青祓のネタ庫
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思えば僕たちは本気で喧嘩したことがなかったのかもしれない。
志摩兄弟から聞いたのは、幼い頃から殴り合いの喧嘩は日常茶飯事だし、
喧嘩をしたことがない兄弟はいないというのが通常の家庭の兄弟。というものらしい。
小さなころ雪男は体が弱かった。
反対に燐は力が強く自分の力を制御できていないせいでよく物を壊していた。
そんな兄弟が本気で殴り合うことなどできはしない。
燐が殴れば大人の骨でも折ってしまう。それに燐は優しかった。
唯一の家族である体の弱い弟を殴ることはできなかっただろう。
真の意味でお互いが対等であったことが、奥村兄弟の中にはなかったのだ。
だからこそ、歪な関係になってしまったのかもしれない。
こんな風に、殺し合いのような行為までいってしまったのかもしれない。
「手加減するな!!!」
雪男は銃を撃って燐との距離を取ろうとした。
燐は騎士として戦っていたので得意なのは接近戦だ。
雪男は中距離攻撃が主なので、間合いを詰められれば分が悪い。
燐は飛んできた銃弾を素早い動きで避ける。
その手に倶梨伽羅は無い。燐の命と言える剣を手放したとは考えにくい。
ならば敢えて出していないと考えるのが普通だろう。
それを手加減と言わずして何というのか。
雪男は燐に相手にされていないのだと感じていた。
燐の本気をどこまで引き出せるだろうか。雪男は容赦なく銃弾を打ち続ける。
数発は燐の体を捕える軌道を取った。
しかしその銃弾は燐の体を貫く前に青い炎によって弾かれてしまう。
ならばと雪男は弾を入れ替えた。
両手で連射しても数発がかする程だ。まったく獣のような動きをする厄介な相手だ。
燐はビルの壁を蹴って登り、上下左右に動き回る。
ビルの壁には通常の日本ではありえないほどの銃痕が残っている。
殺す気で相手しないとやられるのはこちらだ。
雪男は燐の動きを読み、銃弾を先回りして打ち込んだ。
「同じことの繰り返しか?」
燐は笑って銃弾を青い炎で防ごうとした。
しかし銃弾は青い炎を貫いてきた。驚いた燐は銃弾が体に向かう前に手で掴み取る。
じゅう、と掌を焼く聖銀弾の痛みに顔を顰める。
燐の顔が痛みに歪むのを見て、雪男はほくそ笑んだ。
青い炎に聖水が効くことは証明済みだ。
アマイモンとの戦いで学園内の森が青い炎で包まれた時もアーサーがその鎮火の為に
聖水を使用している。
原理としては同じだ。聖水を仕込んだ聖銀弾を打ち込む。
青い炎によって威力は殺されてしまうので、致命傷にはならないだろうが効果はある。
燐は銃弾を路地に投げ捨てた。焼かれた掌はもう修復に入っている。
「殺す気で来たな、やるじゃん」
「僕は本気だ、倶梨伽羅を出せ」
燐は少し考える仕草をした。
しかし、やはり生身で戦うことを選んだようた。
路地裏で喧嘩を仕掛けてきた不良に挑むように拳を構える。
あくまで殺し合いではなく喧嘩の姿勢を崩さない。
「嫌だね、言っただろ。俺は弟と戦わない」
「戦ってるだろ、今」
「これは喧嘩だ、殺し合いじゃない」
「屁理屈言うな!」
聖水弾を打ち抜いて、散布する。
悪魔が吸い込めばその動きを阻害することができる。
「兄さんはいつもそうだ、いつもいつも自分の好き勝手にして、
僕を馬鹿にする!!僕の言うことは兄さんにいつも届かない!!」
燐は雨の様な銃弾の中、雪男に向かって突進してきた。
響く銃声の中、燐も負けじと言い返す。
「好き勝手してたのはお前もだろ!俺に内緒で、嘘ついて。
祓魔師になってたじゃねぇか!ジジイと一緒に戦ったこともあるんだろ!
二人して俺に嘘ついてただろ!」
「そうさ、でもそれは全部兄さんの為だった!
神父さんは優しいけど厳しかった。
兄さんの為に我慢したことだっていっぱいあったよ!」
「俺の為、俺の為って・・・ッ」
銃弾は燐の体をかすめて、肩や足から血が噴き出した。
でも弾は体に残らない。これなら行ける。
燐は一気に雪男との間合いを詰めた。
至近距離からの銃撃。燐の頬から血が流れる。
燐は拳を振りかぶった。
「俺が、いつそんなこと頼んだんだよ!!!」
その叫びに、雪男の思考は一瞬だが停止した。
祓魔師は騎士や竜騎士など使用する武器によって呼称が異なるが、
体術一般は身に着けている。
体が反応したのは、反射によるものだ。
こういう場合には、こう動くという体に染みついた体術が燐の攻撃を避けた。
そのまま腕を掴むと、肩の関節を外すための動作に移る。
燐は咄嗟に雪男と共に前に出た。
体が重力に従って倒れていく。下敷きにされたのは雪男だ。
燐の膝が雪男の腹に乗っていたのは業とだろう。
倒れ込んだ勢いで、燐の体重と共に体にダメージを与えられた。
間髪入れず、燐の拳が雪男の顔に向かってきた。
雪男はそれを首をよじることで避けた。
背後のコンクリートにヒビが入る音が聞こえた。
雪男は急いで銃を構えようとする。
しかし倒れこむ拍子に手から離れてしまったようだ。
スローモーションのように、銃が地面に落ちていく姿が見えた。
まずい、安全装置は外れている。
つまり落ちた拍子に暴発する恐れがあった。
バンッ
路地裏に銃声が響いた。
恐る恐る目を開けるが、銃弾は雪男ではないどこかへ飛んで行ったようだ。
形勢は不利だった。
燐が体に伸し掛かっているので身動きが取れない。
辺りはとても静かだった。二人の呼吸音だけがやけにお互いの耳に入る。
「お前は、いっつもそうだよ。俺の話なんか聞きやしない」
話を始めたのは燐だった。雪男は黙ってそれを聞いている。
俺がいつそんなことを頼んだ。
そう言われた。燐にそう言われたことは一度もない。
「なぁ、俺がいつお前に守って欲しいって言った。
言えよ、お前は俺なんかと違って頭いいだろ。記憶力もいいだろ。
その頭で覚えてるだろ、言ってみろ」
雪男は答えられなかった。
燐はただの一度も雪男にそんなことは言わなかった。
守らせてはくれなかった。
それは、お前なんかいらないと言われているようで燐の為に生きたかった
雪男にとっては耐えられないことだった。
「言わなかったよ、兄さんは一度も僕を頼ろうとしなかった。
僕は兄さんを守りたかったけど、兄さんはいつも自分一人でなんとかしようとしたよね。
死にそうになっても、怪我をしても、いつもいつも他人の為に動いていた。
ねぇ、なんで僕が兄さんを守ろうとしたか知ってるの」
「知らねぇよ、お前は言わなかった」
「じゃあ今言ってやる。兄さんが自分を守ろうとしないからだ。
どんなに傷ついて血反吐を吐いても、他人の事ばかりを見るからだ。
命を削って人に与えているとしか思えなかったよ。
いつか死ぬと思った。兄さんに死んでほしくなかったから、僕は僕が悪人になってもいいから
兄さんに生きていて欲しかったんだ」
「それが俺の意志に反していてもか。俺の道も、目指していたものを全て奪って。
そんなの、ただの傲慢じゃねぇか」
「そうだよ僕は傲慢だ。傲慢で欲深い人間なんだよ。今更気づいたの」
僕たちは馬鹿みたいだ。
喧嘩をしても殺し合うような関係だから、この関係は初めから破綻していたのかもしれない。
お互いのことを思えば思うほど、お互いを追いつめる。
僕たちはどうしようもない。
それでも、生きて。相手に幸せになってほしかった気持ちは本当なのだ。
「俺は、お前が俺の為にって自分の時間も、
夢も犠牲にすることが耐えられなかった」
学生の内から祓魔師として働いていた雪男。
本当は優しいことの為に使うはずだった手を悪魔の血で染めてしまった。
雪男のおかげで助かるだろう命もあったはずだ。
医師としての道を目指せば、雪男は間違いなく多くの人の命を救っただろう。
普通の世界で、賞賛を浴びて生きていくことができただろう。
奪ったのは、俺だ。
俺がいたからこんなことになったのだ。
「お前には、俺がいない。普通の世界で自由に生きて欲しかった」
「僕もさ。兄さんは何も知らないまま。ただ人として生きて欲しかったよ」
そんな世界があればよかったのに。
そうはならなかった。望む物はいつだって兄弟の目の前からこぼれ落ちていったのだ。
「でも、できなかったな」
「お互いにね」
じゃあ、これからだったらできるかな。
燐はぽつりとつぶやいた。
そうなればいいと、雪男も思った。
それでも雪男は燐の言葉を切り裂いた。
「無理だよ」
もう何も知らなかったころには戻れない。
けれど一歩づつ進んでいくことならできるかもしれない。
そうやって希望を捨てずに進むことしか、兄弟の生きる道はない。
今までも、これからも。傷ついて泥にまみれながらも生きていくしかないのだ。
「無理とかできないじゃなくて、やろうぜ」
少しでもいいから、進もうぜ。
燐は雪男に微笑んだ。
別れたあの日から見ていない。
記憶の中に焼き付いていたあの笑顔と、同じ笑顔だった。
兄さん。雪男が燐の頬に手を伸ばした。
手が触れる前に、燐の体が傾いた。
兄の口から血が溢れている。
こぼれたその血は雪男の眼鏡の上に落ちていった。視界が真っ赤に染まった。
雪男は倒れ込んだ燐に縋り付いた。なんで、どうして。
見れば、燐の腹には銃弾の後があった。
先程の戦いのときにはなかった傷だ。考えられるのは、あの時。
手から落ちた銃の位置を見る。銃口は、こちらを向いている。
銃が暴発した時に、燐の腹を貫いていたとしか考えられない。
路地裏に倒れ込む燐の体から、大量の血が流れ出していた。
温かいそれは兄の命そのものだ。
聖銀と聖水でできたそれは悪魔にとって致命傷にもなりかねない。
雪男は必死にその傷口を手で抑え込んだ。
指の先から血があふれている。
燐の顔からは血の気が無くなっている。
兄さんが、死んでしまう。
僕のせいだ。
雪男は叫んだ。
燐に呼びかける。返事はない。
意識を呼び戻さなければならない。
待って、待ってよ。まだ何も伝えきれていないんだ。
こんな終わり方あんまりだ。
「兄さんッ!僕を一人にしないで!!!」
雪男の叫びは、夜の路地裏に響くだけで誰の耳にも届かなかった。
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