青祓のネタ庫
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兄さん、待って。
そんな雪男の言葉を聞かなかったことにして、燐は駆けだした。
事の発端は路地裏で、不良に絡まれていた燐を見つけ、雪男が間に入ってきたことから始まる。
燐は、よく中学をサボっていた。
授業には出ずに、神社や町をさまよって、時間を潰す。それが燐の日課だった。
学校に行っても、不良だ悪魔だと噂され、燐は一人で過ごすだけ。
燐は、自分がそんな風に言われることは慣れていた。
我慢ができないのは、雪男のことを悪く言われることだ。
あんな兄がいて、弟もどんなやつかわからない。
そんな風に言われることがイヤだ。
雪男は努力家だ。
小さな頃は燐の後ろに張り付いて泣いていた弟は、
今や勉強もスポーツもできる優秀な学生へと変貌していた。燐は、そんな雪男が誇らしかった。
周りは才能だなんだというけれど、その結果は雪男が努力をして得たものだ。
だからこそ、兄である自分がそんな弟の名誉を傷つける存在でありたくなかった。
小学校までは一緒に通っていた通学路も、今や別々に通う日々だ。
雪男も忙しいらしく、兄弟が会う時間と言えば修道院に帰った後くらしかない。
しかし燐は今、修道院にも帰っていなかった。
性質の悪い連中に、燐が付け狙われ始めたからだ。
最初は喧嘩の延長戦の恨み目的で狙われているのかと思ったが、どうやら違うらしい。
燐の行く先に潜み、じっと燐を見つめている。そんな気持ちの悪い視線を燐は感じていた。
このまま修道院に帰って、自分の家の場所を知られてしまってはまずい気がした。
家族に手を出されたらどうしよう。そんな不安から、燐はここ数日家に帰っていなかった。
一応、ポストに手紙だけ入れておいたから、大丈夫だと思っていたのだ。
燐はそのまま視線から隠れるように町に潜んだ。
寝る場所は、公園でも神社の裏でも平気だ。
不思議と、神社の中では視線を感じることもなかった。
燐は神社の裏を拠点にして相手が出るのを待った。
「・・・来るならこい」
視線の相手に向けて、燐はつぶやいた。
燐が消えて、二日たった朝の出来事だ。
しかし、そんな燐の手紙を見て藤本と雪男が動かないわけがない。
藤本と雪男は、燐の手紙をテーブルの上に置いて深刻な顔をしていた。
「・・・しばらく帰らない。心配するな、か。あいつ、今どこにいやがる」
「いつもなら、朝には帰って来てたのに。どうしよう神父さん。兄さん、何かに巻き込まれたんじゃ」
雪男は不安そうな顔を隠さない。燐が帰らないことは今までもあった。
だが手紙を残して消えるなんてことはなかった。
燐は二人を心配させまいと手紙を残したのだが、これでは余計な心配をかけるだけだ。
藤本は、他の修道士にも声をかけ、燐の捜索をすでに開始している。
だが、未だ燐は見つかっていない。
燐は、本人が気づかないところで狙われている。
魔神の落胤。魔神の血を引く悪魔。燐にはまだ秘密にしているが、
燐の存在はあらゆるものを引き寄せる。
もし、藤本や雪男のいない間に、悪魔に浚われでもしたら。
「・・・兄さん、バカなこと考えてなきゃいいけど」
商店街や、行きそうな場所を雪男は虱潰しに探した。
見つけなければ、燐は帰ってこない気がした。
そんなこと許さない。兄さんがいなくなるなんて。
雪男は唇を噛みしめる。
雪男が商店街を通っていると、路地裏から声が聞こえてきた。
喧嘩特有の、そんな喧噪が漏れ出ている。
雪男は一瞬躊躇したが、声のしたほうへ足を向けた。
別に、喧嘩くらいなら雪男が祓魔師になったときに習った護身術でなんとかなる。
問題は、そこに燐がいた場合にどうするかだ。雪男が祓魔師であることは燐には秘密にしている。
弟が出てきて、喧嘩に割り込んだら燐はどう思うだろうか。
駆けている間に悩んだが、とにかく燐を連れて逃げれればいいか。と思い直す。
なるようにしかならない。
今は、とにかく見つけて連れ戻す。それだけだ。
雪男は路地の先にたどり着いた。
ゴミが当たりに散乱していてにおいがひどい。近くには割れたガラスも落ちていた。
視線の先には、不良に絡まれている燐がいた。
「・・・まずいッ!」
しかも、不良の周囲には燐には見えていないだろうが、コールタールが群がっている。
悪魔に取り憑かれる寸前の状態だ。やはり、付け狙われていたのか。
「おいおい奥村くんよぉ、いい加減俺らと来てくれねぇ?」
「ちょっとだけでいいんだよ。そうすりゃ、家族には手を出さねーでやるからさ」
「てめぇ!あいつ等に手出したら許さねーぞ!」
「だから、一緒に来てって行ってるんだよ。しばらく家帰ってなかったんだってな?
大方家族を巻き込みたくなかったんだろうが。お前の家見つけるくらい、簡単なんだよ」
「俺らのリーダーがお前を呼んでる。場所は、ここからすぐ。去年廃校になった学校だ。
来なきゃ、いつまでたっても終わらねーぞ。お前の家に放火するくらいすぐだからな」
「・・・くそッ」
燐は両サイドを不良に挟まれて、しかも家族を人質に脅されていた。
雪男は唇を噛んだ。喧嘩なら燐は負けを知らない。ここで不良を伸すことなど簡単だ。
だが家族を見捨てることなど燐にはできない。
燐の帰る場所はあそこしかないのだ。燐はそれを全力で守ろうとしている。
雪男はそんな燐のことを正直イライラした視線で見ていた。
消える前に家族に相談することくらい、できたはずだ。でも燐はそれをしなかった。
そんな燐の態度が雪男は許せない。
お前なんか関係ないと言われているみたいで腹が立つ。
雪男は路地から飛び出して、不良の背後から声をかけた。
「兄さんになにしてるんだ!」
いかにも、今ここに来ました。といった風を装って。
不良は怪訝そうな顔を。燐は驚いた表情を雪男に向ける。
「なんだよ、ご家族のお出ましか、愛されてんなー」
「ちょうどいいぜ、こいつ脅せば奥村も一緒に来るだろ」
不良の言葉に驚いたのは燐だ。
家族を巻き込まないようにしていたのに、雪男が狙われている。
燐は叫んだ。
「弟は関係ないだろ!」
燐の言葉に怒ったのは雪男だ。
「関係ないわけないだろ!家族なんだから!!」
雪男はポケットから取り出した瓶を不良の一人に投げつけた。
ぱりんと音を立てて、中の液体が不良の頭上に降り注ぐ。
不良の一人は、叫び声をあげて倒れた。
祓われたコールタールが天高く舞い上がって消えていく。
中身は、聖水だった。悪魔に取り憑かれる前ならばこれで祓うことができる。
雪男は続けて、聖水を投げようとした。しかし、それを燐は止めた。
「やめろ、雪男!お前が手を出すことなんてない!」
「兄さん、だって・・・!」
不良の一人が、携帯を手に取っていた。それを見て、雪男は舌打ちする。
燐ならばまだしも、雪男が不良相手に喧嘩しているところを撮られれば、雪男も只では済まない。
受験を控えている雪男はちょっとの喧嘩が内申点に響かないとも限らないのだ。
燐はそれがわかっていたからこそ、雪男を止めた。
汚れ役は自分だけでいい、燐はそういう考えだ。
しかし、雪男はやめなかった。
燐には見えていないだろうが、あの不良は取り憑かれる寸前の状態だ。
燐が魔神の落胤だと気づかれれば、この日常は終わる。
兄がいなくなってしまう。
それは雪男にとって自分の将来のことよりもよっぽど怖かった。
燐は、不良と雪男の間に立ちふさがった。雪男は燐に怒鳴る。
「どけよ!!」
「いやだ!」
こうしてみると、まるで兄弟喧嘩だ。
小さな頃は喧嘩をすれば燐が折れることが多かった。
なんだかんだ言って、燐は雪男に甘い。だが、今回は燐も譲らない。
大切な家族の将来を傷つけるわけにはいかない。
燐はそのために家を離れ、雪男からも離れたのだ。
燐も雪男も譲れないものがある。
動いたのは、雪男が先だった。不良に向かおうとする弟。
燐はそれを止めた。
そして、そのまま雪男を路地へと突き飛ばした。
がしゃん、と雪男の倒れる音が聞こえる。
咄嗟の事だったので思ったよりも強く突き飛ばしてしまったようだ。
燐は真っ青になった。見れば、雪男の手から血が流れていた。
運悪く落ちていたガラスで切ってしまったようだ。
雪男は手を押さえて、路地にうずくまっている。
「・・・あ」
「あーあ、なんだよせっかく優等生君の喧嘩シーン撮れるかと思ったのに。
兄弟喧嘩の果てに、弟君傷つけるとかひどい兄ちゃんだよな」
ニヤつく不良の言葉に怒ったのは雪男だった。
「黙れ・・・!」
突き飛ばされたせいで、胸を打って痛い。すぐに立ち上がるのは難しそうだった。
そんな雪男を見て、燐は泣きそうな顔をしている。
雪男を、家族を守ろうとしてがんばっていたのに。
その自分が雪男を傷つけてしまった。
燐は雪男に背を向けた。そして不良に声をかける。
「・・・俺が行けばいいんだろ。案内しろ。
その代わり、雪男は見逃せ。家にも放火する必要はないだろ」
「物わかりがよくて嬉しいぜ。そうだな・・・お兄ちゃんの頑張りに免じて。
仲間の一人をダウンさせたオトシマエはお兄ちゃんに取ってもらおうか」
燐の腰を引き寄せて、不良は笑った。
燐は手を振り払うが、どっちの立場が上かわかってんだろ。
そう言われればもう燐にはなにもできない。
不良が歩き、燐がその後をついていく。
雪男は止められなかった。
燐には見えていないが、雪男には見えていたもの。
群がっていたコールタールが不良の体と融合してしまっている。
その姿は、もう完全に悪魔に取り憑かれていた。
燐は雪男から遠ざかる。
「兄さん、待って」
そんな雪男の言葉を聞かなかったことにして、燐は駆けだした。
雪男の手からは赤い血が流れていた。
視線を感じる。
思って、勝呂はその方向へ顔を向けた。
店員と目があって、愛想笑いをお互いにした。
気のせいだろうか。誰かに見られていたような気がしたのだが。
背後の試着室から、人が出てくる気配はまだない。
時折、あいた。とか、ぶつかるような音が聞こえてくるので、苦戦しているのだろう。
ここは、正十字町にある、ショッピングセンターの一角だ。服や小物。
本や雑貨と多種多様な店がそろっている。
二人で店を冷やかしに来たのはいいが、それだけではおもしろくない。
提案したのは燐だった。
「勝呂、勝負して負けた方が自分に一番に合わない服を試着するっていうのはどうだ?」
「ええな、それ。受けてたつわ」
高校生、というものは社会に慣れていないということもあり。やはりどこか初な面がある。
いい服や好みの服装のものがあっても、それを店の中で試着することは一種の苦行にも等しい。
試着をすれば、店員に見られる。
如何でしたか。
こちらのお洋服は素材がウールでできておりましてうんぬん。
それに、こちらの小物と合わせたらより締まりがでて、うんぬん。
一番きついのは店員と応対した後、試着した服を買わずに店を出ることだ。
これは、遊び慣れていない勝呂と燐にとっては実にハードルの高い罰ゲームだった。
当然、その提案をした燐は端から自分が負けるとは思っていなかった。
通りがかりで見つけたゲームセンター。
そこの、ボクシングゲームで勝敗を決めることにした。もちろん燐の策略だ。
「このゲームで、一位を取ったら勝ち。
もし一位をとれなくても、順位が上の奴が勝ちってことにしようぜ」
「・・・なんや、お前自信あるんやな。やったことあるんか?」
「いや、ねーよ」
燐がこのゲームを知っていたのは、春先に襲われた不良集団を見かけた時に、
丁度そんな遊びをしていたからだ。
ぎゃはは、奥村くーん!お前の顔をゲームと同じくサンドバックにしてやろうか!
と白髪のリーダー格にいちゃもんまで同時につけられたが。
とにかく、力勝負のゲームであることを燐は知っている。
力なら、負けることはないだろう。と踏んでの勝負だった。
まずは、勝呂がお金を入れて、拳を構える。
目の前のサンドバックががこんと起きあがってきた。
勝呂は勢いをつけて、殴りかかった。ばしん、というきれいな音が響く。
画面には計測中、と表示され。しばらくしてからファンファーレが鳴り響いた。
「ッチ・・・二位かいな」
「すげー!勝呂かっこいいな!殴り方もかっこいい!」
「ええから、次お前やで」
燐はお金を入れなかった。ゲームは二回勝負だ。
つまり一回の値段で二回分殴れるわけで、お互いに一回ずつやればその分お金は節約できる。
燐は腕を鳴らしながら、起きあがったサンドバックを見た。
これなら、俺だって勝てる。
燐は力を右手に込めて、おもいっきりサンドバックを殴った。
ばしん。という生やさしい音ではない。
べきぃという金属がつぶれる音がした。画面は、計測中。と出たまま、固まり。
サンドバックは二度と起きあがってはこなかった。
「・・・壊した?」
「あかん、逃げるで!!!」
呆然とした燐の首根っこを掴んで、勝呂は急いでゲームセンターを後にした。
まさか、壊すとは思わなかった燐は大いに反省した。
そして、計測できなかったということは、二位である勝呂に負けたということだ。
順位が上のやつが勝ちにしよう。と最初にルールを決めたのは燐だ。
反論はできなかった。
燐は今、二人が絶対に入らないであろう服屋で試着をしている。
ゴシックスタイルに囲まれた服屋を見ながら。勝呂も思った。
これ、どうやって着るんだろうか。
ベルトが多いし、ファスナーも多い。頭から被って着るのは無理だ。
勝呂が燐を置いてここから出るのもおもしろいな。とささやかないたずらを
思いついたところで、試着室から声がかかる。
「どうよこれ!!」
カーテンが開いて、燐が出てきた。
ズボンは黒。体のラインがわかる細見のものだ。
上着もベルトと銀のチェーンで飾られており、一言で表すならそう。
スタイリッシュな王子様スタイル。というものだった。
勝呂は上から下まで眺めて、思った。
服は悪くない。でも、それを着ているのは燐。
「ちんちくりん・・・お、ぶふッッ!!」
「わ、笑うな!!!てめー!!!」
そう、弟の雪男が着ればまた印象が違っただろうが。
燐の普段の姿を知るモノとしては、笑うしかない。
大人っぽい服のせいか。服に着られている感が否めない。
勝呂はひとしきり笑った後、店内にいるコールタールがざわめき出したことに気づいた。
コールタールはどこにでもいる悪魔だ。店内にいてもおかしくはない。
しかし、ふよふよと試着室の鏡の方に近寄ってきている。
一匹や二匹ではない。影のように形になってきた。
勝呂は燐の腕をとって試着室から出した。燐の背後に集まるコールタールがざわめく。
「・・・なんだよ?」
「コールタールがおる。一応、集まる前に祓っといた方がええかもしれん」
勝呂が詠唱をしようとしたところで、鏡にぴしりとヒビが入った。
燐も不穏な気配を感じたのか、警戒態勢をとった。
次の瞬間。鏡に一面コールタールが張り付いて、一瞬で退いた。
鏡には、赤い血で文字が書かれていた。
『よく、お似合いです』
間髪入れずに、鏡に青い焔が灯った。
一瞬だ。ぼう、と燃えて跡形もなく血文字が消えた。
あとに残されたのは、ヒビの入った鏡だけ。コールタールも焔に怯えて即座に姿を消した。
詠唱の体勢を取っていた勝呂は、絶対零度の瞳で試着室を見る燐を呆然と見つめた。
修行の成果だろうか。燐は今や視認したものを自分の意志で燃やすことができるようになっている。
しかし、こんな脊髄反射で燃やしたのを見たのは初めてだ。
幸い、試着室の中は店内から見えないようになっているので青い焔が人に見られた心配はない。
燐は、鏡に向かって冷たく言い放つ。
「俺、あいつ嫌い」
「・・・そうか」
勝呂は思った。たぶん、コールタールを操るモノといえば奴だろう。
勝呂もあまりあいつのことは好きではないので、別によかった。
燐はここは覗かれているみたいで嫌だと別の試着室に入って服を着替えた。
店員も特に話しかけて来なかったので、二人でそろそろと店を出た。
覗き、と燐に言われて、勝呂はもう一度周囲を見た。
視線の正体は、奴だったのだろうか。疑問に思う勝呂を尻目に
燐がクレープ屋を見つけたらしく、嬉しそうに戻ってきた。
「ほら勝呂、クレープ!すごいぞ、クレープなのに学割してくれた!」
「たまに、そういう店あるねん。制服でよかったな。ありがとう。後で代金払うわ」
「半分こしようぜ、そっちもくれ」
「へいへい、おいクリームつけるなや」
勝呂が何気なく、燐のほほについている生クリームを指摘した。
別に、ついてるぞ。と指を指そうとしただけなのに。
背後からがたん、と何かが倒れる音がした。勝呂は嫌な予感がした。
今度は、燐の耳元に顔を寄せた。
また、背後の。今度は別の方向からがたたん。と何かが倒れる音がした。
勝呂は、指で二方向を指し示すと、燐にやれ。と呟いた。
途端に、二方向から火柱が湧き上がる。一瞬で消える程度の火力だ。
燃えたのは、帽子だった。ピンク色の経路が植え込みから覗いた。
「あっつううう!!・・・くない?」
植え込みから路上に飛び出してきたピンクの頭を撫でて、ほっと一息ついた志摩に。
今度は鬼の形相の勝呂が迫る。
燐の焔は人を害しない。しかもすぐに消えるものだ。
しかし、勝呂の怒りの炎はすぐに収まるものではない。
志摩は、勝呂を見るなり。その場に五体投地で身を捧げた。
「ごめんなさい後をつけたのは出来心なんですううう!!!
二人のおぼこい遊び方が面白そうだったんですうううううう!!」
「お前、言い訳せん潔さはええけど、別に後つけることないやろ!!!」
「っていうか、それなら最初から一緒に遊べばよかったんじゃね?」
いやいや、デバガメするのがおもしろいねん。
とはさすがに志摩も言わなかった。
勝呂は、こっぴどく志摩を叱り飛ばした。
面白おかしく隠し見られたのでは、プライバシーもあったものではない。
道端の人間が叱り飛ばす勝呂を何事かと思って見てきたことで、勝呂は我に返った。
とりあえず、時間を見ればもう寮の門限も近くなっていた。
ここらでいったんお開きにしよう。と勝呂は燐に言う。
志摩を絞るのはこれからだ。
燐も時計を確認してあわてる。
「うお、そういやもうタイムセールの時間だ!あっという間だったな!」
「今日はここまでやな。行ってき。俺らも門限あるし」
「また遊ぼうな、今日は楽しかったぜ!」
「おう、またな。連絡するわ」
「・・・かゆい。二人の会話がかゆい」
腕をさすりながら引きずられて帰る志摩を疑問に思いながら、燐は勝呂と別れた。
途中で何度か振り返ると、勝呂と視線があう。
それがうれしくて、手を振った。向こうも振り返してくれた。
夕暮れの道を、友達と別れて帰る帰り道。
初めてだった。
今度はみんなで遊びに来たらもっと面白いかもしれない。
友達がいるっていいな。
一人ではないことは、こんなにもうれしい。
燐が、スーパーで買い物をして寮に帰ると、珍しく雪男が迎えてくれた。
いつもは燐が雪男を迎えるのでなんだか新鮮だった。
「おかえり、兄さん」
「お前一日寮ににいたのか。なんだかんだ言って俺の監視見逃してくれたんだなー」
「さぁなんのことだか。それより帰ったなら勉強してよ」
「わかってるって、照れるなよー」
燐が友達と遊びに行くのに、雪男がついてくるのは別に問題はない。
しかし今回大事だったのは、燐に自由行動が許されたのだということ。
それがうれしかった。
燐は、雪男を見て、首をかしげてつぶやいた。
なにかが、違う気がする。なんだろうか。
朝とは、ちょっとだけ違う弟。
そうして、ふと燐は思い当たる。
燐は、視認して焔を燃やすことができる。
勝呂の合図で火柱は二本上がった。
一方は覗いていた志摩の帽子を目印に。
そして、もう一方は。隙間から見えた黒いなにかを目印に。
「なあ雪男、お前メガネどうした?」
「・・・割った」
弟よ、お前もか。
雪男のメガネから、火柱が上がった。
通販に関してのお言葉ありがとうございます。
ひとまず、うわああああとなっておりますが頭を冷やしました。
もっと面白いものを提供できるように精進していきたいと思いますので
よろしくお願いいたします。
「わかった、じゃあ明日9時に学園前で」
燐は携帯を切って、枕元に置いた。
風呂にも入ったし、ご飯も食べた。
あとは、眠るだけだ。燐はあくびをして、枕に顔を埋めようとする。
視線が、机に座っている雪男と合う。
「誰?」
「誰でもいいじゃん」
燐は眠かった。もう寝ようとしたところだったのだ。
別に、雪男に言わなくてもいいだろう。そう考えて燐は目を閉じる。
ぎし、とベットが揺れて体に重みが。
燐が目を開けると、雪男が燐の上に乗っかっていた。
重い。ベットも男二人分の体重を受けて悲鳴を上げている。
寮自体が古いのだから、もちろんこのベットも古いものだろう。
老朽化したベットに無理をさせるなよ。
燐が抗議する前に、雪男が燐のほほをひっぱった。
「誰と、どこに行くのかって聞いてんの」
「いたいいたい!」
燐が腕を振ると、雪男は素直に手を放した。
燐はのしかかる雪男を睨み付けた。
雪男は燐の言おうとしていることを悟り、先に言葉を放つ。
「あのね、僕だって聞きたくないよ。でも監視役が監視対象から目を離しちゃだめでしょ」
「めんどくせぇ」
「兄さん、今ごろになって監視の意味がわかったの?」
雪男はメガネを押さえてため息をつく。
監視といっても、不浄王を倒した一件で燐の処遇は以前に比べて随分と緩くなった。
しかし、半年後の祓魔師の試験に合格しなければ処刑という決定に変更はない。
雪男としては、寝ようとしている今この時にも教科書を読んで一文でも覚えてほしい。
こうして予定を聞くだけに留めていることを褒めてもいいくらいだ。
雪男の機嫌の悪さを悟ったのか、燐は素直に口にする。
「勝呂と、遊びにいく」
「へぇ、珍しいね。志摩君たちは?」
「いや、明日は勝呂と俺だけ。二人は予定あるんだってさ」
へぇぇと雪男は素直に驚いた。
燐と、あの勝呂が二人で遊びに行く。
不浄王を倒す前からいうと、考えられないくらい仲良くなっているらしい。
二人で協力して、命を懸けて悪魔を倒した経験というのはやはり特別なのか。
いつもの三人と一人という関係とは違って、ここはここで仲を深めるのはいいことだ。
祓魔師は一人では戦えない。
祓魔塾の。チームの連携を考えれば、プライベートで関わりをもつのも推奨すべきか。
塾講師としての打算も働きつつも、雪男はそんなそぶりを見せず。
一言だけそう。とだけ言った。
燐は納得した雪男を見て、さっさと寝てしまった。
雪男は仕事に戻ろうと、椅子に座った。
燐はもう寝ている。
パソコン画面を見て、雪男はぽつりとつぶやいた。
「明日の9時に。学園前・・・ね」
休日。朝の正十字学園前には、当然ながら生徒の姿はない。
グラウンドに、ちらほらと運動部の生徒がいるくらいだ。
校門の前に、勝呂は立っていた。時計をちらちらと見てため息をつく。
9時―――5分前だ。
基本的に30分前行動をする勝呂はいつも待つ側だった。
志摩や子猫丸は、そんな勝呂のことを知っているので、
9時に集合といえば大体遅れても待合せの15分前には来ていた。
しかし、今回の待ち合わせの相手は燐だ。
当然ながら高校から知り合った燐がそんなこと知るはずもない。
勝呂はそわそわしながら燐を待った。
あいつ、寝坊しとるんやないやろか。
勝呂が携帯を取り出すべきか悩んでいると、声が聞こえてきた。
携帯の時計は9時ちょうど。待ち合わせには間に合っている。
少し笑って、声のした方向に顔を向けた。
燐が駆け足でこちらに向かって来ている。
「悪い、待ったか?」
「いや、大丈夫や」
「嘘つくなよ。顔赤いぞ、寒かったんじゃねーの?」
「へいきや」
そんなやりとりをして、二人は歩き出す。
格好は、二人とも制服のままだった。
これは、勝呂の指定だった。
「一応聞くけど。お前、生徒手帳もっとるか?」
「生徒手帳?なにそれ?」
「・・・やっぱりな、うん。ええわ。制服やから学割してくれるやろ」
勝呂の予想通り、燐は生徒手帳の存在をすっぽりと忘れている。
それが予想できたからこそ、制服で来いと指定したのだ。
町に出れば、学割という学生ならではの特権が使える。
しかも、正十字学園は優等生の通う学校と周囲に知れ渡っている。
世の中に差別というものはないとされているが。
この制服を着ているからこそ受けられるサービスというものも、やはりある。
燐と勝呂は私服を着ていれば、まず間違いなく学園の生徒には見られない。
どこぞの路地裏のヤンキーの二人連れになってしまうのだ。
不良に絡まれても実力的にはどうとでもできるが、せっかくの休日だ。
そんな騒動は遠慮したい。
二人がスムーズに休日を楽しめる方法として考えたのが、制服だった。
それに、学割という割引を使わない手はない。
二人とも、実家の資金的な意味であまりお金を使いたくなかった。
「まず、どこ行く?」
「そうやなぁ、お前中学の頃はなにして遊んどった?」
勝呂は、まず燐のやりたいことを聞こうと思っていた。
二人で遊びに行くだけだ。あとは、歩きながら考えればいいと考えていた。
燐は、きょとんとした表情のまま。答える。
「俺、友達と遊んだことない」
「え」
予想外の返答だった。
勝呂は硬直する。遊んだことがない?
勝呂は自分が同年代の子供に比べてストイックな趣味を持っていることは知っている。
しかし、遊んだことくらいはある。
燐の返答が予想外すぎて、どう対応していいのかわからなかった。
勝呂の様子に気づいたのか、燐はあわてて付け加える。
「俺さ、友達いなかったんだよ。自分が悪魔だって知らなくて、力の制御ができなくて。
それで、中学にもまともに行ってなかった。だから、友達と遊んだことなくて・・・
それにお金もなかったし。いつも神社で暇つぶししてたくらいで・・・」
「・・・っく」
勝呂は思わず燐から顔をそらした。
燐は、余計自分が墓穴を掘ったことに気づかない。
魔神の落胤というのも、やはり相応の苦労はあったのだと勝呂は気づかされた。
燐の不毛な中学時代を聞いて、胸が痛んだ。
ここは、自分がリードしてやるべきだ。勝呂の生来の世話焼き根性に火がついた。
遊びに行く。遊び、と考えて勝呂は思いついた。
「カラオケ行くか」
「おお、行ったことない!」
「お前、普段音楽何聞くんや」
「音楽聞いたことねーな!お前普段何聞くんだ?」
「ランニングの時は般若心経やな。覚えとるから何も見んでもいけるけど」
「すげえ。俺讃美歌しか歌えねーよ」
そもそも、般若心経と讃美歌が入っているカラオケがあるかどうか。
二人はそれにすら気づかない。
勝呂は、燐に同情したが。勝呂も正直同世代の遊びについては疎い。
志摩からの誘いで遊びに行ったことはあるが、基本的にお経。ランニング。勉強。暗記。
と休日も自分を追いつめてひたすら鍛錬を重ねていた中学時代だった。
「カラオケもいいけど、町にも行きたいな」
「買い物するか」
「金ねーけど。あれかウインドウズショッピング?」
「なんでパソコン買うねん、ウィンドウショッピングやろ」
「服見たいなー」
「ええな、服。お前変な柄のTシャツばっかやもんな。たまには違うの着てみろや」
「変な柄いうな。あのTシャツ、手作りなんだぜ」
「誰の」
「雪男の」
「・・・独特のセンスやな」
「冗談だよ」
「冗談かい!」
「Tシャツは雪男のおさがりなんだけど、それに加工を施したのは俺だ」
「お前、裁縫もできたんか・・・」
「炊事洗濯。家事全部できるぞ。一回シュラにつまみ作ってやったら、
本気で『アタシが稼ぐから、嫁に来い』って言われた。
なんでも、魔神の落胤じゃなけりゃー、独身女性には魅力的な物件とかなんとか」
「・・・お前、それヒモになれって言われとるんちゃうんか」
「ヒモじゃねーし!主夫だし!」
二人は話ながら、町の方へと歩いていく。
そして、遊びに疎い二人の行きつく先を、見守る影があったことに。
話に夢中な二人はまだ気づかない。
インテックス大阪 4号館 ケ-53α「CAPCOON7」
「CLOVER」
A5サイズ・92ページの小説本です。
表紙は、お友達の
「ひなげし反都」さんに作っていただきました。
ありがとうございます。
名前をあわせると、塩コンブですね。偶然です。
内容としましては、いつもの如く長編部屋においてあるような捏造話です。
CPとしては燐受けです。傾向はうちのサイトにおいてあるような感じです。
燐が中心。これジャスティス。
登場人物は、京都組から志摩家から達磨さんからア行の二人まで…
人生で初めて作った小説本が見事に男しかいないという自体です。恐ろしや。
サンプル1
サンプル2
無料配布コピー本「夜と雪山」
*5ページくらいのペラ本です。
読み切りの夜くんと奥村兄弟の話。
サンプル
通販しないの?というあり難いお言葉を頂きました。
一応、通販はしようかと考えております。
多分やるなら書店委託になりますが、OKを頂けるかどうかですね。
こればっかりはわかりません汗
無理だった場合はまた考えますね!