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CAPCOON7

青祓のネタ庫

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一歩進む為の足音


気がつくと、兄が寮の扉から出ていく所だった。
ひどいことを言った自覚はある。
でも、今は謝る気にはなれなかった。

謝れ!そうしないと後悔するぞ!

心の中から誰かが叫んだ。
今謝らないとどうなるのか、そいつは知っているようだった。
僕は、一瞬躊躇って、でも扉を開けて廊下を歩く兄に言った。

「兄さん!!」

予想外に大きな声で言ってしまった。
去っていく後ろ姿が止まった。
振り返りはしないが、引き留めることに成功したようだ。
僕は、逸る気持ちを抑えながら伝えた。

「ひどいこと言ってごめん。今のは嘘だよ。
なんていうか、任務で・・・納得できない結果になって、それがすごく嫌で。
なかったことにしたかったのかもしれない。でも、それは僕のせいだから。
兄さんに八つ当たりして甘えたんだと思う。だから、さっきのはごめんね」

廊下で立ち止まる背中はこちらを振り返らない。
ポケットから取り出したものを、投げた。
ぱし、と後ろを向いたまま兄はそれを受け取る。

「なんだこの消し炭は・・・」
「それ、しえみさんが僕らにってくれたんだ。そのクッキーは兄さんの分だよ」
「え、マジで!?しえみのクッキーか・・・」

うれしそうな声が聞こえる、つられて僕も嬉しくなった。

「ねぇ兄さん」
「なんだよ」

クッキーをポケットにしまって。
でも振り返らない、その背中。
それでもいい。

「後で、二人でお礼を言いに行こうよ」

そうして兄は振り返る。
僕が見たかった笑顔で。

「そうだな」

そのまま、俺行くとこあるからお前部屋で待ってろよ。
と言って廊下を歩いていった。
兄さんの背中が階段の方へと消えていく。
不思議と、焦燥感は消えていた。
約束をしたんだから、きっと兄はここに帰ってくる。
安心して、部屋に戻る。
足下にいたクロが嬉しそうに、にゃーと鳴いた。
クロの首には、神隠しの鍵を通した紐がかかっている。

「あれ、それ兄さんの鍵だろう。なんで君が持ってるの?」

その鍵を、雪男は不思議そうな顔で見ていた。





燐は、廊下を歩いていた。
歩くたびに首元がシャツでこすれて痛い。
ネクタイを乱暴にひっぱって緩める。
首には何かで締められた痕が赤く、くっきりと残っていた。
ネクタイを緩めた手には、手首の方に鎖の痕が残っている。
しばらくすれば、この痕は跡形もなく治癒するだろう。
でもそれまではこの痕を雪男に見られるわけにはいかない。
振り返らなかったのは、そのためだ。

あいつは聡い。

だから、少しだけ距離をとった。
ポケットの中で携帯の着信音が聞こえた。
一瞬驚くが、すぐに画面を確認する。
表示された名前に気分が萎えた。
だが、こいつには言わないといけないことがある。
恐らく、向こうもそうだろう。

「よぉド変態ピエロ」
「閉鎖された孤独な世界はお楽しみいただけましたか」
「全然」
「やっぱり君みたいな馬鹿でも、自分が何者かわからないまま放置されて、
幽閉されるとあんな風に不安定になるんですね。窓際に檻を置いた効果は絶大だ。
楽しそうな外と孤独な内。孤独感は一層増してもはや蜜の味。
精神不安定の君はなかなか忘れられるものじゃないです」
「・・・てめぇ今すぐ出てこいぶっ殺してやる」
「弱気な君が見たかったんじゃないですか?」
「何が言いたい」
「彼は、君に甘えて欲しかったんじゃないですか。と思ったことを言ったまで」

甘えて欲しかった。
そうなのだろうか。
あの世界は、雪男の望んだ世界だったんだろうか。
それが燐にはひっかかっていた。
「なぁあの世界は・・・」
「無かったことにされる世界、それが悪魔の安息日です。
このことは奥村先生にはお伝え済みだったんですがね」


メフィストが雪男の前から消える時、
メフィストが囁いた言葉はこうだ。


『最後にいいことを教えてあげますよ奥村先生・・・この世界はね。
なかったことにされるんです。
現に今まで誰一人としてこんな時間があるなんて知らなかったでしょう。
それは、なかったことにされてきたからなんですよ。
だから、ここでの出来事はみんな忘れ去られる為の出来事なんです』

メフィストの囁きは、確かに雪男に届いていた。
それを聞いて、燐はまた疑問に捕らわれる。
雪男がとった行動は、忘れられることを知っていながら
とったことだったのだろうか。

なぁ雪男
なかったことにされるのをわかってて
俺に―――

そして矛盾に気づく。
「・・・お前、雪男を騙したのか?」
「騙してなどいません。あの時間が忘れられることは本当だったでしょう。
ただ、『人間』だけが忘れるということを伝えなかっただけですよ」
「この悪魔」
「君も悪魔ですよ」

悪魔だけが覚えている世界の記憶。

記憶の戻った今ならわかる。
あのとき、雪男はやり直しをしようと言った。
そうして、俺たちはいつもそうしてきたとも言った。
『俺、覚えてないけど・・・』
『僕が、覚えているよ』
おい雪男。あんなこと俺達したことなかっただろうが。
この嘘つきメガネ!
そうやって罵ってやりたかったけど。
言葉とは裏腹に。結果として雪男が忘れて、俺だけが覚えていることになった。


あの世界の雪男の言葉を、俺は忘れていない。
忘れる事なんてできない。


首と、手首の痕をそっと撫でた。
そこは確かに熱を持って、存在を主張する。
俺は確かに、雪男の願いを叶えてやりたかった。
やり直しをしようと、雪男は言った。
そうして、俺達はもう一度やり直している。

今度は喧嘩をしなかった。

この結末が、俺たちの望んだ結末なんだろう。
きっとそれでいいんだ。

「―――貴方はそれでいいんですか?奥村君」
「・・・いいんじゃねーの」
「貴方が本気で拒めば、結末は違ったんじゃないでしょうか。
だって、あの世界は弟さんの願いを叶えようとしたとはいえ、
本質は『貴方の望み』を叶える世界だったんですよ」
「・・・それ、どういう意味だ」
「好意と行為は片方の望みじゃ成り立たないもんですよ」

電話は切れた。
プープーという電話が途切れた無機質な音だけが聞こえる。
好意と行為―――
それの意味することがわからないわけがない。
てめぇ見てたのかよ。
とりあえず、次に会ったら殴っておこう。

電話を閉じて、方向転換。今度は来た道を戻る。
あの世界の名残の痣が少しずつ薄れていくのがわかったから。
戻ったら、しえみにお礼を言いにいこう。
雪男との、約束だ。




ふと、立ち止まって、空を見た。
どちらの世界でも変わらず、青いままだ。
閉鎖された世界で、外の世界に憧れた。
その中に混ざりたいって、思っていた。
確かに起こったことなのに。
なかったことにされれば、
まるで、夢を見ていたかのように思えるのも事実だ。

あの日の雪男の本心を知ることは、きっともうないだろう。

それでもいい。


『兄さん、好きだよ』


思い出すと顔が赤くなる。
くそ、なんだよこれ。
こんなこと、初めてだ。
今から雪男のいる部屋に戻っても平常心でいられるだろうか。
ひとまず、顔の火照りは収まって欲しいものだ。
あの時の雪男の表情を思い出す。
苦しそうで、泣きそうで、嬉しそうな。
あんな顔初めてだ。

今から、それを全部忘れたお前に会いに行く。

ぱん、と顔を叩いて、前を向いた。
そうしてもう一度歩き出す。


「へこんでなんかいられるか、俺はお前に甘えっぱなしじゃいられねーからな」

この世界は、願うだけでは何も変わらない。
変えたければ、自分で動くしかないのだから。


「―――俺も好きだよ」


言ったら、どんな顔するのかな。
考えて少しだけ笑った。


例え、なかったことにされたとしても。
あの日雪男がくれた夢の残像は
今も俺の胸の中で静かに眠っている。



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