青祓のネタ庫
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「だれだおまえ」
燐は目の前に現れたピエロ男に驚いた。見たことないやつだ。
父親が読んでくれた絵本にあった道化に似た服を着ている。
「おや、あなたは・・・」
「なんだよ」
「いえ、これは面白いことになったと思いまして」
ピエロ男は燐をひょいと抱えて目を合わせた。
「なんだよ、だれだよおっさん」
「おっさんとはまた失礼な」
「おっさんはおっさんだろ」
ピエロ男はうな垂れた。まぁこどもに言わせればおっさんかもしれないが。
いささか心外である。
「私のことはそうですねぇ。お兄ちゃんと呼んでくれてもいいですよ」
「おれはゆきおのにいちゃんだ」
「私は貴方のお兄ちゃんでもあるんですがね」
燐はよくわからないといった顔をした。
「まぁあと十年もすればわかるようになりますよ。嫌でもね」
男は燐を抱えたまま玄関の扉を開けた。
「?」
「まぁ積もる話もありますし一緒に出かけましょう」
「やだ、おれははなすことねぇ」
男の顎鬚をぎゅうと掴んで燐は抵抗した。
「お父さんも来ますよ」
勿論嘘だ。
藤本との約束ではこちらが修道院に出向くことになっていたが、この際無視だ。
もっと面白いものを見つけた。
約束などすっぽかしてもなんら問題はない。
腕の中の燐はどうにも男の言葉が気に入らなかったらしく、しかめっ面をしている。
「おれたちのだ」
「私のお父さんといった訳ではありませんよ。貴方には弟さんもいらっしゃいましたよね」
生まれた時に兄に魔障を受け、既に悪魔が見えているというこどもだ。
「ゆきおっていうんだ」
「なるほど」
と、男の腕に抱かれ、燐はそのまま修道院から連れ出されてしまった。
修道院の近くに止めていた車に乗り込み、発進させる。
燐は車に乗ったことがないらしく、おおと歓喜の声を上げながら流れていく景色を眺めていた。
メフィストは車に備え付けてあるジュースと菓子を指差し、食べますか?と問うた。
「なんだそれ」
「お菓子ですよ」
「たべたことない」
牛皮に包まれた和菓子は藤本も与えていなかったらしい。
「美味しいですよ」
「じゃあたべる」
ぱくっと半分ほど齧ると、練られた餡子が出てきた。燐は何度か咀嚼すると目を輝かせてメフィストに言った。
「うまい!」
「そうでしょうね。それ全部食べてもいいですよ」
「やった!」
燐は夢中で和菓子に齧り付いている。外の景色はもう住み慣れた世界を離れているとは気づかずに。
「奥村燐君、外を見て御覧なさい」
「?」
そこはまるで城のようだった。モンサンミシェルのように上へ上へと積まれた建物が聳え立っている。
「正十字学園都市ですよ。きっと何年か後、貴方は嫌でも来ることになるでしょうね」
「なんで」
「それは秘密です」
餡子がついてますよ、と窓に張り付く燐を抱き寄せて膝に乗せた。
餡子を拭う振りをとって確認する。
まだ牙は生えていない。
膝に乗せるときに手をかけたが、まだ尻尾もない。
まだ、この子は人間だ。
「まだもう少し大きくなってからですかね」
「だからなにがだよ」
「あなたとお付き合いするまではまだ時間がかかるということですよ」
「?」
そう、嫌でもこの子供は自分の運命と向き合うことになるだろう。
そうなれば、騎士団の門を叩く日は必ず来る。
だが、それまではまだ人間として生きればいい。
だからそれまで。
「今の時間を大切にしておきなさい」
「?」
いずれ、藤本とも、弟とも。この世界とも別れる日が来るだろう。
男は自分の弟にあたるこどもをあやす。
「悪い男にかどわかされたものですね」
藤本は知らない男に付いて行かないようにと教えなかったのだろうか。
「なにが?」
「いえ、なんでもありません」
「おまえ、なまえなんていうんだ?おれは、おくむらりんだ」
「ふふ、あなたはまだ私の名前を知らない方が面白いかもしれませんがね」
「じゃあなんてよぶんだ」
「そうですね、恐らく帰ったら藤本にどこに誰といたか聞かれるでしょうしね。
聞かれたらこう答えておきなさい」
「・・・?うん」
男がなにかを言う前に、着信音が響いた。
携帯の画面を見て、男は心底面白い、といった顔をして笑った。
燐を右手一本で抱えて、顔を肩口に押し付けた。燐がふぐ、と潰れた音を出したが気にしない。
ここでこの子供に声を出されてしまっては、せっかくのお膳立てが台無しだ。
もごもご動く子供の口が開かないことを確認して男は電話に出た。
「藤本ですか」
「そうだ、お前が約束の時間を過ぎてもこねぇから電話した」
「よくおっしゃいますね、私が訪ねた時はお留守だったようですけど。
チャイムを鳴らしても出ませんでしたし」
これは嘘だ、チャイムなど鳴らさなかった。
「お前、いつもはチャイム鳴らさずに入ってくるだろう。今日に限ってどうした?」
「人がちゃんとしたというのに、結構な言い草ですね。何かあったんですか」
「質問に質問で返すなよ。やましいことがあるみたいだぞ」
「やましいこと?それはもう星の数ほどありますが?」
「茶化すな」
「怒りっぽいですね」
「ああ、怒りっぽくもなるさ」
「燐がいなくなった」
一瞬の沈黙。
「それは大変ですね。騎士団の方にも掛け合って探しましょうか?」
「そんなことをして、バレたらどうする。しねぇよ」
「ばれたら、子供もあなたの首も飛ぶでしょうね」
「俺のことは別に構わん。だが、子供たちに被害が及ぶとなれば俺は絶対に許さん」
「おや、いいお父さんになったものですね。最初の頃はどこぞに子供を捨てるのではないかとヒヤヒヤしたものですが」
「メフィスト」
藤本はなんの迷いもなく言った。
「俺はあいつらの親父なんだよ」
例え血のつながりがなくてもな。
「こどもの足でしょう。きっと近くにいますよ。悪いおじさんにかどわかされていたら話は別ですが」
「その悪いおじさんには心当たりがあるんだがな」
「あなたとかですか?」
「俺は悪いお父さんだからな。おじさんじゃねえ」
「私は悪いお兄さんなのでね。おじさんではありませんよ」
お互いに一笑して、電話を切った。
苦しそうにもがいていた燐を解放し、言った。
「そろそろお帰りの時間ですね。お父さんが心配していますよ」
藤本の顔が浮かんだのか、燐の顔が緩んだ。
「うん、かえる」
「さて、その前に覚えておいてほしいことがありますんで、ちょっと練習しましょうね」
「なんだよ?」
「さっきも言いましたが、恐らく帰ったら藤本にどこに誰といたか聞かれるでしょうしね。聞かれたらこう答えておきなさい」」
メフィストが燐を浚ったことは藤本にばれている。だが、悪戯するならば最後まで徹底的にやるのがメフィストの流儀だ。
藤本が慌てる姿が目に浮かぶ。
「燐!!どこに行っていた!?」
修道院近くの公園で車から下ろされた燐は、そのまま自分の足で修道院へ向かって歩いていた。
日も暮れだした頃、てくてく歩く燐の姿を見つけた近所の人が慌てて藤本に伝えに来たのだ。
すっとんできた藤本は、燐の無事を確認すると心底安心した表情をした後、燐をしかるように問い詰めた。
「どこに行っていた、心配したんだぞ」
電話での会話から察するに燐を連れていったのはメフィストであろうことは察しが着いた。
しかし、燐の口からどんなことがあったのかを聞かないと安心はできない。
「ごめんなさい」
「怪我とかしてないか?誰かに酷いこととかされなかったか?」
「ええ、と・・・」
燐はしばし考えたあと、藤本にこう言った。
『俺が父さんを探して玄関の方に行ったら、玄関の扉が急に開いたんだ。そしたら変なマスク被ったおっさんが
俺を見るなり「こいつは高く売れそうだ」とかなんとか言って、嫌がる俺の口を塞いで無理矢理連れて行ったんだ。
怖かった。そのまま車に乗せられて、連れまわされた後、急に人気のないところで車が止まったんだ。
おっさんが運転席から俺が乗せられてた後ろの席まで来て、売る前に味見がどうこうとか言ってた。
俺、怖くなって逃げようとしたんだけど鍵がかかってたから外に出れなくて。
そのままおっさんの下敷きにされて、そんで口を無理矢理開かされた。同時に手で尻の方撫で回された。
やめろって俺が言うたびに笑ってたから変な奴だなって思った。
しばらく体触られた後、おっさんはなんか残念そうな顔して「もう少しでかくなってからだな」って言って俺から離れたんだ。
その隙に鍵開けて、ここまで必死で逃げてきたよ』
覚えたことをすらすら言えたので、燐は大満足だった。
が、目の前にいる藤本は見たこともない顔をしていた。顔面が完全に固まっていて、氷のように冷たい顔だ。
「燐」
「・・・なに」
「俺が悪かったな。うん、だから今後は一人で玄関とか近づかないように」
「う、うん」
「その男の特徴は覚えてるか?」
『ううん、わからない』
この返答の仕方もメフィストの入れ知恵だった。
「じゃあ、今日は修道院から出ないようにな。雪男も心配していたんだぞ」
「う・・・ん」
優しい言葉のはずなのになぜだか怖い。雰囲気が冷徹で、まるでこれから人殺しにでも行くかのようだ。
修道院の者達が藤本を見た途端、「あの頃の藤本さんが帰ってきた!」「やばいぞ!死人が出る!」「止めろ!」
と絶叫していたことが燐の印象に残った。
あのピエロ男はこうすればお父さんは喜びますよと教えてくれた。
でも、父の顔は笑ってはいたが喜んではいなかったように思う。
変なの、と燐は特に深く考えずにそのまま修道院へと入っていった。
その夜、修道院の周りでは怪しい車が片っ端から爆破されるという不可解な事件が起きたという。
夢を見た。まだ、燐と雪男が来る前の夢。
逃げる悪魔を必死で追いかけている。
手には銃、首には十字架もあるし、殺そうと思えばこの距離からでも殺せる。
だが、なぜだかそんな気分ではなかった。
追いついてから
捕まえて
自分の手で殺さないと。
殺した後はタバコを吸おう。
酷使した体に染みていく、あの感覚がたまらない。
目の前の悪魔が倒れた、こけたのか。間抜けな奴だ。
そのまま押さえつけて、胸に銃を押し当てる。撃ち抜いた。
一発
二発
悪魔は動かなくなっていった。
虫の息だ。
やった。俺はまた殺した。
胸ポケットに入れていたタバコを取り出す。
火があったか。
思った所で、目の前に火が灯った。
青い炎だ。
そして気づいた。自分が押さえつけている悪魔。
違う、悪魔じゃない。
こどもだ。まだ小さなこども。
そのこどもから鬼火のように青い炎が灯っている。
嘘だろう。手からタバコが落ちていく。
子供の顔が見えた。
「り、ん・・・」
血まみれで、口から血を流しながら必死に何かを言っていた。
体がどんどん冷たくなっていく。
燐、燐
必死で小さな体に呼びかけた。
抱きかかえようとして気づいた。銃を握っていた。
燐はそれを見て、動かない体で必死に俺から逃げようとする。
這っていくたびに、地面に紅い血がついた。
燐、動くな。
動かないでくれ。
手当てをしようとするのに、こどもは俺に怯えて動く、胸から血が溢れていく。
死ぬな、燐、死ぬな!
滑稽だ。自分で傷つけておきながら。
燐がうつろな目でこちらをみた。
ころさないで
たすけて
とうさん
目の前が青い炎で包まれた。
燐の体が青い炎のむこうに消えていく。
とうさん
俺のことなのか
それとも
しつこいチャイムの音に藤本は目を覚ました。
約束していたメフィストだろうか。それにしても煩い。
ようやく寝れたというのに、と起きて時計を見ればメフィストとの約束の時間はとうに過ぎていた。
完全に寝過ごした。
癖で胸ポケットを探ってしまう。十数年続けた習慣はなかなか抜けないらしい。
タバコはやめたというのに。
代わりに、はぁ、とため息をついた。
夢を見た。最低最悪の夢だ。
ずっと悪魔を殺すことだけが生きがいだった。
戦っては殺し、戦っては殺し。
タバコの消費数も半端ではなかった。
嗜好品というよりストレス解消の為に吸っていた。
タバコをやめたのには理由があった、こどもの為だ。
チャイムはまだ鳴っている。
「今行くよ」
はずしていた眼鏡をかけて、立ち上がる。久しぶりに寝れた。
体も軽いし、頭もすっきりしている。だが気分は最悪だ。
玄関に向かう途中横目で子供部屋を見れば、雪男が起きてこちらを見ていた。
燐はまだ寝ているのだろう。あいつはいつも睡眠時間が長い。
疲れも取れたことだし、これが済めば遊んでやろう。
あの夢を見たせいで、寝ている燐を見るのが怖かったのかもしれない。
意図的に視線を玄関に向けた。
ここは現実だ。夢じゃない。
チャイムの音が煩い。
約束の時間は過ぎていたが、アイツは約束を守らない男だ。
丁度今ここについたのだろう。
サンダルを履いて、扉を開けた。
予想していた男ではなかった。
「ちわー、郵便です。判子をお願いします」
「サインでもいいか?」
「はい」
「どうも、お疲れさん」
手紙を受け取って、子供部屋に行く。
メフィストがくるのはもう少し後だろうか。
「燐、雪男起きてるか?」
「とうさん」
ベットを見ると、雪男しかいなかった。
「にいさんどこにいるの?」
ベットの柵はあがっている。なぜいない。
「・・・燐?」
藤本の顔から血の気が引いていく。手から、手紙がぽとりと落ちていった。
「燐、燐どこだ!!?」
叫びながら、次々とドアを開けた。
台所、トイレ、寝室、風呂場・・・どこにも燐の姿はない。
隠れているのかと思い、押入れや納戸も見たがダメだった。
燐は修道院から姿を消した。
記憶を辿ると、子供部屋から出る時にベットの柵を上げていかなかったように思う。
自分の失態だ。いくら眠かったからとはいえこんなミスをするとは。
だが、燐が自分で玄関から出たとは考えにくい。なぜならドアノブに背が届かないからだ。
仮に椅子などを用いて届いたとしてもに、玄関の扉は子供一人の力では重いし開けにくい。
重い扉を開けてまで出るとはあまり考えられない。
恐らく自分の姿を探して廊下に出た、ここまでは燐が起こした行動だろう。
しかし、玄関から外へはどう考えても第三者が関わっているとしか思えない。
「歴とした誘拐だぞ・・・」
修道院の者達もミサを早々に切り上げ、燐の捜索にあたっている。
燐は魔神の落胤だ。このことを知る人物は数少ないが、こんなことが騎士団にでも漏れたら
処刑だなと他人事のように藤本は思った。
いや、自分なんかのことより、燐を、あの双子を守ることの方が何十倍も大切だ。
外に出て、もし悪魔にでも見つけられてしまったら。
なくしてなるものか。
俺の息子だ。
冷静さを失っていた自分を叱咤するように藤本は両手で顔を叩いた。
夢を思い出す。
自分の手で燐を殺す夢。
現実には決してしない。
燐を誘拐する人物といっても限りがある。
一番可能性が高いのは悪魔だろうか。二番手は人間、カテゴリは変態か誘拐犯。
考えて、あえて変態の部分は考えないようにした。
誰だって自分の子供が変態の手に堕ちたと想像したくはない。
現に想像の域であるのに藤本はその犯人を対魔用のバズーカーで打ち抜くところまでいったのか
人差し指か小刻みに動いていた。何度も引き金を引いている。
悪魔の場合はどうか。
修道院には十字架がある。十字架の下は神の守りに守られ、加護を受けるのだ。
しかし修道院に来る人物は限られるし、神父たちの居住区まで来る悪魔となるとよほどのこと。
藤本は携帯電話を取り出し、ある人物に連絡を取った。
今日修道院で会う約束もしていた男だ。
「もしもし、メフィストか」
怪しげな男の声が、応えた。
幼児の世話というのは大変だ。夫婦二人が交代でやっても追いつかないほど、子供というのは
自分勝手に欲しいものを要求してくる。
やれ遊べだの、やれご飯がほしいだの。それが双子ともなればその苦労も倍になる。
片方が寝れば、片方が腹がすいたと泣く。
「つ、疲れたー・・・」
目の前の幼児用柵付きベットには燐と雪男が同じような顔をして寝ていた。
雪男が延々泣いていたのをあやして、ようやく寝かしつけた所だ。
修道院の部屋の一角にこの子供部屋は設置されているが、防音処理を施しておいて良かったと
藤本は心底思う。元来ここは悪魔薬学で使う薬品を調合する部屋だった。
薬品を調合する上で軽度の爆発が起こるため、防音部屋にしていたのだ。それが今や
幼児達の泣き声を防音するために役立っているとは、人生何が起こるかわからないものである。
この部屋のおかげで昼夜問わず泣き喚く双子の声が、近所迷惑にならずにすんでいる。
だが、数々の修羅場をくぐり抜け、祓魔師としての最高位に位置する聖騎士の藤本も流石に参ってしまっていた。
寝たい、夜鳴きを気にせず静かに寝たい。
藤本は心底疲れていた。目の前にはぐーすか寝る双子。
「いいよな、寝ちまっても・・・」
今日はメフィストとの約束があったが、この際遅刻しても寝過ごしてもいいだろう。
だって相手はメフィストだから。
藤本は双子を部屋に残して足取り覚束なく部屋を出た。
一応何かあった時のため、双子の部屋の扉は少し空けておいた。
泣いたり何かあればこれで聞こえるし、大丈夫だろう。
藤本は安心して自分の布団に入る。
だが、ここで誤算があった。
いつもなら閉めている幼児ベッドの柵を上げるのを忘れていたのだ。
ベットの上では一眠りした燐がぱっちりと目を覚ましていた。
顔を右にに向ければ寝ている雪男。顔を左に向ければいつも閉まっている柵が空いていた。
父さんはどこにいるのだろう。
お腹もすいてないし、眠くもない。ならば、動くしかないだろう。
燐は足取り覚束なく幼児ベッドから出ようとした。
いや、出ようとしたのだが、転がり落ちた。床に強かに額をぶつけたが、ここでくじける燐ではない。
すぐに起き上がり、扉に向かう。
ここでも藤本の誤算があった。
いつもなら閉まっている扉が開いている。双子はまだ背がドアノブに届かないので自分達であけることは出来ない。
今日はそこが開いていた。
「とうさん、そとにいるのかな?」
燐は扉を開けて外を見る。廊下と、扉、玄関、いつもは藤本に抱っこされて通る道。
自分の目線で見るとまた違った感動があった。
部屋を振り返ると、弟の雪男が寝ていた。うーんと言う寝言が聞こえてころりと寝返りを打っている。
「このままじゃあぶないな」
自分は平気だが、弟がベットから落ちるのはいけない。
藤本がやっていたように見よう見真似で柵を上げる。雪男はコレで大丈夫。
「よしいくか」
てくてくと幼児の歩幅で廊下を歩く。
修道院の者達は午後のミサで皆教会の方にいってしまっている。
しんとした廊下に燐の足音だけが響いた。
「・・・とうさーん」
子供部屋を出て、奥の方に向かえば藤本が寝ている部屋だったのだが、燐は玄関に向かって歩いてしまっていた。
玄関の前まできて、さてどうしようかと考えていると、いきなり扉が開いた。
チャイムの音に雪男が目を覚ました。
隣を見るといつもいる兄がいなかった。
「にいさん?」
扉を見ると、しつこく鳴るチャイムの音に気づいた藤本が玄関に行く姿が見えた。
「とうさんのところにいるのかな」
藤本が来たら聞いてみよう。雪男はそう思っていた。
だが、この時すでに燐の姿は修道院から消えていた。