青祓のネタ庫
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―――がいなかったら。
その声を聞くと、胸が締め付けられる。
確かに、俺がいなければあいつが辛い思いをする事も
苦しい思いをすることもなかったんだろう。
俺が、いなければ。
その言葉を聞いたとき、俺はあいつの顔を見れなかった。
なぁ、お前に否定されたら俺はどうすればいいんだろう。
どこにいけばいいんだろう。
俺は、どこに帰ればいいんだろう。
目覚めると、頬に涙が伝っていた。
寝ている間に泣いたのか。
覚えていないけど、すごく辛かった気がする。
起きあがると、しゃらんという音がして自分を戒める鎖が鳴った。
この部屋にはなにもない。音もしない。
この鎖が鳴る音と自分の動揺した呼吸音だけが今は響く。
扉の方を見るけど、開く気配はなかった。
いつからここにいるのか、もうわからない。
窓の方を見る。外にいた「雪男」や「しえみ」はもういない。俺に気づかないまま去っていった。
二人とも、笑っていた。
あれからどれくらい時間がたったのかもわからない。
でも、俺がいなくても、外の世界は変わらないのか。
俺を知っている誰かは、俺のことなんてなんにも知らなくて。
俺は、その誰かを忘れてる。
かしゃんと冷たい檻に額を押しつけた。
誰かいないのかな、このままじゃ声の出し方まで忘れそうだ。
「元気ないですね」
驚いて声のする方を見た。メフィストがソファに座ってこちらを見ている。いつの間に来たのだろう。
でも、久しぶりの会話だった。
「・・・当たり前だろ」
「外の世界に未練でも?」
「なんで俺はここにいる」
「そうしなければならないから、ですかね」
「なんで」
「あなた、気づいていますよね?」
「何に」
「見て見ぬ振りですか、それとも忘れたんですか」
「何を」
「・・・まぁいい。イヤでもわかりますよ」
メフィストは立ち上がる。燐は後ずさった。
また鎖を引っ張られるのはごめんだ。
メフィストは笑った。
「無駄ですよ」
パチンと指を鳴らすと、鎖の端がメフィストの手に渡った。いやな汗が出た。
こいつは魔法みたいなことをする、そしてとても意地が悪い。
鎖を引っ張られてよろけながら前に連れてこられた。
メフィストはじっと視線を合わせた。
「思い出してはきているようで」
目尻を指で拭われた。泣いているのがばれたのか。
なんだか恥ずかしくなって手をつっぱって抵抗した。
メフィストは抵抗をものともせず、そのまま燐を抱きしめた。顔が近づいてくる。
違う。
心の中で誰かが叫ぶ。途端に身体から青い炎が吹き出した。同時に首の輪が炎に呼応するかのように締め付け始めた。苦しい。
「う・・・げほっ」
炎の向こう側に何かが見えた。
あれはーーー
「・・・ゆき・・・お」
つぶやく言葉にも、青い炎にもメフィストはひるまなかった。炎を纏った燐の顎を持ち上に向かせた。
燐の苦しそうな顔を見て笑っている。
「あなたに気づいた人がいるようですね」
メフィストは燐に口づけた。
途端に炎の勢いは急速に弱まっていく。
炎の収束と共に、首の輪が緩む。
同時に、向こう側にいた雪男も消えた。
でも、口を塞がれて息ができなくて苦しい。
「や・・・、めろ」
顔を背ける。嫌がる姿がおもしろいのか、行為はエスカレートしていった。手が、燐の身体を這っていく。
メフィストと燐の間には檻がある。
抱きしめられると身体に冷たい檻が当たって痛い。
檻の中の人間を外から追いつめていく強引なやり方だ。
メフィストの指が、燐の胸元にある黒いリボンに延びた。
指がかかって、しゅるりとほどけていく。
燐は正気に返る。
こいつ、何をするつもりだ。
どんっと衝動的にメフィストを突き飛ばして、檻の反対側に逃げた。檻をつかむ。
ここから出れれば。
出ないと。
逃げないと。
背後から声が聞こえた。
「あなた、逃げるところなんてあるんですか?」
檻をつかむ手が緩んだ。
逃げた先には。
―――がいなかったら。
顔は見なかったはずなのに、雪男の迷惑そうな顔が頭をよぎった。
鎖を引っ張られて仰向けに倒れた。
気づいた事実が怖かった。
俺は、どこに帰ればいいんだろう。
どこに逃げればいいんだろう。
倒れた身体の上に、メフィストが伸し掛かってきた。
どうやって中に入ってきたんだろう。
また、魔法みたいなのでも使ったんだろうか。
いや、そうじゃないことも俺はもう気づいていた。
「奥村燐くん」
頬を起きた時と同じ涙が伝っていた。
そうだ、俺がいるとあいつにあんな顔、されるかもしれない。
それがすごく怖かった。
だから、ここにいるしかなかったんだ。
檻の、入り口を見た。
「哀れな君は、とても美しいですね」
メフィストは嗤う。
魔法でもなんでもない。
最初から、鍵なんてかかっていなかったんだ。
鍵がかかっていて逃げれなかったんじゃない。
逃げても行くところがなかったから、
俺は逃げれなかったんだ。
それでも手が、檻の入り口に延びた。
その手をメフィストが掴んで下に敷いてある白いクッションに押しつける。
「嫌だ・・・」
一言つぶやいて、目を閉じた。
そうして俺は、出口をなくす。
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