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CAPCOON7

青祓のネタ庫

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無理矢理、ダメ。絶対


なお、警察は教育委員会と連携しながら調査を進めております。
未明に通報があり発覚しましたが、
この部屋に住んでいる男子高校生は数日前から中年の男に言い寄られていたという情報が
同居している家族の証言から得られており、その男は男子高校生に性的な―――


雪男はテレビを消した。
唯一音を発していたものがなくなれば部屋の中はしんと静まりかえる。
テーブルの上には用意された豪華なごちそう。
けれど雪男の前に座る人はいない。

雪男は一人でこの部屋にいる。
クリスマスには任務が入っていた。
巷では行事に浮かれる人たちと、その輪に混ざれずに負の感情を蓄積される人の二種類に別れる。
毎年のことだが、この負の感情を持つものたちの暴走が祓魔師たちを悩ませていた。
なにしろ普段ならば全く問題なく過ごしている、いわば普通の人たちが悪魔に取り憑かれてしまうのだ。
数も尋常ではない。日本支部は総出で祓魔に励んで、いつの間にかクリスマスは終わっている。
それが常だった。それは兄も理解しているだろう。
けれど、これは雪男の落ち度だった。
辛く苦しいクリスマスが終わったことで浮かれていたのもある。

「兄さん、クリスマスは無理だったけど
せっかくだから誕生日は二人でゆっくりすごしたいよね」

クリスマスは燐を含む塾生も任務に追われてまともな休みが取れなかった。
これから年末に入ることもあり、ゆっくりと過ごせる休みは残り少ない。
慌ただしい日常の中、せめて誕生日くらい家族で過ごしたかった。
そんな雪男の望みを燐は了承してくれた。はりきって料理も腕によりをかけて作ると約束もしてくれた。

「仕事忙しいかもしれねぇけど、早く帰って来いよ」
「うん、頑張るよ」

が、雪男はその約束を破ってしまった。
クリスマスが終わった二十六日。
塾生達を返した後でまさかクリスマスの亡霊ともいうべき第二段の怨霊が現れた。

それは、正月を孤独に過ごす人たちの怨念でできた
年明けの孤独という質の悪いものであった。

クリスマスを一人で過ごすものは、別に珍しくはないだろう。
クリスマスは祝日でも何でもないので仕事をしていたら終わっていたという人は多い。
なによりクリスマスは日本では商業的に利用されているため、人手が足りない。
仕事をしていれば孤独は紛れる。
けれど、正月はそうではない。
正月は日本伝統の行事の為、店は休みになるし当然ながら一部サービス業を除き仕事は休みになる。
長期の休みになり、仕事という繋がりも絶たれた者に待つ末路。
帰省する先もなく。一緒に過ごす家族もいない。

寂しい。寂しい。

パソコンを開けばそこに人がいるかのように錯覚をするが、
所詮目の前に広がるのは冷たい画面だ。

隣に暖かい人の温もりがあるわけではない。

普段は気づかない、ただ一人きりの孤独。
そういった負の感情の連鎖が人々を狂わせ悪魔は調子に乗る。それが師走の風物詩であった。
その師走に現れる悪魔が、あろうことか二十六日に現れた。雪男と燐の誕生日の前日である。

雪男は頑張った。頑張って頑張って戦った。

早く帰るために銃弾は惜しみなく使ったし、少しの容赦もせずに悪魔を次から次に退治していった。
あまりにも容赦がなさすぎて同僚が引くくらい、その当時の雪男は迫力がすさまじかった。
ただ、それがいけなかったのかもしれない。
雪男は燐と双子の兄弟である。
燐だけでなく雪男も一つのことに集中するとそこに捕らわれてしまうという節がある。


つまり、雪男は燐に任務が入ったことも。
帰る時間が遅くなることも。
それが伸びに伸びて二十八日になることも一言も連絡をしなかったのである。


気づいたのは、玄関の扉を開く前だった。

雪男は冷や汗をかいた。
携帯を最後に開いたのはいつだっただろうか。少なくとも丸一日以上は放置している。
ここまでくれば、携帯を確認するより前に土下座をした方が早いだろう。
雪男は覚悟を決めて扉を開けた。

響くのは兄の怒号だと思っていた。

しかしそれはなく、部屋は静かなものだった。
おそるおそる進んでいくと、リビングのテーブルの上には料理がおかれていた。
きれいに一人分だけ食べられており、雪男のものだろうそれには一口も手がつけられていない。
それはそうだろう。その日雪男は帰らなかったのだから。
だから、いつ燐がこの部屋を出て帰ってきていないのか。
それすらも雪男は知らないのだ。

「・・・兄さん、電話にも出ない」

やらかしてしまった。
雪男は自分の行動をそれはそれは後悔していた。
守れない約束ならするなと言われてもしょうがないし、
ここで兄が誰かと遊んで帰ってきても文句を言う資格は自分にはない。

いや、遊んで帰ってきたならまだましだ。
一人きりにさせてしまったなら罪悪感で押しつぶされてしまう。
雪男は慌てて燐の連絡先を知っている人物に片っ端から連絡をかける。
塾生達、違う。修道院の人たち、違う。
ならば学校の友達だろうか。
密かに収集しておいた燐と関わりのある人たちのネットワークを虱潰しにあたった。
わかったことは燐はその誰とも会っていないらしい。

雪男は通話を切った。
脳裏には最悪の状況が思い浮かぶ。


買い物に出かけた兄。
その兄に気づいた悪魔が兄のことを背後から殴り倒す。
そのまま見知らぬ土地に連れていかれ、
あまつさえそこが虚無界の門を開いたと噂のイルミナティに繋がっていて。
そこで兄が抵抗するも空しく虚無界に浚われていたりなんかした日には。


雪男は連絡の取れない兄のことをそれはもう胃に穴が開くほどに心配をしていた。
こんなに長いこと連絡も取れないまま離れていたことがない。
監視役失格だ。
雪男はせめてもと思い、メールだけは送っておいた。


どこにいるの。
ごめんね、約束破っちゃって。
僕が悪かったよ兄さん。
お願いだから返事をください。


雪男は普段滅多に燐に謝ることはない。
けれどそれはここぞと言うときに謝罪をすれば
兄は普段と違う自分の真摯な姿を見て白旗をあげるに違いないという打算もあった。

雪男は小さな頃から大人に囲まれて育った子供だ。
上の者に対する処世術は誰よりも長けていた。
それを兄に対して遺憾なく発揮すれば、弟に甘い燐はすぐにでも許してくれるだろう。

そこには燐に対しての無意識の甘えがあるのだが、雪男はそれには気づいていなかった。
お互いに気づかずうまくいっているなら、それに越したことはないのだ。

雪男が日付を越えてもリビングで待っていると、
ようやく玄関から待ち人が帰宅する音が聞こえてくる。
雪男は安堵し、思わず遅いじゃないかと声をかけそうになる。
いや、悪いのは自分だ。
雪男はリビングに姿を現した兄に、一番に謝罪した。


「兄さん。ごめん!一言連絡を入れるべきだったのに、こんなことになって!!」


それはもう自分に非がありますという全面降伏であった。
雪男は燐の出方を伺った。
さて、怒られるか怒鳴られるかはたまた殴られるのか。
数分後の自分はどんな目にあっているだろう。
どきどきと緊張しながら待っていると、
燐はああ、うん。というなんとも素っ気ない返事を雪男に返す。

これは、なんというか。予想外だ。

怒るでも、殴るでもない。ほぼ無視に近い返しだ。
兄のテンションが異常に低い。
なにこれ、聞いてない。これは相当に怒っているぞ。
それもかつてないくらいに。
雪男は自分のしでかした事のでかさに怯えた。
ここで溝を埋めておかなければ、口を聞いてもらえなくなってしまう。
せっかくの年に一度の誕生日。
過ぎてしまったけれど、口を聞かないまま終わらせたくなんてなかった。

「兄さん、どこに行っていたの」

雪男は恐る恐る聞いた。
まずは話題を作らなければ、フォローもできない。
燐は不機嫌そうな表情で雪男に告げる。

「メフィストのところ」
「そ、そう・・・一人じゃなくてよかった。ゲームでもしてきたの?」

いや、僕が悪いんだけど。一人じゃなくてよかったとかどういう台詞だ。
なにしろ自分が全面的に悪いとわかっている。
言葉がぎこちなさすぎて自分で自分が情けない。
燐は次に雪男の度肝を抜く言葉を言った。

「寝てきた」

寝てきたの。そう。泊まってきたんだね。
ベッドで、うん。フェレス卿のベッドで、え。

一緒に寝たの。

いや寝ていたって睡眠だけなのかそれとも性的な行為も含めてのことなのか。
雪男の思考はフリーズした。
固まる雪男を見て、燐はざまあみろと心の中で舌を出した。


***


「雪男が帰って来ない!お前が任務を振るからだろ!」

燐は青い炎でメフィストの執務室を爆破した。
メフィストは事前に結界を張っていた為、青い炎で部屋が燃えることはない。
燐もそれをわかっているので全力で部屋を燃やす。
いわば悪魔同士の戯れと燐のストレス発散である。
メフィストはため息をついて、荒ぶる燐を諫めた。

「静まりたまえ、魔神の跡取りともあろうものが何故そのように荒ぶるのか」
「タタリ神と一緒にするな!」
「おや、君もいける口ですね・・・ってそうですか。
奥村先生が帰って来ないから一人寂しくテレビ見てたんですね。誕生日なのにね」
「・・・そうだよ」
「彼が仕事だということは理解しているでしょう。私と仕事どっちが大事なのとかまで言いますか?」
「そんなこと言わねぇ。けど、帰ってくるって言ってたのに。連絡もないし」
「それだけ忙しいんでしょう。私よりも、あなたの方がよくわかっているのでは?」
「わかってる。けどさ」

燐は雪男のことをよく理解しているつもりだ。
だから連絡がないことも、仕事が忙しいからだとわかっているし、
それをどうこう言いたくはない。
けれど胸の奥に潜むむかつきが収まるかと言えば否だ。

「なるほど、奥村先生に思い知らせてやりたいというところですか。
ところでケーキ食べますか奥村君」
「食べる」
「紅茶もどうぞ。誕生日おめでとうございます。なら、いい考えがありますよ」
「ありがとな。クリームがうまい。何だよそれ」

メフィストはにやりと笑う。
とても、悪魔らしい笑顔だった。

「簡単です、二人の誕生日の夜に私と寝たと嘘をつけばいいんです」
「言ってどうなるんだよ、怒るじゃん」
「怒らせればいいんですよ、思い知らせるとはそういうことでしょう」
「けどさぁ」

「後に禍根を残さないようにするなら、嘘でしたと言ってベッドになだれ込めばいいでしょう。
もしかして別の男に寝取られているのではないかという嫉妬心から、
二人の夜が燃え上がること間違いなし。
更に言えば普段と違って燐君から足を開けば、誤解は更に増すでしょう」

「おい。見てきたかのように言うなよ。しかもそれ誤解を残すって最悪じゃんか」
「私を引き合いに出すんですから、それくらいいいじゃないですか。
まぁ後は貴方に任せますけどね。フルーツ食べますか燐くん」
「食べる・・・うーん、そうだなぁ。
雪男が帰ってきたら考える。ゲームしていい?」
「どうぞ、二人でオールナイトしますかねぇ」
「ゲームとマンガでな」


そんなわけで燐は今とてつもなく眠かった。
メフィストと一晩を過ごしたのは事実だが、寝てはいない。軽い嘘くらいいいだろう。
開口一番に謝ってくれたのはよかったし、寝て起きたら全部許すつもりだった。
とにかく燐は眠かった。もう、今すぐにでも寝たかった。

固まる雪男をおいて、燐は食事はテーブルにあるから
適当に食ってくれと言ってベッドに行こうとした。
雪男は燐の手を掴んでそれを止める。


「寝たってどんな風に?教えて」


雪男は淡々としていた。意外なことに。
そして昨晩はどんな行為をしたのかを聞いてくる。
ひどいセクハラだな。
いや、嘘をついたのは燐の方だからここは答えるべきなのだろうか。
もちろんメフィストとは寝ていないので、うまく嘘をつかなければならない。

「オールナイトセックスだった」
「それじゃあわからないよ、どこに。何をされたの兄さん」

雪男が燐を壁際に押しつける。
密着する二人の体。雪男の目は真剣だ。
燐は眠すぎて抵抗する気も起きなかった。

その上、昨晩メフィストの部屋にあった薄い本の内容が燐の頭に浮かんでは消える。
あの薄い本は大変にエロい内容であった。
その本の内容を燐はそのまま口にする。
口からでる言葉はすべてでまかせだ。

「メフィストに、部屋に連れ込まれて。
無理矢理喉の奥までくわえ込まされた。口は開かされたまま、で。飲まされた・・・」
「そう、それから?」

雪男が冷たい目で燐を見ている。指が燐の唇に触れてくる。
この口でメフィストを受け入れ、慰めたのだと確かめているのだろう。

「服を全部脱がされて、足。開かされた」
「続けて」
「濡れてないからって、舐められて。
腰がおかしくなるんじゃないかってくらい。いかさ・・・れた。」

想像して腰が重くなる。
熱が顔と、それから下半身に集まるのがわかった。
雪男の瞳にも、燐と同じものを感じる。
雪男は燐の告白に、雄としての本能を刺激されているようだ。
眠気が覚めるような熱が、燐を饒舌にさせる。

「ふうん、じゃあ」
「くたくたになったところで、メフィストが太股を掴んで。
それから、メフィストのものが一気に俺の中に・・・」

雪男が燐の腰を掴む。
燐の体が跳ねる。雪男は燐の耳元にふう、と囁いた。

「出されたの、僕以外の男に。中に、出された?」
「されたッ。腹壊すんじゃないかってくらい。奥に。すごくたくさん・・・!」

どろどろにされたんだ。と燐は言った。

「誕生日に、僕以外の別の男に犯されて。兄さんは、どんな気分だった?」

はぁ、と熱い息が吐き出される。

「ゆきおに・・・雪男に会いたかったッ」
「うん、僕も」

二人の瞳にはもう、情欲が宿っている。
雪男は気づいているだろう。そんなことを燐はされてなどいないことに。
けれど、この嘘に乗ってきている。燐も既にノリノリだ。
雪男は燐の体を突き飛ばし、ベッドの上に転がした。
すかさず、雪男は燐の体の上に乗り上げる。

「なら、僕が同じことしてもいいよね」

雪男は燐の羽織っていたシャツを乱暴に破った。
燐も雪男のノリに合わせて、いやだと叫ぶ。

そのまま、獣のようにセックスした。

まさに、オールナイトセックスになった。


***


雪男は隣で寝ている兄を横目で見ながら、携帯をいじっていた。
昨日の晩はすごかった。
兄の口から聞いた行為を、そのままその通りに施してやった。
兄は泣いて嫌がっていたけれど、それがまたいい。

最終的には二人とも盛り上がったので、よしとしよう。
嘘だということは二人ともわかった上での行為だ。
仲直りもできた。


「あとは、まぁ。通報するだけだよね」


兄さんに過激な本見せておきながらお咎めなしは教育者としてはないだろう。

性教育では済まされない。
無理矢理、ダメ。絶対。

自分がしていることを棚に上げて、雪男は警察に連絡した。
その日、正十字学園の理事長は教え子に手を出したとしてニュースに載ったという。



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トイレの神様7


心の内を家族に話したことで、燐の周囲の環境は驚くほどに変わっていった。
神父だと思っていた父は祓魔師という悪魔を祓う職業を生業としており、
雪男もその免許を取得しているという。
悪魔のことを。燐を殺す技術を磨いていることに、
ショックを受けなかったといえば嘘になる。

けれど、悪魔として目覚めた燐が
この世界で生き残るためには必要な知識であることも理解はできた。
雪男は、燐を守ろうとしてくれていた。
かつて自分が雪男を守っていたのと同じように。
燐は悪魔の、魔神の落胤として唯一青い炎を継いでいる。
虚無界を統べる力を持っている燐を悪魔は見逃しはしないだろう。
あらゆる方法で、燐を物質界から浚おうとするはずだ。
藤本も雪男も、燐の知らないところで燐を守るために動いてくれていたのだと、
燐はようやく知ることができた。
そして、自分も強くならなければならないことを知った。

「俺も、祓魔師になりたい。そうすれば雪男やジジイに迷惑かけなくて済むだろ」
「僕は反対だ、兄さんに危険なことさせられるわけないだろ!!」
「なんだよお前はよくて俺はダメなのか!!
雪男は医者目指してるんだから、祓魔師なんて危ない職業したらダメだろ!」
「それを言うなら兄さんの方が危険だ!
現場に出て悪魔に誘拐されたらどうするんだ!僕は認めないよ!」

そんな兄弟の喧嘩はあれど、藤本が仲裁することで燐は祓魔師の道を進むことになった。
どのみち、燐も悪魔に対抗する術を身につけなければその身が危ない。
燐は藤本と雪男に祓魔師としての勉強をみてもらいながら、時折男のことを思い出した。
不思議なことに、されたことは覚えているのに顔は靄がかかっているかのように思い出せなかった。
ただ、あの男の声。あれだけは忘れることができない。
燐の耳元で、燐の背後で、燐の目の前で。
燐のことを陥れた、神様の声。
あいつを探さなければならない。

祓魔師を目指したのは、自分の身と家族を守りたいと思ったから。
けれどその一方で燐を陵辱したあいつを探しだしこの手で決着をつけなければならない。
そうしなければ、燐は本当の意味で前に進めない。
そんな気がしていた。


***


紆余曲折を経て燐が祓魔師の免許を取得した後、支部長に挨拶に行くことになった。
雪男に導かれて、初めて理事長室に足を踏み入れた。
祓魔塾にいた頃も、卒業する時も、
上の判断が必要な時であっても理事長は忙しいという理由ですべて聖騎士である藤本が取り仕切っていた。
そのため、燐は祓魔塾生時代一度も支部長に会ったことはない。
今回の挨拶が初めての邂逅となる。
いわば雪男や燐の上司に当たる人物だ。
緊張していないといえば嘘になる。

けれど、こんなところで立ち止まっているわけにはいかない。
弟である雪男も心配そうにしていたが、挨拶くらい大丈夫だろう。
そう思って扉を開けた。
けれど、その判断は間違いであった。

「ようこそいらっしゃいました、奥村燐君」

男の声を聞いて、燐は全身の血の気が引いていくのがわかった。
忘れられない、あの夜の声が。
昼間の暖かい日差しの溢れる支部長室の中から聞こえてきている。
燐は視線をあげた。そこには男がいた。
男は執務室の真ん中にあるデスクに座っていた。
燐に気づいて立ち上がると、男は長身でピエロのような奇抜な格好をしていることがわかる。
燐がなにも言えないままでいても、男の方が勝手にしゃべり始めた。

「こんにちは、私は正十字学園の理事長兼、
正十字騎士團日本支部長のメフィスト=フェレスと申します。
この度は祓魔師免許の取得おめでとうございます。
奥村先生には及ばないとは言え、
その年で、魔神の落胤であるというハンディを抱えたまま合格するとは非常に将来が有望だ」


貴方のここは、こんなにも私を求めて締め付けているというのに。
どの口がイヤだと言っているのでしょうね。


メフィストの言葉とともに、あの夜の出来事が思い起こされる。
燐の呼吸が荒くなる。
目の前にいるメフィストに、近寄って欲しくなかった。
メフィストは握手を求めて燐の前に手を出した。


「これからよろしくお願いいたします」


ああ、この手が泣き叫ぶ燐を犯したのだ。
誰にも触れられたことのない場所に指を突き立てられ、メフィストのものをくわえ込まされた。
開かされた足を閉じることは許されず、
時を忘れるほどにベッドの上で交わりを強要され続けて。
瞼も、口も、耳も、胸も、腹も、足も。燐のすべてを犯された。
記憶がフラッシュバックして、燐は口元を抑えてうずくまってしまう。
雪男は様子のおかしい兄に駆け寄り、メフィストも心配そうに燐の体を支えようと手を伸ばす。
燐はメフィストの手が触れる前に、拒んだ。

「―――触るなッ!」

そう叫んで、メフィストから距離を取ろうとして後ずさりした。
位置的に背後にいる雪男にぶつかりそうになり、燐は慌てて振り返る。
けれど、おかしなことが起きた。
雪男が動かないのだ。
燐に駆け寄ろうとする動作のまま止まっている。
どうして。
燐は雪男に話しかけた。雪男は動かない。
それに部屋の中のすべての音が消えている。
物音一つしない静寂の中。メフィストの声だけが聞こえてきた。

「私の力で時を止めました。貴方と話をする為に必要でしょう?」
「てめぇと話すことなんかあるか!!」

見つける時を、待っていた。
燐は倶利伽羅を抜刀する。
青い炎が刀身から全身に沸き上がりメフィストに向かって襲いかかる。
メフィストは青い炎を指を向けるだけで弾き飛ばす。
一瞬で攻撃が防がれたことに驚くが、猛撃を緩めるつもりはなかった。
候補生時代に上級の敵と遭遇しなかったわけではない。
青い炎が通用しない相手だっていた。
その経験から、燐は的を絞ることにした。
刀を構えるとただ一点だけを狙い、足を踏み出す。
狙うは首元のみ。一撃で相手を殺す必要がある時に使う方法。
槍撃のような、青い筋の刃が空間に走る。
メフィストはその追撃を止めようとした。
けれどできなかった。
青い炎を纏った切っ先がメフィストの前に展開していた防御用の結界を貫く。

燐は、本気でメフィストを殺そうとしている。
彼は、ただ、メフィストだけを見ている。
まるであの夜のような一時ではないか。

ああ、このまま時を止めてしまいたい。

けれど残念なことにそれはできない。
メフィストは時を止めたまま燐と対峙している。
メフィストの首もとまで迫った刃を防ぐのに、時を止める方法は使えない。
ならば。
メフィストは笑って燐の刃を手で掴んだ。
刃と炎がメフィストの手を切り裂いて、血しぶきが飛び散る。
けれど手が燃え尽きることはなく、
向かってきた刃をそのまま後ろに引いて、燐を自分の元へと引き寄せた。
燐の目が驚きで見開かれる。
一撃で首を落とせなかった。それで勝敗は決まってしまっている。


「残念。いい線いってたんですけどね。
もう少し経験を積んでからまた試してみるといい」


メフィストはそう言うと、引き寄せた勢いそのままに燐の唇を奪った。
噛みつくようなキスと、咥内に進入してくる熱い舌先。
燐の舌を絡め取り、逃げようとする燐の頭を手で固定してしまう。
血塗れの手で、燐の体を抱いて腕に閉じこめた。
悪魔の力で拘束されてしまえば、燐は逃げ出す術がない。

乱暴に咥内を荒らされている間には息継ぎも許されなかった。
しばらくメフィストの好き勝手に燐を弄んでいると、
限界を迎えたのか燐の体から力が抜けていった。
これではもう抵抗することもできないだろう。
メフィストは燐の口を解放してやると、燐はせき込みながら床に倒れ込んだ。
それでもなお、涙目でメフィストを睨みつけてくる姿を見て、
また悪魔的な思考が浮かんでくる。

「そんな瞳で見つめて、また犯されたいんですか?」
「この悪魔ッ!!誰があんなことするか!!」

燐は口元を乱暴に拭ってメフィストから距離を取った。
けれど自分の手に倶利伽羅がないことに気づくと、顔面を蒼白にした。それもそうだろう。
燐の命ともいえる悪魔の心臓は倶利伽羅の中に入っている。
その命を、あろうことかメフィストが握っているのだから。

「無防備ですねぇ、尻尾に関しては私が散々躾たので隠しているのでしょうけど。
急所をモロ出しなんて貴方露出狂の嗜好でもあるんですか」
「それ、か・・・返せよ!!」

怯えた声で詰め寄った。そんなことをしてもかわいいだけだというのに。
メフィストは倶利伽羅の刀身をゆっくりと舌で味わうように舐める。
燐に見せつけるように。
途端に燐の体は電気が走ったようにしびれて、その場にへたりこんでしまった。
ぞくぞくと走る痺れは覚えがあった。
下半身に熱が籠もって、身動きが取れなくなる。

「可愛らしいことだ、ちょっと急所に悪戯をしただけだというのにね。
あの夜のことを、体が思い出したんでしょう?」

燐は首を横に振って必死に否定した。
けれどその感覚を忘れることができなかったのは事実だった。
悪魔を討伐した時。初めて試験に合格した日。
任務で傷を負ってしまい、眠れない夜。
燐の体はその度にあの夜を思い出して、心は自己嫌悪に陥った。
自分一人の手では、もう満足ができない体になってしまっていることを思い知る。

メフィストを殺せば、あの夜のことも。
この体のことも忘れて、前に進めると思ったのに。

燐は瞼に涙をためて、悔しそうにポロポロとこぼしていった。
メフィストはため息をついた。
憎むような視線を向けてくれたらいいのに。
これではまるで、この子はただの人間ではないか。

「どうしますか?まだやりますか?」

メフィストは倶利伽羅を燐の元に投げると、燐はそれをあわてて受け取った。
倶利伽羅を鞘に戻したことで、燐の炎は収束していく。
もうメフィストと戦う気はないだろう。
燐は涙を拭うと、ぽつりぽつりと話し始めた。

「どうして、俺にあんなことしたんだよ」

意味がわからなかった。
暗い日常に訪れた突然の衝撃。
家族と打ち解けるきっかけにもなったけれど、燐の心に暗い影をもたらした。

「貴方に、自分を知ってもらいたかったからです」

メフィストはそう言った。
燐が自分の正体を知ることで、変わったことがたくさんあった。
遠巻きにしかつき合えていなかった家族と打ち解けた。
不安でしょうがなかった自分の力と向き合えた。
ぐちゃぐちゃだった心が、力が、一つの向かうべき方向を見つけた。

自分をこんな目にあわせた、
トイレの神様を探さなければならない。

燐はあの夜のことをこれまで何度も思い出した。
けれどあの夜を境に、燐の人生はいい方向へと変わっていったといってもいい。
目の前にいるメフィストは悪魔だろう。
神様だと偽って、燐を騙した悪魔。
そんなひどいやつのはずなのに。


「どうして、俺を気遣うようなこと言うんだよ。お前のやってること。
俺を陥れたいのか、助けようとしてるのかわかんねぇよ」


メフィストは目を見張った。
燐の言葉は予想外のものだった。
燐に嫌われるようなことしかしていないというのに。
この子は気づいていたのだろうか。
燐の心の不穏が、悪魔に憑りつかれていた人間を引き寄せていたことを。
そんな燐を追いつめることで、家族に心の内を打ち明けるようにメフィストが仕向けたことを。


「・・・貴方に私の魔力を注ぐことで早期に覚醒を促せば。
そうですね、例えば。藤本が魔神に乗っ取られて死ぬことも、
貴方が悪魔に見つかって窮地に陥ることも―――なかったのではないかと思いましてね」


メフィストがぽつりと本心を呟いた。
そう、行動には結果が伴う。
過去には未来がつきものだ。
このままいけば燐がどうなるか。
そんな未来を、メフィストは知っていた。ただ、それだけのこと。


「どういう意味だ。ジジイは死んでねぇだろ。縁起でもないこと言うな」
「ええ、そうですね。けれどそういう未来も、あったかもしれないということですよ。
私はそれを止めたかったのかもしれない」

メフィストはそう燐に語った。
燐は首を傾げる。あったかもしれない未来を言われてもわからない。
燐は今、そんな世界を生きてはいないからだ。
メフィストは時を止める力を持っている。
もしかしたら、あったかもしれない未来を知っているのかもしれない。

けれど、それが何だ。
燐はメフィストの前に立つ。
拳を握ると、己の腕力のみでメフィストの顔をブチ殴った。
油断していたのか、メフィストは部屋の端まで飛んでいってしまった。


「それでお前がやったことを水に流すと思うなよ!!!この強姦悪魔!!!」


初体験がトイレなだけに、と言えば益々燐は怒っただろう。
無言のまま無惨に倒れ込むメフィストにこの外道がと燐が吐き捨てる。
それはそうだろう。
燐にとってはあのトイレで、連れ去られた先のベッドで犯されたことがすべてだ。
まだ何も知らない燐を、メフィストは散々楽しそうに好き勝手に嬲ったのだ。
お前、絶対に楽しんでいただろう。
燐はメフィストの本性を見抜いている。
メフィストは確実に折れた首を修復しながら立ち上がった。
そして改めて燐に向き直る。

メフィストに一矢報いたからだろうか。
燐の瞳には青い炎が揺らめいており、先ほどまでの怯えた様子はない。
燐はもう、悪魔に立ち向かえるだけの力も心構えもできている。
メフィストは指を鳴らして時を進めた。


「自分の手で選び取る。それこそ、私が見たかった貴方の姿だ。
またのお越しをお待ちしておりますよ、奥村燐君」


二度と来るかと吐き捨てて、燐は乱暴に理事長室を出ていった。
雪男は何が起きたのかわからず、慌ててメフィストに謝罪をする。
時が止まっていた間の出来事を人間は感知できない。
今までの全ては、メフィストと燐の秘密だ。
二人は今日初めて出会った上司と部下の関係。そう周囲には思わせておかなければならない。

すみません、兄がとんだご迷惑を。
慌てる雪男を諫めて、メフィストは笑った。
彼は、思った以上におもしろい。
いつか力をつけた彼に、青い炎で殺されてもいいだろう。
そう思うくらいに、燐のことを気に入ってしまっている自分に笑う。

雪男が兄を追いかける為に、理事長室を出ていった。
閉まった扉に向けて、メフィストは呟く。

「悪魔は快楽の求道者にして、
人は中道にして病みやすい・・・貴方は、どんな闇がお好みですか?」

そこにいるはずのない燐に向かってメフィストは囁いた。



***



「もう、最初から上司と騒動起こすなんて兄さんは何考えているのさ!」

騒ぐ雪男の言葉を右から左に聞き流して、燐は廊下を歩いていく。
まさか雪男にメフィストとの関係を言えるわけもない。

バレた瞬間に、父である藤本と共にメフィストの屋敷に火を放つ雪男の姿が思い浮かんだ。
家族を犯罪者にしたくはないので、燐はこの先も誰にもあのことを言うつもりはない。

けれど一矢報いたとはいえ、まだむかつきは収まっていない。
早く寮に帰ろうと思い、ポケットの中にある鍵を探った。
手早くドアに差し込もうと取り出した鍵の中に、見覚えのない鍵が一本。


ピンク色をしたそれは、あの悪魔を思い出すのには十分であった。


お待ちしておりますよ。
脳裏に悪魔の囁く声が聞こえる。
燐の熱は、決して収まったわけではない。
ただ、見ないふりをしていただけだ。
燐がごくりと喉を鳴らした。じわりと耳元にメフィストの、男の声が甦る。

足を止めた燐に、雪男が声をかける。

「兄さん、どうしたの?」

屋敷を出ようとドアを開けた雪男に向かって燐は言う。


「悪い、ちょっと。トイレに行ってくる」


そこには、燐だけの神様が待っている。

トイレの神様6


目を開けた。
見えたのはいつも使っている家のトイレの天井だった。
服もきちんと着ているので明け方だけれど寒さはさほど感じなかった。寝ていたのか。どうして。
ぼんやりとそのまま座っていると、寝ぼけていた頭が徐々にはっきりとしていく。
そうだ、俺は。
燐は体を起こした。トイレの便座に座っている状態だったので、体はすぐに起きあがる。
けれど体の奥底から痛みが走ったことで、眉をしかめた。

まただ。俺はまた、あの男に。

燐は体を震わせる。昨晩あの男に何度も何度も犯された。
回数なんてわからないくらいに。
あれは人の交わりではない、それこそ獣や。言ってしまえば悪魔の狂宴のようなものだ。
意識が飛んでも何度でも引き戻された。
燐の体も心も、もうあの男から逃れることができないくらいに染められてしまっている。
その証拠に、奥底からはまたあの男の残滓が流れ出している。

燐は屈辱に唇を噛みしめた。
幸いなことに、まだ明け方であるせいか耳を澄ましてみても家族が起きる気配はない。
ここで処理をして、急いで風呂場に行けばばれることもないだろう。
意を決して、手をそっと自身の後ろに忍ばせた。
あの公園で処理をした時に比べれば、できるはずだ。

けれどこんなことを何度も経験することになるとは思っていなかった。
燐が手を後ろにやったことで、気づいたものがある。
腰のあたりに、変な感触がある。燐は視線を後ろに向けた。
驚いたことに自分の腰の下のあたりから、獣のような尻尾が生えていた。
驚きすぎて声も出なかった。

そして思い起こされるのは昨晩の出来事だ。
青い炎を吹き出した燐の体を、男は弄んだ。
男は後ろから燐を苛む時に、燐の黒い尾を何度も何度も引っ張って。
刺激を与えられる度に、燐は頭の中が真っ白になった。
痛いような気持ちいいような感覚の中、男に中を犯され続けていた。
そうだ、男は言っていた。

「悪魔の・・・尻尾は、弱点で。
人に見せるなって・・・俺、俺は・・・人じゃなかったんだ」

お前は俺の子だ。
そう言ってくれた父の言葉を裏切るように、
燐の体は男によって悪魔としての目覚めを迎えた。
人じゃなくなった俺は、ここにいてもいいのだろうか。
燐が考えていると、脳裏に男の声が響いてきた。
昨晩言われた言葉だった。


貴方が人ではないことを、打ち明ける人が必要です。
戻ったら、まず始めに家族に打ち明けなさい。
もし逃げたりすれば―――わかりますね?


最後に中に注がれた時のことだ。
意識が混濁している中に言われた言葉だけれど、妙にはっきりと覚えている。
この尻尾や、炎のことを家族に言えというのか。
無理だと思った。現に燐は自分の体のことなのに、わけがわからなくて怖いと思っている。
自分ですらそうなのに、家族がそう思わないわけがない。
尻尾を引っ張ってとれないかやってみたけれど、痛みがひどいだけでどうしようもなかった。
燐はひとまず処理だけを手早く済ませることにする。
悩んでいたら、時間だけが過ぎていく。
絶対に、男に犯され続けたことだけは知られたくない。

「ん・・・うぅ」

漏れる声は、服を噛むことでやり過ごす。
指を自身の中に入れて、男の影を何度も掻きだした。
手は男のもので汚れきってしまったが、何度でも残滓を水で洗い流していく。
太股から流れ出るその感触が気持ち悪くてしょうがない。

燐は自分の頬から何かが伝い落ちていることに気づいた。
そっと頬に触れれば、赤い血が付いていた。
鏡で確認してみると、頬に鋭い刃物で切られたような傷がある。
これはあの男につけられた傷だった。
頬の傷は目立つけれど、この程度ならば喧嘩でついたと言えば誤魔化せるだろう。

泣いてなんかない、泣くものか。

昨晩散々泣いた。けれど男はやめるどころか喜々として燐の体を貪った。
燐は頭を振って男との記憶を忘れるように、流れ落ちた残滓を拭う。
しばらくそれを繰り返すことで、ようやく一息つくことができた。
あとは、体を綺麗に洗いたかった。
べたつきはなく綺麗にはされているが、男の舌や指が余すところなく触れた体だ。
燐自身が、汚れていると思えばそれは綺麗にしなければならない。

燐がそっとドアを開ければ、周囲はしんと静まり返っていた。
廊下を歩いて、風呂場に向かう。
まだ、誰も起きていないんだ。安心して燐は脱衣所への扉を開けた。
そこには、藤本が立っていた。

「よう、燐。早いな」
「え・・・」


予想外だった。なんで起きてるんだ。動揺して言葉が出ない。
思えば脱衣所の中にある洗濯機を回しているようだ。
洗濯の当番で、早めに起きていたのかもしれない。
燐は急いで廊下に出ようとした、けれど藤本の方が早かった。
逃げるように去ろうとした燐の腕を掴んで、
身長差を利用するようにあっと言う間に自分の腕の中に閉じこめる。

燐は突然抱きしめられて訳が分からなかった。
けれどこの腕から一刻も早く抜け出したかった。
こんな汚い俺に触らないでくれ。
暴れる燐の頭を藤本は優しく撫でる。

「お前が、俺たちから逃げたがっていることは知ってるよ」

静かな声が響いた。
叱るような声色ではない、諭すような落ち着いた声だった。

「なぁそんなに俺たちは信用できないのか。
お前、何日もどこに行っているのかわからなくなって。
帰ってきたと思ったらまたいなくなって。
何かあったんじゃないかって心配するだろ・・・燐」

洗濯の当番なんて、建前だったのだろう。
戻らない燐を藤本は待っていた。ずっとずっと心配していたのだ。
この腕を抜け出さないといけないのに。
燐は動くことができなかった。
違うよ父さん、俺が人の中にいることが間違っているんだ。
言いたいのに、涙がこみ上げてきた。
男の声が頭の中に響く。

家族に打ち明けなさい。

言ったら信じてくれるだろうか。
言っても、俺のことを追い出さないでくれるだろうか。
このあたたかい腕を無くさないで、済むのだろうか。

燐は男の声に押されるように、言った。


「おれ、俺・・・人間じゃなかった・・・
父さんとも、雪男とも、違ったんだッ・・・」


ぽろぽろと泣き出す息子の姿に、藤本が動揺した。
泣く子の姿は久しく見ていない。
藤本はどうした、なにがあったと燐の目を見て質問する。
その目は真剣そのものだった。
力が強すぎて父の肋骨を折ってしまったときも、喧嘩した相手の親に謝りにいったときも。
燐が公園でひとりぼっちでいたときに、迎えに着てくれたあのときも。

父は何度でも燐に手を差し伸べてくれた。
諦めるなと、言ってくれた。
燐は、父のこの目を信じようと決めた。


「青い、炎が体から出て、尻尾も、あって。
俺、どうしたらいいかわかんねぇよぉ・・・」


泣きながら訴えた。
人間じゃない俺はどうすればいいのかと。

燐の必死の訴えに、藤本は悟った。
燐が気づいてしまったことに。
己の宿命に目覚めてしまったことに。
魔神の落胤として、燐はこれからあらゆる者に存在をねらわれる立場になるだろう。
燐は人ではない。悪魔として、これからを生きていくことになる。

けれど、それがなんだ。
魔神の落胤なんか関係ない。
不安で、燐が泣いている。
泣きながら、自分の秘密を打ち明けてくれた。
今ここにこうして途方に暮れている子供を守らない親がいるだろうか。

藤本は燐を強い力で抱きしめた。
今まで自分が嘘をついてきたことで、燐が傷ついていたことを悟った。

ごめんな、不甲斐ない父ちゃんで。
ごめんな燐。

「大丈夫だ、燐。お前はどんな姿になったって。お前は俺の息子だよ」

泣かないでくれ。
そういえば、燐はますます泣いた。
今まで我慢してきた不安が決壊したのだろう。
子供の姿のままで泣く燐を藤本はいつまでも抱きしめていた。


***


しばらくした後、二人は皆を起こして今後のことを話し合うことにした。

やはり修道院の皆も燐の正体を知っていたらしい。
弟の雪男も知っていたというのには驚いた。
そこで、何で教えてくれなかったのかという喧嘩にもなったけれど。
藤本が諫めて、燐に黙っていたことを代表して謝ってくれた。
謝って欲しかったわけじゃなく、
嘘をつかれていたことに傷ついたのだと告げれば、藤本も雪男も少しだけ泣いた。

燐の心にかかっていた暗い霧が、ようやく明けた気がした。

「燐、これの姿が見えるか?」

藤本が空中に漂う虫のようなものを指さした。
頷けば、これは悪魔で魍魎という名前だと教えてもらった。
そしてこれからはもっと学ぶ必要があると言われた。

「悪魔に傷を付けられると、悪魔が見えるようになるんだ。
もしかして、その頬の傷が原因か?」

本当は違う。
頬の傷じゃなくて、本当はこの体の奥底につけられたあの傷のせいだ。
男はこういう質問が来ることをあらかじめ予想していたかのように、
燐の頬に傷を残したのだろうか。
燐は少しだけ考えた、けれど答えは決まっている。


『うん、この傷のせいだと思う』


家族に嘘をつかれたことで傷ついていたのに。
俺は嘘をつかないといけない。
矛盾は燐の胸に暗い滴のように広がっていく。
それでも決して言うことはできない。
俺と神様の二人だけの秘密。


「トイレの神様に、つけられたんだ」


一つ、嘘をつくことがうまくなった。



トイレの神様3

ゆらりゆらりと揺れる意識。
燐はうっすらと瞼を開けた。地面が遠い。
同時に揺れる体。誰かに背負われているのだとわかった。
燐は慌てて体を起こした。
まさか、あの男にどこかへ連れて行かれているのではないか。
そんな恐怖が襲ってくる。
けれど燐を背負う背中は動いた燐を支えるようにして足を止めた。

「兄さん、起きた?」

雪男だ。どうしてここにいるんだ。燐は顔を青ざめさせた。
まさかばれてしまっただろうか。あの夜の事が。体が強ばって震える。
おとなしくなった燐を抱え直すと雪男はまた歩き始めた。

「神父さんから連絡来たときはびっくりしたんだからね」
「とうさん・・・?きてたのか?」
「うん、兄さんを先に警察に迎えに行ったのは神父さんだよ。
けど、背負って帰ろうとしたら、腰がね。だから慌てて僕が来たってわけ」
「そっか・・・悪い」
「いいよ。兄さんを逃がさない為なら軽いくらいさ」

言葉の調子から、雪男が何も知らないことが察せられて、燐はあからさまにほっとした。
修道院に帰らなかった燐を藤本も雪男もずっと探していたらしい。
燐はうまく二人から逃げ続けていたわけだ。

けれど逃げ続けたせいで。まさかあんなことになるなんて思ってもみなかった。
雪男に言われた言葉の通り、燐は傷つけられた。
あの男に、心も体もずたずたに傷つけられたのだ。
けれど今ここで泣くわけにはいかない。
決してあの時のことは二人に知られたくない。知れば、嫌われてしまう。
燐が男と関係を持っただなんて、汚いと思われてしまうに決まっている。

「帰ったら覚悟してよね。
腰が心配だから神父さんには先に帰ってもらったけど、かんかんに怒ってたよ」
「うえぇ」
「もちろん僕もだからね兄さん」

雪男の表情は見えないが、ぞっとするような声色だった。
燐は焦って背中から降りようとするが、雪男が降ろしてくれない。
下手に暴れれば、自分が怪我をするだけだろう。
燐は諦めて雪男の背中にもたれ掛かった。
帰ったら家からは出してもらえないだろうし、説教も何時間されるかわからないだろう。
けれど、あの時の。あの場所から離れた、安全な場所へ帰れるのだと思えば。
ざわついた心は静まってくる。

「ごめんな、お前忙しいのに」
「そう思ってるのなら、ちゃんと帰ってきてね」

燐は雪男の言葉には応えずに目を閉じた。
帰りたくない理由はあった。燐は悪魔だと近所の人からは噂されている。
燐が二人から離れることで、二人はわずらわしいことから。
燐のことから解放されるのだと思っていた。

二人に迷惑をかけたくなくて家を出たくて。
でも、うまくいかなくて。燐の心はめちゃくちゃだ。
けれど泣けば心配をかけるから泣きたくないから目を閉じる。

雪男は静かになった燐を黙って背負って歩いた。
昔いじめられた自分を背負って帰ってくれた兄を、
今自分が背負っていることに兄は気づいてくれているだろうか。

僕はもう、兄さんの後ろで守られているだけの存在じゃないんだよ。
ねぇ、僕じゃ頼りないの。僕じゃだめなら神父さんに頼ったっていいじゃないか。
兄さんはどうしてそう一人で抱え込むのさ。

何かがあったことを雪男も藤本も気づいている。
けれど、燐が言わないと決めたのなら二人に言うことはないだろう。
燐は昔から頑固だったから。
でも心配している方の身にもなってほしい。
放っておけなくて、気が気じゃなくて。
心配をかけたくないと思うのなら頼ってくれ。
そう思う心は燐には届かないのだ。


「兄さん、何があったのさ」


燐は眠ったまま、雪男の問いかけに答えることはない。

しばらく歩いていたが、燐はぐっすりと眠っているようで
こうなれば滅多なことでは起きないことを雪男は知っている。
雪男はこっそりとポケットから携帯電話を取り出した。
押す番号は、短縮に登録済の番号だ。
騎士團の直接的な連絡先も登録してある、いわば仕事用の携帯電話だった。
かければ、数コールの後につながった。
雪男は相手に少しの状況説明をして、こう言った。


「そういうわけで、何があったのかまでは掴めていません」
「わかりました。喧嘩か何かでしょうか。
それに悪魔が絡んでいたような痕跡などはありましたか?」
「いえ、保護された現場を見ましたが痕跡はなく・・・」
「余程うまく痕跡を消す悪魔となれば限られるでしょうから、悪魔と遭遇した可能性は除外しておきましょう。
けれど、今後何が起きるかまでは誰にもわからない。引き続き、よく監視しておくようにお願いしておきます。
騎士團に、貴方たちの今の生活を壊されたくなければ、ね」
「承知しております、フェレス卿」


悪魔の声が電話ごしに雪男の耳に響く。
この男のことを雪男は好きになれなかった。
神父の親友だというこの男は兄のことを監視し、隙あらばかすめ取ろうとしているようにしか思えなかった。
そんなことはさせない。いくら神父が言おうとも、雪男はメフィスト=フェレスを信用しない。
彼も、きっと雪男がそう思っていることを知っている。

「何があったかを無理に聞き出すことはしないのですか?」
「兄が傷つくことならば、しません。
それに経験上、黙り込んだ兄は絶対に口には出しませんからね。
自分の中で終わってからようやく話してくれるくらいです」
「難儀ですねぇ」
「ええ、ですが貴方の出る幕はありませんよ」
「わかっていますよ。ただ、貴方のお兄さんはとても可哀想だなと思っています」
「本当にそうお思いで?」

雪男は問いかけた。悪魔は笑っている。それも心の底から面白いという風に。
人の不幸は蜜の味だというが、悪魔は本当に人の不幸を食べて生きているのかもしれない。
全く、最悪な生き方をしている。
その証拠に彼は淡々と特にそうは思ってはいません、社交辞令ですかねと答えた。
雪男はこれ以上この悪魔と話していても不毛だと判断した。

「では兄が起きてしまいそうですので、これで」
「彼にお伝えください。良い夢を、と」

最後まで言わせずに、雪男は電話を切った。
背後の燐が起きる気配はない。ぐっすりと眠っているようだ。
雪男の背中が、神父とまではいかないまでも兄の安らぎの場所になっていればいいと願った。


繋がりの切れた携帯電話をメフィストはそっと閉じた。
彼らは今、家に向かっているらしい。
弟に背負われて帰っているということなので、余程あの時の出来事が堪えたのだろう。
彼は魔神の血を引いているので、怪我の治りは人よりも何倍も速いはず。
けれど引き裂かれた心まではすぐに治るはずもない。

貴方のお兄さんはね、昨晩私の腕の中で啼いていたんですよ。

そう言えば、弟はどんな反応をしただろうか。
メフィストに向けて銃口を向けるだろうか。そうなればとても面白いことだ。
けれどそうはしない。黙っていた方が、もっともっと愉快なことになる。
昨晩の燐の痴態を思い出し、下半身に熱が篭ってくる。
何度も何度も銜え込ませたことで、はしたなく彼の中からは残滓が溢れ出していた。
彼はもう男を知っている身体になってしまった。

この世の何よりも美味な、私の可愛い末の弟。
メフィストは燐を手放す気など毛頭なかった。


「燐、貴方には一生消えない贈り物を差し上げますよ」


***


燐はベッドから起き上がると、廊下へと続く扉を見た。
修道院に帰ってからこってりと絞られて、それからやはり一週間の外出禁止を言い渡された。

明日から修道院の家事に追われることになるだろう。だがそれもいいだろうか。
そっとベッドから降りると、同じ部屋に寝ている雪男がきちんと眠っているかを確認した。
寝息も落ち着いているし、ぐっすりと眠っているようだ。
自分を背負って帰ったのでやはり疲れたのだろう。
ごめんな、と呟いてから部屋を出る。

こんな夜中に起きたのには理由があった。
燐はもじもじと足を擦り合わせた。所謂生理現象だ。
トイレに行きたくて夜中に起きた。
誰しも経験したことがあることだろう。
廊下はしんと静まり返っており、燐が歩く音だけが聞こえている。
皆寝静まっているようだ。つまり、ここで物音を立てているのは燐だけになる。
燐はトイレの前に立った。ぱちりと電気をつける。
それから、扉を開くまでに一体どれくらい時間がかかっただろうか。


いない、ここにあいつはいない。
だから大丈夫だ。


燐はそう自分に言い聞かせて、ゆっくりと扉を開けた。
灯りのついたトイレの中は、見慣れた作りをしている。
中に入って急いで用を足した。よかった。何もなかった。
実は我慢の限界だったのだ。

あんなことがあった場所だから、やはり怖いと思う心があった。
けれど行かないで済む場所ではないので戸惑いと我慢の間で燐は揺れた。
流石にこの年で漏らすことだけはしたくない。
なにより、バレた時の恥ずかしさが尋常ではない。

燐は顔を青くしたり、赤くしたりしながら水を流して、手を洗った。
鏡に映った自分は酷い顔をしている。
早くあの時のことを忘れなくてはならない。
あんなこと、なかったことにしてしまえば。
そう考えれば考える程男の手を思い出して、燐は自分の体を抱きしめた。

ここにあいつはいない。だから大丈夫だ。

燐はトイレの中から出ようとした。
すると、トイレの中の灯りがチカチカと点滅していることに気づいた。
電球が切れそうになっているのだろうか。
明日にでも取り替えようか。そう思っていると、点滅していた灯りが消えた。
視界が、一瞬で真っ暗になる。
その途端燐の腕が後方へと引っ張られた。
燐はよろめいて、その腕の伸びている方向へと倒れ込んでしまう。
覚えのある、においがした。
それは、あの夜のにおいだった。


「グーテン アーベント、奥村燐君」


灯りが着いた。
そこには、いるはずのない男が立っている。

拍手ありがとうございます!


さっそく反応頂きありがとうございました。
エロスはkonbuではなく、魂を分けた相方昆布さんが書くでしょう…
そうです、konbuではないのです…エロスは昆布さんです(言い訳)


以下、拍手コメントご返信です。パチパチだけの方もありがとうございます。
糧になります。本当にありがとうございます。


2014/09/01
こんばんは!拍手でも素敵なお話が読めて~の方

コメントありがとうございます。
新刊をメフィ燐で書いてたもので受け入れて頂けるかドキドキしてたのですが、
反応頂けて一安心でした。よ、よかった(涙)
ブルートレインが完売してしまいすみません。
活動はまた時間ができたらしたいと考えておりますので、
その際はよろしくお願い致します。指定物についても、お言葉に励まされて
書いてみようと思い立ったので昆布さんが書いてみました。
エロスも解禁となりましたが、今後とも、お越し頂ければ幸いです(^^)



2014/09/02
丁寧にコメントにお返事いただき~の方

さっそくお言葉に励まされて、エロス解禁でございます。
ちなみにエロスは相方の昆布さんが書かれているのだと思います。
最初はメフィ燐ですが、また今後も書けたら他のCPも書いていきたいと
思っておりますので、よろしくお願いします。
拍手ありがとうございました!


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