青祓のネタ庫
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燐が目を覚ますと、いつもの部屋のいつもの天井が見えた。
木目や色合いも何時もの通りだ。けれど燐は心臓が破裂しそうなほど緊張していた。
起き上がってシャツを見れば汗で濡れている。気持ち悪い。
すぐにでもシャワーを浴びたいくらいだった。
「兄さん、どうしたの?」
聞き慣れた弟の声にどきりと身をすくませた。別に悪いことをしているわけではないのに。
燐は弟の方を見た。祓魔師の団服を着ている。今から任務に行こうと準備をしていたのだろう。
燐は慌てて布団を出ようとした。朝ごはんの準備をしなければ。
雪男が任務に行くとわかっていたらもっと早く起きて準備をしたのに。
燐の慌てた様子を見て、雪男が答えた。
「さっき突然連絡があったんだ、ご飯は昨日の残りを食べたから気にしないで」
「今日休みだったんだろ、いいのかよ」
「悪魔は待ってくれないからね、仕方ないよ」
行ってきます。と言い残して雪男は寮のドアに鍵を差し込んで出て行った。
今日くらいは弟もゆっくりできるだろうと思っていた分、急な任務を振る騎士団に対して
不満が湧き上がってきた。別に雪男でなくてもいいだろうに。
平日は学校と塾、休日も任務となればいくらなんでも体を壊す。
一回メフィストに労働基準法違反について訴えるべきだろうか。
燐はそう思って、ぶるりと身を震わせた。自分で考えておきながら、やめておけばよかったと思い直す。
雪男には悪いが、早く部屋を出ていってくれたのは幸いだった。
燐はベッドを降りて、床に足を付けた。
気持ち悪い、身体が気持ち悪い。燐は足早に風呂場に向かった。
身体の奥底から、何かが流れ出している。
頭の中にメフィストの声が響く、燐は頭を振ってメフィストの声を振り払おうとした。
「夢だ、夢のはずなんだ・・・」
けれど脳裏に浮かんだメフィストの姿はまるで現実に起こったことのように思える。
燐はそれだけは否定したかった。
草木も眠る丑三つ時。
正十字学園旧男子寮も眠りの闇の中に包まれている。
月の灯りから逃げるように、影に舞い降りる白い悪魔。
「こんばんわ、奥村君」
メフィストはベッドで眠る燐に話しかけた。けれど燐が起きる気配はない。
メフィストの背後にいる雪男も起きる気配はなかった。
いつもなら、悪魔の気配を感じて飛び起きる雪男も何事もなかったかのように眠っている。
部屋の中には紫色の煙が立ち込めていた。
その煙はメフィストが人差し指をくるくると回す度にゆっくりと部屋に満ちていく。
悪魔が灯す眠りの煙は、例え何があろうとも部屋の住人を起こすことはない。
部屋の中から、大切なものが奪われようとも。
メフィストは眠っている燐のベッドに手を差し伸べた。
ばちりと結界によってメフィストの手が弾かれる。大方、弟が眠っている兄の為に張ったのだろう。
この程度の結界、メフィストにとって破ることは造作もない。
指を鳴らせば、鏡が砕けるような音が響いた。それでも燐が起きる気配はなかった。
「奥村君」
メフィストは結界の奥で眠っていた燐をそっと抱き起した。
力の入っていない体はメフィストの腕に燐の重さを確かめさせる。
とくんとくんと温かい、生きている温度が感じられる。
「今宵も、私と共に」
メフィストがスリーカウントを唱えると、二人の姿は煙に包まれて消えてしまった。
眠る燐をそっと自身のベッドに下すと、メフィストは満足げに笑った。
部屋の中は暗闇で包まれており、一切の光はない。それでも悪魔の瞳は燐の全てを見ることができる。
横たわる体からは甘いにおいが漂っていた。
メフィストはその甘いにおいにつられるように、燐の体の上に覆いかぶさった。
手をそっとシャツと肌の間に差し入れる。燐の肌は温かく、その身に眠る青い炎の熱を彷彿とさせた。
対してメフィストの手は冷たく、体温は感じられない。
燐もメフィストの冷たさから逃れるように身をよじっている。
意識があれば、飛んで逃げているだろう。
メフィストの手は、死人と同じだ。
「奥村君、私の体はね。もう死んでいるんですよ」
だからこんなにも冷たいのです。大昔に憑りついた人の体はとうにその生命活動を停止している。
悪魔は死人の体を動かして、生きているかのふりをしているだけだ。
上級悪魔であるメフィストを受け入れることのできる人の体は稀だ。
この体を失えば、次の憑依体を見つけるまで何年かかるだろう。
下手をすれば見つからない可能性だってある。
身体を持たずに生まれてきた悪魔が行きつく先は皆同じだ。
メフィストの兄であるルシフェルがなっているように、人の体は持たなくなれば崩壊を始める。
それでもその体を捨てることができない。
メフィストは燐の体を抱いてその体温を味わうようにそっと耳にささやいた。
「貴方はとても温かいですね」
生きている悪魔は貴方だけしかいない。
この体にどれだけの悪魔が憧れているのか、それを貴方はわかっていない。
叶うことならば今すぐにでもこの体を奪ってしまいたいくらいだ。
けれどそうしてしまうと、大いなる楽しみを無くしてしまうことになる。
それだけは我慢しなければならない。
「でもね我慢は悪魔にとって毒も同然なのです」
メフィストは眠る燐の首に噛みついた。
燐の体が反射でびくりと揺れる。
怯えているような仕草にメフィストは高鳴る胸の鼓動を押さえられなかった。
そのまま燐の体を覆っていた服を乱暴に奪っていく。
燐の足を大きく広げて、体を間に差し込んだ。
「今宵も楽しみましょう。貴方も私も、ね」
メフィストの部屋からは眠っている燐が漏らす悲鳴とベッドの軋む音が響いていた。
***
燐は風呂場に駆け込むと、急いでシャワーを頭から被った。
冷たい水を浴び続ければ火照った体が冷えていくと思った。
燐の体には、昨夜の痕などなにも残っていない。
メフィストが傷をつけようとも、燐の悪魔の体は朝までに何事もなかったかのように修復してしまう。
けれど、そんなメフィストが燐の身体に残したものがあった。
それは。
「なんだよ、どうして俺・・・」
身体の奥から流れ出すものは、燐の記憶にないものだ。
眠っている夢の中で、燐は何度もメフィストと関係を持っている。
けれどそれは夢のはずで、目覚めれば何事もなかったように朝を迎えている。
今まではそうだった。
でも、ある時目を覚ますとこうなっていた。
まるで思い知れとでもいうかのように、燐の体の奥にはメフィストの残滓が残されていた。
当然、それを初めて知った時は吐いてしまい、トイレから一日中出ることができなかった。
眠ることに恐怖を覚えた。この恐怖をどう表現していいのかもわからず、誰にもいうことはできない。
眠らないで朝を迎える日もあったけれど、何日も眠らないわけにはいかなかった。
意識を失った日には、当然のように同じ夢を見た。
むしろ、無駄な抵抗だというようにもっと乱暴なことをされる夢だった。
起きているときにメフィストに問いかけても、きっとはぐらかされるだけだろう。
冷たい水が湯に変わる頃、燐は体を洗い始めた。
メフィストの痕跡を消すように。燐の体は水で冷え切って冷たい。
燐は覚えている。
この冷たさは、メフィストの手のようだ。
死人のように冷たくて、燐の体を無理やりに熱くさせたあの手のようだ。
「アイツ、絶対許さねぇ」
死者をもう一度殺す方法を、燐は知っている。
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