青祓のネタ庫
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確かに「平穏」だなと思った。
雪男はコートを着て、学園内を歩いていた。
近くの公園では学生が憩おっているし、道行く人々も各々の休日を楽しんでいるようだ。
向かいの教会の鐘が時刻を告げる音を鳴らした。
いい音だ、視線を教会の方へ向けた。
教会の門は閉ざされている。
そうして気づいた、そういえば今日は安息日か。
教会でミサは行われない。
安息日は何もしてはならない日だからだ。
キリスト教やユダヤ教において神が世界を創造し、7日目に休息をとったことに由来する。
コートからは血のにおいも、硝煙の臭いもない。
あれから任務もないから、こうしているとあの血生臭い感覚を忘れていくようだ。
雪男の心は穏やかだった。
でも、それはなにかを無くしたから成り立っているもの。
遠ざかる後ろ姿、顔は見えない。
夢で見たあの人に通じる手がかりがないだろうか?
学校の教室、校庭、噴水の前。駅。
目的はあるのに、あてもなく歩いているような感覚。
雪男は違和感を感じた。
それはクロも気づいた違和感だ。
「・・・コールタールがいないなんてこと、あるのか?」
コールタールは菌に取り憑く悪魔だ。
菌はそれこそ空気中にいくらでも存在する。
無菌室でもない限り、コールタールはこの世界に空気のように存在する悪魔だ。
それがいないなんてこと、ありえるのだろうか。
雪男は眼鏡を取って、目をこすった。
もう一度眼鏡をかけて空を見る。
何も見えない。
「・・・悪魔が見えなくなった・・・とか」
魔障は一度受けると一生消えることはない。
悪魔が見えなくなる。
それは祓魔師にとってはいいことではない。
だが、生まれたときから見える雪男にとっては「見えないこと」は一種のあこがれでもあった。
小さな頃は怖いものを見ないですむ、普通の人が羨ましかった。
そこで、雪男はふと思った。
僕はどうして魔障を受けたんだっけ。
ずきりと頭が痛む。
まただ、何かを思いだそうとすると頭痛がする。
この違和感はなんなんだろう。
頭痛でふらついて、道の横にあった植え込みに足がひっかかった。
いつもなら小さなゴブリンが植え込みの暗闇に住んでいるのに、植え込みにも悪魔の気配はない。
学園は中級以上は入れない。その分下級は山ほどいる。
祓魔師の拠点となっている正十字学園から「悪魔」がいなくなるなんて、ありえるのか。
雪男は悪寒がした。
なにかが起こっている。
足が自然と駆け足になった。
訓練所に行こう。あそこには授業で使ったリーパーがいたはずだ。
リーパーは訓練所の檻の中にいる。
その檻を囲むように小高い塀が立てられていて、
万が一逃走したときでも塀によってすぐに出れない仕組みになっている。
そのはずなのに、なんで檻の中からリーパーがいなくなっているんだろう。
檻の中は空っぽだった。リーパーを繋いでいた鎖が置かれているだけ。
雪男は電話をかけた。
「椿先生、リーパーが檻にいないのですが何があったんですか」
「え、リーパーは昨日別のところに移動したはずだがね」
「どこにいるんですか?」
「申し訳ない、そこは手騎士の管轄だからわからないのだがね。
あ、先生すまない今忙しいのだ。子猫ちゅわーん待ってー」
「え、ちょ、先生!」
ぶちっと電話が切れる。
ここは駄目だ。雪男は鍵を取り出して、扉に差した。
塾への扉が開く、先ほどとは打って変わって冷たく暗い扉と、廊下が雪男を迎える。
ゴブリンの住処になっている教室の扉を開いた。
部屋の中にはなにもいなかった。
見えない、という選択肢もないこともないが。
リーパーも、ゴブリンも、コールタールも。
そしてクロもいなくなった。
「悪魔が、消えている・・・?」
人間にとってこれほど都合がいいことはない。
だがこの穏やかさはどこかおかしい。
おかしいはずなのに、誰も気づかない。
気づかないものは穏やかに過ごせる世界。
悪魔がいない世界はなんて平穏なんだろう。
それは今まで悪魔と戦ってきた雪男だからこそ、心に染みるように感じた。
でも、違うと雪男は思う。
穏やかだと思う反面、それを全力で否定する自分がいる。
こんな世界おかしい。
―――がいないのが当然の世界。
おかしさを自覚すると、雪男の足は自然と歩きだした。
歩き慣れたように足は勝手に進む。
記憶では一度も来ていない、正十字学園旧男子寮。
ぼろぼろの外観。ここは新館と違って住んでいる者はいないはずだ。
でも、足取りは新館にいる時より軽い。
木の床を踏みしめて、ある部屋にたどり着く。
扉は少しだけ開いていた。
軽く押すだけで、自然に開いていく。立て付けはあんまりよくないらしい。
新館とは全然違うな、と思いながら中に入る。
床には埃が積もっていて、人の気配はない。
部屋は2人部屋だ、一つの部屋には荷物もなにもなかった。
ごっそりと不自然に抜け落ちたようになにもない。
引っ越しでもしたのだろうか。
もう一つの部屋には、机の上にノートが置いてあった。
靴を脱いで、きしむ床を踏みしめる。
埃があるせいで足跡がついた。部屋には雪男と、猫の足跡が二つ。
「にゃー」
「クロ!?よかった!無事だったんだ」
クロはベット上にある布団で丸くなっていた。
久しぶりに会った家族の頭をなでる。
すると手に冷たい感触を感じた。
「・・・鍵?」
クロは鍵を通してある紐を首からかけていた。
この鍵には見覚えがあった。
「これ、神隠しの鍵だよね。神父さんが持ってた、何でも隠せるっていう鍵だ。
どうしてクロが持ってるの?」
クロはにゃーと鳴いた。
やっぱりクロの言葉はわからない。
「ごめん、クロこれちょっと貸して」
クロから鍵を受け取り、部屋のクローゼットの前に立つ。
いなくなったクロが持っていた鍵。
部屋を見渡す。
クロはいたけど、空気中にコールタールはいなかった。
悪魔の出現に、クロは関係ないらしい。
クロは蚕神だ。「神」に属する者だから、「悪魔」には分類されないのかもしれない。
クロがいた。そして、そこに神父さんが持っていた鍵がある。
ごくりと唾を飲んで、鍵を、クローゼットの鍵穴に差した。
開ければ、この穏やかな世界は終わる。
雪男はここでなら平穏に暮らせる確信があった。
ここは自由だ。
医者になる為に勉強する時間だってあるし、頭を悩ますこともない。
ここにいれば、それができる。
それでも、雪男は鍵を使った。
暗闇の向こうに青い何かがある。
扉を完全に開けると、ごとりと布に包まれた何かが出てきた。
床に落ちた音からして、金属の棒か何かだろうか。
拾って布を取り除く。
「・・・剣だ」
剣からは威圧感があった。普通の剣ではない。
何かを封印してある、魔剣の類か。
魔剣は基本的に祓魔師でも滅多に触るものではない。
祟りや呪いがかかった剣はいくらでもあるからだ。
でも、雪男は鞘に手をかける。
これは、夢で見たあの人が持っていた剣だ。
遠ざかる背中が背負っていた。
一気に剣を引き抜いた。
刀身から噴出したのは―――
魔神が纏う、青き炎。
穏やかな世界は、確かに安らいだ。
だが、その平穏をなくしてでも、共にいたいと思う
誰かがいる。
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