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CAPCOON7

青祓のネタ庫

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モリナスの契約書

目の前に置かれた契約書に己の血を持ってサインをする。
これでもう逃げることはできない。
「さぁ、契約成立だ」
男はにやりと笑った。

***

「兄さん!」

雪男は中庭を歩いている燐に声をかけた。
燐は雪男のことに気づいているだろうに、立ち止まることはない。
いらだちを隠せない雪男は燐の肩を掴んで立ち止まらせる。

「ようやく会えたのに・・・なんで無視するんだよ!」

燐はゆっくりと振り返った。青い瞳が睨みつけている。

「触るな」

燐の冷たい言葉を受けて、雪男も睨み返した。お互いに話す言葉は少ない。
二人は制服ではなく祓魔師のコートを羽織っている。
このコートを羽織った瞬間から、二人の道は大きく別れてしまっていた。


祓魔師試験に合格すると同時に、燐は騎士團本部に呼び出された。
きっとまた監視を増やされるなり、拘束されるのだろうと踏んでいたのだが、
騎士團の提案は燐の度肝を抜くものだった。奥から出てきた男が燐に手を振って答える。

「やっほ~奥村燐君」
「え・・・誰・・・」
「はじめましての方がよかった?僕はルーイン・ライト。
ライトニングって呼んでもいいよ。今日から君は僕の使い魔だ。
僕は君のご主人様になるからそのつもりでよろしく」

そう言って男は握手をしてきた。燐はただただ男の不適な表情を見つめているしかない。
え、使い魔って。あれか、しえみや出雲が使役しているあいつらみたいな。俺が?

「お、俺が!??だって祓魔師の試験に合格して・・・」
「うん、だから手元に置いて監視しようかって方針になってさ。
だから君はもう日本にも帰れません。残念でした」
「ええええ!?」

ライトニングは燐の首根っこを掴んでそのまま別室へと連れていった。燐は部屋の中央に投げ込まれる。
扉は無情にも閉められて、鍵をかけられた。暗い部屋に見知らぬ男と二人きり。
警戒心をむき出しにした燐は、全身から青い炎を吹き出した。ライトニングはその炎を興味深そうに眺める。

「うわぁ、実際に見ると綺麗だねぇ」
「どういうことなんだよ!こっから出せ!」

燐が怒鳴ると、部屋が呼応するように揺れる。魔神の落胤の力は伊達ではないらしい。
ライトニングは素早く印を組むと、床に手をついた。その場所からオレンジ色の光が宿り部屋全体を覆っていく。
光は線となり、糸のように絡まりあう。そのまま燐の周囲を取り囲み、編まれた糸は檻を形作った。
それだけではない。ライトニングが指を鳴らすと、暗闇から悪魔が出現した。無数の瞳がこちらを眺めている。
時折、若君様。という言葉が聞こえてくる。
燐がライトニングを睨みつけてもライトニングは飄々とした態度を崩さない。
それどころか携帯電話を取り出してどこかに電話を始めた。

「南十字男子修道院は、君のかつての家だったよね?」

燐の鼓動がどくんと脈打つ。この男は何を言っているのだろうか。
ライトニングは燐の不安を煽るように続ける。

「正十字学園の端にある祓魔屋」
「京都の虎屋」
「ああ、旧男子寮もそうだね」

しえみや勝呂達、そして雪男の居場所だ。この男は燐の大切な人たちの居所を知っている。
これは明らかな脅しだった。暗闇にいた悪魔達が蠢いている。

「僕には多くの使い魔がいてね、各地に諜報に向かわせたりするのも仕事の一つさ。
そして命令一つで彼らは殺しだって行えるよ。だって悪魔だからね」

ライトニングが携帯を切り、指で首を切る動作をした。燐の大切なもの達の命はこの男が握っている。
燐は緊張で冷や汗をかいた。炎の勢いが収まっていく。
このまま抵抗して、ライトニングを倒すことも燐の力では恐らく不可能ではない。
でも、それをすることで皆が危険に晒される。燐の周囲にあったオレンジ色の檻が揺らめいていた。
ここに来る前に雪男には気をつけろと言われていた。でも、どうすることもできない。
一人日本に残すことになった家族に心の中で謝った。
ごめんな。でも、お前等を見捨てることなんてできない。俺には無理だ。ライトニングは笑っている。


「奥村燐、僕の使い魔になれ」


悪魔を縛るには、言葉と力が必要だ。
燐を縛るためにライトニングは策略を巡らせた。
燐は抵抗することができず、そのままうなずく。
すると、オレンジ色の檻が輪に変化し、燐の首を縛りつけた。

「う、ああああああ!!!」

首を押さえてうずくまる。燐が床でのたうち回っていると
ライトニングが指を鳴らした。嘘みたいに首の痛みが無くなる。代わりに、冷たい感触が一つ。

「僕のものだっていう、証拠だよ」

冷たい銀色の枷と、小さな南京錠に拘束された首元。
この日、燐はライトニングの使い魔になった。
そして、逃れられない日常が始まったのだ。

***

「おい奥村燐、飯はまだか」
「うっせーな今やってるよ!!」

燐は野営の森の中でご飯の支度をしていた。近くの切り株に腰掛けたアーサーはすました顔でご飯を所望している。
最初のうちは燐が騎士團本部にいることに抵抗感を示していたのだが、
参謀であるライトニングの使い魔であるならイヤでも一緒にいることが多くなる。
そのうちに燐の料理を口にしだして、今では強請るようにもなった。
なんだかんだと一緒にいるようになってアーサーとは距離間が縮まったのだが、
ライトニングとの関係は最初の頃と変わらない。燐の首を縛る枷は主従関係の証だ。
命令を受けると逆らえないことがイヤだ。そこに燐の意志がないことが。

アーサーにできあがったカレーを渡すと、彼は素直にそれを口にしていた。
アーサーは純粋培養の賜物なのか、食事の時に話はしない。しばらくは静かだろう。

燐は空を見上げた。星空が広がっている。この星を雪男や皆も見ているのだろうか。
試験に合格したことで、一番喜んでくれたのは雪男だった。
今まで苦労をかけた分、これからは雪男に心配をかけないようにしようと
思っていた矢先の出来事だったのだ。

あれから半年はたっている。ライトニングの策略なのか騎士團の思惑なのかは知らないが、
電話はおろか一度も会ってすらいない。大丈夫なのかな。
あいつ、俺の飯で生きてきたようなもんだから、腹空かせてないといいけど。
燐はため息をつく。背後から声がかかった。

「ため息などつくな、任務中だぞ」
「飯食ってた奴に言われたくねーよ」

アーサーは燐から数歩離れた場所にいた。
以前より近くなったとはいえ、やはり悪魔と人間という立ち位置に変わりはないらしい。
アーサーはぼそりと呟いた。

「ある疑惑が浮上している」

燐はアーサーの方を見た。アーサーは淡々と言葉を告げる。
燐に話すということは、使い魔としての任務の前触れと考えていいだろう。

「騎士團内にイルミナティのスパイがいることは知っているな」
「・・・ああ」

確か、シュラが日本支部のスパイを洗い出す任務に当たっていたはずだ。
燐は首を傾げる。ヴァチカンに二名。日本支部に一名。そのスパイがなんだというのだろうか。

「新たに情報が入った。お前はイルミナティのスパイを炙りだす任務についてもらう」
「場所はどこだよ。海外だったら、俺会話すらできねぇんだけど」
「鹿児島支部だ」
「九州か・・・え、九州に支部あんの?」
「いやない」
「・・・冗談がわかりにくい」
「そうか?」

アーサーにとってはスマートな冗談だったらしい。意味がわからない会話はスルーするに限る。

「場所は日本支部だ」

アーサーの言葉に燐は耳を疑った。あれだけ帰りたかった場所に行けるなんて。
でも次の言葉に燐は絶望に突き落とされる。

「お前の弟・・・奥村雪男にイルミナティのスパイ容疑がかかっている」

アーサーにしては歯切れの悪い言い方だった。
燐の動揺した様子が不憫に思えたからかもしれない。

***

燐はライトニングの命を受けて、日本支部に戻ってきた。
試験に合格して以降戻れていないので、懐かしい。生まれ育った国だからだろうか。
日本の空気はやはり体に馴染む。

中庭を散策しながら、燐は物思いに耽っていた。
アーサーから聞いた雪男の疑惑。あの優秀で優しい弟に限ってそんなことはしないと信じていた。
だってイルミナティは藤堂がいる組織だ。藤堂は勝呂の家を。明蛇宗の皆を苦しめた張本人じゃないか。
そんな男と雪男が連むはずなどない。

燐は首元に手をかける。
冷たい感触だ。この枷がはめられて以降、燐はタートルネックで首を隠すようになった。
使い魔になったことは事実だが、それを人に見られたくなかった。
本部にいた頃なら知り合いは少なかったので余り気にしないで済んだ。
でも日本には知り合いが多い。それに何より雪男に見られたくなかった。

あいつはこれを見たらどう思うだろうか。

そう考えていると、背後から声がかかった。懐かしい声だった。

「兄さん!」

ああ、雪男だ。燐は立ち止まりそうになる。でもそのまま歩みを止めることはない。
燐にはライトニングから命じられていることがあった。奥村雪男の身辺を探ること。
しかし、必要以上に彼に立ち入ってはいけないこと。

破ればどうなるか。燐にはわかっていた。
でも正反対に見える命令をどう解釈すれば良いものか。そこが悩むところだ。
雪男は燐の肩を掴んで立ち止まらせる。

「ようやく会えたのに・・・なんで無視するんだよ!」

燐はゆっくりと振り返った。青い瞳が睨みつけている。

「触るな」

近づくと、お前に迷惑がかかる。
たぶん今もどこかで別の使い魔が燐達を監視しているはずなんだ。

燐の冷たい言葉を受けて、雪男も睨み返した。お互いに話す言葉は少ない。
二人は制服ではなく祓魔師のコートを羽織っている。
このコートを羽織った瞬間から、二人の道は大きく別れてしまっていた。
なんでこんなことになったんだろう。燐にはわからなかった。

「兄さん・・・話したいことがある。あのライトニングって男の話だ。
兄さんを使い魔に拘束しているあいつは―――」

雪男が燐の手を掴んで話を始めた。あの男に契約書を書かされたことを。
燐は初耳だった。燐が大人しくしていれば、雪男達には何もしないと信じていたのに。

「僕は大丈夫だよ、それよりも」

燐が動揺していると、嫌な気配が中庭に満ちていた。何か来る。
燐は雪男の手を掴んで自分の元に引き寄せた。
今まで雪男がいた場所に大穴が開く。この気配。上級悪魔か。

「雪男!下がってろ!」

燐は倶利伽羅を抜いて、雪男を背後に庇った。穴に広がる暗闇の中から、悪魔が出てきた。
黒く醜悪な姿だ。燐達に向かって襲いかかってきた。燐は黒い腕を刃で受け止めて、軌道を逸らし、
がら空きになった懐に潜り込んだ。そのまま心臓部分に倶利伽羅を突き立てる。
刃を辿って炎をありったけ送り込んだ。

「終わりだ!」

悪魔の断末魔の叫びが響く。青い炎は神の炎だ。全てを焼き付くす炎の前では、どんなものでも屈してしまう。
燐が雪男に駆け寄った。
燐が側にいたからいいものの、あの悪魔相手だと雪男一人では怪我をしていたかもしれない。

俯いている雪男の顔を燐はのぞき込んだ。雪男は笑っていた。
燐を自分の腕に閉じこめる。ようやく感じることのできる兄の体温に雪男は心の底から安心した。

ああ、兄が自分の側にいる。

対して燐は雪男から離れなければと思っていた。
ライトニングから必要以上に立ち入るなと命じられていたのだ。その証拠に燐の首にはめられた枷が燐を苛む。

「雪・・・男、離してくれッ」
「ああ契約の枷か、忌々しいね」

雪男の指が枷の中心にある小さな南京錠をなぞった。
燐の体に激痛が走る。枷を外そうとしたり、主人の命令に背けば罰が下る仕組みだ。
苦しむ燐を腕に閉じこめて、雪男は南京錠にある鍵を近づけた。

「今、自由にしてあげるからね」
「いや、だッ!うあああああああ!!!」

鍵穴に入ってくる鍵には不穏な気配がした。
正式な手順を踏んでいない枷の解錠は使い魔にとっては苦しみでしかない。
かちん。中庭にオレンジ色の光が広がる。
光が収束すると、燐が雪男の腕の中に倒れ込んでいた。雪男は燐を抱えると、そのまま歩き出す。

「モリナスの悪魔を殺すなんて、兄さんはやっぱりすごいね」

契約を破った者を殺す悪魔。契約者が悪魔を殺すことはどんなことをしても不可能だ。
しかし、青い炎というイレギュラーならば話は別。雪男はわざと燐に話をすることで、悪魔を呼び寄せた。
もちろん、あれがモリナスの契約悪魔であることなどは誤魔化して伝えたので
燐はまんまと雪男に騙された訳だ。
中庭を抜けると、黒い陰があった。陰から男の声が聞こえる。

「願いは叶ったかい?」
「ええ、僕たちは自由だ」

陰から出てきた男は、藤堂だった。



目の前に置かれた契約書に己の血を持ってサインをする。
これでもう逃げることはできない。

「さぁ、契約成立だ」

男はにやりと笑った。
兄である燐は、試験に合格すると同時にヴァチカンに拉致されてしまった。
あげくに、使い魔としての契約を無理矢理に結ばされて、
人としての扱いを受けていないという情報を聞かされた。
兄を守ることができなかったという自責の念に駆られた雪男は、心が悪に染まっていく自分に気づく。

「お兄さんを助けたいかい?」

悪魔の囁きは、雪男の背中を押した。雪男は兄を助けるために悪魔と手を組んだのだ。



「イルミナティは君たち兄弟を歓迎するよ」
騎士團から離れた遠いところへ。藤堂は二人を導いていく。
雪男は腕の中の燐に話しかける。これからはずっと一緒だよ。と。燐の意識は未だ覚めなかった。


***


「いたた・・・してやられたなぁ」

血を流す自身の腕を見ながら、ライトニングは呟いた。
契約を破られた代償はライトニングにも返ってくる。
もちろん、詠唱、召喚儀式のスペシャリストとしてはその代償を軽くする方法も心得ているので、
この程度で済んでいる。本来ならば、死んでいてもおかしくはない。

「だが計画通りだ」

ライトニングはわかっていた。燐をおとりに使えば、雪男が動き、イルミナティが出てくるだろうことも。
だから燐をあえてあの場に向かわせた。燐には命令以外で伝えたことがある。
無事に戻ればそれでいい。
もしイルミナティに連れていかれたなら、こちらへ情報を流すこと。
つまり、イルミナティ内部に入り込んだ燐にスパイをやらせるということだ。
誰も正直な彼がそんなことを考えているなど思いもしないだろう。
燐も最初は抵抗感を示していたが、弟を救う為だと言えば了承した。
あの兄弟の絆は深い。だからお互いを救うためならばどんなことでもするだろう。


「無事に帰ってくることを祈っているよ」


ライトニングも、側に居た使い魔に情がわかなかったわけではない。
それでも彼は飄々とした態度を崩すことはなかった。

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疲れていた。本当に疲れていたのだ。

連日連夜の任務三昧に、魔神の息子だからという理不尽な罵倒。
あげくの果てには、任務地に置き去りにされてしまった。
鍵を持っているので帰れないことはないが、団体行動を主としているのだから普通点呼くらい取るだろう。
次の瞬間。燐が取った行動は衝動的なものだった。
携帯電話の電源を切る。これだけで今の便利な世の中から隔絶された。
そして、自分に着いているだろう監視にも炎で目くらましをかけておく。
ちょっと前に身につけた便利な技で、陽炎を見せて視界を惑わす方法だった。
燐が離れれば姿を消すので害もない。

「疲れた、本当に疲れたんだ・・・」

誰にも連絡を取らず、燐はその場から姿を消した。
燐が失踪したことに日本支部が気づいたのは、それから三日ほどたってからのことだった。

***

「どういうことですか!」
雪男は目の前の報告書をたたきつけた。
報告書には燐が最後にいた場所のことが書いてあるだけで、足取りは依然として掴めない。
メフィストは叩きつけられた報告書を取り上げるとぱらぱらと興味なさそうにめくった。

「どうもこうも失踪でしょう。なあに思春期にはよくあることだ」
「兄はもう学生じゃありません!」

雪男と燐は正十字学園を卒業して現在は祓魔師として生計を立てている。
雪男は祓魔師として所属はしているが本業は大学生だ。休職扱いになっている為、
以前に比べれば任務に出る回数は減った。その代わりに燐が出る回数が増えている。

燐はある任務を境に失踪してしまった。任務自体は簡単なものだったのだが、組んだ相手が悪かった。
生粋の純血主義者で、悪魔を毛嫌いしているヴァチカン所属の祓魔師がリーダーの
グループにあてがわれてしまったのだ。

普通なら仲違いするような相手と組ませることはしない。
今回なぜそんな悲劇が起きたかというと、グループの実力が今回の任務に合っていなかったからだ。
燐がいてようやく均衡が取れるなど、祓魔塾生にも劣る実力と言われてもしょうがない。
しかし、バックに着いているのは強力な血筋主義者やヴァチカン所属の貴族だ。
敵に回せばあることないこと吹き込まれて、騎士團での地位が危うくなってしまう。
誰も組みたがらないところにいたのが、これまた騎士團の信用がまだまだ低い燐だった。
燐はお坊っちゃんのお守り兼、捨て駒のような扱いを受けたわけだ。怒ったとしてもしょうがない。

でも、誰にも連絡を取らずに失踪するのは社会人としてはどうなのだろう。
雪男が怒っているのはそこだった。
SOSを出してくれたなら、こっちだって対処の仕様があったのに。
兄は何も言わずに消えてしまった。なんて腹立たしい。弟がそんなに信用できないのだろうか。

「帰ってきたらたっぷり叱ってやる!」
「・・・思うんですけど、奥村君が逃げた原因の一つって先生じゃないんですか?」
「え、いやそんなこと」

ないとも言い切れない自分がいた。雪男は思い返す。
そういえば大学生活が忙しくて任務に着いていけない分、
しっかりと自分の身を守れるようにと色々なことを頭に叩き込んだ。
仕舞にはオーバーヒートして頭から煙を出していたのだが、兄の為を思ってと心を鬼にして教えこんだのだ。
もしかしてあれが辛かったのかな。
雪男は思うが、燐ではないのでどう受け止められたのかはわからない。

「でもそれを言うとフェレス卿だってそうですよ」
「何がですか」
「兄に変な輩と任務組ませたり、かと思えば休日返上の任務三昧。労働基準法違反です」
「過酷な労働に耐えかねて、ですか」

脳裏によぎったのは過労死という言葉だった。
つい最近まで雪男に当てはまっていた言葉だが、今では燐にお似合いになってしまった。
メフィストは指を折って何かを数えている。四本の指が曲げられた。

「なんですかそれ」
「奥村君の睡眠時間数えてみたんです」

見て雪男は驚く、一日四時間だ。一日十時間は寝ないといけない体の兄からしたら苦痛だろう。
雪男はショートスリーパーなので問題ないが、睡眠時間は体質の問題だ。
いくら訓練しても直るものでもない。雪男は燐が可哀想になってきた。
疲れていたんだな。と思った。だが雪男の予想は大きく外れていた。

「二週間で四時間ほどですね」

目が点になった。二週間で四時間。何日寝ていないんだ。
睡眠のペースは定かではないが、四時間寝て二十時間動いてあとは全て徹夜ということも。
あり得ない。雪男が祓魔師として働いていた時以上の激務だ。
雪男の脳裏に過労死という言葉が現実味を帯びてきた。

「もしかして失踪じゃなくて、どこかで倒れてるんじゃ・・・」

どっと嫌な汗が噴き出してきた。雪男は携帯で呼び出して見るが、一向に繋がらない。
メフィストの方を見てみるが、燐の魔力の足跡が微量すぎて辿れないらしい。

ますます燐の行き倒れ、過労死が濃厚になってきた。いやそれならまだましだ。
どうしよう。雪男の脳裏にはビルの屋上から身を投げる燐や、電車に跳ねられる様子が浮かんできていた。
悪魔だから治癒力があると侮ってはいけない。
普通より死ににくいというだけで、悪魔だって死ぬ時は死ぬのだ。
一刻も早く兄を見つけなければならない。

雪男が部屋を出て行こうとすると、携帯が震えて着信を告げていた。
兄からだろうか。急いで確認すると、メールだった。送信者はしえみだ。
しえみが携帯を持つようになる日がくるとは夢にも思わなかったが、
祓魔師になってから任務に必要だからと持たされたらしい。

この間も使い方を教えて欲しいと頼まれたことがある。
それを兄である燐が動揺しながら訪ねて来たので、
自分達の関係性は高校生の時から全く変わっていないのだな。としみじみ思った。

兄が動揺する姿がおもしろかったから放っておいたけれど、
今思えば精神的なダメージを与えるべきでなかったと悔やまれる。
しえみの用事は何だろう。今日は特に祓魔屋に行く約束などはしていない。
雪男は急いでいたが、確認だけは怠らない。開いたメールは度肝を抜く内容だった。

「ゆきちゃんたいへん!ヴァチカンでりんがからだをうろうとしているよ!」

変換ミスすらできていない操作性が恐ろしかった。


***


燐は疲れていた。そして現在ヴァチカン本部の中庭でうずくまっていた。
逃げたいと思った先が燐にとって敵とも呼べる騎士團本部とは、自殺を疑われてもしょうがない。
燐は疲れていた。しかし、正気はまだ失っていなかった。

燐が衝動的に行った逃走は、わずか一時間で終わっている。

燐が逃亡すれば戻ってきた時に状況が更に悪化しないとも限らない。
雪男にも迷惑がかかる。だから社会人として最低限の礼儀は取らなければならないと思ったのだ。

休ませてください。本部にそれを訴えたかった。

でもそれをする前に歩けなくなってしまった。睡眠を取っていないので体が限界だったのだ。
中庭の木の下まではたどり着いたが、そこからどうにも動けない。
いっそ眠れたらよかったのだが、ヴァチカン本部には対悪魔用の結界が張られていて
その効果が燐の神経を苛む。

寝たいのに眠れない。なにこれ辛い。

それがかれこれ三日ほど続いている。燐はもう三日ここから動いていないのだ。
普通なら誰かが気づきそうなものだが、ヴァチカン本部は祓魔師の総本山なだけあって誰もが忙しい。
中庭はあれど、便利鍵があるので外に出る必要もないのだろう。ここを通る者はこの三日一人もいなかった。

燐は携帯を取り出した。最初は切っていた電源は、今は電池切れでうんともすんとも言わない。
例えばここで魔神を憎む輩がいたら間違いなく殺される自信があった。
燐の徹夜期間は既に二週間以上。まともな判断力はない。死んでいないだけ奇跡だ。

「死んだら寝れるかな・・・」

ああ昼間の日差しが辛い。目が焼かれる上に灰になってしまいそうだ。
燐が膝を抱えていると、草むらの上で何かが動いていた。
目を開けると、グリーンマンが燐に向かって何かを話しかけている。
にーにー!と話す言葉を聞いて燐はわずかに正気を取り戻す。

「しえみが来てるのか」

しえみが召還しているグリーンマンのニーちゃんだったらしい。
しえみと聞いて芋づる式に記憶が甦った。しえみと雪男がまた何かこそこそしてた。
まさかつき合っているのかと問いただせば雪男は馬鹿にしたように笑うだけ。
高校時代の悪夢が思い出される。燐の精神が更に追いつめられた。

「俺・・・いなくなった方がいいのかな」

燐の目に光が無くなった頃を見計らったように、声がかかる。

「じゃあ僕のところに来ない?」

燐が顔を上げると、そこにはチューリップハットを被った気だるい男がいた。見たことのない男だ。
目元が隠れているので如何にも怪しいけれど、燐にその判断をする余裕はない。
誰かいる。くらいの気分だ。
男は燐の頬をぺたぺたと触った。隈がすごいね。と話しかけている。
燐の状態を確認しているようだ。

「あんた誰」
「僕はライトニング、騎士團に所属している祓魔師だよ。
召還系を得意としているんだけど、よかったら僕のところに来ない?眠れるよ」
「眠れるのか」
「うん、それにある程度の権力持ってるから騎士團で自由にもしてあげれるかなぁ」
「俺はどうすればいいんだ?」

燐だって、そんな甘い話がないことくらいわかっている。
でも眠れるという餌に飛びついてしまった。
今は一刻も早くここから離れて寝たい。とにかく寝たい。

ライトニングは悪い顔をした。魔神の落胤、奥村燐が三日前からここで死にそうになっていたのは知っていた。

三日前だったらまだ燐は判断力が残っていた。
だからわざわざ放置して、結界も強めに張って、人もここに近づかないように気を使っていた。
獲物は徐々に追いつめて捕らえるものだ。


「簡単さ、僕と契約して使い魔になってよ」


ライトニングは一枚の紙を取り出した。
弟の雪男にはモリナスの契約書にサインさせたが、兄である燐には直属の契約を結ばせよう。
使える駒は多い方がいい。
魔神の落胤が手元にいれば便利だし、おとりにも使えるし、何よりきっとおもしろい。

燐が契約書を受け取ろうとすると、下の方からにーにー!と訴える声が聞こえてきた。
グリーンマンがやめてやめて、と必死に訴えている。燐はやめるべきかと考えた。
でも、寝れるという餌に飛びついてしまいたい。

グリーンマンは揺れる燐の思いに気づいて、このままではまずいと考えた。
なんとかしてご主人に知らせなければ。ニーちゃんはこの様子をしえみにテレパシーで報告した。
契約者と使い魔は繋がっている。だから、離れた場所からでも連絡や報告が可能だ。
ライトニングもこの力を利用して諜報活動を行っている。
ライトニングはニーちゃんの存在に気づくと、ぺしっと指で弾きとばした。
哀れ、ニーちゃんは召還を解かれてしまう。燐の味方はいよいよいなくなってしまった。

「君の願いを、僕は叶えてあげられるよ」

甘い言葉を吹きかける。まるで白い獣の営業活動のように。
燐がその契約書にサインをしようとすると。


「駄目――――!!!!」


雪男が間一髪で間に合った。声が太いのはご愛敬だ。雪男は時をかける女子ではなく男である。
ライトニングと燐の間に入って、契約を阻止する。

「これは罠だ、誘いに乗るな!」
「雪男・・・お前しえみは・・・」
「しえみさんから、連絡を受けてきた。命を粗末にするな!」

使い魔の契約は一度交わすと破棄することはできない。
そのため大抵召還者側が有利になる契約を取り付けるのが一般的だ。
雪男は振り返って燐の状態を確認した。
目が死んでいた。こんな状態の兄を見るのは初めてだ。
如何に兄が追いつめられていたのかが理解できる。
でも、燐には雪男がなにを言っているのか理解できていなかった。
燐が理解できたのは、雪男が自分に向かって怒っているということだった。寝不足とは恐ろしい。

「お前まで俺に寝るなっていうのか・・・ひどい・・・こんなのってない・・・あんまりだ・・・」
「ま、待って兄さん違うんだよ」

譫言のようにつぶやく兄を見ていられなかった。
おろおろと弁解する弟、病んでいる兄。
そんな兄弟の姿を見て、ライトニングは今日のところは引き下がるよ。と声をかけた。
雪男がライトニングを睨みつける。
油断も隙もない男だ。自分だけならまだしも。兄にまで契約を持ちかけるなんて。


「奥村燐君。僕と契約したかったら何時でも声をかけてくれ。待ってるからね~」


そう言って消えていった。絶対にそんなことさせるものか。
聖騎士の参謀は油断のできない男だ。
雪男は燐を背中に背負うと、近くにあった扉に鍵を指す。
帰る前にしえみに一言メールを打っておいた。
彼女とニーちゃんの功績がなければ燐はライトニングと契約していただろう。
使い魔の契約とは、契約者へ悪魔の命をかける行為だ。
言い方はまずいが、体を売っているのと同じである。
たぶんしえみはニーちゃんからの言葉をそのまま伝えたからあんな表現になったのだ。

「兄さんを使い魔になんか絶対にさせない」

雪男は燐を背負い直すと、扉をくぐった。
着いた先は六○二号室。二人の家だ。雪男は死んだ目の燐を布団に寝かせる。
燐の目に光が戻ってきた。確かめるように布団に触っている。
安心したのだろう。目をそっと閉じた。

「ああ、布団。俺の最高の・・・友達」

久しぶりに自分の家の布団を味わった燐は、そう呟いて意識を失った。

雪男は早く自分も祓魔師の道に戻らなければと思った。
燐は働きを認められてはいるものの、悪魔だからという理由で昇進を許されていない。
現状、休職中の雪男の方が階級が上なのもそのせいだ。
下っ端はいいようにこき使われるのが世の常。
雪男は兄を守るために、昇進への道を心に決めた。
そう、この件には裏がある。それに雪男は気づいている。
騎士團の思惑に踊らされるつもりはない。

***

「せっかく任務を押しつけて追いつめたのに残念だなぁ」

ライトニングはそう呟いて、契約書をポケットの中にしまった。
雪男の方は気づいていたようだが、まだ彼は若い。
いつまで兄を守りきれるか見物である。

「さて、次はどの手でいこうか」

参謀の知略はまだ巡っている。


正十字騎士團お悩み相談室


「悩み相談室・・・ですか?」

雪男は自分に振られた任務の内容を確認した。
窓口での案内はやったことはあるが、今回は電話での対応らしい。
本来なら別の担当者がいたのだが、担当者が急遽インフルエンザにかかってしまい、お鉢が回ってきたと言うわけだ。
電話での応対は対面式とは違い、相談者の顔が見れないので意外と難しい。
対応を間違えればクレームになってしまう。雪男は気合いを入れた。
丁寧に対応すればきっと大丈夫なはず。

雪男は電話応対での注意点を確認する。
まず個人情報を漏らしてはならない。これは基本だろう。動揺してはならない。
これもそうだ。相談相手が挙動不審では相談者が安心できない。
そして、これは他と違うだろう。自分の名前を言ってはならない。
この電話は祓魔師の悩み相談も応対しているらしい。
曰く、祓魔の世界は世間が狭い為お互いに誰であるかわからないようにしていた方がいいらしい。

もしも事態が緊急を要するなら名前を聞く場合もあるが、それでも言うか言わないかは本人の判断による。
セクハラなどデリケートな問題もあるからだ。そのほかにもパワハラ、差別問題うんぬん。

いくつかある資料を頭に叩き込んで雪男は電話の前に座った。
他の部署に内容が漏れないように、電話ボックスのように仕切られた場所にいる。
他の応対者も横並びに同じところにいるが、会話はできない。中は完全に防音だ。

雪男は心を落ち着けた。電話相談は世間の人が家に帰る夜七時から十時までの三時間の間に行われる。
今日は平日なので時間は限られるが、土日は八時間拘束だ。早く担当者が復帰することを祈るばかりである。
時計を確認すると時間になった。途端に電話機が鳴り響く。早いな。
ワンコールで出ると、マシンガントークが始まった。雪男は落ち着いて対応する。出だしは上場だった。

「・・・いえ、だから大丈夫ですから安心してください」

電話の応対を始めて10件目で疲労が出てきたところで引っかかった。
長時間電話を引っ張る強者が。この場合は早く切り上げて次の電話に移るのがセオリーだがそれが中々難しい。
雪男は更に十分かけて相談者を納得させてから、電話を切った。時計を確認する。
終了時間十五分前だ。雪男は一息ついた。あと一件くらいで終わるだろう。
一呼吸おいたところで電話が鳴る。これで終わりだと思えばやさしくなれる気がした。

「はい、こちら正十字騎士團お悩み相談室です」
「あのー、相談したいことがありまして」
「どういった件でしょうか?」

問いかけると、相手は少し口ごもった。言いにくいのだろう。
この場合は出方を待つに限る。しばらく待っていると、話し出した。
声の感じからして若い男だろう。

「セクハラについてなんですけど」
「はい」
「男がされている場合って・・・どうやったら止めてもらえるかなって」

おおっと、これは重い内容が来たぞ。雪男は内心冷や汗をかいた。
雪男は大人びているとは言っても所詮十五歳の男子高校生である。
セクハラ問題はもっと人生経験のある人に相談してください。とも言えるわけもなく。

「相手は女性上司とかでしょうか」

言って浮かんだのは痴女まがいの格好をしたシュラであった。
あの人なら初な新人祓魔師をからかっていたとしてもおかしくはない。
あんな体をしておきながら中身はおっさんだ。だからこそ性的なことに対して容赦がない。
免疫がなかったら対応は難しいだろう。と、雪男は勝手に犯人を決めつけていた。
相手はうーんと声を上げると。

「言いにくいんですけど、男から・・・」

おおっと。もっと重い内容だった。男から男へのセクハラ対応。
これはもう自分の手に負える内容ではない。どうしよう。
雪男が悩んでいると、電話口の相手はぼそぼそと話始めた。
そうだ、話を聞いて欲しいなら、聞くくらいなら僕にだってできるだろう。雪男は覚悟を決めた。

「どうぞ話して下さい」
「はい・・・最初は気のせいかなって思ったんですけど。
ここでいうなら、上司、かな。話があるって部屋に行ったんですけど。そしたらいきなり抱きしめられて」

驚いて抵抗したのだが、上司の手前強く出られなかったらしい。
その上、最初から部下が抵抗することをわかっていたのか、交換条件を突き出してきた。
もう金は渡さない。家族がどうなってもいいのか。と。

「それは・・・悪質ですね」
「はい、でもそれ言われたら俺としてもあんまり強く出れなくて。
上司に金を貰っているのも事実だし・・・家族のことも」

弱みを握られた人間は弱い。そのままなし崩し的に関係を強要されているようだ。
雪男は頭が痛かった。まさか騎士團内部でこんな犯罪が行われていようとは。
しかも男と男。差別をするつもりはないが、明日からすれ違う同僚の様子を確かめてしまいそうである。
相談者が男であることも上司の手の内である気がする。
男であったらそんなことがあったとしても、周囲に相談しにくいだろう。
これは犯罪だ。雪男は覚悟を決めた。

「言いにくいですが、これは犯罪です。訴えることも可能ですし、警察に突き出すことも可能ですよ」

あくまでそうしろ、とは言わない。
相談者のプライバシーのこともあるし、決めるのは相談者でなければならないからだ。
相談者は悩んでいるようだった。警察に訴えるにしても、実名が出てしまう。
男なら当然悩む問題だ。女性にしてもそこで躊躇してしまう。

「そうなると、相手は捕まりますか?」
「ええ」

そうでなければおかしいだろう。見返りや立場を利用して関係を強要するのは対価型セクハラと呼ばれる。
立派な犯罪だ。犯罪者を野放しにしてはならない。

「わかりました・・・最後に上司に強く言ってみます。それでもダメなら最終手段に出ることにします」
「そうですか、がんばってください」
「ありがとうございます。こんな時間まで」

時計を確認すれば相談時間をとうに過ぎていた。それでも迷える子羊を救ったならばやりがいはあった。
修道院でも神父が相談者に対して導きを行っていた。
それに比べたらまだまだだけど、少しでも人の役に立てたのならいいな。と思った。

「元気出ました。家族に晩ご飯作って、行動に移そうと思います。覚悟決まりました」
「ふふ、よかったですね。ちなみに今日のご飯は何ですか?」

雪男にしたらちょっとした世間話くらいの問いかけだった。相手もそれにうれしそうに答える。

「弟の好きな、魚の煮付けにしようと思います。ありがとう」

相談者はそう言って電話を切った。
電話の切れた音が頭に響いている。

雪男はすごくすごく嫌な予感がした。
電話が切られる前に、うにゃーん。という猫のうれしそうな声が聞こえてきたからだ。
猫はどこにでもいるだろう。誰だって飼っているだろう。

でも、でも。相談者がイコール頭に浮かんだ人物だったらどうしよう。取り返しがつかないことになりそうだ。
雪男は受話器を置いて、急いで立ち上がった。
相談時間が終わればそのまま帰っていいことになっている。一分一秒でも時間が惜しい。
それでも雪男は相談室を出て一言声をかけた。帰りますね。え、ああお疲れ。
その言葉を背後で聞いて、鍵を近くにあった扉に差した。律儀な性格の自分が恨めしい。

一息で寮に到着すると、急いで食堂を確認した。そこにはほかほかの魚の煮付けがある。
一足先にクロが煮付けを食べていた。

「クロ、兄さんは!?」

クロはうにゃーんと声を上げた。肉球を上に上げている。部屋か。
階段をかけ上がる。廊下に出ると、部屋の中から声が聞こえてきた。


『やめろッ俺はもうお前とそういうことはできない!』
『何故ですか奥村君、こんなにも私は貴方を愛しているのに!』


ビンゴだ。
雪男は自分の勘を信じたことに感謝しながらも、この巡り合わせを呪った。
いつもの担当者がインフルエンザになっていなければ。
電話をかけるタイミングが少しでも違っていれば。受け取るものが雪男でなければ。

こんなことにはならなかっただろう。

兄は後見人に、メフィストに手込めにされた。
断罪を下すのはこの手に握る銃のみだ。
雪男は扉を蹴りやぶった。
部屋には、ベッドの上でもつれ合うメフィストと燐がいた。

個人情報保護法など知ったことか。
これはメフィストという後見人が実の兄に対して犯した性犯罪への粛正だ。
漏洩には当たらない。

「こちら正十字騎士團お悩み相談室です!!」

男子寮に発砲音が響きわたる。

悪戯コレクションルーム2


暗闇の中で、リュウがこちらに向かって歩いてくる足音だけが不気味に響いていた。
辺りを見回すが、見たこともない場所だ。燐は警戒した。自分は先程まで部屋で宿題をしていたはずだ。
雪男がポットにお湯を入れに席を外したので、自分もトイレに行こうと席を立った。
ドアノブを回した所までは覚えているのだが。燐は起き上がろうとした。
しかし、体に何かが巻き付いていることに気づく。
見れば、体に一本の長い呪符が巻き付いている。
首の方から、足元まで蛇の様に螺旋状に巻かれていた。
なんだこれは。足音が止まる。燐は目の前にいるリュウを睨み付けた。

「なんの真似だ」

こんな所に閉じ込められて、拘束される謂れはない。
リュウは棍を燐に向けている。

「それはこちらの台詞だ。ここはどこだ、答えろ」
「え?」
「・・・何?」

二人して、顔を見合わせた。会話が噛み合っていない。
燐は呪符の巻き付いた手をリュウに伸ばす。リュウは無言で首を傾げた。

「何の真似だ」
「起きれない、悪いけど起こしてくれ」

呪符の効能だろうか、燐の体にはまるで力が入らなかった。
リュウはしばらく考えてから、燐の手を取って体を起こしてやった。
手を離すと、燐が人形のように仰向けに倒れる。リュウは関心した。

「面白い」
「遊ぶな!」

燐が怒ると、今度はちゃんと背もたれがある場所に置かれる。リュウはその隣りに腰かけた。

「お前のせいではないようだな」

リュウは燐より先に目を覚ましたらしく、もう辺りを散策したようだ。
この建物は、円状の床と天井まで届く高い窓が特徴的だった。
天井は鉛筆の先のように尖っている。
どんな仕掛けなのかはわからないが、屋根があるはずなのに空が見える。
空は暗く、星が瞬いている。もう夜なのか。燐は少し不安になった。
雪男に何も言わないままここにいる。多分心配しているだろうな。
ため息が一つ出る。帰ったら怒られそうだ。いや、それよりも帰れるのだろうか。

鉛筆の先から柄の部分までをカットしたような建物。
恐らくは何処かの塔の一室だろうとリュウは言った。
床には、燐達の外に山のような荷物が積まれている箇所があった。
燐が凭れているのも、その荷物の一部らしい。燐は近くにあるものを手に取った。
軽い動作くらいなら、呪符に巻かれていても出来るようだ。
燐は手の中にあるものを見てぎょっとする。暗闇の中にあってもわかる異様な形。

「なんだそれは、形から想像するに・・・ジャパニーズこけしというものか」
「違ぇ!」
「暗闇でよく見えないが。電動でぐねぐねと動くようだ、日本の工芸品はハイテクだな」

にやにやしながらリュウがこちらを見ている。こいつ、絶対わかってやってるだろ。
リュウは見た目は若いが、燐の丁度倍生きている三十代の男だ。
それなりの経験はあるのだろう。対して燐はまだ十代の思春期真っ盛りだ。
知識としては知っているものの、そういうおもちゃを手に取るなど初めてである。

くそ、なんだこれ俺のじゃないのに恥ずかしい。

燐は乱暴に手の中にあったブツを放り投げた。
離れた壁に当たって落ちる、かしゃんという音がむなしい。
リュウは燐の背後に積み重ねられているものに手を伸ばす。
ぽいぽいと目の前に荷物が放り投げられる。
それらは、見たこともないものばかりだった。
銀時計、ネックレス、宝石。剣、絵画。かと思えばおもちゃやフィギュア。
お菓子のパッケージなんてものもある。
統一性がない。燐は首を傾げる。なんだこの場所は。
リュウはひとしきり漁り終えると、ため息をついた。

「呪いや聖具の類のものもあれば、ただのガラクタもある。
ひとつ言えるとしたら、珍しい。ということか・・・」
「めずらしい?」
「そうだ、そもそもお前の体に巻き付いている呪符もかなり珍しいぞ」
「え、これお前がやったんじゃないの?」
「それをして俺に何の得がある」
「えええええ!?」

てっきりリュウがやったものとばかり思っていた。
リュウが気が付いた時には、すでに燐の体に巻き付いていたらしい。
燐の抵抗を封じるようなことをして、得をするものがいるということ。
そいつが真の犯人だ。
リュウは燐の体に巻き付いている呪符に手をかける。
何回か触って、概要は把握したようだ。

「これはおそらく、捕まえた物の状態を保つためのものだな。
生け捕り、飼い殺し。そんな術だ。
大体の退魔の術が消滅を主としている分珍しいな」
「これ取れるか?」
「それをして俺に何の得がある」

リュウは燐を放置しようとした。燐は慌てて抗議する。
こんな場所に置き去りとか勘弁してほしい。

「ひでぇ!」
「冗談だ」

そもそもリュウも閉じ込められているので、どこにも行けない。
棍でぐりぐりと突かれた。
こいつ、遊んでる。動けない悪魔を弄んで楽しいか。ちくしょう。

「笑えねぇよ!」

炎が出せたら燃えていただろうが、あいにく炎もある程度封じ込める代物らしい。
リュウは札を燐の体から剥がしていく。
剥がれた部分から動けるようになっていく。そして、嫌な予感がした。
燐はここに連れて来られる前、そう。トイレに行こうとしていたのだ。
この呪符は捕まえた物の状態を保つためのものらしい。
燐は周囲をぐるりと見回した。ここは塔の一室のようだ。
当然人が生活できるような施設はないと考えていい。
まさか。まさか。
燐はどっと冷や汗が出た。咄嗟にリュウの呪符を剥がす手を止めるよう叫んだ。

「なんだどうした?」
「もしかしたら、もしかするけど。ここ、トイレないよな?」
「ないな」
「俺、トイレに行こうとしてここに来たんだけど・・・」

リュウも気づいたようだ。この呪符を巻いているからこそ何も感じていないが、
外した途端に激しい尿意に襲われるかもしれない。
そうなれば終わりだ。人として十五年生きてきたプライドがずたずたである。
リュウは燐の青い顔を見ると、一旦止めていた手を再び動かし出した。
燐はついにキレた。

「止めろっつってんだろ!!!漏らしたらどうすんだよ!!」

トイレのことなので、必死である。
リュウは首を傾げた。

「冗談だ?」
「なんで疑問系なんだよ!やめろ!ちくしょう!お前もトイレ行きたくなればいいのに!」
「甘いな魔神の落胤。俺ほどのイケメンになれば汗も排泄もコントロール可能だ」
「マジかよ!?」
「サインなら後にしてくれ」
「いらねぇよ!」

リュウはさわやかな笑顔で答えた。でも、心底悪い顔だった。

「ちなみに全て冗談だ」
「笑えねぇよ!!」

再度呪符を巻かれた燐は、ようやく落ち着くことができた。
リュウもすることがなかった鬱憤を燐をからかうことで晴らせたようだ。


二人で床に寝そべった。天井は仕組みはわからないが空が見えるようにできている。
夜の星を二人で眺めることになろうとは、想像もしていなかった。
冷たい冬の空は、星がよく見える。この部屋の中はとても冷えた。
燐の格好は、部屋着だけだ。それでも耐えられているのは、この呪符のおかげなのかもしれない。
捕えたものを、そのままの姿で保存する術。どんな悪趣味な輩が作り出したのだろうか。
リュウは祓魔師の服を着ているのである程度は耐えられるだろう。

「寒くないか?」

燐が問いかけた。

「大丈夫だ」

それは本当だった。燐はしばらく黙ってから、口を開いた。

「あいつ、寒く無かったかな」

あいつ、とは恐らくうさ麻呂のことだろうとリュウは思った。
空には雪がちらついている。うさ麻呂のことを覚えているのは、リュウと燐くらいしかいない。
メフィストも覚えていそうだが、感傷に浸るような性格はしていないだろう。メフィストは悪魔だ。
悪魔は自分の快楽に忠実に生きている。欲しいと思えばその通りに動くし、我慢など基本的にしない。
感情の動きは人とは違う。ルールの違う生き物だとリュウは思っていた。

感傷に浸る悪魔とは、珍しいな。とリュウは燐を見つめた。
リュウは思い出を掘り起こす。幼い自分に唯一寄り添ってくれていた友達。
彼の最期は自分がもたらした。彼の死は、リュウが背負っていくものだ。
そして、うさ麻呂の最後は燐が背負っていくものだろう。

「忘れずに覚えてくれているものがいる。それだけで、きっと寒くはないだろう」

燐もそうか、と答える。
空から雪が落ちてきている。二人の手が自然と近くなった。
握った手は、お互いに温かかった。

「・・・ちょっと思ったけど、俺らって忘れられたりはしてねぇよな?」
「少なくとも、お前の弟はお前がいなくなったら楽にはなりそうだな」
「ひでぇ」

しかし、雪男に迷惑をかけている自覚はあるので少しだけ脳裏によぎる。
俺がいなかったら、雪男は自由なのだろうか。
それはたぶん本当だ。雪男、ご飯ちゃんと食べてるかなぁ。
リュウはごつん、と燐の頭を拳で軽く叩いた。

「冗談だ、気にするな」
「・・・うん」

そのまま二人で星を眺めた。まずは体力を温存する。
それが重要だ。


***


雪男はいらいらしていた。
部屋を探しても、日本支部の思い当たる場所を探しても未だに燐の行方がわからなかったからだ。
最悪の想像が頭をよぎる。
ヴァチカンに連行されてしまっていたら。
イルミナティに連れ去られていたとしたら。
しかし、メフィストが言うには学園外に出た痕跡はないらしい。
では、一体どこにいるのだろうか。
雪男は祓魔塾の講師が集まる職員室に足を向けた。

「あれ、奥村君こんな時間にどうしたの?今日夜勤じゃなかったよね?」
「ええ・・・ちょっと探し物、を」

雪男は言葉を濁した。燐が消えたことはまだ支部には知られていない。
ごく限られたものしか情報が与えられないのは、それだけ燐の立場がまだ安定していないことを示していた。

「あれ、君もなにか無くしたの?」
「君も、とは?」

支部内で最近よく物が消えるという話を講師は話した。
昔から何かしらものがなくなることはあったらしいが、最近は頻発しているらしい。
雪男自身は物をなくすこと自体が少ないので、あまり気にしていなかったのだが。

「そういえば、塾生のみんな七不思議解決したんだってねぇ」
「ええ、協力して任務ができるようになってよかったです」
「貴重な一歩だよね、今年癖のある子多いから」
「そうですね」

本当なら世話話をしている暇はない。一刻も早く手がかりを見つけなければ。
一日二日なら誤魔化せるだろうが、それ以上は無理だ。

兄さん、どこにいるの。

講師が雪男の様子に気づく前に、電話が鳴った。
電話に出てしばらくすると、講師の声が荒くなる。

「え?台湾支部のリュウ氏が行方不明?」

その言葉を聞いて、雪男は呆然とした。
一体、何が起こっているんだ。
消えた二人の行方は、未だに掴めない。



悪戯コレクションルーム


あの争乱の祭りが終わり、冬の景色が深くなってきた頃。
日本を訪れていたリュウは台湾に帰ることになった。
日本支部長であるメフィストが悪魔であることは公然の秘密である為、リュウも知っている。
支部の長たる立場であるが、リュウはメフィストのことを信用していない。
悪魔を信用することなど、できはしない。よく日本支部はこの上司で回っているなとつくづく思う。
リュウはメフィストの部屋に入って、台湾に帰る旨を伝えるとメフィストはそうですか。とだけ答えた。

「祭りは楽しかったですか?」
「それなりだ」

リュウは雪の中で出会った悪魔を思い出す。
社の前で佇んでおり、俺だけは忘れない。と寂しそうに呟いていた。
悪魔の心を開く悪魔。なかなかに珍しいものを見せてもらった。
かつて亡くした友は、リュウの側にはもういない。

もしももっと早くにあの悪魔に出会えていたのなら、
あの頃のリュウはもっと別の選択ができたのだろうか。

いや、過ぎ去った過去を蒸し返すのはナンセンスだ。
リュウはその考えを振り払う。
ただ、台湾に帰ったら昔作った友の墓に行こうと思った。
編み笠を被って、リュウは理事長室を後にしようと背を向けた。
メフィストはぽつりと呟いた。

「祭りの後は、もの悲しいですね。
なにか、珍しいものでも落ちていないでしょうか」

つまらなそうな声を、リュウは無視する。
おもしろいことを求める悪魔の声など禄な事にならない。
リュウはそのまま、台湾の支部に帰るために鍵を扉に差した。

***

祭りの後から、兄は元気がない。
雪男はため息をついて、寮の廊下を歩いていた。
燐は雪男や塾生にしきりに覚えていないのか、と聞き回っていた。
雪男達は燐が一体何を言っているのかわからなかった。そのたびに燐は寂しそうな顔をするだけだ。
燐は寒い雪の日にどこかへ行った後、やがて何も言わなくなった。
料理を作るとき、道を歩くとき。遠くを見るようになった以外は。

「兄さん、一体なにがあったんだろう」

片手に持ったポットの中には熱いお湯が入っている。
兄弟が住んでいる部屋は六○二号室だ。
食堂まで距離があるため、飲み物が飲みたいと思ってもすぐにはできない。
そのため、冬の間はポットを部屋に持ち込むことにしている。
満杯まで入れたので、二人で飲んでもかなり持つだろう。
部屋を出る時、燐は机の上で課題に取り組んでいた。湯を沸かしてから、戻るまで二十分もたっていない。
それでも一問でも進んでいてくれることを祈って扉を開けた。

「兄さん、何か飲みたいものある?」

雪男は料理をするのは余り得意ではないが、飲み物を作るくらいならできる。
料理を兄に任せている分、それくらいはしてやろうと思っていた。
緑茶だろうか、ほうじ茶だろうか。たぶんコーヒーはないな。
しかし、予想に反して答えは返ってこなかった。
雪男が部屋を見ると、中はがらんとしていた。
ストーブはつけてある。机の上にはノートと教科書。
隅には先ほどまで使っていただろうシャーペンが落ちていた。

「兄さん?」

さっきまでいたのに。どこに。トイレにでも行ったのだろうか。
雪男は疑問に思いながらも、特に気にせずにポットを机に置いた。
どこかに行くなら一言声をかけるだろうし、ストーブをつけっぱなしで出ることなど
貧乏修道院出身の二人にはあり得ない。
雪男は緑茶を二人分入れて、燐が部屋に戻るのを待った。

しかし、待てども待てども燐が帰ってくる様子はない。
雪男は時計を確認する。雪男が戻って来て丁度一時間ほどである。
食堂にでも行っているのだろうか。
でもそれはおかしい。それなら雪男と燐は廊下ですれ違っているはずだ。
トイレにしたって寒いからすぐに戻ってくるだろう。
なにかあったのだろうか。でも寮の中でなにが起こるというのだろう。
雪男は念のため、携帯電話をかけた。同じ部屋の中から音が聞こえてきた。
持って出てはいないらしい。

「用事でもあったのかな」

買い出しにでも行ったのだろうか。
気にはなったが、雪男はそのまま自分の仕事をする為にパソコンに向き合った。
雪男はこの選択を後にとても後悔することになる。
そして夕方になっても、燐が帰ってくることはなかった。
ポットの湯は、とっくに空になっていた。


メフィストの所に連絡が入ったのは、その日の晩だ。
燐と連絡が取れない。という雪男からの報告で全てを知った。
塾生からシュラまであらゆる所に連絡をかけたが、燐を見たという報告はない。
雪男はメフィストの執務机を叩いて訴えた。

「フェレス卿、何かされたのではないですか」
「なんでも私のせいですか」

確かに疑われることをしている自覚はある。
でも今回のことは完全に無実だ。おもしろいことが起きたなら全て把握しておきたいのが道化の本能。

「言っておきますけど、私のせいじゃないですからね」

メフィストは目を閉じた。燐の魔力を感じるためである。
燐自身は気づいていないだろうが、悪魔には生まれ持った力に比例した魔力というものがある。
大小様々な色や形をしており、悪魔同士はその魔力の大きさに従って強者が弱者を決めている。
そしてこの魔力は、悪魔同士の探索にも使われていた。
お互いの位置関係を把握しておくことは重要だ。
そうでないと、下級悪魔の場合は強者のテリトリーに入って殺されても文句は言えない。
メフィストの場合はその魔力を使って魔術を使っているので、
燐も使い方さえ学べば魔術が使えるようになるかもしれない。

つまり悪魔と魔力は切っても切れない関係にある。
その力を辿れば、燐の居場所など簡単にわかる。
目を閉じて、探った。そして、おや?と思う。

いつも感じているあの青い光が見当たらない。

おかしい。悪魔としての力に目覚めてから、燐の魔力はだだ漏れだ。
隠す方法もメフィストは教えていない。
と、なると考えられることは一つ。

「奥村君、行方不明ですね」
「え」

予想外の返答に雪男は困惑した。
いつもならメフィストはご心配なく、奥村君は―――などと言って居場所を把握していたのに。
いつもとは違うことが起きている。

メフィストは頭を回転させた。学園には結界が張ってある。
そこから出ようとしたならば、必ずわかる。
しかし今日一日結界が揺らいだ気配はなかった。では鍵を使って出たと考えるか。
それもおかしい。そもそも塾生である燐が使える鍵は限られている。
学園外に出るならば雪男やシュラなどの上位の祓魔師の力を借りなければ無理だろう。

そして、思い当たることがあった。メフィストはパソコンのキーボードを叩く。
画面に表示されたのは、今日一日の祓魔師及び塾生の外出データだ。

「今日日本支部から外部に出た祓魔師は十五人。
その内の十二名については既に支部に戻って来ています」
「残る三名は?」
「こちらも把握済みですね。そもそも日本支部の人間ではありませんから」

言われて思い出す。祭りの間に訪れていた、外部の人間の存在を。
台湾に戻ると聞いていたが、今日だったのか。

「さあて、これを見る限り奥村君は一体どこへ行ってしまったのでしょうね?」

足取りは一向に掴めない。こんなことは初めてだ。
メフィストが把握していないことを、雪男が知っているはずもない。
雪男の顔色が青くなる。心配でしょうがないのだろう。
メフィストはにやりと悪い顔で笑う。しかし機嫌は悪そうだ。
お気に入りのおもちゃを誰かにかすめ取られるのは気に入らない。

***

「う・・・」

燐が目を覚ますと、そこは薄暗い部屋の中だった。
見たこともない部屋だ。何故自分はここにいるのだろう。
燐は検討もつかなかった。
すると、暗闇の向こうから自分を呼ぶ声が聞こえてきた。
こつん、こつん。とこちらに向かって来ているようだ。

「やっと起きたか、魔神の落胤」

台湾支部所属の上一級祓魔師。リュウ=セイリュウがそこにいた。

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