青祓のネタ庫
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怪我をして、痛くないわけないじゃないか。
燐がシュラに連れて行かれてからもう一時間が経過していた。
雪男は腕時計を確認してふう、とため息をついた。
「お前は部屋に戻れ」とシュラに言われたが、兄が大監獄へ連れて行かれたのだ。
落ち着いていられるわけがない。しかし、このままここにいても埒があかないのは事実だ。
シュラは自分が納得いくまできっと兄を出さないだろう。
今回はゴーストを処理できるレベルの装備しか持ってきていない。
あのままあそこに閉じ込められてしまった場合のことも考えて動かなければ。
「いったん戻って、態勢を整えるしかないか・・・」
扉の前まで来て雪男は後ろを振り返った。
兄は無事だろうか。怪我を負っていたのに、満足に傷も見れないまま連れて行かれてしまった。
シュラは大丈夫だと言っていた。
だが、この気持ちは理解していないだろう。自分の家族が怪我をしたのに対して、あんな扱いされて。
兄は悪魔だ。
だが怪我をすれば痛むし、血だって出る。
「・・・兄さんを傷つけたら、たとえシュラさんでも許せない」
神父が死んだ今、唯一の家族は兄だけだ。絶対に守ってみせる。
鍵をドアに差し込んで扉を開けた。
本部に入る時に使った――――メッフィーランドの傍の倉庫のドアから出ると
辺りは薄暗くなっていた。今日は任務のために休園して貰っていたので辺りに人影はない。
無人の遊園地はどこか侘しく、またある種の恐怖感を掻き立てる。夕暮れに染まる
メッフィーランドのキャラクターバルーンがそれに拍車をかけていた。
不気味に染まったバルーンから視線を外すと、入場口に一つの人影があるのに気づいた。
「しえみさん、どうしてここに」
「雪ちゃん・・・」
しえみは雪男の姿を見つけてほっとした表情をした。だが、隣にいるはずの人物がいないことに気づいて
また不安そうな顔をした。
「燐は?一緒じゃないの?」
「兄さんは・・・大丈夫ですよ」
嘘だ。でも、口に出して言うことで自分もそう思いたかった。
「神木さん達にも寮に戻るように言われたんだけど、でもなんだか不安だったんだ。
燐、怪我してるようだったから」
その怪我をした兄を、監獄に残したまま戻ってきてしまった。
今更ながら、不安が押し寄せてきた。
「僕も、です」
「え」
しまった。雪男は口を噤んだ。不安、しえみには悟られたくなかった感情なのに。
しかし、しえみはどこか納得したような表情で雪男に言った。
「そうだよね、家族だもんね。燐が怪我してたら、雪ちゃんだって不安だよね」
「すみません」
「なんで謝るの?謝るなら、燐に謝ってもらわなきゃ、こんなに人に心配かけさせて!って」
しえみは制服のポケットに手を入れて何かを探った。今日はじめて着た洋服のせいか、若干苦戦していたが。
平べったい円の蓋がついたものを取り出し、雪男の手に乗せた。
「これは?」
「おばあちゃん特製の傷薬、燐が戻ったら使ってあげて」
「これを渡すために待ってたんですか?」
夏とはいえ、夕暮れになれば冷たい風が吹く。特にメッフィーランド周辺は正十字学園のなかでも
上部に建てられているので、風も強めだ。
クラスメイトが帰った後、一人で帰ってくるかわからない相手を待つのは酷な環境に思えた。
雪男はしえみに声をかけようとしたが、察したしえみの方が雪男を制した。
「私は鍵を使えばすぐ帰れるし、大丈夫だよ。雪ちゃんに会えてよかった」
くるりと踵をかえし、帰ろうとするしえみを呼び止めた。
「しえみさん、送っていきますよ!」
振り返ったしえみは雪男に言った。
「私は大丈夫だから、燐のところに行ってあげて」
また明日ね
しえみは扉の向こうへ帰っていった。
「ありがとうございます、しえみさん」
兄には心配してくれる人がいる。帰りを待ってる人がいる。
僕以外にもちゃんといる。
雪男は寮に向かって走った。兄を迎えに行かないといけない。
シュラが何かを言ってきても言おう。家族を心配してなにがいけないのかと。
寮の前に着くと、部屋に灯りが灯っているのが見えた。
電気は消して出たはずだ、となると。
「兄さん!」
部屋の前まで駆け上がって、扉を蹴破る勢いで開けた。
「な、なんだよ雪男!?びびらせるなよ!」
ベットの上に座って、その隣にクロを侍らせている燐がいた。
はぁと安堵の息を吐いた雪男は、自分も靴を脱いで部屋に上がった。
「よかった、無事で」
雪男の表情から察したのか燐はおう、とひと言応えた。
だが、さり気なく右手を隠した燐の仕草を雪男は見逃さなかった。
「怪我してるの!?見せて!」
「たいしたことねぇよ」
クロもにゃごにゃご訴えてくる。きっと燐の怪我を心配しての声だろう。
言葉がわからない雪男にもわかった。
「余計なこというなクロ」
「見せて」
燐を黙らせるように肩を押して、身体をベットに押し付けた。
右の手の平を見えるように、手首も押さえた。
そこまでされて、ようやく燐は大人しくなった。
手の平には、刀の切り傷と紅く爛れた痕がある。特に爛れ方が酷く手首の方まできていた。
「魔剣に斬られたんだね」
シュラは兄を傷つけていた。殺されなかっただけましだが、自分の無力さに腹が立つ。
そして、どうしようもなく悲しくなった。
影になって見えなかったがベットの上には包帯が転がっている。自分で手当てしようとしたのだろう。
見れば、頭の方にも固まった血がこびり付いていた。
「隠さないでよ、兄さん」
「お前、心配するじゃん」
「そりゃあするよ。家族なんだから、でも隠したりする方がよっぽど心配だよ・・・」
雪男は黙った。俯いている雪男の顔が、下にいる燐にはよく見えた。
燐は怪我をしていないほうの手を伸ばして、雪男の頭をくしゃっと撫でる。
「悪い」
「しえみさんも心配してたよ」
「明日、謝っとくよ」
「そうして」
「雪男」
「うん?」
「重い」
「あ、ごめん」
燐の上から退いて、ベットに腰掛けた。ポケットからしえみから貰った傷薬を取り出す。
「しえみさんから貰ったんだよ、魔剣の傷は傷薬だけじゃ治らないから、僕の薬と混ぜることになるけど
ありがたく使わせて貰おう」
「謝るだけじゃなくて、お礼もいるな」
「そうだね」
雪男は慣れた手つきで薬を塗る。こうしていると、まるで昔みたいだと二人は思った。
まだ藤本神父が生きていて、怪我をした燐を叱った後、雪男が手当てする。
時間にすれば数ヶ月しかたってないが、まるで何年も前のことみたいだった。
あの頃と今は随分違う。藤本神父は死んだし、燐は人間ではなくなった。
「なぁ雪男」
「何?」
「俺、絶対聖騎士になる」
兄の目つきも違っていた。
雪男は変わらずに燐の手当てをする。
きっとこれから何度も燐は怪我をする。それでも何度も雪男は手当てをするだろう。
心配して、不安になって、でも、生きていて欲しいから。
雪男は燐を守り続ける。
「うん」
雪男は応えて、そして心の中で願った。
神がいないことは知っていたから、今は亡き神父に願う。
どうか、兄さんが死なないように守ってください
青い髪になった後、健康には障りなかったが、実害はおおいにあった。
まず、髪を洗っても何しても燐の髪は元には戻らなかった。
一晩寝ればどうにかなるかと考えていたが、予想以上にしつこく魔障は燐の髪に憑いている。
かれこれ一週間も経過してしまった。
事情を知らなかった椿先生などは燐の姿を見つけた途端「奥村君グレたのカネ!?」と問い詰めにきたほどだ。
しかも、魔障で髪が青くなるといった事象は前例がないらしく、解決方法が未だ見つかっていない。
「めんどくさい」
食堂で弁当を広げていたが、周囲の視線が痛い。ここは日本だ。
海外の留学生もいないことはないが、青い髪をもった人物は燐しかいない。
黒髪の中に一人だけ青髪が混じっていれば、目立つのは当然だ。
さっきは見知らぬ女子生徒からハロー?と英語で話しかけられた。
「俺は日本人だっつーの」
厳密には人ではないが、日本国籍はあるので日本人だ。
視線があまりにわずらわしかったので、早々に教室に退散することにした。
塾のクラスメイト達はもう見慣れているため、変につっこんでもこない。
全く面倒なことになったものだとため息をついた。
「人間の印象って髪の色一つで変わるもんですねえ」
「うっせー、黙ってろ」
塾に行くために、人気のない扉を探していたところでメフィストに出会った。
いつもの人間の姿ではなく、犬に変化している。
いきなり足元から声が聞こえたときは悪魔かと警戒したが、
どうやら、日に何度か犬の姿で学園内を散策しているらしい。
「暇人め」
「パトロールしてるんですよ」
しゃがんでメフィストに視線を合わせる。はたから見れば犬とじゃれあう姿にしか見えないが、
燐の表情は不機嫌だ。髪をからかわれたのが不快だった。
「あなたが遭遇したのは確かクレイジーアップルでしたよね」
「おう、確かそんな名前だったぞ」
「おかしいですねぇクレイジーアップルの魔障は『覚めない眠り』だったはずなんですが」
「起きてるぞ」
「あなた、悪魔ですしね。きっと普通とは違うんですよ」
「なぁ、この髪ってどうにかなんねぇのかな」
燐は髪を掴んで引っ張った。もういい加減元に戻りたい。
「それは私の管轄ではありませんよ、魔障の治療は医工騎士の仕事でしょう」
優秀な医工騎士である弟を持つのだ、弟に相談すればいいだろう。
メフィストはそう言ったが、表情から燐は乗り気ではなさそうだ。
「だってよー、なんか最近妙によそよそしいんだよなあいつ」
「また何かしたんですか奥村君」
「別にしてねぇよ、でも俺を見る目がなんか…他人みたいで。
しかも、昨日は夜中に無理矢理たたき起こされて変な薬飲まされたりとか」
「なるほどねえ」
メフィストはなにかに勘付いた様子だった。
「おい、なんか知ってるなら教えろ」
「自分で気づいた方がいいですよ」
「わかんねぇから聞いてんだろ」
「強いて言うならあなた達が兄弟で双子だから、ですかね」
メフィストは尻尾を振りながら、中庭の方に歩いていった。
そこで思い出したかのようにUターンしてきて、どこから出したのかカメラのシャッターをきった。
「忘れてました。奥村君のこの姿をからかうついでに青髪姿を写真に収める手筈でして…」
「てめぇぶっころすぞ!!」
けり倒してやろうとしたが、メフィストは燐の足を華麗にかわすとさっさと消えていった。
それにしても、犬が二本足でたって写真を撮るとか、一般人からしたらホラー以外の何物でもない。
周囲を見渡して、人気がないことを確認した。おそらく大丈夫だろう。人目にはついていないはずだ。
そうして、本来の目的であった塾への入り口を開くため、鍵を鍵穴に差し込んだ。
強いて言うならあなた達が兄弟で双子だから、ですかね
メフィストの言葉が耳に残る。
だが、意味はわからなかった。
「まったく、クレイジーだかアップルだかしらねえが迷惑な悪魔だな」
燐の狂ってしまった日常を表すには全く相応しい名前だった。
「奥村、よけろ!」
勝呂が大声で叫んだ。
避けれたら避けてたよ。
今回の任務は、悪魔の注意を引くことだった。
だけど、運が悪いことにたちの悪い相手に当たってしまったらしい。
敵は、巨大な植物型悪魔「クレイジーアップル」
地の王アマイモンの眷属で、その名の通り林檎の果実に憑く。
おとぎ話で白雪姫が食べたとされる林檎であるという伝承もあり、
しえみに取り憑いた山魅よりは上位種にあたる。
その姿は異様であった。
変化する前は美味しそうな林檎にしか見えない。
しかし、目の前にいる悪魔にそんな無害な様子は何一つなかった。
人の顔が巨大な林檎の果実から生えており、下は巨大な蔦が触手のように蠢いている。
生理的な嫌悪感が浮かぶ、醜悪な姿だ。
しなる蔦が迫る。
勝呂の忠告もむなしく、燐が反応するより先に、身体を捕らえられた。
「うわっ!」
そのまま上に持ち上げられる。悪魔の顎が開く、食べる気だ。
びっしり生えた歯が見える。咀嚼されたら痛そうだ。
抜け出そうにも身体は蔦で固定され、動かない。
締め付けられ、意識が遠のいていく。
「ぐ…、う…」
「兄さん!」
弟の声が聞こえたが、喉が絞まってて応えられない。
パアンと音が聞こえた後、呼吸が楽になった。
身体を支える蔦がなくなり、身体が落下する。
頭上から大量の青い液体が落ちてくるのが見えた。
外は赤いのに、果汁は青いのか。
改めて感じた生理的な気持ち悪さとともに、意識を手放した。
「う・・・」
目覚めると、見慣れた天上が視界に入った。
任務で行った植物園で、植物型の悪魔にやられたのは覚えている。
そうなると気絶したまま運ばれたのか。
燐は起き上がるとチッと舌打ちした。時計をみれば午後5時を示していた。
任務は確か午前10時からだった。自分は随分と長いこと起きなかったらしい。
これからでも塾の時間には間に合いそうだ。
幸い起き上がった身体に痛みはなかった。
Tシャツとジャージといういつものパジャマ姿から着替えようとしたが、そこで気づく。
そういえば、任務の時は学生服ではなかったか。
任務で汚れた服のまま部屋に入れなかった奴と考えるとわかる、雪男が着替えさせたのだろう。
部屋を見回しても学生服はなかった。机の上にはケータイと塾の鍵があったので、
格好に問題はあるが別にこのまま塾に行ってもいいだろう。
ポケットにケータイを詰め込んで、塾へと向かう扉をあけた。
「おいーす」
いつものメンバーが椅子に座っているが、様子がおかしい。
皆一様に燐を見つめている。しかも、表情には驚愕といった感情が伺えた。
「なんだよ?」
「お前…奥村か?」
勝呂がおそるおそるといった様子で問いかける。意味がわからない。
自分はどこから見たって奥村燐だろうに。
「なんだよ、とうとうボケたのか?」
「アンタ、鏡見てみなさいよ!」
神木がポケットから取り出した鏡を燐に向けた。
「え…」
目に留まったのは青。瞳の色ではない、髪だ。
鏡の中の自分の髪が、真っ青に染まっている。
「な、なんじゃこりゃあああああ!!?」
燐の絶叫が教室内にこだました。
「コレは今日任務で行った悪魔から受けた魔障ですね。悪魔を殺した時に出たあの青い液体を被ったからでしょう」
雪男は燐の髪をひと房掴み、冷静にいった。
「一応兄さんが気絶した後に液体を身体から流しておいたんだけど、その時にはまだ髪は黒かったし、
時間差で症状が出たんだろうね」
クラスメイトにまじまじと頭部を見られるのは初めてだ。
燐は円の中心にいることに居心地の悪さを感じていた。
「でも、本当に綺麗に染まったねぇ」
しえみが燐の髪を見て言うが、それにクラスメイトも頷いた。
つむじの辺りは深い藍色になっており、毛先に向かうほどグラデーションかかった青色に変化していた。
魔障とはいえこうも見事に染まった髪は見たことがない。
美容師が見れば、どうやって染めたのかと問い詰めてきそうなほど見事な色だ。
「こうしてみるとほんま外人さんみたいやなぁ奥村君、目の色も青やし、髪も青色になったもんなぁ」
「そういえば、奥村君達って黒髪に青い瞳なんですねぇ。思えば珍しい組み合わせですね」
「でも、こうしてみると先生と兄弟に見えへんなぁ」
口々に感想を言う周囲は気楽なものだ。
朴が襲われたときに受けた屍からの魔障よりは軽症だが、いきなり起きたら髪の色が
変わってたとか気分のいいものではない。
もういいだろうかと燐が席を立とうとした時、タイミングよく雪男が手を叩いて注目を誘った。
「はい、そろそろ授業始めますよ」
「おい雪男、俺のことはほったらかしなのかよ」
「兄さんの健康には今のところ問題なさそうだし、とりあえずその髪は後回しだね」
雪男にバッサリと斬られて、少々へこんだ。
燐は悪魔だ。だから魔障に関しては心配することはない、それを雪男は知っている。
しかし、今日は悪魔に襲われて気絶するし、髪は青くなるしで散々だ。
不貞腐れたようにテキストを開くと、ふいに視線を感じた。
目を向ければ、雪男はすぐに視線を外して黒板に文字を書いていく。
なんだろう、すごく不機嫌そうだ。
他の者には察知できないだろうが、雪男からそんなオーラが感じられた。
「いって・・・」
ガシャンと落ちた瓶が粉々に砕けた。
燐の手にはやけどの様な痕が残っている。
雪男の机にあった瓶を過って落としてしまったのだが、どうやら自分に効くタイプの薬だったらしい。
飛び散った液体が床に染み込んでいく。燐はしかめっ面で割れた瓶の端を掴んだ。
「やべぇなぁ。雪男に怒られちまう」
(りん、りん。だいじょぶか)
「おう、平気だぞ」
(けがしたのか)
「ほんのちょっとだよ」
ベットで丸くなっていたクロが心配して駆け寄ってきた。
床に染みた液体をくんくんと匂うが、燐があぶないぞ、とクロを遠ざけた。
「お前にも効くかもしんねーだろ」
(おれだいじょうぶだよ)
「なんでわかるんだ?」
(これせいすいだから、おれ、こういうのはへいきなんだ)
「へぇそうなんだ」
悪魔にも効くのと効かないのがいるのか。そういえばクロは蚕神といって悪魔というより
神に近い存在だったという。奉られているとなるとお神酒やら、しめ縄など聖なるものに触れるわけだから
聖水が効いたらおかしいわけか。
(りん、だいじょうぶか)
燐の手の火傷の痕をクロが舐めた。傷を気遣ってのことなのだろうが、
ここでひとつ注意しておきたいことがある。
猫の舌はざらざらなのだ。
「いっってぇ!!!」
(わあ、ごめん)
痛がる燐の足元でクロは申し訳なさそうに、にゃごにゃご鳴いた。
丁度その時、机の上に聖水を置き忘れたことを思い出した雪男が部屋に駆け込んできた。
床に割れた聖水の瓶、痛がる燐。雪男は自分の迂闊さを嘆く、と同時に
兄の期待を裏切らないドジに腹が立った。
「やっぱりこうなった!」
「うわ、ごめんって雪男!」
手当てされた後、こっぴどく叱られた。
(りん、りん、おなかへったよう)
クロが足元に擦り寄って訴えてきたので燐はクロを抱え上げた。
「何食いたいんだ?」
(またたびしゅとおつまみ)
「つまみ?」
自分の机で調合用の薬草とにらめっこしていた雪男がどうしたの、と話しかけてくる。
雪男にはクロの声は聞こえないので、燐とクロのやり取りの詳細はわからなかったらしい。
「なんかクロの奴腹減ったみたいなんだけど、こいつって何食うんだ?」
「クロはなんて言ってるの?」
「マタタビ酒とつまみを喰いたいって」
つまみ・・・と雪男は眼鏡を上げた。考え事をするときの癖のようなものだ。
「・・・神父さんが生きてた頃、神父さんとクロが健康診断受けたことあったんだ。
聖十字騎士団に正式に祓魔師として登録されると毎年決まった時期にあるんだよね。
特に神父さんは祓魔師としての最高位の聖騎士だし、その使い魔であるクロも学園を守る重要な任務についている。
健康には格別な配慮が必要なんだ」
「で、結果はどうだったんだよ?」
燐は診断結果について大腿予想がついたが、一応聞いた。
「お酒の飲みすぎで二人ともひっかかってた」
キラリと光る雪男の眼鏡にクロはびくっとしっぽを縮めた。
「じゃあ酒をやんなきゃいいじゃん。つまみならいいんじゃね?」
「甘いね兄さん、酒飲みの宿命である塩分過多もあったのさ」
可哀想に、クロはすっかりと燐の腕でうな垂れていた。
またたびしゅ、おつまみ・・・と目を潤ませて訴えてくる。
(おれもうもんばんしてないもん。おさけものみたいもん)
雪男の厳しい物言いに同情して燐もクロの味方についた。
「なぁ、コイツもう門番とかの重要な任務もしてないんだし、
酒は週に一回とか決まりを作ってやれば大丈夫なんじゃねぇの?」
「神父さんと同じこと言うね兄さん」
藤本神父は毎回週に一回、とか言ってクロのところに行くたび飲んでいた。
結局約束の週に一回が守られたことはない。
クロがアル中になったらどうするんだ、とその頃から雪男は思っていた。
案の定酒に溺れる猫になってしまったではないか。
「だって可哀想じゃん」
「・・・まぁ週に一回くらいならいいか」
クロは飛び上がって雪男の頬に頬ずりした。
(おさけのんでもいいんだな!)
「うわ、ちょ、何言ってるの兄さん?」
くすぐったそうにする雪男に、喜んでるみたいだぜと燐が笑いながら言った。
雪男はクロを抱っこして
「でも、週に一回だけだからね」
と釘を刺すのも忘れない。
「ん?じゃあいつもは何食わせりゃいいわけ?」
「ああ、それは大丈夫」
雪男は机の引き出しから袋を取り出し燐にパッケージを見せた。
「神父さんが祓魔店と共同で作った特性猫叉フードデラックス、塩分も押さえ、
一日に必要なビタミンを豊富に盛り込んだ健康猫食品だよ。これをあげよう」
「・・・いいもんあるじゃねーか」
若干引いた様子で燐が呟いた。どうやら双子同様、クロも相当藤本に可愛がられていたらしい。
「ちなみにお値段5500円」
「高ぇよ!!!!!」