青祓のネタ庫
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≪ 白鳥零二はクズである | | HOME | | まっすぐな道でさみしい ≫ |
人が悪魔の力を得るには同等の対価が必要だ。
古来より人は悪魔の力を得ようとさまざまなものを供物として捧げてきている。
曰く。鶏、動物の死体。毒草。しゃれこうべ。そして、処女。
生け贄の山羊といえば、定番だろうか。
それらを悪魔へと捧げ、召還者は悪魔の力を行使した。
そう思っているのは人間だけかもしれないが。
悪魔は甘言を言って人をたぶらかし、自分の思うように人を操る。
それは召還者に対しても同じことだ。
悪魔の言葉に乗せられて、命を奪われた人は数知れない。
対価を。悪魔は言う。
悪魔の力を使っておきながら、なにもなしとは言わせない。
悪魔は人に微笑んだ。
燐は、やられた。と思った。
アスタロトは最初からこれが狙いだったのだ。
燐に話しかけてきたことも。最終的には自分の望みをこちらに飲ませるために仕掛けてきたことだった。
アスタロトを召還するにあたって燐がやったことといえば、呼びかけに答えたことだ。
召還の魔法陣や血はすべて藤堂がお膳立てしている。
なにも、アスタロトを召還しようとしてしたことではないとはいえ、
藤堂の行為で悪魔は物質界へ干渉する力を得た。
そのタイミングを悪魔は逃さなかった。
悪魔は、意識もおぼろげな燐にささやいた。
およびください。と。
力になります。と。
燐はみんなを助ける力が欲しかった。
呼べという悪魔。招く召還者。利害が一致した瞬間。
悪魔は力を行使する。
そして、その分の対価を要求してきた。
鶏でもなく動物の死体でもなく。毒草、しゃれこうべでもない。
ましてや処女や生け贄の山羊でもない。
悪魔の世界への、帰還。
古来から続く契約への対価をアスタロトは要求する。
「このまま若君をこちらに残して帰るわけには参りません。さぁ行きましょうか」
「ちょっと待て!ストップ!!降ろせ!俺を降ろせ!」
「できません」
アスタロトはどんどん雪男たちから距離をとろうとする。
止まれ、と燐が言ったことでようやく足取りが止まる。
遠ざかっていた雪男の顔が近づいてきた。
顔色が真っ青だ。そうだよな、いきなり虚無界行きが決定しそうになったのだ。
心配しないわけがない。
「いったいどういうことなんや奥村!」
同じく駆け寄ってきた勝呂も焦った声で燐に問いかける。
燐が答えようとして、それをアスタロトが遮った。
「どうしたもこうしたもない。若君の御身を貴様等に任せておくわけにいくか。
現に見ろ。若君はこんなにも傷ついておられる。
それをしたのは悪魔堕ちした元人間だ。
これ以上人間に若君を傷つけさせるわけにはいかない」
「待てって!俺は虚無界に行く必要なんて・・・」
燐が言おうとしたところで、ぐらりと意識が揺れた。
まずい。藤堂を倒したことで気が抜けたのか。貧血が一気に襲ってきた。
アスタロトの腕の中でぐったりとした燐を見て、雪男が声をかける。
「兄さん、意識を持って!召還者が意識を失えば、悪魔のいいなりになってしまう!」
燐は雪男の声で、なんとか自分を保った。危ないところだった。
アスタロトは、痛々しい目で燐を見る。
アスタロトが燐を心配することは本当だ。
そして、燐を救うやり方が間違っているとは、アスタロトは思わない。
悪魔は自分の欲求に忠実だ。悪魔の欲求は悪魔自身の正義となる。
それが間違いだとは露ほども思わない。
それが悪魔と人間の違いだ。
「対価をなくすならば・・・ここら一体をすべて汚染し直しましょうか。
先ほど払ったコールタールを戻せばたやすいことです。
私が満足するまで壊せば、大人しく虚無界へと帰りましょう。
お迎えにはまた後日伺わせて頂き・・・」
「そ、それはだめだ!」
「では、ご一緒に帰還致しましょう」
「それも無理!」
「ではどうしろと」
燐が逃げようともがくのを、アスタロトは逃さない。
雪男たちも、なにかを言おうとするが、言えば言うだけドツボにはまりそうだ。
悪魔に言質を取られれば、なし崩し的に燐を浚われかねない。
燐が行かなければ、ここら一体は汚染される。
おそらく大勢の人が死に、町も死ぬ。
では、このまま燐を虚無界へと向かわせるのか?
答えは否だ。燐一人に背負わせるわけにはいかない。
雪男たちは覚悟を決めてアスタロトに武器を向けた。
相手は八候王。正直勝てる相手ではない。
それでも、仲間を見捨てることは、できなかった。
「兄を離してもらおうか」
「奥村一人で背負わせたりせえへんで」
雪男たちも譲れないものがある。
アスタロトにも譲れないものがある。
アスタロトはおもしろい、といった風に片手を挙げる。
その手にコールタールと瘴気が集う。
瘴気は毒と同じだ。人間が吸えば、死んでしまう。
燐は双方をみた。
自分を守るといって虚無界へ行こうと誘う悪魔。
自分を見捨てはしないといって、命を省みずに戦おうとする仲間。
「お前等、ちょっと待て!!!」
燐はアスタロトを炎を纏っておもいっきり殴りとばした。
地面にアスタロトもろとも倒れこむ。
正直、貧血の身でやるにはつらい。
けれど、燐にも譲れないものがある。
燐は、ふらふらとしながらも誰の手も借りずに立ち上がった。
アスタロトと、仲間の間にたって。言い放つ。
「おいアスタロト」
「なんでしょう若君」
「対価とか言ってたよな?それ。もう一回言ってくれ」
「悪魔の力を得るには同等の対価が必要です。
私の力の行使への対価に私とともに虚無界へお帰りください」
「断る」
燐ははっきりと言った。アスタロトは目を見開く。
「それは、『人』の場合だよな?俺はもう人間でも、ましてや悪魔でもない。
だからお前の要求は断る!!!」
悪魔と人との契約に、自分はあてはまらない、と言い放つ。
燐の立場はかなり特殊だ。魔神の落胤で青い炎を継いだ唯一の存在。
それなのに人間とともに生きている。
純粋に人間、とは確かに言いがたい面がある。
ただの人間ならば八候王に傅かれたりはしないだろう。
それはアスタロトが証明している。
古来より、悪魔の甘言に乗って死んだ人間はごまんといる。
しかし、悪魔を説得して操った人間だって少数だが存在している。
要は召還とは悪魔と召還者側の主導権の奪い合いなのである。
勝呂は、思わず呟いた。
「奥村、以外と横暴やな・・・」
「・・・否定できないのがつらいです」
雪男も否定はしなかった。
アスタロトはにやりと悪い顔をして答える。
「フフフ、それでこそ我が君。このまま反論がなければ本当にお連れするところでしたのに」
「てめぇ、俺を試したのか」
「滅相もない。私は若君を信じておりました」
「この悪魔」
「褒め言葉です」
つまり、最初からふっかけてやがったのか。
いけしゃあしゃあとこいつは。と燐の額に青筋が浮かぶ。
いや、乗せられてはだめだ。我慢だ。
燐が深呼吸をしたところで、アスタロトは少し困ったように燐に告げた。
「では、他に対価はいただけないということでしょうか?」
「あー。そうだな・・・なにもないっていうのもなんだし。これやるから帰ってくんねぇ?」
燐はあたりを見回して、がれきの隙間に転がっていた瓶を拾った。
それは、藤堂が燐から無理矢理奪った血が入っている。
救急車の爆発を紛れたいくつかが、転がっていたようだ。
燐はすまなさそうにアスタロトにそれを渡す。
アスタロトの顔が喜色ばんだ。
「いただけるのですか?」
「え?ああ。これでよければ」
「対価として、頂きましょう。望外の喜びであります」
「まじで!よかったー!じゃあはやいとこ帰ってくれ!」
「承知致しました。・・・若君」
「なんだよ」
「お慕いしております。また、お会いしに参ります」
「いいよこなくて」
「これから、何度でも参ります」
「・・・いいから帰れ!」
なにかを言おうとしたアスタロトが、ぼしゅ、と音を立てて消えていった。
生徒から離れた黒い影が消失していく。
生徒は、どさりとその場に倒れ込む。雪男が急いで生徒の状態を確認した。
顔色は悪いが息はしている。入院する必要はあるだろうが、命に別状はなさそうだ。
藤堂も消え、悪魔も去った。
終わったのだ。
燐は耐えきれずにその場に倒れ込んだ。
ぎょっとした雪男たちが駆け寄ってくる。
「だいじょうぶ、生きてるよ・・・」
燐がひらひらと右手を振った。その様子に安心したのだろう。
みんな、その場に座り込んでしまった。
「一時はどうなるかと思ったわー」
「ほんまですね。でもみんな無事でよかった」
「燐、怪我大丈夫なの?」
「あんた、無茶ばっかりするんだから。付き合わされるこっちの身にもなってみなさいよ」
「ほんまや。奥村、お前また無茶ばっかりしおって」
「兄さん、後で覚悟しておきなよ?」
「・・・なんで怒られるんだよー」
燐はふてくされたように転がる。
雪男はそっぽを向いた兄の頭をなでた。
「それだけ、みんな心配してたってことだよ。お疲れさま」
なでられたのが恥ずかしかったのか、雪男の手を払うようにして、燐が起きあがる。
周囲を見回した。
そこには、燐の側にいてくれる仲間がいた。
藤堂は言った。その力は、神父を犠牲にして得た力ではないかと。
確かに、藤堂の言うことにも一理ある。
この力がなければ、神父が死ぬことはなかっただろう。
今でも、燐の雪男の隣にいてくれたのかもしれない。
だが、この力があったからこそ、倒せた敵もいる。
不浄王、そして藤堂もそうだ。
この力を得て失ったものは大きい、だがそれ以上に得たものだってある。
燐の力のことを知ってもなお、見捨てないでいてくれる仲間。
それが、燐の得たかけがえのない大切なもの。
「ありがとな、俺のこと助けてくれて」
燐はみんなに笑いかけた。
「なにいうとんのや、当たり前やろ。
お前が頑張ったからからなんとかなったんや。胸張ってもええと思うで」
「そうだよ!燐!」
「そうやでー、これで先生に殺されんですむわ」
「まぁ兄さんが浚われるのを見逃した志摩君には後で課題をたっぷりとあげますよ」
「ひどいいい!」
「反省は必要ですよね」
「しょうがない奴らねぇ」
みんなとこうして笑っていられるのは、神父さんが俺を生かしてくれたからなんだよな。
瞼を閉じれば、神父の姿が見えた。
瞼の裏の神父は笑っていた。
これでよかったんだよな。
燐は瞳をあけて、目の前の仲間と笑う。
神父さん、俺を生かしてくれてありがとう
今度、墓参りに言ったときに報告しよう。
俺は一人じゃなくなったんだって。
そう思った。
たとえ失ったものがあったとしても。
あがいた分だけ、人は何かを得る。
この手の平に得たものを今度こそ失わないように。
何度だって諦めないであがいてみせる。
燐は胸の奥でそっと誓った。
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