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CAPCOON7

青祓のネタ庫

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安全装置を外す音


銃の引き金はとても重い。
簡単には引けないようになっている。
例えば、訓練の受けていない者が片手で銃を撃とうとすると
発射の反動で肩を痛めてしまう。
両手で支えて撃ったとしてもやはりその反動で身を痛める。
銃を扱うにはリスクを伴う。
それはどの武器にも言えることだ。


命を奪う手段を持つものは、同時に自分も奪われる覚悟を持たなければならない。



勝呂は痛む頬を押さえて、一人縁側に座っている。
ここは正確には旅館の部屋に向かうための廊下だ。
しえみから頬を冷やす氷を貰って、部屋に戻る途中だった。
空を見上げたのは偶然だ。暗闇の空に青い月が灯っている。
青い―――奥村燐の出した焔のような光。
勝呂はそれを眺めて燐の言葉を思い出した。

父ちゃんに謝れ、今のうちに

まるで、自分のことのように怒っていた。
どうしてだろう。アイツの父親は魔神のはずだ。
父親に対してアイツはなにか謝ることがあったのか?
でも、奥村先生はアイツは自分が何者か知らずに育ったと言っていた。
祓魔の世界と関わらずに育ったということは、魔神との接点はなかったはずだ。
じゃないと、魔神を倒すなどどいう言葉は出ないはず。

魔神を倒したいと思うなにかが、アイツにあったのだろうか?
勝呂は考えて、首を振る。全ては仮定でしかない。
関係のないことだ。
魔神の息子のアイツのことなんてどうでもいいんだ―――


俺だって、好きで魔神の息子じゃねーんだ
でも、お前は違うだろうが


顔をしかめたせいで、頬がズキリと痛んだ。
いきなり携帯電話が鳴った。誰だろう。
気分が悪かった。確かめもせずに出た。
『もしもし』
携帯電話ごしで聞くと、アイツと区別がつかない。
その声にどきりと心臓が跳ねた。
ひとつ呼吸を置いて電話の相手に応える。
「奥村先生か」
『勝呂君、君が怪我したと聞いてね』
「いや・・・」
『言いにくいのもわかるよ。兄さんがやったんだろう』

沈黙は肯定。雪男は勝呂の言葉を待たずに話を続ける。

「えらい勢いで殴られましたわ」
『兄さんは殴ると決めたら容赦しないからね。すまない、謝るよ』
「いや、俺は別に。それよりアイツは大丈夫なんですか」
『シュラさんの術で気絶させられたみたいだしね。大丈夫とは言いがたい。気になるのかい?』
「・・・・・・いえ、そんなことは」

アイツは、志摩のじいさんと一番上の兄貴を殺した魔神の息子だ。
子猫丸の両親だって。寺の皆だって。俺の家族だって。
あいつの、青い焔のせいで。



『ねぇ勝呂君、君は祓魔師―――竜騎士になりたいって言っていただろう』
どうしてここでその話が出るのだろう。
でも、勝呂は黙って雪男の言葉を聞いていた。
燐が牢屋に閉じ込められたことも雪男は知っているのだろう。
兄が幽閉される喧騒を作った自分を、彼はどう責めるのか。


『銃ってね。引き金がとても重いんだ』


簡単には引けないようになっている。
例えば、訓練の受けていない者が片手で銃を撃とうとすると
発射の反動で肩を痛めてしまう。
両手で支えて撃ったとしてもやはりその反動で身を痛める。
銃を扱うにはリスクを伴う。
それはどの武器にも言えることだけどね。


『ねぇ、竜騎士を目指す君は引き金を引いて僕達を殺したいって思うかい?』


燐は魔神の青い焔を継いだ悪魔だ。
雪男はその弟だ。人間だけど、魔神の血縁者だ。
祓魔師として悪魔は祓魔の対象になるだろう。
でも、雪男は人間だ。祓魔師は人間を殺せない。
じゃあ、燐なら殺せるか?
お前は僕の兄を殺せるか?雪男は勝呂に問いかける。
勝呂は言った。


「まだ竜騎士になってないから、わかりません」
『そのはぐらかし方は上手いな。君は頭がいいね』


夜の静かな旅館の庭に、かしゃんという金属音が響いた。
それは、銃の安全装置をはずす音のように勝呂には聞こえた。
何故わかったのか。理由は簡単だ。
電話の向こうから同じ音が聞こえたからだ。

『僕は兄さんを殺せるよ。同時に、兄さんの刀で刺されて死ぬ覚悟もある』


もしも兄が焔に飲まれて戻ってこれなくなったら、僕は覚悟をもって引き金を引く。
そして、兄さんの刀に刺されて死ぬんだ。




『勝呂君。命を奪う手段を持つものは、同時に自分も奪われる覚悟を持たなければならないよ』





電話が切れた。銃の音も聞こえない。
勝呂は切れた携帯電話を操作して、電話帳を開いた。
画面にはグループ分けされたフォルダが表示される。
勝呂の性格と同じく、画面もきっちりと整理されている。
グループ1家族
グループ2旅館
グループ3友達
グループ4クラスメイト
等々 
検索して、名前を開く。
「奥村燐」
この番号だけは、どこのグループに入れようか悩んで結局どこにも設定してない。
あいつと俺の関係はなんなんだろう。
俺は、あいつにどうしてやるべきだった?
あの青い焔は人を殺すことができる。

考えてもわからない。
でも、一つだけ確かなことがある。


「俺は・・・奥村を殺したくなんかないんや」


命を奪う手段を持ったとしても。

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男子高校生の暴走


燐は突き飛ばされて、ベットの上に倒れこんだ。
勢い余って頭を壁にぶつける。痛い。
起き上がって、突き飛ばした張本人を睨みつける。
ニヤニヤした表情がとてもムカついた。
しかし、燐が口を開くより前にそいつはベットの上に乗り上げてくる。
起き上がった燐の肩を押して、燐はまたもや布団に押し付けられた。
耳元で、そいつは言った。



「奥村君、俺とええことしよ?」






旧男子寮には奥村兄弟しか住んでいない。
他に人がいないせいで、いつもはとても静かだ。
聞こえる声といえば、奥村兄弟の喧嘩する声くらいだろうか。
しかし今、兄弟の部屋から普段は聞こえないトーンの声が聞こえてくる。
辺りが静かなせいか、部屋の扉から漏れるように微かに聞こえる声。
知っているものが聞けば、すぐに中で何をしているかなど察することが出来る。
そんな声が聞こえた。
しかも、いつもの兄弟の声ではなかった。
兄の燐と、第三者の声だ。弟はいない。


いやだッ
ええやん、先生おらんのやろ?こんなの遊びと一緒やで奥村君
志摩・・・

ドンッと人が突き飛ばされる音。ベットの軋む音が聞こえる。
二人分の体重が乗ったベットが更に悲鳴をあげた。

志摩・・・なにす・・・
奥村君、俺とええことしよ?
やめ、離せ!
大人しくしといたら痛くはせぇへんよ。

燐の声が篭もる。黙らされたのだろう。
お互いの唇が絡んだせいで、静かな部屋に卑猥な水音が響く。
ようやく離れたのか、苦しそうに息を吸い込む音。


はぁ、はぁ・・・志摩、お前俺になにする気だよ
なに?ここまでされて気づいてない訳ないよな奥村君
だって俺達・・・
俺、奥村君とこういうことするために来たんや
俺はお前のこと友達だと思ってたんだ
友達でもええことはできるで、嫌なら逃げや


床を踏む音がする。燐が伸し掛かる志摩から逃げようとしたのだろう。
部屋の端まで走って、扉を開けようとする。
ガチャンと鍵が閉まっていて開かない。
自分はかけた覚えが無い、志摩か。
この部屋に入った時から相手はこういうことを考えていたのだろう。
鍵を開けて逃げる前に、志摩が何かを呟いた。
途端に、人が倒れこむ音。軋む床板。


い・・・てぇ
これ、君を戒めるための呪文なんやろ?
おまえ、そこまでするのかよ・・・
ゴメンな奥村君。逃がす気なんか最初からないわ。
志摩、お前
ほら、こっちおいで。流石にはじめてが床の上とか嫌やろ。

人を引きずった音の後、ベットが軋んだ。
ブチ、という布が裂ける嫌な音が聞こえる。
体に力が入らない燐は、なんとか逃げようともがく。
でも、志摩はそれを許さない。
前が開けた制服から、手が侵入して燐の体の線をなぞる。
もう片方の手は、燐の足を捕らえた。
足の間に志摩が入り込む。こうなってはもう逃げることは不可能だ。
ファスナーを降ろす音、これから始まる行為を示唆するようで耳につく。
志摩の手が、燐の下腹部を暴いていく。
最初は聞こえなかった燐の声が、志摩の手が動くたびに押さえられなくなって。
卑猥な水音とともに、漏れ出る性を孕んだ吐息。


う・・・ぁ
我慢するのはよくないで?奥村君。
やめろ、志摩・・・
ドアが気になる?ああ、奥村先生帰ってきたら言い訳しようもないなぁ
わかってるならやめろッ
奥村君確認したやろ?ちゃんと鍵閉めたで
嫌だ、こんなこと
なんで、気持ちいいくせに。悪い子やな、奥村君・・・



「悪い子にはどんな御仕置きが必要かな?」
ガチャっという音がして、扉が外から開く。
青筋を浮かべた雪男が立っていた。
鍵は内側からかけてあった。でも、ここは雪男と燐の部屋だ。
雪男が扉を開けるための鍵を持っていないはずはない。

「そして抵抗を封じるように尻尾を掴み、従属させるように頭を布団に押し付けた」
「そこはダメだ・・・!」
「ふふふ、ここが君の弱点なんやろ?どうや?気分は」
「雪男が見てるー」
「見られて燃える恋もあるんやでぇぇ」

部屋に入った雪男が見た光景。
二人はちゃぶ台の上でプリントを解いていた。
別にベットの上にいたわけでもないし、床で絡み合っていたわけでもない。
普通に座布団に座って、雪男から出された課題に取り組んでいただけだ。

お互いに卑猥な行為を口頭で行なっていたけれど。

職員室に参考書を取りに行っていた数分の間になに遊んでんだ。
雪男はキレそうだった。部屋からいやらしい声が聞こえるし、なんかガタガタと音もする。
自分の部屋のはずなのに入っていいのか悩んでしまった。
「そもそも!コレは補修でしょう!真面目に受けなさい!!」
「真面目に受けてますよ。ただ言葉遊びしとっただけですよー」
志摩はプリントを雪男に見せた。半分以上の問題は解かれているようだ。
あっているかは別にして、きちんと課題に向き合っていたのは本当らしい。


「いや、問題はそこじゃなくてそもそもなんでどうしてこうなった!」


「保健体育の授業ならヤル気出るよなっていう話になって、それからエロい話になってこうなった」
燐が平然と応える。視線はプリントに向かったままなので、なるほど。集中はしているらしい。
集中の仕方にはおおいに問題があるが。


「奥村君が真剣にプリント解きながら『やめろ、志摩・・・』とかいうから笑いそうになったわ」
「それ言ったらお前も笑えたな。特に『はじめてが床の上~』の辺り。官能小説かよ」
「ええな、詠唱騎士の副業が官能小説家とか。将来は二束の草鞋をはかんとなぁ」


しかも手が込んでいたのは、本当にベットの軋む音等を出していたことだ。
プリントを解きながら、片方の手でベットを軋ませたり、床を叩いたり。
効果音まで演出しながらやっていたので性質が悪い。
ちょっとこいつらの口黙らせたほうがいいだろうか。
人をおちょくりやがって。
雪男は手がホルスターに伸びそうになるのを必死に止めた。



「なんだよ、カリカリすんなって。次は雪男も混ざるか?」
「だれが混ざるか!!!」
「奥村君、次はソフトSMっぽくする?それともさっきの続きっぽくする?」
「えー、ソフトSMとか俺声出るかなぁ」

「出さなくていい!!!!!」


切れた雪男がついに発砲した。
だがしかし。後日そのプリントを採点した結果、二人とも最高得点を記録して補修には合格。
雪男をおおいに悩ませることになったのであった。

犯行は計画的に

「なんで君がここにいるのかな志摩君」

自分の部屋に帰ってきたら、兄とその友人が鍋を囲んでいた。
しかもこの二人はつい先日、駆け落ち未遂を起こした二人だ。
なにを仕出かすかわからない。
雪男が志摩を警戒感するのは当然のことなのかもしれない。
しかし、志摩は全く気にしない様子で鍋に野菜を入れている。

「おかえりなさーい。奥村君に呼ばれたからお邪魔してまーす」
「・・・へーえ」
「雪男、怒るなよ、気にしすぎると眉間に皺寄るぞ」
「もう二人のせいで寄ってるよ」
「そう言わんといて先生、ほらお土産もあるから」
志摩はビニール袋に入った瓶を手渡した。
中身を見ると、ジュースらしいラベルが見えた。
雪男はため息をついてコートを脱ぐ。
この二人には何を言っても無駄だ。

部屋の中央にちゃぶ台を置いて、上にコンロと鍋が置いてある。
いいにおいだ。任務で疲れた空腹の胃を刺激する。
普通なら寮の食堂で食べるのだが、あそこだと寛ぐというより
ただ食事を食べるための場所だ。
三人で食事をするにはこの部屋はせまい。でも、たまには悪くない気がした。
用意がいいことに、座布団が三枚。雪男は燐の横に座る。
「なぁそろそろいいかな」
「奥村君豆腐食べる?」
「俺肉がいい」
「肉ばっかやと俺らの分なくなるやん」
「兄さん、野菜も食べなよ」
雪男は志摩の持ってきたジュースをコップに注ぐ。
オレンジの甘い匂いが香るそれを志摩に渡した。
「おおきにー」
それぞれにコップが渡ると、志摩がコップを上に掲げる。
「かんぱーい」
「カンパイー」
「・・・乾杯」
何に乾杯なんだろう。疑問はジュースを口にして喉の奥に流し込んだ。


この三人での食事は始めてだ。
昨日までの関係だと今の状態は考えられないな、と雪男は思う。
温かい鍋を囲んでいるせいか、ふと表情が緩んだ。
兄の表情は楽しそうだ。
燐はその力故にほとんど他人と関われなかった。
その笑顔は『友達』が作り出しているもので、『兄弟』の関係とは違ったものだ。
関係は多いほうが兄にとってはいいのかもしれない。
それに、自分達の関係性は揺るがない。
今回のことでわかった。自分は弟で、兄は兄だ。


それはずっとずっと変わらない。
だから、大丈夫なんだと思う。


・・・なんだか頭がぼうっとしてきた。
せまい部屋で鍋をしているせいだろうか。
雪男は冷たいジュースを飲んだ。
コップが空になったところで志摩がジュースを注ぐ。
「これ美味しいやろ」
「ああ、甘くて美味しいね」
燐のほうを見ると、顔を紅くしながらジュースを飲んでいた。
燐も雪男と同じらしい。志摩だけが一人涼しい顔だ。
「なんだか、暑くないこの部屋?」
「窓開けるかー?」

燐が立ち上がると、足元がよろめいた。
志摩は予想していたらしく、倒れこんできた燐を腕の中にキャッチする。
途端に、雪男がむっとした顔になる。
二人のじゃれあいは、許容はできるが納得はできない。揺れる心は別問題だ。
「あはははー、悪い志摩」
「ええよー奥村君抱き心地ええしな」
なんだか一気にムカついた。普段なら我慢できるのに、今は何故かできない。
雪男は印を組んで、禁断の言葉を呟いた。

「オン・マニパドウンッ」
「いだだだだだだ!!!!!」

痛がり出した燐に志摩が驚く。燐は尻を押さえている。
見れば、尻尾にアクセサリーの様なものがついていた。
なるほど、呪文で戒める仕組みか。志摩は悪い顔になった。


これほど痛がるのだから、きっと燐の―――悪魔にとっての弱点なのだ。


「雪男!てめぇらにすんだ!」
「のぼせて足元が覚束無さそうだったから・・・ひっく。目を覚ましてあげようかと」
「余計なお世話だ!!」
二人とも呂律がまわらなくなってきている。


計画通り


志摩は悪い笑顔になった。
志摩が持ってきたのはお酒だ。しかも甘口なので酒と知らなければまず味では気づかれない。
外見だけで雪男がわからなかったのは、ジュース瓶の中身を入れ替えていたからだった。

二人ともお酒に弱いんやなー。もしかして飲み慣れてないんかなー。

志摩の上の兄弟は成人しているので、家でも面白半分飲まされていた。
酒に耐性のない奥村兄弟はどんな面白いことになるのだろう。
志摩はいつもどおりだが、やはり酒が入っているせいか普段より積極的に燐をつつく。

「かわいそうな奥村君ー。俺が撫でたろか?」
「やめろ、尻を触るな」
「ちょっとなにしてるのさ二人とも」

背後には志摩、前にはにじりよってきた雪男に燐は挟まれている。
いつもならすぐ逃げる。なのに酒に酔った頭では危機に気づけない。
志摩が燐の耳元で呪文を囁いた。
アクセサリーが呪文に反応して燐を戒める。
しかし、先ほどのような鋭い痛みではなかった。

「・・・う、あ」

その痛みは少し辛い。足が反射で思わず閉じる。
雪男が何を思ったのか燐の足の間に入ってきた。
足は痛みで閉じてしまうので、雪男の体を締めるように動く。
雪男は触診するように燐の足を捕らえた。

「志摩君何したのさ」
「仮にも詠唱騎士目指しとるんやもん。呪文の唱え方にもコツがあるんやで奥村先生。
詠唱の仕方によって同じ呪文でも強弱つけれるんよー」

へぇそれは知らなかった。雪男は素直に感心した。
目の前にある兄の顔は、眉間に皺が寄って入るが耐えれない痛みではなさそうだ。
この時点で雪男は完全に酔っ払っていた。
いつもなら、警戒している志摩の前で燐を戒める呪文など言わなかっただろう。
志摩にとってはもうけものだが、今後の燐の身は確実に危険に晒される。
そこに雪男が気づく頃にはもう後の祭りなのだが。


「てめぇら・・・俺をいじめて楽しいか」


燐は不快そうに呟いた。当然だ。
しかし、雪男と志摩は平然と答える。


「楽しいか楽しくないかといったら、楽しい」
「知らんかったん奥村君。俺悪い子やねんで」


志摩の指が燐のシャツのボタンにかかる。
燐は嫌がるが、呪文を言われたら体が抵抗できない。
「暑いっていうてたやろー、窓開けるより早いで」
「君だけずるいな。僕も手伝う」
雪男の手がズボンのベルトにかかる。
おい、ちょっと待て。お前ら俺になにする気だ。

前門の虎。後門の狼。

燐の頭にふと思い浮かんだ言葉はこの状況に相応しい。
なんだどうしてこうなった。
背後の志摩を振り返ると、やっぱり悪い顔をしていた。



「奥村君、3Pエンドは予想だにせんかったやろー」
「あ、たり・・・まえだ、馬鹿野郎!」



燐は一先ず雪男を蹴って、志摩に頭突きを食らわした。

僕は嘘つき君が好き


後ろから志摩に羽交い絞めにされていても、俺は抵抗しなかった。
それは、背中越しに聞こえた志摩の鼓動がとても早かったからだと思う。
耳元で囁かれた言葉に、きっと雪男は気づかなかっただろうな。
本当に、零れるように出た言葉を聞いた。

奥村君、覚えとってな。

志摩の言葉も、目の前に立つ雪男の言葉も。
どっちも俺には大切だ。
なぁ、お前らなんでそんなことにも気づかねぇの?




屋上に立つ三人。
日はすっかり落ちて、灯りは天上の星と周囲の町の灯火だけだ。
旧男子寮は雪男と燐しか住んでいない為、灯りに乏しい。
僅かな灯りに照らされて、三人は対峙する。
雪男は銃口を向けたまま動かない。


雪男は三人の関係を二人と一人か一人と二人かと現した。
志摩はお互いに一人でしかないと言った。
結局この二人はどこまでいっても同じ答えにはたどり着けない。

「一応伝えとこうか。僕は兄さんの監視役だ。もし兄さんに不測の事態が
起こったときは、僕の権限と判断で行動してもいいことになっている。
例えば、今こういった事態の収拾も僕の管轄内なわけだ」
「駆け落ちの二人を追うのが管轄内とか先生も大変やな」
「主犯の君に言われたくないね志摩君」

物騒な気配を醸し出した二人に、燐が口を開こうとする。
だが、後ろから回された志摩の手に阻止された。

「俺もな、先生に聞きたいことあるねん」

錫杖がしゃらんと音色を発した。
「なぁ、先生は奥村君のことどうしたいん?」
「どう、とは?」
雪男の瞳が揺れる。志摩は畳み掛けるように言葉を放った。



「そのまんまの意味や。ずっと思っとった。
先生も奥村君もお互いのこと知っとるふりしてるだけや。
それがどうにも歪に見えてしゃあない。
兄弟なんやろ?思っとること口に出したらええ。
出さな伝わらん。そんなこともわからんの?」



志摩には兄弟がいる。兄達に囲まれて育ったせいか兄弟げんかは当たり前だった。
何回も何回も思ったことを口にして、ぶつけあって、殴り合って、仲直りだってしてきた。
この二人は兄弟以外に家族がいない。
普通の兄弟のようにできない理由は、
片方がいなくなれば本当にひとりぼっちになることを知っているから。
だからこそ本当に思っていることが言いにくいのかもしれない。

「なぁ、奥村君を俺に取られた時どう思った?」

その時に思ったことが雪男の本心だ。
ずっと一緒にいると思っていたのに、その隣にいる人が自分じゃなかった時。
寂しかったのか?取られたくなかったのか?
置いていかないで欲しかった?
それとも。

「答えや。奥村先生」

本心を言うことは、奥村君の為になる。
それは、言葉にはしなかったけど。




ぎりっと手に痛みが走って、志摩は思わず燐の口を覆っていた手を離した。
燐の口が開く。燐は思い出していた。目の前にいる雪男の表情。
昔、神父を探して迷った夜道で同じ顔をしていた。
『兄さん、お願い。手、離さないで』
それが、雪男の本心だ。
雪男はあの頃と変わってない。
燐より背が高くなっても、祓魔師の資格を取っても。
先生と生徒の関係になっても。
どんなに燐が雪男に追いつきたいと思っていても。
きっと夜道で雪男の手を引いて先を歩くのは、俺なんだろう。
あの時と同じ答えを雪男に言おう。

「どんなに離れたって、俺達は大丈夫だ雪男。
だって俺達兄弟だろ。お前が困ってたら俺が助けに行ってやる」

「・・・僕だって、兄さんが困ってたら助けに行くよ。だからここに来たんだ」

一人にだってしたくない。一人にだってなりたくない。
だって、それはとても寂しい。
志摩は燐を離した。
雪男は銃口を下げた。
燐は二人の間に立った。
駆け落ち劇も終劇だ。

「志摩、迷惑かけたな」
「ええよ、一緒に駆け落ちした仲やん」
「・・・心中できなかったな」
「ええよ、本気やなかったし。あれは嘘や。嘘」


燐は志摩を振り返り、ゆっくりと雪男の方に歩いていく。
志摩はそれを見て、少しため息をついた。
燐が先を歩いて、雪男が後に続く。
雪男は志摩を振り返る。
「志摩君」
「後の仲直りは先生の仕事やで」
「・・・ああ」
屋上へのドアが閉まった。


屋上に一人残った志摩は、錆び付いた金網を掴む。
近くに置いていたカバンを掴んで肩にかける。
中に、パンの袋が入っていた。
中身は二人で食べた、ゴミでしかない。
無性にそれを金網の外へ投げたくなった。
丁度良く、穴も空いている。少し押せば邪魔な金網も壊れるだろう。
でもできなかった。
二人で食べた空っぽのそれを、志摩はカバンではなくポケットにしまった。
「俺、地球に優しい男やからポイ捨てはあかんよな」
これは嘘、なぜだか今は捨てられない想いがあった。

「奥村君、駆け落ちの先は心中って言ったけど、嘘ついたわ。
駆け落ちにも心中にもならへんかった」

金網に背を預けて、屋上に座る。
星が綺麗だ。京都で、燐と見た星空のようだ。
耳元で囁いた言葉をもう一度呟く。

「奥村君・・・覚えとってな、俺嘘つきやねん」





志摩の携帯電話が鳴った。
この着信音はメールだ。
寮の門限はとっくに過ぎている。
もしかしたら、子猫丸が帰りの遅い志摩に小言のメールでも送ってきたのかもしれない。
携帯電話をカバンから取り出して、開く。
どくんと心臓がはねた。


題名 ありがとな

雪男と仲直りできたけど、まだお前に電話すると
不機嫌になりそうだからメールにする。
今日か、もし気になるんだったら明日でもいい。
一緒に。鍋、食おう。


「コレ、お誘いって考えてもいいんかな・・・」
こんなところでまた惹き付けられる。
メールには続きがあった。
それを見て、志摩は思わず電話をかけた。
奥村先生に怒られる?そんなこと知ったものか。




「奥村君、俺君のこと好きやで」




題名 ありがとな

雪男と仲直りできたけど、まだお前に電話すると
不機嫌になりそうだからメールにする。
今日か、もし気になるんだったら明日でもいい。
一緒に。鍋、食おう。

あと、俺お前のこと嘘つきだって思ったことないからな
志摩の言葉も、雪男の言葉も。
どっちも俺には大切だ。

夕暮れの問いかけ


教室のドアを開けると、そこには誰もいなかった。

夕焼けの端の色が、紫から藍色に変わっていく。
なぜだろう。そんな予感はあった。

いつもなら、窓の方を向いてすぐにはこちらを向かない。
何度か呼びかけて、ようやく席を立つ。
おっくうそうにカバンを持って、夕焼けを背にしてこちらに向かう姿。
逆行のせいか、表情はあまり見えない。
いや、見ようとしなかったのかもしれない。
そのまま寮まで二人で歩く。僕が先で、兄さんが後ろ。
そんな日が続いていた。
ずっと一緒にいたはずなのに。
兄さんの顔は、ずっと見ていない気がする。

今は誰もいない席に近づいて、机をそっと撫でた。
ぬくもりのない冷たい感触。
机の上には、新聞の記事を切り抜いて作った不恰好な手紙があった。

『奥村燐は預かった』

それだけで、誰の仕業かわかる。
兄が教室にいない時点でもうわかっていた。

僕達の関係は一体何なんだろう。


三人じゃないことは確かだ。
じゃあ二人と一人?
一人と二人?


なんにせよ、自分にとっては歓迎できない関係だ。
「こんな風にかき回されるのは好きじゃないんだよ、志摩君」
二人でどこに行ったのか。
兄になにを囁いたのか。
見つけ出して、問いただす。






屋上から見る空は、地面からは遠いけど空にも近いとは言いがたい。
視線を町の方に向ければ、夕飯の煙だろうか。白い煙が空に立ち上る。
家々にはオレンジの灯りが灯り、人々は家路に急ぐ。
そんな中、志摩と燐は旧男子寮の屋上にいた。

「皆家に帰って行ってるなー」
「そうやなー、でも俺らはアカンで。だって駆け落ちしたんやし」
「といっても俺の部屋ここの真下だぞ」
「俺はここから数百メートルの距離を西に歩いたところやな」
「なぁ、どうすんだこれから」
「大丈夫やって。なにも誰も知らない土地に行くだけが駆け落ちちゃうで」
「そんなもん?」

カバンから、コンビニで買ったパンを取り出して志摩が燐に投げ渡した。
ちょうどお腹が空いていた。燐は食っていい?といいつつ袋を破る。
志摩も、別のパンを取り出して食べ始める。
家々からもれる夕飯の煙を見ながら燐は思った。

「なんだか鍋食いたいな」

修道院でも、しょっちゅう皆で鍋を囲んでいた。
そこには雪男もいて、神父がいて。家族があった。
数ヶ月前の話なのに、今はあの時がとても遠い。
食べ終わったパンの袋を、小さく畳む。
志摩がコンビニの袋を差し出した。中に入れろということだろう。
ゴミ袋になったそれを、志摩はカバンに突っ込んだ。

「鍋が最後の晩餐にできんくてごめんなー奥村君」
「最後?いやいいよ別に。パンありがとな」
「ええよ。二人で500円以内やし」
「500円という大金を、おごってもらうの初めてだ」
「うん・・・なんか奥村君の生活実態が伺えるわー」

よしよしと頭を撫でて貰う。なんだ、そんな変なことを言っただろうか。
風が出てきた。少し肌寒くなって、腕をさする。

そんな様子を見て、志摩は燐の後ろに座った。
足の間に燐を抱き込むようにする。
お互いの体温が温かい。

「なんか、いちいちそれっぽいことするんだな志摩」
「それっぽいはいらんて」

志摩は懐から錫杖を取り出して、組み立て始める。
体制的に燐は目の前で錫杖が出来上がっていく様を見ることになった。

「へー、錫杖ってこうできてんだな」
「うん、まぁ俺が持ってるのは戦闘用やけどな」

きゅ、と最後まで組み立てて地面に立てる。しゃらんという澄んだ音が響いた。
人間にとっては澄んだ音だが、悪魔である燐にとっては少し耳に障る。
志摩のほうを見つめると、相変わらず読めない顔だ。



「なぁ奥村君、駆け落ちの先には何があるか知っとる?」



駆け落ちした先?駆け落ちはしたら終わりじゃないのだろうか。
少なくとも、燐はそういう認識だった。
志摩がもう一度錫杖を鳴らした。
なんだろう、身体に力が入りにくい。この音のせいだろうか。
志摩の体に寄りかかるように身を寄せた。

「知らねーよ」
「じゃあ、覚えとくとええよ」

階段を上ってくる音が聞こえた。
来たか、思ったよりも早かったな。

「情死、いうねん」
「じょうし?」

ぐいっと志摩に掴まれて立たされた。
背後から錫杖を首の前に持って来られる。
拘束されたことで息が少し苦しい。
志摩は俺をどうしたいんだろう。
疑問は浮かぶけど、抵抗はしなかった。
後ろから耳元で囁かれる。
その言葉は燐の疑問への答えになった。


「心中ていうことやで」


屋上へのドアが開いた。
雪男は何も言わず、二人に銃を向けた。
志摩は燐を連れたまま後ろに後ずさる。
屋上の金網が志摩の背中に触れた。


背後に感じた空の気配。


燐の後ろには志摩の鼓動音と、錆びて金網の体をなしていないボロボロの柵が見えた。
そう、飛び込めばこんな金網すぐに壊れるだろう。
燐にも簡単に想像がついた。

燐は銃口を向ける雪男を見た。
雪男は銃口を二人に向けたままだ。


銃口ごしに、お互いの顔が見れた。


「一つ聞きたい」

雪男が問う。
「なんや、奥村先生?」
志摩が応える。
「僕らの関係は二人と一人だと思うかい?それとも一人と二人?」
志摩はハッと笑って雪男に言った。
「二人と一人?一人と二人?何いうてんの奥村先生」
雪男の言う意味を知った上で志摩は言う。



「ここにいるのは、単純や。一人と一人と一人やで」


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