青祓のネタ庫
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≪ 僕は嘘つき君が好き | | HOME | | 衝動の先にあるもの ≫ |
教室のドアを開けると、そこには誰もいなかった。
夕焼けの端の色が、紫から藍色に変わっていく。
なぜだろう。そんな予感はあった。
いつもなら、窓の方を向いてすぐにはこちらを向かない。
何度か呼びかけて、ようやく席を立つ。
おっくうそうにカバンを持って、夕焼けを背にしてこちらに向かう姿。
逆行のせいか、表情はあまり見えない。
いや、見ようとしなかったのかもしれない。
そのまま寮まで二人で歩く。僕が先で、兄さんが後ろ。
そんな日が続いていた。
ずっと一緒にいたはずなのに。
兄さんの顔は、ずっと見ていない気がする。
今は誰もいない席に近づいて、机をそっと撫でた。
ぬくもりのない冷たい感触。
机の上には、新聞の記事を切り抜いて作った不恰好な手紙があった。
『奥村燐は預かった』
それだけで、誰の仕業かわかる。
兄が教室にいない時点でもうわかっていた。
僕達の関係は一体何なんだろう。
三人じゃないことは確かだ。
じゃあ二人と一人?
一人と二人?
なんにせよ、自分にとっては歓迎できない関係だ。
「こんな風にかき回されるのは好きじゃないんだよ、志摩君」
二人でどこに行ったのか。
兄になにを囁いたのか。
見つけ出して、問いただす。
屋上から見る空は、地面からは遠いけど空にも近いとは言いがたい。
視線を町の方に向ければ、夕飯の煙だろうか。白い煙が空に立ち上る。
家々にはオレンジの灯りが灯り、人々は家路に急ぐ。
そんな中、志摩と燐は旧男子寮の屋上にいた。
「皆家に帰って行ってるなー」
「そうやなー、でも俺らはアカンで。だって駆け落ちしたんやし」
「といっても俺の部屋ここの真下だぞ」
「俺はここから数百メートルの距離を西に歩いたところやな」
「なぁ、どうすんだこれから」
「大丈夫やって。なにも誰も知らない土地に行くだけが駆け落ちちゃうで」
「そんなもん?」
カバンから、コンビニで買ったパンを取り出して志摩が燐に投げ渡した。
ちょうどお腹が空いていた。燐は食っていい?といいつつ袋を破る。
志摩も、別のパンを取り出して食べ始める。
家々からもれる夕飯の煙を見ながら燐は思った。
「なんだか鍋食いたいな」
修道院でも、しょっちゅう皆で鍋を囲んでいた。
そこには雪男もいて、神父がいて。家族があった。
数ヶ月前の話なのに、今はあの時がとても遠い。
食べ終わったパンの袋を、小さく畳む。
志摩がコンビニの袋を差し出した。中に入れろということだろう。
ゴミ袋になったそれを、志摩はカバンに突っ込んだ。
「鍋が最後の晩餐にできんくてごめんなー奥村君」
「最後?いやいいよ別に。パンありがとな」
「ええよ。二人で500円以内やし」
「500円という大金を、おごってもらうの初めてだ」
「うん・・・なんか奥村君の生活実態が伺えるわー」
よしよしと頭を撫でて貰う。なんだ、そんな変なことを言っただろうか。
風が出てきた。少し肌寒くなって、腕をさする。
そんな様子を見て、志摩は燐の後ろに座った。
足の間に燐を抱き込むようにする。
お互いの体温が温かい。
「なんか、いちいちそれっぽいことするんだな志摩」
「それっぽいはいらんて」
志摩は懐から錫杖を取り出して、組み立て始める。
体制的に燐は目の前で錫杖が出来上がっていく様を見ることになった。
「へー、錫杖ってこうできてんだな」
「うん、まぁ俺が持ってるのは戦闘用やけどな」
きゅ、と最後まで組み立てて地面に立てる。しゃらんという澄んだ音が響いた。
人間にとっては澄んだ音だが、悪魔である燐にとっては少し耳に障る。
志摩のほうを見つめると、相変わらず読めない顔だ。
「なぁ奥村君、駆け落ちの先には何があるか知っとる?」
駆け落ちした先?駆け落ちはしたら終わりじゃないのだろうか。
少なくとも、燐はそういう認識だった。
志摩がもう一度錫杖を鳴らした。
なんだろう、身体に力が入りにくい。この音のせいだろうか。
志摩の体に寄りかかるように身を寄せた。
「知らねーよ」
「じゃあ、覚えとくとええよ」
階段を上ってくる音が聞こえた。
来たか、思ったよりも早かったな。
「情死、いうねん」
「じょうし?」
ぐいっと志摩に掴まれて立たされた。
背後から錫杖を首の前に持って来られる。
拘束されたことで息が少し苦しい。
志摩は俺をどうしたいんだろう。
疑問は浮かぶけど、抵抗はしなかった。
後ろから耳元で囁かれる。
その言葉は燐の疑問への答えになった。
「心中ていうことやで」
屋上へのドアが開いた。
雪男は何も言わず、二人に銃を向けた。
志摩は燐を連れたまま後ろに後ずさる。
屋上の金網が志摩の背中に触れた。
背後に感じた空の気配。
燐の後ろには志摩の鼓動音と、錆びて金網の体をなしていないボロボロの柵が見えた。
そう、飛び込めばこんな金網すぐに壊れるだろう。
燐にも簡単に想像がついた。
燐は銃口を向ける雪男を見た。
雪男は銃口を二人に向けたままだ。
銃口ごしに、お互いの顔が見れた。
「一つ聞きたい」
雪男が問う。
「なんや、奥村先生?」
志摩が応える。
「僕らの関係は二人と一人だと思うかい?それとも一人と二人?」
志摩はハッと笑って雪男に言った。
「二人と一人?一人と二人?何いうてんの奥村先生」
雪男の言う意味を知った上で志摩は言う。
「ここにいるのは、単純や。一人と一人と一人やで」
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