青祓のネタ庫
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雷の音が鳴っている。少し目を閉じて、数を数えた。
いち、にい、さん・・・十数える前にまた音が鳴る。
近いな、と思えば、窓の外で閃光が走った。
嵐だ。それもこの山を直撃のコース。
雨脚が強まって、風が薄い小屋の壁を叩く。
ここに山小屋があってよかったと心底思う。
燐は濡れた上着を乱暴に脱いで、床に投げ捨てた。
電気も通っていない古い小屋のせいか、中央には囲炉裏しかない。
雨で濡れた体が暖を求めていた。燐が、火を灯そうと囲炉裏に近づこうとすると。
ドンドンドン!
背後のドアから音がした。
燐は倶利伽羅を構える。悪魔がここまで追ってきたのか?
この山には集団で人を襲うゴブリンが出現する。
候補生の任務で塾生と山にきたのはいいが、探索を開始し初めて山が荒れだした。
万が一の為に雪男に集合場所を聞いてはいたのだが、この天候だ。
視界も悪い中、集合場所に向かおうと走っていると、木の根に足を取られた。
しかも、運悪く足首を痛めるという最悪な事態。
ずきずきと痛む足は、触ると熱を持っていた。
燐の治癒能力は高い。だが、痛めた足を引きずってまで歩けそうにもなかった。
仕方なく、近くにあったこの小屋に逃げ込んだ。
そのときには、悪魔の気配はなかったはずだ。
(・・・どうする?ここでやりあうべきか?)
燐は考えるが、ドアの向こうの相手は蹴破る勢いで叩いてくる。
ここでドアが壊れれば、この暴風雨を防ぐ手段がなくなる。
そうなればかなり都合が悪い。仕方が無い。
ドアノブに手を廻して、いつでも踏み込める姿勢をとった。
足首に鋭い痛みが走る。燐は眉をしかめながら、意を決してドアを開けた。
瞬間、猛烈な雨風が小屋の中に吹き荒れた。
外にいたものが勢い良く飛び込んでくる。
燐は炎を出した。
相手は、その炎を見ても怯むことなく燐に飛び掛る。
構えた剣を抜こうとした。
が、それを本能的に止める。
そして、飛び込んできたものとともに、もろとも床の上に倒れこんだ。
相手の足が、燐の足を踏みつけた。激痛と、背中に冷や汗を感じた。
鋭い痛みが、足から頭まで駆け抜ける。
炎は痛みに反応して勢いを増した。
「いってえええ!!」
燐を押し倒す形で飛び込んだ人物は、その声にぎょっとする。
「うわ、奥村君ごめんな!堪忍!」
燐の上に跨るのは、同じく塾生の志摩だった。
足を押さえて蹲る燐と、背後の開けっ放しのドアから吹き荒れる暴雨。
志摩は一先ず、急いでドアを閉めた。
風で揺れるドアを押さえるために、鍵も掛ける。
小屋の中に、静寂が訪れた。志摩は燐にかけよって顔を覗きこんだ。
「ごめん、奥村君。俺集合場所に着けんくてここ来たんやけど。
てっきりゴブリンが中におるもんやと・・・」
「いや・・・俺も・・おんなじこと、思ってたからいいよ」
燐は痛みに顔を歪めながら体を起こした。
痛みに反応して、体からぼうっと青い炎が灯る。
その炎が囲炉裏の中にあった墨にじんわりと熱を灯した。
囲炉裏から、煙が上がる。燻った炎も上がり出す。
青い火に照らされて、燐の足の怪我も志摩の目に映った。
赤く腫れた部分が痛々しい。
「ごめん、俺のせいで・・・」
「いや、これ俺がこけてなったんだよ。大丈夫だ」
「あ、そうなん?」
「・・・そこを踏んだのはお前だけどな!」
「ごーめーん!俺のせいやーん!」
志摩は、燐の足に自分の脱いだ上着を畳んで乗せた。
湿った感触が患部の熱を冷やして気持ちがいい。
「折れてはないみたいやから、応急処置や。帰ったら先生に見てもらおうな」
志摩は囲炉裏の状態を確認して、床に投げ捨ててあった新聞紙を拾って放り込む。
きっと以前の使用者が残していったものだろう。
床には他にも新聞やチラシなど燃えやすいものが落ちていた。
それらを次々に炎の中に放り込む。
勢いを増した青い炎が、小屋を暖めるために燃えていく。
「へっくしゅ」
燐がくしゃみをして、志摩もつられてくしゃみをした。
足を怪我して動きにくそうな燐を囲炉裏の前まで引きずって持ってくる。
燐の体からは、ぼうっとした炎がいくつか灯っていた。
触れれば温かい、青い炎。
こういうとき、炎があると便利だなぁと志摩は感じた。
雨と風、それに山の低い気温で寒くて仕方が無かった。
志摩は、足の間に燐を挟んで座った。燐は志摩に背を預ける姿勢だ。
「ちょ、なんでこの態勢?」
「だって奥村君の身体、炎であったかいんやもん」
「えー、俺ホッカイロかよ」
「そうそう、山で体は冷やしたらあかんからな。動けんようやし我慢して」
「なんかおまえ機嫌よくねぇ?」
「ソンナコトナイヨー」
囲炉裏の前で、青い炎を囲んで二人は座っている。
志摩は、濡れている服を脱いでいく。
燐もそれにならって、服を脱ごうとした。
しかし、濡れた服はなかなかに脱ぎにくい。
志摩の手が、後ろから燐の服のボタンにかかる。
「悪いな」
「ええよ、役得役得」
「え」
「冗談やて」
「・・・なぁ、他のやつらって大丈夫なのか?」
「ああ、坊も子猫さんも大丈夫やで。
杜山さん達と一足先に集合場所についたってメール着てたし」
「じゃあ俺達だけかよ。取り残されたの」
「まぁ電波が悪くなる前に連絡だけはとったから置いていかれはせんと思うよ?」
「・・・いや、なんか帰ったら雪男に怒られそうな状態だなぁと」
「あ、そうか。俺そん時奥村君と合流してへんかったし。
先生達にしてみれば奥村君は行方不明状態なんちゃう?」
「え、ちょ。それたぶんまずいよな!」
燐は急いで携帯電話を取り出すが、圏外としか表示されない。
嵐になれば、山の電波状況は最悪だ。
つまり、燐の無事は雪男たちのもとに届いてはいない。
雪男の怒りの表情が頭をよぎる。これは、絶対に。叱られる。
燐は、背後の志摩を振り返った。
志摩の携帯も圏外を表示していた。
「うあああ、嫌だな。雪男、俺は無事だ!なんとかこの電波を受信してくれ!」
「いや、無理やろ。連絡はこまめにしときいや奥村君」
「ゴブリン倒すのに夢中だったんです」
「それ、先生に言うたら余計起こられるで」
自分と、燐の上着をあらかた脱がし終えると、志摩は服を囲炉裏の傍に並べた。
少しでも乾いてくれたら、この状況も早く終わるだろう。
そう、志摩と燐は半裸だった。ズボンだけは履いているが、上は裸だ。
しかも、背後からくっつきあっているので、なんだかとてもいかがわしい。
「・・・なぁなんかこの格好はおかしい気が」
「だって寒いやん」
「いや寒いけど」
「温かくなりたいやん」
「そうだけどさぁ」
「あ、そうだ。ほんなら奥村君、炎出してくれへん?」
「え、なんで」
「その炎出してる奥村君に俺が抱きつけば、二人して温かいやん」
がしっと、志摩の腕が燐の首にかかる。
動こうにも、足は痛めてるからうまく逃げれない。
燐は、炎を出そうとして。
やめた。
「なんでやめるん?」
「・・・いや、いいのかよお前」
燐は、少しだけ躊躇した。
炎を出して、そんな俺に抱きつくのか?
そんなことしてお前はいいのか?
燐の考えに気づいた志摩は、笑いながら言った。
「ええよ。奥村君は俺を燃やしたりなんかせんよ。大丈夫やって」
炎が宿った。
青い炎は、二人を温かく包み込む。
小屋の中は青い光に照らされて、火の粉が宙に舞っては消えていく。
綺麗だな、と純粋に思った。
そして。
「はあああ、温かいわぁ。気持ちいいわぁ」
「ちょ、こら、耳元でしゃべるな」
「あ、感じた?」
「馬鹿いってんじゃねーぞ志摩」
「奥村君、これでマッサージ屋とかやっても生きていける気がする」
「炎マッサージ?新しいな」
「やろ」
またぎゅっと燐を抱きしめた。
お互いの鼓動が心地よかった。
伸ばした足で燐の足をつついた。
「痛い?」
「いてぇよ馬鹿」
そして、その足が出ている部分に気づいて志摩はぎょっとした。
「ちょ、俺のズボンがない。パンツだけや」
「あ、ごめん。俺炎のコントロールまだ十分じゃなくてさ。
パンツしか残らねーんだわ」
「なにその破廉恥な能力!!?」
「だ、だから『いいのかよお前』って聞いたじゃん!!」
「そこ!?その言葉は服を燃やされることにかかっとったん?予想外!」
「だからごめんって!」
「しかしうらやましいわああああ!俺もその力欲しいいいいい!!」
「・・・」
こうして二人で騒いでいるうちに、嵐は去っていった。
「あ、雪ちゃん!燐と志摩君が帰ってきたよ!」
しえみが指差した方向を見れば、志摩に背負われた燐が。
二人で山道を下っているところだった。
雪男は急いで駆けつける。
「よかった!心配したんで・・・すよ」
「ごめんな雪男、携帯圏外で連絡できなくてよ」
「奥村先生、奥村君怪我してはるんで診たげてください」
雪男は改めて、二人の格好を見た。
志摩に背負われた燐。
燐はズボンを履いていなかった。そして、足には怪我の痕。
よくよく見れば、志摩の履いているズボンは、燐のズボンではないか。
「どういうことか説明して」
「いやあ、俺は嫌だったんだけど・・・志摩がどうしてもって言うし」
「ちょ、奥村君その言い方はまずい!」
燐が言っているのは山を降りるときに自分で歩けるといったのだが、
心配した志摩に背負われたということ。
そして、その際に山を歩くにはズボンなしではいけないだろうと、
志摩が燐のズボンを履いた。
それだけのことだが、説明なしに聞けば雪男のように誤解を招く言い方だ。
「山小屋で、ズボンなし、半裸で、しかも怪我をして。無理矢理・・・だと?」
しかも、歩けない。なるほど、腰にダメージでも負ったのか。
雪男の頭の中の出来事が志摩には手に取るようにわかった。
てっきり、連絡をしていない燐が怒られるのだと志摩は思っていた。
しかし、現実には誤解が誤解を呼び、目の前には青筋を浮かべる雪男の姿だ。
「こ、この山にはほんまもんの悪魔がおるわ・・・」
ゴブリンなんか目じゃないくらいの。
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