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CAPCOON7

青祓のネタ庫

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パソコン壊れた・・・けど春コミ行きます

泣ける・・・買ってから一ヶ月ちょっとですよ。
修理をお願いしてきたけど、時間かかかりそうです。
そもそも治るのか不明だが。

すみません、ここ最近こういうショボンなことが立て続けに起きてまして
結構ションボリです。

拍手個別に返信できてない!メールがあああ!
ああああ!!でもこれだけは言わせてくださいありがとうございます!
すみませんとありがとうございます!
そして何名の方からお問い合わせいただきましたオフ本のほうですが、
一応春コミで残部を頒布予定です。

といっても、友人のスペースにお邪魔している金魚のフンが私ですので、
お声かけ頂ければ出すという形になります。
すみません。あくまで友人のスペースなので自重しております。
ジャンル違うのにお邪魔してすまねぇ・・・

またスペースがわかり次第お知らせいたしますので、宜しくお願いいたします。

通販に関してですが、残部も少ないので今のところイベントのみとなりそうです。
申し訳ありません・・・orz

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家族の帰る場所



燐の目に入ってきた光景は単純なものだった。
怪我をした弟。
その先に立つ敵。


次の瞬間。燐は雪男の目の前から消えていた。
雪男の背後で、ぐしゃりと何かがつぶれる音がした。
振り返れば、そこには悪魔を殴りとばしている燐がいた。
悪魔を守る黒い影は、燐に反応できなかったようだ。
悪魔の顔に、拳が入っており体がぐらりと揺れる。
雪男が止める間もなく、第二撃が入る。
悪魔の体は床に倒れ込んだ。燐の力は普通の人間のそれではない。
紛れもなく、悪魔のものだ。
幼稚園の時には神父のアバラを折り、同級生に大けがをさせた力。
そして、その力の源はすべての悪魔に通じる悪魔。魔神のもの。
防御しようとしたのだろう、悪魔の影が燐の片腕を捕らえた。
燐はまだ、魔障を受けていない。悪魔の姿も、影も見えていないだろう。
しかし、何かが自分の動きを封じたことはわかったようだ。
燐は残った腕で、悪魔の体を殴った。悪魔は床に倒れ込んだ。
燐は頭に血が上っていて不良の様子がおかしいことにも、雪男が銃を持っていることにも、気づかなかった。
悪魔は確かに笑っていた。燐の人ならざる力で殴られて、口から血が出ていたのに笑っていたのだ。
雪男はその狙いに気づく。
悪魔が取り憑いているとはいっても、その体は生身の人間だ。
悪魔の憑依。度重なる戦闘。そして燐の攻撃。
普通の人間が耐えられるわけがない。
悪魔は、燐に人間を殺させようとしているのだ。
燐は、倒れる悪魔の胸ぐらを掴んだ。

「言ったよな。家族に手出すなってッ・・・許さねぇ」

背を向ける兄の姿を見て、雪男はぞっとした。
冷たい言葉だ。表情は見えない。
兄は、あの優しい兄は今いったいどんな顔をしているのか雪男からは見えない。
燐の腕が、また上がる。
雪男は持っていた銃を捨てた。
燐の背中に、すがりつくようにして叫ぶ。

「ダメだ!!!!兄さん!!!」

殺しちゃダメだ。戻れなくなる。
やめて、お願いだ。
兄さんが兄さんじゃなくなってしまう。
そんなのイヤだ。

悪魔になっちゃうなんてイヤだ。

燐は、怒りのせいか雪男をも振り払おうとした。
その手を雪男は全力で止める。
すごい力だ、振りほどかれそうになる。
だが、ここで燐を止めるのは雪男の役目だ。ここには雪男しかいないのだから。
悪魔としての力を使おうとしている燐を祓魔師としての雪男は銃で撃つべきだったかもしれない。
それをしなかったのは、雪男の甘えだ。覚悟はできていたのに撃てない。
銃を捨ててしまった。
悪魔としての本当の力に目覚めていない燐。
まだ、兄は人間だ。いつか来るその時を、今はまだ見たくない。
雪男は自分の心の悲鳴を聞いた。

変わらないで。
まだ、このままがいい。
まだ、三人で、あの家で暮らしたい。
帰ろう。ここは、兄さんがいる場所じゃない。
僕や神父さんがいるから。
お願いだから、僕たちに兄さんを守らせてよ。

「離せッ!!!」
「イヤだ!!!!」

雪男の声で燐は初めて背後を振り返った。
そこには、髪を振り乱しながらも自分を止める弟の姿が。
雪男の目は悲しそうだった。必死だった。
こんな雪男はそれこそ、見たことがない。
燐は、途端に怖じ気づいてしまう。

どうしよう、雪男にみられてしまった。
こんな、喧嘩ばっかりする俺の姿。
見られたくなんかなかった。
ただ、俺は。
守りたかっただけなんだ。

燐の腕から力が抜けていく。
雪男は燐を背後から抱きしめるようにして止めていた。
間に合った。
燐はまだ人間だ。

目の前の悪魔は、それが気に入らなかったらしい。
黒い影が、燐ごと雪男を吹き飛ばした。
教室の壁に背中を打って雪男はせき込む。
腕には、燐を抱えていた。
燐は頭を打ったのか、ぐったりと雪男にもたれ掛かっている。
雪男は、落ちていた銃を拾う。
銃弾を装填。
悪魔は呟く。

「我らの・・・若ぎみ」

悪魔は燐に手を伸ばす。
雪男は悪魔の言葉を許さない。
迷い無くトリガーを引く。
目の前の悪魔に、雨のように銃弾が降り注いだ。
撃って撃って撃って撃って。
悪魔の足が少しだけ、後退する。
これ以上、近寄らせるわけにはいかない。
弾丸は黒い影がすべて弾く。悪魔には届かない。
同時に雪男は怪我をした手で、十字を切った。
「邪悪なる物の行動を禁ずる!!!」
悪魔の足下、聖水が動きを縛る。
雪男の手持ちの聖水は、切れている。
今悪魔の足下にあるのは、結界を張る為に聖水で設定した中心点だ。
電気が伝って無効化されたのは、五点で結ばれた線の方だった。
独立した点は、まだ生きている。
陣もなにもあったものではないが、少しの足止めくらいはできる。
腕に抱える燐の体を自分の方へと抱きしめて、雪男は、動けない悪魔に向けて言う。

「兄さんは、僕たちの家族だ」

おまえ等なんかにやるもんか。

ドン、という音と共に悪魔は倒れた。
周囲の黒い影も、霧散して消えていく。
黒い影の中から、不良が出てきた。意識はない。
聖水入りの弾丸と銀弾が利いたのだのだろう。
ぐったりと床に倒れ込んでいる。
おそらく、彼は長時間適合しない悪魔を体に取り込んでいたので、体を害している可能性がある。
日常生活に戻るまで時間を要するかもしれない。
だが、息をしていた。
彼は生きている。彼自身が変わらなければまた悪魔に取り憑かれるだろうが。
危機は去ったのだ。
雪男は額から流れ落ちた汗を拭って、腕の中にいる燐の様子を見た。
顔色が悪い。どうしたのだろう、打ち所が悪かったのか。
焦って状態をよく確認すれば、燐の腹からドス黒い血が流れ出していた。
「にいさ・・・傷が!!まさかッ」
黒い影に吹き飛ばされた時に、雪男の前に燐は立っていた。
黒い影の攻撃を、一人で受けたのか。
雪男に怪我をさせないために。
なんてことだ。雪男は燐の上着をたくしあげた。
血が出ている。傷口をよく見ないと、状態がわからない。
動揺して揺れる雪男の手を燐が握った。
そこには、燐が雪男を突き飛ばしたことでできた傷があった。

「雪、男・・・怪我させて。悪い・・・俺・・・」
「そんなこと、今はどうだっていい!兄さん意識を持って!!寝ちゃだめだ!!」
「ごめん、な・・・」

謝罪の言葉を最後に、ぐったりとした燐を床に横たわらせる。頭が混乱する。まずは、止血を。布が。
動揺しているせいか、手が言うことを聞かない。
雪男は自分の頬をひっぱたいた。
ここで怯えてどうする。
冷静になれ。何のために、僕は医者になろうと考えた。
兄さんの傷を治せる人に。人を助けられる人になりたかったからだろう。
僕を守って傷ついた、兄を助けるんだ。
雪男は応急処置をする為に、燐の傷口をよく確認しようとした。
声が聞こえた。教室のスピーカーから流れてくる。

『見た、ぞ・・・奥村燐・・・我らが若君は・・・生きておられた!』

ぞくりとした寒気。雪男は思い出す。
藤本は言っていた。この学校が廃校になった理由を。
「祓魔師でも祓いきれない悪魔がいたってこと?」
「下っ端の悪魔自体は祓えるんだけど、どうにもその親玉が見つからなかったらしい。
出入り禁止にして、結界で封じておいたらしいが・・・」
あれは、下っ端の方の悪魔だったのか。
悪魔はまだ、いる。生きている。兄を連れていこうと見つめている。
雪男は悪魔の視線から隠すように燐に覆い被さった。
すると、放送に雑音が入る。雪男の表情が変わった。


「俺の息子が何だって?」


藤本は誰もいない放送室に向けて話しかけた。
返事はない。夜の闇だけでは説明できない黒い闇の中。
藤本の勘は確かにここに悪魔がいると告げている。
ブツリ。という電子音が聞こえて、闇の中に声が生まれてきた。
『貴様・・・祓魔師か・・・』
「そうだよ、お前には手を焼いた。
以前も部下から報告だけは聞いていたんだがな、もっと前に俺が来ればよかったよ」
そうすれば、こんな面倒なことにはなっていなかった。
燐も雪男も巻き込まれなかっただろう。
藤本は内心舌打ちをした。
少しでも兄弟に危険が及ぶ可能性があるのならどんな小さな芽でも摘んでおくべきだった。
「燐を、どうするつもりだった」
『簡単なこと。我らの若君をお連れするだけだ』
「首謀者は誰だ」
『わかっているのだろう、偉大なる君のことを』
「ッチ・・・虫酸が走るな」
『しかし、若君は未だお目覚めにならない・・・
体を暴いたが、尾も牙もまだない・・・どういうことだ、人間風情があの方になにをした』
「・・・てめぇ。今なんて言った?」
体を暴いた。脳裏をよぎったイヤな予感に、悪魔は下品な笑い声を返す。
『味見をさせていただいたのだ。お体を隅々までな。
その体に流れる全てのものが、悪魔を高ぶらせるものだと気づいた。
イヤだと抵抗されればされるほど、その身に眠る力は強くおなりになられた。
あのお方はやはり・・・魔神様の』

藤本は、持っていた見取り図を放送室のマイクに向けて投げる。
がん、と音がして、悪魔の声が揺らいだ。
これ以上聞いていると、なにをするか自分でもわからない。

「いるんだろ、『そこ』に。どうりで親玉が見つからないわけだ。目に見える部下はおとり。
部屋自体にに・・・放送室に悪魔が取り憑いているとは誰も思わなかったんだ」

藤本が床を蹴れば、キイインという反響音が響いた。
ここは、悪魔の腹の中。放送室に取り憑いた姿なき悪魔。
不良に取り憑いていたのは、こいつのほんの一部分。
手足がちぎれても、頭が残れば何度でも蘇る。
藤本は、この悪魔を生かすつもりはない。
頭を潰しても残るのならば、何度でも殺して、二度と起きあがれないようにしてやる。

バチバチと音を立てて、放送室に雷が走る。
藤本は、聖水を取り出してマイクに投げた。
聖水が飛び散る。しかし、雷は聖水を物ともせずに弾いた。
雪男の結界を壊したように、電気で聖水を無効化したのだ。
それを見た藤本は、再度聖水を投げる。
放送室に響くのは、聖水を排除する電気音と、悪魔の声。
マイクや機材とは離れた床の上にまき散らされるそれを、悪魔は見逃さない。

(親子だな・・・戦術が同じだ。同じ手を食うか!)

藤本の狙いが、結界を張ることだと踏んで悪魔は聖水を焼き付くした。
何度か聖水をまかれるが、同じだ。
藤本が聖水を投げる手をやめたのを見計らって、悪魔は藤本に狙いを定める。
どんなに早く自分を祓おうとしても、それよりも早く相手を殺す自信が悪魔にはあった。
なによりも早く人間の心臓を貫いて、息の根を止めてやる。
今までのように。恐怖で染まる人間の顔。
死を予感して、慌てふためく姿を楽しみながら殺してやる。
次は、あの祓魔師の息子だ。
父の丸焦げになった姿を見せてやる。その絶望を味わわせてから殺す。
そして、邪魔物を排除した暁にはあの方を虚無界へお連れするのだ。
人間の世界に捕らわれているあのお方を。我らの若君を。
我らのもとへ。喜色ばんでいる悪魔とは対照的に、目の前の藤本は冷静だった。
放送室の、マイクの元へ。何かを向けている。
あれは。悪魔はぎくりと体をこわばらせた。

「変わった悪魔だな・・・まさか、電気を媒介に取り憑く悪魔がいるとは思わなかったよ。
この放送室全てに流れる電気。それがお前の正体だ。汚染された電気で、聖水を無効化とは恐れ入った」

姿のない悪魔。声は、放送室の機材を操って出していたのだ。
実体があるようで、人間の目には触れない悪魔。
以前ここを訪れた祓魔師が見つけられなかったのはそのためだろう。
言葉とは裏腹に、藤本の顔はなんの感情も見いだせない。
冷静で、冷酷な。男の顔。
藤本が、手に持つもの。それは、悪魔が持っていたものと同じ型のスタンガンだ。
ここは、不良が根城にしていた場所。予備があっても不思議ではない。
スタンガンの矛先は、悪魔の本体ともいうべき放送機材に向かっている。
悪魔は、スタンガンを破壊しようとした。
しかし、どうだろう。体が引っ張られる。なんだ。これは。
見れば、自分は無効化したはずの聖水に引っ張られているではないか。
バカな。これはただの水なのに。

「水ってさ、電気を通すんだってな。気づかなかっただろ」

聖水を部屋にまいたのは、この為か。
雪男がやったように、結界を張って足止めするようなやり方ではなく。
もっと原始的なやり方だ。水は電気を通す。取り付いた物質の性質が、悪魔を水に引き寄せる。
悪魔は、藤本を殺そうとした。しかし、藤本の方が早く、無慈悲にスイッチを押す。
悪魔が取り憑く機材に流れる、高圧の電流。己のものとは異なる電気。
機材が電気できしみ、悲鳴を上げる。それは悪魔の悲鳴だった。

『ギャアアアアアアアアアアアアアアア!!!!』

そして、スイッチをそのままにして藤本はドアを開けた。
去り際に、口元でピンを外して、中にそのまま投げ込んだ。静かに扉を閉める。
直後。背後で、爆発音が響く。電気と爆炎で、放送室は跡形もなく焼け落ちていく。
どうせここは、廃校だ。いまさら部屋の一つや二つ壊そうがなにも気にならなかった。悪魔は残らず焼け尽くされる。影も残すつもりはない。
藤本は、手榴弾のピンを口元にくわえてたばこを吸うような動作をした。
喫煙していた時の癖のようなものだ。
今、肺の中に入る煙は背後の放送室が、悪魔が焼け落ちたものだ。

「あいにく、俺は雪男みたいにスマートじゃないんでね」

周囲の迷惑を省みず、悪魔を祓えばオールオーケー。
それが冷徹と恐れられた藤本獅朗のやり方だ。
双子を引き取ってからは、なりを潜めていたのだが、
若い頃に身についた手法というのはやはりなかなか抜け出せないらしい。
たばこじゃないし。まずいな。と独り言を言って、
藤本はピンを床に吐き捨てる。藤本は駆けだした。
父の向かう先はひとつ、息子達のところだ。


階段を上がれば、廊下まで破壊された一角があるのが見えた。
藤本は、急いで教室の中を見た。
雪男のことだ、うまくやってくれるだろうと言う信頼はあるが、雪男も怪我をしていた。心配だった。
見れば、服を血塗れにした雪男が教室で座り込んでいた。

「雪男・・・!大丈夫か!!?」

藤本が駆け寄れば、雪男はこくりとうなずいた。
痛がるそぶりもない。これは、返り血か。
雪男の目の前には、腹から血を流して横たわっている燐がいた。
藤本の表情に焦りが見える。

「燐・・・ッ」
「だいじょうぶだよ。神父さん」

雪男は藤本を落ち着かせるように言葉を発すると、燐の上着をめくった。
そこには、大量の血液がこびりついている。
しかし、目立った外傷は見あたらなかった。
どういうことだ。藤本は燐の体に手を当てる。
この出血量なら、間違いなく致命傷なのに。
藤本は、気づいた。雪男は俯いている。
何かに耐えるように、じっと手のひらを握りしめていた。
その手を取って、藤本は雪男に話しかける。

「話せ、雪男。聞いてやるから」
「・・・うん」

雪男は燐の意識がないことを確認してから、ぽつりぽつりと話し始めた。

「兄さん、僕を庇って悪魔の攻撃を受けたんだ。すごい血が流れてて。
兄さんが浚われる前、僕たち路地裏で喧嘩したんだ。兄さんがお前には関係ないって言うから頭にきてさ。
その時に喧嘩して腕怪我しちゃったんだけど。兄さん、それがすごくショックだったみたい」
「・・・そうか」
「だからかな。怪我をしてたのに、僕に謝るんだ。ごめんって。
僕、急いで兄さんの傷を見たよ。傷。神父さんも見た?」
「ああ、傷。なくなってた。燐は大丈夫だ」

悪魔の治癒力。人間なら致命傷だろうそれも、悪魔である燐にとっては問題にならなかった。
傷は、常人ではあり得ないスピードで塞がっていた。

藤本は、雪男の言いたいことがわかった。
人間ならば、腹に受けた傷がこんな短期間で治るわけがない。
つまり、今日あったことは燐にとっては夢の中の出来事だと思わせるしかない。
そうでなければ、燐が自身の「異常」に気づいてしまう。
受けた傷がなくなっているのだ。おそらく信じるだろう。
燐が、まだ人間としていられる日常に帰ることができる。

「僕さ、思ったんだ。よかった。これなら。まだ。嘘、つけるかなって・・・」

いつか来る燐の目覚め。同時に失われてしまう日常。
それが、まだ続けられることにひどく安堵している自分がいる。
打算的に動く頭。嘘がばれることに怯える心に。
自分への嫌悪感が止まない。
藤本は、雪男の頭を撫でた。大きくて暖かい手だ。
それに包まれて、雪男は顔を上げた。

「あんまり、背負いこむなよ」

家族で過ごす日を一日でも長く持ちたい。
例え嘘があったとしても、その思い出はいつか来る別れの日の支えになるだろう。
それを信じて藤本は戦っている。雪男もそうだ。
嘘つきだと言われても、それが今の二人の真実だ。
藤本も、ふと思うときがある。
燐に、嘘つきだと糾弾されて自分は平静でいられるだろうか。
藤本も、雪男も。同じものを抱えて生きている。
この選択が吉とでるか凶とでるかはわからない。
それでも、それを最善だと信じて生きている。

「帰ろう雪男。帰ったら燐にうまいものいっぱい食わしてもらおうぜ」
「・・・神父さんは湿布も貼ってもらわないとね」
「ははは、そうだな」

藤本は雪男の肩を叩く。
大きく息を吸って、吐き出す。
雪男は、もう俯かなかった。




「・・・あれ?」
燐が目を覚ますと、見慣れた天井が見える。
ゆっくりと起きあがると、そこは神社でもなく、公園のベンチでも、ましてや廃校でもなかった。
家だ。修道院に帰ってきている。
いつの間に。しかも、自分は怪我をしたはずだ。
燐は自分の服をめくった。そこにはあったはずの傷はない。
確かに、血が大量に出ていたはずなのに。
触ってみるが、特に痛みも感じなかった。どういうことだろう。
混乱していると、ドアが開いた。雪男だった。
びくりと体を震わせる燐にかまわず雪男は言った。

「やっと起きた。兄さん、不良に突然殴られて気絶するんだもん。
あの後大変だったんだよ。神父さんも呼んで危うく警察沙汰になるところだったんだから」
「え?そうなの?・・・俺確か校舎に行って」
「夢でも見たんじゃない。それよりも。兄さん、僕に言うことない?」

雪男はずいっと自分の腕を燐に見せた。
そこには真新しい包帯が巻かれている。
燐はそのシーンを思い出したのか、顔を真っ青にしてベッドの上で雪男に向かって土下座した。

「ごめん!雪男!俺、お前に怪我させちまった!」
「いいよ、かすり傷だしね。それより、神父さんの腰に湿布貼ってあげてよ。
年なのに。兄さん捜してあちこち走り回ったんだからね。早く顔見せて安心させたげて。まったく」
「・・・わかった」

燐はすごすごとベッドから降りて、リビングの方へ向かっていった。
途中そっと自分の腹に手を当てる。
雪男は、怪我をしていた。治ってなんていなかった。
自分がいくら怪我の治りが早いといっても、こんなスピードで怪我が治るなんておかしい。
雪男の言ったとおり夢を見たんだろう。
燐は、一抹の不安を覚えながらも自分を納得させるようにそう思い込む。
雪男は背後から声をかける。

「兄さん、僕今日は魚料理がいいなー」
「ああ、ったくわかったって!!」

ばたばたと足音を鳴らして燐は出ていった。
様子を見た限り、燐が魔障を受けたような形跡はなかった。
普通悪魔に傷を付けられたら魔障を受けるのだが、
やはり燐の体に流れる上級悪魔の血が魔障を受け付けないのだろうか。
まだ、この日常は壊れない。
雪男は部屋の中で一人、暗い気持ちに捕らわれる。


本当に謝らないといけないのは僕のほうなんだ兄さん。
僕を庇って怪我をして、家族を庇って一人になった。
そんな兄さんのやさしさをなかったことにして、僕は嘘をつくんだ。
本当は。本当は。本当は。
言えば、キリのない言葉を、雪男は飲み込む。
兄がいる日常に戻れた幸せと、嘘をつく自分への自己嫌悪。
雪男は、そんな兄との日常が、好きだし。
嘘をつき続ける自分は、やはりもっと大嫌いだった。

ふと、声が聞こえてきた。リビングの方で、兄が自分を呼んでいる。
どうやら魚がないので買い物に出かけるらしい。
自分も荷物持ちに来いと、文句を言っている。
しかし、その声にトゲはない。
兄が、自分を呼んでいる。それだけで、雪男の心は温かいものに包まれる。
暗い気持ちが、消えていく。

「今、行くよ」

呼ぶ声が聞こえる方へ。その声をなくさないように。

苦い思いを飲み込んででも。
雪男は何度でもこの道を選ぶのだ。


弟の駆け引き


藤本は、教室の探索は行わず、一階にある職員室に向かった。
ここは廃校にはなったが、おそらく校舎の地図くらいは残っているはずだと踏んだのだ。
この学校が廃校になったのは、そんなに昔の話ではない。
おそらく使えるものもいくつか残っているだろう。
藤本が職員室。と書かれた扉を開けると、そこにはがらんとした空間が広がっていた。

人のいない机と椅子。壁には職員連絡用の黒板もある。
中に入って、机の引き出しを漁った。
職員用にはない。じゃあ、もっと上の。校長か、もしくは教頭用の机か。
藤本が他とは離れた場所にある机に行き、中を探る。
こつん、とした冷たい感触。学校によくあるようにラミネート加工されているようだ。
紙に描かれていたら黄ばんでよくわからなかったかもしれない。ラッキーだ。
藤本は神に感謝した。
そこには、確かに校内の見取り図が描かれていた。
どこかから、声が聞こえてきた。
校内には何の音もしないせいか、その放送の内容は遠く離れた藤本の耳にもよく届く。
チッと舌打ちをして藤本は動き出した。

「俺の息子達に手を出した奴に、お仕置きが必要なようだな」

兄弟がよく知る温厚な父の顔はそこにはない。
獰猛な、若かりし頃の面影がゆらりと揺れている。




雪男が教室を当たっていると、気になることがあった。
それは、別に物音がしたとかそういうことではない。
なぜだろう、あの辺りがものすごく気になる。
雪男は開けていた教室の扉を閉めた。
もやもやとした感触は消えない。
藤本は、祓魔師の免許を取った雪男に言った言葉がある。
とりあえず、気になったことは片っ端から当たれ。
意外と頭で考えるより正解だったりするぞ。
頭で物事を考える雪男にとってはその感覚がどういうものなのか理解できなかった。

もしかしたら、このもやもやがそうなのかもしれない。
雪男は間にあった空き教室を調べることをやめた。
そして、一直線に気になった教室へと足を運ぶ。
暗いせいで、中の様子は見えない。
雪男は銃を構えて、教室の扉に手をかける。
何か、中から音が聞こえる。
他の教室では聞こえなかった音、そして何かの声。
雪男は扉を蹴破った。

暗闇の中、雪男の目に浮かんできた光景。
だらりと足を伸ばして倒れる兄の姿。
その兄に、馬乗りになっている男の姿だった。
雪男は、銃を撃った。放たれたそれを間一髪で避けて、男は燐から離れる。
男が退いたことで、燐の姿がよく確認できた。
服を乱され、手錠で抵抗できないように拘束されている。
おまけに、目隠し。意識はないようだ、眠っているのとは違う。完全に気絶してる。

なにが、兄をここまで追いつめた。

男が、見つめている。
雪男ではない。倒れている兄に向かっている視線。視線。視線。
視線の先を追う。男がにやりと笑った。

あいつ。許せない。

雪男は男に再度発砲する。しかし、弾が教室の中を跳ねるだけ。
くそ、ここは狭い。跳弾して燐に当たらないとも限らない。
雪男は懐から瓶を取り出し、男に向かって投げた。
男の足に当たった聖水が、肉を焦がすようなにおいを充満させる。
悪魔にとって聖水は毒だ。
男から、黒い塊が噴出する。
しかし、一旦離れたそれが再度男の体にまとわりついた。
黒い影に覆われて、隙間から男の顔がのぞく。
それは、燐を拉致した不良の顔だった。

「・・・あ・・・がぐ・・・」

不良は意味不明な言葉しか発しない。
黒い影も、男の体に入っては出てを繰り返している。
その度に男の口から泡が出て大量の唾液が溢れていた。
目も左右に動いており焦点が合わない。どう見ても、正気とは思えなかった。
先ほどは、会話もできていたのに。まさか。

「完全に取り憑けていない、のか?」

普通悪魔に憑かれたら角や牙など悪魔特有の特徴が出るはずだ。
しかしかいま見えた不良の状態を察するに、その特徴は出ていない。
もしかしたら、この悪魔のことを憑依対象者が受け入れられていないのかもしれない。
この場合、憑依対象者にあまり長く悪魔を憑かせているのは危険だ。
一刻も早く引き離さなければ、命に係わる。
影は、不良の周りを行ったり来たりしている。
動きがぎこちないので、慣れない体がもどかしいのだろう。
影は、方向からして燐を捕らえたいようだった。

しかし、黒い影が燐に伸びる前に、雪男が立ちふさがる。
懐から瓶を五つ取り出し、それを悪魔に向けて投げた。
そのどれも、影は弾きとばす。ぱりんぱりんという音が教室に五回響いた。
聖水のかかった影は、音を立てて消失するが、すぐにまた再生される。
影が笑っている気がした。
雪男は再度瓶を出して、自分の足下に落とした。
ぱりん。これで、雪男の手持ちの聖水はすべてなくなった。
影が、雪男の息の根を止めようと動き出す。
雪男は言葉を発した。

「邪悪なる者の行動を禁ずる!」

ばし、と雪男の前で影が、悪魔が縛られたように動けなくなる。
雪男が自分の正面にできた聖水の水たまりに足を置く。
これは、他の五点とは繋がっていない。
中心点の設定。同時に、教室全体が青白い光に包まれた。
位置は五つ。点を辿れば線になる。
五点を基準にした星が教室に宿る。雪男は十字を切った。

「邪悪なる者の進入を禁ずる!!!」

影ごと悪魔の体は教室の外へと吹き飛ばされた。
ドアを突き破り、廊下の先まで転がり落ちていく。

高濃度の聖水を使って、結界を張ったのだ。
雪男は竜騎士だ。どちらかと言えば中距離からの攻撃の方が得意だった。
戦いながら結界を張るのは、手騎士の資格を持つ者の方が格段にうまい。
今回は手騎士の資格のないままやったので自信はなかったが、うまくいってよかった。

これでしばらくは時間が稼げる。
まずは、動けない燐をここから連れ出さないことには身動きがとれない。
雪男は一息ついて、燐の方へと駆け寄った。
手錠がかなり頑丈に床に打ちつけられていた。鎖に向けて、銃を放つ。
鎖はあっけなく砕け、燐の手は自由になった。
きっと暴れたのだろう、手首には赤い痣ができていた。
それに、服も乱れている。見れば、体にべとべとした液体がついていた。
雪男は思わず、息を飲む。しかし、どこも体に傷はついていない。
脳裏をよぎった最悪の予感は外れたようだ。
応急処置用の布で、燐の体を丁寧に拭いていく。
乱れた服を直せば、ひとまず安心だ。
ふいに首を見れば、手で絞められた痕がくっきりと残っていた。
その横の方には、黒い火傷のような痕が。雪男はそれを見て不審に思う。
こんな傷、どうやればできるんだ?
答えを出す前に、教室の壁が突き破られた。
黒い影が体当たりしてきたようだ。
しかし、中に進入しようとすれば結界が阻む。
雪男は燐を庇うように、立ち上がった。
どうやら、不良に取り憑いているのは高位の悪魔のようだ。
これくらいの反撃では止められない。
銃弾を装填して、構える。ここで、殺すしかない。
戦闘はより激しさを増すだろう。
背後の燐が起きたらどうしようか。
覚悟を決めたはずなのに、いざその時になったら自分は平静でいられるだろうか。
目を覚ました兄に、うそつきだと言われてしまうかもしれない。
不安もあるが、今はそれどころではない。

雪男が反撃する前に、目の前の悪魔は黒い何かを取り出した。
なにをする気だ。雪男は発砲する。影が銃弾を弾いた。
くそ、あの影が邪魔だ。不良の意志というよりオートで攻撃を防ぐ盾のようなそれ。
空中に散らばれば、それは無数のコールタールになる。小さな点ほど狙いにくい物はない。
広範囲に対応できる銃火機もここにはない。
悪魔は黒いなにかを、雪男に投げつけるのではなく地面に向ける。
悪魔はにやりと笑って、スイッチを押した。
ばちんッと音を立てて、雪男が敷いた結界の上を火花が走る。
嫌な音を立てて、水が。聖水が効力を無くしていった。

張られていた結界が音もなく崩れていく。
悪魔が一歩を踏み出した。
悪魔が持っていたもの。それは燐を気絶させた代物。
スタンガンだった。水は電気を通す。
燐の首に残っていた痕はスタンガンの火傷だったのだ。
電気を通したことで、聖水は効力を失ってしまった。
こんな結界の解除方法は初めてだ。
雪男は目を疑った。しかし、悪魔はゆっくりと教室の中へと侵入してくる。
阻むものはなにもない。
雪男は銃を構える。ここで殺す。
兄には触れさせない。
雪男が悪魔の興味を引こうと、銃で威嚇しながら悪魔に話しかけた。

「まさか結界をスタンガンで消されるとは思わなかった。お前、ただの悪魔じゃないな」
「・・・うる・・・さい、祓魔師・・・だ。消えろ・・・」
「消えるのはお前だ」

雪男は銃を撃つ。しかし、不良の前には黒い影。コールタールの集合体が。
それが邪魔をして本体にたどり着けない。
暗い教室の中で、雪男は頭をフル回転させる。
ああくそ、目の前が見えにくい。
夜の暗闇に、黒い敵。最悪だ。せめて電気がつけば。

瞬間。影が、雪男の足下をすくった。しまった。影の中に紛れ込んだのか。
雪男の腕が、影によって切り裂かれる。
この部分は燐が雪男をつきとばしてできた傷もあった。
応急処置で巻いていた包帯が宙を舞う。血が、そこかしこに飛び散った。
痛い。しかし、我慢だ。
雪男は倒れず踏ん張った。床に銃を撃って距離を保つ。
影も離れていった。
どくんどくんと心臓が脈を打つ度に痛みが走る。
この腕では銃は持てない。片手でやるしかないか。その為の両利きだ。
目の前の悪魔は笑っている。
いつでもお前なんか殺せるぞ。そう言っているようで癇に障った。

「兄さんは・・・渡さない・・・!」

雪男が呟いたそのとき、悪魔が目を見開いた。
雪男を見ているのではない。雪男の背後。
振り返った。そこには燐が立っていた。
冷たい瞳だ。その瞳にはなにも写っていないように思えた。
燐の口から言葉が漏れる。

「・・・・・・ゆき、お・・・?」

燐の頬には、雪男が流した血がべっとりとこびり付いていた。

親子は走る


兄さん。

雪男に呼ばれれば、燐はいつだって駆けつけた。
小さな頃いじめられていた弟。助けるのは自分だった。
雪男は燐にできないことができた。
頭が良くて、将来はお医者さんになる。
そんな弟の夢を燐は誇らしかった。誰かを救える人に、雪男ならきっとなれるだろう。
だから雪男が困っていたら、燐はいつだって駆けつけてやりたい。
でも、それが邪魔になるのだと気づいたのは一体いつからだっただろうか。
雪男の手から流れていた血。燐が傷つけてしまった弟。
成長してからの燐は、雪男の邪魔ばかりしている。
優等生の弟の行く先に、自分はいないほうがいいと気づいてしまった。
燐は、やさしくなりたかった。
でも、いつだってそれは空回りして、誰かを傷つけてしまう。

不良の後をついていくと、学校にたどり着いた。話していたとおり、廃校のようだ。
燐も幼い頃、何度かこの学校の制服の生徒を見たことがある。
廃校になった原因はなんだったのか。
おそらく新聞などには出ていただろうが、燐は知らない。
校門を乗り越えて、校舎の中に入る。
誰もいない学校は、寒気がするくらい静かだ。
そして、燐が感じていた視線が一層強くなる。
燐のことを余すことなく見つめる視線。
燐が自分の縄張りに入ってきたことに、歓喜しているようだ。
程なくして、寂れた教室にたどり着いた。
そこで、燐は不良から体を拘束されそうになった。
不良が手に持っていたのは、頑丈な鉄製の手錠と、黒い布だ。

「ちょっとおとなしくしてて貰うぞ」

不良の手が、燐に伸びる。
燐は、敵のリーダーを倒すために来た。
だから、ここで拘束されてしまってはかなわない。
時計を見た。あれからかなり時間がたっている。
倒れていた雪男も修道院に戻っただろう。
おそらく、神父にも連絡はいっているはずだ。
不良の話を、雪男は聞いていた。家の周りを警戒してくれているはず。
放火の罪は重い。警察が動いてくれているのを祈った。
燐は覚悟を決めて、不良に殴りかかろうとした。

その時、教室のスピーカーから声が響く。

『動くな、奥村燐。今お前の家の前に俺の仲間がいる。人質がいることを忘れるな』
「・・・ッ!」

教室に設置されていたスピーカーごしの放送。
相手は、見えない。姿を現さない。しかし見られている。

殴りかかる手を燐は止める。

不良は、拳を納めた燐を恭しく抱き止めた。
おもしろくてしょうがない、といった風だった。
教室に響く声。不良はリーダーだよ。と燐の耳元でつぶやいた。
おそらく、燐を見つめる目の持ち主だろう。
気持ちが悪い。しかし、逆らうことはできない。
燐は手に手錠をはめられた。そして、視界も黒い布で覆われる。
突き飛ばされて、教室の床に転がされた。
腕を上げられて、何かを床に打ちつける音が聞こえる。
程なくして、燐は完全に床に縫いつけられているような体勢になった。
手錠の鎖を床に打ちつけたようだ。
動くのは、足だけだった。
そして、不良はなにも言わずに、教室から出ていった。
がらりと扉が開く音が聞こえて、閉まる。
静寂の中、燐の呼吸音だけが唯一の音だ。

誰もいない、でも燐の行動は見られている。と感じた。
先ほどの放送の声。あれは本当に人間の声なのだろうか。
暗くて、じめっとしていて。見えていないはずのものを見ている。そんな感覚だ。
足を動かしてみるが、なにもない。
学校にある机やイスも、教室の隅に置かれているようだ。
燐は、拘束されたまま静かに呼吸をした。
そうしないと不安でいっぱいになってしまう。

雪男。神父さん。大丈夫だろうか。

自分はここから逃げ出してあの家に帰ることができるのだろうか。
もし、このまま誰も来なかったら。
家族が死んでしまったらどうしよう。

そう考えると恐怖で身がすくむ。
教室の隅で音が聞こえた。かたん。
なんだろう、なんの音だろう。見えないから、なにをされるのかもわからない。

目隠しされていることがこんなにも恐怖心を煽るものだとは知らなかった。
また、音が聞こえた。かたん。
それは燐のすぐ足下で聞こえてきた。なにかが、燐の体の上に跨った。
なにをする気だ。燐は足をあげようとした。
しかしそんな抵抗などお見通しといった風に、なにかが足を掴む。
はあ。と荒い息が燐の顔に吹きかかる。生暖かい。
それに、どうしてだろうか。興奮しているような印象を受ける呼吸音だ。
足の間に、なにかが入り込む。燐の上着がぐい、と首もとまで上げられた。

「まっ・・・何すんだよ!!!」

がしゃんがしゃんと燐は手錠を鳴らすが、相手は何も答えない。
それどころか行為はエスカレートしていった。
燐の上着だけでは飽きたらず、アンダーの黒いシャツまでたくし上げられた。
燐の肌を、なにかが這い回る。べとべとしていて気持ちが悪い。
なにを探しているのか。それは、燐の体にあるものだろうか。
燐には検討がつかない。べとべとしたものは、腹から胸まで何度も辿った。
舐められいるようだ。
ぞくりとした感覚が燐の肌の上を滑る。
経験したことのない気持ち悪さに燐は体を強ばらせた。
上半身を一頻り弄ったなにかは、今度は燐のズボンに手をかけた。
ファスナーを下ろそうとしている。燐は激高した。

「やめろッ!この、変態野郎!!!」

燐は暴れたが、拘束された状態では抵抗のしようもない。
くつろげられたズボンから、腰の方に手が入ってくる。
それは明確な意志を持って何かを探っているようだった。
やがて、燐の体の。腰から下。
そして胸元までなにかが這う感触がして、一旦ぬめりのあるなにかは離れた。
そのなにかが離れる感覚に燐はひどく安堵した。

自分の体を、好き勝手にいじられるなど屈辱以外の何物でもない。
不意に、顔の当たりに何かが来た。
手、だろうか。燐の顔や首元を撫でまわしている。
そして、燐の首に手がかけられた。
手は、明確な殺意を持って燐の息の根を止めようと動く。

「・・・あ、ぐ・・・!」

耳から聞こえる音は荒い呼吸音だけなのに。
それは頭の中で声になる。

ちがうちがうちがうちがう。
何が違うのかわからない。

ないないないないないない。
何がないんだ。わからない。

にんげんにんげんにんげん。
人間、俺は。そうだ、人間だ。

人間。と聞こえて、燐はふと家族の姿を思い出した。
雪男、大丈夫だっただろうか。
俺のせいで怪我させてしまった。
ここで殺されたら、もう謝ることだってできない。

雪男、ごめんな。
怪我させてごめん。

どこにいるかもわからない弟に向けて燐はつぶやく。
息が、つまる。
呼吸ができない。
そして、声が耳元にかかる。

「若君様」

若君。一体誰のことを言っている。
片手が離れて、相手が何かを向けてきたことがわかった。
なんだろう、嫌な予感がする。
がらり、という扉が開く音が聞こえてきた。
誰か来た。しかし、それが誰かまではわからない。
ばちん。何かの音がして。
燐の意識は、闇色に染まった。




雪男が路地裏から立ち上がると、血はだいぶ止まっていた。
持っていたハンカチで止血したことがよかったようだ。
ふらふらと立ち上がって、前を見た。
そこにはもう自分の兄の姿はない。
舌打ちをして、雪男は、ポケットから携帯電話を取り出した。
藤本に、神父に連絡しなければ。
悪魔堕ちした輩に兄の誘拐を許してしまうなど失態以外の何物でもない。

兄さんが、僕のせいでいなくなったらどうしよう。

そうなったら雪男は自分が許せない。
この苛立ちも、聞き分けのない兄への不満が半分。
もう半分は自分に向けられている。
苛立ちながら通話ボタンを押すと、着信音が鳴った。
すぐ近くだ。雪男は音の方向を振り返った。
そこには神父が立っていた。
雪男の姿を見るやいなや、藤本は駆け寄ってくる。

「雪男!お前血が・・・!」
「かすり傷だよ、神父さん。でもなんでここがわかったの」
「ああ、さっき祓ったコールタールが空に吹きあがっていただろう。
あれが俺のいる通りから見えたんだ。お前だろうって思ってな」
「合流できてよかったよ。兄さんを浚った奴なんだけど、仲間がいるらしいんだ。
修道院に放火するかもしれない・・・兄さん。僕らを殺すって脅されてて手が出せなかったんだ」
「そうか・・・あいつ。やっぱり・・・
大丈夫だ。修道院には俺から連絡を取る。あいつらもプロだ。隙は作らんさ」

神父は雪男の手を見ると、素早く持っていた聖水と消毒液をかけた。
傷口が焼けるようにしみる。
しかし、処置としては正しい。
悪魔と遭遇した時にできた傷は、どんなものであれ聖水で消毒しておくと
魔障にかかりにくくなるのだ。
魔障はまだ未知のものもあるため、念には念をいれておくに限る。

「応急処置ですまないが、いけるか?」
「うん、兄さんはこの先の廃校舎に連れて行かれたみたいだ・・・
ごめん、神父さん。僕がいながら」

雪男の心中がわかったのか、藤本が雪男の肩を叩く。
雪男は一瞬だけ顔を下に向けて、前を向いた。
落ち込んでなんかいられない。まだ間に合う。
兄を、悪魔の手から奪い返さないと。
藤本が来たことで落ち着きを取り戻した雪男は、懐に手を入れた。
取り出したのは、愛用の拳銃だ。
何かあったときの為に、持ってきてはいたが、完全に悪魔堕ちしていない人間相手に
撃つわけにはいかなかった。それに、燐がいる前で銃を撃つことは躊躇われた。

燐にとって自分はあくまで優等生の弟だ。

こんな悪魔祓いをする側面を持っていることを燐は知らない。
しかし、もうそんな細かいことに捕らわれている場合ではない。
雪男は覚悟を決めて銃の安全装置を外した。
藤本は雪男に問いかけた。

「覚悟、できたな?」
「うん。行こう神父さん」

路地裏を二人は駆けた。こうして悪魔祓いに親子で取り組むことは初めてではない。
雪男がまだ祓魔師の免許を取る前から、雪男は藤本の元でエクソシズムを学んでいる。

兄を悪魔から守る為に、雪男は強さを。知識を学んだ。
そして、この強さが守るだけではなく、
おそらく別の意味を持つことも雪男は察していた。
兄が、悪魔の力に目覚めて万が一暴走することになったら。
それを止める為の力でもある。
兄を守る為に身につけた力は、同時にその兄を殺す側面を持つ。

矛盾しているのかもしれない。
そして、その矛盾を藤本も抱えている。

藤本と雪男は持っている力の根底が似たもの同士だ。
守りたいものを殺す力。
守りたいものを守るためについている嘘。
それを抱えて、生きている。
家族が笑って過ごす日常を守るために。


走って走って、たどり着いたのは廃校だった。
以前新聞に廃校になったという記事があったのを雪男は覚えていた。
この学校の生徒を道で見かけたこともあったのに、
なぜ廃校になったのかは詳しくは知らない。
藤本は、校舎に向かってつぶやいた。

「イヤな感じだな、ここ。確か表向きは学区整理による廃校なんだけど、
実際は悪魔が出没するってことで人がいられなくて廃校になったんだ」
「祓魔師でも祓いきれない悪魔がいたってこと?」
「下っ端の悪魔自体は祓えるんだけど、どうにもその親玉が見つからなかったらしい。

出入り禁止にして、結界で封じておいたらしいが・・・この門の辺りを見る限り。
不良のたまり場になってたみたいだな」

門の付近には、たばこやお菓子のゴミなどが散乱していた。
人のいない校舎は、不良にとって格好の遊び場だっただろう。
人が入り、場が汚されたことで結界が破られた。
自由になった悪魔は、そこにいた不良に取り憑いて町を出歩く。
推測だが筋は通る。
二人は門を飛び越えて、校舎の中に入る。
長く続く暗い廊下を見て、二手に分かれようと提案したのは藤本だった。

「お前は燐を探せ。俺は親玉を探す。こいつを叩かない限り、恐らく何度でも続くはずだ」
「・・・わかった神父さん。気をつけて。そういえば動きがぎこちないけど、どこか怪我でもしたの?」

雪男が心配そうな声を出すと、藤本も真剣に返した。

「走った上に。門を飛び越えるっていう体力のいる仕事をしたせいか腰が痛い。
俺も年だな」
「・・・そう、帰ったら兄さんに湿布貼って貰うといいよ」
「そりゃいい提案だ」

にゃはは、と藤本は笑い、二人は別れた。
雪男は神父の後ろ姿を横目で見送る。
小さな頃に比べて、今の神父の背中はたまに小さく思える時がある。
自分が大きくなったせいもあるだろうが。やはり神父も年だ。
雪男はなおさら自分がしっかりしなければと思い直した。

早く兄を見つけて、三人で家に帰ろう。

雪男は校舎の教室を扉を開けた。
なぜだろう。
兄が呼んでいるような。そんな気がした。

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