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CAPCOON7

青祓のネタ庫

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亡国のプリズム



その騎士の姿を見たのは、任命の儀のただ一度きりだった。
雪男は王として王座に座り、騎士団長に任命される騎士は顔を伏せて膝を立て、
王座の前に坐している。
右手を立てた膝の上に置き、武器を持っていないことと
利き腕を差し出すことで王に忠誠を誓う仕草となっている。
雪男は側近が持ってきた剣を手に取ると
騎士の前に差し出し、言葉を放つ。

「これより彼の者を正十字騎士団長に命じる。我が剣となり、祖国の為に戦うと誓うか」

セオリー通りの言葉だな、と雪男は思った。
この後、目の前に坐している彼が放つ言葉も決まっている。
この国は建国から戦争ばかりだ。
新たな騎士団長を任命するのだって、前任者が先の戦争で亡くなったからである。
雪男は王として、国を守り民を守るために騎士となった国民に死ねと言わなければならない。

この騎士団長はいつまで生きているのだろうか。

団長に上り詰めるのだから剣技の腕は確かだろう。
しかし風貌からして雪男と同じか、年下のようにしか思えない。

子供の力に頼らなければ成り立たない国に、未来はあるのだろうか。

自分がしていることが全て正しいとは思えない。
雪男はまだ十五歳の年若い王であった。
王の血を引く兄弟の中で一番下位に当たる自分が王になるなんて、夢にも思ったことはなかった。
他の兄弟たちの間で殺し合いが多発し、最後に残ったのが雪男しかいなかったのだ。
消去法で王に選ばれ、国を動かし、王としての役割を果たす自分は、
この国の歯車の一部でしかない。目の前の彼もそうだろう。
国という大きな共同体にならなければ、人は迫りくる悪魔に対抗できなかった。
人が集まれば、それを統治するシステムがなければならない。

雪男はいわば、そのシステムを動かすための代表者といったところだろう。

例えそうだとしても、雪男には果たしたい目的があった。
王となり、自身の采配に悩み、人を失い。
幾度も辛く苦しい日々を過ごしてきたけれど、全ては自身の目的を果たすため。

幼い頃に生き別れた、兄を見つけること。

それは雪男が心に決めた自分の信念であり、また生きる糧でもある。
広大な世界の中で特定の個人を探すならば、人手は多い方がいい。
王としての地位は国の中で一番人を多く使えるので、まさにうってつけだった。
兄を探し、共に生きるために、この国を守らなければならない。
そのために犠牲になる数多の命と人生を。雪男は見送らなければならない。

己の理想を叶えるために。

こんな傲慢な王の為に、目の前の彼は死地へと向かうのか。
雪男は自嘲した。それでも前に進まなければこの国は守れない。
目の前にいる彼にもきっと、大切な誰かがいるのだろう。
だから、人は戦っている。
その気持ちを利用して、国は繁栄している。

騎士は差し出された剣をゆっくりと右手で握る。
そのまま、両手で王からの剣を受け取り心臓の前に持ってきた。
王が騎士団長の顔を見ることはない。
騎士団長も、王の顔を見ることはない。
下々の者が王に向けて顔を上げるなど、不敬に当たるからだ。
騎士団長は顔を下に向けたまま、言葉を口にする。

「誓います。この命を、王と我が祖国の為に」

いずれ死ぬだろう騎士団長の名前は、儀式の場では告げられない。


***


「燐君、ちゃんと儀式できてたやん。
よかったわ~失敗して殺されやせんかて心配やったんやで」
「徹夜で特訓した甲斐があったぜ・・・志摩、俺もう眠い」
「寝てもええけど、部隊の訓練どうすんの」
「俺人に教えるの苦手だから、シュラに任す」
「ははは、燐君完全に実践型やしこの展開は予想はしとったけどね。
その方が部隊にとってもええか」

騎士団の休憩室で、年若い少年二人が談笑を交わしていた。
外見からはわからないが、一人は新たに騎士団長に任命された燐であり、
その燐と親しく会話を交わしているは騎士団の副長をつとめる志摩だ。
この国の前線の指揮を執る戦闘集団のトップである。

「にしてもなぁ、このところえらい小競り合いが多発してるやんな」
「悪魔は容赦がねぇってのもあるけど、一番は国の国境が動いたことだろ」
「俺たちが頑張っちゃったおかげで、奪われた土地が取り返せたってのはでかいやんなぁ。
そのせいで、悪魔がまぁ怒っちゃうのも無理はないか」
「あれは作戦がよかったってのもあるけどな」
「せやね、王様なのに参謀も務めるとか。
一昔前に比べたら。えらいやり手な王様になったもんやわ。
なぁ、王様ってどんな顔してはるんかな。見た?」
「―――見てねぇ」

王の顔は、下々の者にはわからない。
この王宮でも王の姿を知る者は、ごくわずかだ。
顔を隠すことで暗殺者の脅威は少なくなる上に、
決して見ることのできない王は威厳溢れる存在だと認識させることができる。
けれど、だからこそ。
前線にいるものは王の駒なのだという意識が消えることはない。

「次の戦争が始まる前に、家族と過ごせる人ってどれくらいいるんやろね」

志摩はぽつりとつぶやいた。
騎士団には家族を戦争で亡くしたものが多く入っている。
戦う理由は人様々だ。残された家族を養う為の糧にしているもの、復讐の炎に身を任せるもの、
ここ意外に行き場がないもの。
志摩のように家族はいるが、家督を継げない為にここにいる者もいる。
それでも志摩は家柄が良い為騎士団の中でも優遇されている方だ。
燐は、孤児の為ここ以外に帰る場所がない。
そのため、戦いの前に会う家族もいない。
苗字も無いので唯一持っているのは名前だけ。
志摩は燐に疑問を投げかけた。

「なんで燐君は騎士団長になったん?」
「なんだよ今更」
「だって、騎士団長になったら絶対に戦争に行かなあかんやろ。
俺は副長やけど実際戦うより偵察とかの役割の方が強いし。
燐君はなんでそんなに頑張るんかな、って思って」

志摩はへらへらしているが、燐のことが心配なのだろう。
国の為に死ぬのは馬鹿らしいと普段から言っているので、死に急ぐような
燐の行動が理解できない。
志摩は前任の騎士団長が悪魔に惨い殺され方をしたことを知っている。
あれは見れたものではなかった。
腕は千切られ、内臓は食い荒らされていた。瘴気に毒された皮膚は紫色になっている。
悪魔に喰われて死んだ者はその遺体を家族の元に返すことも難しい。
だからこそ、騎士団には家族に縁のない孤児が集うのかもしれない。
燐には友人としてそんな死に方はして欲しくなかった。
本当なら、騎士団長にもなって欲しくはなかったけれど。
万年人手不足の騎士団には、他に適任者がいなかったのも事実だ。

「そうだなぁ。この国の上にいけばいつか弟に会えるかな、って思って」
「燐君、弟さんおったん?」

初耳だった。
そんな話は今まで聞いたことがない。
燐は驚く志摩の表情を見ながらも、笑いながら話す。

「そう、俺の一番大切なもの」
「生き別れなんや・・・もしかして弟さん探すために騎士団入ったん?」
「そんなところだ」

燐は王から賜った剣を手に取る。
青色の装飾が美しい鞘と柄、その剣の全てが燐の手に馴染む。
この剣は、悪魔の加護を受けた魔剣で抜けば青い光と共に悪魔を殲滅することができるという。
騎士団長が代替わりしても、この剣だけは受け継がれてきている。
いわば、団長の証とも呼べる代物だ。

けれど、この剣が使われることが無ければいいと思っている。
志摩は知っている。
魔剣は使用者の命を喰らい、その命と引き換えに悪魔を殺すと言われている。

「弟さんに会うために頑張っとるんやったら、死んだらあかんよ」
「わかってるよ」

志摩はそう言うと、訓練の様子を見てくると部屋を出ていった。
適当に生きるをモット―にしている身からしたら、恥ずかしいことを言ってしまった自覚はある。
燐もそれ以上何も言わなかったので、志摩が逃げ出した形だ。
戦争の度に知った顔が死んでいくのは、辛いものがある。
昨日まで共に笑っていた友達が血を流して死んでいく姿を何度も何度も見てきた。

何で俺が生きて、あの子が死ぬんかな。
世の中って理不尽やな。

生き残り続けるのが志摩の役目だけれど、時々その役目がひどく重く感じる時がある。
だから生き残る人が一人でも増えてくれるのは、志摩にとってはありがたい。


***


燐は誰もいなくなった休憩室から、隣接されている仮眠室へと移った。
騎士団長になってから使用できる部屋が個室になったのはありがたい。
扉を閉めて、固いベッドに横になる。
王が使用するような、贅を尽くしたようなベッドとは天と地の違いだ。
これでも、下っ端時代に比べたら破格の待遇である。
志摩の言葉に甘え訓練は任せて、このままひと眠りさせてもらおう。

燐は剣を胸元に引き寄せる。
普通の人間からしたらただの冷たい武器だが、燐にとってこの剣は自身の一部だ。
とくんとくんと温かい温度が伝わってくる。
昔、弟と二人で寄り添って寝たあの夜を思い出した。

「雪男、覚えてないだろうな。それも当然か・・・」

悪魔の俺のことなんか、お前はきっといらないだろうから。
魔剣倶梨伽羅。王家に伝わるこの剣には今、燐の心臓が封印されている。
悪魔の血を色濃く引く燐は王家にとって害にしかならないと判断され処分が命じられた。
それでも使えるものは使えと、王家はまだ幼い燐の悪魔の心臓を奪い取り、
魔剣に封印することで悪魔と戦う武器を作り上げたのだ。
用済みになった燐は命である悪魔の心臓を奪われたまま、
王家とは全く関わりの無い荒野に一人捨てられた。

燐の手に残ったのは、名前と人よりも強い力だけ。
悪魔の力のおかげだろうか、普通の人間なら死ぬような状態でも生き残ることができた。

ここまで這い上がって来たのは、一目弟に会いたかった。
それだけだった。
王族としての身分などはなから興味は持っていない。
けれど、今の身分になっても王に目通りは叶わない。
どんな顔をしているのだろう。
背は伸びたのだろうか。
会話はできなかったけれど、声だけは聞くことができた。
昔はあんなに弱々しかったのに、すっかり王様っぽい固い声になってしまって。


「いつか、お前に会いたいな」


燐は倶梨伽羅を失った弟の代わりの様に抱きしめて目を閉じた。


その数日後、王からの命令で燐は戦争の最前線に立つことになる。


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青の守人

【WEB用に改行していますが実際は詰めています】


その日は、嫌な風が吹いていた。

季節に似合わない何処か生ぬるい風が、王宮の中を侵食している。
雪男は窓の外を見た。雨は降っていないが、厚い雲が青い空を覆っている。
嫌な予感がした。雪男は一旦書類にサインをしていた手を止め、羽ペンを机の上に置く。
父が死んだ日も嫌な風が吹いていた。今日の戦場はどこだっただろうか。
そんな手こずるような状況は最近はなかったはずだ。武官を呼んで近況を尋ねてみよう。
自分を安心させるため、雪男は執務室を出ようとする。
扉に手をかけると、背後から声をかけられた。

「正十字国の王の警備はとてもザラなんですね」

部屋の中は一人だったはずなのに、いつの間にか緑色の髪をした男が執務室の椅子に座っていた。
目の下には隈がくっきりと出ており、気配が暗い。一瞬で分かった。悪魔だ。
それも上級の。この国の結界は上級悪魔は侵入できないようにできている。
それを掻い潜ってくるとは、相当な実力者であることが伺えた。
雪男は振り返った。

「僕自身が必要ないと言っているからね。
王の警備にあてるくらいなら、民を守れと言っている。何の用だ地の王アマイモン」
「わぁ、よくわかりますね会ったことあります?」
「虚無国の殺戮貴族は有名だろう。お前には随分民も殺された」
「なら僕を殺します?その前に僕は君を殺しますけど」
「できるものならやってみろ」

雪男と向き合う悪魔はにやりと笑った。

「君、意外と強いんですねわかります。
賢帝の取り柄は頭だけかと思っていたけれど」

悪魔は懐に手をいれる。
何かを出される前に先手を打つべきか。
雪男は即座に反応して服の裏に忍ばせていた銃を発砲した。
祓魔の武器として用いられる聖銀の銃だ。
当たればいかに上級といえども深手は免れない。悪魔の姿は一瞬で消えた。
雪男はなおも警戒を怠らない。部屋の中には笑い声が響く。

「これは、宣戦布告だ正十字の王。
お前は強いが所詮は人間だ。僕はもっと楽しい戦いをする男を知っている」

ひらりと赤色の布が頭上から落ちてきた。雪男はそれを手に取る。
一見何の変哲もない布のようだった、けれどその布には見覚えがあった。
兄である燐が、額に巻いていた布と同じではないか。

「待てッ!彼に何をした!」
「連れていくだけです、彼が本来いるべきところへね。
君も本当は知っているくせに」

声は遠ざかって行った。
雪男は部屋の中に発砲するがその弾は当たることなく銃声だけがむなしく響くだけだった。
騒ぎを聞きつけて、武官たちが部屋に近づいてくる音が聞こえて来る。
その前に、部下の一人が血相を変えて部屋の中に転がり込んできた。

「大変です!前線の部隊が全滅との報告、防衛ラインが突破されました!」

最悪の連絡だった。防衛ラインを急いで組み直さなければならない。
頭の中は兄に何かが起こったのかという動揺と、
王として冷静にならなければならない感情との板挟みだ。
動揺を悟られないように、雪男は兵に情報を求めた。

「前線で何が起きたんだ!」
「それが・・・」
「おっとその問いには私からお答えしましょう☆」

怒鳴る雪男の前に、メイド服姿のメフィストが降り立った。
指を鳴らしてスリーカウントを唱えると、雪男とメフィストの間に鏡が出現する。
鏡が現れると同時に、周囲にいた兵士がその動きを止めていた。
時を止めたのか、そうするとこれから先の出来事は知られてはまずいこと。
そう、国の根幹を揺るがすことが起きてしまったのだ。

雪男は鏡を見つめる。全身を映すその鏡は透明で怖いほど美しかった。
鏡には、ある映像が映し出されている。泥の中、倒れる人と悪魔。
飛び散る血と怒号。これは前線の様子だ。
使い魔の視界をジャックしたものですとメフィストは説明を付け足すが雪男はそれどころではなかった。

兄の姿がどこにもない。どこだ。どん、と衝撃が聞こえてきた。
ものすごい土煙があたりを包み込んでいる。
地面には光の刃が突き刺さっていた。その周囲にはたくさんの人間の死体が転がっている。
死が戦場を支配していた。
兄さんは、いつもこんな場所で戦っているのだ。
光の刃が続けざまに空から降ってきた。
兵士の体を貫く前に、刃が青い炎で切り裂かれる。

『逃げろ!!』

そこには血塗れになりながら必死に味方を逃がそうとする燐の姿があった。
光はなおも降り続き、燐の手の届かない人々を次々に蹂躙していった。
目の前で死に続ける人の姿に燐の顔はどんどん青くなっていった。
燐の体を覆っていた甲冑も光の刃に砕かれていく。
それでもなお、燐は立ち向かっていった。
使い魔の視界からでは敵の姿は見えないが、燐には見えているようだ。
その瞳は憎悪が満ちている。

『よくも俺の国の兵士をッ!』

倶梨伽羅に青い炎を灯し、それを振りかぶることで炎の刃を作り出す。
その炎は光の壁で相殺されて、何度やってもその先へは届かない。
戦場で立っているのはもはや燐しかいなかった。

『面白いことを言いますね、その者たちとお前は全く違うものだというのに』

燐以外の声が響く。これが敵の声か。燐は忌々しげに光の放たれる方へと叫んだ。

『何が言いたい!』
『真実を見つめることも時として必要なのですよ』

燐の背後に影が差す。
殴られて地面に引き倒され、燐の背に伸し掛かる黒い影。
影は、燐の背にそっと触れた。燐はもがいて逃げようとするが、抜け出せなかった。
影は、隠されていた燐の黒い尾を取り出した。

『やめろ!触るな!!』
『ふふ、悪魔の証を見せつけられることがそんなにも屈辱ですか?』
『俺は人間だ!お前らの仲間なんかじゃない!』

燐の耳にかかっていた髪を影がかきあげる。
そこには尖った耳があった。黒い尾に、尖った耳。
それは人ではない悪魔であることの特徴だ。
いくら燐が人間でありたいと願っても、身体は悪魔の特徴を表している。
持って生まれたものは変えることができない。影は燐にささやいた。

『いいえ貴方は悪魔です。この青い炎が何よりの証拠。
知っていますか。青い炎は我らの父たる魔神の炎。
それを持つ貴方がいるべき場所は、ここではない』

影が燐の尾を縛った。燐は悲鳴を上げる。
悪魔の尾は弱点の一つだ。そこを押さえられてしまえば抵抗することができない。

逆様鏡~エピローグ~


扉に下げている札をCLOSEに変えて、ようやく一息入れることができる。

店の中はまだ机の上に食器が散乱しているが、
お客は今しがた帰したところなのでやることといえば後片づけだけだ。
燐はカウンター席に座って、水を飲んだ。
ひと仕事終えてから飲む水はうまい。本来ならお酒の一杯でも引っかけたいところだが、
まだ仕事が残っているので酒を入れることはできない。終わったら存分に飲もう。
今日はパーティの予約が入っていたので、たらふく用意しておいたおつまみも少しくらいは冷蔵庫に残っている。
今日の晩ご飯はそれにして、さっさと寝よう。

燐は水を飲んで、ふうとため息をもらす。
毎日毎日悪魔と戦って血を流していた頃に比べたら随分と落ち着いた日常を送っているものだ、と思う。
もちろん祓魔師としての活動をしていないわけではない。
明日は依頼のあった場所へと向かい悪魔絡みの案件かどうかを確かめるための作業が入っている。
店と祓魔師の二足の草鞋は今のところ軌道に乗っている。
ただ、祓魔師の方は昔は与えられた任務を行っていけばいいだけだったが、
まずは悪魔が本当に関わっているかの調査から入らなければならないことが大変だ。

騎士團は人手不足とはいえ多くの人材を抱えているので調査、派遣、討伐までをチームで分けて行うことができる。
自営業の辛いところはそれを全て自分一人で行わなければならないことだ。
燐は疲れた肩を回した。ごり、という堅い音が響く。

悪魔としての体力はこういうときにはありがたい。
普通の人間ならばとっくに根をあげているところを耐えられるのだから。
夢を追うのは大変だ。燐の名前はフリーの祓魔師として徐々に認知されてきている。
騎士團の方には雪男からうまく説明がいっているのだろう。目立った衝突は特にない。
燐は頭の中で今後の予定を組み立てると、行動に移すために立ち上がった。

最近の唯一の楽しみは寝ることだ。睡眠時間を確保するためにも少しでも早く片づけを終わらせよう。
燐が食器をまとめていると、ドアから来客を告げるベルが鳴った。

「すみません、今日はもう閉店・・・」

言おうとして、口が止まる。
そこには祓魔師の制服を着た男。奥村雪男が立っていた。
見れば所々返り血を浴びた痕跡があるので、任務の帰りに立ち寄ったと見るべきか。
燐は雪男に声をかける。

「人手が来た。手伝え」
「この格好見て即座に出た言葉がそれ?心配はしないんだ」
「お前のことだからどうぜ全部返り血だろ、ほら俺は暇じゃねーんだ。そこのテーブルから片づけろ」
「手汚いけど」
「先に洗え、消毒すんの忘れんなよ」

雪男は慣れたように厨房の奥へと向かった。
あの兄弟喧嘩から半年が経っている。

毎日でも来たかったのだが、雪男も聖騎士としての仕事が忙しい。
来れても月に一回のペースがやっとだ。
それでも会えなかったころに比べればましなので、その一回を大切にしようと雪男は心がけている。
一ヶ月も会えなければお互いに話題も溜まってくるので、丁度いい発散の場にもなっていた。

仕事を手伝うのも、流れとしてはもう当たり前になっている。
食器を片づけ終わると、燐は洗い物をして雪男はテーブルを拭く係だ。
食器は店の備品なので一枚たりとも無駄にできないので、その点は燐が責任を持って洗っている。
雪男としては割った皿の弁償と称して何か贈り物をしたいとも考えているのだが、
その辺りでのすれ違いはもう当たり前になっている。
しばらく無言で作業をしていると、片づけはスムーズに終わらせることができた。
雪男がふきんをカウンターに戻すと、奥から燐が紙コップと紙皿を持って現れた。

「有り合わせで悪いけど、食えよ」
「ありがとう」

燐は賃金を払わない代わりに、食事でもてなしてくれる。
雪男としてもそれが目当てでやってきているので、ギブアンドテイクだ。
そしてそれは二人がゆっくり話をすることができる唯一の時間だった。

「食器洗うの面倒だから使い捨てだけど」
「いいよ、気にしない」
「ビール飲むか?それとも別の?」
「ビールにする」

燐がビールを紙コップに注いで、二人で小さな乾杯をした。
疲れた体に染み渡る味だった。
一息でそれを飲み干すと、思わず声が漏れた。

「あ~この一杯の為に生きてる」
「爺が言ってたこと、俺らも言うようになったんだな」
「年とったしね、兄さんは変わらずの十代だけど」
「やめろ、そのせいで馴染みの警官ができるまで結構大変だったんだぞ」
「あ、やっぱり?その外見と年齢の差は怪しいよね。
未成年が店主のバーっていかがわしいお店しか浮かばない」
「至って健全な運営をしてるのにな、世間の目は厳しいぜ」

軽口をたたけるようになったのも、いい傾向だと思う。
昔はお互いの欠点を見つけては罵りあっていたような気がする。
それはおそらく余裕がなかったことも原因の一つだろう。
大人になってよかったことは、諦めることができるようになったことだと思う。

「兄さん、気になってたんだけど。倶利伽羅って今どこにあるの」

雪男はなんとはなしに質問した。
あの喧嘩の時にも出さなかったということは、どこかに封印してあるのか。
それともシュラの様に体のどこかにしまっているのだろうか。
いずれにしても、兄の命ともいえる心臓が宿っているので弟としてその所在は気になるところだ。
燐はおつまみを口にしながらさらっと言った。

「ああ、あれ売ったんだ」
「へーそうなんだ」
「結構いい値段になったから助かったわ」
「―――え?」

聞き流していたからわからなかったが、雪男は兄の言葉を頭の中で反芻した。
売った、と言わなかっただろうか。この人は。

「売ったって・・・あれ兄さんの悪魔の心臓が入ってるよね?
なにそれ、兄さん心臓体に戻したの?」
「そんな器用なことできるわけねーだろ。諦めてそのまま売った。
その時資金難で困っててさ。売った金は店の資金にすることができたんだ。
いや~助かった。文字通りこの店は俺の命でできてるわけだ」

そういわばそんなことを言っていたような気がする。
酒が入ってきて饒舌になっているが、内容は笑えない。
あれ、勝呂家から譲り受けた大切な剣だよね。
しかも相当昔に作られた魔剣だから製造方法も今や歴史の彼方だ。
国宝にも指定されるべき文化財としての側面も持つので、そりゃあいい値で売れただろう。
問題はそこではない。

「兄さんは!自分の心臓を売ったのか!!」
「端から聞いたら臓器売買みたいに聞こえるな」
「その例え強ち間違ってないからね!?自分がどれだけ危険なことしたかわかってるの!??」

雪男は拳をカウンターにぶつける。
どんという荒い音が店に響くが燐は酔っぱらっているのでどこ吹く風だ。
折れたりしない限り大丈夫だろ、と燐は気軽に笑っている。
反対に雪男の顔はどんどん青くなっていった。

なにそれなにそれ聞いてない。
どういう神経していたら自分の命を他人に売れるんだ。
馬鹿だと思っていたがここまで馬鹿だとは思わなかった。
文字通りこの店は燐の命で出来ているのかと思うとぞっとする。
雪男は燐に掴みかかった。

「兄さん誰に売ったの!?僕が買い戻すから教えて!!」
「え~、でもそうすると形式的に俺がお前に借金してるみてぇになるじゃん」
「そんなことどうでもいいだろ!」
「どうでもいいとはなんだてめぇ!俺だって弟に借金とか兄貴としての
威厳ってもんがな!」
「兄さんの命が金で買えるなら僕は喜んで出すね!」
「そういう怖い事さらっというなよ!」

酒のおかげでヒートアップしていく二人を止めるものはいなかった。
しかし、ここで引っかかるのは燐が絶対に大丈夫だと落ち着いていることだった。
見ず知らずの誰かの手に渡っていたら、いくらなんでも取り乱すだろう。
そう考えると、兄の知っている誰かの手に渡ったと考えた方が現実的だ。
雪男は頭の中で候補者を絞り込んだ。
兄が信用していて、お金をある程度持っている。
となると交友関係は絞られる。
雪男はため息をついた。

「兄さん、勝呂君のお家に借金したんだね」
「・・・」
「無言は肯定と取るよ」

メフィストの名前も頭に浮かんだが、燐はメフィストのことを全面的に信用しているわけではないので
除外した。手に入れた燐の心臓であれやこれやを行っていてもおかしくない。
それに悪魔の契約にはリスクを伴うので滅多なことでは取引をしない方が賢明だ。
倶梨伽羅は元々勝呂家の持ち物である。
それを元の場所に返したと考えれば自然だろう。

嘘は許さないよ。
雪男にじっと見つめられて、燐は観念したように話し始めた。

「祓魔師としての稼ぎで賄ってた面もあったんだけど、どうしても足りない金ってのが
やっぱりあってな。俺が金が無くて困っていた時にさ、勝呂に相談したんだ。
計画性が無いって怒られたけど倶梨伽羅を渡すことで俺の覚悟をわかってもらおうと思って。
最終的には俺の事信用してくれた。
金は少しずつだけど返していってるから、お前が心配することは何もねーよ」

現在燐は店とフリーの祓魔師としての収入があるので、安定はしている。
勝呂の家にも迷惑はかけないように心がけているし、返済の予定もきっちりとできている。

「僕には言ってくれなかったんだね」
「お前には言わないな。これからも」
「ねぇ僕が勝呂君から買い戻すのはルール違反になる?」
「なるな、そもそも勝呂が売らねぇと思うけど」

友達同士の結びつきに嫉妬してしまう。
けれど当時は連絡が取れる間柄でもなかったのでそれは仕様がないことだろう。

「でもどうやって勝呂君と連絡取ったの?監視役の悪魔がいたんじゃないの」
「ああ、やり口としては強引だったんだけど、カルラに伝書鳩をしてもらってだな・・・。
アイツなら攻撃力あるから、何かあった時にも対処できるしこっそりと勝呂に手紙渡して貰うこともできるし」
「よくやるよ」
「俺もカルラに散々怒られたから、今は魍魎使ったりしてるぞ」
「え?使い魔ってこと?」
「そうだけど・・・言ってなかったけ」

またもや二人のすれ違いが発覚した。
魍魎といえば、腐の王アスタロトの眷属だ。
つまり兄はアスタロトとの繋がりを絶っていないのだ。
あれも諦めの悪い悪魔なので、またどこかから沸いてくるのだろう。
全く、ちょろちょろとうっとおしい。
雪男は深い深いため息をついた。兄はいつまでたっても人を心配させる天才である。
アスタロトに騙されて虚無界に連れていかれる可能性とかは考えないのだろうか。
そもそも、倶梨伽羅無しでは通用しない上級悪魔に出くわした時の危険性についても
兄はまるで考えていないように思える。
自分の身を心配しろとあれだけ口を酸っぱくして言ったというのに。

「ねぇ兄さん、倶梨伽羅使わなきゃ勝てない相手が来たらどうするのさ」
「間に合いそうだったら倶梨伽羅取りに行くけどな」
「間に合わなかったらの場合だよ」

雪男はビールを一気に飲み干した。
もう何杯目か覚えてもいない。
ぐるぐると廻る頭は腹立たしさでいっぱいだ。
兄さんはいつまでたっても変わらない。
僕のことなんてどうでもいいんだろ。
とまるで子供のようなことばかりを考えてしまう。
そんな雪男を見ながら、燐はぽつりとつぶやいた。


「その時はお前呼ぶから何とかなるだろ」


フリーの祓魔師が騎士團の頂点である聖騎士を呼ぶことはできないけれど、
弟としての立場で呼ぶ分には問題はないだろう。
燐は屁理屈を言って雪男のコップにビールを注ぐ。
雪男は呆然とした顔をしている。
燐は当たり前だろ、といった表情だ。

雪男は機嫌が一気によくなる自分を自覚して、自己嫌悪に陥ってしまう。
兄さんに頼られることが、こんなにうれしいだなんて。
なんだかやられっぱなしで悔しい。雪男は言い返す。


「それじゃ、兄さんの命は僕が預かっているって考えていいよね」


雪男は燐のコップにビールを注いだ。
燐はいってろ、と雪男に言い返してそのビールを飲み干した。

お互いに顔が赤くなっているのは、きっと酔いのせいだけじゃないはずだ。


僕たちは、別々の場所で生きている。
けれど、共に生きている。

逆様鏡12

遠くで誰かが泣いている声が聞こえてきた。
燐はその声を聞いてすぐに起きあがる。
雪男の声だ。どこにいるんだろう。
またいじめっ子に泣かされたんじゃないだろうか。
それとも怪我をしたのだろうか。
一刻も早く見つけなければならない。
燐は走り出した。辺りは一面真っ白で障害物はどこにもない。
ただ白いだけの空間を燐は泣き声のする方へとただ向かっていった。

程なくすると、小さな後ろ姿が見えた。
燐は急いでその背に声をかける。
小さな体は何かに怯えるように震えていた。
辺りにはなにもなく、見たところ怪我もない。
燐には雪男が泣いている原因がわからなかった。

「雪男、雪男。どうして泣いてるんだよ」

燐の声を聞いて、雪男は振り返った。
涙でいっぱいの顔は、燐の姿を見つけて心底安心したような声を上げる。
にいさん。雪男が燐に抱きついてきた。
小さな体を受け止める。
お互いに体は小さな頃に戻っているようなので、
若干足下がふらついたのは仕方がない。
それでも踏みとどまって燐は雪男を抱きしめた。
兄が弟にするように。安心させるように雪男に声をかける。

「怖いことでもあったのか」
「うん、とっても怖かったんだ。
兄さんが僕の目の前からいなくなってしまう夢を見たんだ。怖かった」
「俺はここにいるよ、どこにもいかない」
「本当?」
「うん」

二人でお互いの体温を確かめあった。
どこにもいかない。お前を置いていかないよ。
雪男は徐々に落ち着きを取り戻してきたが、
頭が冷静になっていくにつれて声も堅くなっていく。

「ねぇ兄さん。今は一緒にいてくれるけど、
大人になったらそうはならないよね」
「そりゃ大人なんだから離れても平気になるんじゃないのか」
「なるのかな・・・そうなればいいけど。もし、もしだよ。
兄さんが本当に僕の目の前からいなくなってしまった時、僕はどうしたらいいんだろう。
寂しくても、兄さんがどこかで生きていてくれたならそれでもいいけど。
兄さんがもし本当に、この世界からいなくなってしまったら、僕はどうしたらいいんだろう」

追いかける勇気がそのときの僕にはあるのかな。
雪男がつぶやいた言葉に燐は怒ったような表情で、
額にデコピンをした。雪男は額を押さえて、目を瞬かせている。

「俺がいなくなっても、お前は大丈夫だ。俺の後を追うとか絶対にすんなよ!」
「どうして、一人は寂しいよ」
「俺だって寂しいよ、けどさ。お前は俺なんかよりずっとずっと頭もいいし、
友達だってできるだろ。だから、俺よりうんとすごいことして、
そのことを俺に自慢できるようになってから、そういうこと考えろよ」
「ハードル高いよ」
「俺はわがままだからな、雪男はいい子なんだからそれくらいできるだろ」
「じゃあいい子じゃなくていいよ、兄さんのそばにいれるならいい子じゃなくていい」

離れるのは寂しいよ。
雪男は燐をぎゅうぎゅうと抱きしめた。
お互い二人しかいない兄弟だ。燐だって本当はそう思っている。
でも、大人になると言うことは自立をするということだと
昔神父が話していた。

「雪男、俺たちは大丈夫だよ。離れてもきっと大丈夫だ」
「本当?兄さんはそれでも平気なの」
「平気じゃないけど、我慢する。
我慢したら、きっと次会えた時すごくうれしいと思うから。
俺もがんばるから、雪男も頑張れよ」

離れたら会いに行くためにがんばるよ。
寂しかったら思い出す。
もう会えないなんて思わないで、一目会えるその一瞬のために生きよう。
そうすれば、離れてたってきっと大丈夫だ。

「兄さん、離れてもきっと会いにいくよ」
「俺も、いつも雪男のこと思ってる」

そっと二人の体が離れた。
燐の体はまばゆい青い光に包まれて、雪男の腕からすり抜けていった。
雪男はその光に手を伸ばす。

***

「兄さん!!」

声を出して飛び起きた。雪男は目の前にある状況を確認する。
目の前には、皺まみれのシーツとベッドがあった。
自分は床に座って、ベッドにもたれるようにして眠っていたらしい。
強めに握った布地の感覚から、ここが現実であると思い知った。
強い血のにおい。見ればベッドには大量の血痕がこびりついていた。
血のにおいで、徐々に記憶を取り戻していく。
そうだ、僕たちは戦った。戦って戦って、それから兄さんが怪我をしたんだ。
血の滴る体を抱えて、僕は店に戻った。
兄さんは悪魔なので普通の病院には行けない。
かといって騎士團の息のかかった医療機関などにも連れていけるわけもない。
ここで、僕がやるしかないんだ。
血にまみれた兄をベッドに横たわらせて、雪男は覚悟を決めた。
それから、手術を行い体内に残った聖銀弾を摘出して、なんとか腹の傷の縫合までこぎつけたのだ。
血の気のない兄の顔を見て、自分の血が輸血できればと血液型の違いを呪った。
それでもかすかに息をする兄の姿をみて、少しだけ気がゆるんだのか。
そのまま雪男は眠りの世界に引き込まれていったのだ。
目の前に、兄はいない。
どこへ行ったのだろう。あの傷では動くことも難しいはずだ。

また僕のいないどこかへ いってしまったのだろうか。

恐怖を覚えて、雪男は急いで部屋の扉を開けた。
兄を運ぶときに気づいたのだが、ここは一階が店、二階が住居スペースになっている。
扉を開ければすぐに階段があるので、転ばないように気をつけなければならない。
雪男は勢い余って、階段をすべり降りてしまった。
ドカカカカッと鈍い音を響かせて、階下までたどり着いてしまう。
この年になって階段を踏み外すとか恥ずかしい。
雪男は痛む腰をさするが、他に異常はない。
メガネが割れてないので大丈夫だ。
雪男が立てた音を聞きつけたのか、店の厨房から誰かが飛び出してきた。

「雪男!転んだのか、大丈夫か!?」

そこには探していた兄の姿があった。
まだ顔色は良くないが、立って歩いている。
雪男を起こそうと手を伸ばしたので、その手を取って、自分の元へ引き寄せた。
燐はバランスを崩して雪男の腕の中に倒れ込んだ。
耳を寄せれば、とくんとくんと兄が生きている音がした。
その音に心底安心して、ほっと息をつく。
雪男は一息着いているが、燐はいつまでも弟の腕の中でおとなしくしてはいられない。
怪我をして弱っているとはいえ、悪魔の腕力で雪男を引き離す。

「いい加減にしろ、いい年した男だぞ」
「・・・ごめん」

そのまま二人はしばらく無言になった。
あれだけの戦いを繰り広げて、燐は怪我をして。
お互いに今まで秘めていた言葉を言い合った。
感じるのはお互いの体温だけ。
先に口を開いたのは雪男だった。

「ごめんね、兄さん。本当にごめん」
「それは何に対しての謝罪だ」
「全部だよ」

僕が兄さんにしてきたこと全部。
雪男は燐の目を逸らさずに見続ける。
燐は雪男の本心を見抜いているようだ。
そして、雪男もそれをわかっていて言っている。
雪男は言葉を続けた。

「でも、やり直せるとしたとしても。僕はきっと同じ道を選ぶ」

僕たちは逆様だから、望む方へはきっといけないんだろうね。
燐はそっと雪男の頭に手を置いた。
まるで慰めるような仕草だった。

自分たちは間違えた。もう過去を変えることはできない。
そしてこれからもきっと間違え続けるだろう。
間違えて、傷ついて、それでもきっと前に進むしかできない。

「お前、相変わらず融通きかねぇな」

逆様だってんなら、全部ひっくり返せば元通りだろ。
そのまま雪男の手をそっと握る。
雪男は燐の手を握り返した。
あたたかい。
目の前に張られていた鏡が割れたような気がした。
雪男は笑う。

「そうだね」

間違えたらやり直して、ぶつかったらお互いの気持ちを話してちゃんと譲歩しよう。
喧嘩したら仲直りすればいいんだ。
普通の兄弟のように、たくさん話し合えばいいんだ。
そうすれば何かが変わるかもしれない。

二人は立ち上がって、歩き出した。
燐は傷が治ってきたのを見計らって部屋を抜け出し、料理の仕込みを始めていたようだ。
昨日は店を休みにしていたので、今日は開かなければならない。
燐は痛む傷を押さえて厨房に立っている。
その姿を見て、雪男は声をかけた。

「手術したばっかりで、まだ完全に傷は塞がっていないはずだ。今日くらい休めないの?」
「馬鹿言え、昨日も今日も休んだら完全に潰れたと思われるだろうが。
店は開いてなんぼなんだよ、自営業なめんなサラリーマン」
「じゃあ手伝うよ」
「いいってそこにいろ」

雪男は大人しく店のカウンター席に座った。
兄が手早く料理を仕上げていく姿がよく見える。
こうして料理をする姿を見るのも何年ぶりだろうか。
それほどまでに自分たちは遠く離れていた。
昔のように少しは近づくことができただろうか。

「ねぇ兄さん」
「なんだ」
「―――戻る気はない?」
「ないな、店やってかなきゃなんねーし。この店は、俺の命なんだ。
俺はここで店も祓魔師も、両方頑張る。そんで両方とも認めさせてみせる」
「欲張り」
「そりゃお前の方だ天才聖騎士」

目の前に出来たての料理が並べられた。
品物はどれも雪男の大好きなものばかりだった。
ごくりと喉が鳴る。兄の手料理で育った者からしたら、この誘惑はたまらない。
箸で一つ一つ食べていくと身体に染み渡る程美味しかった。

「おいしいね」
「だろ?」

燐が笑う。雪男はああ、幸せだと思った。
こんな幸せが欲しくて僕は頑張っていたんだ。
ポケットからある物を取り出して、カウンターの上に置く。

「なんだ、使い魔契約ならしねーぞ」
「そうだね、家政婦雇うみたいになるしね」
「なんだと」
「冗談だよ」

ポケットにしまっていた石は、あの戦闘の中で砕けていた。
それでよかったのだ。あんなものは僕たちの間に必要ない。
雪男が取り出したのは、燐の祓魔師の免許証だった。
燐は目を見開く。あの時手放したものだ。
雪男はずっとそれを持っていたようだった。

「兄さんの写真ってそれほど多いわけじゃなかったから、
持ち歩いてたんだ―――これは返すよ」

一度認められ奪われた証。
もう一度、今度こそ。諦めずに夢を追いかけてやる。
燐は免許証を窓から差し込んできた日の光に翳した。
長かった夜は、明けたのだ。

「失効してるな、これ」
「うん」
「でもすぐに取り戻してやるからな」
「うん」
「待ってろ」

待ってるよ、ずっとずっと。
言葉にはできなかった。
それから、ご飯を食べ終わって代金を払おうとしたら、止められた。

「今日だけはおごりでいい」
「今日だけ・・・か。また来てもいいの?」
「たまにならな、毎日来たら営業妨害でゆるさねーぞ」

燐が手を振る。それは見送るための合図だった。
けれどこれは別れの挨拶ではない。
次に会うための約束だ。
店の扉を開けると、町は朝日で満たされていた。
今日もまた、一日が始まっていく。

「なら、僕の事一生許さなくていいよ」

そう言い残して扉を閉める。
僕たちは、別々の場所で生きていく。

逆様鏡11


思えば僕たちは本気で喧嘩したことがなかったのかもしれない。
志摩兄弟から聞いたのは、幼い頃から殴り合いの喧嘩は日常茶飯事だし、
喧嘩をしたことがない兄弟はいないというのが通常の家庭の兄弟。というものらしい。
小さなころ雪男は体が弱かった。
反対に燐は力が強く自分の力を制御できていないせいでよく物を壊していた。

そんな兄弟が本気で殴り合うことなどできはしない。

燐が殴れば大人の骨でも折ってしまう。それに燐は優しかった。
唯一の家族である体の弱い弟を殴ることはできなかっただろう。
真の意味でお互いが対等であったことが、奥村兄弟の中にはなかったのだ。
だからこそ、歪な関係になってしまったのかもしれない。
こんな風に、殺し合いのような行為までいってしまったのかもしれない。

「手加減するな!!!」

雪男は銃を撃って燐との距離を取ろうとした。
燐は騎士として戦っていたので得意なのは接近戦だ。
雪男は中距離攻撃が主なので、間合いを詰められれば分が悪い。
燐は飛んできた銃弾を素早い動きで避ける。
その手に倶梨伽羅は無い。燐の命と言える剣を手放したとは考えにくい。
ならば敢えて出していないと考えるのが普通だろう。
それを手加減と言わずして何というのか。

雪男は燐に相手にされていないのだと感じていた。
燐の本気をどこまで引き出せるだろうか。雪男は容赦なく銃弾を打ち続ける。
数発は燐の体を捕える軌道を取った。

しかしその銃弾は燐の体を貫く前に青い炎によって弾かれてしまう。
ならばと雪男は弾を入れ替えた。
両手で連射しても数発がかする程だ。まったく獣のような動きをする厄介な相手だ。
燐はビルの壁を蹴って登り、上下左右に動き回る。
ビルの壁には通常の日本ではありえないほどの銃痕が残っている。
殺す気で相手しないとやられるのはこちらだ。
雪男は燐の動きを読み、銃弾を先回りして打ち込んだ。

「同じことの繰り返しか?」

燐は笑って銃弾を青い炎で防ごうとした。
しかし銃弾は青い炎を貫いてきた。驚いた燐は銃弾が体に向かう前に手で掴み取る。
じゅう、と掌を焼く聖銀弾の痛みに顔を顰める。
燐の顔が痛みに歪むのを見て、雪男はほくそ笑んだ。

青い炎に聖水が効くことは証明済みだ。
アマイモンとの戦いで学園内の森が青い炎で包まれた時もアーサーがその鎮火の為に
聖水を使用している。
原理としては同じだ。聖水を仕込んだ聖銀弾を打ち込む。
青い炎によって威力は殺されてしまうので、致命傷にはならないだろうが効果はある。
燐は銃弾を路地に投げ捨てた。焼かれた掌はもう修復に入っている。

「殺す気で来たな、やるじゃん」
「僕は本気だ、倶梨伽羅を出せ」

燐は少し考える仕草をした。
しかし、やはり生身で戦うことを選んだようた。
路地裏で喧嘩を仕掛けてきた不良に挑むように拳を構える。
あくまで殺し合いではなく喧嘩の姿勢を崩さない。

「嫌だね、言っただろ。俺は弟と戦わない」
「戦ってるだろ、今」
「これは喧嘩だ、殺し合いじゃない」
「屁理屈言うな!」

聖水弾を打ち抜いて、散布する。
悪魔が吸い込めばその動きを阻害することができる。

「兄さんはいつもそうだ、いつもいつも自分の好き勝手にして、
僕を馬鹿にする!!僕の言うことは兄さんにいつも届かない!!」

燐は雨の様な銃弾の中、雪男に向かって突進してきた。
響く銃声の中、燐も負けじと言い返す。

「好き勝手してたのはお前もだろ!俺に内緒で、嘘ついて。
祓魔師になってたじゃねぇか!ジジイと一緒に戦ったこともあるんだろ!
二人して俺に嘘ついてただろ!」
「そうさ、でもそれは全部兄さんの為だった!
神父さんは優しいけど厳しかった。
兄さんの為に我慢したことだっていっぱいあったよ!」
「俺の為、俺の為って・・・ッ」

銃弾は燐の体をかすめて、肩や足から血が噴き出した。
でも弾は体に残らない。これなら行ける。
燐は一気に雪男との間合いを詰めた。
至近距離からの銃撃。燐の頬から血が流れる。
燐は拳を振りかぶった。


「俺が、いつそんなこと頼んだんだよ!!!」


その叫びに、雪男の思考は一瞬だが停止した。
祓魔師は騎士や竜騎士など使用する武器によって呼称が異なるが、
体術一般は身に着けている。
体が反応したのは、反射によるものだ。
こういう場合には、こう動くという体に染みついた体術が燐の攻撃を避けた。

そのまま腕を掴むと、肩の関節を外すための動作に移る。
燐は咄嗟に雪男と共に前に出た。
体が重力に従って倒れていく。下敷きにされたのは雪男だ。
燐の膝が雪男の腹に乗っていたのは業とだろう。
倒れ込んだ勢いで、燐の体重と共に体にダメージを与えられた。
間髪入れず、燐の拳が雪男の顔に向かってきた。
雪男はそれを首をよじることで避けた。
背後のコンクリートにヒビが入る音が聞こえた。
雪男は急いで銃を構えようとする。

しかし倒れこむ拍子に手から離れてしまったようだ。
スローモーションのように、銃が地面に落ちていく姿が見えた。
まずい、安全装置は外れている。
つまり落ちた拍子に暴発する恐れがあった。

バンッ

路地裏に銃声が響いた。
恐る恐る目を開けるが、銃弾は雪男ではないどこかへ飛んで行ったようだ。
形勢は不利だった。
燐が体に伸し掛かっているので身動きが取れない。
辺りはとても静かだった。二人の呼吸音だけがやけにお互いの耳に入る。

「お前は、いっつもそうだよ。俺の話なんか聞きやしない」

話を始めたのは燐だった。雪男は黙ってそれを聞いている。
俺がいつそんなことを頼んだ。
そう言われた。燐にそう言われたことは一度もない。

「なぁ、俺がいつお前に守って欲しいって言った。
言えよ、お前は俺なんかと違って頭いいだろ。記憶力もいいだろ。
その頭で覚えてるだろ、言ってみろ」

雪男は答えられなかった。
燐はただの一度も雪男にそんなことは言わなかった。
守らせてはくれなかった。
それは、お前なんかいらないと言われているようで燐の為に生きたかった
雪男にとっては耐えられないことだった。

「言わなかったよ、兄さんは一度も僕を頼ろうとしなかった。
僕は兄さんを守りたかったけど、兄さんはいつも自分一人でなんとかしようとしたよね。
死にそうになっても、怪我をしても、いつもいつも他人の為に動いていた。
ねぇ、なんで僕が兄さんを守ろうとしたか知ってるの」

「知らねぇよ、お前は言わなかった」

「じゃあ今言ってやる。兄さんが自分を守ろうとしないからだ。
どんなに傷ついて血反吐を吐いても、他人の事ばかりを見るからだ。
命を削って人に与えているとしか思えなかったよ。
いつか死ぬと思った。兄さんに死んでほしくなかったから、僕は僕が悪人になってもいいから
兄さんに生きていて欲しかったんだ」
「それが俺の意志に反していてもか。俺の道も、目指していたものを全て奪って。
そんなの、ただの傲慢じゃねぇか」


「そうだよ僕は傲慢だ。傲慢で欲深い人間なんだよ。今更気づいたの」


僕たちは馬鹿みたいだ。
喧嘩をしても殺し合うような関係だから、この関係は初めから破綻していたのかもしれない。
お互いのことを思えば思うほど、お互いを追いつめる。
僕たちはどうしようもない。
それでも、生きて。相手に幸せになってほしかった気持ちは本当なのだ。

「俺は、お前が俺の為にって自分の時間も、
夢も犠牲にすることが耐えられなかった」

学生の内から祓魔師として働いていた雪男。
本当は優しいことの為に使うはずだった手を悪魔の血で染めてしまった。
雪男のおかげで助かるだろう命もあったはずだ。
医師としての道を目指せば、雪男は間違いなく多くの人の命を救っただろう。
普通の世界で、賞賛を浴びて生きていくことができただろう。
奪ったのは、俺だ。
俺がいたからこんなことになったのだ。

「お前には、俺がいない。普通の世界で自由に生きて欲しかった」
「僕もさ。兄さんは何も知らないまま。ただ人として生きて欲しかったよ」

そんな世界があればよかったのに。
そうはならなかった。望む物はいつだって兄弟の目の前からこぼれ落ちていったのだ。

「でも、できなかったな」
「お互いにね」

じゃあ、これからだったらできるかな。
燐はぽつりとつぶやいた。
そうなればいいと、雪男も思った。
それでも雪男は燐の言葉を切り裂いた。

「無理だよ」

もう何も知らなかったころには戻れない。
けれど一歩づつ進んでいくことならできるかもしれない。
そうやって希望を捨てずに進むことしか、兄弟の生きる道はない。
今までも、これからも。傷ついて泥にまみれながらも生きていくしかないのだ。


「無理とかできないじゃなくて、やろうぜ」


少しでもいいから、進もうぜ。
燐は雪男に微笑んだ。
別れたあの日から見ていない。
記憶の中に焼き付いていたあの笑顔と、同じ笑顔だった。
兄さん。雪男が燐の頬に手を伸ばした。
手が触れる前に、燐の体が傾いた。

兄の口から血が溢れている。

こぼれたその血は雪男の眼鏡の上に落ちていった。視界が真っ赤に染まった。
雪男は倒れ込んだ燐に縋り付いた。なんで、どうして。
見れば、燐の腹には銃弾の後があった。
先程の戦いのときにはなかった傷だ。考えられるのは、あの時。
手から落ちた銃の位置を見る。銃口は、こちらを向いている。

銃が暴発した時に、燐の腹を貫いていたとしか考えられない。

路地裏に倒れ込む燐の体から、大量の血が流れ出していた。
温かいそれは兄の命そのものだ。
聖銀と聖水でできたそれは悪魔にとって致命傷にもなりかねない。
雪男は必死にその傷口を手で抑え込んだ。
指の先から血があふれている。
燐の顔からは血の気が無くなっている。

兄さんが、死んでしまう。
僕のせいだ。
雪男は叫んだ。
燐に呼びかける。返事はない。
意識を呼び戻さなければならない。
待って、待ってよ。まだ何も伝えきれていないんだ。
こんな終わり方あんまりだ。


「兄さんッ!僕を一人にしないで!!!」


雪男の叫びは、夜の路地裏に響くだけで誰の耳にも届かなかった。

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