青祓のネタ庫
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SQ最新号 ネタバレ有り。単行本派は要注意!
「・・・うっ」
燐が目を覚ますと、畳のにおいがした。視線の先には木目の天井がある。
体には薄い布団がかけられていることから、布団に寝かされていたようだ。
不浄王を倒した後、雪男に殴られて、そのまま倒れ込んでしまった。
あんな気絶するように倒れるなんて初めてだ。
意識を失う前に見た、慌てた雪男の表情を思い出して少し笑う。
頬の痛みはもうなくなっていた。
自分の状況がわかっているのか。と雪男は燐に怒っていた。
燐は、自分のことを。自分が魔神の落胤だと認めることが怖かった。
でも、自分のことから。力から逃げてはいけないのだと知った。
今回のことで、燃やし分けることには自信がついた。
みんなとも仲直りができた。
雪男に会うとまた怒られそうで少し怖いが、終わったのだ。
燐は安心したようにふう、と一息ついた。
視線を横に向ければ、お盆の上に乗せられた水差しとコップがあった。
のどが渇いたのを自覚して、その水差しに手を伸ばす。
が、手がうまく動かずに、水差しを倒してしまった。
かしゃん、という音が部屋に響く。
倒れた水差しから水が盆の上に移っていくのをみて、燐は慌てて起きあがろうとした。
しかし、起きあがる勢いはあったものの、また布団の上に逆戻りしてしまう。
腕だけは伸ばして、どうにか水差しだけは元に戻すことができた。
よかった。畳を濡らすことだけは阻止できた。
しかし、力尽きてその場に腕が落ちてしまう。
動いては倒れ込むその姿は、まるで、地面の上でのたうち回る蝉のような動きだった。
「な、なんだこれ・・・体が動かねぇ・・・」
力が抜けて、ヘたり込んでいるという感覚だ。
まるで、夏場にプールで泳いだ後のような。
燐が起きあがろうともがいていると、どたどたという床を駆ける音が聞こえた。
かと思うと、一番近くの襖が開いた。
視線が合う。そこには自分を殴って怒って、
おそらく一番心配をかけただろう弟がいた。
「ゆき、お・・・」
「兄さん、よかった目が覚めたんだ」
襖を閉めて、雪男は燐に駆け寄った。
気絶する前に殴ってダメージを与えたのは雪男であるので、やはり気が気ではなかったのだろう。
雪男は布団で虫のように動く燐に話しかける。
「どうしたの?まさか、起きあがれないの?」
「そのまさかだ。力が抜けて動けねー」
「え、ちょ、大丈夫なの?見せて」
雪男は慌てて燐の体を抱き起こす。
見れば、水が盆の上にこぼれていることに気づいた。
膝を立てて、燐の腰に挟み込んで、肩を抱いて姿勢を支えた。
雪男は片手でコップに水を注ぐと、燐の口元に持っていった。
「飲める?」
コップを傾ければ、燐はのどを動かして飲んでいく。
すべてを飲み終わるのを見て、雪男は安心した。
ものが飲み込めるなら、回復は早いだろう。
雪男は燐の体を起こしたまま、体に手を這わせた。
足から腰まで触って、燐に問いかける。
「感覚ある?」
「くすぐってぇ」
「動かせる?」
「なんとか」
足は先ほどよりは動いたが、まだ全快というわけにはいかないようだ。
山を覆い尽くすほどの力を使ったのだ。
燐の体になんらかの異変が出てもおかしくはない。
おそらくは炎の使いすぎで、体がついていかなかったのだろう。
雪男は燐のおでこに手をやって、体温を計る。
「体温計がないから正確ではないけど、熱はなさそうだね」
「たぶん大丈夫だって。おおげさだよな」
「そう、ならいいや」
雪男は燐を支えていた膝をよければ、燐はあっけなく布団に沈み込む。
布団があるといっても受け身がとれないので、背中を打って痛い。
燐が、雪男をにらみつける。
「おま、兄ちゃんに向かってなんてことを・・・」
「そう?僕はまだ兄さんを100万回くらい殴り倒したいくらいだけどね」
倒れた燐の上に、雪男がのしかかる。視線が絡んだ。
雪男は怒っていた。
燐が勝手に独居房を抜け出したことも、塾生と一緒に洛北へ行ったことも。
不浄王を倒したことも。全部。許せなかった。
たった一人の兄が処刑されると知って、雪男がどれだけ衝撃を受けたか知りもしないで。
燐は一人で歩き出す。
燐の肩を押さえつけて、雪男はささやいた。
「知ってる?兄さんの処刑は、まだ撤回されていない。現時点では保留状態だ。兄さんは、まだ囚人と一緒だ」
死刑執行を待つような状態で、自分の身を危険に晒して仲間と友を救うために走った。
そんな燐のことが心配で、不安で、うらやましくて、許せなくて、でも好きで。
死んでほしくなかった。
雪男は誰よりも近くで見てきたからこそ、燐に対しての思いが深い。
今回、藤堂は雪男のその部分をついてきた。
燐は、言っていた。ずっと魔神の息子だと認めることが怖かったと。
雪男も怖かった、自分の中の黒い部分を認めることが。
今も、その言葉は雪男の心に陰を落としている。
でも、それはきっと誰にだってあるものだ。雪男にも、燐にも。みんなにも。
雪男は燐の頬に手を添える。燐は雪男の様子をじっとみているだけだ。
燐がいなくなれば、雪男は自由になれたのかもしれない。
そう考えたことだってあった。
でも、いざ亡くすことを考えたら、怖くて仕方がない。
今だって、雪男は怖い。
家族がいなくなることが、神父が死んだ春先のような消失感を味わうのだ。
そして、今度こそ雪男はひとりになる。
兄を亡くして、自分だけが生きる人生が始まるのだ。
そうなったら、きっと雪男は自分が許せない。
どこにもいない燐の影を思いながら、雪男は生きたくない。
隣で歩いて生きていきたい。
うらやましくても、憎くても、むかついても、離れることはやはりできない。
だって、自分たちは双子なのだから。
燐は、動かない腕を伸ばして雪男の頭を撫でた。
動かない体はつらいだろうに、それだけでも雪男を慰めるように。
「頼むから、おとなしくしててよ兄さん」
「大丈夫だって、俺は殺されたりなんかしねーよ」
「実際、殺されそうじゃないか。今だって」
「平気だって」
「僕が平気じゃない、謝ってよ。僕に」
「えー、俺悪いことしてねーもん」
「・・・本当、自覚ないんだね。殴りたいよ」
「ひどい奴だな」
「どっちがだよ」
雪男は燐から離れた。
燐はまだ自分の意志では起きれないことで、ひとまずどこかに逃げ出すことはないと
安心したのだろう。
燐は雪男に問いかける。
「なあ、いつ学園に帰るんだ?」
「明日だよ、兄さん以外の人は事後処理してる。
今日は旅館を貸りてるけど、いつまでもいられないしね。
また来るけど、動けるようになったら教えて」
「わかった」
「また動けないようにするから」
「絶対教えねーわ」
燐の体に布団をかけると、動けないことを確信してから雪男は部屋を出ていった。
一人残された燐は、ため息をついた。
暇だ。部屋の外を見れば、もう日も高い。
朝方に倒れたので、結構な時間寝ていたのだろう。
寝ようにも、目は冴えている、体が動かないだけだ。
燐の意識は外へと向いていた。
雪男が知ればまた怒るだろうが、燐は勝呂との約束を果たしたかった。
「京都タワー、行きてぇな・・・」
勝って、帰れた。誘えば、みんなも来てくれるかな。
体が動けば、すぐにでもみんなのところへ行くのに。
燐がそう思っていると、庭の方で、影が見えた。
不思議に思っていると、縁側に続く襖に人影が見える。
少しだけ隙間が空くと、視線が絡んだ。
燐が起きているのを確認して、その人物は襖を開けた。
「勝呂、よかった無事だったんだな!」
「・・・アホ、人の心配しとる場合か」
勝呂は燐の側に来ると、燐の顔色を確認した。
ふつうなら起きあがるであろう燐が起きあがらないことを不審に思ったのか、
勝呂が燐に話しかける。
「どないしたんや」
「いや、炎使いすぎたせいか体が動かねーんだ」
「なんやて!?ああ、くそ・・・ほんま人の心配しとる場合やないやろ!」
「大丈夫だぞ、体動かないだけだし、時間たてば治るだろ」
「平気なんか?」
「おう、それ以外は本当に大丈夫だぞ」
勝呂は再度燐の顔色が悪くないのを確かめると、布団をはいだ。
勝呂が燐の着ていた浴衣に手をかける。
その行為に、燐が驚いた。なにをする気だろう。
「勝呂、おい!なにやって・・・」
「ほんまお前体動かんのやな、ええわ俺が全部やったるわ」
浴衣を剥がれて、アンダー一枚にされてしまう。勝呂が、燐の体を転がした。
「勝呂、なにすんだよ!」
「このままやったら間にあわへん、覚悟決めろや」
「痛ぇ!!ちょ、どこ触ってんだ!」
「俺かて初めてなんや、大人しくしとれ!」
勝呂は燐に手を出しながら、携帯電話を取り出した。
雪男が廊下を歩いていると、廊下の先から誰かが駆けてきた。
見れば、塾生の子猫丸が慌てた様子で走ってきていた。なにかあったのだろうか。
「先生!ここにおったんですか!」
「三輪君、どうしたんですか。そんなに慌てて」
「ぼ、僕。奥村君の様子が気になって部屋に行ったんです、そしたら!そしたら!!」
「な、なにがあったんですか!?」
「とにかく来てください!こっちです!」
子猫丸に導かれて、雪男は走った。燐の部屋ではない。
玄関から出て、外に向かう。
「あそこです!!」
子猫丸が指さした先には。
五十メートル先くらいだろうか。雪男は目をこらして確認した。
間違いない。あれは。
「兄さん!!」
誰かにおんぶされて、外に連れ出されていた燐がいた。
浴衣姿ではなく、制服姿だった。
勝呂に着替えさせられたことがショックだったのか心なしか、ぐったりとしている。
その様子を見た雪男は、すぐさま銃を取り出そうとしたが、子猫丸に止められる。
「あきません!坊と奥村君に当たってまう!銃はあきません先生!」
「え・・・ちょ、勝呂君!?なにしてるんですか!!」
勝呂は子猫丸と雪男の姿を確認すると、燐を連れて走っていく。
雪男も兄を連れ出されて放っておくわけにもいかず、走り出す。
子猫丸もそれに続いた。塾生と講師の追いかけっこが始まった。
一定の距離を置いて、そのまま勝呂は逃げ続けた。
流石に人一人背負って走るのは疲れる。
息があがりながらも、勝呂は燐を落とさなかった。
「おい勝呂、降ろしてもいいぞ!雪男がすごい形相でこっち来てる!」
「あかん!俺は約束は守る男や!絶対にやったる!」
「約束?」
「一緒に、京都タワー行く、て!いうたやろ!!」
不浄王に追いつめられながらも、燐が言った一言。
その空元気に、勝呂は励まされた。
そして、燐は言葉通りに勝って帰ってきた。今度は自分が答える番だ。
勝呂は燐を連れて京都タワーへ行く道を走った。
地元の人間なので、迷うことはない。
明日へは、学園へ帰ってしまう。
だから、今日のうちに、なんとしても京都タワーへ行くつもりだった。
燐との約束を守るために。
そして、一本道に出た先で声が聞こえてきた。
「おーい!こっちですー!杜山さんと出雲ちゃんも呼んでますよー!」
ピンク頭の志摩を目印に、後ろにしえみと出雲がいた。
燐はその様子を見て、気づく。
「みんな、来てくれたのか」
「当たり前や、先生の場合は言うても来てくれそうになかったからな、お前をおとりに来てもろた」
「ははは・・・!すげぇな勝呂!」
この一本道を行けば、京都タワーへいける。
その道を、勝呂に背負われて、雪男に追いかけられて、みんなで京都タワーへの道を駆けている。
ここへ来た当初は、一人だった。
でも、今はみんなといれる。
まだ、自分がこれからなにをすべきかはわからない。
なんのために生まれてきたのかもわからない。
でも、これだけは言える。
みんなと仲直りできて、本当によかった。
燐は、叫んだ。
「勝呂ー!ありがとな!!」
「アホ、礼いうんは俺の方や!!ありがとうな!」
たぶん、雪男には後でこっぴどく怒られるだろうけど。
あの塔の下で、友達が待っている。
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