青祓のネタ庫
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何度も何度も叫んだけれど、青い焔は何も言わぬまま燃え続けた。
どうしてだよ。
なんで自分はこんなに無力なんだ。
「にいさん・・・・・・」
焔が消えた時、アマイモンの姿はどこにもなかった。
青い焔に焼かれて燃え尽きたのかもしれない。
燐の身体だけが、焼け跡に倒れていた。
青い焔は燐の身体を焼いたりはしない。
しかし、焔を使ったことで残り少ない命を縮めたのは確かだろう。
雪男はふらつく身体を起こして燐の傍に近寄った。
まだ、血が出ている。燐はピクリとも動かない。
急いで、止血をする。
傷口を見て、雪男は言葉を失った。
助かるとか、そういうレベルの話ではない。
死が、迫っている。
兄を連れて行こうとしている。
このまま死ぬなんて、そんなこと許せるはずはなかった。
倒れている燐の身体を背負う。
アマイモンにやられた傷が痛むが、そんなことに構っていられない。
この状態の燐を動かすのは危険かもしれない。
だが傷の状態を見れば、一人じゃどうすることもできない。
シュラは医工騎士の資格も持っている。それにメフィストもいる。
「兄さん、死んじゃダメだ・・・」
助けないと。このまま死ぬなんて許さない。
燐を背負って歩き出す。
空を見上げると、星が輝いていた。
メフィスト達の元に戻るのに方角を確かめる必要があった。
北極星を探す。
あの空き地は北極星とは反対方向にあったはずだ。
雪男は北極星に背を向けて歩き出した。
「ゆ、きお・・・」
「しゃべらないで兄さん」
一歩一歩と進むうちにどんどん兄の体が重くなっていった。
人間は、死とともに体の力がなくなっていく。
生きている人間を抱えるのと、死んでいる人間を抱える違いとは重さにある。
生きている人間は自身で身体を支えている。
死んでいる人間は自身で身体を支えていない。そのため、重さに違いが出てくるのだ。
死が近づくとともに重さが増しているのは、死ぬ人間が自分の重さを支えきれなくなるからだ。
「大丈夫だよ、絶対に助けるから」
「・・・ごめん」
「なんで謝るの、僕が聞きたいのはそんな言葉じゃない!」
燐の血が、雪男の背中を伝う感覚がわかった。
止血はしたけど、血が止まらない。命を留める血が流れ出て、雪男に付着していく。
突然、携帯電話の着信音が聞こえた。
雪男の携帯の音ではない。燐は、動かない手を動かして、携帯電話を取り出した。
題名:兄さんへ
ちゃんとご飯食べてる?兄さんがいないから
勝呂君やしえみさんも心配しています。
兄さんが帰ってこれそうになかったら僕が迎えに行くから
迷子にならないようにそこにいて。
必ず迎えに行くよ。
だから――――
「お前、メールとか・・・電話とか・・・いっぱいしてくれてたん、だな」
「当たり前だろ、僕だけじゃない。しえみさんだって、勝呂君だって、皆・・・ずっと・・・」
局で止められていたメールが次々に燐の携帯電話に届いた。
物質界に帰ってきたことで、電波が繋がったのだ。
燐の携帯電話は鳴り止まなかった。
勝呂、神木、志摩、子猫丸、しえみ、シュラからもきている。そして、雪男が一番多い。
電波は届かなくても、皆ちゃんと伝えていた。
「おれは、ひとりじゃ・・・なかったんだな」
「当たり前じゃないか!」
画面を見て、燐は嬉しそうに笑った。
俺は支えられていたんだ。孤独な世界でも、周りに皆がいなくても。
おれは、ひとりなんかじゃない。
それが、どうしようもなく嬉しかった。
「雪男・・・ごめん」
「聞きたくない」
「おれ、最期まで・・・ダメな兄貴だった・・・」
「黙ってて」
「お前を、ひとりに・・・しちまう・・・」
「謝るくらいなら、しないでよ」
「ゴメン・・・頑張ったん、だけど・・・な」
「兄さんは、馬鹿だよ、一人で頑張って・・・本当に馬鹿だ!」
カシャン
返事の代わりに携帯電話が、燐の腕から落ちた。
雪男は歩みを止めた。
背中から聞こえていた鼓動が止まっている。
身体が重い。
そして、あんなに熱く感じていた血が、今は冷たい。
雪男は空を見上げた。
三人で見上げた星空を思わす、満点の星空だ。
「最期まで聞いてよ・・・・」
忘れもしない。
あの日、神父が教えてくれたカシオペヤ座と北斗七星の間。
Polaris-1227.24time
12月27日。僕らの誕生日だった日、24時にみた北極星。
三人で見た星空。
星は変わらず輝きを放っているのに。
あの頃の温かさは、皆雪男の手から離れていく。
「だから、兄さんの背負っていたものを、僕にも分けて欲しかった。
一人で頑張るんじゃなくて、背負わせて欲しかった・・・」
「そう、思ってたんだ・・・」
雪男は落ちた携帯電話を拾って画面を見た。
題名:兄さんへ
ちゃんとご飯食べてる?兄さんがいないから
勝呂君やしえみさんも心配しています。
兄さんが帰ってこれそうになかったら僕が迎えに行くから
迷子にならないようにそこにいて。
必ず迎えに行くよ。
だから――――
生きて。
画面に、涙が伝った。
生きていて欲しかった。
ただそれだけでよかったのに。
門から、物凄い勢いで青い焔が出てきた。
サタンの焔。いや、違う。この焔は。
「避けろ!雪男!!」
シュラが叫んだ。
門から噴出する瘴気と青い焔。
その勢いに飲まれて、雪男の身体は吹き飛ばされる。
飛ばされた中でもハッキリ見えた。
門が、青い焔に焼き尽くされて消えていく様を。
(そんな、嘘だろう)
間をおいて、地面に叩きつけられる。
一瞬息が詰まった。咳き込んで、一呼吸置く。
辺りを見回せば、森の中だった。
シュラやメフィストと引き離されてしまったらしい。
空き地から随分飛ばされてしまった。
戻らないと。
起き上がろうとすると、目の前に人が立っていた。
黒い服、尖った髪型。兄を連れ去った張本人。
「いきなり大当たりー」
「アマイモン・・・!」
反射的に銃を取ろうとするが、その手を素早く踏みつけられた。
手から鈍い音がした。
「君がいると、奥村燐がこちらにこないんですよね。邪魔なんですよ」
「は、よく言うよ。邪魔なのはそっちだ。兄さんを連れ去っておいて」
手の痛みは激しいが、そんなのに構っていられない。
憎い相手を目の前にして、黙っていられるか。雪男は憎しみを宿らせた瞳で睨みつける。
「来たのは奥村燐の方ですよ」
「そうするように仕向けたのはお前らだろう」
「決めたのは奥村燐でしょう。君達が弱いから、彼はこちらに来た。違いますか?」
燐は皆を守るために虚無界に堕ちた。
その原因は自分達が弱かったからだ。
でも、それでも。
「兄さんを諦めるのに、弱さを言い訳にしてたまるか。
僕は何年、何十年かかっても、きっと取り返してやる。諦めてたまるか!」
雪男のセリフにイラついたのか、アマイモンは雪男の手を再度踏みつけた。痛い。
激痛と言ってもいいだろう。
だが、目だけは逸らさない。
「君、やっぱり邪魔です」
「奇遇だな、僕もだよ」
アマイモンが、手を振り下ろす。
殺されるだろうか。兄に会えないまま。
そんなのは嫌だ。
ここでは死ねない。ここで死ねば、兄は本当にこちらに帰ってこなくなるかもしれない。
だが、雪男の身体を刺し貫こうとする手は止まらない。
反射的に目を瞑ってしまう。
死ぬ寸前の光景が暗闇とは、なんとも滑稽だ。
せめて、最期の瞬間までアマイモンから目を逸らさずにいたかった。
死ねば本当の暗闇が待っている。
ドスッという肉が引き裂かれる音。
身体を刺しぬく腕。
血飛沫が辺りに撒き散らされる。
頬に温かい血が飛んできた。
ここでは死ねない。死んでたまるか。
いや、違う。
なんで僕は生きているんだ?
雪男は目を開ける。
「はは、君は本当に面白いです」
「・・・うる、せぇ・・・・・・」
雪男とアマイモンの間に立ち塞がる姿。
それはずっと望んでいた、探していた姿だった。
「にい、さん」
でも、こんなのおかしい。こんなのは違う。
兄の体が、アマイモンによって貫かれている。
そうなるのは僕だったはずなのに。
アマイモンが腕を引き抜こうとする。
それを、兄は左腕で止めた。
右手一本で倶利伽羅の切っ先をアマイモンに向ける。
アマイモンを逃がさないために、腕を掴んだのか。
動いたせいか血が、先ほどとは比べ物にならないくらい兄の体から溢れ出てきた。大量の血が地面に落ち、倒れている雪男の顔に滴り落ちる。
熱かった。
焼けるようなこの熱さは、兄の命が流れ出ているからだ。
燐はぽつりと呟いた。
「てめぇは俺を怒らせた」
倶利伽羅の切っ先がアマイモンの身体に突き刺さる。
同時に、青い焔が湧き上がった。
地の底から湧き上がる、怒りの焔だ。
大切なものを殺そうとした者への怒りが、燐を駆り立てる。
アマイモンと、そして燐の身体を青い焔が包み込む。
燐は一度だけ後ろを振り返った。雪男が呆然とした表情で見ている。
孤独な世界でも生きてこれたのは、雪男の声が聞こえたからだ。
門が開いて、物質界へ戻れると思ったとき嬉しかったんだ。
また皆に会えると思ったから。
でも、アマイモンはその皆を殺そうとした。
本当なら虚無界で門が出現した時に、門を壊せばよかったんだ。
そうすれば止められたかもしれない。
アマイモンを虚無界で引き付けて、また一人で戦えばこんなことにはならなかった。
できなかった。
帰れると思ったら、できなかったんだ。
焔で門を壊したけど、同時に門をくぐってしまった。
そのせいでアマイモンがこちらにきてしまった。
これはきっと俺のエゴへの代償なんだろう。
でも、雪男は生きている。
皆も生きている。
よかった。
あとは、俺がこいつを殺せばいい。
焔の勢いが増すほど、燐の体から血が溢れ出てきた。
こんなに失血したまま戦うのは虚無界にいたころでもなかった。
それでも、この行為を止めようとは思わなかった。
悪魔の回復能力があるとはいえ、それも万能ではない。
悪魔は人間よりも死ににくいというだけで、不死というわけではないのだ。
「馬鹿ですね、このままだと君も死にますよ」
「上等だ。てめぇは俺と地獄に堕ちろ」
「はは、そういうの嫌いじゃないですよ」
青い焔に包まれて、雪男の顔も見えなくなった。
雪男、ごめん。
最期まで俺はダメな兄貴だった。
お前を、ひとりにしちまうな。
雪男の目の前で、青い焔は燃え続けた。
アマイモンと、燐の身体を包んだまま。
いつまでも燃え続けていた。
アマイモンとやり合って気づいたことだが、あいつはいつも俺を倒した後
同じ方向に帰っていく。そこには住処があるのかもしれないが、なぜだかそれは「違う」と直感が告げていた。
アマイモンは出会った当初から物質界に馴染んでいた様子だった。
と、すれば以前から頻繁に物質界に行っていたのだろう。
虚無界に堕ちてからもアマイモンは唐突に現れたかと思えば、ふとその姿を消して何日も来ないこともあった。物質界に行く道が、その先にあるのかもしれない。
燐は近づいてきた悪魔を焔でなぎ払って、森の先を見た。
「・・・森の中に入っていったなアイツ」
学園に向かっていた悪魔は、ほとんど殺しつくした。
いつからか数が減り、いまや向かってくるのは虚無界に元からいたやつらばかりだ。
なぜその違いがわかるかというと、強さが違うからだ。
学園、つまり物質界から来た悪魔と虚無界の悪魔のレベルは全く違う。
そんな違いがわかるようになったのは成長したということなのだろうが、なんだか複雑だ。
焔はどんどん手に、剣に馴染んでくる。まるでこれが本来の姿なのだというように。
いや、違う。そうなりたいわけじゃない。
「しっかりしろ、俺は、帰らないといけないんだ」
剣を握りなおして森の奥へ入る。
根城にしている修道院からは随分離れた場所だ。
ここにも悪魔は住んでいるようだが、燐の気配を察してか襲ってくるものはあまりいなかった。悪魔は上のレベルの相手にはそうそう手を出さない。燐自身が強くなった証拠でもあった。
茂みの間から出ると、木や森が避けているかのようにぽっかりと空いた空き地があった。
腰を低くして様子を伺う。悪魔の気配はなかった。
円状に空いた空き地の中央には、ひずみ、というべき裂け目があった。
言うならば、空中が破れている。裂け目からは紫色の空間が覗いていた。
異様としか言いようがない。
周囲にアマイモンの気配はない。
燐はひずみに近づいていく。懐かしい感覚がした。
虚無界とは違う、物質界の空気ともいうべき匂いがする。
久々に、肌がざわつく。心が逸る。
「ここから、帰れるかもしれない」
「させませんよー」
背後から、身体を捕まえられた。
しまった。気が緩んだせいで。気配に気づけなかったなんて。
背後から伸びた腕、鋭く尖った爪が喉元に食い込んでくる。少しだけ血が出た。何度も聞いた声が、耳元で囁く。
「君、まだ諦めてなかったんですね。往生際の悪い」
「うっせぇ。」
アマイモンは、燐を拘束しながら囁いた。拘束といっても、後ろから抱きしめている形だ。
だが、腕はしっかりと燐の急所を押さえているため、燐は身動きが取れない。唯一動く口でアマイモンに反撃する。
「諦めの悪さだけは誰にも負けねぇ。人間はしぶといんだよ」
「君は悪魔でしょう。虚無界に堕ちて平気な人間などいない」
「じゃあ俺がその最初の一人ってのはどうだよ」
話している間に隙ができないかを伺ったのだが、相手も手ごわい。
爪を強くたてられる。少量の流れ出た血を背後から舐め取られた。
身を捩って逃げようとするが、引き寄せられる。
舌が喉元を這いまわって気持ちが悪い。
「君が物質界に戻りたいのは、そこに帰る場所があるからですよね」
「・・・何がいいたい」
「君が帰る場所を無くせば、帰るなんていう概念はなくなるんじゃないですか?」
ぴくりと燐の体が反応する。こいつは何を言っている。
帰る場所をなくす。意味することなんていくらでも浮かんだ。
「そもそも学園を攻撃したのだって君の帰る場所をなくせばいいと思ったからやったんですよね。
その前に君がこっちに来たからできなかっただけで。今なら簡単なんじゃないかな」
「おい、てめぇ・・・」
「いくらでもいるなぁ。あの赤い髪の女に、グリーンマンを連れたピンクの女。坊主の3人組に、巫女の女。ああ、そうだ。君の弟なんか」
「あいつらに手ぇ出すな!!」
燐の怒りに呼応して焔が噴出す。アマイモンは素早く距離を置いた。
離れてもよく見える。青い焔を纏って、怒りに燃える姿。
人間などとよくも言う。
まるで悪魔じゃないか。
「それでよく人間だと言えますね」
「黙れ」
「まぁ、君が悪魔なことは変わらないですし、邪魔ものは排除するに限る」
「黙れ!!」
アマイモンはひずみの前に立った。
目的ができた。物質界に行こう。邪魔者を排除しなければ。
いつものように次元の境目をこじ開ければいい、そう思っていたが。
辺りの空気が変わる。
燐も気配の違いに気づく。まるで物質界からこちらへ何かが来るようだ。
ひずみが空気に反応する。
突然、ひずみを中心にいくつもの魔方陣が展開して、門を形作っていった。メフィストが使用している術式だ。
「兄上・・・の術ですか。物質界から虚無界への扉を開けるとは・・・」
アマイモンの言葉に燐は戦慄した。
まさか。物質界からこちらにアプローチがあるなんて思っても見なかった。
帰れるかもしれない。その思いは燐を強く惹きつける。
だが今はまずい。
アマイモンが物質界に行けば、皆が殺されてしまう。
考えあぐねているうちに、門が完成に近づいていく。
アマイモンはその扉を見た後、燐の方に振り返った。
「自分で開ける手間が省けました。兄上には感謝しないといけませんね。
よく言うでしょう、ゴミはゴミ箱にって。コレを期にしがらみなんか捨てればいいんですよ」
門が完成してしまった。簡易版ゲヘナゲート。
まだ扉はは閉ざされている。
ゴンッ
アマイモンは扉を叩く。少しだけ空いた。
その隙間から懐かしい物質界の空気が入ってきた。
ゴンッ
アマイモンはもう一度扉を叩く。
もう開きそうだ。
帰り道が、開く。
待ち望んでいた、ずっと探していた。
目の前にある。
だけど。
燐は覚悟を決め、焔を纏った。
剣を構えて門に向かって走る。
このままこいつを行かせれば、皆死んでしまう。
ゴンッ
扉が開いた。
(兄さん、僕と一緒に帰ろう)
雪男の声が聞こえた気がした。
近くにいるんだろうか。懐かしい声だ。
泣きそうになるほどに。
(ああ、帰りたいな)
みんなのいる場所に帰りたい。
燐は剣を振り下ろした。
門が、焔に包まれる。
エチャにお邪魔させていただきました!
私空気読めない子だたよ・・・orz 非常にスミマセン!
御三方には大変お世話になりました!
ありがとうございます^^めっちゃ楽しかったです。
そして驚愕の出来事が。
あの、まじでここ晒されたりとかしてるんでしょうか・・・
もうちょい詳しい解析が必要かとビクビクしとります。
それともなんか設定でもおかしくなったのかしら?
調べてみないといけない。
ビクビクしながらも更新はしちゃいましたけど。
クロが示したのは、悪魔が住む森の深淵だ。
悪魔と言っても森の入り口付近は下級しかいないのでまだいい。
問題は奥だ。森が深くなるに連れて中級、上級と悪魔の階級が違ってくる。
上級とかち合うのはできれば避けたい。
こちらのメンバーは雪男、メフィスト、シュラの3人だ。
シュラならば上級にも対処ができるが、メフィストを守りながら戦うとなると不利だ。
人型の時ならどうとでもなるが、今のメフィストは犬なのだから。
「まったく、足手まといがいると苦労する」
「協力しているのにその言い草は心外です」
「すみません。でもフェレス卿がいなければ成立しない作戦なんです」
「ふん、強引に連れてきておきながらよく言いますね先生。奥村君のこととなると貴方は思い切った行動取りすぎです」
「だって家族の事ですから」
雪男は悪びれた様子もなく言った。普段ならあまり強引なことは好まないが、兄の命がかかっているのだ。燐が消えた後、嘘みたいに学園の悪魔も去っていった。
シュラの聞いた言葉を信じれば、それらはすべて燐が引き受けている。
学園が平穏を保っていられるのも、燐が悪魔を殺しているからだ。
孤独な世界で怪我をして、死にそうになりながら。
燐を放って、その平和を享受することもできるだろう。
だが、そんなこと到底できなかった。
シュラを先頭に置いて、その傍に道案内のクロ。クロの背後に犬メフィストを抱えた雪男が着くというパーティだ。森の性質上、中央に行くに連れて悪魔の階級が上がってくる。そのため一番実力のあるシュラを先頭に着かせた。
本来なら殿にもう一人欲しいところだが、そうも言ってられない。
この作戦は完全に正十字騎士団の方針とは異なるため、この森に来たことだって極秘だ。助けはこない。それを踏まえたうえで戦わなければならない。クロが尻尾を立てて反応を示した。近くに悪魔の気配がするらしい。
「隠れろ、茂みのなかに入って頭を低く」
シュラの命令どおり、すぐ茂みに入る。頭上から悪魔の雄たけびが聞こえた。しばらくすると、その声も遠くに離れて言った。
茂みから出て、頭上を見上げた。星が出始めている。本来なら悪魔の活動時間である夜に森に入るべきではないが、仕方が無い。魔の気配が濃くなっている。
「やれやれ、たどり着くまで大変だ。汗で胸が蒸れる」
「・・・たどり着いてからも大変そうですけどね」
シュラの言いようはあえて無視する。
そんな中、雪男の腕に抱えられたメフィストが、ぽつりと呟いた。
「まずいです。急ぎましょう」
「何かあったんですか?」
普段のおちゃらけた様子とは違い、メフィストは焦っているようだ。
「先ほどの悪魔は森の伝令役です。森に伝えていました。『門が反応している。近づくな』」
「!?」
門とは、アマイモンが使った虚無界に行くための手段のことだろう。
虚無界と物質界の境目が曖昧な場所。
この森の中にある虚無界へのひずみ、もしくは穴は、悪魔達には門と呼ばれるのか。
「でも、『門』に近づくなっていうのはどういうことなんです?」
「簡単ですよ、『門』から出てくる虚無界の悪魔なんて上級以上がほとんどです。大概上級は暇つぶしに同族殺しもしますから、かちあって死にたくなければいくなってことですよ」
「・・・チャンスですね」
雪男は前を見据えた。門が反応しているならこちらからこじ開けることも可能かもしれない。
しかも、厄介だった森の上級悪魔は門から離れてくれる。
「お前も無鉄砲だよなぁ雪男、燐そっくりだ」
「兄さんはもっと過激ですよ」
「え、引き返さないんですか!行くんですか!?」
嫌がるメフィストを抱えて、走る。
頭上から、遠くの空から悪魔達の声が聞こえた。
が、皆雪男達が向かっている方向とは逆方向に行っているようだ。
門は近い。
走るスピードを上げる。
程なくしてクロが声を上げた。そこでいったん止まる。
茂みの向こうには、木や森が避けているかのようにぽっかりと空いた空き地があった。腰を低くして様子を伺う。悪魔の気配はなかった。
円状に空いた空き地の中央には、ひずみ、というべき裂け目があった。
言うならば、空中が破れている。裂け目からは紫色の空間が覗いていた。
異様としか言いようがない。
「あそこが『門』だろうな。俺が周囲を警戒してるからお前らは行け」
「はい、お願いしますシュラさん」
辺りの様子を伺いながら茂みから出る。
ひずみの前に、メフィストを置いた。後ろに雪男が着く。
シュラはいつ悪魔が出てもいいように剣を構えている。
「ここまで時空が歪んでいれば、恐らく術を使うだけでいけますね」
「お願いしますフェレス卿」
雪男も銃を構える。
ここが正念場だ。
「上級悪魔が出現しても私は責任取りませんよ」
「構いません、責任を持って僕が殺してみせます」
「おい一人で気張るなよ雪男、私もやってやるさ。獅朗もきっとアイツが帰ってくることを望んでるだろうからな」
「さぁ、何がでるかは運次第」
メフィストは術式を展開した。
この前使ったのは杯と聖水、血を使った。今回は既に門を開く原型があるので術式のみの展開だ。
ひずみの中心に魔方陣が展開される。
幾重にも重なった円が形を作っていく。
その形は、正に『門』だった。
サタンが物質界に出現するときに使う、ゲヘナゲートの簡易版といったところだろうか。
門の扉が出現したところで。
ゴンッ
閉ざされた扉の中から音がした。
まるで向こうからこじ開けようとするかのような、音。
三人は身構えた。
ゴンッ
2回目の音で、門が少し開いた。
一気に魔の気配が強くなる。
ゴンッ
門が、開いた。
瘴気が中からあふれ出してくる。
門の向こうから、何かが来る気配がした。
雪男はその何かに銃を構える。
上級悪魔なら、世に出る前に殺さなければならない。
本来なら、虚無界への道を開くなどあってはならないことだ。
今回の作戦は、物質界へ悪魔を招くことと同義。
ここから出た悪魔が、他の人間を手にかければそれは雪男の責任といえる。
雪男の理性は、今回の作戦を否定する。
だが、本能は、それをやれと訴えた。
危険を冒してでも、取り返したいものがあった。
(兄さん、僕と一緒に帰ろう)
雪男は引き金を引いた。