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CAPCOON7

青祓のネタ庫

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告白して証明


奥村雪男はイケメンである。
勉強ができて、スポーツもできて、名門の正十字学園にはトップで合格。
挙げ句の果てに、史上最年少で祓魔師の資格をとって、将来の夢は医者。
これほどまでに完璧な存在を、年頃の女の子が放って置くわけもない。
いつも、雪男の周りには人だかりができていた。
燐は、それを遠くから見つめていつも声をかけずに立ち去っている。

悪魔の世界。祓魔師とは関係のない時間は雪男にとって貴重な時間だ。
塾の講師も兼任する雪男は休む時間がない。
せめて、高校の時くらい自由にすればいい。燐はそう思っていた。
持っていた二人分のお弁当。
雪男に渡せなかったそれを持って燐は中庭に向かう。
たぶん、学校に忍び込んだクロがまたご飯をねだりに来るだろう。
雪男のお弁当は、クロのお弁当に早変わりだ。
雪男のことだから、ご飯がなければ食堂で食べるなりするだろう。

歩いていると、危ない。という声が聞こえてきた。
声の方向を見れば、野球のボールが中庭を歩いている女子生徒に向かって飛んできていた。
まずい。燐は思うより早く駆けだしていた。
女子生徒の前に燐が立ちふさがる。
どか、という鈍い音がして燐の腕に野球ボールが当たった。これは痛い。
燐が腕を押さえていると、庇われた女子生徒が不安そうな顔で燐を見た。
大丈夫ですか、すみません、と何度も頭を下げてくる。

「大丈夫だ、気にすんな」

燐は女子生徒に話しかけて、すぐそばに落ちたボールを拾う。
ボールを駆け寄ってくる男子生徒に渡した。
どうやら、体育の授業中誤ってこちらの方向へ投げてしまったらしい。
男子生徒は燐と女子生徒に何度も謝った。
野球のボールは硬球だ。当たり所が悪ければ、骨にヒビくらい簡単に入る。
女の子に当たっていればどうなっていただろう。間に合ってよかった。
腕はずきりと痛むが、顔には出さなかった。
燐は傷のことを言われる前に、さっさと立ち去ることにする。
男子生徒には一応、気をつけろよ。とだけ言っておいた。
女子生徒は、燐の背中に向かってありがとうございました。とつぶやいたのが聞こえた。
それがうれしい。でも、燐は駆け足になってその場を立ち去る。
傷については、ばれてはいないはずだ。燐はそのことを心配していた。

燐は人がいない場所を見つけて、怪我をした腕を庇いながら中庭の木陰に腰掛けた。
さわさわとした気持ちのいい風が揺れる。
燐は片手で自分のお弁当を開いて、食べ始めた。昼休憩も時間が限られる。
怪我をしていて食べにくいが、仕方ない。
自分で作ったものだから、まぁ味についてはわかっている。
たまには自分で作ったもの以外のものも食べたいと思わないでもないが、
ここはお金のない高校生。我慢するしかない。
燐が黙々とご飯を食べていると、草むらから黒いネコが現れた。
にゃーと鳴く声に、燐が笑って答える。

「クロ、やっぱ来たか」
『おれもごはんたべたい!』
「はいはい、この魚の天ぷらやるよ」

人間にとっては、なにを言っているかわからないクロの言葉も、燐にはわかる。
春に悪魔の力に目覚めて以降、燐には今までにない力が宿った。
それは悪魔との会話だったり、青い炎を使える能力だったり様々だ。
人にはない治癒能力もその一種。怪我をしても、すぐに治る。
だから今までみたいに、雪男に手当をしてもらわなくても大丈夫だ。
燐は、制服をめくって腕を見た。そこには青い痣がある。
たぶん、痛みからしてヒビくらいは入っていたかもしれない。
だが、時間がたつにつれて痛みも引いてくる。
打ち身になったそれも、今はもうだいぶ腫れが引いている。
昼休憩が終わる頃には完全に治っているだろう。
人にはあり得ないほどの治癒力。
この力は祓魔師を目指す身としては便利だが、日常生活ではかなり危うい。
一般人とは。人とは違う悪魔の身であることがバレてしまわないとも限らない。
燐は幼い頃から自分が人とは違うことを自覚していた。

でも、信じたくなかった心だって確かにあったのだ。

自分は人間ではない。雪男とも、神父とも違う存在だと。
怪我をした燐を雪男はいつも手当してくれた。
うっとおしい、放っておいてくれとは思わなかった。
雪男はやさしい。だから、燐のことも気にかけてくれていた。
いつだって、燐の傷を治すのは雪男だった。
しかしそれも、今は過去の話。
本音を言えば、そのことが少し寂しい。
喧嘩に明け暮れて、修道院に戻った朝。文句をいう神父と手当をする雪男。
雪男に手当されていると、ああ家に戻ってきたんだなぁと実感できた。
思い出したその風景は遠い昔の話のようだ。神父は死に、燐は悪魔になった。
悪魔に、手当は必要ない。
春先に言われた雪男の言葉を思い出す。

死んでくれ。

今でも時々思い出す。その言葉。
しかし、胸はあまり痛まない。

「なんでだろ、俺あんま長生きできない気がするんだよな」

それは漠然とだが燐の心に宿る思いだった。
別に早死にする気は毛頭ないが、それでもそう思ってしまう自分がいる。
放っておいても治る傷を、燐は雪男に話さない。
ずきりと痛む傷も、燐にとっては慣れた痛みだ。
雪男のお弁当から、おかずを一品取り出してクロにやる。
クロは心配そうに燐を見た。

『りん、うでいたいのか?いつもとちがう』
「ああ、大丈夫だって」

クロはくんくんと燐の腕を匂った。
舐めてくれようとしたのだろう、手に当たる猫のざらざらとした舌がくすぐったかった。
燐は、弁当のおかずを取って、またクロの口元に投げてやった。
クロは燐のことを心配そうにみるが、食欲が勝ったのだろう。
はふはふと美味しそうにおかずを食べた。
こういう素直なところがかわいいと思う。
燐もクロに続いて、おかずを口にした。
弁当箱のサイズをみて、やっぱりもっと量を増やすべきかなと考える。
二人は高校生で成長期真っ直中。いつもおなかが空いているような状態に等しい。
燐ですらそうなのだ。長身の雪男はもっと量がいるだろう。
栄養面は燐がカバーしているからいいとして、今度からごはんの量は増やしてやるべきかもしれない。
もう一品。と思っておかずを箸で摘む。
ずきん、と腕が痛んだ。
思わず走った痛みに、ぽろりとおかずが地面に転がった。
腕を押さえてうずくまる燐。
りん、りん。とクロの呼ぶ声の他に、もう一人。声が聞こえる。
燐は肩を引っ張られた。その人物と目があう。
怪我をした燐に向かって、その人物は実に場違いな台詞を吐いた。

「奥村君、みーつけた」
「志摩・・・ッ」

志摩はにやりと笑った。
燐は傷を押さえていた腕を離すが、もう遅い。
志摩は燐の右手を持って、袖を捲り上げた。腕には青い痣ができている。
志摩は眉をしかめながら燐に言った。

「奥村君、これ結構ひどいやん」
「さっきよりマシだっての。触んな。痛い」
「女の子庇って怪我するとか、俺の専売特許やで。マネしたらあかんよ。キャラ被ってまうわ」
「誰の専売特許だって?白々しいなおい。俺とお前のどこに共通点が・・・ってお前まさか」

燐が嫌な顔をして志摩に問うと、志摩はピースサインをした。
そして、携帯を取り出して画面を見せる。
そこには、燐の腕に野球ボールが当たるシーンが撮影されていた。
よく、こんな瞬間が撮れたな。
お前、もしかして坊主よりパパラッチの方が才能あるんじゃないのか。
そんな思いが頭をよぎるような写真だった。
燐は携帯電話を取り上げようとするが、志摩はそれよりも早くポケットにしまう。
志摩の携帯には、塾生のアドレスが入っている。
当然ながら講師の雪男のも。
この携帯に画像がある限り、雪男に送られないとも限らない。
志摩は、今燐を強請っているのだ。

「ふふふ、さあて口止め料をもらわなあかんな奥村君」
「この悪徳坊主、俺になにを要求するつもりだ。金はない。あるのはクロとこの俺だけだ」
「難しいことやあらへん、そのお弁当ちょうだい」
「おまえ、お昼また忘れたのかよ・・・俺にたかるな」
「ええやん、奥村君のお弁当おいしいんやもん。なーなーええやろー?」
「・・・ったくしょーがねーな」

自分の作った物を人に食べてもらうのはやっぱり燐としてもうれしい。
雪男に渡せなかったお弁当。
クロにやってしまった分を引いても、まだ余りある。
燐は雪男の弁当を志摩にやろうとした。しかし、志摩はそれを手で制す。

「俺、こっちのお弁当がいい」
「はぁ?俺の食いかけだぞ」
「だって、そっちのお弁当食べたらなに言われるかわからんもん」

志摩はよくわからないことをいいながら、燐のお弁当を取り上げておかずを口にいれた。
相変わらずおいしいわーと幸せそうな声で志摩は言う。
燐は特になにも考えずに、雪男のお弁当をつついた。
食いかけがいいなんて変な奴だ。
志摩と話していたおかげだろうか、腕の痛みも気にならなくなってきた。
お弁当を口に入れた志摩は、燐の腕をとって頭上に上げさせるようにした。

「お弁当のお礼ー。いたいのいたいの飛んでいけー」
「はは・・・飛んでけー」

燐もつられて笑った。なぜだろう。痛みは、もうなくなっていた。
燐は、本当はちょっと寂しかったのかもしれない。と自分の心に気づく。
雪男に弁当を渡せなくて、せっかく作ったのに。という気持ちもあった。
でも、今は志摩が食べて、笑ってくれている。それでいいか、と思った。
志摩は、燐に言った。

「俺、奥村君のこと好きやで」

好きという言葉で、あの男子寮での出来事を思い出す。
志摩に燐の致死節がバレたあのときから、志摩は燐に好きという言葉をささやいている。
それは、たとえばこんな昼休憩の時だったり、放課後の時だったり様々だ。
志摩は燐に好きだという。
その言葉は雪男が放つものとは違い、燐の体を苛んだりはしない。
それがわかっているから、燐も志摩に冗談めかして返すのだ。

「・・・ふーん、そっか」
「ほんまやで」
「なんかさぁ」
「なに?」
「俺あんま長生きできない気がする」
「俺の愛で?」
「窒息って?するか馬鹿」
「ひどいわぁ」

二人で木陰に座ったまま、話した。
その好きという言葉の意味に裏があることを、もう二人は知っている。
志摩が好きだといえるのは、燐が志摩のことを好きではないと知っているから。
本当に好きな人からの言葉は、燐は聞くことができない。
だから志摩は何度だって燐に好きだといってしまうのだ。

昼休憩が終われば、二人は別々の教室に帰ることになる。
げた箱で別れて、そのまま何事もなかったかのように日常に戻る。
志摩が背後を振り向けば、そこには女子から逃げてきた弟を迎える燐の姿があった。
それをはらはらとした目で見ながら、志摩は見送るしかない。
燐は雪男に、決して腕の怪我のことを言わないだろう。
そして、自分の致死節のことも。
雪男がなにかの拍子に好きだと言えば、それはまた燐の負担になってしまう。
彼が傷つかなければいいと志摩は思う。
でも同時に自分の言葉で彼が苛まれればいいとも思う。
彼が血を吐くことは、己を好きだという証明になるのだから。

「なんや、奥村君。そら長生きできんて思うわけやな」

二人の祓魔師に致死節を握られている悪魔は、なるほど。
そう思うのも無理はない。


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