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CAPCOON7

青祓のネタ庫

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終末へのコンタクト


「そんなの、嘘だ・・・」

雪男は動揺していた。
確かに、この世界は居心地がよかった。
でも、それは兄を犠牲にして成り立っていた。

「まぁ今までのは、9割嘘で1割が本当です」
「何・・・」
「だけど、今の言葉自体が嘘かもしれないですね?嘘だと言ったことが嘘かもしれないし。
9割の嘘が嘘かもしれないし、1割の本当が嘘かもしれない。
でも今言ったことすべてが嘘で、実はどれも本当かもしれない。さて嘘と本当はどれでしょうかねぇ?」
「人をバカにするのもいい加減にしろ!」
雪男は銃を取り出して、反射的に撃った。
メフィストは立っていた扉の前から消える。
消えた、どこに逃げた。
雪男は背後を振り返る。長い廊下があるだけでメフィストの姿はない。
正面には閉ざされたドアが一つ。
どこだ。
考えているとメフィストの声が聞こえた。

「貴方、今私に『消えてほしい』と願ったでしょう?だから私は消えたんですよ」
「な、何を言って・・・」
「正確には、奥村君が願ったんでしょうけど」
「兄さんが・・・」

「さぁて、私の出番はここまでのようだ。選択の行く末を見させていただきましょうか。
ああそうだ、最後にいいことを教えてあげますよ奥村先生・・・」


雪男の耳元で囁く声が聞こえた。

「この世界はね―――」

それは、悪魔の囁きだった。

「待て!メフィスト・フェレス!」

メフィストの声が消えた。
廊下は、屋敷は、世界は、不気味なほど静まり返っている。メフィストは消えた。
だがあの男の言葉をどれだけ信用していいものかわからない。
何が本当で、何が嘘だ。
雪男の頭の中はめちゃくちゃだ。
ひとまず銃をホルスターにしまう。
深呼吸して、目の前を見る。
扉だ。
この奥に、兄さんがいる。
雪男は確信していた。
そしてもしもいなくても、願えばこの奥に存在するだろう。
メフィストの言葉を信じるならここはそういう世界だ。
雪男はドアノブに手をかける。
がちゃり、と金属の音が響く。

鍵はかかっていなかった。



広い部屋だ。でも、何もない。
一面に張られた窓の側に、鳥かごとソファがあるだけだ。
なんて寂しい部屋だろう。
窓の外には通学路が見えた。
きっとしえみはあそこから、この部屋を見つけたのだ。
外は見えるのに、決して外には触れられない。
通学路を楽しそうに歩く学生を見て、彼は何を思ったのだろう。
このひとりぼっちの寂しい世界で。
雪男はドアを閉めた。
バタンという音が妙に大きく響く。
歩いて、鳥かごの方に近づいた。
中にいる人物は、こちらに背を向けて外を眺めていた。
声をかける。
「兄さん」
振り返った。兄がいた。
もうずっと長いこと会っていないようで、どこか他人のようにも思えた。
黒い見たこともない服を着ているのも原因かもしれない。

「雪、男・・・」
「そうだよ、兄さん」

雪男は駆け寄ろうとした。
でも、燐は近づく雪男に不思議そうな顔を向けている。

「俺、お前の兄貴だった・・・のか?」

雪男の足が止まった。

「な、何言ってるの・・・?」
「悪い、お前の名前はわかるんだけど・・・初めて会う、よな」
「・・・違うよ」
「ここからさ、外見てたらお前と・・・しえみがいて。
あの女の子の名前ってしえみ・・・だよな。お前も呼んでたし」
「・・・兄さん」
「お前ら二人とも楽しそうだったから、羨ましかったんだ。
俺、気がついたら一人ぼっちだったし。ずっと会ってみたくて・・・」
「違うよ!」
「・・・?何が、違うんだ?」

「全部違うんだ。全部、僕が悪いんだよ!」

雪男は駆け寄って、檻ごしに燐の体を抱きしめた。
燐の首には鎖がついていて、しゃらんと檻と鎖が当たる金属音が響く。
抱き寄せた燐は、なにかに気づいた表情で雪男の手から逃れようともがく。
「離せ!」
「兄さん!」

「お前も俺に変なことするのか!」

青い炎が沸き上がって、雪男はソファに突き飛ばされた。
しかし、青い炎が出ると同時に燐は首に手をかけて苦しそうにしている。
見れば、首に架けられた輪が炎に呼応するかのように燐の首を戒めていた。
天罰―――メフィストの言葉が思い出される。
雪男は急いで燐に話しかけた。
「兄さん、落ち着いて!」
「・・・うっ・・・」
「大丈夫だよ、落ち着いて息をして。炎を押さえるんだ。兄さんならできる!」
青い炎がゆっくりと収束していった。
燐の呼吸も、荒いが落ち着いてくる。
雪男は燐の背を撫でてやろうかと思ったが、やめた。
また同様のことが起きるかもしれないからだ。
仕方なく、そのままソファに座ってそこから話しかけた。

「大丈夫?」
「・・・なんとかな」
「ねぇ、兄さんには・・・記憶がないの?」
「いや、おぼろげなんだけどあるんだ。
でも、霧がかかっている風にもやもやしてて、思い出せない。
お前を知っているようで、何も知らないんだ」
「うん、知らない相手にいきなりあんなことされたら、びっくりするよね。ごめんね・・・」
知らない相手、と自分で口にするのは予想外に堪えた。
でも、雪男は話しを続ける。

「ねぇ、ここから出よう」

燐は、雪男の顔を見て視線を逸らした。

「僕と、目も合わせたくない?」
「・・・そうじゃない」
「じゃあ、出たくない?」
「いや、外に出たい。閉じこめられてからずっとそう思ってた」
「じゃあ、どうして答えてくれないの?」

燐は、ためらいがちに口を開こうとした。
でも、閉ざした。
「言ってよ、兄さん」
雪男は燐の言葉を待った。
燐は、答えた。
どこか、諦めたかのように。

「俺がいたら、お前の迷惑になるだろう」

寂しそうな声だった。

「夢でさ、俺はお前と学校の寮で暮らしてるんだけど、喧嘩するんだ。
で、お前は俺のこと邪魔だって思ってた。そこはよくわかるんだ。
今までも、考えなかった訳じゃない。
そのときも、俺がいなかったらお前は幸せだったんじゃないか。
そう思ったんだ。そう考えたら、ここから出られなくなった」
「それは、違うよ・・・」
「俺がいなくてよかったって、思ったんだろ?」
「違うんだ」

「だから、俺は・・・」

燐は雪男にまた背を向けた。
雪男は立ち上がって、鳥かごの周りを歩いた。
金属でできたそれは、簡単には抜け出せないようにできている。
でも一カ所だけ、開く部分があった。
手をかけて開くと、簡単に入り口が開いた。

「入るよ、兄さん」
「ちょ、お前・・・」
「入るなっていっても聞かないよ」

中に入って、入り口を閉めた。
鍵はかかっていないから簡単に入れる。
檻の中に、二人。
雪男は燐に近づいた。
燐は逃げるように、後ずさりした。
でも、檻に背が当たってもう逃げられない。
雪男は檻に手をかけて、燐が逃げられないように檻と腕の間に閉じこめた。
視線が絡む。

「兄さんが出ないなら、僕もここにいる」
「なんで・・・」
「ねぇ、兄さんがいない世界に僕の幸せがあると考えているんなら、それは間違いだ」

あの悪魔の兄弟を雪男は任務で殺した。
もしかしたら、自分たちが辿っていたかもしれない末路にいた二人の兄弟。
兄は弟をかばい、弟も兄を生かそうと必死だった。
そんな願いを持った悪魔を、無惨に殺した。
後味の悪い、最悪の任務。
でも、引き金を引いたのも、殺したのもすべて雪男が決めてやったことだ。

「祓魔師になったのも、引き金を引いて何かを殺すことを決めたのも、全部僕が決めたことなんだ。
それは全部、兄さんを守りたくて決めたことだ。
だから、望まない結末があったとしてもそれは僕が受け止めることで、兄さんが悪いんじゃないんだ」


例え、どんな未来が待っていたとしても。


「ひどいこと言ってごめんね」


燐の目から、涙がこぼれた。
その言葉を、ずっと待っていたのかもしれない。
燐は、何度も頷いた。
雪男はそれを優しく指で拭う。
指で唇に触れて、そのままキスをした。
動揺する燐を逃さないように腕を燐の背に回して、
首から伸びた鎖をつかむ。
キスに不慣れな燐は、ついていくのに必死で気づかない。
腕を頭上に上げさせて、両手を鎖で檻に繋いだ。
そうして、唇を離す。
燐は、ようやく自分のおかれている状況に気づいた。
「雪、男・・・なにして」
「やり直しをさせてよ、兄さん」
「やり直し?」
「そう、仲直り。僕らいつもそうしてきたでしょう」
「俺、覚えてないけど・・・」
「僕が、覚えてるよ」
雪男は放心している燐の足を引っ張って、そのまま下に敷かれている白いクッションの上に燐の体を横たえさせた。
燐の足の間に、雪男は体を入れ込んだ。
足が閉じれないように。


雪男は、燐の胸元のリボンに指をかける。


そうして一生隠しておこうと思っていたことを、口にする。


「兄さん―――好きだよ」


世界が目覚める時間がやってくる。

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