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CAPCOON7

青祓のネタ庫

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嘘の日曜日



もう会えなくなるなんて思ってもいなかったんだ。


切欠はほんのささいなことだ。
任務から帰ってきた僕は疲れていた。
―――は机の上で宿題をやっていて
珍しいね、そう答えてコートを洗濯用のかごに入れる、血の匂いがするから洗わないといけない。



今回の任務はとある神社に住み着いた悪魔を殲滅することだ。
悪魔が居座っているせいで、神事もできなくなっているらしい。
神社は神聖な場所だ。しかし、そこに着いた途端に感じたのは瘴気のにおい。
随分悪魔に侵食されている、急がなければ。瘴気が蔓延すれば周囲に影響が出ないとも限らない。
聖水を散布しながら、風の流れを確かめる。瘴気は神社の中央から鳥居の方へ流れていた。
神社の中央――社へ向かう。瘴気の噴出する中心点はそこだ。
扉の隙間から中を伺う。祭壇の前に角を生やした少年がいた。

祭壇に向けてなにかを呟いている。

人間に悪魔が取り憑いているなら祓わなければならない。
しかし、中から感じる威圧感と瘴気の毒性から雪男は少年を人間ではないと判断した。
なにより神社を乗っ取れるレベルの悪魔だ。そこいらにいるものとは格が違う。
中は蝋燭の明かりだけが照らしているから、確かじゃないけど。
あの少年の周りにある黒い影は、血じゃないか?
少年の体から、床の木、祭壇の上の神具にまで黒い影は飛び散っている。


誰か殺したのだろうか。


雪男の背筋に冷たいものがよぎる。
銃を握る。もし僕が間に合わなくて民間人が――誰かが殺されていたんだとしたら。
瘴気は今も漏れ出ている。
雪男は扉を蹴って、銃口を少年に向けた。
少年は振り返る。悪魔の角と牙が生えた少年。
少年が襲い掛かってくる前に、雪男は銃を撃った。

一発、二発。

少年は倒れる、社に広がる闇と同じ暗闇を噴出しながら。
危機が去ったことで、雪男は社の中を見渡す余裕ができた。
少年が倒れた場所、同じような子が倒れていた。
角と牙がある悪魔が二体、社の中に倒れている。
雪男が撃った少年は、まだ生きていた。
荒い呼吸を繰り返しながらもう死んでいるであろう子の上に覆いかぶさった。
少年はひと言呟く。


(兄さん、死なないで・・・)


そう言って、事切れた。
社の中に、兄弟の悪魔の死体が2体。

「・・・どうして」

雪男は兄、と言われた少年の方に駆け寄った。
既に息はしていない、床に広がる血も乾いていた。
雪男が来るずっと前に死んでいたらしかった。
乾いた血にまみれた兄に覆いかぶさるように弟は死んでいる。
いや、違う弟は殺したのだ。
社の中で呆然としていると、外から待機組の祓魔師達が入ってきた。
大丈夫かと聞かれたので、大丈夫だと応える。
瘴気も消えている、悪魔は殺した。任務は完了した。
同僚の祓魔師には良くやったと言われた。

「すみません、この悪魔なんですが兄弟のようで、兄の方は先に死んでいたみたいなんです。
怪我をした悪魔が神社に逃げ込むなんて何があったんでしょうか」
「そういえば君は途中からの参加だったから詳細は聞いていなかったんだね」

同僚の祓魔師は答えた。
神社の裏山では以前より悪魔の兄弟が住み着いていた。
それは100年200年の話ではなく、もっと以前から悪魔の兄弟はそこにいたらしい。
この神社ができた理由も、悪魔の住処である山と人間の住処との境界線を区切るためだった。
しかし、近年の開発により裏山は人間の手が入るようになった。
悪魔の住処を奪うそれを悪魔達が黙っているはずもなく、小競り合いが続いていた。
そして、決定的だったのが正十字騎士団の祓魔師の一人が兄の方に致命的な傷を負わせたことだ。
弟の方は兄を連れて逃走し、その追跡途中に雪男が加わった。


兄弟は、何故神社に逃げてきたのだろうか。


祓魔師達が兄弟の死体を片付けていく、兄を守るように死んだ弟。
後味が悪い任務だった。
神社の鳥居をくぐって、出る時に神社の神主が立っていた。
運び出される悪魔の死体を見て、神主は呟いた、泣いている様にも見えた。
「むごいことをしました」
「どういうことですか」
「私がいけなかったのです。先祖代々私の一族は彼らと生きてきました。
お互いに干渉せず、それぞれの境界を守って生きてきたのです。
ですが、私の代でそれを破ってしまった。
私は裏山を取り戻すべきだという周囲の言葉に反対することもできず、兄弟を殺してしまった。
裏山はそもそも、あの兄弟のものでした。取り戻すも何も、最初から人間のものではないのに」
懺悔をするように、彼は悪魔の死体の手を握った。
兄が死んだ原因も、弟を破魔矢から庇ったからだった。


開発の手が入れば、あの山は住宅地になるらしい。
悪魔を追い出し、人間が住む。あの土地は確かに人間のものになった。


ふと雪男は思った。弟は何故、怪我をした兄を連れて神社に逃げ込んだのだろう。
自分達と共生してきた人間に、助けを求めたのか。復讐をしたかったのか。
そういえば自分が社に入る前、弟は祭壇に向けて何かを呟いていた。
死ぬ寸前に呟いた言葉は、兄に生きて欲しかったという願いがあった。


彼は、祭壇で神に祈ったのだろうか。それとも呪詛を吐いたのか。


それはもうわからない。
雪男が彼を殺したからだ。
帰ろう、雪男は思った。
兄弟の血のにおいがするコートを一刻も早く洗いたかった。



―――は疲れた僕に話しかけた。
声は聞こえない、ただ心配そうな顔だった。
なんでもないと答える、それより宿題やったの。いつもやってないんだから。
苦労させないでよね。口からは刺すような言葉が出た。
―――が宿題をやっているのを見た上でわざと言ってしまった。
―――は怒った、当然だ。怒らせるようなことを言ったのは僕だった。
喧嘩になった。
後味の悪い任務で機嫌が悪くて、八つ当たりしてしまった。
そうして、僕は言った。
「―――がいなかったら、きっと僕は祓魔師にもなってなかった。
医者を目指して今頃その勉強してたはずだろうね」
祓魔師になってから、あんな後味の悪い任務がなかったわけじゃない。
―――が悪いわけじゃない。
全部僕が決めてやったことだ。祓魔師になったのだって、今回の任務だって。
それなのに。そんなことわかっていたのに、口から出てしまった。
―――は俯いて、肩に刀を入れた袋を背負って部屋を出ていった。
出て行くときに呟いた言葉ははっきりと聞こえた。



「そうだな」



―――がいなかったら。


雪男は目を覚ます。
―――って一体誰だ。
僕はどうしてこんなにも誰かを求めているんだろう。
この夢をみるようになってから、胸を締め付けるような罪悪感が消えない。
僕は最低だ。何もわからないのに、それだけは確信できる。
部屋を見る、豪華な一人部屋。全部嘘に見えた。
そして、クロが部屋に戻っていないことに気づいた。
一昨日の朝、外に出てから帰っていない。
1日くらい帰ってこないことは以前にもあったが、2日ともなるとおかしい。

神父さんがいなくなって。
―――がいなくなって。
クロもいなくなった。

雪男は眼鏡をかけて、立ち上がった。
クロは、あの時様子がおかしかった。何かを探している、そんな様子。
もしかしたら僕が気づいていない何かに気づいたのかもしれない。
クロを探そう。
そうしたらこの思いを何と呼ぶのか、近づけるような気がした。
コートを羽織って、出かける準備をする。
コートからあの夢の様な、血の匂いはしなかった。
これもまた嘘めいていた。
だって雪男はコートを洗濯した覚えが無かったからだ。
雪男はカレンダーを見た。
学校も、塾もない。



今日は日曜日だ。

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