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CAPCOON7

青祓のネタ庫

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逆様鏡3

肌寒さに震えて、目が覚めた。
ぼんやりと目を開けてみるとそこには見慣れた寮の天井はない。
木のにおいも、古ぼけた埃の匂いもしなかった。
燐は痛む背中をさすりながら起き上った。
そこには、空が広がっていた。空はまだ日が昇る前で薄暗い。
体にかけていた新聞紙ががさりと揺れる。
燐は枕にしていた荷物を肩にかけた。自分の体温が残っていて少しだけあたたかい。

寮を、学園を、あの町を追い出されてどれくらいの日数が経っただろうか。
燐には携帯電話もないので、時々食糧調達のために立ち寄る店にかかっている
カレンダーで確認できるくらいだった。
燐には居場所がない。帰る場所もない。
当然、家が無いのだから泊まるところもあるわけがなかった。
漫画喫茶などに泊まることも考えなかったわけではないが、
祓魔師としての収入が途絶えた今となっては少しのお金も惜しい。
貯金は多少していたから、まだ大丈夫だけれどそれも何時まで持つかはわからない。

燐は体にかけていた新聞紙を丸めて、荷物の中にしまう。
サバイバルの技術として新聞紙をかけて寝ると温かいと聞いていたが、その通りで驚いている。
今日は公園のベンチで寝れたけれど、いつまでもここにいては警察を呼ばれかねない。
燐の容姿は悪魔であるせいで、十五歳の時から変わっていない。
いくら成人していると言っても、警察に信じて貰えず祓魔師免許で証明していたことも記憶に新しい。
それも今となってはできないのだけれど。

「車の免許くらい、取っておけばよかったなぁ」

燐には身元が証明できるものがない。そのうえ、外見は十代で止まっている。
人間社会では非常に生きにくい。だからこそ、あの世界で生きていたというのに。
そのことを誰よりもわかっていたのは、雪男だったのに。
雪男の姿を思い出して、胸が痛くなった。もう会うことはない。

会うつもりも、なかった。

燐は公園を後にする。今日はどこへ行こうか。
歩いて、歩いて、歩いて。
燐はあの町ではない何処かに行こうとしていた。
目的もない。目標もない。心の支えにしていたものは皆あの町に置いてきてしまった。
捨てざるをえなかった。
この空っぽの心を抱えて、燐は生きていくのだ。

「・・・何処に、行こうか」

何処で、生きていこうか。
それを決めるのは、まだとても難しいことに思える。

***

放浪を続けて、外で寝て。銭湯を見つければそこで疲れを癒した。
あの町を出て世間を見て回れば、皆日々働いて生きているということだった。
そこには悪魔の世界も、殺し合いの世界もない。
子供は笑っているし、大人は仕事をしている。
昔は当たり前のように見ていた光景がとても新鮮だった。
一度死線をくぐったからだろうか。その光景がうらやましい、とは思わなかった。
平和でよかったとそう思える。

だが、その光を揺るがす闇は確実に潜んでいる。
人には見えないものが、燐には見える。それは路地裏だったり、夕闇の影の中だったり。
人の悪口に潜んでいたり。と事欠かなかった。
光があるところに闇はある。だから祓魔師はその光を守るために、闇を祓っていた。
もう燐がその任務に就くことはない。一生許されることはない。
一生、養父の名誉を回復させることはできないのだ。
燐の心が揺れた。それに呼応したかのように、周囲の空気が乱れた。

今は逢魔が時だ。下手に気配を察知されてこちらに来られてはたまらない。
燐は着ていたパーカーのフードを被った。気休めだが無いよりはいいだろう。
町に人の気配はしない。家路につくもの、誰かと出かけるもの。様々だ。
その中に紛れて、燐も今日の寝床を探そうとした。
一度、公園の茂みで寝ようとするといきなり男に声をかけられた時は驚いた。
いくらで買える、と凄まれたので怖くなって男を突き飛ばして逃げたけれど、
そういう場所。というのも世の中にはあるらしい。
以来燐はきちんと下調べしてから寝床にするようにしている。
だからこそ、寝られる場所は限られるので日々難儀しているのだが。
今日はどこにしようかな。と歩いていると、声をかけられた。

「おいお前、ちょっといいか」

燐は自分に声をかけたのだとは思わず、そのまま歩き出そうとした。
すると、背後にいた人物が焦れたのか燐の肩を掴んだ。
見ればその人物には悪魔が憑りついている気配がした。
目が殺気を帯びている。どうやらリーダー格の男に声をかけられたらしい。
後ろには子分とみられる男が二人いた。

「ここいらじゃ見ない顔だなどこから来た」

不良、と呼ばれる奴らだろう。厄介な奴らに目をつけられてしまった。
それも一人は悪魔憑きだ。悪魔の目からも騎士團の目からも隠れるようにしてきたというのに。
燐はリーダーの男の手を振り払った。そのまま無言で逃げ出す。
案の定、待ちやがれと言って追いかけてきた。人通りが多いところで目立った行動はできない。
燐はそのまま路地裏に入って行った。今日の寝床にしようかと思っていた候補地だったのだが、
この際しょうがない。燐は突き当りまで来ると、後ろを振り返った。
細い路地裏をリーダー格の男が先頭で走ってきている。その顔はもはや悪魔そのものだった。

「恨むなよ」

燐はそう声をかけると、男に向かって走った。
男は急に立ち止ることもできず、燐と正面からぶつかるように対峙した。
燐は自身でつけた勢いと合わせて、男の顔面に掌底をぶつける。
勢いがあったせいだろうか。男の体が後ろに一回転して倒れ込んだ。
背後にいた子分は何が起きたかわかっていないらしい。
燐はそのまま勢いを殺さず、路地の壁に足をつけてジャンプし、斜め向かいから男の顔を蹴り飛ばした。
そのまま空中で一回転して、その後ろにいた男も勢いを殺さないまま蹴りつける。
人が面白いように宙に舞った。念のため言っておくと、着地場所はゴミ捨て場だ。
ゴミ袋がクッションになるので、重症にはならないだろう。

しかし、悪魔憑きの男は急所狙いで完全に伸びてしまっているので手は早く打たなければならない。
燐は倒れているリーダー格の男を睨み付ける。
正確には、その裏側。内部と呼んでもいいだろう。その暗闇に潜む影を、あぶり出す。

「見つけた」

言うや否や、視線で男の体を燃やした。青い光が一瞬光って消える。
男から悪魔の気配は消えていた。
以前の様に、大規模な炎は使わない。誰が見ているかわからないので、勝負を決める時は一瞬だ。
その姿を見られてはいけないので、子分の方も両方とも寝ていてもらっている。
燐は今一人だ。何かあっても誰が助けてくれるわけでもない。
誰も助けてはくれない。だから、何があっても自分一人で生きていかなければならないのだ。
燐はリーダー格の男のポケットを探って携帯電話を取り出した。

「あの、喧嘩みたいです。男の人が三人倒れてて・・・一人は顔がっ」

いかにも今来たような一般人を装う。転がっていた男の携帯からかけていることを伝えて、
名前を聞かれても偽名を答えることを忘れない。
119番を押して、この場所を伝えると燐は携帯を男に向けて放り投げた。
せっかく寝床になりそうな場所だったというのに。
今から救急車や警察が来てはおちおち眠ってもいられない。
こういうとき、身分が不安定な者というのは真っ先に狙われる。
まったく、生きにくい世の中だ。燐はため息をついて路地裏から出ようとした。
すると、路地の先に人が立っていることに気づいた。

「・・・?」

その人物は先程まではいなかった。燐は気配には敏感だ。
何処に何がいて、それがどういう者なのか。
それは今までの戦闘で見に着いてきた知識と、経験による勘だった。

やばい奴に見つかってしまった。
燐は舌打ちをする。

気配を隠すことがうまい奴は、よほどの低級が、上級。
今回は上級に当たってしまったようだ。それも、人型。最悪である。
燐は思わず腰に手をやった。そして、そこにいつもの相棒がいないことに気づいてはっとする。
倶梨伽羅は刀だ。日本では銃刀法違反という法律があるので、街中を刀を持って歩くわけにはいかない。
だからこそ、養父の形見である神隠しの鍵でいつもは倶梨伽羅を隠していた。
周囲を見ても、刀を取り出せるような鍵穴はない。
歩兵戦と、少しの炎で切り抜けられるだろうか。

顔は見えなかった。
それでも、敵は素早く燐に向けて悪意を飛ばしてきた。
魍魎の群れが燐の視界を遮る。それを全て燃やすと、魍魎の影から男が下から腕を突き出してきた。
燐はそれを身体を傾けることで避ける。
頬を少しかすったけれど、なんてことはない。
燐は男の腕を掴んで、懐に入る。そのまま投げ飛ばそうとした。
けれど、背負う前に男の体が動かなくなる。

足元を見れば、影に潜んだ魍魎が燐と男の足を地面に固定していた。
これでは男を背後に招いたようなものだ。燐は魍魎を燃やして急いでその場から離れようとする。
しかし、男の方が早かった。
燐に掴まれていた腕を振りほどき、逆に燐の腕を掴んで上に引っ張った。
身長差があるせいで、燐の体は宙に浮きそうになる。引っ張られているせいで千切れそうなくらい腕が痛い。
男は開いている手で燐の体を首から腹にかけて撫でる。
その仕草が嫌に粘着質で、思わず鳥肌が立った。

「気持ち悪ィんだよッ!離せ!!」

男は燐の声を聞いて、一瞬動きを止める。
腹を撫でていた手がそのまま首筋まで這い回って、燐の頭を覆っていたフードにかかった。
燐が止める間もなく、フードが外される。
男は露わになった燐の項に顔をうずめた。匂いを確かめるように嗅いでいる。
べろりと首を舐められた時には思わず悲鳴を上げてしまった。
変質者だ。危ない人だ。
おまわりさん。こっちです。
そう叫べたらどんなによかっただろうか。
残念なことに、都会で救急車やパトカーがたどり着くまでにはそれなりに時間がかかる。
燐が呼んだそれらも、まだ到着してはいなかった。

「若君お探ししておりました」

燐は背後を振り返る。今度は至近距離なのでよくわかった。わかりたくもなかったが。
忘れもしない。その白髪に、燐のことを若君と呼ぶその態度。

「アスタロト、お前なんでここにッ」

このまま虚無界に連れていかれてはたまらない。
燐は全身に青い炎を宿して、抵抗しようとした。それよりも先にアスタロトが動く。
燐の腹に、熱い何かが刺さった。
見れば、ナイフが刺さっていた。痛い。かなり痛い。
何の躊躇もなく、ナイフはその全身を燐の体の中に埋められている。
血が溢れ出して、口からこぼれる。
出血と痛みから、意識が遠のいていった。

やべぇ、痛い。かなり痛い。

背後から悪魔の笑い声が聞こえてきたけれど、どんどんそれも遠くなっていった。
脳裏には、別れた友達の姿と、修道院の人たち、弟の姿がよぎった。
でもその人たちは今燐の周囲にいない。誰もいない。
そして思い知る。俺は、死ぬときは一人なのだと。
自分の身元を辿れるようなものは持っていないから、どこの誰かはわからないだろう。
奥村燐の死は誰の目にも止まることもない。
友達にも、雪男にも。皆は俺が死んだことを知らずに生きていくんだろう。
それは、とても悲しいことに思えた。

誰か。血と共に口から言葉がこぼれ出た。
助けて、とは最後まで言わなかった。

倒れ込むように燐は前のめりに傾いたが、その体は背後からアスタロトが支えた。
意識のない燐を見て、アスタロトはようやく安心したようにつぶやく。

「共に参りましょう、若君。あの憎きサマエルの結界から解き放たれる時を
ずっとずっとお待ちしていたのですよ」

その声には、ナイフで燐を刺し貫いた冷酷さは感じられなかった。
反対に、恍惚とした表情が浮かんでいる。
アスタロトは血塗れの燐を横抱きに抱えると、そのまま夜の闇の中に消えていった。
遠くからは、救急車とパトカーのサイレンの音が響いている。


現場に残されていた血の量を見て、救急隊員は顔を青くした。
その血は現場に残されていた誰の血でもなく、明らかに致命傷と呼ばれるような出血量だったからだ。
話題はニュースで少しだけ取り上げられたが、

世間は不良同士の喧嘩だろうとそれほどその事件に関心を寄せたりはしなかった。
どこの誰とも知らない相手のことなど、世間ではその程度にしか見てはいないのだ。

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