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CAPCOON7

青祓のネタ庫

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亡国のプリズム7


ここら辺でいいだろう。
用済みのごみを捨てるには丁度いい。
そんな声が聞こえてきて、直後に体に強い衝撃が走る。
馬車に乗っていたような振動は感じていたけれど、恐らくはそこから投げ捨てられたのだろう。
身体に力は入らないし、視界は悪い。
けれど人並み外れた聴力は生きていたようで、馬車が走り去る音の中でも
少しの声を拾うことができた。

王の血族も手に入ったし、兄の持っていたこの全てを殲滅する炎は使える。
弟の方には我らにとって都合のいい王となってくれることを祈るばかりだな。
除名されたといえども、ユリ=エギンは最期にいい土産を残してくれたものだ。

笑い声と共に、馬車は去って行く。
本当なら追いかけて行きたかったけれど、それもできない。
心臓を刺し貫かれ、力を奪われた今となっては燐はただの死体も同然だった。
あの剣はなんだったのだろうか、刺された瞬間から今まで自分の中にあった力が
根こそぎあの剣に奪われるのがわかった。
力を手に入れた人間がする行動は簡単だ。
男達は嬉しそうに剣を振り回して、村を焼いた。
燐の耳には遠くで人が焼き殺される悲鳴が聞こえてきていたのに、何もできなかった。

俺のせいだ。

燐の体からは血がどくどくと流れ出ていく。
命の炎が消えて、体温も下がっている。
脳裏に浮かぶのは、弟の姿だった。
スープを作ってやると約束したのに約束を破ってしまった。
雪男は泣いていないだろうか。
俺がいなくなったとしても、泣いてないと、いいな。

燐の意識が消えそうになった時、頭上から声が聞こえてきた。

「おや、こんなところに子供とは・・・」

聞いたことのない男の声を最後に、燐の意識は途切れた。


次に目が覚めると、真っ白な天井が目に入ってきた。
周囲も全て白く、目が眩むようだった。
腕を動かそうとすると引っ張られるような感覚がして驚く。
腕には針が刺さっており、その先にある液体が燐の中に流れている光景が見える。
これは俗に言う点滴というものだったが、燐は今まで病院や医者にかかったことがないので
何をしているのかがよくわからない。
片手で引っ張ってその管を抜くと、腕から少しだけ血が出た。
こんな得体の知れないところからは早く逃げ出さないと。
自分の体を見れば、身体は綺麗に清められており白い服――入院着を着せられている。
首にはタグが巻きつけられていた。
寝かせられていた寝台から降りると、足元がふらつく。
燐はどうにか踏ん張りながら、目の前にある扉へ向かおうとした。

なんだかざわざわする。
この気配は一体なんだろう。

一つの大きな光の塊の他に、無数の弱い暗闇が集まっている。
無数の暗闇の方は蠢くような動きをしているのにまるで死んでいるかのような感覚だ。
対して光の塊はこちらに向かっているような動きをしている。
幼い燐でもわかる。この光は自分にとって良くない物だ。早く逃げないと。
燐は扉を叩いた。普段の燐からしたら弱々しいものだったが、燐は普通の人間とは違う力を持っている。
がつんがつんと何度か扉を叩けば、扉は歪んで開きそうだった。
けれど、扉は燐が壊す前に開いてしまった。
開いた扉の前には、白衣を着た男がいた。かなり太っており、ぎょろりとした目が燐を見つめた。

「大人しくしてなきゃ駄目だろ~、大事な体なんだから」

男は嬉しそうな表情をしている。変な奴だ。
扉を壊そうとした燐を叱るわけでもなく、軽口を叩くだけなんて。
あやしい奴だ。
燐は逃げ出そうとしたが、扉を出る前に体に電流が走ったかのような痺れが走った。
倒れ込んだ燐を起こして、男は丁寧に寝台の上に燐を寝かせる。

「逃げようとしても無駄だよ、お前には特別な監視システムつけておいたからね。
自力で逃げれはしないよ」

キャキャキャ、と笑う男の表情が怖い。
男は持っていたカルテを開いて、燐と見比べた。
程なくして、扉からまた別の人物が入ってきた。
鳥肌が立った。仮面を被った男は、燐が意識を失う前に聞こえた声と同じ声をしている。
仮面の男は外道院、とカルテを持った男を呼んだ。外道院という名前らしい。
そして外道院は恭しく仮面の男に説明を始めた。その説明を聞き終えると、仮面の男は燐に向かって問いかけをした。

「貴方の名前は何ですか」

燐は警戒して口を噤んでいたが、外道院が答えろと凄むとしぶしぶ口を開いた。
燐だ、と口に出せば仮面の男も燐の名前を繰り返した。
すると、燐の体に一気に圧力がかかった。
燐は意識するよりも前に全身から青い炎を噴出した。
その炎が、仮面の男が発した何かを弾き飛ばす。

「私が真名を呼んだのに束縛できない上に、父上しか扱えない青い炎を・・・これは面白い」

青い炎に包まれた燐は、呆然と男達の様子を見ていた。
外道院は興奮しているし、仮面の男は燐を静かに見守っている。
こいつら、一体何がしたいんだよ。
燐は叫んだ。

「お前ら、一体なんなんだ!!ここはどこだよ、俺をどうするつもりだ!!」

ルシフェルは燐の警戒する様子を見ても怯まず、近くによって来た。

「私の名はルシフェル。検査結果を見させて頂きましたが、貴方は私の腹違いの弟です。
つまり、貴方は魔神という悪魔の神の子供というわけだ。それも私たち兄弟が決して
継ぐことのなかった青い炎を継いでいる。つまりは次代の神の器というわけです。
私はとてもいい拾い物をしたと言う訳だ」

神、悪魔。腹違いの弟。
聞いたこともない単語が燐の頭に浮かんでは消える。
燐の家族は母と、たった一人の弟だけだ。
燐はふざけるなとルシフェルに怒った。

「俺の家族は、母さんと雪男だけだ!お前なんか知らない!」
「知らないことは、知っていかなければいけません。貴方が何者なのかということも」

ルシフェルは外道院に目配せすると、外道院は部屋から出ていった。
後でデータを取らせて頂きますね、と不穏な言葉を残して。
残された燐はルシフェルから逃げて扉に向かうが、今度も扉が開くことはない。
青い炎に包まれた燐を怯むことなくルシフェルは抱きかかえた。
そのまま、寝台の上に連れていかれて押し倒される。
燐は触るな、と叫ぶがルシフェルには叶わない。

「こどもに手を出すのはサマエルの趣味だと思っていましたが、
次代の神に悪魔として目覚めてもらうには私が行うのが一番でしょうね」

仮面が外されると、その下からは金髪の美しい男の顔が現れた。
燐は悲鳴を上げる。
彼の顔は間違いなく美しいものだったのに、肌は崩れ血が噴き出していたからだ。

燐は、この日のことを一生忘れることはないだろう。
ルシフェルによって燐の体は無理矢理に開かれた。
奥底に魔力の塊を注がれ、燐は強制的に悪魔としての目覚めを迎えたのだ。


***


それからは地獄のような日々だった。
今まで人だった燐の体は牙が生え、尻尾が出来てしまい目に見えて悪魔と化してしまった。
炎を使おうともルシフェルには通用しないし、外道院には毎日のように検査をされる。
ルシフェルは体が弱いらしい、というのは最中に知ったことだ。
死人のように冷たい体は、燐と交わることで温かさを取り戻すし、
終わった後彼は目に見えて調子が良くなっている。
燐も、心臓を奪われたことで死にそうになっていた感覚は今はない。
ルシフェルの魔力のおかげで、心臓を奪われた燐の身体は失ったものを補う形で安定している。
それに悪魔化したことが加わり、燐は少しの傷も体に残らなくなった。
今は健康そのものだ。
けれど、精神的にはぼろぼろだった。
自分の意志が及ばぬところで行われる全てに我慢がならない。
早くここから出たい。毎日そればかり考えていた。

燐が何回目かの脱走を試みていると、建物の中に警報音が鳴り響いた。
燐の部屋からではない、どこか別の場所からだ。
燐が様子を伺っていると、扉が勢いよく開いた。驚いた。
ここには研究者のような白衣を着たものが数名いるようたが、
部屋の中に入ってきたのはルシフェルと外道院しかいない。
燐の閉じ込められている部屋の中に入り込んできたのは、女の子だった。
きつい釣り目に、麻呂眉が特徴的な。背後には、妖狐を従えている。
少女は燐の姿を見るなり、叫んだ。

「かくまって!!」

燐は急いで扉を閉めた。外からはばたばたと人が駆けまわる音が聞こえる。
少女は燐に問いかけた。

「私の名前は、出雲。私と似た顔の女の子を見たことはない?!月雲っていうんだけどッ」
「ないな・・・ここに連れてこられてから、部屋から出たことねぇし」
「あんたも、拉致されたってこと・・・私たちと同じね」

最深部に近いから、てっきりここにいるかと思ったんだけど。
出雲はそう呟くと、羊皮紙を取り出してもいう一匹妖狐を呼び出す。
妖狐たちは出雲の命令に従って、壁をすり抜けて部屋を抜け出していった。
何もないところから、悪魔を呼び出す力があるのか。
燐は出雲の手を掴んだ。

「俺の名前は燐、なぁ出雲。どうやってそれやってるのか教えてくれ!!」

これが、燐と出雲の最初の出会いだった。

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亡国のプリズム6


誰かに呼ばれたような気がして、燐は後ろを振り返った。

けれどそこには騎士団の自分の部下達がいるだけで、誰も燐を呼んだりはしていないようだった。
気のせいかな。
燐は前を向いた。もうここは前線だ。
一瞬の気の迷いが命取りになるような場所だ。

燐は手を挙げて、隊列を止めた。
鋭い眼光で前方を見据える。
その瞳には、人には見えないものが見えていた。
燐は舌打ちした。まずいものが来ているようだ。
それも相当な数だ。今の戦力で足りるかどうか。
そう判断した後の決断は早かった。
燐は横にいる志摩に声をかける。

「おい、殿は俺が務める。今すぐに部隊を後方へ引かせろ。
志摩は救援の知らせを本国に伝えてくれ」

まだ敵に出くわしてもいないのに、どうして。
志摩の頭は疑問でいっぱいだった。
けれど、燐の表情は真剣だ。
それに、敵に臆して逃げるという風でもない。

「動物的勘が、なんか言うとるみたいやな」
「御託はいい、さっさと行け。死ぬぞ」
「うわお、そらやばいわ。急ごか!」

志摩は全隊後方へ引け!と号令をかけた。
目の前に敵がいない今の状況で、その命令の意味を行き渡らせるには多少の時間がかかる。
その時間も見越しての即断即決だったのだろう。
部隊がぞろぞろと動き出したところで、進行方向であった道。
つまりは現在の部隊の背後の方から、声が聞こえてきたのだ。
か細い、まるで悲鳴のような声。
兵は振り返った。
同時に、殿を務めると言っていた燐が剣を抜くのも同時だった。

道の先に、ふらふらと歩いてくる人影がある。

近くの村のものだろうか。
そう考えて、それはあり得ないと悟る。
この近辺の村は一つ残らず、悪魔に襲われて壊滅してしまっていたからだ。
燐が声を荒げる。

「ゾンビの群だ!!!総員、待避!!」

うわあああ、と命令が理解できなかった者達も一斉に逃げ出した。
今までならば剣や銃で脳幹を砕くことでゾンビの進行を止めることができていた。
しかし、今はそれができない。
理由はわからないが、ある時期から体の全てを残さず壊すような方法でしか進行を止められない、
新種のゾンビが現れ始めたのだ。

そのゾンビのせいで、どれだけの仲間が犠牲になったか。

騎士団にいて知らぬものはいない。
今目の前にいるゾンビに対抗するには
相当な火力で残らず焼き付くすか、致死説で排除するしかない。

「はあああ!!!」

燐は乗っていた馬を後方へと引かせると、歩兵でゾンビの群に立ち向かっていった。
本来ならば自殺行為だ。
もし自分の部下がそのようなことをしようとすれば間違いなく止めるだろう。
けれど燐にはそれができ、許されるだけの力がある。

その証拠に燐の目の前にいたゾンビ数体が、一瞬でだたの肉片に変わっていく。
人としての様を成していない程に体を消滅させる、一瞬の剣技。
燐の人並み外れた身体能力だからこそできる技だった。

暗闇の向こうからどんどんゾンビが燐の方へと向かって来ている。
皆一様に虚ろな声で美味しそうおなかがすいたという言葉を口走っている。
この場で唯一生きている人間のにおいに惹かれているのだ。
燐は眉をしかめながら、目の前のゾンビを次々に殺していった。
中には村人の姿を残しているものもあった。

彼らは皆、なりたくてゾンビになったわけではない。
せめて殺して楽にしてやることが、救いになればいいのだが。
燐は辛そうな表情でゾンビを斬っていく。

人を殺しているのか、悪魔を殺しているのか。
ゾンビを殺していると時々それがわからなくなってしまう。
前線を務める兵士がぶつかる問題を燐もまた抱えている。
けれど、迷っている暇などないのだ。
ここは殺さなければ、自分が殺されてしまう世界だから。
そろそろか。そう思っていると、数メートル先に爆撃が行われた。
炎の渦がゾンビを焼き尽くしていく。

「お、来たな!」

燐はゾンビを切り倒すと、急いで後方へと逃げていった。
今の部隊に燐ほどの実力者は希だ。
ゾンビの群が現れたら、まずできるだけ多くの人数を逃がし、後方へ引かせる。
そしてゾンビ先滅用に持ってきている大砲や火炎放射機を全員で射程範囲内まで移動させるのだ。
大砲などの武器は機動力に欠けるため、どうしても前方の部隊から遅れて運ぶことしかできない。
その遅れを補えれば、例え一歩引いたとしても後に三歩進むことができる。
無駄な犠牲を出さないためにも、ゾンビをいち早く先滅させることが今の戦には重要だ。
この作戦は、王である雪男が考えたものだった。

兵力を削がず、また先に進むための方法。

燐は前線に立つほど、雪男のことが誇らしく思う。
弟だとは決して言えない立場だけれど、俺の弟はすごいだろうと自慢してやりたいくらいだった。
ただしこの作戦は、ゾンビの存在を即座に把握することが重要だ。
悪魔の存在をいち早く察知する能力に長けた燐がいることで、
効果が増しているということに燐自身はあまり気づいてはいない。
燐は多くの赤い炎で、ゾンビの群が焼けていく様を見ていた。
大量の死が、この戦場に降り注いでいる。
燐はいつも最後までこの様子を確認するようにしている。
もちろん、ゾンビの群を排除したか確認する意味合いもあるが、本質は別だ。

「・・・俺が、お前達を殺したんだ。恨むなら、俺を恨め」

彼らも決してゾンビにも、悪魔にもなりたかったわけではない。
昨日まで生きていた人達、人として生きていた人たちを。
人ではないからと殺さねばならない世界。

戦場はそういう場所だ。殺さなければ、殺される。
燐はまだ死ぬわけにはいかない。だから、目の前の敵を殺すしかない。
恨まれる覚悟も、自分にはできている。
だから、俺以外の奴は許してやってくれ。頼むよ。
脳裏に浮かんだたった一人の家族に火の粉が降り注がないように。
燐が望むのはそれだけだ。

何発目かの大砲が撃たれた時、異変が起きた。
大砲の弾がゾンビを焼く前に、空中で停止したのだ。
燐はその様子を見て、肌を泡立たせた。
弾の前に、光の壁ができている。
光の壁は大砲の弾を防ぐだけでなく、その場で爆発し地面にいるゾンビを火の粉から守る役割を果たしていた。
火の手から逃れたゾンビは行進を続け、先へ先へと進もうとしている。

「ま、待てッ!!」

慌てて燐は剣撃をゾンビへぶつけた。
青い刃はゾンビを斬り裂き足を止める。
大砲の弾は次々に降り注ぐが、その全ては光の壁に邪魔されてゾンビへは届かない。
支援もなく戦いを続けるのはいくら燐でも困難だ。
仲間がいるからこそ戦うことができるのだということを、燐は知っている。
けれど、ここでくい止めなければ仲間が、町が、国がやられてしまう。

燐は腰に下げているもう一本の剣を見た。
これを使うしかないだろう。
相手は、ゾンビだけではない。燐の感覚がそれを知らせている。

出会いたくなかった相手に出会ってしまった。
燐は剣を降りかぶって、真空の刃を飛ばす。
その先にいるのはゾンビではなく、人影だった。
人影はいとも簡単に燐の刃を光の壁で防いでしまう。
燐の刃は人影に届くことはなかったが、代わりに光の壁は音を立てて破壊された。
地面は赤い炎で燃えている。きらきらと空中から降り注ぐ光と、燃える炎。

まるで、地獄のような光景だ。
燐はにやりと笑った。その額には冷や汗が浮かんでいる。
相手が自分より格上であることは、よく知っていた。

「てめぇにだけは会いたくなかったぜ・・・ルシフェル」

巻き上がる炎の向こうで、仮面の男が笑っていた。

「久しいですね燐、荒野で拾った頃と比べると随分と成長したものだ」

逃げ出した貴方をずっと探していたのですよ、とルシフェルはつぶやいた。

亡国のプリズム5


『いいですか、この先生き残りたければ人の顔と名前を覚えなさい』

それが雪男が教えられた最初の生きるための術だった。


男が勢いよく扉を開けて、王の間に入ってきた。
王の間は通常、衛兵が控えており王への謁見の許可がない者については
追い返すはずだ。衛兵は男の後ろをお止め下さい、と叫びながらも無理に止めることができず
戸惑っているようだった。
雪男は男の顔を確認すると、ため息をついた。
衛兵が止めれないのも無理はない。男はこの国の財務を司る大臣だったからだ。
男は肥え太った身体から、怒りを露わに雪男を詰った。

「王よ!とうとう乱心なされたか!!」

王座の前で髪を振り乱して、唾を散らしている。
後で掃除をしてもらわないといけないな、と雪男はまたため息をつく。
つくづく、人に迷惑をかけるのが好きな奴だ、と冷静に男の行動を見ていた。
そんな取り乱す様子のない雪男に焦れたのか、大臣がなおも雪男に向かって声を荒げる。
雪男はおろおろと焦る衛兵を哀れに思い、そっと退出するように促した。
王の間は、大臣と雪男の二人だけになった。これで外に情報が漏れることはないだろう。

「我が領土と財産を没収など、納得ができぬ!一体私が何をした!
此れまで身を粉にして国に貢献してきた者に対する仕打ちがこれか!!」
「え、貴方って仕事していたんですか」
「何を戯けたことを!!」

雪男は心底驚いたという表情で、それでも言葉を選んで発したつもりだったが
大臣にはその気遣いは通じなかったらしい。
雪男は持っていた書類の束を大臣に向かって投げた。
目の前に落とされた書類には、数多の写真もつけられている。
大臣はその書類と写真を見て、一瞬で言葉を無くした。
そこには大臣が女性と戯れているものや、その他言葉に表現できないようなものまで様々なものが
映し出されている。
雪男は冷ややかな目で大臣を文字通り見下した。

「不自然な金の流れがあると思って調査をした結果がこれだ。
長年財務大臣をやっていた貴方は国庫から金を奪い取り、私腹を肥やしていたことが揺るぎなく証明された。
大臣が国の金を盗るなど、盗賊よりも悪質だ。
よって貴方に下される罪状は国から与えられた領土の返還と財産の没収。かつ、国外追放だ。
命まで取らないことをありがたいと思って欲しいくらいですよ。本来ならば即座に斬首だ。そうだろう?」

貴方たちは昔から、そうやってきたでしょう。
雪男の冷酷な瞳を見て、男は身を竦ませるしかなかった。
確かに、本来ならば斬首を免れないほどの罪だ。
けれど男はなおも罪を免れようと雪男に向かって言った。

「だ、誰がお前を見つけてやったと思っているんだ!
王の座に座れるようになったのは私の、いや我々のおかげだということを忘れたのか!!」

あの滅びた村から救ってやったのは誰だ。
大臣はそう叫んだ。当時王家の血筋の者を一人残らず無くした国は荒れており、権力争いが絶えなかった。
次代の政権を握ろうと考える者たちは正当な王の血筋に連なるものが残ってはいないかと血眼になって探した。
王家には、血生臭い争いが絶えず、権力争いの火種を潰すために
王座に着いた者以外の血族が根絶やしになることは日常茶飯事であった。
そんなほの暗い争いを王の周囲の者たちは知っていた。
その中で一番の年長者が、口に出してはならないと言われる名を思い出したのだ。

王家を追放されたユリ=エギンという娘がいる。

表向きは斬首による処刑で死亡扱いだったが、
子を身ごもっていた為使用人たちが協力して彼女を逃がしたと聞いている。
その子が、悪魔と通じて出来た子だということも。
敵である悪魔の血を引く子だとしても、追いつめられた彼らにとっては天使のように思えた。
悪魔と言ってもまだ子供、使える者は使え。

そして雪男は、この醜い場所へと連れてこられた。
母と兄を失って、この場所で生きるしかなかった。
雪男は一瞬で大臣の眉間へ銃口を向けた。
大臣には雪男がどう移動して自分の傍に来たのかも見えなかっただろう。
王として生きていく為に、全ての技術を見に着けてきた。
雪男は王としての知識と共に、騎士団長クラスの実力を兼ね備えている。
そうしなければ、生きてこれなかったからだ。

きっと次に目覚めたお前の世界は、ここよりもずっと綺麗な世界だ。

兄の最後の言葉を思い出す。
遠く、夢に落ちる寸前に聞いた兄の言葉は今でも雪男の心を締め付ける。
兄は全てをわかっていたのではないだろうか。
あの後起きた全てのことを。

「この王座という場所は、この世のどんな場所よりも汚いですよ。
そんな場所に座れたことを感謝しろと?よくそんなことが言えたものだ・・・」

かちりと雪男は銃の安全装置を外した。これでいつでも大臣を処理することができる。
温情をかけて命を取ることだけはやめてやろうと思ったのに、墓穴ばかりを掘る馬鹿な輩だ。
大臣は怯えて額からは脂汗をかいている。
死にたくない死にたくないと口からは呪詛の様に言葉を呟いていた。
口から出る言葉は本当だろうが、時間稼ぎの意味合いもあるだろう。

「貴方の子飼いの者たちは、皆秘密裏に処理しました。後は貴方だけだ。
助けを待っても無駄ですよ」

あの計画に係わっていた者たちは皆、この王宮の中にはいない。
そう呟けば、大臣は今度こそ、全てを諦めたようだった。
雪男は畳み掛ける。

「言え、あの時。僕たちの村が滅びた時。一体何があったんだ!」

雪男が起きた時、全ては終わっていた。
その全貌をこの男は知っているはずだった。
男はためらいながらも、当時知っている全てのことを雪男に話し始めた。

王の間には、一発の銃声が響いた。

***

王の間を開けると、そこには倒れ込む大臣と傍に佇む雪男がいた。
ああ、これはいけない。
メフィストはにやりと笑って扉を閉める。
王の間から銃声が響き、けれど決して開けるなと王に命令されていた衛兵は
メフィスト=フェレスに助けてくれと声をかけた。
彼はふりふりのメイド服姿で王宮内をうろついている妖しい人物なので、すぐに見つけることができた。
メフィストは雪男の後見人を務めている男だ。

十五歳の雪男は例え王であったとしても成人までは後見人をつけなければならない。
メフィスト=フェレスは変わり者の変人であったけれど、まるで悪魔のように人の心を読み、頭が切れた。
雪男に帝王学と生きていく為の知恵を教えたのもメフィストだ。
メフィストは見込みのある人間には助力を惜しまない。
雪男は自らの地位と立場を固める為に、使える者は胡散臭いことこの上ないメフィストさえも使った。
王の教師としての面と、後見人としての面を持つ彼は、
一階の衛兵が首を突っ込めないこの国の暗部を見ても問題のない数少ない人物だった。

メフィストは目の前の光景を見て、衛兵の機転に関心した。
自分から扉を開けるようなことをせず正解だ。
あの男には後で口封じの意味も込めて報奨金をあげてもいいかもしれない。
メフィストは笑いながら雪男に声をかけた。

「殺したんですか?」

雪男は答える。足で倒れている大臣を蹴り飛ばした。

「残念ながら気絶してるだけです。頬を掠ってすらないのによく撃たれたって思えますね」
「それだけ貴方の本気が伝わったってことじゃないですか」

王が大臣を殺すなどあってはならないことだ。
例え正当な理由があろうとも、王が乱心したと他人に捉えられてもおかしくはない。
自分の立場を危うくさせることをわかっていてやったのだろう。
そうまでして、得たい情報があった。

「・・・生き別れた兄さんを探すために、王の立場は都合がいい。
村も、家も、家族も。何もかも無くして絶望していた僕にそう呟いたのは誰だったか。
今はもう思い出せません」

目覚めた時には全てが終わっていた。
子供だったこともあり、あのころは状況が上手く呑み込めてはいなかったのだろう。
兄を探し出して、この王宮で共に暮らすことを心の支えにしなければ過酷な状況の中生きてもいけなかった。
けれど、成長して知識を見に着けていくうちにあの頃の状況に不可解な点が多いことに気づいたのだ。

「僕達が魔神の落胤だったことを、この人たちは知っていた。知っていて利用しようとした。
あの時兄さんに選ばせたんだ。僕か自分か、どちらか一人だけ生き残らせてやると。
最初から、兄さんを生かす選択肢はなかったくせにッ」

あ、あいつは。あの悪魔の力は使えると思ったんだ。
だから、あいつの心臓を奪って、倶梨伽羅に封印した。
騎士団長が持っている倶梨伽羅が悪魔を祓う力を持っているのは、そのためだッ
村は、奪った炎の力を試すために燃やした。
どうせ疫病が流行っていた村だ、遅かれ早かれ滅びていた。
だから、周囲に病が広がらないように燃やしてやったのだ。
人も、家も、何もかもが消滅した。あの炎には魅せられた。
悪魔の侵攻もこれで止めることができると皆で喜んだ。
あれは、全てを薙ぎ払う武器としてこの国の礎になったのだ!

「心臓を奪った身体はね、悪魔の餌にでもなるだろうって荒野に捨てたそうです」

雪男の指は今にも大臣の心臓を撃ち抜きそうだった。
今日、この手で倶梨伽羅を騎士団長に手渡した。
あれには奪われた兄の心臓が収められていたのだ。
それを他人に渡して、あまつさえそれで国に侵攻する悪魔を祓うなど。
なんという茶番だ。
今すぐにでもこの国も、自分もめちゃくちゃに壊してやりたいくらいだった。
一刻も早く、倶梨伽羅をこの手に取り戻さなければ。
取り乱す雪男を、メフィストは諌めた。

「王よ、騎士団は既に前線へ向かっております。今から呼び戻しても手遅れかと。
それに、敵の侵攻も始まっておりますし」
「そんなことはわかっているッ!!」

その作戦を立てたのは雪男だ。
雪男の手からは血が滲み出ていた。
この期に及んで、倶梨伽羅を悪魔に奪われるようなことがあれば雪男は自分が許せない。

今日の儀式の時にいた騎士団長、彼はどんな名前だっただろうか。
そう考えて、思い出せない自分がいた。
いや、端から覚えようとはしていなかったのだ。

騎士団長は戦争に行くたびに名前が変わる。
十人を超えたあたりから、彼らの顔も名前も覚えることを止めてしまった。
見知った人を無くすより、名前を知らぬ人を無くした方が悲しみは少ない。
何度も何度も人に死ねと命じるしかなかった雪男が見つけた処世術だった。
彼は儀式なので顔を一度も上げることはしなかったけれど、自分と同じ黒髪だったことは覚えている。

「フェレス卿、現在の騎士団長は誰なんですか。名前を教えてください」

雪男は問いかけた。
メフィストは道化のようにおどけてみせる。

「教えれば、これ以上取り乱さないと誓いますか?」

問いかけに問いかけで返すメフィストにイライラとしながらも雪男は頷く。
王としてやってはならないことをしてしまった自覚はある。
一つ深呼吸をして、雪男は心を落ち着けた。
これ以上、取り乱すことはないとその時は思った。
メフィストは淡々と雪男の疑問に答えた。

「彼の名前は奥村燐。副長の話によれば、
青い瞳に、赤い虹彩が人目をひくそうです―――そう、王よ。
まるで貴方と同じ色合いですね」

雪男は自分の手から銃が零れ落ちる音を聞いた。

いいですか、この先生き残りたければ人の顔と名前を覚えなさい
それが雪男がメフィストから教えられた最初の生きるための術だった。
その声がどこか、遠くに響いている。


僕は守りたかった兄を、自らの手で戦争に送りこんでしまったのだ。


青い炎で焼かれて死のう


燐が目を覚ますと、いつもの部屋のいつもの天井が見えた。
木目や色合いも何時もの通りだ。けれど燐は心臓が破裂しそうなほど緊張していた。
起き上がってシャツを見れば汗で濡れている。気持ち悪い。
すぐにでもシャワーを浴びたいくらいだった。

「兄さん、どうしたの?」

聞き慣れた弟の声にどきりと身をすくませた。別に悪いことをしているわけではないのに。
燐は弟の方を見た。祓魔師の団服を着ている。今から任務に行こうと準備をしていたのだろう。
燐は慌てて布団を出ようとした。朝ごはんの準備をしなければ。
雪男が任務に行くとわかっていたらもっと早く起きて準備をしたのに。
燐の慌てた様子を見て、雪男が答えた。

「さっき突然連絡があったんだ、ご飯は昨日の残りを食べたから気にしないで」
「今日休みだったんだろ、いいのかよ」
「悪魔は待ってくれないからね、仕方ないよ」

行ってきます。と言い残して雪男は寮のドアに鍵を差し込んで出て行った。
今日くらいは弟もゆっくりできるだろうと思っていた分、急な任務を振る騎士団に対して
不満が湧き上がってきた。別に雪男でなくてもいいだろうに。
平日は学校と塾、休日も任務となればいくらなんでも体を壊す。

一回メフィストに労働基準法違反について訴えるべきだろうか。

燐はそう思って、ぶるりと身を震わせた。自分で考えておきながら、やめておけばよかったと思い直す。
雪男には悪いが、早く部屋を出ていってくれたのは幸いだった。
燐はベッドを降りて、床に足を付けた。
気持ち悪い、身体が気持ち悪い。燐は足早に風呂場に向かった。
身体の奥底から、何かが流れ出している。
頭の中にメフィストの声が響く、燐は頭を振ってメフィストの声を振り払おうとした。

「夢だ、夢のはずなんだ・・・」

けれど脳裏に浮かんだメフィストの姿はまるで現実に起こったことのように思える。
燐はそれだけは否定したかった。



草木も眠る丑三つ時。
正十字学園旧男子寮も眠りの闇の中に包まれている。
月の灯りから逃げるように、影に舞い降りる白い悪魔。

「こんばんわ、奥村君」

メフィストはベッドで眠る燐に話しかけた。けれど燐が起きる気配はない。
メフィストの背後にいる雪男も起きる気配はなかった。
いつもなら、悪魔の気配を感じて飛び起きる雪男も何事もなかったかのように眠っている。
部屋の中には紫色の煙が立ち込めていた。
その煙はメフィストが人差し指をくるくると回す度にゆっくりと部屋に満ちていく。
悪魔が灯す眠りの煙は、例え何があろうとも部屋の住人を起こすことはない。
部屋の中から、大切なものが奪われようとも。
メフィストは眠っている燐のベッドに手を差し伸べた。
ばちりと結界によってメフィストの手が弾かれる。大方、弟が眠っている兄の為に張ったのだろう。
この程度の結界、メフィストにとって破ることは造作もない。
指を鳴らせば、鏡が砕けるような音が響いた。それでも燐が起きる気配はなかった。

「奥村君」

メフィストは結界の奥で眠っていた燐をそっと抱き起した。
力の入っていない体はメフィストの腕に燐の重さを確かめさせる。
とくんとくんと温かい、生きている温度が感じられる。

「今宵も、私と共に」

メフィストがスリーカウントを唱えると、二人の姿は煙に包まれて消えてしまった。


眠る燐をそっと自身のベッドに下すと、メフィストは満足げに笑った。
部屋の中は暗闇で包まれており、一切の光はない。それでも悪魔の瞳は燐の全てを見ることができる。
横たわる体からは甘いにおいが漂っていた。
メフィストはその甘いにおいにつられるように、燐の体の上に覆いかぶさった。
手をそっとシャツと肌の間に差し入れる。燐の肌は温かく、その身に眠る青い炎の熱を彷彿とさせた。
対してメフィストの手は冷たく、体温は感じられない。
燐もメフィストの冷たさから逃れるように身をよじっている。
意識があれば、飛んで逃げているだろう。
メフィストの手は、死人と同じだ。

「奥村君、私の体はね。もう死んでいるんですよ」

だからこんなにも冷たいのです。大昔に憑りついた人の体はとうにその生命活動を停止している。
悪魔は死人の体を動かして、生きているかのふりをしているだけだ。
上級悪魔であるメフィストを受け入れることのできる人の体は稀だ。
この体を失えば、次の憑依体を見つけるまで何年かかるだろう。
下手をすれば見つからない可能性だってある。

身体を持たずに生まれてきた悪魔が行きつく先は皆同じだ。
メフィストの兄であるルシフェルがなっているように、人の体は持たなくなれば崩壊を始める。
それでもその体を捨てることができない。
メフィストは燐の体を抱いてその体温を味わうようにそっと耳にささやいた。

「貴方はとても温かいですね」

生きている悪魔は貴方だけしかいない。
この体にどれだけの悪魔が憧れているのか、それを貴方はわかっていない。
叶うことならば今すぐにでもこの体を奪ってしまいたいくらいだ。
けれどそうしてしまうと、大いなる楽しみを無くしてしまうことになる。
それだけは我慢しなければならない。

「でもね我慢は悪魔にとって毒も同然なのです」

メフィストは眠る燐の首に噛みついた。
燐の体が反射でびくりと揺れる。
怯えているような仕草にメフィストは高鳴る胸の鼓動を押さえられなかった。
そのまま燐の体を覆っていた服を乱暴に奪っていく。
燐の足を大きく広げて、体を間に差し込んだ。

「今宵も楽しみましょう。貴方も私も、ね」

メフィストの部屋からは眠っている燐が漏らす悲鳴とベッドの軋む音が響いていた。


***


燐は風呂場に駆け込むと、急いでシャワーを頭から被った。
冷たい水を浴び続ければ火照った体が冷えていくと思った。
燐の体には、昨夜の痕などなにも残っていない。
メフィストが傷をつけようとも、燐の悪魔の体は朝までに何事もなかったかのように修復してしまう。
けれど、そんなメフィストが燐の身体に残したものがあった。
それは。

「なんだよ、どうして俺・・・」

身体の奥から流れ出すものは、燐の記憶にないものだ。
眠っている夢の中で、燐は何度もメフィストと関係を持っている。
けれどそれは夢のはずで、目覚めれば何事もなかったように朝を迎えている。
今まではそうだった。
でも、ある時目を覚ますとこうなっていた。
まるで思い知れとでもいうかのように、燐の体の奥にはメフィストの残滓が残されていた。
当然、それを初めて知った時は吐いてしまい、トイレから一日中出ることができなかった。
眠ることに恐怖を覚えた。この恐怖をどう表現していいのかもわからず、誰にもいうことはできない。

眠らないで朝を迎える日もあったけれど、何日も眠らないわけにはいかなかった。
意識を失った日には、当然のように同じ夢を見た。
むしろ、無駄な抵抗だというようにもっと乱暴なことをされる夢だった。
起きているときにメフィストに問いかけても、きっとはぐらかされるだけだろう。

冷たい水が湯に変わる頃、燐は体を洗い始めた。
メフィストの痕跡を消すように。燐の体は水で冷え切って冷たい。
燐は覚えている。
この冷たさは、メフィストの手のようだ。
死人のように冷たくて、燐の体を無理やりに熱くさせたあの手のようだ。

「アイツ、絶対許さねぇ」

死者をもう一度殺す方法を、燐は知っている。


亡国のプリズム4


男はずかずかと家の中に入ってくると、ベッドの脇にいた燐を突き飛ばした。
大人の容赦のない力を受けて、燐は壁まで吹っ飛んだ。息ができない。
咳をして、なんとか空気を肺に取り込んだ。
苦しい。雪男の前に立った男は雪男の状態を見ていた。
燐は雪男に暴力を振るわれてはいけないと必死に男の足にすがりついた。
男はまるでゴミでも払うかのように足で燐を払いのける。

「問おう、お前は人間か悪魔か。どちらだ」

男は燐のことを値踏みするかのような目で見ている。
燐は考えた。村の人は自分のことを悪魔だと言った。
自分が他の人からどう見られているのかはイヤと言うほどわかっている。
けれど、心までは悪魔になんかならない。
病気の母を遠ざけて、自分たちにこんな仕打ちをする。
村の大人の方がよほど悪魔のようだ。
燐は立ち上がって言った。

「俺は、俺だ」

悪魔のようだと言われても、悪魔にはならない。
燐の目を見て、騎士団の男はあざ笑うかのように言った。

「ではこの弟の方が悪魔か?」
「雪男は人間だ!」
「だろうな、疫病にかかるのは人間だけだ。
魔女裁判のようにはなるが悪魔は人の病気にはならない」

つまり、お前自身の答えに関わらずお前は悪魔ということだ。

「村人から、お前が青い炎を使うと聞いている。本当か」

尋問されている。答えを間違えればどうなるのかわかっているな。
そんな言葉が聞こえてくるようだった。

俺はこの力を人のために使いたかった。
人を害するためじゃない。
家族を幸せにできるような。
優しいことのために使いたかった。


母さんが言っていたのはこういうことだったんだな。
燐は死んだ母の言葉の意味を噛みしめる。
ここで男の言葉を否定しても、無意味だろう。

「・・・そうだ」
「弟もそうか」
「雪男は関係ない、俺だけだ」
「炎をみせろ、言うことを聞かないとどうなるか・・・わかるな」
「やめろっ!雪男に手を出すな!!」

燐は雪男に向けられた剣を青い炎で燃やした。
青い光がぼろぼろになった家の中を照らし、周囲の騎士団の者達も恐れおののく。
燐は雪男の前に立って、必死に背後に隠す。
燐にとっては唯一残された家族。なんとしても守りたかった。
けれど、人は燐をただの悪魔としてしか見ない。
やはり悪魔だ。悪魔の子だ。口々に騎士団のものはそう叫んだ。

「青い炎は魔神の証。ユリ・エギンの子であることを証明する唯一のものだ。
この兄弟は間違いなく、王族の血筋に連なるものだ」

けれど双子の王など災いを招くだけ。男は部下に命じて紫色の布に包まれたものを持ってきた。
中から青く美しい刀が取り出される。王家に伝わる魔剣、倶利伽羅だ。
その切っ先を男は燐へ向ける。

「選べ、お前が死ねば弟は生かしてやる。
逆にお前が生きたいと望めば弟は殺す。さぁどうする」

燐には意味が分からなかった。母の子であることがなぜ王家に連なることになるのだろう。
自分たちの知らないところで、何かが動いていると感じた。

今、燐と雪男は生きるか死ぬかの瀬戸際に立っている。

男たちは笑っていた。この男たちの望みはわかっている。
それは雪男を生かすという自分の望みと重なるものだった。
けれど、自分がいなくなった後、雪男はどうなるのだろう。
母も亡く、自分もいなくなった後雪男は。

「ひとつ聞きたい、雪男をどうするつもりだ」
「・・・王の血筋である者だ。病を治し都へお連れする」
「約束しろ、雪男の害になるようなことはしないって」

約束してやる、と別の男が笑いながら答えると男の手が青い炎で燃えた。
燐はすぐさま取り押さえられるが、抑えられた者達もまた青い炎にのまれる。

「雪男になにかしてみろ、絶対に許さない」

俺の炎を忘れるな。
幼いながらも悪魔としての殺気を放つことで、周囲の男たちは距離を取る。

「では、弟を生かし兄を殺す。異論はないな」

騎士団と燐の間で、取引は確かに成立した。
あとは、燐が死ねば全てが終わる。

男の一人は雪男の治療をすると言い、薬の用意を始める。
燐も雪男に対して変なことをされないように目を光らせていた。

村で流行っていた疫病は、都では治療薬が発見されており薬で治るものになっているらしい。
けれど感染力が強く、かかればひどい熱に苦しむことになり体力のない女性や子供が多く亡くなっている。
薬も一部の金持ちや貴族ならば購入できるが、まだ一般的なものではない。
この男も雪男が王族の子だからこそ治療をしたのだろう。
現に村で苦しんでいる人に対して何かをしようとは思ってはいないようだ。

同じ村で死ぬ者もいれば、生きる者もいる。
理不尽な世界の現実を燐はその目で見つめていた。

「これで弟は大丈夫だ。次はお前が約束を守る番だ」

熱で苦しんでいた雪男も薬のおかげで体調が安定したようだ。寝息が落ち着いてきている。
燐は一晩だけ時間をくれないかと騎士団の男に頼んだ。

「無理を言っているのはわかってる。
けど、これで最期だから。弟にちゃんと別れを言いたい」

必ず約束は守る、と燐は告げた。
男たちは兄弟が逃げないように家の出入り口を塞ぐことを条件に一晩だけ燐に時間を与えた。
逃げようとすれば、わかっているな。と含ませておくことも忘れなかった。
男達は外に出ていく。
次にこの家の扉を出るときは、燐が死ぬときだ。


燐は雪男の為に家にあるものを使ってスープを作った。
都では捨てる動物の骨から出汁を取り、草の葉と根が入っただけのスープだ。
燐は雪男をそっと揺り動かして起こした。
このまま寝かせてやりたいけれど、少しでも雪男の心に残るようなことがしたかった。

「雪男、スープ作ったんだ。一緒に飲もう」

雪男はまだ熱はあるようだったけれど、薬のおかげか苦しさはひいているようだ。
燐の言葉に誘われて自分でなんとか起きれるくらいにはなっているらしい。
雪男は燐からスープを受け取ると、少しだけ口に含んだ。
兄が作る料理はいつも優しい味がする。

「おいしい、ありがとう兄さん」

燐はだろ、と笑う。雪男にはいつもの兄の姿だった。
この晩、一つだけ違ったのは燐が一緒に寝ようと言ってきたことだった。
雪男は自分のことが心配でそうしているのだろうと思って、
申し訳ない気持ちになったけれど兄と一緒に寝ることは子供心にとてもうれしかった。
もう自分達にはお互いしか残っていない。

雪男は燐の側に寄り添った。
熱のある体は、いくら布をかけても寒気が起こる。
粗末な布団とも呼べない、布しかないこの家では隙間風も身にしみる。
燐は震える雪男の体を抱きしめて、自分の体温を分け与えた。
なぜだろう、雪男は母が死んだときのことを思い出している。
家族を亡くす恐怖を思い出して、雪男は燐に告げた。

「明日もまたスープ作ってね、兄さん」

雪男は燐の手を握って言った。
兄は約束を破ったりはしないから、きっと大丈夫だ。
燐は答える。


「ああ、うんと美味しい物食べさせてやるからな」


おやすみ雪男。
きっと次に目覚めたお前の世界は、ここよりもずっと綺麗な世界だ。

燐の心からの言葉は眠りに落ちた雪男の耳に届いただろうか。




次に雪男が目を覚ますと、空になったスープの器が残されていた。
どうしてだろう。
がらんとした家の中、イヤな胸騒ぎを感じていた。。

「兄さん・・・どこ?」

雪男はベッドから抜け出して、家の扉を開けた。
村は、跡形もなくなっていた。

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