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CAPCOON7

青祓のネタ庫

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亡国のプリズム12


雪男は王宮にあるプライベートガーデンの片隅に来ていた。
そこには色とりどりの草花が茂っており、中には薬に使う貴重な植物もある。
雪男以外にはガーデンの世話をしにきている幼なじみの召使いくらいしか、ここを訪れる者はいない。
そこに雪男はひっそりと小さな墓石を作っていた。
兄の名前は刻んでいない。ただ、その石の前に花を手向けて話しかけた。

「僕は、いつだって置いてけぼりだね」

兄に守られて、小さな僕は生き抜いた。そして、今回も。
こんなにも近くにいたのに、守ることができなかった。
雪男の手のひらから、いつだって兄はすり抜けて遠くへいってしまう。

この国を良くしようと思ったのだって、生きていこうと思ったのだって。王になることを受け入れたのだって。
全ては兄が戻ってきたときに、帰る場所を作ってあげたかったからだったのに。

雪男の夢は崩れていった。
目の前で燐が残した最期の言葉と一緒に砕けて散ったのだ。

騎士団長の死は、名誉の死として国を挙げて国葬が行われた。
代々騎士団長が亡くなった際に刻まれる墓石に、名前が増えただけのことだ。その下に遺体はない。
こうしてひっそりと作った墓石も、雪男が自身のことを戒める為に作っただけのより所。

ここに、燐はいないのだ。

思い出すのは、別れた夜のことだった。
兄の作る料理が明日も食べられますように。
そう願いを込めて、スープを作って欲しいと強請った。
美味しい物を食べさせてやると笑ったあの笑顔が忘れられない。
あの約束は守られることはなくなった。

兄さん、どうしてここにいないのさ。

涙が溢れ出しそうだ。けれども、流れ出すことはない。
自分に泣く資格など有りはしないのだ。
雪男は背後に向かって声をかけた。

「覗き見ですか、フェレス卿」

雪男の背後にはメフィスト=フェレスが立っていた。
音も立てずに舞い降りたその姿にニヤついた笑顔、やはり彼は悪魔そのものだった。

「嘆きの王の様子はどのようなものかと、興味がございまして」
「悪趣味な」
「今更なコメントですね」

メフィストはやれやれとため息をついた。
いつもの王ならば百倍くらいに嫌味を込めて返してくるようなものを。
兄を目の前で亡くしたことがそんなにもショックだったのか。
ならば、好都合だ。
メフィストはそのことを知った上で、王に甘言を囁いた。

「王よ、私は貴方のお兄さんとある契約を結んでいました」

この国は、悪魔に攻められているんだろ。
雪男が生きているこの国に、手出しなんかさせねぇ。
俺が魔神を倒して、雪男が安心して暮らせる世界を作るんだ。

そう言って、彼は弟の盾となり散っていった。

弟に会いたいその一心で彼は上へ上へと上り詰めた。
人を殺した夜の日。自分の不手際で部下を死なせてしまったこと。
任務に失敗し瀕死の重傷を負った時。
助けた村の者から化け物と罵られたこともある。
それらすべてを身の内に抱えたまま、もだえ苦しみながら前へ前へ進んでいった。
彼は、王の弟であることを周囲に決して告げられない立場にいた。
それはつまり、周囲にいる人間すべてに嘘をついているということになる。
誰にも頼ることができない中で、
唯一自分の全てを知っている弟の存在は彼にとっての救いとなった。

弟に会いたいと叫ぶ心が、悲鳴が。
メフィスト=フェレスを呼び出した対価となり、
甘い蜜をメフィストへと齎していた。

「召喚者が死ねばその契約は破棄されるはずなのですが、
いやはや、どうして今も私と彼の契約は切られていないのでしょう。
不思議です。そうは思いませんか、王よ」
「なん、だって・・・?」

貴方のお兄さんの心は、今も貴方に会いたいと泣いているのですよ。
そう告げられて雪男の心臓は早鐘を打った。
まさか、まさか。兄さんが生きている。
生きて、敵国に捕らわれているのだとしたら。

雪男は墓石を見た。そこに名前はない。
刻まれるとするならば、そう兄が死んだと思い込んでいた
不甲斐ない自分の名前が刻まれるのが相応しい。
雪男はプライベートガーデンに背を向けた。
もう、ここに戻ってくるつもりはなかった。

「フェレス卿、国中の兵力を集めてください。そして武器の状況も。
そして、次代の騎士団長はいりません」
「おや、それはどうしてですか」
「王自らが出向くからです。今回の戦で国境線は守られました。
こちらにもダメージはありますが、それは向こうにとっても同じこと。
もう今までのような小競り合いはなしだ。正真正銘の戦争を、始めます」

用意を。と告げた雪男の瞳に、もう涙の色はない。
そこには冷酷な王としての判断があった。
欲しいものは力づくで手に入れる。
王は貪欲でなければならない。それが例え国を滅ぼすことになったとしても。

「承知いたしました、強欲なる王よ。
私は人の側に着いた悪魔。人と悪魔の戦争の行く末を見守らせて頂きます」

アインス・ツヴァイ・ドライ、とメフィストのスリーカウントが国に響く。
それは、滅亡へのカウントダウンのようにも聞こえた。


***


遠い記憶の中に、眼鏡をかけた男の子がいた。
その子供は俺の姿を見るなり泣きやんで、俺に向かってこう言った。
兄さん。俺は首を傾げる。俺は末っ子のはずだ。
だから俺に弟なんているはずないのに。
不思議なことに、俺はその子供の名前を夢の中で呼んでいる。

「目が覚めましたか、燐」

声をかけられて目を開ける。そこには長兄であるルシフェルがいた。
燐はそのルシフェルの隣で寝ていた形だ。
ルシフェルは起きあがって燐の顔をのぞき込むようにしている。

まるで愛しい者を見るかのような視線に、燐は戸惑いを隠せない。
それに、どうしてルシフェルの隣で寝ているのだろう。
兄とそういう関係を結ばされたのは別に最近のことではない。昔からのことだ。
その解釈で間違いはないはず。
けれど、この現実は一体いつから始まっているのだろう。

燐は目の前の不可解な事実に目眩を覚えた。
ルシフェルは不安そうな燐の頭をそっと撫でる。
安心させようとしているのだろう。

「怖い夢でも見たのですか」

戸惑う燐の頭に乗せられたルシフェルの手のひらからは光が溢れていた。
その光は燐の頭の中に入り込み、大切な記憶をがらがらと音も無く壊していく。
そのことに燐は気づかない。
むしろ、ルシフェルに頭を撫でられていると
自分を悩ませていたことから解き放たれるような気がしていた。
しばらくすると、燐は怖い夢のことなどすっかりと忘れてしまっている。

「夢見が悪かったみたいだ、もう大丈夫」
「それはよかった」
「ルシフェルは体の方は大丈夫なのか?」
「ええ、人の体だった時の状態を引きずってはいますが、
今はもうその体もありません。程なく、回復することでしょう」
「人ってしぶといな。ルシフェルに体を捨てさせることができる奴がいるなんて、俺信じられないよ」
「まさか敵国の騎士団長があそこまで成長しているとは私も思っていなかったのでね。
燐も気をつけなさい。人だからといって決して相手を侮ってはいけませんよ」
「わかってる」

ルシフェルは愛おしそうに燐の体に触れた。
燐は魔神の炎を継いでいながら人としての肉体を持つ唯一の存在だ。

燐は敵国の攻撃を受けて、一時意識不明に陥っていたのだが
最近になってようやく動けるようになった。というのが召使いたちから聞いた自分の状況だった。

燐を庇ったのはルシフェルだと聞いているので、この長兄には頭が上がらない。
ルシフェルは気にするなと言ってくれるが、
せめて未だ動けない長兄の代わりにできることはしようと燐は思っていた。

「さ、目が覚めたのなら父上にご挨拶に行ってきなさい。
貴方の目覚めをずっと待っていたのですからね」
「俺、あいつのこと嫌い」
「そう言わずに。上手にできたら・・・そうですね、今晩はごほうびをあげましょうか」

ルシフェルは夜のにおいを漂わせて燐の首元に唇を寄せた。
燐は真っ赤になってルシフェルから離れる。
いらねぇよ!と叫んでから燐は扉の外に出ていった。
いつまでたっても初な様子の燐にルシフェルは仕方のない子だと微笑んだ。
燐の足音は遠く離れていく。きっと言いつけを守って父上に会いにいったのだろう。
いい子だ。本当に。体を捨ててまで浚ってきたかいがあるというものだ。

「ここにいることが、貴方自身の為でもあるのですよ。
存分に力を振るい、悪魔を従わせ、そして今まで貴方が守ってきた人の世界を貴方自身が壊すのです」

悪魔の世界の若君が人から下民扱いを受けているなど耐えられるものではない。
燐自身がなんとも思っていなくとも、悪魔はそれを許さない。
これは、あなた自身が行う、人の世界への復讐の序曲。

「貴方は、きっといい声で泣いてくれるでしょう」

今夜も、そしてきっと世界が終わるその時も。


***


そこは辺り一面何もない砂漠だった。
かつて、ここには国があったらしい。
たき火を囲っている一人の男性に、男が一人近寄った。
砂漠の夜は寒い。通りがかった行きずりの仲だが、一人で過ごすより暖は取れるだろう。
二人はたき火を囲って、少しの間話をした。

「ここは悪魔が治める国と人が治める国が争った跡だ、もう何も残っていない」
「彼らを統治する国が滅びたので悪魔も人も世界中に散ったと聞いています」
「そうなると、今の世界の始まりの場所かもしれないな」
「いい意味でも悪い意味でも、ですかね?」
「違いない」
「どちらが負けた、とかは聞いたことがありますか?」
「さぁ、どうだったかな。滅びたのならばどちらが勝ったとかもないんじゃないか」
「人は結構な数が生き残ったと聞いたのですが、悪魔はどうだったんでしょうね」
「悪魔も余り見なくなったからな。生き残ったって基準で考えるなら人の勝ちか?」
「どうでしょう、僕も詳しくはわかりません。
でも生き残った人の話では、敵対するはずの青い炎のおかげで生き残ったのだと。
それは悪魔達の内側から沸き起こってきたそうです」
「・・・悪魔の中に裏切り者でもいたのかね」
「人にとっては味方と言えますよ。―――真実は今や砂の中ですけどね」

二人はそのまま黙って火を囲んでいたが、
しばらくして男の一人が鍋を火にかけ始めた。
暗闇でよく見えないが、恐らくはスープだろう。
煮えてくると、辺りにいいにおいが漂ってくる。

男は二つ椀を取り出すと、片方をもう一人の男に手渡した。
ありがたく男が受け取ると、温かいスープがその椀に注がれる。
寒い夜には温かいスープが一番だ。
男はごくりとスープを飲んだ。
何の変哲もない、具材も何もあったものじゃない粗末なものだった。
けれど、そこには全ての答えが詰まっていた。

男は、顔の見えない男に声をかけた。


「こんなところにいたんだね」


国が滅びた砂漠の上で、夜空の星がきらきらと輝いていた。

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