青祓のネタ庫
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誰かに呼ばれたような気がして、燐は後ろを振り返った。
けれどそこには騎士団の自分の部下達がいるだけで、誰も燐を呼んだりはしていないようだった。
気のせいかな。
燐は前を向いた。もうここは前線だ。
一瞬の気の迷いが命取りになるような場所だ。
燐は手を挙げて、隊列を止めた。
鋭い眼光で前方を見据える。
その瞳には、人には見えないものが見えていた。
燐は舌打ちした。まずいものが来ているようだ。
それも相当な数だ。今の戦力で足りるかどうか。
そう判断した後の決断は早かった。
燐は横にいる志摩に声をかける。
「おい、殿は俺が務める。今すぐに部隊を後方へ引かせろ。
志摩は救援の知らせを本国に伝えてくれ」
まだ敵に出くわしてもいないのに、どうして。
志摩の頭は疑問でいっぱいだった。
けれど、燐の表情は真剣だ。
それに、敵に臆して逃げるという風でもない。
「動物的勘が、なんか言うとるみたいやな」
「御託はいい、さっさと行け。死ぬぞ」
「うわお、そらやばいわ。急ごか!」
志摩は全隊後方へ引け!と号令をかけた。
目の前に敵がいない今の状況で、その命令の意味を行き渡らせるには多少の時間がかかる。
その時間も見越しての即断即決だったのだろう。
部隊がぞろぞろと動き出したところで、進行方向であった道。
つまりは現在の部隊の背後の方から、声が聞こえてきたのだ。
か細い、まるで悲鳴のような声。
兵は振り返った。
同時に、殿を務めると言っていた燐が剣を抜くのも同時だった。
道の先に、ふらふらと歩いてくる人影がある。
近くの村のものだろうか。
そう考えて、それはあり得ないと悟る。
この近辺の村は一つ残らず、悪魔に襲われて壊滅してしまっていたからだ。
燐が声を荒げる。
「ゾンビの群だ!!!総員、待避!!」
うわあああ、と命令が理解できなかった者達も一斉に逃げ出した。
今までならば剣や銃で脳幹を砕くことでゾンビの進行を止めることができていた。
しかし、今はそれができない。
理由はわからないが、ある時期から体の全てを残さず壊すような方法でしか進行を止められない、
新種のゾンビが現れ始めたのだ。
そのゾンビのせいで、どれだけの仲間が犠牲になったか。
騎士団にいて知らぬものはいない。
今目の前にいるゾンビに対抗するには
相当な火力で残らず焼き付くすか、致死説で排除するしかない。
「はあああ!!!」
燐は乗っていた馬を後方へと引かせると、歩兵でゾンビの群に立ち向かっていった。
本来ならば自殺行為だ。
もし自分の部下がそのようなことをしようとすれば間違いなく止めるだろう。
けれど燐にはそれができ、許されるだけの力がある。
その証拠に燐の目の前にいたゾンビ数体が、一瞬でだたの肉片に変わっていく。
人としての様を成していない程に体を消滅させる、一瞬の剣技。
燐の人並み外れた身体能力だからこそできる技だった。
暗闇の向こうからどんどんゾンビが燐の方へと向かって来ている。
皆一様に虚ろな声で美味しそうおなかがすいたという言葉を口走っている。
この場で唯一生きている人間のにおいに惹かれているのだ。
燐は眉をしかめながら、目の前のゾンビを次々に殺していった。
中には村人の姿を残しているものもあった。
彼らは皆、なりたくてゾンビになったわけではない。
せめて殺して楽にしてやることが、救いになればいいのだが。
燐は辛そうな表情でゾンビを斬っていく。
人を殺しているのか、悪魔を殺しているのか。
ゾンビを殺していると時々それがわからなくなってしまう。
前線を務める兵士がぶつかる問題を燐もまた抱えている。
けれど、迷っている暇などないのだ。
ここは殺さなければ、自分が殺されてしまう世界だから。
そろそろか。そう思っていると、数メートル先に爆撃が行われた。
炎の渦がゾンビを焼き尽くしていく。
「お、来たな!」
燐はゾンビを切り倒すと、急いで後方へと逃げていった。
今の部隊に燐ほどの実力者は希だ。
ゾンビの群が現れたら、まずできるだけ多くの人数を逃がし、後方へ引かせる。
そしてゾンビ先滅用に持ってきている大砲や火炎放射機を全員で射程範囲内まで移動させるのだ。
大砲などの武器は機動力に欠けるため、どうしても前方の部隊から遅れて運ぶことしかできない。
その遅れを補えれば、例え一歩引いたとしても後に三歩進むことができる。
無駄な犠牲を出さないためにも、ゾンビをいち早く先滅させることが今の戦には重要だ。
この作戦は、王である雪男が考えたものだった。
兵力を削がず、また先に進むための方法。
燐は前線に立つほど、雪男のことが誇らしく思う。
弟だとは決して言えない立場だけれど、俺の弟はすごいだろうと自慢してやりたいくらいだった。
ただしこの作戦は、ゾンビの存在を即座に把握することが重要だ。
悪魔の存在をいち早く察知する能力に長けた燐がいることで、
効果が増しているということに燐自身はあまり気づいてはいない。
燐は多くの赤い炎で、ゾンビの群が焼けていく様を見ていた。
大量の死が、この戦場に降り注いでいる。
燐はいつも最後までこの様子を確認するようにしている。
もちろん、ゾンビの群を排除したか確認する意味合いもあるが、本質は別だ。
「・・・俺が、お前達を殺したんだ。恨むなら、俺を恨め」
彼らも決してゾンビにも、悪魔にもなりたかったわけではない。
昨日まで生きていた人達、人として生きていた人たちを。
人ではないからと殺さねばならない世界。
戦場はそういう場所だ。殺さなければ、殺される。
燐はまだ死ぬわけにはいかない。だから、目の前の敵を殺すしかない。
恨まれる覚悟も、自分にはできている。
だから、俺以外の奴は許してやってくれ。頼むよ。
脳裏に浮かんだたった一人の家族に火の粉が降り注がないように。
燐が望むのはそれだけだ。
何発目かの大砲が撃たれた時、異変が起きた。
大砲の弾がゾンビを焼く前に、空中で停止したのだ。
燐はその様子を見て、肌を泡立たせた。
弾の前に、光の壁ができている。
光の壁は大砲の弾を防ぐだけでなく、その場で爆発し地面にいるゾンビを火の粉から守る役割を果たしていた。
火の手から逃れたゾンビは行進を続け、先へ先へと進もうとしている。
「ま、待てッ!!」
慌てて燐は剣撃をゾンビへぶつけた。
青い刃はゾンビを斬り裂き足を止める。
大砲の弾は次々に降り注ぐが、その全ては光の壁に邪魔されてゾンビへは届かない。
支援もなく戦いを続けるのはいくら燐でも困難だ。
仲間がいるからこそ戦うことができるのだということを、燐は知っている。
けれど、ここでくい止めなければ仲間が、町が、国がやられてしまう。
燐は腰に下げているもう一本の剣を見た。
これを使うしかないだろう。
相手は、ゾンビだけではない。燐の感覚がそれを知らせている。
出会いたくなかった相手に出会ってしまった。
燐は剣を降りかぶって、真空の刃を飛ばす。
その先にいるのはゾンビではなく、人影だった。
人影はいとも簡単に燐の刃を光の壁で防いでしまう。
燐の刃は人影に届くことはなかったが、代わりに光の壁は音を立てて破壊された。
地面は赤い炎で燃えている。きらきらと空中から降り注ぐ光と、燃える炎。
まるで、地獄のような光景だ。
燐はにやりと笑った。その額には冷や汗が浮かんでいる。
相手が自分より格上であることは、よく知っていた。
「てめぇにだけは会いたくなかったぜ・・・ルシフェル」
巻き上がる炎の向こうで、仮面の男が笑っていた。
「久しいですね燐、荒野で拾った頃と比べると随分と成長したものだ」
逃げ出した貴方をずっと探していたのですよ、とルシフェルはつぶやいた。
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