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CAPCOON7

青祓のネタ庫

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トイレの神様3

ゆらりゆらりと揺れる意識。
燐はうっすらと瞼を開けた。地面が遠い。
同時に揺れる体。誰かに背負われているのだとわかった。
燐は慌てて体を起こした。
まさか、あの男にどこかへ連れて行かれているのではないか。
そんな恐怖が襲ってくる。
けれど燐を背負う背中は動いた燐を支えるようにして足を止めた。

「兄さん、起きた?」

雪男だ。どうしてここにいるんだ。燐は顔を青ざめさせた。
まさかばれてしまっただろうか。あの夜の事が。体が強ばって震える。
おとなしくなった燐を抱え直すと雪男はまた歩き始めた。

「神父さんから連絡来たときはびっくりしたんだからね」
「とうさん・・・?きてたのか?」
「うん、兄さんを先に警察に迎えに行ったのは神父さんだよ。
けど、背負って帰ろうとしたら、腰がね。だから慌てて僕が来たってわけ」
「そっか・・・悪い」
「いいよ。兄さんを逃がさない為なら軽いくらいさ」

言葉の調子から、雪男が何も知らないことが察せられて、燐はあからさまにほっとした。
修道院に帰らなかった燐を藤本も雪男もずっと探していたらしい。
燐はうまく二人から逃げ続けていたわけだ。

けれど逃げ続けたせいで。まさかあんなことになるなんて思ってもみなかった。
雪男に言われた言葉の通り、燐は傷つけられた。
あの男に、心も体もずたずたに傷つけられたのだ。
けれど今ここで泣くわけにはいかない。
決してあの時のことは二人に知られたくない。知れば、嫌われてしまう。
燐が男と関係を持っただなんて、汚いと思われてしまうに決まっている。

「帰ったら覚悟してよね。
腰が心配だから神父さんには先に帰ってもらったけど、かんかんに怒ってたよ」
「うえぇ」
「もちろん僕もだからね兄さん」

雪男の表情は見えないが、ぞっとするような声色だった。
燐は焦って背中から降りようとするが、雪男が降ろしてくれない。
下手に暴れれば、自分が怪我をするだけだろう。
燐は諦めて雪男の背中にもたれ掛かった。
帰ったら家からは出してもらえないだろうし、説教も何時間されるかわからないだろう。
けれど、あの時の。あの場所から離れた、安全な場所へ帰れるのだと思えば。
ざわついた心は静まってくる。

「ごめんな、お前忙しいのに」
「そう思ってるのなら、ちゃんと帰ってきてね」

燐は雪男の言葉には応えずに目を閉じた。
帰りたくない理由はあった。燐は悪魔だと近所の人からは噂されている。
燐が二人から離れることで、二人はわずらわしいことから。
燐のことから解放されるのだと思っていた。

二人に迷惑をかけたくなくて家を出たくて。
でも、うまくいかなくて。燐の心はめちゃくちゃだ。
けれど泣けば心配をかけるから泣きたくないから目を閉じる。

雪男は静かになった燐を黙って背負って歩いた。
昔いじめられた自分を背負って帰ってくれた兄を、
今自分が背負っていることに兄は気づいてくれているだろうか。

僕はもう、兄さんの後ろで守られているだけの存在じゃないんだよ。
ねぇ、僕じゃ頼りないの。僕じゃだめなら神父さんに頼ったっていいじゃないか。
兄さんはどうしてそう一人で抱え込むのさ。

何かがあったことを雪男も藤本も気づいている。
けれど、燐が言わないと決めたのなら二人に言うことはないだろう。
燐は昔から頑固だったから。
でも心配している方の身にもなってほしい。
放っておけなくて、気が気じゃなくて。
心配をかけたくないと思うのなら頼ってくれ。
そう思う心は燐には届かないのだ。


「兄さん、何があったのさ」


燐は眠ったまま、雪男の問いかけに答えることはない。

しばらく歩いていたが、燐はぐっすりと眠っているようで
こうなれば滅多なことでは起きないことを雪男は知っている。
雪男はこっそりとポケットから携帯電話を取り出した。
押す番号は、短縮に登録済の番号だ。
騎士團の直接的な連絡先も登録してある、いわば仕事用の携帯電話だった。
かければ、数コールの後につながった。
雪男は相手に少しの状況説明をして、こう言った。


「そういうわけで、何があったのかまでは掴めていません」
「わかりました。喧嘩か何かでしょうか。
それに悪魔が絡んでいたような痕跡などはありましたか?」
「いえ、保護された現場を見ましたが痕跡はなく・・・」
「余程うまく痕跡を消す悪魔となれば限られるでしょうから、悪魔と遭遇した可能性は除外しておきましょう。
けれど、今後何が起きるかまでは誰にもわからない。引き続き、よく監視しておくようにお願いしておきます。
騎士團に、貴方たちの今の生活を壊されたくなければ、ね」
「承知しております、フェレス卿」


悪魔の声が電話ごしに雪男の耳に響く。
この男のことを雪男は好きになれなかった。
神父の親友だというこの男は兄のことを監視し、隙あらばかすめ取ろうとしているようにしか思えなかった。
そんなことはさせない。いくら神父が言おうとも、雪男はメフィスト=フェレスを信用しない。
彼も、きっと雪男がそう思っていることを知っている。

「何があったかを無理に聞き出すことはしないのですか?」
「兄が傷つくことならば、しません。
それに経験上、黙り込んだ兄は絶対に口には出しませんからね。
自分の中で終わってからようやく話してくれるくらいです」
「難儀ですねぇ」
「ええ、ですが貴方の出る幕はありませんよ」
「わかっていますよ。ただ、貴方のお兄さんはとても可哀想だなと思っています」
「本当にそうお思いで?」

雪男は問いかけた。悪魔は笑っている。それも心の底から面白いという風に。
人の不幸は蜜の味だというが、悪魔は本当に人の不幸を食べて生きているのかもしれない。
全く、最悪な生き方をしている。
その証拠に彼は淡々と特にそうは思ってはいません、社交辞令ですかねと答えた。
雪男はこれ以上この悪魔と話していても不毛だと判断した。

「では兄が起きてしまいそうですので、これで」
「彼にお伝えください。良い夢を、と」

最後まで言わせずに、雪男は電話を切った。
背後の燐が起きる気配はない。ぐっすりと眠っているようだ。
雪男の背中が、神父とまではいかないまでも兄の安らぎの場所になっていればいいと願った。


繋がりの切れた携帯電話をメフィストはそっと閉じた。
彼らは今、家に向かっているらしい。
弟に背負われて帰っているということなので、余程あの時の出来事が堪えたのだろう。
彼は魔神の血を引いているので、怪我の治りは人よりも何倍も速いはず。
けれど引き裂かれた心まではすぐに治るはずもない。

貴方のお兄さんはね、昨晩私の腕の中で啼いていたんですよ。

そう言えば、弟はどんな反応をしただろうか。
メフィストに向けて銃口を向けるだろうか。そうなればとても面白いことだ。
けれどそうはしない。黙っていた方が、もっともっと愉快なことになる。
昨晩の燐の痴態を思い出し、下半身に熱が篭ってくる。
何度も何度も銜え込ませたことで、はしたなく彼の中からは残滓が溢れ出していた。
彼はもう男を知っている身体になってしまった。

この世の何よりも美味な、私の可愛い末の弟。
メフィストは燐を手放す気など毛頭なかった。


「燐、貴方には一生消えない贈り物を差し上げますよ」


***


燐はベッドから起き上がると、廊下へと続く扉を見た。
修道院に帰ってからこってりと絞られて、それからやはり一週間の外出禁止を言い渡された。

明日から修道院の家事に追われることになるだろう。だがそれもいいだろうか。
そっとベッドから降りると、同じ部屋に寝ている雪男がきちんと眠っているかを確認した。
寝息も落ち着いているし、ぐっすりと眠っているようだ。
自分を背負って帰ったのでやはり疲れたのだろう。
ごめんな、と呟いてから部屋を出る。

こんな夜中に起きたのには理由があった。
燐はもじもじと足を擦り合わせた。所謂生理現象だ。
トイレに行きたくて夜中に起きた。
誰しも経験したことがあることだろう。
廊下はしんと静まり返っており、燐が歩く音だけが聞こえている。
皆寝静まっているようだ。つまり、ここで物音を立てているのは燐だけになる。
燐はトイレの前に立った。ぱちりと電気をつける。
それから、扉を開くまでに一体どれくらい時間がかかっただろうか。


いない、ここにあいつはいない。
だから大丈夫だ。


燐はそう自分に言い聞かせて、ゆっくりと扉を開けた。
灯りのついたトイレの中は、見慣れた作りをしている。
中に入って急いで用を足した。よかった。何もなかった。
実は我慢の限界だったのだ。

あんなことがあった場所だから、やはり怖いと思う心があった。
けれど行かないで済む場所ではないので戸惑いと我慢の間で燐は揺れた。
流石にこの年で漏らすことだけはしたくない。
なにより、バレた時の恥ずかしさが尋常ではない。

燐は顔を青くしたり、赤くしたりしながら水を流して、手を洗った。
鏡に映った自分は酷い顔をしている。
早くあの時のことを忘れなくてはならない。
あんなこと、なかったことにしてしまえば。
そう考えれば考える程男の手を思い出して、燐は自分の体を抱きしめた。

ここにあいつはいない。だから大丈夫だ。

燐はトイレの中から出ようとした。
すると、トイレの中の灯りがチカチカと点滅していることに気づいた。
電球が切れそうになっているのだろうか。
明日にでも取り替えようか。そう思っていると、点滅していた灯りが消えた。
視界が、一瞬で真っ暗になる。
その途端燐の腕が後方へと引っ張られた。
燐はよろめいて、その腕の伸びている方向へと倒れ込んでしまう。
覚えのある、においがした。
それは、あの夜のにおいだった。


「グーテン アーベント、奥村燐君」


灯りが着いた。
そこには、いるはずのない男が立っている。

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