりは半円状になっており、よくドラマなどで見かけるセットと同じである。
ライトがつけられて、室内の様子がよくわかるようになった。
裁判官としてメフィストの目の前に座っていたのは、敵対する長兄、ルシフェルだった。
メフィストは度肝を抜かれるが、軽口を叩くのを忘れない。

「兄上、なにやってるんですか?」
「兄弟間の諍いを止めるのも長男の役目かと思いまして参上したまでです」

今現在、イルミナティと騎士團で代理戦争をしているような状況のルシフェルとメフィスト。
それをお前が言うか。とメフィストはつっこみたくなった。
けれど、兄がメフィストと同じ意見になったことは未だ嘗て無い。
これは、かなり自分にとって不利な裁判になることは確かだ。

とっとと、とんずらするのがいいだろう。

メフィストはいつものようにスリーカウントで逃げ出そうとした。
けれど、その前に自分の周囲に光の鳥セラフィムが出現しているのがわかる。
騎士團各支部を自爆して襲撃した、ルシフェルの使い魔である。

「ちょっとでも逃げる動作をしようものなら、もろとも自爆しますよ。
いくらお前でも五体バラバラになれば修復に時間がかかるでしょう。
その隙を狙えばお前を消すこともたやすいでしょうね」

淡々と言っているが、逃げれば即殺す裁判官って一番危ないんじゃなかろうか。
メフィストはここはおとなしくルシフェルの言うことに従うことにする。
裁判官の機嫌を損ねて、刑の裁量に変動があってはたまらない。

メフィストは裁判を受けることを許諾した。ルシフェルもそれに頷く。
お前を訴えている相手はこの方です、とメフィストの左横を指さした。

そこには、すさまじい形相でこちらをにらみつける奥村雪男と、
何でここにいるのかよくわかっていなさそうな奥村燐がいた。

かつて自分が後見人を務めていた奥村兄弟に訴えられている。

なんということでしょう。メフィストは吹き出しそうになった。
けれど、ここで吹き出すと、雪男が切れるだろうから我慢だ。
メフィストは一気にこの裁判が茶番に思えてきた。
奥村兄弟を丸め込むのはたやすいことだ。
いくらメフィストを訴えようとも、かなわないということを思い知らせてやるのもいいだろう。
この裁判で、嘘偽りを述べないと誓いますか。とルシフェルは三人に問いかけた。
三人とも誓います。と答える。
もっとも、ここにいる誰もメフィストが真実を語るとは思っていないだろうけれど。
裁判は、始まった。

「それで、私は何の罪で訴えられているのでしょう?」

メフィストの問いに、雪男が答えた。
どうやら被害者は兄である奥村燐であるようだ。
雪男は弁護士としての役目を果たす為にここにいる。

雪男は理路整然と兄の被害を述べた。

まず、給料の未払いにより心身共に仕事に支障が出るレベルにまで兄は追いつめられました。と説明をする。
取り出したのは奥村燐の通帳だった。そこには燐が騎士團で働きだしてから今までの給料が振り込まれている。
毎月二千円。高校生の頃、雪男がもらっていた給料に比べてゼロが二つも足りない。
兄は当初フェレス卿に抗議に向かいました。
けれどもこれは兄が任務の際に壊した建物の修理代が入っているのだと言葉巧みに嘘をつき、
兄に賃金を支払いませんでした。僕は学生です。
兄は僕に頼ることも考えたようですが、学生の身分の僕と働いている兄。という関係を考えたら
援助して欲しいという要望は踏みとどまるしかありませんでした。
それから、僕がこの件に気づくおおよそ一年程の間。
月二千円で暮らしていたのです。
悪魔だからという理由で、騎士團の運営する寮にも入れてもらえず、
フェレス卿の紹介で入ったほったて小屋で暮らしていました。
電気ガスは料金の関係から止めており、水だけはかろうじて引いていたような状況です。
衣服を買う余裕もなく、高校の時の制服のブラウスや僕のお下がりを着まわしてなんとかやりくりをしていたようです。
当然のことながら布団はなく、夜は新聞紙にくるまって寝ていました。
小屋の中に唯一あった電球は、高校の時に理科の実験で使うような乾電池で光る豆電球でした。
食事も一日に一食のみ。
栄養失調で体を壊す一歩手前でとどまっていたのは、悪魔としての回復力と体力の賜でしょう。
普通の人間ならばまず間違いなく病院送りです。

ここまで、一言たりとも噛まなかった雪男は更に恐ろしい形相で訴えた。

栄養失調のまま任務に向かったことで、怪我も増えていたようです。
悪魔を祓うことだけが祓魔師の仕事ではない。
デスクワークだってあるし、時には悩み相談だって行ったりするのだ。
過労と栄養失調で普通のルーチンワークですらままならなくなったことで、
仕事が貯まり残業が増え、兄の睡眠時間は五時間を切っていました。

そんな折り、フェレス卿から兄にこんな提案があったそうです。
雪男は燐の携帯を取り出して、メールの画面を見せる。


今夜私の部屋へ来ていただけませんか。
おいしいご飯を用意しています。
最近、仕事が忙しいせいで休んでいないことも知っています。
久しぶりにお話をして、楽しいことでもしませんか。
私も最近一人が寂しくなってきましてね。
今晩一晩つき合ってくれるだけで、一万円お小遣いとして差し上げます。
二晩なら、色を付けてお渡し致します。
お待ちしてますよ☆


その日はちょうど、雪男と燐が食事をする日であったので、メフィストの目論見は実現しなかった。
雪男は間一髪で燐の救出に成功したのだ。

「かなり用意周到に計画は練られています。
最終的には前後不覚に陥った兄を手込めにすることが狙いだったのでしょう。
計画的な性犯罪です。教育者という立場にいながら、本質はただの性犯罪者です」

ルシフェルは雪男の言葉を聞いて、確かにサマエルは昔から年若い者が大好きでしたね。とつぶやいた。
メフィストは兄上は病弱なせいか元気で勝ち気な子が好きですよね。と言い返した。
ルシフェルはメフィストに雪男の証言についての反論はあるかと問いかける。彼はさらりと答えた。

「全く記憶にございません」
「ふざけるな!どこの政治家だ、証拠があるんだぞ!」
「それは食事の誘いであって性行為の誘いではありません。起こってもいないことに対しての罪は問えないでしょう」
「そのあたりはどうなのでしょう。性犯罪は被害者がいないと成立しませんし。
末の弟よ、サマエルとの関係性について答えてください」
「メフィストと?」
「ええ、答えられますか」

燐はまだ栄養が頭に行き渡っていないせいか、ぼーっとしている部分があった。
そのせいかあったことをそのままオブラートに包まずに答えることになった。

「メフィストには、部屋に呼ばれた後の記憶が無いっていうのが何回かあった。
途中で一回だけ気づいた時にはなんでかメフィストに乗っかられてて、
体まさぐられて、イヤだっていってもやめてもらえなかったことが・・・」

誰もが無言になった。これ、確定じゃん、と。
仮にそういうことがあったとしてもです、とメフィストは燐の言葉を遮った。

「奥村燐は悪魔です。そして私も悪魔です。
性犯罪などという言葉は人間が使う言葉です。
悪魔に人の法律が適用されるなんてことは聞いたことがありませんね!」

悪魔は法律に縛られはしない。
人に手を出せば犯罪だが、人でないのだからいいだろう。
余りに横暴な論理だが、結局やましいことをしていたのは事実のようだ。

雪男はキレているし、燐は栄養不足でぼーっとしてる。
メフィストは裁判官、悪魔が法律に縛られることはあるのでしょうか。とルシフェルに問いかけた。
悪魔の論理は悪魔が決める。確かに一理ありますね。とルシフェルはメフィストに賛同した。
判決を下します、と法廷に乾いた音が響く。

「この一件は悪魔の裁量でどうにでもなるということが判明致しました。
というわけで、悪魔で裁判官の私の独断と偏見でサマエル、末の弟に手を出した貴方は死刑です」

ルシフェルがぱちんと指を鳴らすと、周囲にいたセラフィムが輝く光を放ち始めた。自爆する気だ。
メフィストははじけ飛ぶ瞬間に叫んだ。


「異議あり!!!!」


起きたら、そこは自分の執務室であった。
手にはゲームオーバーと表示されたゲーム機を持っている。

夢だったのか。なんていう現実的な夢を見ていたのだろう。

そもそも、裁判官がルシフェルだった時点でメフィストの命運は尽きている。
とんだ魔女裁判、いや悪魔裁判だ。メフィストはため息をついた。
しばらくして執務室の扉がノックされベリアルがお客様です、と客人を案内してきた。

客人とは、逮捕状を持った警察官であった。

夢が、現実になる。

PR

小屋暮らしの奥村燐

高校を卒業してから、僕たち兄弟は別々の部屋に住むようになった。

兄は祓魔師として、僕は医大生としてそれぞれの生活があったからだ。
医大に通うようになって、祓魔師としての活動は休止している。
緊急召集がかからない限りは、普通の大学生として過ごしている。
最初は自分がいなくなって兄は大丈夫なのかと心配したこともあったが、
それなりに仕事も上手くいっているようだった。

今日は久しぶりに兄弟水入らずでの食事だ。

会うのはどれくらいぶりだろう。一年、とまではいかないがそれに近い。
毎日寮で顔を会わせていた日々が懐かしいと思うくらい。

僕たちはお互いの近況を知らなかった。

兄の部屋は騎士團が用意したと聞いている、
貰った地図を見ながら兄が住んでいるアパートを探した。
工業団地ともいえる場所にあるらしく、珍しいなと思っていた。

近くに人が住んでいる気配は薄い。
工場の緑色のライトにぼんやりと照らされた町は、
工場萌えという写真集にもピックアップされたことがあると聞いている。

つまり、専門的な人以外余り人が寄りつかない場所というわけだ。
疑問に思いながらも地図通りの場所へたどり着いた。
目が点になった。

「ほったて小屋・・・だと」

旧男子寮の方がまだましだと思えるくらいの。
トタンと錆びた鉄骨。古びた木でできたアパートとも呼べない。
小屋がそこにあった。
すりガラスの向こうに豆電球の光が見える。

呼び鈴は故障中とガムテープが貼られていた。
中からドタドタと足音が聞こえてきた。
足音に合わせて小屋が揺れていたのは気のせいだと思いたい。
がらりと開けられた引き戸は、所々穴が開いている。
薄暗い部屋の中から、兄がひょっこり顔をのぞかせた。

「雪男!久しぶり!」

変わらない兄の姿に安心して、小屋の中に入った。



部屋の中は豆電球の明かり一つだけだった。
今は夜だ。雪男には暗闇と同等である。
歩くたびに天井から飛び出た木に頭をぶつけた。
そもそも、天井低すぎる。

雪男が抗議をすると、燐の身長だとぎりぎりぶつからないようになっているらしく、
燐はそのことに余り頓着していなかった。
部屋の暗さについても燐は悪魔なので夜目が利く。
今まで困ったことはないようだ。

「それより、腹減っただろ。飯できてるぞ」

気配で指を指した先を探ると、いい匂いがした。
本当に久しぶりの兄の手料理だ。前が見えないので、
一言断ってから携帯電話のライトで部屋を照らした。

四畳半あるかというくらいの畳の上に、古びたちゃぶ台が置かれている。
その上に出来立てのご飯があった。おいしそうだった。
雪男が来るからと聞いていたからだろうか、魚料理だった。

二人で畳に座って、ご飯を食べた。

場所があれだけど、変わらぬおいしさを雪男の舌に伝えてくれる。
おいしいおいしいと雪男は燐の手料理を食べた。

「ねぇ兄さんはどうしてここに住んでるの」

雪男は疑問を投げかけた。祓魔師の給料だったらなにもこんな所に住まなくても
他に安いアパートを借りることくらいできるだろう。燐はまだ雪男より階級が低いが、
危険手当もつく職業なので同年代よりは給料はいいはずである。
燐は首を傾げた。

「え、だってここ以外暮らせる場所ねーもん」
「どうして?」

燐の方がわけがわからない。という風に雪男を見ている。
燐は暗闇をあさって、おそらくタンスだろう。と思われる場所から通帳を取り出した。
ほら、とその通帳を燐は雪男に見せた。人様の通帳を見るのは初めてだ。

僕に見せてもいいのか。弟だからいいとか思われているのだろうか。
あんまり人に見せるものじゃないよ。とだけ言って中身を確認した。


「・・・残高二千円」
「そう!すげーだろ!がんばったんだぜ!」

何を頑張ったというのか。残高二千円って子供の小遣いか。
祓魔師の給料丸ごと何処に消えた。

「いやいや、この残高信じられない!給料何に使ったのさ!!?」
「だからそれ給料だろ」
「何のだよ?!」
「祓魔師の給料。毎月二千円」
「え?」
「え?」

雪男は絶句した。高校時代の兄の月のお小遣いは二千円だった。
そして祓魔師になって数年が経ったというのに、給料が二千円。どういうことだ。
高校時代に雪男が貰っていた金額と比べて、ゼロが二つも足りない。

雪男は震えが止まらなかった。
おい嘘だろ。冗談だと言ってくれ。

雪男は現在祓魔師としての活動を休止しているから大学から貰っている奨学金で生活している。
寮に入っていながら月々十数万円。それも返還しなくていい貸与型の奴だ。
それを使って細々と大学生活を送ってきていたけれど、
働いている兄より学生の自分の方が貰っていたこの事実。

「二千円じゃやってけないからさ~、大変なんだやりくりするの」

そう言って今までやってきたやりくりを燐は語る。


「まずネギともやしは家で作ってるんだ。電気ガス代はお金かかるから止めてる。
水道だけだな。電気もガスも炎使えば何とかなるってわかったから、それから使ってない。
騎士團の紹介だから家賃かからないのが助かるよな。

問題が食事だったんだけど、最初の頃は慣れなくてお腹減って
動けなくなってたりとかあったけど、近くにある寺の人が見かねて
ご飯食べさせてくれたりしてさ。
親切だよな。だから俺もちゃんとしなきゃって思って。

それからかな。一日一食で大丈夫になるようにしたんだ。悪魔の体って便利だよな。
この時ばかりは感謝したぜ。肉も魚も月に一回食べれたらいいなって思っててさ。
貯金もしたかったからずっと頑張って。

でも今日お前来るから、奮発したんだぜ。
魚もちゃんと国産の買って。野菜も卵も、久しぶりにスーパーで買った。
おいしいって言って貰えてよかった。俺もおいしかった。
あと数ヶ月は食べられないごちそうだったからな~。喜んで貰えて本当によかったぜ」

雪男はうつむいたまま動かなかった。
燐は更に追い打ちをかける。


「ジジイやお前がいてくれた頃の生活が懐かしいな。
二人がどれだけ頑張ってくれてたのかがよくわかった。
ご飯三食食べられるって幸せだったんだなぁ」


布団も買えないので、夜は新聞紙にくるまって寝ているらしい。
意外とこれが暖かいと兄は笑っている。

雪男は兄の信じられない生活を現実だと思いたくなかった。

いや、これどう考えても普通じゃない。
兄を正しい生活に導かなければ。
暗闇の中で兄の手首を握った。動揺した。

兄は高校時代から成長が止まっている。
そのはずなのに、兄の手首は雪男の記憶の中より一回り小さくなっている。
それに、暗くて今はわからないけれど。
明るい所で見たら確実に体はがりがりのはずだ。
栄養失調だ。倒れないのは悪魔の体だからだろうか。



雪男は燐を立たせた。
荷物をまとめるようにと言う。

神父さんごめんなさい。
少し目を離した隙に守りたかった兄を栄養失調で失う所でした。

「なんで?」
「離れたのは失敗だったね。今すぐ僕の部屋に来て」
「いや、俺大丈夫だって。お前の方が大変だろ。学生なんだし」
「兄さんを一人で小屋暮らしさせない程度の甲斐性はあるよ!!」

国と大学からの奨学金だけど、家族を養ってはいけないとは書かれていない。
それに祓魔師として働いていた時代の貯金だってあるのだ。
兄一人くらい養うのは訳ない。

なんでもっと早く気づいてあげられなかったのだろう。

今日ここに来なければ、兄はきっと学生の自分に頼ることなど絶対にしなかっただろう。
一日一食。ふざけるな。
悪魔の体力に甘えていたら、そのうちガタが来るに決まってる。
医者の卵嘗めるな。

栄養失調で反論するまで頭が回っていないのだろう。
燐は素直に荷物をまとめた。バックに一つだけの荷物だった。
バックは高校時代の鞄だった。
ここ数年、買い物することもできなかったのだろう。
手にネギともやしの生えた鉢植えを抱えれば準備万端だ。

雪男は燐の手を握った。
薄暗い小屋を出て、月明かりの工場街に出る。


「雪男、別に俺のことそんなに気にすんなよ。
給料低いってメフィストの所に訴えに行ったら、
夜にメフィストの所に来たら、一晩で一万円くれるっていう話も・・・」


雪男は思わずその場に立ち止まってうずくまった。
アイツかちくしょう。少し目を離した隙に悪魔に言い寄られるなんて。

やっぱり目を離すんじゃなかった。

未遂でよかった。今日ここに来て本当によかった。
心からそう思う。

「おい雪男どうした。腹痛いのか」
「痛いのは胸だから兄さんは気にしないで」

帰ったら、六法全書を頭にたたき込んでやる。
医者から弁護士に方向転換するのも有りだろうか。

「兄さん、訴えるよ。そして勝つよ」

頭脳明晰な人間の復讐ほど恐ろしいものはない。

亡国のプリズム8


出雲は燐の言葉に戸惑った。いきなり教えろだなんて、無理だ。
悪魔の召喚は才能が物を言う。出雲は巫女の血統なので簡易の陣での召喚が可能になっている。
一般人がそう易々と使える者でもない。
けれど、出雲の思惑は燐の姿を見て変わった。
燐からは悪魔の尾が生えていた。

「あんた、悪魔なの?」
「それは・・・」

燐は思わず尻尾を隠した。
この体になってしまってから、普通の人間に会ったことがない。
会うのは外道院とルシフェルだけで、燐のこの姿を喜ぶような輩だ。
燐は決して望んで悪魔になったわけではない。できるなら、雪男と同じ人でありたかった。

「別に隠さなくてもいいわよ、この悪魔と人間の交わった世界じゃよくあることだわ。
私も、血は薄くはなったけれど悪魔と血が繋がっているし」
「そうなのか!?」
「貴方、何も知らないのね。
もしかしたら何も知らされてない、が正解かしら」

出雲は燐の姿をよく確認した。悪魔の尻尾に尖った牙、それに耳。
特に何かの眷属の悪魔の特徴を示してはいないが、
この最深部にほど近い場所に幽閉されているという部分が引っかかる。
けれど、出雲は燐に構っている暇はなかった。
妹の月雲を連れて逃げ出すためにここに来ているのだ。
可哀想だが、燐は置いていくしかないだろう。
出雲は匿ってくれてありがとう、と言い残して部屋を出ようとした。
燐は慌てて出雲を引き止める。

「待ってくれ!お前誰か探してるんだろ、俺も手伝うからその術教えてくれ!」
「何言ってるの、あんたさっき知らないって言ったじゃない」
「探してるやつって、どんなやつなんだよ」
「しつこいわね、私の妹よ。私が助けないといけないの、離してよ!」

先程放った使い魔はまだ戻って来ていない。
まだ月雲の居場所は特定できていないのだろう。
ここに留まるだけ捕まるリスクが増してしまうため、出雲は焦っていた。
燐は少しの間目を閉じると、見つけた。と呟いた。

「お前の妹、ここより二つ上の階だ。生きてる」

燐の瞳は確信に満ちていた。けれど出雲には信じられない。
適当なことを言って、出雲を騙そうとしているのかもしれない。

「あんたの言葉、信じろって言うの?」
「さっき放った使い魔の一匹が丁度二つ上の階をうろついてる。
そいつに命令して確かめさせればいいだろ」

妹の居場所だけでなく、使い魔の居場所までわかるのか。
出雲は半信半疑ながらも、使い魔に命令してその場を探らせた。
自分の召喚した使い魔なら、離れた場所からでも命令を伝えることができる。
程なくして、焦った声で使い魔が戻ってきた。

『出雲、月雲を見つけた!!ここから二つ上の階だ!早く行こう!!』

出雲は冷や汗をかいた。燐の言っていた言葉は本物だった。
けれど、会ったこともない人物の居場所をつきとめるなんて普通じゃない。
それに出雲の使い魔だってさっき出したばかりで、すぐにこの部屋を出て行かせた。
出雲は警戒しながら燐に問いかけた。

「あんた何者よ、どうして月雲や私の使い魔の居場所がわかったの」
「お前の血縁だっていうなら、気配を辿るのは簡単だろ。
使い魔はさっき出してたから、普段ここにいない奴の気配なら区別はつく。
俺が何者って言われても・・・俺の名前が燐ってことと、俺にも弟がいるってことくらいしか言えねぇよ」
「簡単そうに言うわね・・・まぁいいわ」

出雲は陣の描かれた紙を燐に一枚渡した。
出雲にとっては武器になるものだけれど、燐にこれを渡すのは一種の賭けだろう。
それでも、燐からは底知れぬ何かが感じられる。
自分の行動は無駄にはならない気がした。

「この陣に自分の血を流して、悪魔を呼び出す言葉を言えばいいわ。
祝詞とかを知らないなら、来いとかだけでもいいと思う。
私の場合、最悪円を描くだけで使い魔を呼び出せるから、これ一枚だけでいいならあげる。
成功するかしないかは貴方次第よ」

出雲は使い魔に従って、部屋を出ようとした。
背後から声が聞こえてきた。

「ありがとう!出雲!」

出雲は照れ臭そうに顔をそむけた。
後は、月雲を連れ戻しに行くだけだ。出雲は部屋を飛び出して上の階に向けて駆けあがっていった。
背後から、足音が聞こえてきた。
敵かと思って振り返ると、燐が着いてきていた。出雲は思わず叫んだ。

「なんであんたが着いて来てんのよ!?」
「俺も行く!逃げ出すなら、戦力多い方がいいだろ!」
「あ――、もう!勝手にして!アンタが捕まったら真っ先に置いていくからね!」

二人は暗い道を駆け上がった。
出雲は口では燐のことを邪険に扱いながらも、一人ではないことに少しだけ安心感を覚えていた。
この冷たくて暗い道を行くには、一人はとても心細かったのだ。
それは、燐にとっても同じことだった。


***


月雲を見つけ出して、三人で出口を探しているところで最悪の奴に出くわしてしまった。
暗闇の向こうから、無数の屍人がこちらに向かってきたのだ。
出雲は使い魔で屍人を祓おうとするが、彼らは倒れても倒れても起き上がってこちらに向かってくる。

「どういうこと!?普通の屍人と違う・・・ッ!」
「出雲、あいつらは人なのか?」
「かつて人だったもの、よ。あれだけ損傷が激しかったらもう人として生きることは不可能だわ。
せめて、一撃で殺してあげれたらいいんだけど。回復が早すぎるの」

出雲は月雲の手を握った。月雲も姉の手をしっかりと握る。
本来なら泣き出したいほどの光景だろうが、月雲はそれに耐えている。
燐は月雲と出雲の姿を見て、自分たち兄弟の姿を思い出した。
雪男に会いたい。
そうだ、俺は兄ちゃんなんだから雪男を守らないといけない。
だからここから生きて脱出しないといけないんだ。
燐は覚悟を決めた。出雲に声をかける。

「出雲、一気に行くぞ。月雲の手、絶対離すなよ」
「え、なに言って・・・」

出雲の言葉を待たずに、燐は全身に青い炎を灯した。
その炎は燐の視線の先にいる屍人を次々に燃やしていく。
苦しむ暇もない程に、一瞬で燃え尽きていく光景はいっそ美しいとも言えた。
燐は走れ、と叫んで屍人の燃える間を駆け抜けた。
出雲もそれに従って月雲の手を引っ張って走る。
出雲は燐の背中を追いながら、自分はなんてものを引き当てたのだろうかと恐ろしい気分だった。

「あんた、よく自分の正体を知らないとか言えたわね。
青い炎だなんて、魔神の血縁じゃなきゃ扱えるわけないじゃない!」
「魔神なんて奴知るかよ!俺は悪魔になりたくてなったわけじゃねぇし!」
「・・・本当に何も知らないのね、馬鹿って本当に怖いわ」
「ねーね、ばかってなに?」
「こういう奴のことを言うのよ月雲」
「おい出雲、馬鹿とはなんだ!」
「自分の正体も知らない奴なんか、馬鹿で十分よ!」

使い魔の示した出口はもうすぐだった。
このまま三人で抜け出せたら。希望が見えてきたところで、目の前に絶望が見えてきた。
燐は背中に出雲と月雲を庇うようにして立ち止る。
出雲は思わず声を漏らした。

「外道院ッ・・・!」
「三人とも悪い子だ、抜け出せるだなんて本気で思ってたのかな?」

外道院がぱちんと指を鳴らすと、燐の全身に電流が走ったかのような痛みが走った。
燐は立っていられず、その場に倒れ込む。
出雲が燐に駆け寄る。燐の尻尾には、銀で出来た聖具が取り付けられていた。
外道院の合図で締め付けるような呪いも仕込まれているらしい。
悪魔の尻尾と心臓は弱点だ。その一つを抑えられてしまってはどうしようもなかっただろう。

「今回は燐の戦闘能力を見ようと思ってあえて泳がせてたんだけど、
いやぁ出雲のおかげでいいデータが取れたなぁ。
まったく、本気でここから抜け出せるとでも思ったの?」

全部僕の掌の上だってこと知らずに必死になってさ。
馬鹿みたいで、とてもかわいかったよ。
外道院の言葉に出雲は激昂する。

「アンタ、どこまで人のこと弄べば気が済むのよ!!!」
「燐はルシフェル様の御手付きだから、これでも優しくしてる方なんだけどなぁ。
三人とも僕のお気に入りなんだけど、月雲ちゃんはまだ小さすぎるからね。
出雲や燐くらいの年ごろの方が、僕はタイプだな」

べろりと外道院は舌なめずりをする。
出雲は月雲に燐の傍にいなさい、と声をかけると外道院に向かって走り出した。

「ウケ、ミケ!」

使い魔に声をかけて、外道院の体に攻撃をかけた。
けれど、その前に屍人が立ち塞がる。出雲は咄嗟に足払いをかけて屍人を転ばせる。
転がった屍人を狐火を使って焼き尽くそうとするが、火力が足りないようだ。
火だるまになった屍人はゆっくりと立ち上がり、出雲に向かってこようとする。

『出雲、危ない!!』

咄嗟に使い魔が盾になり、屍人の攻撃を受けとめた。ウケ、と出雲は使い魔の名前を叫んだ。
一回目の攻撃はなんとか防いだが、使い魔の体に残る火傷の跡が痛々しい。
月雲は兄弟のように育った使い魔が攻撃を受けたことで、とうとう泣き出してしまった。
死肉が焼けるにおい、外道院の笑い声、月雲は泣いている。
燐は、なんとか意識を取り戻した。けれど動くことはできない。
いつも、外道院やルシフェルにいいようにされたのは、この聖具があったからだ。
自分が動けないときに、動いてくれる誰か。出雲に召喚の方法を教わりたかったのは、このせいだ。
それに、今回は自分だけじゃない。
さっき会ったばかりだけど、出雲や月雲がいる。
彼女たちだけでも、どうにかして逃がしてやりたい。
燐の手の中には、出雲に貰った陣があった。
燐は指を噛んで血を滲ませる。

出雲に、屍人が襲いかかる光景が目に入った。
自分は動けない。

燐は陣に血を落として、叫んだ。

「誰か、助けてくれ!!!!」

燐の叫びに応じて、辺り一面が光に包まれた。
屍人と外道院はその光に吹き飛ばされる。
小さな陣から発せられたとは思えないほど、すさまじい魔力が放出されている。
光が収まると、目の前がピンク色の煙にもくもくと包まれていることがわかった。
出雲は、月雲を抱えて燐の傍に座り込んでいる。よかった、無事だった。
燐は倒れたまま、目の前に現れた人物を見上げた。

「私をお呼びとは珍しい―――貴方の望みは何ですか?」

ピエロの様な悪魔は燐に問いかけた。
燐は、俺たちを助けてくれ、と答えた。


亡国のプリズム7


ここら辺でいいだろう。
用済みのごみを捨てるには丁度いい。
そんな声が聞こえてきて、直後に体に強い衝撃が走る。
馬車に乗っていたような振動は感じていたけれど、恐らくはそこから投げ捨てられたのだろう。
身体に力は入らないし、視界は悪い。
けれど人並み外れた聴力は生きていたようで、馬車が走り去る音の中でも
少しの声を拾うことができた。

王の血族も手に入ったし、兄の持っていたこの全てを殲滅する炎は使える。
弟の方には我らにとって都合のいい王となってくれることを祈るばかりだな。
除名されたといえども、ユリ=エギンは最期にいい土産を残してくれたものだ。

笑い声と共に、馬車は去って行く。
本当なら追いかけて行きたかったけれど、それもできない。
心臓を刺し貫かれ、力を奪われた今となっては燐はただの死体も同然だった。
あの剣はなんだったのだろうか、刺された瞬間から今まで自分の中にあった力が
根こそぎあの剣に奪われるのがわかった。
力を手に入れた人間がする行動は簡単だ。
男達は嬉しそうに剣を振り回して、村を焼いた。
燐の耳には遠くで人が焼き殺される悲鳴が聞こえてきていたのに、何もできなかった。

俺のせいだ。

燐の体からは血がどくどくと流れ出ていく。
命の炎が消えて、体温も下がっている。
脳裏に浮かぶのは、弟の姿だった。
スープを作ってやると約束したのに約束を破ってしまった。
雪男は泣いていないだろうか。
俺がいなくなったとしても、泣いてないと、いいな。

燐の意識が消えそうになった時、頭上から声が聞こえてきた。

「おや、こんなところに子供とは・・・」

聞いたことのない男の声を最後に、燐の意識は途切れた。


次に目が覚めると、真っ白な天井が目に入ってきた。
周囲も全て白く、目が眩むようだった。
腕を動かそうとすると引っ張られるような感覚がして驚く。
腕には針が刺さっており、その先にある液体が燐の中に流れている光景が見える。
これは俗に言う点滴というものだったが、燐は今まで病院や医者にかかったことがないので
何をしているのかがよくわからない。
片手で引っ張ってその管を抜くと、腕から少しだけ血が出た。
こんな得体の知れないところからは早く逃げ出さないと。
自分の体を見れば、身体は綺麗に清められており白い服――入院着を着せられている。
首にはタグが巻きつけられていた。
寝かせられていた寝台から降りると、足元がふらつく。
燐はどうにか踏ん張りながら、目の前にある扉へ向かおうとした。

なんだかざわざわする。
この気配は一体なんだろう。

一つの大きな光の塊の他に、無数の弱い暗闇が集まっている。
無数の暗闇の方は蠢くような動きをしているのにまるで死んでいるかのような感覚だ。
対して光の塊はこちらに向かっているような動きをしている。
幼い燐でもわかる。この光は自分にとって良くない物だ。早く逃げないと。
燐は扉を叩いた。普段の燐からしたら弱々しいものだったが、燐は普通の人間とは違う力を持っている。
がつんがつんと何度か扉を叩けば、扉は歪んで開きそうだった。
けれど、扉は燐が壊す前に開いてしまった。
開いた扉の前には、白衣を着た男がいた。かなり太っており、ぎょろりとした目が燐を見つめた。

「大人しくしてなきゃ駄目だろ~、大事な体なんだから」

男は嬉しそうな表情をしている。変な奴だ。
扉を壊そうとした燐を叱るわけでもなく、軽口を叩くだけなんて。
あやしい奴だ。
燐は逃げ出そうとしたが、扉を出る前に体に電流が走ったかのような痺れが走った。
倒れ込んだ燐を起こして、男は丁寧に寝台の上に燐を寝かせる。

「逃げようとしても無駄だよ、お前には特別な監視システムつけておいたからね。
自力で逃げれはしないよ」

キャキャキャ、と笑う男の表情が怖い。
男は持っていたカルテを開いて、燐と見比べた。
程なくして、扉からまた別の人物が入ってきた。
鳥肌が立った。仮面を被った男は、燐が意識を失う前に聞こえた声と同じ声をしている。
仮面の男は外道院、とカルテを持った男を呼んだ。外道院という名前らしい。
そして外道院は恭しく仮面の男に説明を始めた。その説明を聞き終えると、仮面の男は燐に向かって問いかけをした。

「貴方の名前は何ですか」

燐は警戒して口を噤んでいたが、外道院が答えろと凄むとしぶしぶ口を開いた。
燐だ、と口に出せば仮面の男も燐の名前を繰り返した。
すると、燐の体に一気に圧力がかかった。
燐は意識するよりも前に全身から青い炎を噴出した。
その炎が、仮面の男が発した何かを弾き飛ばす。

「私が真名を呼んだのに束縛できない上に、父上しか扱えない青い炎を・・・これは面白い」

青い炎に包まれた燐は、呆然と男達の様子を見ていた。
外道院は興奮しているし、仮面の男は燐を静かに見守っている。
こいつら、一体何がしたいんだよ。
燐は叫んだ。

「お前ら、一体なんなんだ!!ここはどこだよ、俺をどうするつもりだ!!」

ルシフェルは燐の警戒する様子を見ても怯まず、近くによって来た。

「私の名はルシフェル。検査結果を見させて頂きましたが、貴方は私の腹違いの弟です。
つまり、貴方は魔神という悪魔の神の子供というわけだ。それも私たち兄弟が決して
継ぐことのなかった青い炎を継いでいる。つまりは次代の神の器というわけです。
私はとてもいい拾い物をしたと言う訳だ」

神、悪魔。腹違いの弟。
聞いたこともない単語が燐の頭に浮かんでは消える。
燐の家族は母と、たった一人の弟だけだ。
燐はふざけるなとルシフェルに怒った。

「俺の家族は、母さんと雪男だけだ!お前なんか知らない!」
「知らないことは、知っていかなければいけません。貴方が何者なのかということも」

ルシフェルは外道院に目配せすると、外道院は部屋から出ていった。
後でデータを取らせて頂きますね、と不穏な言葉を残して。
残された燐はルシフェルから逃げて扉に向かうが、今度も扉が開くことはない。
青い炎に包まれた燐を怯むことなくルシフェルは抱きかかえた。
そのまま、寝台の上に連れていかれて押し倒される。
燐は触るな、と叫ぶがルシフェルには叶わない。

「こどもに手を出すのはサマエルの趣味だと思っていましたが、
次代の神に悪魔として目覚めてもらうには私が行うのが一番でしょうね」

仮面が外されると、その下からは金髪の美しい男の顔が現れた。
燐は悲鳴を上げる。
彼の顔は間違いなく美しいものだったのに、肌は崩れ血が噴き出していたからだ。

燐は、この日のことを一生忘れることはないだろう。
ルシフェルによって燐の体は無理矢理に開かれた。
奥底に魔力の塊を注がれ、燐は強制的に悪魔としての目覚めを迎えたのだ。


***


それからは地獄のような日々だった。
今まで人だった燐の体は牙が生え、尻尾が出来てしまい目に見えて悪魔と化してしまった。
炎を使おうともルシフェルには通用しないし、外道院には毎日のように検査をされる。
ルシフェルは体が弱いらしい、というのは最中に知ったことだ。
死人のように冷たい体は、燐と交わることで温かさを取り戻すし、
終わった後彼は目に見えて調子が良くなっている。
燐も、心臓を奪われたことで死にそうになっていた感覚は今はない。
ルシフェルの魔力のおかげで、心臓を奪われた燐の身体は失ったものを補う形で安定している。
それに悪魔化したことが加わり、燐は少しの傷も体に残らなくなった。
今は健康そのものだ。
けれど、精神的にはぼろぼろだった。
自分の意志が及ばぬところで行われる全てに我慢がならない。
早くここから出たい。毎日そればかり考えていた。

燐が何回目かの脱走を試みていると、建物の中に警報音が鳴り響いた。
燐の部屋からではない、どこか別の場所からだ。
燐が様子を伺っていると、扉が勢いよく開いた。驚いた。
ここには研究者のような白衣を着たものが数名いるようたが、
部屋の中に入ってきたのはルシフェルと外道院しかいない。
燐の閉じ込められている部屋の中に入り込んできたのは、女の子だった。
きつい釣り目に、麻呂眉が特徴的な。背後には、妖狐を従えている。
少女は燐の姿を見るなり、叫んだ。

「かくまって!!」

燐は急いで扉を閉めた。外からはばたばたと人が駆けまわる音が聞こえる。
少女は燐に問いかけた。

「私の名前は、出雲。私と似た顔の女の子を見たことはない?!月雲っていうんだけどッ」
「ないな・・・ここに連れてこられてから、部屋から出たことねぇし」
「あんたも、拉致されたってこと・・・私たちと同じね」

最深部に近いから、てっきりここにいるかと思ったんだけど。
出雲はそう呟くと、羊皮紙を取り出してもいう一匹妖狐を呼び出す。
妖狐たちは出雲の命令に従って、壁をすり抜けて部屋を抜け出していった。
何もないところから、悪魔を呼び出す力があるのか。
燐は出雲の手を掴んだ。

「俺の名前は燐、なぁ出雲。どうやってそれやってるのか教えてくれ!!」

これが、燐と出雲の最初の出会いだった。

亡国のプリズム6


誰かに呼ばれたような気がして、燐は後ろを振り返った。

けれどそこには騎士団の自分の部下達がいるだけで、誰も燐を呼んだりはしていないようだった。
気のせいかな。
燐は前を向いた。もうここは前線だ。
一瞬の気の迷いが命取りになるような場所だ。

燐は手を挙げて、隊列を止めた。
鋭い眼光で前方を見据える。
その瞳には、人には見えないものが見えていた。
燐は舌打ちした。まずいものが来ているようだ。
それも相当な数だ。今の戦力で足りるかどうか。
そう判断した後の決断は早かった。
燐は横にいる志摩に声をかける。

「おい、殿は俺が務める。今すぐに部隊を後方へ引かせろ。
志摩は救援の知らせを本国に伝えてくれ」

まだ敵に出くわしてもいないのに、どうして。
志摩の頭は疑問でいっぱいだった。
けれど、燐の表情は真剣だ。
それに、敵に臆して逃げるという風でもない。

「動物的勘が、なんか言うとるみたいやな」
「御託はいい、さっさと行け。死ぬぞ」
「うわお、そらやばいわ。急ごか!」

志摩は全隊後方へ引け!と号令をかけた。
目の前に敵がいない今の状況で、その命令の意味を行き渡らせるには多少の時間がかかる。
その時間も見越しての即断即決だったのだろう。
部隊がぞろぞろと動き出したところで、進行方向であった道。
つまりは現在の部隊の背後の方から、声が聞こえてきたのだ。
か細い、まるで悲鳴のような声。
兵は振り返った。
同時に、殿を務めると言っていた燐が剣を抜くのも同時だった。

道の先に、ふらふらと歩いてくる人影がある。

近くの村のものだろうか。
そう考えて、それはあり得ないと悟る。
この近辺の村は一つ残らず、悪魔に襲われて壊滅してしまっていたからだ。
燐が声を荒げる。

「ゾンビの群だ!!!総員、待避!!」

うわあああ、と命令が理解できなかった者達も一斉に逃げ出した。
今までならば剣や銃で脳幹を砕くことでゾンビの進行を止めることができていた。
しかし、今はそれができない。
理由はわからないが、ある時期から体の全てを残さず壊すような方法でしか進行を止められない、
新種のゾンビが現れ始めたのだ。

そのゾンビのせいで、どれだけの仲間が犠牲になったか。

騎士団にいて知らぬものはいない。
今目の前にいるゾンビに対抗するには
相当な火力で残らず焼き付くすか、致死説で排除するしかない。

「はあああ!!!」

燐は乗っていた馬を後方へと引かせると、歩兵でゾンビの群に立ち向かっていった。
本来ならば自殺行為だ。
もし自分の部下がそのようなことをしようとすれば間違いなく止めるだろう。
けれど燐にはそれができ、許されるだけの力がある。

その証拠に燐の目の前にいたゾンビ数体が、一瞬でだたの肉片に変わっていく。
人としての様を成していない程に体を消滅させる、一瞬の剣技。
燐の人並み外れた身体能力だからこそできる技だった。

暗闇の向こうからどんどんゾンビが燐の方へと向かって来ている。
皆一様に虚ろな声で美味しそうおなかがすいたという言葉を口走っている。
この場で唯一生きている人間のにおいに惹かれているのだ。
燐は眉をしかめながら、目の前のゾンビを次々に殺していった。
中には村人の姿を残しているものもあった。

彼らは皆、なりたくてゾンビになったわけではない。
せめて殺して楽にしてやることが、救いになればいいのだが。
燐は辛そうな表情でゾンビを斬っていく。

人を殺しているのか、悪魔を殺しているのか。
ゾンビを殺していると時々それがわからなくなってしまう。
前線を務める兵士がぶつかる問題を燐もまた抱えている。
けれど、迷っている暇などないのだ。
ここは殺さなければ、自分が殺されてしまう世界だから。
そろそろか。そう思っていると、数メートル先に爆撃が行われた。
炎の渦がゾンビを焼き尽くしていく。

「お、来たな!」

燐はゾンビを切り倒すと、急いで後方へと逃げていった。
今の部隊に燐ほどの実力者は希だ。
ゾンビの群が現れたら、まずできるだけ多くの人数を逃がし、後方へ引かせる。
そしてゾンビ先滅用に持ってきている大砲や火炎放射機を全員で射程範囲内まで移動させるのだ。
大砲などの武器は機動力に欠けるため、どうしても前方の部隊から遅れて運ぶことしかできない。
その遅れを補えれば、例え一歩引いたとしても後に三歩進むことができる。
無駄な犠牲を出さないためにも、ゾンビをいち早く先滅させることが今の戦には重要だ。
この作戦は、王である雪男が考えたものだった。

兵力を削がず、また先に進むための方法。

燐は前線に立つほど、雪男のことが誇らしく思う。
弟だとは決して言えない立場だけれど、俺の弟はすごいだろうと自慢してやりたいくらいだった。
ただしこの作戦は、ゾンビの存在を即座に把握することが重要だ。
悪魔の存在をいち早く察知する能力に長けた燐がいることで、
効果が増しているということに燐自身はあまり気づいてはいない。
燐は多くの赤い炎で、ゾンビの群が焼けていく様を見ていた。
大量の死が、この戦場に降り注いでいる。
燐はいつも最後までこの様子を確認するようにしている。
もちろん、ゾンビの群を排除したか確認する意味合いもあるが、本質は別だ。

「・・・俺が、お前達を殺したんだ。恨むなら、俺を恨め」

彼らも決してゾンビにも、悪魔にもなりたかったわけではない。
昨日まで生きていた人達、人として生きていた人たちを。
人ではないからと殺さねばならない世界。

戦場はそういう場所だ。殺さなければ、殺される。
燐はまだ死ぬわけにはいかない。だから、目の前の敵を殺すしかない。
恨まれる覚悟も、自分にはできている。
だから、俺以外の奴は許してやってくれ。頼むよ。
脳裏に浮かんだたった一人の家族に火の粉が降り注がないように。
燐が望むのはそれだけだ。

何発目かの大砲が撃たれた時、異変が起きた。
大砲の弾がゾンビを焼く前に、空中で停止したのだ。
燐はその様子を見て、肌を泡立たせた。
弾の前に、光の壁ができている。
光の壁は大砲の弾を防ぐだけでなく、その場で爆発し地面にいるゾンビを火の粉から守る役割を果たしていた。
火の手から逃れたゾンビは行進を続け、先へ先へと進もうとしている。

「ま、待てッ!!」

慌てて燐は剣撃をゾンビへぶつけた。
青い刃はゾンビを斬り裂き足を止める。
大砲の弾は次々に降り注ぐが、その全ては光の壁に邪魔されてゾンビへは届かない。
支援もなく戦いを続けるのはいくら燐でも困難だ。
仲間がいるからこそ戦うことができるのだということを、燐は知っている。
けれど、ここでくい止めなければ仲間が、町が、国がやられてしまう。

燐は腰に下げているもう一本の剣を見た。
これを使うしかないだろう。
相手は、ゾンビだけではない。燐の感覚がそれを知らせている。

出会いたくなかった相手に出会ってしまった。
燐は剣を降りかぶって、真空の刃を飛ばす。
その先にいるのはゾンビではなく、人影だった。
人影はいとも簡単に燐の刃を光の壁で防いでしまう。
燐の刃は人影に届くことはなかったが、代わりに光の壁は音を立てて破壊された。
地面は赤い炎で燃えている。きらきらと空中から降り注ぐ光と、燃える炎。

まるで、地獄のような光景だ。
燐はにやりと笑った。その額には冷や汗が浮かんでいる。
相手が自分より格上であることは、よく知っていた。

「てめぇにだけは会いたくなかったぜ・・・ルシフェル」

巻き上がる炎の向こうで、仮面の男が笑っていた。

「久しいですね燐、荒野で拾った頃と比べると随分と成長したものだ」

逃げ出した貴方をずっと探していたのですよ、とルシフェルはつぶやいた。

TemplateDesign by KARMA7

忍者ブログ [PR]