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CAPCOON7

青祓のネタ庫

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夏参加インテ本「サンプル1」


「雪男」

僕を呼ぶ声が聞こえる。
何度か目を開けてみるが、目の前は青い炎で
いっぱいで、その声の主はどこにいるのかわからない。
声の位置からして、きっと炎の向こう側にいるのだろうと予測を立てる。
懐かしい声だ。たった一人の家族の声だ。

「・・・兄さん」

呼びかけるが、炎の燃える音がすごいから聞こえたかはわからない。
それでも、僕は何度も呼んだ。
兄さん、兄さん。行かないでくれ。
そっちに行ったら帰ってこられなくなるよ。
地面に倒れたまま、動けない僕はしゃべることでしか兄を引き留めることができない。

ここは決戦の場だ。魔神との最後の戦いの場。
僕の数メートル先には虚無界への扉が開いている。
魔神はどうしたのだろう。先ほどまで聞こえていた魔神の声は、今は聞こえない。

兄さんの声だけだ。
もう一度喋ろうとして、腹部に鋭い痛みが走る。
魔神によって腹を切られた。腹部の傷は決して軽いとは言えないものだ。
しかし、この炎に包まれていると不思議と息がしやすい。
痛みも徐々にだが軽くなってきている気がする。

「雪男、怪我はちゃんと治るからな」

大人しくしてろよ。と兄さんは言う。
今どうなっているの。兄さん、魔神は。
兄さんは大丈夫なの。

いいたいことが山ほどあったけど、そのどれも声にならない。
暖かい炎がまた腹部を包み込む。
はぁ、と息をはいて傷口を押さえた。血は止まっていた。
なぜだろう。ただ一つ、音が聞こえる。
足音。それは僕から遠ざかっていく音。

「じゃあ、行ってくる」

あ、そうだ。冷蔵庫の中に残り物で作ったおかずがあるからちゃんと食べろよ。
兄さんは、ちょっと散歩に行ってくる。
くらいの声色だった。そこに悲壮感はまるでない。

本当に、ちょっと行って帰ってくるつもりなのかな。
そうだといいな。
兄さん、散歩にでも行くの?
僕も行っちゃだめかな。
兄さん、帰ってくるの遅くなりそうだし。
心配なんだ。ダメかな。

答えの代わりに、遠くの方で、扉が閉まる音が聞こえた。

「待ってよ」

たぶん、兄には聞こえていなかっただろう。
その証拠に、もう兄の声は聞こえてこない。
目の前がぼやけてみえる。
たぶん、眼鏡が割れたからだ。

それから1年。
兄は帰ってはこなかった。

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